偽装された異世界召喚〜最強の偽装スキルで復活した俺は、魔神たちから世界を救う〜   作:石畑サン輔

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第一章『召喚と偽装』
1話「サービス終了1時間前」


 

《サービス終了まで、残り1時間》

 

 ああ……ついにここまできた。

 

 曇雨晴(くもりあめはる)

 

 天気を組み合わせたような名前。

 高校三年生。

 くもり、あめはるだ。くもりあめ、はるではない。

 

 最近不登校気味だった。

 でも夏休みに入ってからは、少し救われた。

 

 平均よりやや低い身長。

 目まで伸びてきた髪。

 鍛えられていない細い体。

 

 三人兄妹の真ん中で、家族仲は……やや悪い。

 笑顔で会話したのがいつだったか、覚えていない。

 

 曇雨晴はそんな人間だ。

 だが今だけは、その人間性を隠そうとおもう。

 

 オーバーキャスター。

 

 長くて呼びづらいだろう。

 変更不可が災いしたせいで、これが名前なのだ。

 略すとダサくなるから、フルネームが好ましい。

 

 特技は剣術。

 敵の攻撃を読むこと。

 回避とかカウンターが好きな戦闘スタイル。

 

 几帳面でもある。

 だからこそ、この一戦でミスは許されない。

 

「大丈夫。俺は強い」

 

 自己暗示で心を落ち着かせる。

 そんな試みが必要だった。

 

 サラサラの白髪。

 白を基調とした装備。

 暗い場所でもよく映えるだろう。

 

 あとは、はためく破れかけのマント。

 我ながらそのアンバランスさが良い。

 

 これが俺の、ここでの姿だ。

 

「暗いな」

 

 灰にまみれた漆黒の城。

 その最上層に立っている。

 

 天井を見上げると、果てしない暗闇が広がっていた。

 おまけにこの黒い橋は、少し視界が悪い。

 

 周りに人の気配はない。

 俺は静寂の中を、ただ歩いていく。

 

「ん?」

 

 そんな中、ピコンという電子音が鳴った。

 

「メニューウィンドウ、オープン」

 

 チャット欄を見る。

 

 数件の通知があった。

 途中で脱落してしまった仲間たちからだ。

 もう、ここへ立つことができない連中。

 

 メッセージを開くと、一斉にお出迎えされた。

 謝罪と励まし、応援や期待。

 各々が自分の気持ちを、俺に送ってくれている。

 

『よろしく頼むよ。オバキャスさん』

 

 イラッときた。

 オバキャスって略すのはタブーだぞ。

 

 と、つっこみたい欲を堪えた。

 メニューを操作して文字を打つ。

 

『任せろ』

 

 これがいいだろう。

 

 簡潔だが、精一杯の意気込みだ。

 その一言だけを残して、俺はチャット欄を閉じた。

 

 負ける気なんてない。

 たとえ1人だけでもな。

 ここにたどり着くまで、相当な時間がかかった。

 

 画面の端に表示された時間を見る。

 このゲームのサービス終了まで、残り1時間。

 

「これがラストチャンス、か。しかもソロとはな」

 

 今までの苦労を噛みしめて、最後の戦場へ向かう。

 

 橋の先端まで辿りついた。

 黒い門の前だ。

 

 俺はここで、一度立ち止まる。

 

「あれ……だな」

 

 目を細めて、橋の向こうを見た。

 

 巨大な円形の広間。

 ただ黒く、なめらかで平らな床がそこに浮かんでいる。

 注目すべきは、中央に置かれた玉座だろう。

 

 鎧を身につけた『なにか』が座っている。

 巨体で厳つい体躯、人形のなにか。

 

「ここに足を踏み入れたら、アレが動き出すのか? 事前準備ができるだけ優しいね」

 

 俺は再びメニューウィンドウを動かした。

 目の前には多くのスキル欄が並んでいる。

 それを順に、素早く発動させていった。

 

 世界からの重力が軽くなった。

 これだよ、これ!

 力が湧き上がるこの感覚は、毎度癖になる。

 

「もう最後なんだ。大盤振る舞いといこう」

 

 さらにダメ押しだ。

 

 使い切りのレアアイテム。

 これを消費してシメとする。

 勿体無くて、使い所を見失っていたから助かった。

 

 これで準備完了。

 全てのステータスが大幅に上昇したはずだ。

 

 今までにないバフ量じゃないか?

 体の内からアドレナリンが溢れ出るのがわかる。

 これなら、なんでも成せる気がするぞ。

 

 アイテムのバフ継続時間は短い。

 効果が切れる前に、ダンジョンをクリアする必要がある。

 

 もう、始めなくては。

 

「――いける」

 

 そう言い聞かせるようにつぶやく。

 俺は一歩、その先へと踏み出した。

 

 『Grand (グランド)Knight(ナイト)Online(オンライン) :Final(ファイナル) dungeon(ダンジョン)

 

 空中に、文字が大きく浮かび上がった。

 後ろから退路の崩れる音がする。

 クエストが始まったようだ。

 

 俺は腰にある剣を引き抜く。

 そしてもう一歩、前進した。

 

『――よくぞ、参った』

 

 喋るタイプだ。

 座っていたモンスターは、ゆっくりと顔を上げる。

 

 人外だ。

 頭はトカゲ……いやドラゴンか?

 鋭い眼光と、並ならぬ風格を持ち合わせていた。

 

『我が剣は、騎士の誇りを削り斬る死神と知れ』

 

 それらしい口上だな。

 威圧感も申し分ない。

 

『最奥の試練を、己が力で打ち破ってみせるがいい』

 

 モンスターは玉座から立ち上がる。

 そしてどこからともなく、巨大な剣を呼び出した。

 ズシン、と地鳴りが響く。

 

「キングオブナイトスレイヤー? さすが、大層な名前してるよ」

 

 自然と笑ってしまった。

 俺の容姿と、対を成したようなコイツ。

 ねじ伏せたいという、この欲求が抑えられない。

 

「サ終に相応しい戦いを。青春と時間を生け贄にした、俺という存在を思い知れッ!」

 

 俺は雄叫びと共に動いた。 

 全能力が超アップされた、本気の走りだ。

 

「ッ! 速――」

 

 今までで1番の疾走感に驚いた。

 風を切り、その音で耳が聞こえづらい。

 

 ナイトスレイヤーは大剣を軽々と地面に斬りつけた。

 複数の真空刃が飛んでくる。

 

 俺は真空刃を躱して、奴との距離を縮めていった。

 小手調べだ。真正面から斬りつけてやる。

 

「ふッ!」

 

 奴は近づくまで、動いていなかったはずだ。

 だが、俺の剣は奴の大剣に防がれている。

 硬い岩を殴り斬った感触。

 

「ぐッ!?」

 

 なんて力だ。

 迫り合うこともできずに、後ろへ弾き飛ばされてしまった。

 

 機敏で正確。

 それでいて頑丈ときた。

 奴の頭上にあるHPゲージは、ミリも減っていない。

 

「……流石ラスボス、倒しがいがっ!?」

 

 仕切り直そうとしたのも束の間だった。

 俺の目の前には、ナイトスレイヤーが迫っていた。

 振りかざされる大剣。

 

「あっぶねぇ!」

 

 間一髪だな。

 なんとか横に飛び出て躱すことができた。

 奴の大剣は勢いよく叩きつけられ、地面を激しく揺らしている。

 

 俺の身体能力は最大限強化されているはずだ。

 それでもナイトスレイヤーはついてくる。

 俺の動きを、正確に捉えているのだ。

 

 それもそうだ。

 本来はガチガチのパーティを組む必要がある。

 念入りに攻略するべき相手だ。

 

 だが、それがどうした?

 

「俺は、オーバーキャスターだ」

 

 仲間たちは死んだ。

 ここにいるのは俺だけなんだ。

 俺だけが倒せるチャンスを握っている。

 

 ではどうする?

 脳で考えず、今までの経験と感覚で動くしかない。

 それしかない!

 

「……負けられないんだ。この戦いだけは、絶対に!」

 

 俺は地面を蹴った。

 脳での処理を置き去りにして、剣を振る。

 

 今度は命中した。

 奴の鎧を斬り裂き、直接ダメージを叩き出せた。

 電子の粒子が宙に舞う。

 

 いいぞ、その調子だ。

 勘ですべてを掴み取れ。

 

「こい! ぜんぶッ!」

 

 踏み込めば、床が遅れて反応する。

 剣を振れば、思考より先に刃が届く。

 これが――限界の、その先か。

 

 ナイトスレイヤーの大剣が唸りを上げる。

 常人なら視認すらできない一撃。

 

 だが、俺の体は勝手に動いた。

 

 躱す。

 斬る。

 また躱す。

 

 気づけば、黒い鎧には無数の裂傷が走っていた。

 巨大なHPゲージが、目に見えて削れていく。

 

「……いける」

 

 そう確信した瞬間だった。

 胸の奥に、ほんのわずかな違和感が引っかかったのは。

 

 気のせいだろうか。

 俺の体がブレて見えてたような。

 いや、些細なことだ。今は目の前に集中を――

 

『破天、執行』

 

 ナイトスレイヤーが、大剣を天に掲げる。

 城全体が軋み、黒い気配が満ちていく。

 

「……マズイか?」

 

 次がくる。

 

 これはただの攻撃ではない。

 あの溜めのモーション。

 おそらく、周囲を薙ぎ払うような範囲攻撃か。

 

「でもまあ、それを待ってたよ。逆転のチャンス」

 

 まさに今なんだ。

 奴の大技を無傷で防ぐ。

 かつ、最強のカウンターを喰らわる。

 

 それを可能にできる、切り札の出番がきた。

 

「『クイックチェンジ』、叢雲」

 

 短く唱えると、システムは稼働する。 

 俺の手にあった剣は収納された。

 代わりに、別の武器が現れる。

 

 これぞ俺の主力とよぶべきモノ。

 見た目は、一本のボロついた刀だ。

 騎士っぽい俺には、あまり似合わない武器だが……。

 

「妖力解放、魔天モード」

 

 必殺コマンドのようなものだ。

 その言葉に呼応して、ガチャン、という音が鳴った。

 

 俺は刀の鞘を捨て、刃を晒した。

 

『清廉を破却。善悪の一切を無情へと導かん』

 

 視界の端で、一瞬だけノイズが走った。

 気にしている余裕はない。

 

『我は騎士を屠る者。

 その魂、叫ぶ間もなく葬り去られよ』

 

 俺は一歩、前に出る。

 

 ナイトスレイヤーの目の前だ。

 体の無駄な力を抜いて、心を冷静に。

 

 大剣が倒れてくる。

 圧倒的な物量だった。

 

 全てを呑み込むようなその一撃が、俺の顔の前に。

 

 衝撃が走る。

 爆発的なエネルギーが解き放たれた。

 

 だが、痛みはない。

 俺は生きている。

 

 これこそが刀の真髄。

 俺の体は紫色の霧になり、すべてすり抜けていた。

 

 そして、再構築される感覚が訪れる。

 霧の中にあった大剣が、勢いよく外へ弾かれた。

 

『――ッ!?』

 

 白一色だった俺の装備は、紫紺の輝きに染まる。

 刀も新たな刃を揃えて、激しく光を放つ。

 

「最強の反撃、出来上がりだ。おわらせよう」

 

 俺は刀を振り上げた。

 

 ギリギリだが、完璧だ。

 超短期決戦で、このゲームに幕を閉じさせる。

 

 揺らめく紫の輝きを、一振りで全て放出する!

 

「喰らえ、魔天の――」

 

 刀を振り下ろそうとした。

 それですべてが決まる、はずだった。

 

 ――ピコン。

 

 なんだ?

 

 嫌に軽い電子音が、頭の奥で鳴った。

 実に気が散る音だ。

 

 俺の視界いっぱいに、ある一文が表示される。

 

《ネットワークエラーが発生しました》

 

「……は?」

 

 マヌケな声が出た。

 

 意味がわからない。

 

 う、動けない。体がまるで岩のようだ。

 

 刀を振り下ろせない。

 

 指の一本すら、動かせない。

 

 これはまさか、非常事態用のフリーズ?

 

 ドンッ。

 

「あっ」

 

 殴られた衝撃。

 

 宙へ飛ばされる感覚。

 

 視界を埋め尽くすメッセージ。

 

 落ちている。

 頭から、落ちている。

 

 ……早く地面につけよ。

 

 いつもより長い落下時間。

 暗闇の中で、俺は理解した。

 

 メッセージは視界から消え、目の前が真っ暗になった。

 

 

――――

 

 

 今まで悪いことはしていないはずだ。

 得は微々だが、積んでいるつもりで生きていた。

 最後には運が回ってくると信じた。

 

 ……だが、目の前は真っ暗だった。

 

 何も見えない、静かな空間。

 落下中の浮遊感は消えている。

 背中には柔らかな感触、ベッドの上だ。

 

 ああ、理解できたよ。

 横たわる姿勢から、この状況を一瞬にしてな。

 

 どうやら現実に戻ってきたようだ。

 ネットエラーで強制ログアウトになったとかで。

 

 そうか。

 

 俺は、曇雨晴は負けたんだ。

 

「ありえない、そんなのは」

 

 ひどい疲労感だな。

 怒るでも悲しむでもなく、ただ疲れた。

 

「ネットエラーだって? はは、えぇ……?」

 

 俺は体を起こす。

 学校指定の青色ジャージが目に入ってくる。

 そっと、VRゲーム機を頭から外した。

 

 気だるくベッドから降りて、自分の机に向かう。

 お目当てのスマホが暗闇で光っている。

 ピロリンと、通知が鳴った。

 

 スマホを立ったまま覗いた。

 そこには、仲間たちの励ましや、心配のメッセージがあった。

 

「負けた。いや、無茶ではあった。仕方ないって」

 

 俺が3年もの間やり続けていたゲーム。

 VRMMORPG、名をグランドナイトオンライン。

 略してGKO。

 

 その運営のサービスが、今日の深夜2時に終了してしまうのだ。

 

「いやでも、あぁそっか。……負けたんだなぁ」

 

 気づけば、俺はその場に崩れ落ちていた。

 

 最後のイベントであるラストダンジョン。

 ユーザーの俺たちは何週間もかけて、何度もその攻略に挑戦した。

 

 その結果がこれだ。

 大敗だ。

 俺は負けて、みんなの想いに答えられなかった。

 

 今の時間は深夜1時半。

 あと30分で、あの世界へは二度といけなくなる。

 

「3年だ。今日まで3年か。これで終わりとか、運が悪すぎるにもほどが……」

 

 たかがゲーム。

 そう思えれば、どれほど楽か。

 

 涙は出ない。

 でもなんだ、この尋常でない悔しさは。

 所詮、気まぐれで始めただけじゃないか。

 

 ひと昔に流行ったゲームだぞ。

 廃れた今になって本気で打ち込んで何の意味がある。

 無駄を――

 

「もう、いいか」

 

 諦めがついたというものだ。

 いや、それしか選択肢がない。

 だから潔く受け入れるのが、普通なんだ。

 

「あ……」

 

 俺は立ち上がる。

 壁にかかったカレンダーが目に入った。

 

 今は夏休みだ。

 GKO以外は、まだ何もしていない。

 空白の日付が並んでいる。

 

「そういえば、進路希望調査の課題があったっけ。

 大学、就職とか考えなきゃいけないのかな」

 

 そうだ。未来の話をしよう。

 未来の自分なんて、全く想像できないな。

 

 GKOで頭がいっぱいだったんだ。

 そんなことを考える暇すらなかったと思う。

 

「もうやることもないし、しょうがないよなあ」

 

 改めて、自分の何も無さに気付かされた。

 三年前のあの時から、俺はオーバーキャスターという枠に囚われていたんだ。

 

「GKOは今日、終わったんだ。

 これからのことを考えるほうが有意義な……はず」

 

 スマホをポケットに入れて、ゆっくりと歩く。

 部屋の扉の前に立つ。

 そこで止まった。

 

 俺はふと部屋を振り返って、見渡してみた。

 

 狭い自室だな。

 ゲーム機は小さくて、あれにあの世界が詰まっていたんだ。

 ある意味ではこれで、解放されたのかもしれない。

 

「俺は曇雨晴だ」

 

 こうやって口に出せば、踏ん切りはつくのだろうか。

 自分の未練を切り離せるのか?

 でも言わないと気が済まない。

 

「オーバーキャスターは、死んだ」

 

 俺はドアノブに手をかけ、扉を開けた。

 顔を洗ってこよう。

 そうすれば考えがすっきりする――

 

『くだらない現実など、貴様の偽装で覆してやるのだ』

 

 突如として、俺は激しい光に包まれた。

 

 

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