偽装された異世界召喚〜最強の偽装スキルで復活した俺は、魔神たちから世界を救う〜 作:石畑サン輔
「はあ、はあ、はあ……」
裏路地を抜けた。
目の前には、また広い大通り。
すでに日は落ち、暗闇ばかりだ。
点々と設置された街頭。
王都の夜道を照らしている。
息が苦しい。
それでも、必死に声を張り上げなければ。
「だ、だれか! だれか助けてっ! 殺される!」
俺の声は、不思議なくらいに木霊した。
音はよく通る。
人がいれば、確実に届いているはずだ。
……なのに、静かだ。
異様なまでの音の無さ。
さっきまで活気づいていた大通りには、誰もいない。
聞こえるのは俺の息切れと、心臓の音だけ。
それどころか、民家の中の明かりが一つもない。
「なんで、なんでだれもいないんだ! だれか――」
「誰もきませんよ」
「っ!?」
声がして、俺はすぐさま振り返った。
背筋に氷を押し当てられたような感覚。
アルタだ。
すんっとした真顔。
いつの間にか、そこに立っていた。
逃げなくては。
でも、限界だ。
俺の体力は多少あるだけで、無限じゃない。
「朝起きて、魔力を捧げ、朝食」
「え……?」
拍子抜けた。
彼女が手より口を動かしたからだ。
攻撃されるわけではなかった。
アルタは淡々と、何かを話し始めた。
「役割をこなし、魔力を捧げ、昼食」
彼女は剣を撫でる。
冷たい表情のまま、ゆっくりと丁寧に。
その仕草があまりにも慣れていて、ぞっとした。
俺の心臓。
その鼓動音が、ドクンドクンと警告を鳴らしていた。
緊張と恐怖で動けない。
「各々の設定通りに活動し、魔力を捧げ、夕食を終えたのち就寝」
なんの、話をしているんだ。
誰かの1日のスケジュールのように聞こえたが……。
「それが、この国に住まう者たちの規則です。
今は夕食前、三度目の魔力供給をする時間。貴方を助けている暇など、ありはしません」
「き、規則だって……?」
今は日が落ちてまもないはずだ。
にもかかわらず、この大通りには俺とアルタの2人だけ。
じゃあ、この異様な世界の原因は――
「この国は主様の意のまま。
見てください。無駄な雑音はなく、ただ広いだけの国に成り果てる」
城で最初に出会った美少女、フェイルノート。
彼女が、これを生み出している?
腑に落ちない。
だが不気味なこの静寂が、それを肯定していた。
「貴方も魔力を宿してさえいれば、この者たちと同じ扱いまでは許されていたかもしれませんね」
アルタは俺を蔑んだ。
その瞳に灯っていた光が、消えてなくなっていた。
再び、彼女の剣が俺に向けられる。
「主様は貴方を必要としないと判断されました。
また次の異世界人を、召喚なさるでしょう」
――ああ、そうか。
この状況と彼女の態度。
簡単に推理できてしまった。
こんなの誰でもわかるってもんだ。
「は、はは。要するに、悪い連中ってことか」
理解できた。
いや、恐怖で吹っ切れたというべきか。
俺は罪を犯していない。
なのに彼女から剣を向けられている。
なら、アルタは紛れもない悪なんだ。
今までの価値観が、そう俺に訴えている。
「それにしても、運だけは良い。手加減したとはいえ日没までには殺すつもりでした。
主様の召喚に応じたのもそう、感服します」
パチパチと、覇気のない拍手が送られる。
剣を挟んだ数回の拍手。
それはとても、味気なかった。
「ですが、一番の過ちを犯した。
召喚された身でありながら、貴方は主様への服従を拒否した」
服従を拒否。
ああ、あの時の変な空気のことか。
「従うか?」という言葉を、何のことか確認しただけだ。
……それが、原因?
「だから処理するのです。その上、貴方が無価値であったなら、生かす意味はありません」
アルタの剣が、再び眩い光を放ち始めた。
またあのやばい斬撃が飛んでくる?
あれに当たってしまえば、俺は――
「嫌、だな」
死んでしまうと考えた末だった。
ただ一言。
俺の口から勝手にこぼれた。
「無理ですよ。貴方はここで」
「俺は正直、なんでもよかった」
混乱こそした。
だが、迷惑ではなかったんだ。
「こんなところに無理やり連れてこられても、心の底じゃほっとしてた」
余計なことをされたと、最初は思った。
反対に、面倒なことを考えずに済む。
そう安堵していた自分もいた。
「でも、全部を諦めたわけじゃない。ここでなら、何者にもなれかった俺が、新しく生まれ変われるって」
俺の心内をツラツラと語る。
アルタからあからさまな嫌悪が、伝わってきた。
彼女は剣を構えた。
前に踏み込もうとしている。
これから殺す相手の言葉なんて、どうだっていいのだろう。
「俺の知らないところで話が進んで、そのあげく無価値だって?」
それでも喋る口は止まらない。
恐怖が一周回って、原動力となってしまっていた。
言え、言ってしまえ。
最後に意地を見せろ。
たとえ敵わなくとも、自分の勇気を信じろ――!
「勝手に呼んでおいて、勝手に殺す?
納得できるわけない。
ならこの際、あんたたちが悪でも構わない」
あれ……?
これって命乞いじゃ?
「だから」
アルタが剣を振り抜いているからか?
自然と力が入って、身構えた。
全身の毛が逆立ち、視界の端が白くなる。
――ブォンという音が聞こえた。
「考え……直し、て……?」
瞬きする直前。
あの剣から、光が放たれたのを見た。
俺の胴体めがけて、斜めに真っ直ぐ。
両膝に硬い感触。
視線が低くなって、体の力が抜けていく。
「私は主様の命を果たす。それだけです」
アルタはその場から一歩も動かず、そう吐き捨てた。