人間は自由の刑に処せられている。
ジャン=ポール・サルトル 『実存主義とは何か』
深夜二時ごろ、健のいびきがうるさすぎて目を覚ます。というかこいつのせいでここ数日は快眠などできていない。
「……はぁ。自販機でなんか買って飲むか」
ベッドから起き上がり、携帯を持ったことを確認してから部屋の外に出る。
自販機があるところまで歩みを進め、好きなジュースを買おうとするが……
「あれ? 売り切れか……」
どうしようか、他のジュースを買ってのどを潤すという手もあるが……
「……これ以外飲みたくないんだよなぁ」
仕方ない、手間はかかるが他の階の自販機に行ってみるか。そう思い、僕は一階へと足を運ぶ。
二階にはなぜか自販機が置いてない。まぁあそこはディスカッションでしか使わない場所だからな。普段はあそこに人はいないし、置いたとしても飾りになってしまうのかもしれない。
そんなことを考えつつ、一階の自販機の前までたどり着く。目当てのジュースがあることも確認できた。
よし、買うか。僕はボタンを押すために手を伸ばすが……
「…………って言ったのに!」
どこかからか、誰かの声がかすかに聞こえてきた。常人なら聞き落すだろうが、僕の耳の良さと辺りに人がいなく静かなこともあって、僕はその音を拾う。
「……下の階からだな。行ってみるか」
階段を使い、地下1階へ降りている途中でまた音を拾う。
「……願いを聞いてくれないなら、あんたなんか必要ない!」
そんな声が聞こえた後、甲高い音も続けて聞こえてくる。何の音かは分からないが、声の人物は誰か判別できた。
「……軽井沢? 誰と話してるんだ?」
場所からして地下2階から聞こえてきたので、そのまま階段を使用してその場まで降りる。
到着して、フロアに誰がいるのか隠れながら確認すると、洋介と清隆がいるのを目撃する。
「……清隆? なんであいつもいるんだ? 洋介はまだ分かるけど……」
一応付き合ってるからな、あの二人は。だが清隆は何も接点はないはず……いや、同じ兎グループではあるか。
そういえば、4回目のグループディスカッションが終わった後、軽井沢の後を追いかけていたな。もしかしてそれ関係か? ついていけばよかったなぁ……。
まぁ過ぎたことを考えても仕方ない。いまはそれより軽井沢だ。あいつの姿が見当たらない。
階段で降りてくる僕と鉢合わせしなかったことから、下の階に行ったかもしれないな。あの二人は気にせず、軽井沢を探しに行くとしよう。
地下三階を見に行ったが軽井沢の姿は見られなかった。ということは地下4階にいるのだろう。
そう思い、最下層まで降りるとすすり泣く声が聞こえてくる。廊下の隅でうずくまりながら泣いている軽井沢の姿を見つけた。
僕は音を出さないように近づき、軽井沢の隣に腰を下ろす。
「……うっ、ううっ」
……僕が隣に来ても、全く気づく気配は見られない。声でもかけるか。
「洋介に振られたか?」
「……え? 若代、くん?」
僕がここにいることにまだ理解できていないのか、不思議そうな目でこちらを見てくる。
「若代君だ。それで、なんでうずくまって泣いてるんだ?」
「……べ、別に。泣いてなんか、ないし……」
僕に泣いている姿を見られたくないのか、目元を指でこすり涙を拭う。
「無理あるだろそれは。僕は心配してるんだぜ、これでもな」
「……関係ない、あんたには」
「じゃあ、話してくれるまでここにいるとしよう。明日は完全自由日でディスカッションもないからな。夜更かししても問題ない」
「……」
その後もしばらくは無言の時間があったが、長くは続かない。軽井沢は観念したようでポツポツと言葉を紡いでいく。
「……Cクラスの女子たちと揉めているのよ。それで平田君に何とかしてほしいってお願いしたんだけど……」
「断られたか。まぁあいつは平和主義者だからな、軽井沢に肩入れすることはないか」
「……私、彼女なのに」
……彼女、か。だとしたら、やっぱりおかしいよな。
「肩入れすることはないのに、どうして洋介は軽井沢と交際してるんだろうな?」
「え? いや、それは……」
交際するということは、その人のことを特別扱いしているということ。洋介の性格を考えたら矛盾している。まぁだからと言って付き合っちゃいけないというわけでもない。恋愛は理性で行うものではなく本能に従ってするものだ。矛盾することもあるだろう。だが……
「本当は付き合ってない、とか?」
「ッ!」
軽井沢の顔を見ながらそう確認する。そして図星だったのか、軽井沢は目を見開き、そして視線を逸らす。
「安心しろ。誰にも言ったりしない。で、なんで偽りの関係を結んでいるんだ?」
「それは……」
それ以降喋ることはなく、また無言の時間が続く。この場にいるのが嫌ならここから逃げ出せばいいのに、軽井沢は全く動こうとしない。今は一人になりたくないのかもしれないな。ただずっと無言というのもつまらない。
……仕方ない、こちらから自己開示して軽井沢にも話してもらうように仕向けるか。返報性の法則と言うやつだ。
「なぁ、軽井沢。お前には僕がどういう人物に見える?」
「え? いきなり何?」
「いいから」
「……私の下着を被った変人」
「……そういえばそうだったな。まぁなんだ、あれについては悪かったな」
ただ僕が今聞きたいのは主観的なことではなく、客観的なことだ。
「聞き方を変える。僕はどういう風に生きてきたと思う?」
「……好き勝手生きてきた、とか?」
「つまり、僕がいじめられっ子だったとは思えないか?」
「……え?」
この時初めて、軽井沢とちゃんと視線が合ったような気がした。
「信じられないかもしれないが、僕は小4から中3の秋までいじめられていたんだよ」
「……そうだったんだ。若代君も……」
「……も?」
「……うん。私も中学校3年間でいじめにあったの」
その時のことを思い出してしまったのか、言葉は震えている。そして、右手は左の脇腹をさすっている。
僕もいじめられてきたからなんとなく察しが付く。僕をいじめてきた連中は男だったので、拳での暴力が基本だったが女子は違う。おそらく、死を想像してしまうほどの出来事があったのだろう。
「……悪い。嫌なことを思い出させたな」
「……ううん、大丈夫。それで、若代君は中3の秋までいじめにあったんだよね? その後はどうしていじめられなくなったの?」
「とある人から、檄を飛ばされたからだ。その時に僕は誓った、好き勝手生きてやるってね。だから今までいじめてきたやつに報復したんだよ」
「……それ、問題にはならなかったの?」
「色々あって不問になったんだよな。まぁ学校側も大きい問題にしたくなかったんだろう」
これについては未だに謎である。
「……そうだったんだ。正直、今の若代君からは想像できないな」
「それはこっちのセリフだな。軽井沢はクラスの中心人物だ、誰もいじめられっ子だとは思っていないんじゃないか?」
「そう思われないために高校からは自分を変えたつもりだからね」
高校デビューってやつか。この学校に来たのは、今までの奴らと離れられると思ってのことかもしれないな。
それより、今なら教えてくれるかもしれない。聞いてみるか。
「……それで、洋介とはなんで偽りの関係を?」
「私がいじめられっ子だって知ったわけだし、もう隠す必要ないね。平田君には私を守ってもらうために全部話したの、過去のこと」
「……なるほど。洋介の性格と実力を考えたら強力な騎士になると判断してのことか」
「そういうこと。けど、さっき言ったように肝心な時に動いてくれないから困ってるわけよ……」
確か、入学してすぐに軽井沢は洋介と付き合い始めた。焦っていたというのもあるかもしれないが、洋介を選んだのは間違いだったな。
「そうだ、若代君が何とかしてよ! あんたなら真鍋達なんてすぐにぶちのめせるでしょ? いじめっ子たちにやり返したんだから」
「真鍋たち? それってCクラスの女子たちか? というか、一体何があって揉めてるんだ? 話はそれからだな」
軽井沢から、過去に諸藤リカというCクラスの女の子を自分が突き飛ばし、そのことについて真鍋達から問い詰められているということを聞いた。
「……なるほどなぁ。それ、お前が悪いんじゃないのか?」
「そ、それは……そうかもしれないけど。でもここで謝ったら私、皆にナメられる……」
いじめられっ子の過去があることによって、おびえているのか。他人に対して強く当たるのも、舐められないために行っているのだろう。
つまり、今の軽井沢は本来とは全く違う性格であるということ。そして、偽りの仮面を被って生活していたらトラブルに巻き込まれてしまったということだ。
「……それは自分の責任だぞ軽井沢。逃げるなよ」
「……もしかして説教? 若代君なら私と同じ過去を持ってるし、助けてくれると思ったのに」
「悪いな。これでも僕は自分の信念に従って動いてるからな」
「……なによ、その信念って?」
聞かれるとは思わなかったな。仕方ない、話してみるか。
「……軽井沢、お前は『自由』って何だと思う?」
「え? いま関係あるそれ?」
「僕の信念に関わることだからな。答えてくれ」
「……誰にも束縛されない、とか? 高円寺君がまさにそうじゃない?」
「確かにそうだな。多くの人はそういう捉え方かもしれない。でも僕は少し違う」
「じゃあ何よ? あんたの考える自由って?」
ちゃんと相槌を打ってくれるので話しやすいな。いいだろう、教えてやる。
「『自由』ってのは、自分で決めたかどうかだ」
「……どういうこと?」
「例えば、目の前にナイフを持っている人がいるとしよう」
「っ!……うん」
若干体が震えているが、取り乱すことはないか。ならこのまま続けるとしよう。
「そいつが自分に向かって攻撃しようとしてくるよな? どうする?」
「……それは避けるでしょ普通」
「そうだな、痛いのは嫌だからな。でもそれだけだ、手や足を狙ってくる場合は死には至らないから避ける必要は僕にはない。つまり、その攻撃をあえて受けるという選択もある。もちろん、急所を狙ってくる場合は僕でも避けるが」
「……つまり、自分にとって不利なことも受け入れるという選択を自分で決めたら、それは『自由』だって言いたいの?」
「そういうこと。必ずしも束縛されないこと=自由とは考えてないってことだ」
しかし軽井沢は納得の表情を見せない。
「私にはそんな考え方はできない……」
「別に受け入れる必要はない。あくまで僕はそう考えて動いているだけだ。そして軽井沢、僕はさっき『責任から逃げるな』と言ったな? あれはどうしてだと思う?」
「……」
考えているのだろうが、答えが思いつかないのか無言の時間が流れる。
「……軽井沢が他人に対して強気に振舞っているのは、舐められないため。それって、目的があって自分でそう振舞おうと決めたことだよな? つまり、僕の信念に当てはめるのであれば、それは軽井沢が決めた『自由』なんだよ」
「……」
「洋介に彼氏役を頼んで守ってもらおうとしたのも自分で決めたこと、つまり『自由』だ」
「……何が言いたいの?」
「僕はね、『自由』には『責任』が付きまとうものだと思っている。他には『代償』とか『罰』ともいえるかな。つまり、自分の選んだ『自由』が良い方向や悪い方向に進んだとしても、それを受け入れる必要がある。文句は言っちゃいけないのさ」
好き勝手やることは構わない。しかしその過程で生じた問題には必ず責任を持つべきだ。その責任を放棄したり、駄々をこねるのは『自由』とは呼ばない。それは『放埓』と呼び、自由とは似て非なるものだ。
僕の学校生活を振り返っても、今まで好き勝手やってきた責任はちゃんと果たしているつもりだ。
例えば、中間テストで僕が赤点をとっても、僕のポイントで退学を回避した。愛里のストーカー事件で暴力を振るった時も潔く停学処分を受け入れた。軽井沢の下着を被った時も嫌われることを覚悟して実行した。
そういう意味では、今後千秋に暴力を振るわれても別にやり返したりはしないし、鈴音に腹パンされても文句は言えない。下着見ちゃったし。
「……全部私がやってきたことのツケが、今になって回ってきたってことね」
「僕の考えに当てはめるのであればな? そんなのどうでもいいって思ってたら、僕の言ったことは忘れてくれ」
「ううん、なんかしっくり来た。ありがとう、若代君」
先ほどまでの軽井沢と少し顔つきが変わったような気がする。
「真鍋さんたちの件、どうにかしてみる」
「無理はすんなよ。僕は自分でどうにかできる力があるから、『自由』に生きれるだけだ。お前は一人じゃ何もできない」
「……じゃあ、どうすればいいと思う?」
「自分一人で無理なら、周りに頼ればいい。あ、僕は無理だぞ?」
停学処分を終えたのに、また問題でも起こしたら今度は退学になりかねんからな。
「でも、うちのクラスで頼れる人なんて……」
「洋介が今回の件でダメなら……清隆とかは?」
「清隆? それって、綾小路君?」
「そう。確か、同じ兎グループだろ?」
「綾小路君かぁ……あんまりパッとしない印象なのよねぇ」
どうやら、うちの清隆はお気に召さないらしい。
「……ま、もう一回平田君に頼んでみようかな。ありがとね、話聞いてくれて」
「なに、構わんさ。それに可愛い女の子と二人きりでいれるなんて、そうそうないからな」
「……なんか、若代君のこと、よく分からない」
「ん? 何がだ?」
「さっきまで真面目に話してたのに、急におちゃらけるし。あと私の下着被るし」
「あれは被ってみたいと一度思っていたからな。それがたまたまお前の下着だっただけだ。それに、好き勝手やってる僕を理解できるやつの方が少ないと思うぞ。だから落ち込むことはないし、これから先も知る必要はない」
「はいはい、そうですね。ただ私も一つだけ若代君に言えることがあります」
軽井沢は立ち上がって僕の前に立ち、指をさしてくる。
「高円寺君もだけど、あんたも変人ってことがね」
「失礼だな。僕はいたって普通の男子高校生だぞ」
僕のそのセリフに何も返すことなく、軽井沢はこの場から立ち去って行った。
時刻は午前3時。……話しすぎたな、そろそろ僕も部屋に戻るとしよう。
◆◇◆
完全自由日となり、ゆっくりできるかと思っていたがそんなことはなかった。というのも健たちが配属された牛グループが試験終了していたからだ。
「言っておくが、俺たちは解答してねぇからな若代!」
「分かってる。そこは疑ってねぇよ」
それにしても、誰がやったんだろうな? おそらくAクラスかCクラスだろうが……。
仮にAクラスだとしたら、坂柳派閥のやつか。葛城を蹴落とすためにやったとしてもおかしくない。
Cクラスの場合は龍園の指示でやったか、もしくはそいつの独断か。龍園はCクラスを恐怖政治で治めている。反発するやつが一人いてもおかしくはないからな。まぁなんにせよ……
「そこまで気にする必要はないだろうな。Dクラスにマイナスはないと思うし」
「そ、そうなのか?」
「ああ。だからお前たちは、周りよりも多くの時間を使ってこの船で遊びつくせるということだ。このクルージングも数日で終わるし、思い出作りはちゃんとやっておけよ」
「……確かに、終わっちまったものを気にしても仕方ないか。よし寛治、春樹! プールに遊びに行くぞ!」
「「おう!!」」
そうして、三人は部屋を出ていった。僕も誘われたが今日はやりたいことがあるので断る。
というわけで、早速やりたいことをするために僕も部屋を出ることにした。
目当ての人物を探すために一階のフロアを歩いていると、運よく見つけることができた。
僕はその女の子に近づき、声をかける。
「ちょっといいか?」
「え? 私?」
僕が話しかけた人物、それは同じクラスの長谷部波瑠加だ。
「そうだ、今時間大丈夫か?」
「……まぁ、いいけど」
「ありがとな。実は確認したいことがあってな。鳥グループのメンツを知ってたら教えてほしいんだ」
「鳥グループ? いいけど、若代君には関係ないことでしょ?」
「……実は山内の奴が、優待者を当てようとしていてな」
「ああ、なるほど。それでメンツを知りたいってわけね。いいよー、教えてあげる」
そして、長谷部から鳥グループのメンバーを教えてもらい、優待者が誰かを確認する。
……よし、Bクラスではないな。なら山内が当てようが外そうが問題ない。
「ありがとな。恩に着る」
「気にしないでー」
用は済んだので、すぐに解散してもいいのだが、長谷部とは初めて会話した気がするな。もう少し話してみるか。
「……なぁ、長谷部。お前って友達いるか?」
「え? 急になに?」
「いや、いつも一人でいるからさ。ちょっと気になって、な」
「ふーん。心配してくれてるんだ。なんか若代君って、会話してみたら最初の印象とは違うかも」
「ん? なんだ、最初の印象って?」
「高円寺君に次ぐ、やばい人」
……やっぱ、入学当初はそんな風に見られていたんだな。いや、分かってたけどさ……。
「でも今話してみてちょっとは印象が変わったよ」
「……どんな風に?」
「高円寺君よりは話ができる、やばい人」
「あんま変わってねぇぞそれ!」
そうつっこむと、よほど面白かったのか、お腹を押さえて笑い出す。
「ははは! やばい、若代君面白すぎ!」
「……」
何が面白いんだ……ただ僕の気持ちをぶつけただけなのに。
「あーごめんごめん。若代君って確か名前は『直経』だっけ?」
「そうだけど……それが?」
「んー、なおちん……つねぽん……決めた! 今日から『つねちゃん』って呼ぶね!」
「何だその呼び方は?」
「私がそう呼びたいの。思ってたより、若代君は面白そうだからさ」
「……まぁいいか。好きにしてくれ」
「嫌って言ってもそう呼ぶつもりだったけどね。あ、連絡先交換しよ?」
そうして、長谷部と連絡先を交換してからその場は解散となった。まさかこんなことになるなんてな、小野寺を探した方が良かったかもしれないな。
その後、やりたいことは終えたので特に目的もなく船内をぶらぶらしていると、後ろから声を掛けられる。
「ここにいたか、探したぞ若代」
振り返ってみると、そこには葛城がいた。
「おお葛城。鼻血はもう大丈夫か?」
「ああ。問題ない。それより、これを返しに来た」
そう言って、葛城は僕のハンカチを返してくれる。
「ああ、わざわざありがとうな」
「構わない。それでは、俺はこれで失礼する」
「待ってくれ葛城」
話したいことがあったので、僕は葛城を呼び止める。
「……なんだ?」
「本当に今のままでいいのか?」
「それは試験についてのことか? それなら俺は自身の考えを変えるつもりは無い」
「僕の直感じゃ、この干支試験でAクラスは大打撃を受けるぞ」
「……」
葛城もなんとなくそれを感じているのか、何も話さない。
「……お前が今後もAクラスを率いていきたいと感じるのであれば、少しは考えを改める必要があるかもな」
僕はそれだけ言って、この場を立ち去ることにした。この言葉を聞いて、葛城が何かアクションを起こすかは分からない。
ただ一つだけ言えるのは、もし何もしなかったら葛城はリーダーの座から引きずり落とされる。そして、今後はクラスで一人ぼっちになるだろう。それがお前の選択した『自由』の代償だ。
まぁもしそうなったら、少しは気にかけてやるか。一人ぼっちの辛さは身に染みているからな。
~~~
「あ! 若代君!」
「ん?」
声のした方を見ると、軽井沢がいた。
「どうした? 軽井沢」
「ちょっと暇つぶしに付き合ってよ」
どうやら、午後4時に地下4階に行くらしい。洋介からメールでそこに来てほしいと呼び出されたそうで、それまでの間少し時間があるので僕に話しかけたとのこと。
「良かったな。ただ、一体何の用だろうな?」
「真鍋さんたちのことで協力してくれる気になったんじゃない?」
「そうかもしれないが、地下4階の必要性はないと思うんだがな……」
あそこは人が来ない場所だ。つまり、何が起きてもバレにくい場所とも言える。
「深く考えすぎじゃない? それより、あんたに昨日のことで聞きたいことがあるのよね」
「ん? なんだ?」
「自分で決めることが自由って言ってたじゃない? それってさ、多くの人間が最初から自由を手にしてるってことよね?」
「おお! それに気づくか! その通りだ」
「じゃあ逆に聞くけどさ、『不自由』って何? あんたにとっての不自由を聞かせてよ」
「単純に、自分で決めてないことは『不自由』と言えるだろうな」
「……例えば?」
「学校を休んだとしよう。そしてその日に学校では学級委員を決めなくちゃいけない。誰もやる人がいないから休んだあいつでいいか、という流れで僕の意思が無視された状態で学級委員が僕に決まった場合、これは『不自由』と言えるだろう」
「……分かりやすい」
そして、学級委員を受け入れるも受け入れないのも自由だ。受け入れない場合は、教師をぶん殴って、もう一度学級委員を決めさせるようにすればいい。まぁその前に問題になるだろうが、それが『自由』に動いた『責任』というものだ。
ちなみに、僕が一番不自由だなと思っているのは『死』だ。死んでしまったら、そこに僕の意思はないからな。だからこそ、狙撃されたときはヒヤヒヤしたぜ……。
「……あっ。そろそろ時間だ。じゃあ行ってくるね」
「ちょっと待て軽井沢。連絡先だけ交換しよう、同じいじめられっ子だしこれからも仲良くしてくれ」
「いいけど、そのことは言わないでよね」
そう言って連絡先を交換した後、軽井沢は闇深い地下へと降りて行った……。
~綾小路視点~
平田の協力もあり、軽井沢を地下4階におびき出すことができた。そして、真鍋たちを利用して軽井沢を壊し、オレの手駒にすることに成功する。
「……若代君の言う通りだったってわけね」
「ん? 直経? お前にあいつと何か、特別な接点でもあったか?」
というか、自分の下着を被ったやつとよく話せるな……。
「あんたと平田君と別れた後に、若代君と会って少し話をしたのよ」
「……そうだったのか。なんて言ってた?」
「真鍋さんたちをどうにかしたいなら、清隆を頼れって」
「……」
若代直経、か……あいつは一体何者なんだ? あいつの実力はおそらくオレや高円寺よりも上だと感じている。
それだけじゃない、何を考えているか、何をするかも予想がつかない。全てが未知数と言えるだろう。
最大の脅威は、常人なら理性が働いてストッパーがかかるようなことを、迷うことなくやれてしまうこと。普通、知らない人に抱きついたり下着をのぞいたり被ったりはしない。
無人島試験であいつは『クラスに不利益はないように動く』と言っていたが、それもどこまで信じていいものか。
確かに、無人島試験ではクラスのために動いてくれていた。この干支試験でも猫グループで良い結果を出してくれるかもしれない。
だが、急にクラスを裏切ったりするなどの行動をしてもおかしくない。あいつにはそういうあやふやさがある。
もし今後、あいつが好き勝手動いてオレの計画をあまりにも邪魔してくるようであれば……
……退学させることも視野に入れておくか。
誤字報告をしてくださった方、ありがとうございます。