偽装された異世界召喚〜最強の偽装スキルで復活した俺は、魔神たちから世界を救う〜 作:石畑サン輔
これは無理だ。
無慈悲な光の刃。
認識する間もなかった。
容赦なく、俺は切り裂かれた。
見えなかった。
回避なんてできるわけがない。
ゲームで培った経験。
どうにかして助かるという幸運。
そのどちらも通用しなかった。
俺はゆっくりと腹を触る。
指を見ると、驚くほど赤い。
これほどの血を見たのは初めてだ。
「まもなく馬車が迎えにきます。
貴方の死体は、主様の研究施設に運ばれるのです」
アルタは光の剣を払う。
鎧の音を立て、俺に近づいてくる。
あぁ、視界がぼやけてきた。
彼女の手が重なって見える。
俺に伸びてきて、どうするつもりだよ。
「全ては主様のために、有効活用させていただきますね」
ダメだ。
自分の死なんて認めたくない。
だが流れ出る血が、諦めろと訴えてくる。
ほら、耳もおかしくなってきた。
バチバチと弾けるような、変な音が聞こえてきて――
「ッ!? なにッ!」
アルタは驚きの声を出した。
視界からアルタが消えたと思ったら。
俺の目の前を、赤い閃光が通過した。
激しい音が鳴った。
その方に視線を向ける。
民家の壁が、ぶち破られて煙が出ていた。
「……えぇ?」
火花が散っている。
ビリビリと空気が揺れた。
その場に残留した光が、朦朧としていた俺の意識を呼び戻した。
何が起きているんだ?
奥から足音が聞こえてくる。
その足音は、この静寂の中で一際強く響いた。
「あ、あの子は」
覚えている。
昼の冒険者ギルドにいた、赤髪の女の子だ。
その彼女が、閃光が飛んできた方向から歩いてくる。
女の子は腕を突き出していた。
紅色の電気がビリビリと渦巻き、まとわりついていた。
「この私を攻撃するとは、どこの誰です?」
突き破られた民家の中から、アルタが出てきた。
どこにも傷はない。
余裕ある態度で、女の子に問いかけた。
「見覚えのない顔……主様の支配外の人間ですか」
「星国の騎士アルタ。魔神の眷属はあなたね?」
赤髪の女の子とアルタが対峙する。
臨戦寸前の空気だ。
目の前で繰り広げられる問答。
「いかにも。そういう貴女はどこのどなたです?」
ちらり。
俺は女の子に、横目で見られた気がした。
だがその目線は、すぐにアルタへ戻される。
「――ここで殺る。そこの彼のためにも」
なんだよ、それ。
彼って誰だ。
もしかして俺か?
女の子はローブを脱ぎ捨てた。
素顔と肌を露わにする。
見えづらかった赤髪と、眉をひそめた表情。
そして、両腰に2本の短剣が携えてあった。
それを素早く引き抜いて、女の子は構える。
「おかしなことを。すでに死んだ者を気遣ってどうなるのです。今さらでてきて、私と戦う?」
アルタは剣を提げて、嘲笑った。
おい、一応まだ生きてるぞ……。
死ぬ前に文句や罵倒を叫ぶくらいしたい。
呼吸も苦しいから、それは難しいかもしれないが――
「では私も、主様のために貴女を処理します。
《ヴェルト・シャイン》」
「――《ヴェルト・サンダー》」
2人は同時に、魔法を唱えた。
両者は現れた魔法陣を体へ潜らせる。
一瞬だ。
双方の姿が、俺の視界からかき消えた。
どこいった……
「はあッ!」
「ふふ! なかなか速いじゃないですか!」
視界の反対側からだ。
金属がぶつかる音が聞こえた。
夜に輝く2つのエネルギーがぶつかり合っている。
光と雷が交差した。
右往左往に動き回って、捉えられなかった。
見えない、目で追えないのだ。
追っている間には、彼女らは別の場所にいる。
眩い線を描くように、この暗い王都を照らしていた。
「ごふ……!」
そんな場合じゃない。
今にも死にそうな俺は、ここに放置ですか。
まったく酷い扱いだよ。
「……俺のため、って……遅いよ……」
斬られる前に割って入ってほしかった。
俺の上半身も地面に伏した。
もうすぐ死ぬんだ。
なら、彼女はどうして戦っているのだろう?
こんなに血を流して、助かるわけないのに。
「彼のため」? 俺の仇を取って何になる。
多分まもなくだ。
走馬灯みたいなやつが、頭に浮かんでくるんだ。
今までの思い出をシュワァと振り返るやつ。
そう。
このあと死ぬぞ。
覚悟を決めろ。
まだ意識がはっきりしてるな。
ほら死ぬよ、走馬灯流れるよー。
おかしいな。
そろそろのはずなのに。
俺、しんで――?
「あれ、なんかしぶとくないか?」
生きて、いるな。
涙を知らないうちに流したのか?
ぼやけていた視界がクリアに見える。
斬られてから、どのくらい経った?
腕は正常に動く。
斬られた箇所に手を潜り込ませる。
優しく指を動かして、傷を確認した。
あれ……流れてた血、止まってね?
「《アルマ・サンダー》ッ!」
「赤い雷、見栄えはいい。威力も申し分ない」
耳も問題なく聞こえる。
戦い続ける彼女たちの声は、ここからでも届く。
死ぬ間際の寒気とやらも感じない。
そういえば、斬られても特に痛いとは感じなかったな。
体の力が抜けたのは、単に驚いたから?
激しい光と音の中、顔を上げた。
「俺、全然生きてるじゃん……」
『――契約は成立した』
「え?」
突如、頭の中で声が響いた。
咄嗟に周りを見渡すが、誰もいない。
『引き金は死だ。
貴様がどんな奴であれ、フェイルノートは最終的に必ず殺してくる』
「ちょ、ちょっと待って? 誰だ!?」
聞き覚えのない声だった。
まるでノイズがかかっているようだ。
男か女か、性別すらわからない。
俺は立ち上がった。
その気力を取り戻したからだ。
『そこを突くのだ。
偽装された死を貴様が看破したとき、この力は目を覚ます』
「偽装、看破……?」
一体何の話だ。
すると、周囲に黒いモヤが現れた。
モヤは俺の体を覆ってくる。
不思議と嫌な気分ではない。
モヤはすぐに晴れた。
ひどく傷ついた体が、元通りになっていた。
「……傷が治ってる」
血は消えた。
服も修復している。
アルタに斬られる前の状態だ。
これは――
「たあッ! ……くっ!?」
「動きはよかったですが、それまで。
私に対する決定力がなければ話に……ん?」
赤髪の女の子は跳ね除けられた。
不意にアルタは、こっちを見た。
目を見開いているのがわかる。
五体満足で立っている俺のせいだろう。
「なぜまだ生きて――」
『ひとつ、未練の踏破。ふたつ、すべての魔神殺し』
自分でも理解が追いついていないんだ。
さっきまでの震えはない。
呼吸も安定している。
まるで死んで生き返ったみたいな気分だ。
『とはいえ、貴様がやるべきことは単純明快だ』
謎の声がより強くなる。
異世界にきてから、おかしなことばかりだ。
身をもって学んだ。
人を簡単に信用してはいけないと。
痛い目を見るのは自分だ。
それでも、この声に従うべきだ。
俺の直感は、故障しているのか?
『名を口にしろ。
例えば、貴様の知る最強の人物を思い浮かべるのだ』
最強の人物?
そんなの簡単だ。
アイツしかいない。
『口は武器だ。これもまた引き金だ。
絶え間なく、既存する物に違う名を被せろ』
その意味を問い返すことはしない。
どうせ応答はしない。
言う通りにするのが正解だから。
『くだらない現実など、貴様の偽装で覆してやるのだ』
張り上げず、小さすぎず。
ただその名前を、俺はつぶやいた。
「――〈偽装〉、オーバーキャスター」
全身の細胞が躍動した。
肌に垂れ落ちる汗が消し飛ぶ。
ぐっと身に力が入った。
内から湧き上がってくる、この気力は……!?
再び黒いモヤが漂い現れる。
同時に、得体の知れないエネルギーが、体に流れ込んでくる……。
「なっ、それは魔力!?」
俺を中心にして、風が吹いているんだ。
両目を閉じた。
アイツのこと以外考えない。
3年間、自分の分身として扱ってきたあの体。
曇雨晴としてではない。
あの世界では、違う人物として振る舞ってきた。
記憶から消し去ることができない、戦いの経験。
長く囚われ続けた、未練の電子集合体。
全身が黒いモヤに覆い尽くされたようだった。
「まさか、これって――」
馴染み深い感覚に出迎えられた。
なんとなく、手首を回してみる。
続いて足を動かし、地面を軽く叩いた。
髪を触る。
服装を見下ろす。
腰には、見覚えのある剣があった。
上に目線をやれば、白い髪の毛が揺れている。
慣れた手つきで剣を抜く。
剣に反射して顔が映っている。
それを見て……確信した。
そこにいたのは、俺ではない自分だった。
「貴方は」
アルタが驚愕した顔で見てくる。
今、俺が何者だと聞いたのか?
聞いただろう、なら答えなければ。
そう、俺は――
「俺はオーバーキャスター。略さず呼べよ」
笑って、そう名乗った。