浜辺に到着して千秋が来るのを待つこと数分、不機嫌な顔をしながら当の本人は姿を現す。
「どうした? だいぶイライラしてるようだが」
「……軽井沢さんとちょっとね。それより、話してくれるよね? なんであんなことしたの?」
桔梗ちゃんたちに話したことを、そのまま千秋にも伝える。
「……まぁ、そんなことだろうとは思ってたけどさ」
「けど、無意味だったみたいだな。さっき、桔梗ちゃんたちからクラスの雰囲気を聞いたよ」
「……ああ、さっき飛び出して行った時ね。うん、最悪な空気だったよ。それで私もなんとかしなきゃと思って、さらに悪くしちゃった」
なるほど。その際に、軽井沢と一悶着あったのだろう。何があったのか気にはなるが、思い出させてさらに不機嫌にさせるのは避けたい。ここは我慢することにしよう。
「それで、若代君はこの後どうするの? 野宿でもするつもり?」
「うーん。色々考えたが、Bクラスに行こうと思う。一之瀬なら保護してくれるはずだ」
「それはそうだと思うけど、確かCクラスの生徒も保護してるよね? Bクラスの負担が増えるから、快くとはいかないんじゃない?」
普通ならそうだ。だが、僕がBクラスに貢献できる人間だとすれば受け入れてくれる可能性は高い。
僕はポケットから一枚の紙を取り出す。
「これ、千秋に渡すよ」
「これって、高円寺君が書いた地図だよね? いいの?」
「島の形も、どこに何があるかも全て覚えたからな。僕が持ってても意味はない。Dクラスのために使ってくれ」
「……そういうことなら、貰っておく」
さて、伝えたいことはもうない。そろそろBクラスに行くか。
……いや、一つだけあったな。
「そういえば千秋、鈴音のやつは大丈夫か?」
「堀北さん? 特に変わった様子はないと思うけど。何かあるの?」
「あいつ、この試験が始まってからずっと体調不良なんだよ。リタイアする可能性もあるから、ペナルティ受けたくないなら悪化させないように注意深く見とけよ」
まぁ、鈴音の性格を考えたら意地でもリタイアしないだろうけどな。念のためってやつだ。
「そうなの?! ……分かった。無茶しないように言っておくよ」
「それでいい。じゃあ、僕はそろそろ行くよ。何かあったらBクラスまで来てくれ。いいな?」
「うん。それじゃ、またね」
お互いに別方向へ進み、森の中を歩いていく。
Bクラスのベースキャンプに行く道中、少し考えてみる。もし鈴音がリーダーだったら、Dクラスは余裕で一位を取ることが出来るだろうと。
伊吹の狙いはリーダーを探し出し、龍園に伝えること。龍園と初めて会った時、あいつのそばに無線機が置かれていた。おそらく伊吹も同じ無線機を持っているはず。下着泥棒の件もDクラスを混乱させ、隙がある時にリーダーを探し出すために行ったはずだ。そして今、伊吹はその隙を虎視眈々と狙っているだろう。
龍園がスパイに選ぶくらいだ、おそらくリーダーを探り出すことに成功するはず。つまり、Dクラスはリーダーを当てられてマイナス50ポイントとなり、この試験で最下位になる可能性があるだろう。
だが、そうならないようにすることはできる。それは、リーダーを交代させることだ。ルールでは『正当な理由なくリーダーは交代できない』とあるが、正当な理由さえあれば良い。
つまり、鈴音の体調不良は正当な理由になるのだ。そうすれば、龍園の作戦は無に帰すことになる。Dクラスは最下位になることはなくなるのだ。
だが、これはたらればの話だ。リーダーは千秋なので、こんな風に進むことはないだろう。しかし、伊吹がリーダーを探し出そうとしているのは変わらない。
もし千秋がなんらかのヘマをして、リーダーが他クラスにバレるようなことがあれば……
心の中でとある決意をして、この考えを一度やめる。もうすぐで、Bクラスのベースキャンプに到着するからだ。
Bクラスの生徒が僕の存在に気づき、一之瀬のもとへ行く。そして、一之瀬と神崎の二人が僕を出迎えてくれる。
「若代君、今日はどうしたの?」
「申し訳ないんだが、僕を保護してくれないか? もちろん、Bクラスのために貢献するからさ」
「えっと、なにがあったのかな?」
僕は自身に起きた出来事を二人に話す。
「……それは災難だったね。私としては受け入れてもいいけど、神崎君はどうかな?」
「……」
やはり、お前はそう簡単には攻略できないよな、神崎。
そうなると思って、手土産は用意している。
「神崎。お前たちはこの島の地図とか、どこに何があるとか把握してるか?」
「ベースキャンプ周りなら把握しているが、それがどうした?」
「なら、マニュアルを持ってきてくれ。それとペンもだ」
そう言うと、一之瀬がすぐに指定したものを持ってくる。
僕はマニュアルを受け取り、その中にある白紙の紙に高円寺から貰った地図の内容をそのまま書き写す。
「どうだ? スポットに関してはどうでもいいだろうけど、食料に関しては重要な情報だろ? ポイントを節約できるからな。この地図を渡す代わりに僕を保護してほしい」
地図を渡すと、二人は目を大きくする。
「……神崎君、これ結構正確に書かれてるよね?」
「……ああ、信じがたいことにな。お前が一人で書いたのか、若代」
「まぁな」
本当は違うが、僕ができる人間だと示さなければいけない。悪いな高円寺。お前の手柄、僕のものにさせてもらうよ。
「……いいだろう。保護することにしよう、一之瀬」
「うん! それじゃ、みんなにも事情を話すね!」
その後、一之瀬の呼びかけでクラスメイト全員が集まり、僕が保護されることになったと皆に伝えられる。
一人くらい反対する者が出てもおかしくないと思っていたのだが、誰一人としてそのような声をあげるものはおらず、逆に怖く感じる自分がいた。いや、声をあげられない可能性もあるか。その方が合点がいく。
とはいえ、受け入れてもらえるのはありがたい。素直に感謝するとしよう。
「若代君なら大歓迎だよ! そういえば、ハンモックの件は忘れてないよね?」
「もちろんだ千尋。さっそく寝てみたいんだが、今からいいか?」
「うん! いいよ!」
Bクラスのベースキャンプに来て早々、僕は念願のハンモックに背中を預ける。
……ほほう、なかなかいいじゃないか。青い空を眺めながら、緑の空気を堪能できる。これがハンモックというやつか。素晴らしい経験をさせてもらった。
「なぁ千尋。もしよかったら、夜はここで寝てもいいか?」
「え? いいけど、大丈夫なの? 虫とか飛んでくるから、流石にテントの中で寝たほうがいいんじゃ……」
「見たところ、テントは二つずつしかないよな。てことは、8人用テントに10人と10人。確かCクラスのやつもいるから、どっちかは11人で使ってるんだろ? もう片方も11人にさせるのは申し訳ないからさ」
「うーん、そうだけど……。神崎君はどう思う?」
「若代がそれでいいというのであればいいんじゃないか? 正直、11人はキツいと思っていたしな。その方が助かる」
なるほど。神崎は金田をマークするために同じテントで寝ているんだな。もしかしたら、Bクラスのリーダーはまだバレていないかもしれない。さすがだな、神崎。
「じゃ、そういうわけで。ここは僕が使わせてもらうよ」
計画通りだ。テントの中で寝ることになった場合、誰も起こさず外に出るのはめんどくさいので、このハンモックを確保できたのはかなり大きい。
「それじゃ、若代君。さっそくで悪いんだけど、今から私と神崎君と渡辺君と麻子ちゃん、それに千尋ちゃんで食料を調達しに行くんだけど、一緒にどうかな?」
一之瀬からそのような提案をされる。もちろん断る理由はない。
「いいぜ。もちろん協力するよ」
「あの、僕も一緒に行ってもよろしいでしょうか?」
そう言って、横から入り込んできたのはCクラスの金田だった。
「もちろんいいよ! 人数は多い方がいいからね!」
人が良すぎるぜ一之瀬。まぁ、そこがお前の良さとも言えるが。
それにしても金田か。僕がここにきた時からずっと視線を感じていたが、何か探りに来たか? それとも、このメンツの中にリーダーでもいるのかな? どちらの可能性もあるな。
「よし! そうと決まれば早く行こうぜ! あ、俺は渡辺紀仁だ。よろしくな、若代!」
「私は網倉麻子だよ! よろしく!」
「ああ、よろしくな」
この二人は初めましてなので、向こうから挨拶してもらうのは有難い。さすがBクラス、コミュニケーション能力が高いな。他にもこのような生徒が多くいるのだろう。うちのクラスとは大違いだ。
挨拶を済ませた後、食料確保のために森を探索しに行く。先頭には一之瀬と神崎がいて、僕が書いた地図を見ながら進んでいく。その後ろに僕と千尋、網倉に渡辺がおり、そのさらに後ろに金田がついてきている。
皆と談笑しながら歩いていると、最初の目的地にたどり着く。
「うぉー! トウモロコシじゃん! こんなのもあったんだな!」
「ほんとだね! 焼いて食べたら絶対美味しいよ!」
かなり喜んでいるようで、素直に嬉しい。地図の情報を渡した甲斐があるってもんだな。
みんなでトウモロコシをたくさん収穫し、その後も地図を使って色々な食料を確保することに成功した。
「いやー、今日は大収穫だったな。な、神崎!」
「ああ。これほど食料を確保できたんだ。皆も満足に腹を満たせるし、ポイントも節約できる。若代には感謝だな」
「いやいや。保護してもらうんだし、当然の仕事をしたまでさ」
これでBクラスから信頼を得ることができただろう。明日からはある程度自由に動いても問題ないはずだ。順調だな。
その後、ベースキャンプに戻り多くの食料を持ってきた僕たちを見て、Bクラスの生徒は大いに歓喜する。
その日の夜、僕の歓迎会も兼ねて楽しい夜を過ごさせてもらった。途中、Dクラスの点呼確認のため一度離れたが、マッハ20の速度でこちらに帰ってくる。こっちの方が雰囲気もいいし、嫌なことも全て忘れられるからな。
皆が寝静まった午前2時。ハンモックから降り、僕は皆の荷物が置かれている場所に向かう。狙いは当然、金田のカバンだ。
音を立てないようにカバンを開けて、中身を確認する。すると中には、デジタルカメラが入っていた。
てっきり無線機があるかなと思っていたが、どうやら違うらしい。そもそも、なぜカメラがあるんだ? 金田をスパイに選ぶ以上、ある程度龍園からの信頼は得ているはず。リーダーの情報は口頭で済むはずだが……。
ここで、Aクラスのことが頭に思い浮かぶ。そういえば、Aクラスにはスパイがいなかったと。葛城は慎重な男だ、スパイを中に入れさせなかったという事も考えられるが……。
だが、僕の直感はそうじゃないと告げる。
「……葛城と龍園はグルか」
そう考えた方がしっくりくる。おそらく今回の試験、AクラスとCクラスは何らかの協定関係を結んだはず。そしてCクラスはAクラスに対しリーダー情報を共有するという事を約束したはずだ。
もしそうなら、葛城の性格を考えると口頭だけでは信用できないだろう。そのためのデジカメか。
Bのリーダーは当ててもらった方がいいので、カメラはこのままにしておくか。だが、伊吹のデジカメは壊したほうが良いかもな。
僕は金田のカバンを元に戻し、Dクラスのベースキャンプへ向かうことにした。
程なくして到着し、伊吹のカバンを漁る。予想通り、こちらにもデジカメがあったので破壊しようと試みるが、とあることに気づく。
「……これ、すでに壊れてるな」
目立った傷は見当たらない。おそらく、水で破壊したのだろう。そうなると、葛城に見せるためには現物しかない。そろそろ本格的に伊吹が動き出してくるということだ。
だが、少し疑問に感じることがある。一体誰がカメラを壊した?
……いや、こんなことするのはアイツだけか。ちゃっかり動きやがって。さすがだな、清隆。
僕は親友の働きに感謝しながら、Bクラスのベースキャンプへ戻ることにした。
◆◇◆
試験六日目、昨日と同じようにBクラスのために貢献する。だが、僕もこのままでいるわけにはいかない。そろそろ動くとするか。
僕は千尋のもとへ向かい声をかける。
「千尋、ちょっといいか? できれば二人きりで話したいんだが」
「いいよ。でも、何の話をするの?」
「ここじゃ話せないことだから、少し場所を変えようか」
千尋を連れて、ベースキャンプから離れる。僕たちの後ろには、とある人物がひっそりとついてきている。狙い通りだ。
「ここならいいかな。それじゃ、千尋。単刀直入に聞くが、リーダーはお前だよな?」
「え?! ……どうしてそう思ったの?」
「いつもの千尋と違った。なんか、張り切ってる感じというかさ」
「……参ったな。その通りだよ若代君」
そう言って、千尋はポケットからキーカードを取り出し僕に見せてくる。
不用心だなと思うが、見せてくれるのは僕を信頼しきっているからだろう。なら利用するだけだ。
見せてくれたキーカードには『シラナミ チヒロ』と書かれている。僕はついてきた人物にも見えるように体を少し横にずらす。
確認できたからか、その人物はすぐにこの場を去っていった。
「ありがとな、教えてくれて。安心してくれ、今回の試験ではBとDは協力関係にあるから、うちのクラスがリーダーを当てることはない。このことは墓場まで持っていくよ」
「うん。若代君のことは信じてるから大丈夫。じゃなきゃカードなんて見せないよ」
「そうか。そういえば、この近くにスイカ畑があるはずだ。せっかくだし、収穫してから戻るか」
「ほんと! 夏っぽいしいいね! 皆も喜ぶよ!」
その後、僕たちはスイカを収穫してからベースキャンプに戻った。
スイカを見た生徒は大いにはしゃいでいたが、その中に金田の姿はなかった。
~Dクラス視点~
若代君がいなくなって一日が経過した。雰囲気は……まぁまぁといったところかな。
これには平田君の尽力もあってのことだろう。試験ももう少しで終わりだし、皆も頑張ろうとやる気になっているのを感じる。
しかし、皆の気持ちとは反対に天候はどんよりとしている。おそらく、午後からは雨が降ってくるだろう。願わくば、昨日のような事件が起きないことを祈りながら、私はリーダーとして気持ちを切り替えることにした。
食料を確保するために動き出そうとすると、綾小路君から呼び止められる。
「松下、少しいいか?」
「なにかな、綾小路君」
「実は今からオレと堀北、櫛田、佐倉、山内、それと伊吹の皆で食料を確保しに行こうと思っているんだが、松下も一緒にどうだ?」
伊吹さんも一緒なのか……正直、断ってもいいが伊吹さんを注意して見ておきたいので、ここは受け入れることにしよう。
「分かった、いいよ」
「ありがとう。それじゃ、行こう」
そうして、先ほど綾小路君から挙げられたメンツで森の中に入っていく。私は若代君から貰った地図を見ながら、食料があるところへ向かう。
「迷うことなく突き進むわね。大丈夫なの、松下さん?」
『大丈夫なの?』は、こちらが言いたいセリフだよ、堀北さん。
若代君から言われて気づいたけど、かなり体調が悪いように見える。けど、堀北さんの性格を考えたら意地でもリタイアしないだろうから、余計なことは言わない。
「うん。この地図があるからね」
「……それは?」
「若代君から貰ったんだ。もう使わないからあげるって言われてさ」
「……かなり正確に書かれているわね。彼にこんな特技があったなんて」
本当は違うけど、若代君でもできそうだし別にいっか。
しばらく歩き続け、目的地に到着する。
「それじゃ、みんなで収穫して早く戻ろうか。天気も微妙だし」
そう言って、各々食料を確保し始める。しかし一人だけ、私のもとへ近づいてくる人物がいた。
「松下、キーカードのことなんだがどうやって管理している?」
「え、どうしたの急に? 普通に私が持ってるけど……それがどうかした、綾小路君?」
「なら、見せてくれないか? 実は初日にAクラスでキーカードを持つ生徒を見たんだが、あれが本物か確認できていないからな」
「い、今? でも、伊吹さんがいるし」
「だからこそだ。伊吹もまさかここでカードを見せるとは思っていないはずだ」
「……分かった」
私はポケットからカードを取り出し、綾小路君に見せる。
「……どう?」
「……いや、はっきりすると思ったが記憶にあるカードと少し違うかもしれないな」
もしかしたら、クラスによって色などが違う可能性もある。そう簡単には分からないか。私はすぐにポケットの中に戻す。
「おい~。お前たち仲良すぎないか~。羨ましすぎるぞ、っと!」
山内君の声が後ろから聞こえた後、私の頭になにか重いものが置かれる。
「ちょ、ちょっと山内君!」
「ほら、彼氏の綾小路が何とかしてあげろよ!」
頭に乗ったものを手で確認すると、ドロッとしたものが手に付着する。
……ありえない。けど、それしか考えられない。ムカついた私は頭の上にある泥を手で鷲掴みにして、山内に全力で投げつける。
「うおっ! て、てめぇ! 何しやがんだよ!」
「松下さん、後は私がやっておくから、早くシャワー室に行きなさい」
「……ありがとう、堀北さん」
私はシャワー室へ向かうために、一足先にベースキャンプへ向かう。後ろから鈍い音がした気がするが、気のせいだろう。
ベースキャンプにたどり着くと、シャワー室の前には軽井沢さんたちが並んでおり、すぐには使えそうになかった。今の姿を見られたくなかったので、私は川がある方に向かいそこで体を洗うことにした。
……はぁ。まさか私に災難が訪れるとは。いや、あれは災難というのだろうか。山内の考えはよくわからない。いったい何がしたかったのだろう。
そんなことを考えながら、着ているジャージを脱いで体を清めるために川へ入る。後ろから忍び寄る何者かに気づかずに……。
体を洗い終え、私はジャージに着替える。しかしその途中で、とあることに気づく。
「……うそ。カードが、ない」
まさか、私が体を洗っている最中に伊吹さんが? いや、それしかない。
私はすぐにベースキャンプに向かい、伊吹さんを探しに行く。
しかし、たどり着いて最初に見た光景は信じられないものだった。
「……なんで、火事が」
「みんな離れろ! 消火剤持ってきたぞ!」
そう言って、池君が迅速に消火する。それと同時に天候が荒れ、空から大雨が降ってくる。
「もう最悪! この中に放火魔もいるっていうの?!」
「おい! なんで俺たちを見ながら言ってるんだよ!」
男子と女子でまた口論が始まる。本当なら止めないといけないけど、私にはそんな余裕はない。平田君に任せるとしよう。
私はリーダーとして、このクラスを勝たせるために動かなくてはいけない。伊吹さんはこの隙に乗じて、ベースキャンプから逃げ出したようだ。私は伊吹さんを追いかける。
森の中へ入り伊吹さんを探していると、意外なことに少し進んだ先で立ち尽くしていた。
「……どうして、待ってたの?」
「さぁ、どうしてだろうね」
「……単刀直入に聞くよ。カード、返してくれる?」
「なんのこと?」
すっとぼけているようだが、口角は上がっている。やはり、伊吹さんが犯人だ。
「自分が逃げ出すために火事騒ぎも起こしたのかな? だとしたら、かなり思い切ったことをするね」
「証拠は? ないのに疑っているんだとしたら、心外だね」
「悪いけど、ほぼ確信してる。今返してくれたら略奪行為のこと、学校には報告しないでおいてあげるよ?」
「……分かった。いいよ」
そう言って、伊吹さんはキーカードを投げ捨てる。私は地面に落ちたカードを拾おうとするが……
「フンっ!」
「っ! あぶな!」
何かしてくるとは思っていたけど、シンプルに暴力とは。ルールなんてどうでもいいってことね。私には格闘経験などないので逃げ回ることしかできない。
「へぇ! まさか避けられるとは思ってなかった、よッ!」
「クッ!」
伊吹さんから繰り出される足蹴り。防御することはできるが、かなり痛いのでできれば受けたくない。
そう考えながら逃げ回っていると、雨のせいで足を滑らせる。そして運悪く、伊吹さんの足蹴りが頭に直撃する。
「ウッ!」
そのまま地面に倒れ、私は泥の中で意識を手放した。自分の無力さを痛感しながら。