生徒会室まで清隆たちを見送ったあと、僕は特別棟に来ていた。
時刻は16時を過ぎている。審議会は既に始まっていることだろう。
僕は須藤が必ず延長戦まで持ち込んでくれると確信している。
そのため、今のうちに準備をしておこうと思い、この場に足を運んだ。
この前、清隆と鈴音と一緒に来た時は暑すぎて、特別棟をきちんと確認する余裕がなかったからな。
改めて、特別棟をぐるりと見回す。
……うん、これならいける。カメラの設置は問題ないな。
あとは、石崎たちの思考を奪う方法だけだ。
どうしようか……。
そう考えていると、特別棟に新たな来客が現れた。
この気配は僕も知っている人物、同じクラスの松下千秋だ。
僕は彼女に体を向けることなく、声をかける。
「何の用だ、松下? 僕は今、忙しいんだ」
「……私の方に一瞥もくれてないのに、私だって分かるんだ。やっぱり、若代君はすごいね」
「入学式の日に言っただろ? 趣味は人間観察だって。一度話した相手の気配とかは基本的には覚えてる。まぁ直感ってやつだ」
「人間観察って、そういうのじゃないと思うけど……」
若干引いている松下。何でだろう?
みんな気配とか分からないものなのかな?
いつか清隆に聞いてみよう。
「まぁ、そんなことはどうでもよくてさ。どうしてここに来たの? 特別棟に用があるの? それとも僕?」
「後者かな。話したいことがあるの」
松下は真面目な顔になり、僕を見る。
「前にも言ったけど、私はAクラスに上がりたい。もちろん、若代君だけに実力を出させるつもりはないよ。私もこれからは本気で行く。周りのことは気にしないで、好き勝手に生きていくって決めたの」
「……」
松下の目は本気だった。
プライドをかなぐり捨てて今日、僕に話しかけに来たのだろう。
さて、どうしたものか。今後のことを考えてみる。
僕はAクラスに上がりたいわけではない。
もちろん、目指してみるのは楽しいかもしれないが、優先順位は低い。
僕が望んでいるのは、プライベートポイントを貯めて、3年間を楽しく学校生活を送ることだ。
……今まではできなかったことだからな。
だが、赤点を取れば即退学の学校だ。
これからのクラス競争では、過酷な試練がいくつも待っているはず。
その時、僕に危険が全くないとは言い切れないし、一人で対処し切れるかどうか。
答えは否だ。僕の直感がそう言ってる。
それに、南雲雅の存在もある。
あいつが本格的に僕へ牙を向けてきた時、一人で戦うのは厳しいだろう。
そのためにも、協力者や人脈を広げておく必要が、今後はあるかもしれないな……。
僕は今までの考えを改めることにした。
「……分かった。Aクラスを目指すために力を貸すよ」
「っ! 本当、若代君?」
「ただし、条件がある。力を貸す代わりに、松下も僕に協力してほしい。もっと言うなら、僕がやれと言ったことは必ず実行してもらう」
僕が実力を発揮するということは、必ずAクラス行きのチケットを手に入れるということだ。
それくらいの無茶は聞き入れてもらわなければ困る。
さぁ、どうする松下?
「……若代君の奴隷になれってこと?」
「そう捉えてもらって構わない。奴隷になるのが嫌なら、断ってもらっても構わないけどな」
沈黙し、考え込む松下。
奴隷になるのはさすがにプライドが許さないのか、顔を顰めている。
とはいえ、さすがに本気で言ってるわけじゃない。
松下の本気度を確かめたいから敢えて否定しなかっただけだ。
これを断るようなら、僕の協力者としてはやっていけないだろうしな。
しばらくして、松下から返答が返ってくる。
「……分かったよ。若代君の奴隷になる。その代わり、約束はちゃんと守ってもらうよ」
「オーケーだ」
これで契約成立――というわけには、まだいかない。
「ただ、僕はまだ松下の実力をこの目でちゃんと見たわけじゃない」
「そうだね。今までは目立たないようにセーブしてたから」
「ああ。だから今度の夏休み、おそらくそこで大きなイベントが起こるはずだ。その時に存分に力を発揮してくれ。そこで、松下の実力を測らせてもらう」
「もしお眼鏡に適ったのなら、正式に契約を結んでくれるってことだね?」
「そういうことだ」
理解が早くて助かる。
直感的には、鈴音と同等の実力を有しているはずだ。
彼女が今後どのように動き、そして成長していくのか楽しみだ。
「分かった。それなら期待して待ってて。必ず役に立つって証明してみせるから」
チャンスを貰ったからだろうか。
松下は、さっきまでとは比べものにならないほど生き生きしているように見える。
その後、僕たちは連絡先を交換し、松下は特別棟を去って行った。
〜〜〜
僕はそのまま特別棟に留まり、辺りを詳しく調べていた。
すると、また新たな来客が現れる。
「こんなところで何をしているのかしら?」
そう言って、僕のもとへ歩いてくる人物は、鈴音だ。
「鈴音か。審議会はどうなった?」
「明日の16時に再審を行うことになったわ。もしそこで、Cクラスが嘘をついてると証明できなければ、須藤くんは退学することになるわ」
「……それは、須藤から言い出したことか?」
「ええ、そうよ。だからなんとしてでも、明日の審議会では勝ちにいかないとまずいわ」
大きく出たな、須藤のやつ。
これは僕も、須藤の覚悟に全力で応えないといけないな。
「そうだな。それで、鈴音は何か思いついたのか? この事件を全て丸く収める方法を」
「それを確かめにここに来たのよ」
そう言うと、鈴音は特別棟全体を見渡す。
どうやら、鈴音も僕と同じ考えにたどり着いたようだな。
審議会での詳しいやり取りは分からないが、清隆のことだ。
どうせ、それとなく教えてあげたんだろう。
「……問題ないわね」
「それって、監視カメラのことか?」
「っ!……そうだけれど、どうして――」
「分かったのかって? この事件を聞いた時からずっと考えてたことさ。僕が特別棟にいたのも、カメラの設置をどこにしようか決めるために調べてたんだよ」
「……そう。それならちょうどいいわ。あなたがカメラを購入してちょうだい。本当は一之瀬さんに頼もうと思っていたのだけれど、他クラスからポイントを借りるのは正直避けたかったから。まだポイントに余裕はあるわよね?」
「大丈夫だ。分かった、買っておくよ」
もとより、そのつもりだったしな。
「頼んだわよ。それじゃ、そろそろ行くわ。ここに長居して、計画に勘づかれるのも良くないし」
「そうだな、僕も行くよ」
特別棟から出た後、僕たちは玄関に向かう。
すると、なぜかそこには清隆、一之瀬、神崎の3人がいた。
向こうも僕たちの存在に気がつく。
「直経、どうして堀北と一緒にいるんだ?」
「たまたま特別棟で遭遇したんだ」
「特別棟? そこで何してたの二人とも?」
一之瀬が首を傾げながら尋ねてくる。
「明日の審議会で、勝つための下調べよ」
「なるほど〜。それって、私たちに協力できることあるかな?」
「大丈夫、その必要は無いわ。明日は私たちだけでなんとかなると思う」
「……いや、一之瀬にも協力してほしい」
僕は鈴音の判断に待ったをかける。
少しでも成功率を上げるために。
「若代君? どういうつもり? これ以上一之瀬さんたちに迷惑はかけられない。明日のことなら、私たちだけでもできることよ」
「迷惑だなんて、私たちは全然そんなこと思ってないよ」
「だそうだぞ、鈴音。協力してくれるというのであれば、最後まで利用すべきだ」
「……利用すべき、なんて言葉を聞くと、協力する気は無くなるがな」
神崎が目を鋭くして僕を見てくる。
「わ、悪い。今のは言葉の綾ってやつだ。ただ、協力してほしいのはBクラス全体じゃなくて、一之瀬だけだ。だから、一之瀬さえ良ければ協力してほしいんだが」
「私は大丈夫だよ。ただ、何をするのか聞いてもいい?」
僕はこの場にいるみんなに明日の計画を話した。
監視カメラを特別棟に設置し、石崎たちを騙すこと。
「……なるほどね。目には目を、嘘には嘘をってことだね。でもそれなら堀北さんの言う通り、私の協力は必要ないんじゃないかな?」
「一之瀬に協力してほしい理由は、信憑性を増すためだ」
「……そういうことか」
「どういうこと、神崎君?」
「一之瀬が善人というのは、全クラスに知れ渡っている。そんな人物が嘘をついてるとは思わない。そういうことだろ、若代?」
「その通りだ神崎。向こうは計画的に犯行を行なったはず。それなら特別棟に監視カメラがないことも知ってるはずだ。だが、その場に一之瀬がいて『実はあったんだよ』と言われれば、石崎たちのメンタルを揺さぶることができる」
「つまり、石崎たちの思考を奪う、ということだな、直経?」
「そういうこと。これが一之瀬に協力してほしい理由なんだけど、どうかな?」
「なるほどにゃ〜。そういうことなら喜んで協力するよ!」
にゃ〜?
え、何言ってんだこいつ。 狙って言ってるのか?
「それじゃあ、カメラのポイントも私が支払おうか?」
「大丈夫よ。若代君が払ってくれるから」
「んー。せっかくだし、一之瀬が払いたいって言うんだったら一之瀬が……ヴッ!!」
「若代君も喜んで払うと言っているわ」
「あ、あはは……」
マジかこの女……。
人がいるのに平気で腹パンしてきたぞ……。
この審議会が終わったら訴えてやる!
証人は一之瀬と神崎だ。二人なら信憑性もあるから、僕が絶対に勝つだろう。
……いや待てよ。そしたらクラスポイントがゼロになるんじゃないか?
泣き寝入りするしかないのか……。
「まぁ、40万も支払ったんだ。さすがに若代も全ては使い切ってはいないだろう」
「……40万? どういうことかしら、神崎君?」
「ん? 知らなかったのか? 若代は中間テストで俺たちBクラスに過去問の情報を提供してくれたんだ。その対価として、俺たちは40万を支払ったんだ」
「……あなた、勝手にそんなことをしていたのね」
「過去の話だ。今さら文句とか言うなよ? ていうか、そのポイントがなきゃ僕も須藤も退学になってたんだからな。結果よければ全て良しってやつだ」
むしろ、感謝してほしいくらいだ。
「はぁ……そうね。とにかく、カメラのことは頼んだわよ。私はもう帰るわ」
「私たちもそろそろ帰るよ。それじゃあ、明日はよろしくね!」
そうして、僕たちは解散することとなった。
皆は寮の方へ向かって行ったが、僕はカメラを購入するため、家電量販店へ向かった。
目当てのダミーカメラを買い、ついでに気になっていたペン型のカメラも購入した。
いつか役に立つ時が来るかもしれないからな。
◆◇◆
そして翌日。
教室に登校すると、珍しいことに佐倉から挨拶をしてくれた。
「お、おはようございます。若代君」
「おお、おはよう佐倉。どうしたんだ、いつもよりもシャキッとしてるように見えるけど」
「そ、そうですか? いつも通りだと、思いますけど……」
目が泳いでるな。
今までの自分を変えるために、少し意識しているということか。
「ふーん。まぁ、佐倉がそういうなら、そういうことにしておくわ」
そうして、僕は自分の席につく。
それと同時に、鈴音から声をかけられた。
「カメラは無事買えた?」
「ああ、問題ない。で、鈴音はこの作戦には参加しないんだよな?」
「ええ、綾小路君と一之瀬さん、そしてあなたの3人で石崎君たちを騙してもらう形になるわね。私は須藤君と一緒に生徒会室にいるわ」
「石崎たちを特別棟に呼ぶ算段は?」
「櫛田さんに協力してもらうわ。彼女からのメールなら彼らも来るでしょう?」
「確かにな」
あとは、僕たちの腕にかかってるってことだな。
「ああ、そういえば。僕って鈴音とは連絡先交換してないよな? うまく行ったら連絡したいから教えてくれ」
「できれば一生交換したくなかったけれど、まぁ仕方ないわね」
渋々ながらも、鈴音とも連絡先を交換する。
「それじゃあ、期待しているわ」
失敗したら、腹パンよりもっと痛いことをされるかもな。
これは本気で臨むとしよう。
~~~
そして放課後になり、再審まで残り30分。
僕と清隆は教室を出て、特別棟へ向かう。
途中で一之瀬とも合流する。
特別棟には既に、監視カメラを設置しておいた。
昼休みに行なったため、飯を食えていないのだが須藤のためだ。我慢するしかない。
そして特別棟に到着し、それぞれ配置につく。
清隆と一之瀬が階段の上で待っている形だ。
僕はしばらく身を潜めている。
石崎たちには、清隆と一之瀬しかいないと思わせて油断させる。
そして背後から僕が登場し、追い討ちを仕掛けるという作戦だ。
こうすれば、考える時間を奪うことができるからな。
石崎たちがここへ来るのを待つこと数分。
ついに、その姿を現した。
「あ? 何でお前がここにいる。しかも一之瀬まで」
「悪いな石崎。櫛田はここには来ないぞ。あれはオレが頼んで無理矢理メールさせたものだ」
「どういうつもりだ、あ?」
石崎が前に出て、清隆に威嚇する。
あの中じゃ、石崎がリーダー格なのかもな。そんな器には見えないが。
「話し合いがしたかったんだ。このまま再審したら、お前たちは退学になるからな」
「……は? 何言ってんだお前」
「まだ分からないのかな、石崎君。辺りを見渡してみなよ」
「見渡して何になるって……っ!!」
「気づいた? 監視カメラがあることに」
石崎たちは汗をかき、動揺している。
その汗は暑さからくるものか、それとも焦りか。
もしくは、両方か。
「どうして、カメラなんかが……」
「それはそうだよ〜。この特別棟には理科室があって、そこには薬品関係がたくさん置いてあるんだ。悪い生徒が持ち出さないために、カメラが設置されているのは当然のことじゃない?」
咄嗟にしては、説得力のあるアドリブだな一之瀬。
彼女もなかなかやるようだ。
「いや、俺は確かに確認した……はず……」
「確認した? どうしてカメラの確認なんかしていたんだ? もしかして、最初から須藤をハメるために、この犯行を行なったってことか? そうでなければ、カメラなんて普通は確認しないもんな」
ボロを出す石崎たちに対し、清隆は冷静に追い詰めていく。
それを聞いて、石崎たちの顔が青ざめていく。
「もう、終わりだ石崎。俺たちの負けだ……」
「俺、退学なんてしたくねぇよ!」
「……ちょっと、連絡させてほしい」
石崎が携帯を取り出し、誰かに連絡しようとする。
僕はその携帯を速やかに奪い、阻止する。
「なっ! てめぇ、誰だ! 俺の携帯返せ!」
石崎は僕の胸ぐらを掴み、殴りかかろうとする。
だが――。
「いいのか石崎、よく見てみろよ」
僕の背後にはダミーカメラがある。
ついでに胸ポケットにはペン型カメラも仕込んである。
殴ってくれれば、これを証拠に訴えることも可能だ。
清隆も片手に携帯を持って、ちゃっかり撮影している。
「うっ! クソッ!……分かった、目的はなんだ?」
「簡単だ。お前たちの訴えを取り下げろ。そうすれば、お互いに処罰を下されることはなくなる。存在しない事件を裁くことは、誰にもできないからな」
「……分かった、その提案を受ける」
石崎たちがサレンダーしたことを確認し、僕はすぐに鈴音にメールする。
するとすぐに既読がつき、
『よくやったわ』
という文が返ってきた。
そうして、石崎たちを生徒会室まで送り、3人を中へ入れる。
あとは鈴音たちに任せるとしよう。
これで、須藤は退学も停学もしなくて済む。
今回の事件で、Dクラスがマイナスな結果になることはないだろう。
この時の僕は、そう安堵していた。