スイカを持ってきたことにより、Bクラスの生徒は大いに喜んでいた。
「せっかくだし、スイカ割りでもやらないか? 少しは夏らしいこともやろうぜ一之瀬!」
「そうだね! 今日くらいははっちゃけてもいいかもね!」
柴田が一之瀬に提案し、承諾される。今ならまだ雨も降っていないし、やるにはちょうどいいタイミングだろう。
「よーし! じゃあビニール袋を下に敷いて、その上にスイカを置くか! 棒は……これでいいか!」
かなり乗り気なようで、柴田がスイカ割りのセッティングを進めていく。棒に関しては、焚火で使うために残しておいた太い木を一本持ってくる。
程なくしてセッティングが終わり、Bクラスの生徒全員が集まりスイカ割り大会が始まることとなった。
「まずは俺からだな! 皆、的確な指示をくれよ!」
そう言って、柴田は布で目を隠す。そしてその場で三周回り、フラフラになりながらもスイカを割ろうと歩み始める。
「柴田ー! もっと右だ!」
「違うよ! もっと左ー!」
「どれも嘘だ! もうとっくに過ぎてるぞー!」
「お、おい! 誰が本当のこと言ってるんだー!?」
……これがBクラスか。なんて和気あいあいとした空間なんだ。この生活がこの先も送れたらどれだけ素晴らしいことか。だが、そういうわけにもいかないだろう。時が経つにつれて、この学校での生活はさらに過酷なものになっていくはずだ。それなら、今だけは楽しい思い出を作ることにしよう。Dクラスではできないことだろうしな。
その後もスイカ割りは続き、とうとう僕の出番が来た。まだスイカは誰にも割られていない。
「頑張ってー! 若代君ー!」
「任せとけ!」
千尋からの応援を受け取り、僕は目隠しをする。そして三周回り、棒を強く握る。
「向きが違うぞ! もっと左だー!」
「違う違う! その方向で合ってるぞー!」
「ちょい右に向いて、そのまま10歩くらい歩いた先にあるぞー!」
四方八方から多くの指示が飛んでくる。だが僕の直感ではどれも嘘だ。惑わされないぞ!
僕は迷うことなくスイカがある方向に体を向け、棒を縦ではなく横に持つ。やり投げ選手のように。
「……え? なんだ、あのフォーム?」
周りからはどよめきが起こる。まぁそうだよな、こんなフォームの奴今までいなかったし。でも従来のやり方でやっても楽しくない。なら、僕のやりたいようにやるだけだ!
僕はスイカめがけて、棒を思いっきり投擲する。
「うおおおおお!」
「きゃーー! すごーーーい!」
投げた直後、周りから歓声が鳴りやまない。上手くいったんだろうと確信しながら、僕は目隠しを外す。
予想通り、スイカには僕が投げた棒が直撃しており、ビニールの上に飛び散っていた。
その後、スイカが均等になるように切ってみんなで談笑しながら食べることにした。
「いやー! それにしてもさっきの若代はすごかったな!」
「そうか? 普通のことだろ?」
「全然普通じゃねぇって! 棒が飛んだ瞬間、強い風が吹いてきたんだぞ!?」
うーん。ちょっと本気でやりすぎたかな? まぁ別にいいか!
「たまたま強い風が来ただけじゃないか? な、神崎」
「……ああ、そうかもな」
「ん? どうかしたの神崎君?」
一之瀬が神崎を心配し声をかける。
「いや、何でもない。それよりこのスイカ、美味しいな」
神崎はこのスイカ割りが始まってから、心ここにあらずの状態だ。
そりゃそうだろう、注意深く見ていた金田の姿が見えないのだから。一之瀬の反応を見る限り、そのことは誰にも言っていないのだろう。というより、僕が言わせない状況を作ったのだ。
スイカを持ってきたのは、このクラスならスイカ割りをやってくれると判断して行ったことだ。
このサバイバル試験、本来なら油断などしてはいけない。だが、楽しい思い出も作りたい。人間は欲望には抗えない生き物だ。エサを撒いてやれば必ず食いついてくる。このクラスはそういうクラスだ。
皆この瞬間だけは金田のことは忘れているだろう、神崎を除いてな。しかし、ここで金田のことを皆に言えばせっかくの楽しい思い出が台無しだ。
そんなことはしたくない。だからこそ、神崎は一人で抱え込む。そこがお前の弱点だぞ。
スイカを食べながら神崎のことを冷静に分析していると、千尋からある質問をされる。
「そういえば、若代君の苗字ってあまり聞かないよね?」
「え? そうか?」
「確かに、私も今まで生きてきた中で周りにはいなかったかな」
生きてきたって言ってもまだ15年だけだろう、網倉? 探したら案外いるかもしれないだろ。
「うーん。若代も珍しいかもしれないけど、俺的には一之瀬の方があんまりいない気がするな」
「分かるー! 俺も渡辺と同じ意見だ!」
「え? そ、そうかな~?」
渡辺と柴田はそう言うが、僕はそうは思っていない。
「そうか? 僕の住んでた家のお隣さんが『一之瀬』って苗字だったけどな」
さらに詳しく言うと、左隣が一之瀬のおじさん。右隣が『幸村』のおばさんだったな。どちらもいい人だった。
「……その一之瀬さんって、もしかして男の人かな?」
「うん。中年の男性だったな。結婚はしてなかったけど」
「……そっか」
もしかして、知り合いなのかな? でも、『僕に親族はいない』って一之瀬さん言ってたしな。たまたま同じ苗字なだけかな?
そんなことを思っていると、Dクラスのベースキャンプがある方向から煙が上がってきているのが目に入る。
他の皆もそれに気づいたのか、少しざわつき始める。
「ごめん一之瀬。ちょっと行ってくる!」
「うん! 天候も荒れそうだから気を付けてね!」
そうして、僕は森の中へ入りDクラスのベースキャンプへ向かうことにした。
ベースキャンプへ向かっている道の途中で、人の気配がしたので音を殺して茂みに隠れる。雨が降り出してきているので、視界は良好ではない。僕からしたら好都合だ。
視界の先には龍園、伊吹、葛城の三人がそこで密会していた。
「それで、カードは?」
「ほら、これだよ」
そう言って、伊吹はカードを取り出し葛城に見せる。
「……松下、千秋。聞かない名前だな。Dクラスは目立たない生徒をリーダーに指名したようだな」
「平田や櫛田じゃ目立つからな。それしか考えが思いつかないんだろうな。俺はてっきり、鈴音がリーダーだと読んでたんだがな」
「……そんなことどうでもいい。カードは確認できたんだから、これで終わりだろ?」
「ああ、よくやった伊吹。葛城も、文句はねぇよな?」
「……いいだろう。契約成立だ」
やはり、AとCは何らかの契約を結んでいたか。それならちょうどいい。CクラスだけじゃなくてAクラスにもマイナスを与えられる。うまく運べば今回の試験、一位はDクラスだ。
「それじゃ、私はカードを置いてからリタイアするから」
「ああ、分かった」
その後、三人は各々の方向へ歩き始める。
僕は三人の気配が遠くなったのを確認し茂みから抜け出す。そして伊吹が歩いて行った方向に進む。
程なくして、千秋が泥だらけで倒れているのを見つける。そばにはキーカードも落ちている。
僕はカードを拾い、千秋の頬を叩いて意識を覚醒させる。
「……んん。若代、くん?」
「おはよう。どうだ、気分は?」
「……そっか。私、伊吹さんに蹴られて……」
「事情はなんとなく理解してる。伊吹にキーカードを盗まれて、リーダーだとバレたんだろ?」
「……多分、そう」
だいぶ落ち込んでるな。いや、焦りもあるか。僕に実力を見せると豪語していたのに、この体たらくだからな。
「どうするんだ千秋。お前の役目はこれで終わりか?」
「……いや、まだやれることはある。リーダーがバレたなら、すり替えればいい」
「ルールでは『正当な理由なくリーダーは交代できない』だったか。だが、今の千秋には正当な理由で交代になる方法はない。違うか?」
「……」
本人も薄々分かっていたようで、僕に指摘されて唇を噛む。
……今の千秋の実力ではここが限界か。だが、このままDクラスが負けを受け入れるわけにもいかない。健の暴力事件でCクラスには世話になった。その仕返しをしなくてはいけないし、船の上では清隆がAクラスの生徒に突き飛ばされた。親友を傷つけられた怒りもぶつけてやらないとな。
「……仕方ない。今回は手助けしてやるよ」
「……それだと、契約が」
「今回の試験では諦めろ。言っただろ、僕は『夏休みにおこるイベントで力を発揮してくれ』って。おそらくだがこの試験が終わった後にもまだあるはずだ。その時は僕の力を借りずに頑張ってくれ。要は契約は保留ってことだ」
今回の試験、クラス全員をまとめるのはかなり難しい。洋介でさえできていたか疑問だ。それでも千秋は最大限できることをやったと僕は思っている。だが、お前がもっとクラスメイトとうまくやれる性格、例えば一之瀬のようなカリスマ性があったのなら、お前の考えた作戦通りに事を上手く運ぶこともできただろう。
人間は一人ではやっていけない。今回の失敗を糧に今後も成長していってほしいものだ。僕の隣に立ちたいのならな。
「……分かった。それで、手助けって何するの?」
「そのことなんだが……」
その前に人払いはしておきたい。僕は後ろの木に隠れている人物に向けて言葉を発する。
「ここだと、Dクラスのベースキャンプに近い。もしかしたら誰か人が来るかもしれないから場所を変えよう」
言外に、『今は二人きりにさせてくれ』と木の裏で身を潜めているやつに伝える。
その意図を汲み取ってくれたのか、その男はその場から離れていく。
「そう、だね。私も今の姿は見られたくないかな」
「だろ、立てるか千秋?」
「うん。大丈夫」
そうして、僕たちは船が停泊されている浜辺に向かう。リタイアするためにはそこにいる教員に伝えなくてはいけない。そのため少しでも近づいておく必要がある。今からやることを考えるならば。
程なくして、浜辺が視界に入る。だが、まだ砂浜の上に足は踏み入れない。少し手前あたりで立ち止まる。
「それで? ここに来るまで何も話してくれないけど、結局何をするの?」
「今のお前は体調不良か?」
「いや、違うけど……。いきなり何?」
「なら、それ以外でリタイアする方法は何がある?」
「それは……大きな怪我とか?」
「正解だ」
そう言って、僕は千秋の左肩を掴んで関節を外す。いわゆる脱臼というやつだ。
「イタッ! ンンッ!!」
大声を出されると面倒なので、僕は左手で千秋の口を押える。
目には痛みで涙を浮かべながら、僕を睨みつけてくる。
しばらくすると、痛みはあるだろうがだいぶ落ち着いてきたので、僕は左手を口から離す。
「……どれくらいで治るの、これ?」
「なんだ。てっきり罵詈雑言が飛んでくると期待してたんだがな」
「言っても効かないでしょ若代君は……。それで、どうなの?」
「これでも綺麗に外したつもりだ。船に戻ってちゃんとした専門医に治してもらえば2、3週間で痛みはなくなるはずだ」
専門医がいるかどうかは、微妙だけどな。
「……そう。じゃあ、早くリタイアさせて」
「そうだな。早くしないと20時になっちまう。点呼時に不在でマイナスは食らいたくないしな」
砂浜に足を踏み入れ、僕たちは教員がいる場所へ向かう。そのうちの一人が僕たちの存在に気づき、声をかけてくる。
「君たち、ここは立ち入り禁止だ」
「すみません。実はこいつが転んでケガをしてしまって……。おそらく脱臼だと思うんですけど」
「!……分かった。だが、そうなると君はリタイアになるが構わないね?」
「……はい」
「それと、こいつはクラスのリーダーなんですけどリタイアしたらリーダーを変更できますよね?」
「ああ。試験続行不可能なケガだからな。新しいリーダーを決めてもらう必要がある」
「それって、今この場にいない生徒を選んでも大丈夫ですか?」
「問題ない」
「そうですか。それなら……」
僕は新しいリーダーの名前を伝え、その人物の名前が彫られたキーカードを手にする。そして、千秋の名前が書かれたカードを教員に手渡す。
その後、千秋は船の中へ戻っていく。不思議なことに先ほどまで降っていた大雨は気づいたら止んでいた。
……うん、全て計画通りだな。もう少しで点呼だし僕も戻るか。Dクラスのベースキャンプへ戻ろうとすると、先ほど木の裏に隠れていた人物、もとい清隆が森の中で出迎えてくれた。
「さっきはありがとな。で、何の用だ?」
「松下はリタイアさせたのか?」
「もちろん。清隆もそれを狙ってたんだろ?」
「ああ。そうだな」
「悪いな、手柄を横取りしちまって。ただ、僕から言った方が千秋もすんなり受け入れてくれると思ってな。お前よりも僕の方が千秋と関係あるし」
「構わない。それでリーダーは?」
「ほらよ」
僕はポケットから取り出し、清隆に見せる。『ホリキタ スズネ』と書かれているキーカードを。
「文句ないだろ?」
「ああ。オレの計画通りだ。さすがだな直経」
「まぁな。僕からも一つ聞かせてくれ。伊吹のデジカメを水で壊したのは清隆だよな?」
「ああ、そうだ。伊吹がカードを直接取らざるおえない状況になるように仕立て上げた」
「そうか。そういや、さっきDクラスから煙が上がっていたがあれは?」
「松下からカードを盗ませた後、ベースキャンプから伊吹が逃げ出しやすいようにマニュアルを燃やしたんだ。伊吹は狙い通りに動いてくれたよ」
火事騒ぎか。平気で恐ろしいことやるな清隆。僕には到底真似できないな。
「なるほどな。どうやら今回の試験、僕と清隆の二人だけで全クラスを掌の上で躍らせちまった訳だな」
「……なぁ直経。お前は今後どう動くつもりなんだ?」
「え? どうだろうな。まぁ好き勝手やるつもりだよ」
「それは、オレたちのクラスにマイナスを与えることになるか?」
今の清隆からの発言には、若干だが敵意のようなものを感じた。
普段の清隆なら言葉に感情を乗せたりしない。かなり珍しいことだと思ったので、僕は本心で答える。
「……ないよ。僕はこの特別試験とやら、かなり気に入った。この先もこういった試験が行われていくと考えると、胸が高鳴るんだ。清隆はどうだ?」
「あいにくと、オレは感じないな」
「……そっか。まぁなんにせよ、やる気はあるとだけ言っておくよ」
「そうか。それならいい」
いつもの清隆に戻ったな。それでいい、そうでなくちゃ。敵意をむき出したお前は好きじゃない。
そうして僕たちはベースキャンプに戻り、無事点呼に間に合う。そして、僕はBクラスのベースキャンプに戻ってハンモックの上に寝転がり、Dクラスの勝利が確定したことに喜びながら目を閉じることにした。
◆◇◆
そして、試験七日目。ついにこの試験が終わる日がやってきた。今思うとあっという間だったなと感じる。
僕はBクラスの生徒たちに感謝の意を伝えてからベースキャンプを離れ、Dクラスのもとへ行くことにした。
程なくしてDクラスのベースキャンプにたどり着き、皆の前に姿を現す。
「あ! 若代君おはよう! ようやく試験も終わりだね」
桔梗ちゃんが僕の姿にいち早く気づき、挨拶してくる。
「おはよう。今日は天気が良くてよかったな。そういえば鈴音は?」
「堀北さん? あそこにいるよ」
桔梗ちゃんが指をさした方向を見ると、清隆と喋っているところだった。
僕は二人のもとへ近づき声をかける。
「二人ともおはよう。鈴音は体調大丈夫か?」
「……あなたも気づいていたのね。ええ、今はもう大丈夫よ」
顔色もだいぶ良くなってる。嘘はついていないようだ。
「そうか。なら良かった。そんで、鈴音がリーダーになってることは清隆から聞いたか?」
「ええ、今しがた聞いたわ。それで話を戻すけど、AクラスとCクラスのリーダーは誰なの綾小路君?」
「そのことについてだが、オレだけの意見だと心許ない。直経も探ってるよな? 聞かせてくれ」
「別に僕のなんていらないと思うけど……。まぁ僕の予想ではAは戸塚弥彦、Cは龍園翔かな」
「同じだな。そういうわけだ堀北、指名するときはこの二人を書いてくれ。そうすれば俺たちDクラスの勝利だ」
「……はぁ。分かったわよ。あなたたち二人とも、私を隠れ蓑にしたいのね」
別に僕はそんなことはない。ただ清隆がそういう風にしたいのであればそういうことにしておこう。
その後、鈴音は佐枝ちゃん先生からリーダー指名の用紙を渡され記入する。そして、正午を迎えこの試験は幕を閉じた。
試験が終わった後、僕たちは船が停泊されている浜辺へ向かい、そこで試験の結果発表を待っていた。
「お疲れ様。若代君」
「おう洋介。そっちも疲れただろ。悪かったな、僕のせいで色々迷惑かけた」
「いや、僕もごめんね。君を悪者扱いさせてしまった。僕の力が及ばないばかりに……」
「気にするな。もともと皆から嫌われてるしな。ダメージはない」
洋介とお互いに傷の舐め合いをしていると、龍園がこちらに近づいてくる。
「よう鈴音ぇ。確か、松下だったか? あいつはどうした?」
「彼女ならリタイアしたわ」
「……なに? どういう意味だ?」
「分からない? あなたはまんまと私の作戦に引っかかったのよ」
鈴音がそう言うと、それと同時に真嶋先生の声が浜辺に響き渡る。
「まずは皆、この一週間を良く乗り切った。真面目に試験を取り組んだ者、工夫して試験に挑んだ者。様々ではあったが、総じて素晴らしい結果だったと思う。それではこれより特別試験の結果を発表する」
皆が待ち受けていたものが、ついに発表される。多くの生徒が固唾を呑んで、真嶋先生を見ている。
「最下位は……Cクラス! ゼロポイント!」
「……なんだと」
「続いて三位はAクラス、120ポイント。二位はBクラス、140ポイント」
各クラスのリーダーはこの結果を聞いて驚愕している。そりゃそうだろう、まさか『そのクラス』が一位を取るとは思っていなかっただろうからな。
「そして一位は、Dクラス! 230ポイント! 以上だ」
真嶋先生から結果が伝えられた後、Dクラスの生徒は混乱しながらも一位を取れたことに歓喜する。
「どういうことだよ平田! いったい何が起きてんだ?!」
「それについては、後で堀北さんから説明があると思うよ」
なるほど。どうやら洋介も事情は理解しているらしい。清隆か鈴音から聞いたんだろう。
試験が終了した後、船に乗って休むもよし、海で好きに遊ぶのも良しということになった。どうやらすぐに出発するわけではないらしい。健や池たちは海で遊ぶことにしたようだ。
「若代! お前も一緒に遊んでいくか?」
「いや、僕は船で休むよ」
「そうか。じゃ、またあとでな!」
健から有難いお誘いを受けたが、千秋のことが気になるのでここは断る。それにしても、健の僕に対する態度は変わらずか。下着泥棒の件で少しくらい変化してもおかしくないと思っていたが、それだけ信頼されているということか。
僕は船に乗り、千秋のもとへ行こうとすると高円寺が僕の前に立ちはだかる。
「やぁ若代ボーイ。試験、ご苦労だったねぇ」
「ああ。そっちもだいぶ、くつろいでいたようだな」
ドリンクを片手にし、ツヤツヤテカテカの体で僕を迎えてくれた。なぜ裸なんだ?
「お前の地図がかなり役に立った。ありがとな」
「当然さ。それより、松下ガールに会いに行きたいのだろう? 彼女なら船首あたりにいるはずさ」
確か、ヘリポートがあるところか。あそこはあまり人がいないところだ。地下以外で密会するには絶好の場所だろう。
「そうか、助かる。じゃあな」
そう言って、僕は船首へ向かうことにした。
程なくして到着し、千秋に声をかける。
「よう千秋。無事治してもらったようだな」
千秋の体にはギプスが装着されており、肩を固定しているようだ。
「おかげさまでね。3週間くらいはこのままだってさ」
「夏休みの間は満足に動けない感じか。というか、この船に専門医がいたんだな。僕が船に戻ってから治すつもりだったんだが」
「船のスタッフの中に脱臼に詳しい人がいてさ。その人に治してもらったんだ。すごく妖艶な女性だったよ」
「へぇ~。そんな人がいたんだな」
さすが国主導の学校だ。スタッフも一流ということか。
「それで試験の結果だけど、Cクラスがゼロポイントなのはなんとなく分かるけど、他のクラスもマイナスだよね? あれはどういうこと?」
「今回の試験、どうやらAクラスとCクラスは協力関係にあったみたいでな。つまり、リーダー情報が共有されていたわけだ」
「……じゃあAクラスは私の名前を書いたってことだね。それじゃ、Bクラスは?」
「Bクラスにもスパイが入り込んでいただろ? そいつにそれとなくBのリーダーを教えてやったんだ」
「……それ、普通に裏切りじゃん」
「バレてないから問題ない。それに、Dクラスがリーダーを当てることはしてない。約束通りさ」
「……そういう考えが、今後は必要ってことね。それで、各クラスのリーダーは誰だったの?」
「Aは戸塚弥彦、Bは白波千尋、Cは龍園翔だ」
「……それも全部、直感で見抜いたの?」
「当たり前だ」
『何かを特定する』ことに関しては、僕は誰にも負けることはない。むしろ負かしてほしいものだ。
「天才っていう言葉は、若代君のためにあるのかもしれないね」
「そうだな。生まれたときからこんな感じだ。そのせいで苦労することもあったが」
「はいはい。そういうことにしておく。それじゃ、私はもう行くけど若代君は?」
「僕はまだここにいるよ。物思いにふけりたい気分だからさ。それより、軽井沢たちと仲直りしておけよ」
「……なんで?」
「この先、お前ひとりじゃやっていけない。実力がないんだからな。クラスメイトといつでも協力できるようにしとけ」
「……善処するよ」
そう言い残して、千秋は去っていった。
船の船首には僕一人。じっくりと考えられるとしたら今しかないか。僕は手すりにもたれかかりながら目を閉じ、昔のことを思い出す。
他の人からすれば意外と思われるかもしれないが、小学校低学年時は勉強やスポーツなど何事においても全力でやる人間だった。ただそのことが気に入らなかったのか、四年生になってから僕は全クラスメイトからいじめられることになった。教科書を隠されたり、机に落書きされたりなど様々だ。六年生の時には暴力も振るわれたりしたな。今ならすかさずやり返していただろうが、当時の僕にはそんな考えはなかった。
中学は隣の町にあるところに進学した。近くの中学に行けば、そこでもまたいじめられると思ったからな。けど、結果は変わらなかった。小学校での反省を活かし、中学ではあまり目立たず実力も発揮しないようにしていたのだが、それが裏目に出てしまったのだ。カーストの低い生徒はいじめの対象になる。まぁ当然と言えば当然なのだが、当時の自分はそれが分かっていなかった。
ただ、いじめられること自体は僕は別に何とも思っていなかった。むしろ僕がターゲットになることで他の人が救われるのなら、それでもいいと思っていた。だから誰にもいじめられていることは話していなかった。
しかし、その日は突然訪れた。家に帰ったら、ママが倒れていた。心筋梗塞だった。
すぐに救急車を呼んだが、ママは自分が助からないと分かっていたのだろう。最後の力を振り絞って、僕に遺言を残してくれた。
『偽りの仮面をかぶった状態で他人から好かれても幸せにはなれない。本当に幸せになりたいのなら、嘘偽りなく本当の自分を見せなさい。それで嫌われるようなことがあれば、その人間のことは忘れなさい。逆に本当の自分を見せても関わりを持ってくれる人間がいるなら、その繋がりを大切にしなさい。私は、あなたを産むことができて本当に幸せだった』
そう言って、ママは息を引き取った。おそらく、ママは僕がいじめられていることを知っていたのだろう。だから最後に檄を飛ばしてくれた。そう感じた僕はママの葬儀を終えた後、僕をいじめてきたやつら全員を病院送りにしてやった。見て見ぬふりをしたやつには全力で抱き着いた。
当然、問題になる。しかも病院送りしたやつらの中に政治家の息子がいたらしい。その政治家の圧力もあって退学、もしくは警察のお世話になるだろうと思っていた。この結果は当然だろう、僕も仕方ないと思って受け入れるつもりだった。
しかし、なぜかこの件は急に不問になった。その日以降、先生たちの僕に対する態度もしおらしくなった。まぁ僕からしたらこの結末はラッキーだったけど。
とまぁそんなことがあり、僕の人生はつまらないことばっかりだった。だからこそ、この学校での生活は刺激的で楽しいと思い始めている。特別試験もそうだが、生徒たちもなかなか良いやつらがたくさんいる。好き勝手やってる僕と友達でいてくれるやつがいるとは、入学する前の僕は考えてなかったしな。
この三年間、僕は全力でこの学校を謳歌してやる。もし邪魔してくるやつがいるなら、全力で排除するつもりだ。たとえそれが、清隆であっても……。
つっても、あいつが敵になることはないだろうけどな。なったとしても負けるつもりはない。
そう結論づけて、僕は目を開き無人島の方を眺める。気づけば、船は動き出していた。なんとなく森の中を見ていると、とある場所が光りだす。
その刹那、僕にめがけて『何か』が飛んできた。咄嗟にそれを避け、飛んできたものを目視する。何が飛んできたのかを確認した後、僕はすぐにその場を離れ遮蔽物に隠れる。
「……嘘だろ。『弾丸』だよな、あれ?」
音はしなかった。確か、銃声音を抑えるものがあったはずだ。おそらくそれを使用しているのだろう。というか、そんなことはどうでもいい。気になるのはいったい誰が? 何の目的で? そもそもなぜ僕が狙われた? 恨みは買いすぎているので候補が多すぎる!
僕は遮蔽物を利用しながら、人がたくさんいるところまで移動した。そして、警戒しながら遮蔽物から身を出し普通に歩き出す。
しばらく歩いていたが、どうやら撃ってくる気配は感じられない。さすがに向こうも人が大勢いるところでは撃ってこないか。
「お! おーい若代! 何やってんだ?」
「……健か。サバイバルごっこだ」
「はぁ? 無人島はもう終わっただろ? それより、せっかくプールがあるんだ。一緒に遊ぼうぜ!」
「……ああ、そうだな」
先ほどは断ってしまったからな。今回も断るのは忍びない。しかし、心の底から楽しむことはできないだろう。
どういうわけか、僕は命を狙われているらしい。願わくば、学校に戻った後にもこういうことが起きないことを祈るばかりだが……。
こうして一抹の不安を覚えながら、無人島試験は幕を閉じた。
『どうだった、結果は?』
「失敗しました、弾丸を避けるとは……。『あの人』の遺伝子を持っているのは確かなようです」
『そうか。まぁいい。今回の目的は高度育成高等学校のセキュリティを確かめたかっただけだ。ターゲットの暗殺は二の次だ』
「そうですね。セキュリティ面に関してはザルでした。国主導の学校とは思えません」
『そのようだな。これなら計画通りに事を運べるだろう。ターゲットの暗殺はその時だ』
「はい。若代直経は……
……僕が殺します」
原作ではDクラスのポイントは225ポイントでしたが、清隆も直経も点呼には間に合ってますので230ポイントになりました。