試験四日目。
クラスの皆もこの生活に慣れてきたのか、意外にもいい雰囲気になってきていた。
僕と千秋で果物や野菜をたくさん収穫したり、池たちが川で魚を釣ったりと、思っていた以上にポイントを節約できているようで、千秋もかなり機嫌が良さそうだ。
今ならどんな頼みごとをしても引き受けてくれそうだ。
というわけで、僕は千秋に話しかける。
「なぁ千秋、ちょっといいか?」
「ん? 何かな、若代君?」
「今から他のスポットを見てくるんだが、千秋も来てくれ」
「え? 今から? いいけど、大丈夫なの?」
リーダーだとバレる可能性があるから、それを避けたいのだろう。
だが――。
「僕が人の視線に敏感なのは知ってるだろう? だから、誰かに見られているタイミングで占有することはしない」
「……まぁ、そこまで言うならいいけど」
そういうわけで、僕は千秋と二人でスポットを探索することになった。
高円寺から貰った地図を見ながら、森の中を歩いていく。
「へぇ。結構正確に書かれてるね、この地図」
「ああ。迷うことなくスポットに行けるのはかなり大きい。あとは他クラスが占有してなければいいんだが」
「でも、この地図を見て分かることだけど、Aクラスが占有した洞窟はかなりいい場所だよね」
「……そうだな。洞窟を中心として、そこの周りにスポットが多く存在しているな」
Aクラスが必死に洞窟を取ろうとした理由が分かる。
つっても、リーダーを当てられてしまえば無意味になるんだが。
その後も様々なスポットを探索していたのだがやはりというべきか、全てAクラスが占有していた。
一つだけ占有されていないスポットもあったが、あれは罠だ。
周りに生徒がいる気配があったので、そのスポットは避けることにした。
運が良ければ一つくらいは占有できると思って千秋を連れてきたのだが、そう上手くはいかないようだ。
「悪い、無駄に体力を消耗させたな」
「いいよ。これでスポットのことは考える必要がなくなったし。あとはAとCのリーダーを探って、自クラスのリーダーがバレないように動き回るだけだから」
……うーん。千秋にリーダーを当てることができるのだろうか。
申し訳ないが、僕にはできるとは思えない。
それにこのままいけば、リーダーもバレることになるだろう。
ちゃんと対策はしているのだろうか?
そんなことを考えていると、千秋から話しかけられていたことに気づく。
「ちょっと! 聞いてる?」
「……ああ、ごめん。なんだ?」
「Cクラスのこと。綾小路君の読み通り、みんなリタイアしたみたいだよ」
「……それで?」
「それで、って……。もしよかったら、この後Cクラスのベースキャンプに行かない? もしかしたら何か見つかるかもしれないしさ」
多分行っても意味はないと思うが、千秋が行きたいというのであれば付き合うとしよう。
僕はその提案を承諾し、Cクラスのベースキャンプへ向かう。
到着すると、浜辺には僕たちよりも先に来ている人物たちがいた。
「若代に松下か。お前たちも偵察か?」
「まぁ、そんなところだ」
浜辺にいた先客は一之瀬と神崎だった。
どうやら二人も、千秋と同じ考えでここへ来たらしい。
「それにしても、全然人がいないねー。神崎君の言う通り、Cクラスはリタイア作戦みたいだね」
「ああ。だが本来ならありえない作戦だ。この試験はプラスを積み上げていくもの。それを放棄している時点で、龍園は負けている」
「私たちには地道な戦略が一番だよね!」
一之瀬たちも龍園の本当の狙いには気づいていないみたいだな。
だが、そのことについて教えてやる必要はない。同盟を組んでいるからと言って、何でもかんでも話すと思うなよ。
そんなことを心の中で思っていると、千秋が一之瀬に質問する。
「ねぇ一之瀬さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「ん? 何かな?」
「風の噂で聞いたんだけど、葛城君と坂柳さんって対立しているの?」
「そうだねー。葛城君は保守派、坂柳さんは革新派っていうのかな。考えが真逆なんだよね」
「今回の試験では、坂柳が不在だ。だから葛城が指揮を執っているはずだが、坂柳派閥の奴らからしたら面白くないだろうな」
「でも、さすがに足を引っ張ることはしないんじゃない?」
一之瀬のような優等生はそう考えるだろう。
だが、革新派の坂柳なら積極的に動くはずだ。
「どうだろうな」
「え? 何か思うところがあるの、若代君?」
「僕が坂柳なら、手下には葛城の邪魔をするように命令するな。それでAクラスが負けるようなことがあれば、すべて葛城の責任にできる。つまり、リーダーの座から蹴落とせるということだ」
「それは……」
「絶対にないと言い切れるか?」
僕の問いに二人は黙り込む。答えは出たようなものだ。
「と、とにかく! お互いリーダーがバレないように頑張ろう! ね、一之瀬さん!」
「う、うん! そうだね松下さん!」
沈黙の空気が嫌だったのか、千秋はそう言って場を和ませる。
その後、僕と千秋はその場を離れることにした。
帰る途中、近くに清隆の気配がしたが、話しかけることなくそのまま進むことにした。
◆◇◆
試験五日目。
今日は自然に目覚めたわけではなく、女子から声を掛けられ強制的に覚醒させられた。
「ちょっと! 男子、起きなさいよ!」
「ど、どうしたのかな。篠原さん?」
「平田君、大変なの!」
僕たち男子は全員テントから出ると、篠原からとんでもないことを聞かされた。
「実は、軽井沢さんの下着が盗まれたの!」
なん、だと……。
軽井沢の下着が、消えた?
「な、なんで俺たちが睨まれてんだよ!」
「決まってるでしょ! この中の誰かが盗んだんでしょ!」
「はぁーーーー!?」
多くの男子が『俺は無実だ』と言い張るが、当然信じてもらえるはずもない。
荷物は外に置いてあるので、誰でも盗むことが可能だ。
そう――誰でも。
「だから平田君、犯人を見つけてほしいの」
「……分かったよ。ただ、プライバシーもあるから、まずは男子だけで確認させてほしい」
というわけで、男子だけで荷物検査をすることになった。
おそらく大丈夫だとは思うが、一応僕のカバンの中身を確認する。
「……嘘だろ」
ある。ピンクの下着が。
あれ、僕こんなの持ってたっけ?
……いや、持ってたわ。これは確か……清隆から貰ったやつだ。
というわけで、こっそり清隆のカバンに入れようとしたのだが――。
「おい、何してるんだ?」
あっさりと捕まってしまった。
そして、清隆には僕が下着を持っていることもバレてしまう。
「お前、それ……」
「どうしようかな……」
洋介の性格を考えれば、僕が持っていたとしても隠蔽しそうな気がする。
そうなると、犯人は見つからない。
そのせいで、せっかく絆が深まりつつあるDクラスに亀裂が入りかねないな。
それなら、僕が犯人になってこの件を丸く収めた方がいいだろう。
停学の件もあって嫌われているだろうし、ダメージはそこまで大きくないはずだ。
僕は下着を顔に被る。
そう――変態仮面のように。
「直経、お前……」
「じゃあ、逝ってくるわ」
僕は堂々と女子の前まで歩いていき、土下座する。
「すみませんでしたー! 僕が軽井沢の下着を盗んだ犯人です!」
「……うそでしょ」
「キモすぎ……」
至るところから罵詈雑言が飛んでくる。
ちらっと澪の方を見ると、信じられないような目で僕を見ていた。
驚いたか。お前が仕込んだ下着、逆に利用させてもらうぜ!
「ま、待ってほしい皆! 僕は若代君がこんなことをするとは思えない! きっと、誰かをかばっているんだ!」
「そ、そうだよ! 私も若代君がやったとは思えないよ!」
洋介と桔梗ちゃんが僕をかばってくれるが、さすがに今回ばかりは皆も二人の言うことを聞く気にはなれないようだ。
「最ッ低! こんな犯罪者と同じ空間にいられない! 出て行ってよ!」
篠原がそう言うと、周りの女子生徒もそれに続く。
「つーわけで、悪い洋介。これ、軽井沢に返しといてくれ」
僕は下着を洋介に渡す。
そして、荷物をまとめてベースキャンプを出る準備をする。
身支度をしている途中、千秋がこちらに近づいてきた。
「ねぇ、なんでこんなことしたの? 若代君が犯人なんてありえない」
「……10時に浜辺に来てくれ。そこで全部話すから。あと、点呼のときにはちゃんと来るから、みんなに伝えておいてくれ」
千秋にそう言い残し、僕はベースキャンプを離れることにした。
~松下千秋視点~
若代君がベースキャンプを去っていった後、Dクラスは男子と女子で対立していた。
「男子は平田君以外信用できない! 男子と女子で生活区画を分けてほしいの!」
「何だよそれ! 犯人は若代だったんだし、俺たちは問題ないだろ!」
「同じ男子でしょ!」
その理屈なら平田君もダメなのに……。
……はぁ、頭が痛くなってきた。
「だったら、お前たちだけでテントを移動させろよ!」
「あんたたちなんかに頼まない! ……平田君は手伝ってくれるよね?」
「……分かった、時間はかかると思うけどやってみるよ」
はぁ……平田君も可哀想だなと思う。
よく弱音を吐かずにやっていられるものだ。
「ちょっといいかしら、篠原さん」
「なに? なんか文句あるの堀北さん?」
「生活区画を分けることは構わないわ。けど平田君だけにやらせるのは認められないわ」
「平田君は特別でしょ!」
「彼も男子でしょ」
そう言われ、篠原さんは押し黙る。
堀北さんはそのまま自分の意見を言い続ける。
「私が言いたいのは、もう一人男子を増やせばいいということよ。綾小路君、頼めるかしら?」
「そうだね。私も綾小路君なら信用できるんだけど、どうかな?」
堀北さんに続いて、私も綾小路君に頼み込む。
「……はぁ。分かった」
その後、平田君と綾小路君の二人で女子のテントを移動してもらうことになった。
その間、女子たちは軽井沢さんを筆頭に若代君の愚痴で盛り上がっていた。
「ホントあいつ死ねばいいのに。暴力事件起こした時に停学じゃなくて退学になってくれてたならな〜」
「それな〜。あいつのせいで平田君にまで迷惑かけてるしさー」
言われたい放題だ。
まぁ、今までの若代君を見ていたらこう言われるのも仕方ないとは思うけど。
しかし、この愚痴を聞いて我慢ならなかったのか、とある生徒が意を決してやめるように促す。
「そ、そういうのは、言わない方がいいんじゃ、ないかな?」
「え? なに佐倉さん? もしかして、若代君のこと好きなのー?」
「い、いえ! そういうわけではないんですけど……。ただ、私は本当に若代君が下着を盗んだ犯人だとは、思えなくて……」
……驚いた。まさか佐倉さんが若代君を庇うとは。
佐倉さんはオドオドしておとなしい子だから、自分の意見を言うなんてしないと思っていた。
ただ、若代君がストーカーの男に制裁を加え、そのことに恩義を感じている。だから動いたのだろう。
しかし、悲しいかな。勇気を出して若代君を庇ったその意気は買うけど、軽井沢さんたちには通じない話だ。
「うわー! 絶対好きじゃん! でもお似合いだと思うよ? 前々から思ってたんだー。二人って席が隣じゃん? 運命だと思うんだよねー」
悪意に満ちた笑みを佐倉さんに向ける軽井沢さんたち。
それに耐えきれなくなったのか、佐倉さんは逃げ出すようにベースキャンプを飛び出してしまった。
「私、佐倉さんを追いかけてくるね!」
「わ、私も!」
佐倉さんが心配なのか、櫛田さんとみーちゃんは佐倉さんの後を追いかける。
いや、単にこの空間にいたくなかっただけかもしれない。私も辟易しているくらいだ。
この空気感、どうにかしなくてはいけない。
私はため息をついてから、軽井沢さんに話しかける。
「いい加減にして、軽井沢さん」
「な、何? 松下さん、この試験が始まってからいつもと違くない?」
「ほんとそれ! どうしちゃったの?」
軽井沢さんに続いて、篠原さんも疑問を抱く。
確かに、そう思われても仕方ない。けど、私はAクラスに上がりたい。
そのためなら、嫌われたっていい。
「軽井沢さん、なんで自分の下着が盗まれたか理解できてる?」
「え? し、知らないわよ。若代君がただ変態なだけでしょ!」
「言っておくけど、私も若代君が犯人だとは思ってない」
「はぁ? 何よそれ。あ! もしかして松下さんも若代君のこと好きなんだ〜。見る目ないわー」
「そんなくだらないこと、今は話してないの。理解できてないなら教えてあげるよ。私の考えじゃ、軽井沢さんの下着を盗んだのは若代君じゃなくて、女子の中の誰かだと思ってる」
「は、はぁ?! なんでそうなるのよ!」
本当は分かってる。おそらく、伊吹さんがDクラスを混乱させるためにやったことだ。
ただ、今ここで真実を言っても仕方ないので、軽井沢さんを大人しくさせるためにあえて嘘をつく。
「分からない? 軽井沢さんって、いつも強気な態度を取ってるよね? それに、優良物件の平田君を彼氏にしてるんだもん。恨まれてもおかしくないよね?」
「そ、それは……」
ありえない話ではない、彼女もそう思ったのだろう。
顔が真っ青になっていく。
「分かってきた? 軽井沢さんの下着が盗まれたのは自業自得だって。理解したなら、今後は自分の言動には気をつけた方がいいよ」
これで少しは態度を改めてくれるのであれば、心を鬼にして言った甲斐があるというものだ。
「みんな! テントの移動、完了したよ」
ちょうどいいタイミングで、テントの移動も完了したようだ。
平田君が爽やかフェイスで私たちにそう伝える。
私は綾小路君のもとへ向かい、労いの言葉をかける。
「お疲れ様、綾小路君。ごめんね、面倒な仕事押し付けて」
「全くだ。まぁ、信頼されているのは嬉しいから、ポジティブに受け止めておくさ」
良かった。そこまでは怒ってはいないみたい。
綾小路君の機嫌が損なわれていないことを確認して、私は安堵する。
そして、そろそろ約束の時間に近づいてきたので、私は浜辺へ向かうことにした。
〜若代直経視点〜
ベースキャンプから飛び出したものの、残りの日数をどう過ごすか迷いながら森を歩いていると、後ろから何かが近づいてくるのを感じる。
……二人、いや三人か。それも、見知った奴らだ。
気になったので待ち伏せしていると、今にも泣き出しそうな愛里と、その後ろをついてきていた桔梗ちゃんと王美雨が姿を現す。
「愛里? どうしたんだよ、目を赤くして」
「……え? わ、若代君! えっと、これはその……」
後から到着してきた桔梗ちゃんから、僕が抜けた後に起きた出来事を聞く。
「……そっか。ありがとな、愛里。僕のこと庇ってくれて」
「い、いえ。私はただ、思ったことを口にしただけなので……」
充分すごいことだ。愛里も着実に成長しているようだな。
「ねぇ若代君、私も若代君が下着を盗んだとは思えないの。どうして罪をかぶるような真似をしたのかな?」
桔梗ちゃんからそんな質問をされる。
桔梗ちゃんも庇ってくれてたし、理由を喋ってもいいか。
「洋介の性格を考えたら、多分隠蔽しそうだなって思ったんだよ。ほら、あいつ平和主義だろ?」
「はい! そこが、平田君の良いところです!」
お、おう。ずいぶんと強く肯定されたな。
王と初めてちゃんと会話したが、こんな子だったっけ?
「そ、そうだろ? ただそうなると、犯人は一生見つからない。つまり、疑心暗鬼の状態になると思ったんだ。だから、僕が人柱になってみんなのヘイトを集めて、丸く収めようとしたんだが……」
「……無意味になっちゃったね」
ホントにね。勘弁してくれよ……。
「もし良ければ、私からクラスのみんなに真実を伝えようか? さすがにこのままじゃ、若代君が可哀想だし……」
「いや、それは試験が終わってからでいいよ。それより、桔梗ちゃんたちは澪のことを注意深く見てて欲しいんだ」
「澪って……伊吹さん? どうして?」
「僕の直感だと、下着を盗んで僕のカバンに入れたのは澪だと思ってる。多分、クラスを混乱させるためにね」
現に狙い通りになったからな。そして、この後に澪が起こす行動といえば……。
「……リーダーを探るため。そういうことだよね、若代君」
「そうだ。だから澪を一人にさせないようにしてほしいんだ」
「分かった! 若代君の仇、私たちで絶対に取って見せるね!」
ありがとう、三人とも。とてもやる気になってくれていて素直に嬉しい。
ただ死んではいないから、僕の仇を取るなんて言わないでね。
その後、三人はベースキャンプへ戻って行った。
そして、約束の10時が近づいてきたので、僕はCクラスがベースキャンプとして占有していた浜辺へ向かうことにした。