クラスでの自己紹介を終え、オレたちDクラスは入学式が行われる体育館に来ていた。
そして今、その入学式が執り行われている。
「続きまして、生徒会長の挨拶です。堀北学生徒会長、よろしくお願いします」
紫色の髪をお団子にした女子生徒がそう告げると、黒髪で眼鏡をかけた男が登壇する。
「生徒会長の堀北学です。本年度、我が校に入学した皆さんに在校生を代表して歓迎の意を表したいと思います。本校は文武両道。さらに高い進学率、就職率を誇ることは皆さんもご存じでしょう。それは卒業生、在校生の不断の努力によって達成されている我が校の誇りであり、新入生もそれに続くことを期待しています。そして、この学校は完全な実力主義で……」
その後も、生徒会長や理事長からありがたい言葉をいただき、入学式は終わった。
少し気になったのは生徒会長が話している間、隣にいた堀北が妙に緊張していたことだ。
苗字が一緒なので兄妹なのだろうと察しがつくが、それでもあんな態度になるものだろうか。
オレには兄弟、姉妹がいないのでよく分からない。
そんな事を考えながら、オレたちは再び教室へ戻る。
「改めて、入学おめでとう。これからこの学園の施設について、軽くだが説明する。それが済めば解散だ。各々好きな場所に行ってもらって構わない」
そしてオレたちは、茶柱先生から施設内の一通りの説明を受ける。
個人的に気になったのはコンビニエンスストアだ。
寮に行く前に寄ってみるか。
「以上だ。それでは皆、良い学生生活を送ってくれたまえ」
そう言って先生が教室を出ていくと、他の生徒たちもこぞって出ていく。
オレもコンビニへ向かうとしよう。
「なぁ、綾小路。せっかくだし、僕と一緒に施設を周らないか?」
若代から、最悪の誘いが来てしまった。
一緒にいるところを見られたら、今後の学校生活に影響を及ぼしかねない。ここは丁重に断るとしよう。
「せっかくの誘いで嬉しいんだが、遠慮しておく。あまり人が多いところに慣れていないせいか、疲れてしまってな。今は一人になりたい気分なんだ」
「そうか。じゃあ一緒に行こうか!」
話を聞いていたのか、こいつは?
ダメだ。まともに取り合っても埒が明かない。
さっさとコンビニへ行くとしよう。
後ろからついてきて何か話しかけているようだが、聞こえない。
無視だ、無視。
◆◇◆
そうして、オレは目的地であるコンビニにたどり着いた。
……若代もセットで。
「またあなたたち……最悪ね」
「堀北か。言っておくがオレも被害者だ。こいつが勝手についてきただけだ」
「そんな僕を悪者扱いしないでよ~。言っただろう? 自己紹介が終わったら連絡先を交換したいって。仲良くしたいんだよ。友達いたことないから」
その原因が自分にあるということを、こいつはちゃんと分かっているのだろうか。
オレも堀北も、思わずため息をつく。
「そういえばあなた。なぜ私の名前を知っているのかしら? 教えた覚えはないのだけれど」
あなた、とはオレのことだ。知った経緯を堀北に話す。
「……そう。本当はあなたに知られたくはなかったけど、若代君が言ってしまったのなら仕方ないわね」
「そういうことだ。代わりと言ってはあれだが、オレの名前も教える。綾小路清隆だ。よろしくな」
「別にあなたの名前なんて知りたくないわ。それに、よろしくしたくもないわね」
「そう言うなよ。オレたち隣同士だし、居心地を悪くしたくないんだ。それに、若代よりは話の通じるほうだと思うぞ」
「……まぁ、その点においてはそうかもしれないわね」
自分で言っておいてなんだが、オレと若代を比較されるのは癪に障るな。
100人中100人が、オレのほうがマシだと言ってくれるに違いない。あいつはそういう存在だ。
そんな失礼なことを考えていると、オレの隣にいた
「あれ? そういえば若代はどこへ行った?」
「別にどこに行っても、私たちには関係ないでしょう。むしろ、いなくなって清々するわ」
言われてみれば、確かにそうだ。
あいつがいないうちに、オレも必要なものや気になっているものを買っていくとしよう。
そうしてオレは、日用品やカップ麺など様々なものをカゴに入れ、レジへ向かう。
だが、その途中で妙なものを見つけた。
「無料……?」
そこには『1か月3点まで』と書かれた注意書きがあり、歯ブラシやシャンプーなどの日用品が置かれていた。
どうやら、ここに置かれているものは無料で持っていってもいいらしい。
同じく不思議に思ったのか、堀北も隣に立って商品を手にする。
「随分、甘い学校ね」
「ポイントを使いすぎた人に向けた救済措置、ってやつなんじゃないか?」
「月10万も貰って使い切るなんて、私には考えられないわ」
「ん? 何言ってんだ鈴音? 毎月10万も貰えねぇだろ」
そう言って急に割り込んできたのは、若代だった。
「……どういうこと?」
「今言った通りだけどな。佐枝ちゃん先生は『毎月1日にポイントが振り込まれる』って言ってただけで、具体的な数字については明言してなかっただろ? それに、このコンビニに行く途中で自販機を見てみたんだが、無料の水もあったしな。まず間違いない」
そう言われて、堀北は考え始める。
それにしても、若代がそのことに気づくとは思わなかった。
どうやらただの変人ではなく、しっかりと物事を考える頭も持っているらしい。
オレの中で、若代に対する評価が少し変わった。
「……まだ確定ではないわ。でも若代君が言ってることも一理あるわね。この学校は分からないことが多い。節約しておくに越したことはないわ」
そう言って、堀北はレジへ向かい、会計を済ませる。
オレも済ませるとしよう。
店員にカゴを渡し、袋に詰めてもらう。
「では、この機械に端末をかざしてください」
店員の指示通りに端末をかざす。
すると、ピピッ、という音が鳴り、ポイントが減るのを確認する。
本当に金として使えるようだ。
このシステムに感心していると、外から怒声が聞こえてきた。
「なめてんじゃねーぞ、ああ!?」
「おー怖いな。お前、一年だろ? クラスはDか?」
「ああ? だったらなんだよ」
「やっぱりな! ハハハ!」
赤髪の男——確か須藤だったか。
それに相対しているのは、上級生だろうか。
三人組で須藤を馬鹿にしているようだ。
「てめぇら、笑ってんじゃねぇ!」
まずい。
須藤が上級生に対して、暴力を振るいそうだったので急いで止めに入ろうとする。
だが——
「うおおおおおおお!」
ヒーローは遅れてやってくる、とでもいうのだろうか。
若代が須藤の前に立ち、目の前にいた上級生へ抱きついた……。
「ここはッ、僕が食い止めるっ! 須藤は先に行けぇーー!」
「……は?」
「な、なんだこいつ! お前もDクラスか! 離れろよっ!」
「嫌だ! 僕は友達を守る! そのためなら、お前たちなんて怖くない!」
「ッ! おい! お前らも見てないで、こいつを引き離せ!」
「お、おう!」
「分かった!」
残りの上級生二人が、力ずくで若代を引き離そうと試みる。
しかし、思ったよりも若代の力が強いのか、なかなか引き離せない。
その間、オレや堀北、須藤は困惑しながらその光景を見ていた。
「いい加減にッ、しろ!」
「おっと」
数分ほどして、ようやく若代を引き剥がすことに成功した上級生たちは、三人とも息を切らしていた。
それに対して、若代はピンピンしている。
「はぁ、はぁ……。とんでもない奴が入学してきたな。まぁいい、これからお前たちは地獄を見るんだからな!」
そう言って、上級生たちは逃げるように去っていった。
正直、負け犬の遠吠えにしか見えないが。
「ふぅ~。なんとか脅威は去ったな。大丈夫か、須藤?」
「あ、ああ。ありがとな、さっきの件も含めて」
須藤は若干引きながら、そう答える。
須藤のような不良でもら若代は変な奴に見えるんだろう。
それはそうと——
「さっきの件って、何かあったのか?」
「ん? ああ。実はさっきコンビニでカップ麺を買おうとしたんだけどな、端末を寮に置いてきちまってよ。そのときに若代のやつが立て替えてくれてな」
「そうそう。そん時に僕の名前も教えてな」
そうか。
もしかしたらさっき姿が見えなくなったのは、これがあったからか。
「そうだったのか」
「ああ。んで、コンビニの前でカップ麺食おうとしたら、さっきのあいつらに絡まれたってわけだ。クソッ! 思い出しただけでムカついてくるぜ」
「そうカッカすんなよ、須藤。最終的には僕たちにビビッて逃げ出した腰抜けだ。大した奴らじゃないよ。それはそうと、端末がないと何も買えないから一度寮に戻って取りに行ったほうがいいんじゃない?」
「……それもそうだな。ありがとな、お前ら!」
そう言って、須藤は歩き出した。
……それにしても地獄、か。
それはオレたち一年生に向けての発言なのか。
それとも、Dクラスに向けての発言なのか。
今はまだ分からない。
だが、この学校が普通とは違うのは、なんとなく理解してきた。
「お! 須藤のやつ、カップ麺残したままじゃねえか。僕が買ったものだし食べてもいいよね~」
そう言って、麵をすすり始める若代。
「……んふぅ。綾小路もカップ麺買ってるんだよな。お前も一緒にここで食おうぜ!」
「いや、オレは……」
堀北にまた何か言われるんじゃないか。
そう思って断ろうとしたが、堀北の姿が見当たらない。
どうやらひっそりと帰ったようだ。
あいつに見られていないのならと思い、オレはコンビニの中に入ってカップ麺にお湯を入れる。
一度、やってみたいと思っていたのだ。
コンビニの前で、友達と話しながら食べるというのを。
まぁ、若代を友達とは言いたくないが、気になるやつではある。
こいつのことを知ってみたい。
そんな好奇心が、オレの中に湧いてきた。
そうしてオレは若代の隣に腰を下ろし、カップ麺をすする。
「……うまいな」
「お? なんだ綾小路。初めて食ったのか?」
「ああ。恥ずかしながらな。親が厳しかったんだ」
「へぇ~。そんな親がいるんだな。まぁでも、親がいるだけマシじゃないか? 僕はもういないからさ」
「……そうなのか?」
「うん。父親は僕が赤ちゃんの時に別の女のところに行って、それっきり。その間はママがずっと育ててくれてたんだけど、病気で亡くなってさ。中学3年生の秋から一人になってね〜」
「……悪い」
「別に謝ることないよ。僕こそ悪いな、食事中に」
若代も、苦労しているんだな。
心の中で同情する。
ここで一つ、気になることを思い出したので聞いてみる。
「なぁ、バスの中であのOLに抱き着いたとき、『ママを思い出す~』って言ってたよな。あれは性格が似ていたのか?」
「まさか、そんなわけないだろう。むしろ真逆と言ってもいい。僕のママは凛としていて、近所の人からも愛されていたよ。ママが亡くなった後、僕の生活の手助けをしてくれたのは、その近所の人だったし。あのOLに似ている部分があったのは、顔だね」
なるほど。だいぶまともな母親だったようだ。
だとしたら、なぜこんな息子ができるのだろうか?
もしご存命だったのなら、文句を言ってやりたい。
「性格で似ているのは、それこそ鈴音だろうな。トゲのなくなった鈴音だ」
「……それはそれで、想像できないような気がするな」
「確かにな」
そんなくだらない、学生らしい会話をしながらオレたちはカップ麺を食べ終えた。
「なぁ、綾小路。連絡先交換しないか?」
最初の印象のままだったら、即答で断っていただろう。
ただ、若代のことを少しだけ知った今、その印象を改めつつある。
それに、毎月10万も貰えないであろうことを見抜いている、その先見性。
須藤を助けるために、あんな無茶苦茶な行動に出たこと。
変人であることに変わりはない。
だが、見直すところもある。
「分かった、いいぞ」
「ありがとな! 僕の人生最初の友達は、お前だ清隆!」
「……なぜ下の名前で呼ぶんだ?」
「ん? それが友達だからだろ?」
友達、か……。
まぁ、それでもいいか。
「……そうだな。よろしくな、直経」
「おう!」
こうして——
オレにも、人生で初めての友達ができた。