軽井沢が地下に降りていった後、僕は船外のデッキに出て海に沈んでいく夕陽を眺めていた。
「……そういえば、ママとどこかに遠出したことってなかったな」
別に貧乏だったわけではないし、ママはインドアみたいな人ではなかった。だがなぜか、家族で旅行みたいなことは一度もなかった。
「……死人に口なし、だな。今更気にしても仕方ないか」
ママの分まで生を謳歌することにしよう。そう思い、僕は夕陽から視線を外す。
のどが渇いたので自販機を目指しながら歩いていると、手すりに寄りかかって黄昏ている女の子を見つける。
知人なので声をかけるか。確認したいこともあるしな。僕はその人物に近づき声をかける。
「なに黄昏てるんだ、姫野?」
「……っぜぇ。普通話しかけてこないでしょ?」
「それはお前の考えだ、僕は違う。それで、なんで一人でいるんだ?」
「別に一人でいたっていいでしょ」
「別に悪いとは言ってない、理由を聞いてるだけだ」
「はぁーだる。片頭痛で一人になりたい気分なの。だからどっか行って」
「そうか、片頭痛か。それは悪かったな」
……それが本当の話ならな。こいつは今嘘をついてると僕の直感がそう告げている。だったらどこかに行く必要性はないな。
僕は姫野の隣に行き、手すりにもたれかかる。
「は? 話聞いてた? どっか行ってって言ったんだけど」
「そう邪険にするなって。同じ猫グループだろ? 仲良くなりたいんだよ」
「……はぁ。じゃあ好きにして」
僕をどうこうすることはできないと考えたのか、姫野は観念したようだ。
「そうさせてもらうよ。それで聞きたかったことがあるんだが、ダウトはつまらなかったか?」
「は? なに急に」
「4回目のグループディスカッション。皆でダウトして盛り上がったが、お前だけは輪に入り切れていない感じがしてな。というか、この干支試験が始まった時からそんな感じがしてたし、無人島試験でBクラスにお邪魔したときも、お前だけ和気あいあいとしている様子じゃなかったからな。お前の存在が少し気になっている」
団結力の高い一之瀬のクラスで、姫野のような存在は異質に見える。
「……まぁ確かに、あのクラスはちょっと自分には合わないとは思ってる」
「可哀想だな。あのクラスではお前みたいな存在はマイノリティだ。肩身が狭い感じか?」
「そうだね。だからと言って、私はクラスに迷惑はかけたくないから足並みはそろえてるつもり」
確かに、ゲームもなんだかんだで参加してくれていたし、無人島試験でもクラスの皆と協力して試験に臨んでいた。『空気が読めないやつ』みたいな扱いはされていないだろう。
「でも本当の自分を抑えながら生活するのは苦痛だろう? 僕たちDクラスに来るか? そこならのびのびやれると思うぞ」
「それは嫌。私、Aクラスで卒業したいからさ。わざわざ下のクラスに行こうとは思わない」
……そうだったのか。森下もそうだが、結構Aクラスで卒業したい奴が多いんだな。退学することなく、この学校を卒業することができるだけでも万々歳だと感じるんだけどな。
「ふーん。ならなおさらじゃないか? 僕たちのクラスに来た方が姫野のためになると思うぞ?」
「……どういうこと?」
「うちのクラスにはAクラスで卒業したい奴がたくさんいるからな。熱量は多分どのクラスよりも強い。そしてお前みたいに一人で行動しているやつも多い。まさに最高の環境と言えるだろう」
「……堀北さんだっけ? 彼女にAにあげれるだけの実力があるの?」
「今はない。ただ人間は成長する生き物だ。化ける可能性はあるだろうな」
清隆がいるんだ。それくらいやってのけてもおかしくない。
「……そんな不確定なことに人生を賭けることはできない。やっぱ、私は今のままでいいかな」
「そうか……それがお前の選択か、残念だ。なら一つだけ予言しておく」
「何?」
「お前たちBクラスはいずれDクラスに落ちるだろうな」
僕の直感がそう告げている。今後、坂柳が本格的に動き出してくるだろうし、龍園もいる。
一之瀬のやり方が今後、試験で通用するかどうか。それは難しいと言えるだろう。
「はぁ?! な、何言ってんの?」
「どう捉えるかはお前次第だ」
僕はそれだけ言い残し、この場を立ち去ることにした。ふと夕陽の方を見るとすでに海に飲み込まれており、辺りは暗くなっていた。
◆◇◆
試験最終日となり、5回目のグループディスカッションが始まる。
「今日は何で遊ぶんだ? 若代」
意外なことに戸塚からそのような質問をされる。こいつ遊ぶ気満々じゃねぇか。
「ブラックジャックでいきましょう。クラス対抗で代表者を一人選んで、4人で勝負する。文句ありませんよね?」
森下が皆にそう確認しているが、視線は僕の方を見ている。
「いいんじゃないか。僕はそれでもいいぞ」
「決まりですね。では各クラス、代表者を決めてください。Aクラスは私が出ます」
「え? いや、俺が出たい……「裏切り者は黙っていてください」……はい」
裏切り者、もとい橋本が出たがっていたが、森下に一蹴される。
「美雨、やりたいとかあるか?」
「い、いえ! 私は見てるだけで大丈夫です。松下さんはどうですか?」
「うーん。私もパスかな。というわけで若代君、お願いね」
「任せろ」
仮に二人が出たがっていたとしても、あらゆる手を使って出させなかったけどな。一応確認しておきたかっただけだ。
そして、Bクラスからは網倉。Cクラスからは椎名が代表者として選ばれ、この4人で競うことになった。
「よろしくね皆!」
「はい、よろしくお願いします」
網倉と椎名がそのような会話を行う。二人はのびのびやれて羨ましいぜ。こっちはポイントがかかってるからな、本気でいかせてもらう。
心の中でそう意気込んでいると、橋本からとある提案がされる。
「んー。せっかくブラックジャックやるんだったらよ、なにか賭けねえか?」
「え? なにかって、なんですか……?」
千尋が皆も疑問に思ったことを質問する。
「そうだな……ポイントはさすがにアレだから、負けたクラスが他クラスにジュースを奢るとかはどうだ? これなら良心的だろ?」
「却下です。裏切り者の提案は一切受け付けません」
「っておい! 別にいいじゃねえか、刺激があったって。つーか、その呼び方やめてくれ……」
「ふむ……分かりました。裏切り者呼びをやめる代わりに、条件があります」
「な、なんだよ条件って」
「勝ったクラスに、橋本正義がジュースを奢るというものです。これなら許してあげましょう」
森下からそのような提案がされる。僕もそれに乗っかっておくか。
「いい提案じゃないか。そうだよな戸塚?」
「そうだな。裏切り者にはちょうどいいかもな」
「戸塚! お前まで……分かったよ、もうそれでいいぜ」
どうしようもできないことを悟ったのか、橋本はこれを了承する。
「決まりですね。それでは神室真澄、シャッフルをお願いします」
「任せて」
そう言って、カードを手慣れた様子でシャッフルする。……それにしても、いつ見ても素晴らしいカード捌きだ。ASMRとして動画投稿したらバズるんじゃないだろうか?
「……はい。シャッフルできたわよ」
「ありがとうございます。では、ルールは皆さん分かっているとは思いますが、一応説明します」
そこから森下がルール説明を行っていく。簡単に言えば、自分が引いた手札の数字の合計が『21』に近ければ、勝ちというゲームだ。
ブラックジャックの場合、2~10はそのままの数字として使うが他は違う。J、Q、Kは『10』として扱い、Aは『1』か『11』として扱うことができる。ジョーカーは使用しない。
そして、プレイヤーは最初にカードを二枚引くが、一枚は裏向きにおいて、自分だけが確認する。もう一枚は皆にも見えるように表向きでおく。その時、数字が『21』に届いていないならカードを引いてもよい。しかし、引いたカードの数字が大きくて『21』を越えたら、それは負けとなる。このことを『バースト』と呼ぶ。
つまり、『21』を越えないことかつ、相手の数字よりも大きくなければいけない。ちなみに、相手と数字が同じだった場合、カードが少ない方の勝ちとなる。だが同じ枚数だった場合は引き分けとする。
「……というようなルールです。理解できましたか?」
「うん! 大丈夫だよ!」
網倉が元気な声でそう返事する。僕と椎名もそれに続いて頷く。
「では始めましょう。先に3回勝つことができたクラスの勝ちです。神室真澄、カードを配ってください」
「分かった」
こうして、ゲームが始まった。最初の1枚目は裏向きで配られる。僕はそれを手にし、自分だけ見えるように確認する。
「(Qか……)」
つまり、僕は今『10』の数字を持っている。次のカードが『A』だった場合、ブラックジャックで僕の勝ちが決まる。
そして、二枚目は表向きで配られる。僕に配られたカードは『9』だ。
「(19か。直感的に、カードを引いたらバーストしそうだな。これで勝負するか)」
僕はこの数字で勝負することを決めるが、隣にいる椎名だけはもう一枚カードを引く。
森下と網倉は、僕と同じように二枚のカードで勝負するようだ。よほど大きい数字なのだろう。
「じゃあ、カードをめくって」
神室の合図で、裏向きのカードを一斉にめくる。結果は森下が21、網倉が18、椎名が16、僕が19で森下の1勝となる。
「どうやら私の勝ちのようですね。初手からブラックジャックとは、幸先がいいようです」
森下が僕の方を見ながら、そんなことを言ってくる。若干ムカついたが、席の並び的に左からA、B、C、Dクラスと座っているので、殴りたくても殴れない。良かったな、僕が隣じゃなくて。
そして、今使用したカードを全て集めて神室がまたシャッフルし、新たなカードが配られる。
「(裏向きは6、表向きはAか。つまり『17』か『7』として使える状態だ。4が来ればブラックジャックだが、多分来ないな。なら7としてカードを引いてくか)」
カードをもう一枚引く場合、Aクラスから順番に引いていくことになっている。どうやら、網倉と椎名も引くようなので僕は三番目に引くことになる。
そして僕の順番になり、引いたカードは『3』だった。足して20か10になるが、まだいける。
僕はもう一枚引くと宣言する。網倉と椎名はもう引かないようなので、僕だけが引く。
引いたカードは『5』。この場合はバーストしない『15』になる。
「(……まだいけるな。僕の直感がそう言っている!)」
そして僕はもう一枚引き、『4』を持ってくる。つまり『19』だ。これで勝負しよう。
先ほど同様、神室のコールでカードをめくり、皆に見えるようにする。
「やったー! 私の勝ちだ!」
どうやら、網倉がもう一枚引いたカードのおかげでブラックジャックだったようだ。網倉の一勝となる。
「……はぁ。どうやら私たちにはまだ運が回ってこないようですね」
「ああ、そうだな。だが次は僕が勝つ」
隣にいる椎名とそのような会話をしながら、配られたカードを確認する。
そしてその内容を見て、僕は内心ガッツポーズをする。裏向きが『A』で表向きが『10』だからだ。
その後カードをオープンして、僕の一勝が決まる。
「悪いな椎名。置いてけぼりにしちまって」
「そのようですね。ですが安心して下さい、すぐに追いつきますから」
できればそうなってほしくないのが本音だが、口には出さない。
そして次のカードが配られる。裏がQ、表が6だ。もう一枚いけるかもな。
森下と網倉がもう一枚引いた後、僕もカードを引く。数字は2、合計『18』なので『3』を引けばブラックジャックだ。そして、僕の直感ではもう1枚引けばそれになる。僕はカードを引いて確認する。
「……よし」
狙い通りだったため、つい声が出てしまう。そしてカードをオープンする。だが……
「……どうやら私も若代直経もブラックジャックのようですが、この場合カードが少ない方の勝ちとなるので私の勝ちですね」
……まぁこればっかりは仕方ない、切り替えよう。だがこれで森下の2勝となりリーチになってしまったため、僕は心中穏やかでない。
「橋本正義、いちごオレを買ってきてください」
「……まだ決まってねぇだろうに。ま、準備はしておくよ」
勝利を確信しているのか、二人はそんな会話をしている。
「ちょっとー! まだ勝負はこれからだから! ね? 二人とも!」
「はい。私もまだ諦めてません」
網倉と椎名の言う通りだ。それに、優待者を当てる権利を賭けているんだ。譲るわけにはいかない。
そして次のゲームが始まり、カードを確認する。裏がA、表が9だ。『20』か『10』だが、当然もう一枚引く。
どうやら皆も引くようで、順番に一枚を引いていく。そして僕が引いたカードは『A』だ。この場合『1』として使えるのでブラックジャックとなる。
カードをオープンして、僕の勝ちが決まるかと思ったが……
「私と若代君がブラックジャックですね。しかし、同じ枚数なのでこの場合は……」
どうやら椎名もブラックジャックだったらしい。なのでこのゲームは……
「……引き分けだな。勝敗はこのままだ」
椎名は0勝で、僕は1勝のままだ。なぜだ……ブラックジャックの成功率で言えば、僕が一番なのになぜ……。
若干へこんでいるが、神室はそんな僕の状態など露知らず、カードを配ってくる。
確認すると、裏は3、表はJで合計13だ。引かない以外の選択はない。
椎名以外はもう1枚カードを引き、僕は7を引く。
「(20か。よし、勝負だ!)」
そう思い、カードをオープンすると森下と網倉が18、椎名は19で僅差で僕が勝つ。
「よし!」
僕は嬉しさのあまり、声を上げガッツポーズをする。この1勝は大きいと言えるだろう。
「おい橋本! ウーロン茶買ってこい!」
「だからまだ決まってねぇって……つか、お茶でいいのかよ」
「ウーロン茶をバカにするな」
そう言ってから、次のゲームに挑む。そして神室から配られたカードを確認し、僕は勝ちを確信する。
「(来た! 裏がAで、表が10! 優待者を当てる権利は僕が貰った!)」
どうやら最後の最後で運が僕に味方してくれたようだ。僕は満面の笑みで森下を見る。
だが、不思議なことに森下もこちらを見てきていた。それも勝ち誇ったような顔をして。まさか……
「はい、じゃあオープンして」
神室のコールでカードを見せる。するとやはり、森下もAと10でブラックジャックを完成させていた。
「……つーか、森下も若代もブラックジャック出しすぎじゃないか?」
「そうだよ! 二人だけずるーい!」
渡辺のこぼした言葉に網倉が賛同する。
「それに関しては僕もちょっと驚いてるけどな……。それより結果は引き分けか。よし、もう1回やるぞ」
「……いえ、それは叶わないと思います」
「え?」
椎名がゲームを続けることは無理だと言ってくるが……なぜだ?
疑問に思っていると、その答えがアナウンスとして流れてくる。
『1時間が経過いたしました。5回目のグループディスカッションは終了となります』
ゲームに熱中しすぎて時間を確認していなかったが、どうやら1時間も遊んでいたらしい。
「結果は森下と若代が2勝、網倉が1勝、椎名は0勝か。で、どうするんだ? 確か三回勝てたクラスが勝ちになるんだろ? 誰もいねぇけどよ……」
石崎が疑問に思ったことを口にする。
「っ! いやー残念だなお前ら! 石崎の言う通り、3勝したやつがいないなら俺がジュースを奢る必要はないな! うん、本当に残念だ!」
橋本が大げさにそのようなことを言ってくる。確かにその通りだ。これでは賭けは成立しないだろう、どちらともな……。
「……そうですね。裏切り者の言う通りです」
「っておい! なんで裏切り者呼びに戻ってんだよ森下!」
「……? 何を驚くことがあるのですか裏切り者。私はジュースを奢ってくれたら呼び方を戻すと言いました。しかし、奢ってくれないのなら裏切り者と呼ぶのは当然の流れです」
「悪かった! 今から奢るから許してくれ!」
「みっともないですよ裏切り者。男に二言はないんです」
「クソーー!」
橋本は膝から崩れ落ちながらそう叫ぶ。……ドンマイ、裏切り者。
というわけで、みんな部屋から退室し廊下に出る。そして向こうも確認したいと思ったのか、森下から声をかけられる。
「若代直経、ついてきてください」
「はいよ」
内容が内容だからな。人がいるところでは聞かれたくない。
僕たちは人気の少ないところまで歩みを進める。そして、周りに人がいないことを確認してから例の件について話し始める。
「賭けについてだがどうする?」
「……そうですね。ここは平等に、お互い優待者は当てないという方針でいきましょう」
「もし裏切ったら?」
「『裏切り者』と呼び続けるのは確定として、若代直経のことを周りに言いふらします。無人島試験を1位に導いた真の立役者はあなたであると」
僕自身は別にそれでも構わないのだが、鈴音が困っちゃうかもなそれは。
「分かった、その方針でいこう。森下が裏切った場合は……そうだな。無難にプライベートポイント全額でも貰おうかな」
「分かりました。それでは、私はこれで。ドロン」
そう言って、森下は小走りで去っていった。
……まさか、こんな結果になるとはな。ただ文句は言えない、自分で決めたことだからな。
僕は千秋に電話する、優待者の件を確認するために。
『もしもし、どうしたの?』
「ちょっと事情が変わった。優待者の件だが、分かったらお前が解答してくれ」
『え? どういうこと?』
「詳しいことは試験が終わった後に話す。それより、優待者が誰か見当はついてるのか?」
『……一応、法則は見つけたんだけど。ただ自信はないかな』
「……そうか。まぁなんだ、最後まで諦めるなよ。期待してる」
そう言って、僕は通話を切る。どうやら僕の知らないところで色々情報を集めて、優待者を探りだそうとしていたようだな。
僕が当てることができなくなった以上、千秋の実力で優待者を当てるしかなくなった。だがもしこれで千秋が本当に優待者を当てることができたなら、僕の中で千秋に対する評価が高くなる。
千秋がどんな答えを出すのか期待しながら、最後のグループディスカッションまで楽しみに待つことにしよう。