放課後になり、桔梗ちゃんが佐倉に声をかける。
僕と鈴音、清隆はその光景を少し離れた場所から見ていた。
「ねぇ、佐倉さん。少しいいかな?」
「え? ご、ごめんなさい。私、この後用事があるので……」
「待って、時間は取らせないよ! もしかして佐倉さん、事件現場にいたんじゃないかな?」
「し、知りません! 私は何も関係してないです!」
桔梗ちゃんでも佐倉と打ち解けるのは難しいのか。
とはいえ、佐倉が何かを知っているのは反応からして間違いないだろう。
「待って、佐倉さん!」
「あっ!」
パキンッ。
佐倉の手から、ピンク色のデジタルカメラが落ちる。
あれは……壊れたかもな。
「うそ、電源が……つかない」
「ご、ごめん佐倉さん。私のせいで……」
「い、いえ。気にしないでください。それじゃ、失礼します……」
こいつは手強いな。
目撃者なんてそう何人もいるわけじゃない。
できれば佐倉には証言してもらいたいものだが。
「ごめん、説得できなかったよ」
しょんぼりしながら、桔梗ちゃんが僕たちのもとへ戻ってくる。
「仕方ないさ。人見知りの激しい子だし、ゆっくりやっていくしかないさ」
「とはいっても、審議会までそんなに時間はないわ」
「明日、また佐倉さんに話して説得してみるよ」
それなら、一つアドバイスしておくか。
「桔梗ちゃん、焦らせるような言い方はしちゃダメだよ。佐倉のペースに合わせて話してあげて」
「……確かに。さっきの私、焦ってたかも。うん! 明日は若代君の言う通りにしてみるね!」
そう言って、両手をガッツポーズして胸を寄せる桔梗ちゃん。
かわいすぎるぜ……。
その後、今日は解散になるかと思ったのだが、清隆が行きたい場所があるとのことだったので、鈴音と僕と清隆の三人で目的の場所へ向かう。
道中、僕はとある人物にメールを送っておく。
「特別棟?」
「ああ。一度、現場を確認しておきたくてな」
「……にしても、暑くねぇかここ?」
清隆の目的地は特別棟だったのだが、今すぐ帰りたい……。
暑すぎるぞ、冷房ついてねぇのか。
「私は耐えられるけど、若代君と綾小路君はキツそうね」
「まぁな。それよりも、ここにはないんだな、監視カメラ」
『それよりも』という言葉でこの暑さを片付けてほしくはないんだが……。
清隆の言う通り、この特別棟には監視カメラが存在しない。
このことについては、入学してすぐにカメラがどこにあるか調べていたので、僕は把握している。
「確かにそうね。監視カメラがあれば、すぐに解決できるのに」
「そうだな。そういえば、人気も少ないよなここ」
「部活でも使わない場所だもの。当然よ」
……清隆のやつ、さっきから白々しいな。
もしかして、鈴音に遠回しに伝えようとしてるのか?
この審議会で、Dクラスが勝つための方法を。
ストレートに言ってやればいいのに……。
そう考えていたら突然、後ろから声がした。
「さっきのメール、読んだよ」
「おお、来たか。待ってたぜ」
僕がメールを送った相手、一之瀬が姿を現す。
「確かBクラスの……」
「一之瀬帆波だよ。若代君以外は、ちゃんと話したことないよね」
「堀北鈴音よ」
「綾小路清隆だ」
「よろしくね二人とも。それで、さっきのメールはどういうことかな、若代君?」
「なに、少し話したいことがあってな」
「若代君、どういうこと? ちゃんと説明してもらえるかしら」
鈴音から鋭い目つきを向けられながら、説明を促される。
「いや、今回の件でBクラスと協力したいと思ってさ。だから、リーダーの一之瀬をここに呼んだってわけよ」
一之瀬にはメールで、
『位置情報アプリを使って、僕のもとに来てくれ』
とだけ送っていた。
この携帯では、連絡先を交換している相手なら、その人物の位置情報が分かるシステムがついている。
普段はオフにしているのだが、メールを送ったと同時に設定をオンにしておいた。
「Bクラスと協力か。もしかしたら佐倉以外にも目撃者はいるかもしれない。それなら人手は多いに越したことはない。いい考えだと思うが、堀北はどうだ?」
清隆は僕の考えを肯定してくれる。
それに対し、鈴音は沈黙している。何か考えがあるのかな?
「なるほど~。確かに個人的にも今回の件は気になっていたから、Bクラスが協力するのはやぶさかじゃないよ」
「……何もメリットがないのに、あなたはクラスを動かすつもり? 一之瀬さん」
「メリットならあるよ。今回の事件でCクラスが嘘をついていたと分かれば、ダメージを与えることができる。Bクラスからしたら、願ったり叶ったりだよ。Dクラスとしても、クラスポイントと須藤君を守るためには勝っておきたいでしょ?」
「……利害の一致、というわけね。分かったわ、協力関係を結びましょう」
鈴音も、一人だけでは戦えないと分かってきたか。
上のクラスに上がりたいのであれば、いい変化と言えるだろう。
「いいよ! じゃあ二人とも連絡先を交換してもいいかな?」
清隆と鈴音は、一之瀬と連絡先を交換する。
その後、一之瀬はさっそくクラスメイトと動くためにこの場を立ち去って行った。
僕たちも特別棟を後にし、清隆の部屋へ行くことになった。
「そういえば、直経。お前は合鍵とか持ってないよな?」
「清隆の部屋のか? 持ってないぞ。ていうか本人以外でも作れるのか?」
「池たちは勝手に作って持ってるんだ……」
マジかよ。犯罪とかにならないのかそれ。
あとで作っておこう。
「そんなことより、若代君。須藤君の件だけど、もしかしてあなたが何かしたの?」
「ん? まぁそうなるな。僕は言いたいことを言っただけだが」
「堀北が帰った後に、須藤に対してマジ説教したんだよ」
「……若代君が? いつもの感じからは想像できないけど」
「オレもびっくりした。ただ事実だ。直経の言葉で、須藤は大きく成長したはずだ」
「むしろ、成長させるために発破をかけたんだけどな」
須藤は中間テストの件で僕を信頼している。
だったら僕から説教された方が、須藤も受け入れやすいと考えた。
なんとも思ってない奴から説教されても逆効果だろう。
だからその感情を利用させてもらった。僕もママからの遺言で、今の自分に変われたしな。
それに、これ以上トラブルを持ってこられるのはめんどくさい。
変わるにはちょうどいい機会だったと言えるだろう。
「……ひとつ確認させて。あなたはAクラスに上がる気持ちはあるのかしら?」
「今のところないな」
「……綾小路君と一緒ね」
「ほう? 清隆も興味ないのか」
「まぁ、そうだな」
多くの生徒はAクラスで卒業するために、今後の学校生活を送ることになるだろう。松下なんかもそうだ。
けど、僕も清隆もマイノリティ側の人間らしい。
もしかしたら、清隆と友達になりたいって思ったのも、そういう部分を感じ取ったからかもしれないな。
「……あなたたちのこと、よく分からないわ」
「分からなくていい、だよな清隆?」
「ああ、知る必要はない」
「……そう。それなら私の中で、あなたたちのことを『変人1号、2号』とレッテルを貼らせてもらうわ」
「ちょっと待て、直経はいいがオレは変人じゃないだろ?」
サラッと僕のことをディスる清隆。
合鍵、絶対作ってやる。
「一緒よ。あなただって入試で点数を揃えたり、兄さんと互角に渡り合っていたじゃない。確かな実力を持っているのに、前には出ようとしない。和光同塵よ、未知数で気持ち悪いわ」
「買いかぶりすぎだ、オレにそんな実力はない。あと、和光同塵は誉め言葉だろ」
「……多くの生徒は、和光同塵なんて言葉の意味を知らないと思うわよ」
和光同塵。
優れた才能を隠して、世間に溶け込むという意味だ。
勉強好きとかでない限り聞きなじみのない言葉だが、それを知っているということは清隆は勉強もできるということなんだろう。
清隆は『しまった』という顔をしている。
鈴音の罠に引っかかってしまったな。
「ドンマイ、清隆。変人1号のレッテル、受け入れろよ。ただ、僕は変人なんかじゃないぞ。いたって普通の男子高校生――ウ‶ッ!!」
今までで一番強い腹パンを食らい、床に膝を落とす。
「……校門で私の下着を見たこと、忘れてないから」
顔を上げると、そこには物凄い剣幕で僕を見下ろす鈴音の顔があった。
……やはり、まだ根に持っていたか。
「……そういえば、綾小路君もあの場にいたわね」
「え? ま、待て! オレは見てな――」
「問答無用!」
ボゴォ!
鈍い音が、清隆の部屋に鳴り響いた。
◆◇◆
次の日の放課後。
寮に帰ろうとする道中で、ベンチに座っている女の子をふと見かける。
いつもは楓花が座っている場所だが、今日は違う人物だ。
スルーしようかと思ったのだが、なにやらとても不安そうな様子をしていたので、声をかけることにした。
「なぁ、大丈夫か?」
「へっ!? あ、はい。大丈夫です……」
とても大丈夫そうには見えないが……。
僕は空いている隣のスペースに腰を下ろす。
「え? えっと、どうして隣に……」
「君が不安で押し潰されそうな顔をしているからな。放っておけなくなった」
「……そう、ですか」
しばらく無言の時間が続く。
気まずいかもしれないが、僕は君が話し始めるまでここから動かないぞ。
「……あの、少し相談に乗ってもらってもいいですか?」
「もちろん。そのためにここにいるんだからな」
「実は、このあと告白する予定なんです。手紙もすでに渡しました」
なるほど、恋愛相談か。
僕で役に立つか分からんぞ。
「そうか。もしかして、勇気が出ないとかか?」
「それもあるんですが、その……告白する相手が実は女の子なんです……」
……もっと役に立たなくなってしまった。
同性愛を否定するつもりはないが、自分はそういう経験がないので何を言えばいいのか分からない。
ただ、お相手が同性を好きになる子じゃない場合、その恋は難しいと言わざるを得ないだろう。
「客観的な意見として言うが、難しいと思うぞ」
「やっぱり、そうですよね……」
本人も分かってはいるようだ。
そりゃそうか。じゃなきゃこんなに悩まない。
「でも、その子のことが好きでたまらないんだよな」
「……はい」
「……これは、僕のママが言っていたことなんだが」
「え? ママ?」
「ああ。
『偽りの仮面をかぶった状態で他人から好かれても、幸せにはなれない。本当に幸せになりたいのなら、嘘偽りなく本当の自分を見せなさい。それで嫌われるようなことがあれば、その人間のことは忘れなさい。逆に、本当の自分を見せても関わりを持ってくれる人間がいるなら、その繋がりを大切にしなさい』
ってな」
「……」
ママが亡くなる前に僕に遺してくれた言葉だ。
……この言葉を誰かに教える日が来るとはな。
「君は、告白がうまくいかないと薄々感じてるんじゃないかな?」
「……」
「だから告白した後、その子との関係がどうなってしまうかを恐れている。もしかしたら、同性愛者の私を気持ち悪いと思って距離を取るかもしれない、とかね。そんなことになるなら告白しない方がいい。でも好きな気持ちは伝えたい。君は今、その葛藤の狭間で苦しんでる。そうでしょ?」
「……どうして」
「分かるのか? でしょ。ただの直感だけどな。……1つ聞きたいことがある。君の想い人は、相手を思いやることができる人か?」
「え? は、はい!周りをよく見ていて、すごく頼りになる子です!」
「そうか。それなら、君が告白してきたことを周りには言いふらさないんじゃないか? そして、同性を好きになることを決して否定しない。君が好きになった子は、そんな子じゃないか?」
「……確かに、一之瀬さんなら」
……ん? 一之瀬って言ったか?
だとしたら絶対大丈夫だろ! あいつは性悪女じゃないはずだ!
「……ありがとうございます。あなたのおかげで、告白する勇気を持つことができました!」
「そうかい、なら良かったよ」
「あの、お名前を聞いてもいいですか?」
「若代直経、1年Dクラスだ」
「ええっ! 先輩じゃなかったんですか!?」
僕ってそんな老けてるかな? 初めて言われて傷ついたぞ……。
そんな僕の心情を察したのか、慌てる女の子。
「あわわ! す、すいません! 老けてるとかではなくて、その、大人びているなぁと思ったので!」
そうだよな!絶対そうだよな!
僕、大人びてるもんな!
「えっと、私は1年Bクラスの白波千尋と言います。その、相談に乗っていただいてありがとうございました!」
「白波ね。これも何かの縁だ、連絡先交換しない?」
「はい! いいですよ!」
連絡先を交換した後、白波は告白場所へ向かうとのことで、そこで解散となった。
僕は白波宛てにメールで、
『もし気分転換したいと思ったら、僕を誘ってくれ。付き合うぞ』
と送っておいた。
失敗する前提のメールで申し訳ないと思うが、僕の直感では失敗すると言っている。
それなら、彼女のメンタルケアまでしてあげよう。
乗りかかった船だしな。
――――
寮に帰った後、白波から返信が来ていることに気づいた。
『日曜日の11時、良ければ一緒に出掛けませんか?』
というメールだった。
案の定、恋は儚く散ってしまったようだ。
僕は『付き合うよ』と返事しておく。
7月に入って、日差しも強くなってきた。
当日はサングラスでもつけていこうかな。