あの変人から逃げ切ったオレは、クラス分けが書かれている掲示板の前に来ていた。
この学校は1クラス40人。それが4クラスあり、計160人が毎年入学している。どうやらクラスはA、B、C、Dと分けられているようだ。
そんなことを考えながら、自分の名前がどこのクラスに書かれているのかを確認する。
「Dクラス、か」
50音順で名前が書かれているため、苗字が
これに関しても、綾小路という名字をくれた
そうしてオレは、自分の名前が書かれた下駄箱に靴を入れ、1年Dクラスへと向かう。
さっきの少女や金髪の男、特にあの変人と同じクラスじゃないことを祈りながら……。
◆◇◆
「よぉ! 同じクラスだな! 僕の名前は
最悪だ……。まさか、こいつと同じクラスとは。
しかも、よく見れば先ほどの金髪の男もいる。あいつ、足を机の上に乗せているぞ……。
もしやオレは、とんでもないクラスに編成されたのではないか。
そう嘆かずにはいられない。
というか、
「おい〜、僕が名乗ったんだから君も名乗ってくれよ〜。これくらい常識だろう〜?」
お前の常識とは何だ?
そうツッコミそうになるが、確かに名乗り返さないのは良くないだろう。先ほども無視してしまったことだしな。
……尤も、こいつの名前なんて知りたくなかったが。
「ああ、すまない。オレの名前は綾小路
「綾小路清隆かぁ。いい名前だな! きよちんって呼んでも――」
「断る」
「……え?」
まずい。
関わりたくないという気持ちが強すぎて、反射的に即答してしまった。
気まずい空気になる前に、話を逸らすとしよう。
先ほどから気になっていたことを若代にぶつける。
「そういえば、どうしてオレより早くクラスにいたんだ? 正直、不気味で怖いんだが」
「ん? あぁ、お前が掲示板見てる間にな」
「オレはそこまで長い時間、掲示板と向き合っていたわけじゃない。お前が掲示板まで行き、クラスを確認する時間を考えれば、オレのほうが早く着くはずなんだが……」
「あ〜。そりゃお前、僕はクラスの確認してないし」
「……は?」
「掲示板には行かないで、真っ先にこのクラスに来たんだよ。そうすりゃ、若干僕の方が早く着く。現に着いてるしな」
どういうことだ?
話を聞く限り、自分がどこのクラスに配属されているのか確認していないということだが、最初からDクラスになることを分かっていたのだろうか?
「若代は、自分がDクラスになることを最初から分かっていたということか?」
「いや、知らなかったよ。ただの勘?ってやつかな。一年の教室がある廊下を歩いてたら、A〜Dに分けられてるのが分かったから適当にこのクラスに入っただけ。そしたら当たってたってわけ。どうだ! すごいだろ?」
その話が本当なら、確かにすごい。だが、にわかには信じられない。
そもそも、若代が嘘をついてる可能性もある。
しかし、仮に嘘だったとしたらオレより先にクラスへ着いていたことの説明がつかない。
……というか、なんでオレはこいつなんかのことを真剣に考えているんだ。
正直、こいつと話しているだけで疲れる。
このことはもうどうでもいいか。適当に流すとしよう。
「そうか。確かにそれはすごいな」
そう言って、オレは自分の席を確認するため、黒板のほうへ向かった。
どうやらオレは、窓側の一番後ろの席らしい。
指定された場所へ行くと――
「っ……まさか、あなた
そこには、先ほどの少女がいた。
若代曰く、今日は白色の下着を着ている少女が隣の席のようだ。
こいつも同じクラスなのかよ……。
ん? 今、『も』と言ったか?
「おお、僕たち3人後ろに並んだなぁ! こりゃあ運命かもな、鈴音!」
「馴れ馴れしく私を下の名前で呼ばないでくれるかしら? あなたと関わると私の品位が落ちるわ」
「えー、可愛い名前だから呼びたいんだけどな〜」
左からオレ、少女、若代という並びのようだ。
こんなにも嫌な偶然があるだろうか。
だが、一番かわいそうなのは少女だろう。常に隣から精神攻撃をされるのだから。
ほら見ろ。若代の右隣にいる、ピンク色の髪をした眼鏡の女の子もビクビクしている。運がなかったな。
それはそうと、オレはこの少女に誤解されている。若代と一緒になって下着を見た男として。
隣の席になってしまった以上、さすがにその誤解は解いておきたい。
……受け入れてもらえるかは分からないが。
「なぁ、校門でのことだがオレはお前の下着は見てないからな。若代だけがやったことだ」
「それを信じると思う? そもそも、あなたは若代君と知り合いじゃないと言っていたけれど、それすら怪しいわ」
「オレは嘘は言ってない。命を懸けてもいい」
「覗き魔の命に価値なんてあるのかしら?」
そう言って、彼女は本を読み始めた。
『罪と罰』か。オレも好きな本だ。
趣味は合いそうなので仲良くなりたいが、取り付く島もないな。
彼女の誤解を解くのは無理だと悟り、オレは席に着く。
すると、若代がこちらに近づき、耳元で囁いた。
「ちなみに、あいつの名前は堀北鈴音な」
「……そうか。それにしても、よく堀北から名前を教えてもらったな」
「まぁな。名前教えてくれないならこのクラスにいる生徒全員に鈴音の下着の色をバラすって言ったら、快く教えてくれたよ。僕だけは下の名前で呼んでも構わないとも言ってたぜ」
絶対に快くではないだろう。
渋々名前を教えた堀北が想像できる。
あと、平然と嘘をついているなこいつ。さっき下の名前で呼ぶなって言われていただろうに。
こいつの隣じゃなくて、本当に良かった……。
そう安堵した時、教室のドアが開いた。
入ってきたのは、スーツを着たポニーテールの女性だった。
「席につけ、お前たち。私はDクラスを担当することになった茶柱佐枝だ。教科は日本史を担当している。初めに言っておくが、この学校には学年ごとのクラス替えは存在しない。つまり卒業するまでの3年間、私がお前たちの担任になると思う。どうぞよろしく」
クラス替えがないということを茶柱先生が伝えると、周りからは『マジかよ』や『珍しいね』などといった声が聞こえてくる。
生まれた時からホワイトルームにいたため、小学校や中学校のことは詳しく知らない。
おそらく、周囲の反応を見る限り、普通なら1年ごとにクラスが変わるというのが常識なのだろう。
「今から1時間後に入学式が行われるが、その前にこの学校のルールについて説明させてもらう。少し特殊なのでな、今から配る資料をよく読んでくれ。と言っても、以前入学案内と一緒に配布してあるんだがな」
前に座っている生徒から資料が回ってくる。
……確かに、見たことがあるな。そこにはこう書かれていた。
『生徒全員に敷地内にある寮での学校生活を義務付けると共に、在学中は特例を除き外部との連絡を一切禁ずる』
外部との連絡を一切禁ずる。
オレがここに来た理由はこれだ。
つまり、肉親とも連絡を取ることが許されない。
ホワイトルームから逃げ出したオレからすれば、最高のルールだ。
それに、この学校には生徒たちが苦労しないよう数多くの施設も存在する。
カラオケやショッピングモール、カフェなど、一つの街が形成されているのだ。
これらの娯楽を経験してみたいという気持ちもある。
そして、もう一つ特殊なルールがある。
それが、Sシステムだ。
「今から配る学生証カード。これを使えば、敷地内にある全ての施設を利用したり、売店で商品を購入したりすることも可能だ。ただし、ポイントを消費するため注意が必要だ。ちなみに、この学校においてポイントで買えないものは存在しない。敷地内にあるのなら、なんでも購入可能だ」
もし言葉通りなのだとしたら、好きなクラスに移ることもできるのだろうか?
だとしたら、すぐにでも移動したい。
「使い方はシンプルだ。機械に学生証を通すか、提示するだけで使える。それからポイントについてだが、毎月1日に自動的に振り込まれるシステムだ。既にお前たちには10万ポイントが支給されているはずだ。ちなみに1ポイントで1円の価値となる」
そう説明された瞬間、教室内が一気にざわつき始めた。
「支給額が多いことに驚いたか? この学校では生徒を実力で測っている。入学することができたお前たちには、その価値があるということだ。遠慮なく使ってもらって構わない。だが、卒業後はすべて学校側が回収することになる。現金に替えることはできないため、ポイントをためても意味はない。それと、ポイントについてはどう使おうと自由だ。他人に譲渡してもいい。だが、カツアゲだけはするなよ? この学校はいじめには厳しいからな」
高校生にしては大金と言えるだろう。浮かれてしまうのも無理はない。
教室のあちこちで、
『ゲーム機買いに行こうぜ!』
『欲しいアクセサリーあるんだよね~』
『乳でけぇな、おい』
などといった言葉が聞こえてくる。
だが、本当に毎月10万も貰えるのだろうか?
1学年160人で毎月1600万円。
1年間で1億9200万円になる。それが3学年分にも及ぶのだ。
いくら国が運営しているからといって、さすがに相当な金額だ。
「どうだ? 何か質問はあるか?」
「はい!」
そう元気よく挙手をしたのは、若代だった……。
「お前は若代か。なんだ?」
「ズバリ聞きます! なんで佐枝ちゃん先生はそんなに胸元を開けているのでしょうか? 僕、気になります!」
「……は?」
予想通りというか、なんというか……。
茶柱先生もそんな質問が来ると思っていなかったのか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
というか、一部の生徒を除いてほとんどがそんな顔をしている。
「『は? 』ではなく、答えてください。生徒が質問しているんですよ。もしかして欲求不満とかですか? だとしたら僕がお相手しますよ。あと、ポイントで買えないものはないって言ってましたけど、それって佐枝ちゃん先生の下着とかも買え――」
「黙れ」
茶柱先生は呆れた様子で、若代の質問を一蹴した。
「これ以上くだらない質問をするな。分かったな? それでは皆、入学式でまた会おう」
そう言って、茶柱先生は教室を後にした。
あれが大人の余裕というやつか。
真面目に受け答えせずにあしらう。自分も参考にしなくては。
とはいえ、若代が変な質問をしたせいで教室は静まり返っていた。
そんな中、一人の生徒が立ち上がりみんなに問いかける。
「少し、話を聞いてもらってもいいかな? 僕らは今日から3年間、同じクラスで過ごすことになる。入学式までまだ時間もあるし、その間に自己紹介をしていきたいと思うんだけど、どうかな?」
「い、いいじゃん! 賛成ー!」
「わ、私ら、まだ名前も知らないもんねー!」
すごいな、あの好青年は。
若代が変な空気にしたのを察し、それを打開するために動き出した。
誰にでもできることではない。
そして、それを理解したギャルのような女の子たちが次々と賛同していく。
「ありがとう! それじゃ僕からだね。平田洋介、気軽に洋介って呼んでほしい。趣味はスポーツ全般で、この学校ではサッカー部に入るつもりだよ、よろしく!」
非の打ちどころがない自己紹介だ。
みんなから『よろしくー!』と歓迎されている。
特に女子からの反応がいい。
「じゃあ次は私! 櫛田桔梗と言います! 中学からの友達はこの高校にはいないので、早くみんなと仲良くなりたいです。みんなの自己紹介が終わったら、ぜひ私と連絡先を交換してください! よろしくお願いします!」
「「「よろしくー!!!」」」
今度は主に男子からの歓迎が強かった。
平田に櫛田か……。
二人とも人気が出そうな生徒だな。オレとは大違いだ。
そういえば、櫛田に関しては同じバスに乗っていたような気がする。
あの子も同じクラスなのが、不幸中の幸いだな。
……それにしても自己紹介か。
どうしよう、ウケを狙いにいくべきか?
それとも無難にいくべきか。迷うな……。
そう悩んでいる間にも、自己紹介は続いていく。
「それじゃあ次は……」
ドカンッ!
突如、大きな音が鳴り響いた。
目を向けると赤い髪をした、まさに不良ともいえる生徒が机を蹴り、平田を睨んでいた。
「俺らはガキかよ。やりたい奴だけでやってろ」
「ごめん。不快にさせるつもりはなかったんだ」
「うるせぇよ。俺は仲良しごっこをするためにここに来たわけじゃねぇ」
そう言って、赤髪の男は教室を出ようとする。
「おい、ちょ待てよ」
「ああ?」
またお前か、若代……。
今度は一体、何をしでかすつもりなんだ?
「別に教室出ていくのは構わないけどよ、名前くらいは教えてくれよ」
「は? なんでてめぇなんかに教えなきゃいけねぇんだよ?」
「教えてくれなきゃ好き勝手に呼ぶことになるぞ? お前の場合はレッドヘアーとか、昭和の不良とか、桜〇花道とかな」
「ああ!? お前桜木〇道バカにしてんじゃねーよ!」
「してねぇよ。ただ、好き勝手呼ばれるのは嫌だろ? だったら、名前くらいは教えてくれ」
「……須藤健だ。これでいいだろ?」
そう吐き捨てるように言い、須藤は教室を出ていった。
てっきり、『名前を教えてくれるまで、抱き着くのをやめない!』とか言って、須藤を困らせると思っていたのだが、そんなことはなかった。
案外、普通に会話できるじゃないか。
だとしたら、あのOLにはただ抱き着きたかっただけなのだろうか。
『ママを思い出す~』とか言ってたし、その可能性が高い。
純粋に気持ち悪いな……。
そんなことを考えていると、堀北を含め、数人の生徒も教室を後にしていた。
「悪ぃな、流れ止めちゃって。さ、自己紹介の続きしようぜ! じゃあ、次は綾小路な!」
「……え?」
「そうだね、じゃあお願いしてもいいかな?」
突然のキラーパス。
平田も賛同してしまったことにより、皆の視線がオレに集中する。
どうしよう、まだ脳内シミュレーションの途中だったというのに。
だがこうなったらやるしかない。
ええい、ままよ!
「えー、綾小路清隆です。そのー、得意なことはありませんが、皆と仲良くなれるように頑張りますので、よろしくお願いします」
……失敗した。
「よろしくね、綾小路君。一緒に頑張ろう!」
良いやつだな、平田は……。
平田が拍手をしてくれたおかげで、パチパチと乾いた拍手が起こる。
早く次の自己紹介に行ってくれ……。
「よし! 次は僕だな。若代直経です。僕も桔梗ちゃんと一緒で友達がいない、というかできたことがないんで、皆と仲良くなりたいです! 自己紹介が終わったら連絡先交換してね!」
……面白い光景だ。
櫛田のときとは真逆で、皆が顔を伏せる。
どうやら第一印象だけで、こいつとは関わってはいけないと理解したらしい。良いことだ。
しかし、そんなことは気にしていないのか、若代は自己紹介を続ける。
「趣味は人間観察。得意なことは平田と同じでスポーツ全般だ。ただ、ごめんな平田。この学校では部活動に入るつもりはないからさ。一緒に部活はできない!」
「そ、そっか。それは残念だね……」
残念なんかじゃないぞ、平田。
多分ここにいるみんな、こいつと同じ部活じゃなくて良かったと心から安堵しているはずだ。
「そういうわけだから、これから3年間よろしくな!」
屈託のない笑顔。
だが、一番よろしくしたくはない。
みんな、言葉にせずとも心の中で共通の認識を持ったはずだ。
それに若代のインパクトが強すぎて、オレの自己紹介なんかとっくのとうに忘れ去られただろう。
それでいい。
そうして、入学式が始まるまで、その後も自己紹介は続いていった。