偽装された異世界召喚〜最強の偽装スキルで復活した俺は、魔神たちから世界を救う〜 作:石畑サン輔
10分もかかっていないだろうか?
ほどなくして、馬車は一軒の建物の前で停車した。
「ここが冒険者ギルドになります」
アルタさんは馬車から降りる。
俺もそれに続いて、異邦の地を踏み締めた。
冒険者ギルドと案内された建物。
なんというか、本当にイメージ通りだな。
ここまで一致するとは思っていなかった。
青い屋根の古い施設だ。
木とレンガで造られた堅牢な見た目。
そこらの家よりも倍以上の大きさがある。
「私が指示をするまで、馬車は待機していなさい」
アルタさんがそう言うと、馬車は走っていってしまった。
ここからは歩きになるか。
「アメハル様、いきましょう」
俺はそびえ立つ冒険者ギルドを見上げた。
冒険者ギルドということは、冒険者になれるのか?
なれるのならなりたい。
これも、夢で見た俺の願望だからな。
俺は期待して、短い階段を上がっていく。
アルタさんと一緒に、入り口の前へ立った。
と、入り口の上に看板らしきものが見える。
「アルタさん。あれ、なんて書いてあります?」
「冒険者ギルドアスタフィア支部、と」
「へぇ……そうなんですね」
まったく読めない。
見たことのない形の言語だ。
文字が日本語であるわけはないと思ってはいた。
また何かしらの補正がかかって、なぜか読めると思っていたのに。
「不思議なお方ですね。文字がわからずとも、我々と意思疎通ができるとは」
「確かに、なんででしょうね?」
アルタさんたちの言っていることは理解できる。
聞こえてくるのは日本語そのものだ。
どういうことだ?
「やはり主様が呼び出した特別な――と、いけませんね。中へ入りましょう」
アルタさんが何かを言いかけたが、遮られた。
気になることばかりで歯がゆい。
いや、やめておこう。今は気にするだけ無駄なんだ。
俺は縦に長い扉を開ける。
冒険者ギルドに足を踏み入れた。
内装は綺麗で、清潔感がある。
木造の落ち着く色合いで構成されている。
お役所みたいな場所だな。
「すごいな、まんま冒険者ギルドだ」
正面に受付があり、長机と椅子が並んでいる。
酒場も併設されているが、人はほとんどいないようだ。
「準備が整うまで、少しお待ちください」
アルタさんが受付とやり取りを始めた。
じゃあ俺は、終わるまでギルド内を物色してようかな。
屈強な男たちを見てみたかったんだ、が……?
「――あ」
その時、俺は目が合った。
テーブルの端に座る女の子。
その子がこっちをじっと見ていたからだ。
俺たちは今、お互いに見つめ合っている。
なぜか目を逸らせない。
女の子は、モグモグと小さな口を動かしていた。
フードで半分顔を隠している。
でもチラりと、赤い髪が見えた。
端麗な顔立ちと、澄んだ青い瞳に引き込まれ――
「アメハル様、準備が整いました」
「え? ああはい、わかりました。……って、あれ?」
アルタさんに話しかけられた。
そのほんの目を離した一瞬だった。
俺と見つめ合っていた少女は、姿を消していた。
さっきまでそこにいたはずなのに。
幻覚……じゃないよな?
いや、いたはずだ。
だって、食べ終わった皿が机の上に残されているんだ。
変な胸騒ぎがする。
だがどう反応すればいいかわからない。
俺はその空席を、ただぼんやり見つめるだけだった。
魔法訓練場、という広い空間に連れてこられた。
俺は奥を見る。
鎧を着た人形がずらりと並んでいるではないか。
形としては、日本の弓道場に似た構造だな。
こんな設備があるほど、この世界では魔法が発達しているということだろうか?
「では魔法について、軽くですが説明いたしましょう」
「お願いします!」
アルタさん、改め先生に魔法をご教授願う。
とにかく自分のものにしたい。そんな気持ちだ。
内なる興奮を抑え、アルタさんの説明を聞く。
「魔法は、主に三つのグループに分類されています。
体に魔力を巡らせ、専用の詠唱をすると……」
アルタさんは、自分の右手をスッと前に出した。
すると、手のひらの空気が揺れて――
「《アルマ・ファイア》」
何かの言葉を発した。
アルタさんの手に注目する。
突如、小さな魔法陣が、回転しながら現れた。
「おお!?」
その魔法陣はくるくると回って形を変える。
ボォッと燃え上がる炎になった。
パッとアルタさんが手を払うと、炎は消えてしまった。
「続けていきますよ」
そう言って、アルタさんは自分の指を頭上へ。
また、聞き慣れない言葉を口にした。
「《ヴェルト・ファイア》」
彼女の頭上に現れた魔法陣。
それが頭からつま先までを、エレベーターのように通っていった。
アルタさんの体を見ると、赤色に薄く光っているのがわかった。
「最後に……あちらをご覧ください」
「ん? はい――」
俺は彼女が指差した先を見た。
訓練場の奥、人形が立っているほうだ。
「《エルダ・ファイア・バースト》」
アルタさんの指差した先に魔法陣が現れる。
魔法陣は小さい球状に凝縮され、ヒュンと訓練場の人形へ飛んでいった。
少しの静寂。
次の瞬間――赤い閃光が走った。
鉄人形が爆裂四散したのだ。
激しい衝撃がこっちまで伝わってくる。
魔法訓練場をその振動で大きく揺らした。
「お……」
「順に、物質を生成する『アルマ』。身体能力を強化する『ヴェルト』。そして今のが、アルマの魔法を工夫し、変化させる『エルダ』です。炎を遠方爆撃に変換してみました」
おそろしいけど、すごい。
驚愕と感嘆が同時にきた。
これが、基本だと? この世界の日常とでもいうのか。
それになんて?
アルマ? ヴェルト?
呪文の前振りか何かですか?
「この3つが、魔法の根幹を成します。
アメハル様の魔法の解釈と一致するでしょうか?」
「……まぁ、大体は同じかと」
短く唱えるだけだ。
それだけで、あれほどの魔法を使うことができるとは。
ますます楽しみになってきたというもの。
「さっそく魔法、使ってみたいです!!」
――――
アスタフィアに来て、半日が過ぎた。
この国の半分程度は、見て回ることができたとおもう。
俺が異世界に召喚されて、初めての夕日。
それを今、ぼんやりと眺めている。
こっちでも太陽の沈み方は一緒らしい。
召喚されたタイミングは昼過ぎの時間帯だった。
王都の大通りの真ん中で、落ちていく夕日を見ていた。
「イタッ!」
目の前で、幼い少女が転んだ。
前から倒れる形の、地味に痛いやつ。
どこか急いでいた様子だった。
それで足元が緩んだのかもしれないな。
「大丈夫?」
「うぅ……」
俺は泣きそうになっていた子を、優しく助け起こした。
少女の膝が赤くなっている。
目頭に涙が溜まって今にも溢れそうだ。
「ちょっと擦りむいちゃってるな。
よし、いたいのいたいの飛んで――」
「《エルダ・シャイン・ヒール》」
少女はすっと手を出した。
魔法陣が現れ、淡い光が擦りむいた膝に当てられる。
赤くなった箇所は、みるみるうちに治っていった。
「マジかぁ」
こんな小さな子でさえ、魔法が使えるのか。
少女は体の土汚れを落として、笑顔になった。
「ありがとおにいちゃん、急いでるからまたね!」
「あ、あぁ……」
少女はまた元気に走り出していった。
おまじないは必要ないようでよかった。
でも、こっちの傷をえぐられたようでなんだか複雑だ。
少女とすれ違うように、アルタさんが歩いてきた。
何かを両手に持っているな。
「ちゃんと門限を守れているようですね。安心します」
「アルタさん、あの子と知り合いなんですか?」
「いえ、お気になさらず。それよりも――」
アルタさんに差し出される。
それは肉の串焼きだった。
良い焼き目に、香ばしいものが漂っている。
「シルバーボアの串焼きです。どうぞ」
気を利かせて買ってきてくれたらしい。
俺はそれを受け取って、小さく息をついた。
「そう気を落とさずに。
元気がないときは美味しいものに限ります。
絶品ですよ?」
アルタさんは微笑んで、一口かじってみせた。
俺も真似るように、灰褐色の肉を一口かじってみる。
柔らかい食感と肉汁が広がった。
「……おいしい」
意外にも牛肉に近い。
猪の味は知らないが、猪とは思えないほどジューシーだ。
俺好みの味付けで、すごく美味しい。
「けど、魔法を使えないショックは、中々癒えそうにないかもしれません……」
俺はこれから、どうすればいいのだろう。
あの後いくつか、魔法使う方法を教えてもらった。
結果は、全部ダメ。
どうやら俺には魔力そのものがないという。
ここは剣と魔法の世界だ。
一般人以下とかシャレにならない。
ずっとこの国にいるしかないのか?
「アメハル様の世界では、どのように魔法を使っていたのですか?」
アルタさんが串焼きを一つ食べる。
その合間に何気なく聞かれた。
「俺の世界に、魔法なんてないですよ。
魔法は空想上のものでした」
馬車での会話と違い、はっきりと答えた。
魔法の概念はあるが、実在するかは不明だ。
隠れた魔法使い機関でもない限り。
「魔法がない?
ではどのように、戦いから自分の身を守るのですか?」
俺の世界とこの異世界は時代そのものが違う。
こういう疑問もごく自然なのだろう。
「俺は平和の中で生きてましたから。安全なゲームの中でしか戦いはしない、そんな生活でした」
だからこそ憧れた。
戦いにではない。
ゲームでなら活躍できる自分に、だ。
「平和。では、アメハル様に戦闘能力はないと?」
「ないですね。ゲームならともかく現実でってなると、人並み程度がいいところですよ」
体育の成績は普通だったような。
多少の持久力はある。
だが、特筆して運動ができるわけじゃなかった。
「そうですか、それは残念です」
アルタさんは下を向いた。
急に立ち止まって、どうしたんだ?
「アルタさん?」
俺は彼女の名を呼ぶ。
数秒経って、アルタさんは顔をあげた。
とても優しげに、笑っていた。
「アメハル様、この国はいかがでしたか?
貴方様の目と脳、そして心に残るような景色でしたでしょうか」
突然、なんだ?
特殊な言い回しだな。
どうでしたかって言われても……。
俺は少し考えたあと、正直に答えた。
「えっと、よくわかりませんが、綺麗で多彩な国だと思いましたよ。俺は自分の国しかよく知らないんで、上手く言えないんですけどね」
静かで、暮らしやすそうな国。
そんな印象だ。
高層ビルや車、電気はない。
それでも案外、満足できるのかもしれない。
「落ち着くというか、不思議な気持ちになりますよ」
「あぁ、よかった。本当によかった」
旅行なんて久しくしていなかった。
GKOでの失敗や、リアルでの生活。
それらを忘れて楽しめた気がする。
「楽しんでいただけたようで、私も案内役を務めた甲斐がありました」
アルタさんのおかげですよ。
そう、感謝を伝えようとした。
俺がその光景を目にするまでは。
アルタさんは心底嬉しそうな顔していた。
腰の剣に手をかける。
「人生最後の観光は、楽しく終わるべきですから」
彼女は夕日を背に、銀色の刃を引き抜いた。
ギラリと光る剣の反射。
俺の思考が止まった。
「……アルタさん? どうしたんですか……」
なんで武器を?
そう聞く前に、アルタさんは口を開いた。
「主様は命じられました。
クモリアメハルが持つ力を見定め、のち処理せよと」
「はい?」
処理と言った。
それはなんだ。
冗談のような言葉に固まる。
アルタは俺に、剣を向けている。
「いや、なに言ってるんですか?
それ……しまった方がいい気が――」
静かに殺気立つ、あの笑顔の裏。
それに思わず後ずさる。
「ぐわ!? いった――」
つまづいて、倒れ込んだ瞬間だ。
頭上を光の軌跡が走り抜けた。
さっきまで俺の首があった場所。
そこを、完全に断ち切る軌道を描いて。
「異世界人にはどんな力があるのか期待していたのですが、仕方ありません」
アルタは、異常に落ち着き払っていた。
まるで紙をハサミで切るみたいに。
当たり前の呼吸で、作業をするかのように。
なんだ、この豹変様は!?
「言っておきますが、これは残酷な結末ではありませんよ。主様の優しさです」
「やさしさ……?」
「最後に思い出作りをしてもよいと、お許しをいただきましましたので」
剣先が、俺を真っ直ぐに見下ろす。
「心苦しいですが、その時間はこれでおわり。
楽しいまま、死んでいただければ幸いです」
命の危険。
それを肌で感じ取った。
逃げろ。
彼女は剣を、俺の頬スレスレまで近づけてきた。
とんでもない切れ味なのか、それだけで血が――
「……ぐぅっ!!」
「おや」
無意識に体が動く。
俺はアルタの剣を、下から殴り払った。
なんとか起き上がる。
近くの裏路地に向かって、走る。
この女から、今すぐ離れなければ。
だから俺は全力で走った。
「逃げるのですね?
良い判断ですが、悪くもあります。
痛みなく楽に殺されるほうがいいと、思いませんか?」
後ろを振り返る。
ゆっくりと歩くアルタがブレて見える。
その姿は、やけに不気味だった。
「な、なにが……なにが起きてる!」
おかしい。
そんなはずはない。
ついさっきまで、あんなに優しかったのに。
なんのために俺は殺されるって?
彼女の言っていたことが、まったく理解できない!
「――《ヴェルト・シャイン》」
何か聞こえた。
昼の魔法講座。
それに含まれていた単語?
光の刃が、すぐ真横を通り過ぎた。
「は」
何が飛んできた?
三日月を描く、光の刃だった。
正面にあった家が、縦から真っ二つに裂けた。
地面も深く削れている。
少し、俺が左にズレていたら……?
最悪のもしもを想像してしまった。
「おしいですねー、いっておきますがー、当たると痛いですよ〜」
遠くの友人に語りかけるような、忠告。
剣を下ろして、手を振るアルタが見える。
怖い。
なんだ、あの笑顔は。
ふざけているのか?
俺をからかっているだけ?
違う。
「……マジで、殺す気なんだ」
まだ殺されていない。
だがわかる。彼女の目的を。
暗くて知らない道を、必死に走った。
「さっきまで、優しかったじゃないか!」
「力を隠しているのなら、早く見せてください」
上から声がした。
「ハッ!?」
見上げると、アルタがいた。
剣を突き立てて降ってくる。
俺は反射で跳んだ。
光の爆発が起きた。
地面をえぐり、強い風を生み出す。
道を囲んでいた建物が、ガラガラと崩れていた。
「それまでは手加減して殺しますから……さあ、反撃を!」
土煙から剣が飛び出してきた。
狂気じみた笑みを浮かべるアルタ。
「ぐっ……!?」
俺は体を翻す。
ギリギリで剣を躱すことに成功した。
その勢いで、地面をまた蹴り走る。
追撃は来ない。
まだ俺は生きている。
今は逃げなければ。
……いや、違う。
彼女を見て理解した。
きっと俺は、わざと生かされているんだ。
いつか殺られるという恐怖。
いつでも殺せるという相手の余裕。
そして、弄ばれている屈辱。
その事実に、胸の奥にじんわりと膨らんだ。