5月に入り、最初のホームルームが始まる。だが、佐枝ちゃん先生の表情はいつもよりも険しい顔をしていた。
ついに来たか、と僕はこの日を待ち望んでいた。言ってしまえば答え合わせみたいなものだからな。
「佐枝ちゃんセンセー、怖い顔しないでくださいよー。あ、もしかして生理が止まったとかですかー?」
デリカシーのないことを池が言う。ていうか佐枝ちゃんセンセーいうな。僕のだぞ!
「これよりホームルームを始めるが、その前になにか聞きたいことがあるやつはいるか?」
池のノンデリ発言をスルーし、生徒たちから質問を集う。それに対し、本堂が答える。
「ポイントが振り込まれてないんですけどー? 毎月1日に振り込まれるって入学式の日に言ってたじゃないですかー」
「何を言ってるんだ? すでに振り込まれている。このクラスだけ忘れ去られたなんてことはない」
「え? でも、なぁ?」
周りの生徒に対し、同調を求める本堂。他の生徒も同じ意見のようだ。だが、僕が昨日忠告して理解した洋介や桔梗ちゃん、松下なんかは神妙な面持ちをしている。
「ふ、ふふふ」
突然、笑いだす佐枝ちゃん先生。その姿に多くの生徒が不気味がる。
「本当に愚かだな。お前たちは」
「愚か? どういうことっすか?」
やはり、というか当然の結果というべきか。このクラスに振り込まれたポイントは……
「なるほど? どうやらこのクラスに振り込まれたポイントはゼロだった、ということだねティーチャー?」
高円寺がバカでも分かるように説明する。
「はぁ? 何言ってんだよ高円寺。毎月10万振り込まれるって……」
「そんなことは言ってなかったはずさ」
「高円寺の言うとおりだ、本堂。全く、至る所にヒントがあったというのに気づく生徒が数人とはな」
ほんとにその通りだ。気づいてない生徒は、考える事を放棄していると言わざるおえない。無料の商品があることに何も疑問を持たなかったのか?
「……先生、なぜ振り込まれなかったかの理由を教えていただけませんか?」
洋介なら気づいているはずだが、そんな質問をする。おそらくまだ理解できていない生徒のためだろう。
「遅刻欠席、104回。授業中の私語や携帯を触った回数451回。随分と好き勝手やったものだな。この学校ではクラスの成績がポイントに反映されるシステムだ。つまり、お前たちは当初持っていた10万ポイントのすべてを吐き出したということだ」
クラスの成績によってポイントが変動する、つまり連帯責任ということ。真面目にやってきていた鈴音や幸村とかはふざけんなって感じだろうな。
「この学校では実力で生徒を測る。つまりお前たちは評価ゼロの、クズというわけだ」
思い返せば、入学式で生徒会長が『この学校は完全な実力主義』と言っていたなぁ。
そんなことを思っていると、洋介が佐枝ちゃん先生に抗議する。
「……僕たちはそんな説明受けていません。先生が説明さえしてくれていたら、皆遅刻や私語なんかしなかったはずです」
「おかしな話だな。お前たちは小学校中学校で何を学んできたんだ? 当たり前のことをやらなかったお前たちの自己責任だ。真面目に取り組んでいても注意すらできない人間も同罪だ」
洋介の意見を正論で一刀両断する佐枝ちゃん先生。ついでに真面目に取り組んできた生徒に対しても苦言を呈す。
「言っておくが、ポイントの増減の詳細は教えられない。人事考課というやつだ。だが一つだけ良いことを教えてやる。遅刻や私語を改めて今月のマイナスをゼロに抑えても、ポイントが増えることはない。来月もポイントはゼロということだ」
つまり、真面目にやったところで意味はないということ。この説明を受け、多くの生徒が顔を暗くする。
「それと、これが各クラスの成績だ」
そう言って先生は黒板にポスターを貼る。
「見てもらえれば分かると思うが、他クラスはこの通り、ちゃんとポイントが残っている」
そこには、Aクラス940、Bクラス650、Cクラス490、Dクラス0、と書かれている。
なるほど。クラスの成績を数字で表して、そのポイント×100したものがポイントとして振り込まれるというわけか。
ちなみに、クラスのポイントはクラスポイント(CPt)、個人に振り込まれるポイントはプライベートポイント(PPt)と呼ばれるそうだ。
「ねぇ、おかしいと思わない?」
「ああ、綺麗すぎるな」
隣の鈴音と清隆がそんな会話をしている。
「だんだん理解してきたか? この学校では優秀な生徒はAクラス、ダメな生徒はDクラスに振り分けられる。つまりお前たちはクズの集まりというわけだな。だが、ずっとDクラスでいるのは辛いだろう? 安心しろ、上のクラスに上がる機会はちゃんと用意されている」
「どういうことですか先生?」
「このクラスポイントは毎月振り込まれる金と連動しているだけではない。このポイントの数値がクラスのランクになる。つまり、お前たちが今491クラスポイントあれば、Cクラスに昇格していたということだ」
つまり、今後はクラスで競うことになるということか。Dクラスは不利だろうな。
ん? てことは、楓花はプライベートポイントで移籍したわけじゃなくて、クラスポイントが減って下のクラスに落ちたということか。
「だが、それは難しいといえるだろうな。これを見ろ」
そう言うと、今度は別のポスターを黒板に貼る。このクラスの生徒の名前とその横に数字が書かれている。
「先日行われた小テストの結果だ。揃いも揃ってクズのような成績だな。中学で真面目に勉強していれば80点は取れるはずの問題だったというのになぁ」
ニヤニヤしながら生徒を挑発する佐枝ちゃん先生。だがそう言われても、何も言い返せない生徒たち。
それもそうだろう。多くの生徒が50~60点で、一番低い生徒は5点を出しているからだ。
「もしこれが中間や期末テストであれば、8人は退学することになっていただろう。赤点を取った生徒は即退学だからな」
佐枝ちゃん先生からそう説明されると、赤点を取ってしまった生徒は驚愕の声をあげる。
「それともう一つ。お前たちの中には進学率、就職率100%をアテにしてこの学校に来た者も多いだろう。だが、その恩恵を受けられるのはAクラスで卒業した生徒だけだ」
その事実に対し、今度は多くの生徒が不満や文句を垂れる。
僕はその恩恵が絶対に欲しいというわけではない。だが、目指してみるのは楽しそうだな。
「どうやら、過酷な現状を理解できたようだな。だが安心しろ、お前たちがこの試練を乗り切れる方法はあると、私は確信している。では、これでホームルームを終わりにする」
そう言い残すと、佐枝ちゃん先生は教室を出ていく。当然、クラスは静寂に包まれていた。
放課後、クラスメイト達は今後のことについて話し合っていた。
とはいっても、勉強するしかないという結論に至ったわけだが。
「じゃあ、僕と櫛田さんで勉強会を開くから皆、積極的に参加してほしい」
洋介と桔梗ちゃんは小テストで上位に入る点数を取っていた。フレンドリーだし教える役としては適任だろう。だが、須藤や池、山内はこの勉強会には参加しなかった。
あいつら、小テストで10点~20点ぐらいしか取れてなかったはずだが、大丈夫なのか?
三バカのことを心配していると、洋介が僕のもとにやってくる。
「若代くん。君も勉強会に参加しないかい?」
「え? 僕? んー、悪いけど遠慮するよ。しても時間の無駄だと思うから」
「で、でも若代くん、このままじゃ……」
「つーわけで、また明日な!」
僕は強引に洋介の話を遮って、教室を後にする。この後、会う約束をしている人物がいるからだ。
そうしていつものベンチに向かい、アイツが来るのを待つ。
程なくして、変人が僕の前に姿を現す。
「待たせたな、若代。どうだ? この学校は楽しめそうか?」
「さあな。それはこれからの学校生活で判断する。それと、今日説明されて分かったよ。楓花がBに移動したんじゃなくて、楓花のクラスが下に落ちたんだな?」
「そういうことだ」
「お前の実力なら下に落ちるなんてことないと思うんだが」
「私はクラスの連中に協力などしていないからなぁ。好き勝手やらせてもらっている。そのせいで友達と言える生徒はいないがな」
確かに、楓花がクラスメイトと手を取り合っている姿は想像できないな。
「それに、二年生は南雲がすべて治めている。私一人が頑張ったところで、淘汰されるだけだ。数の暴力ではさすがに私でも勝てない」
「南雲個人だったら?」
「どうだろうな。あいつ自身のスペックもかなり高い。とはいえ、君ほどではないがな」
要は、楓花はやる気がないだけか。Aクラスで卒業することに興味がないんだろう。
「そういえば、今年のDクラスは0ポイントだったようだな。歴代でも初めてだぞ?」
「まじかよ。うちのクラスってやっぱひどかったんだなぁ」
「若代はどうするんだ? Aクラスに上がりたいと思うか?」
「今のところ考えてないかな。僕も好き勝手やるかも」
「そうか。私と同じだな」
そういえば佐枝ちゃん先生、今回の中間テストは必ず乗り切れるって言ってたけど、多分アレだよな。聞いてみるか。
「楓花、中間テストの過去問持ってる? ついでに四月末の小テストも。あったらちょうだい」
「ふふ、いいぞ。無料では渡せないがなぁ」
「いくらほしい?」
「ポイントはいらん。今度の休日、私とデートしてくれ」
「……僕付き合うつもりはないよ」
「分かっている。ただ初めてのデートは君としてみたいんだ、ダメか?」
女の子から頼まれてしまったら断れる男なんていないだろうが!
「分かった。それくらいならいいよ」
「そうか! 楽しみにしているぞ。なら後で送っておこう」
「オッケー。じゃ、僕は帰るよ」
聞きたいことも聞けたので、僕は楓花と別れることにした。
◆◇◆
次の日。学校に登校して教室に入ると、清隆から話しかけられた。
「直経。勉強会を開くんだが、お前も参加しないか?」
「え? 清隆が主催するの?」
「オレじゃない。堀北だ」
鈴音も開くのか。そんなめんどくさいことしないと思っていたが、案外優しいんだな。
「んー、鈴音がやるんだったら行こうかな。他に誰が来るの?」
「須藤、池、山内だ」
「三バカと一緒かよ……バカが移っちゃうじゃないか」
「……いや直経、お前小テスト最下位だっただろ? 5点はさすがにないぞ」
「あれは本気出してないだけだから」
「信じられないな。とにかく勉強会に来るってことでいいんだな?」
「うん、いいよ」
「分かった、堀北に伝えとく。じゃあ、放課後な」
そういって、清隆は自分の席に戻る。それにしても、入試も小テストも遊びすぎたな。安心しろ清隆、中間テストからは本気でやるから。
そして放課後になり、僕たち赤点組は図書館に来て勉強会をしていた。なぜか桔梗ちゃんもいる。
「クソ、連立方程式ってなんだよ。全然わかんねぇぜ」
「俺もだー。やる気が出ないっつーかさ」
「……はぁ、無知無能ね」
「あ、今なんて言った?」
「無知無能といったのよ。連立方程式すら分からないなんて、将来どうやって生きていくのかしら?」
「うるせーよ!こんなの役に立たねぇだろうがよ!」
前言撤回だ。鈴音は全然優しくない。よく勉強会開こうなんて言ったな。
「やめだ、やめ。時間を無駄にしたぜ」
「俺もやーめよ」
「退学しても構わないのなら、好きにするのね」
須藤、池、山内の三バカは図書館を出ていく。残ったのは僕と清隆と桔梗ちゃん、そして鈴音だ。
「堀北さん、あんな言い方じゃ誰も勉強してくれないよ」
「確かに私は間違っていたわ。足を引っ張る生徒は今のうちに脱落してもらった方がいいわね。勉強会なんて開くんじゃなかった」
「……」
桔梗ちゃんの顔から一瞬笑みが消える。だが、すぐにいつもの顔に戻り、教科書をしまう。
「私が何とかして見せる。まだみんなとお別れしたくないから」
そう言って、桔梗ちゃんは三バカを追っていった。清隆も心配だからと言って図書館を出る。残ったのは僕と鈴音だけになった。
「あなたはどうするの?」
「僕も帰るよ。ただ、一言だけ言わせてくれ」
「なにかしら?」
「もしAクラスに上がりたいんだったら、須藤は切り捨てるなよ。僕の直感がそう言っている」
「……」
返事をすることなく、鈴音は勉強し始める。僕もこれ以上ここにいても意味はないと悟り、図書館を出て寮に帰ることにした。
その日の夜、唐突に散歩したくなった僕は寮を出る。すると、寮の入り口前にある自販機に清隆がいるのを発見する。
だが、何をしているんだ? 何かを覗いているように見えるが……
刹那、清隆が動き出す。僕は清隆がいた場所に急いで移動すると、生徒会長と清隆がバトルしているのを目撃した。あと鈴音もいる。
……てか、生徒会長が普通に暴力振るうとか怖すぎんだろ。清隆に怪我はないように見えるが、友人が暴力を振るわれたのだ。黙っておけない!
「うおおおおお!」
「っ! 兄さん、よけて!」
「ッ!」
僕は生徒会長に全速力で向かう。何をするかって? そんなのアレしかないだろ!
「クッ! なんだ、こいつは!」
「清隆!鈴音!今のうちだ、早く逃げろー!」
僕は生徒会長に全力で抱きついた。相手を無力化するにはやはり、抱きつくのが一番だな。
「……若代君、今すぐ兄さんから離れて。でないとあなたに明日は来ないわ」
「は? 何言ってんだよ、こいつは清隆に暴力を振るった危険な人間だぞ」
「……直経、オレからも頼む」
「しょうがねぇな」
友人からの頼みだ、僕は抱きつくのをやめた。
「……鈴音、こいつとは友達か?」
「いえ、絶対にありえません」
「そうか、ならよかった」
即答で答える鈴音。傷付くぞ。あと『よかった』ってどういう意味だゴラァ。
「話を戻そう。綾小路、お前は面白い男だ。入試のテストで全教科50点を取り、小テストでも50点。狙って揃えたな?」
「偶然って怖いっすね」
嘘つけ、絶対狙っただろ。にしても、清隆も似たようなことしてたんだな。これって運命?
「そして、若代直経。お前もユニークな男だ」
「え? 僕?」
「な、何を言ってるんですか兄さん! 彼はただの変人です!」
「黙って聞け。入試のテストは国語から始まったが、最初の問題を覚えているか、鈴音?」
「え? はい。確か最初の問題は……
問1、以下の故事成語やことわざに入る数字を答えなさい。
⚪︎⚪︎歩⚪︎歩、⚪︎里の道も⚪︎歩から、人の噂も⚪︎⚪︎⚪︎日
……だったはずです」
「そうだ。そして、若代の入試の結果は国語50点、数学100点、社会0点、理科1点、英語75点だ」
「……本当なのか、直経?」
「生徒会長になると入試の結果も見れるんすね。その通りだよ清隆。ちなみに、社会が0点なのは数学の100点と0を合わせて1000ってことな」
「……あなたまさか、小テストで5点だったけれどあれも?」
「ああ。答えは五里霧中の『五』だっただろ? だから5点にした。成績表に反映されないって言ってたからな」
「綾小路、そして若代、か。お前たちがいれば少しは面白くなるかもな。鈴音、上のクラスにあがりたければ、死に物狂いであがけ」
そう言って、生徒会長は去っていった。さて、僕も帰るか。
「待って、若代くん」
「ん? なん……ウ"ッ」
鈴音から突然腹パンされたんだが……。結構痛い……
「兄さんに抱き着くなんて、ずるいわ。私でもしたことないのに」
「いや、そこかよ堀北」
「なに?」
「……なんでもありません」
鈴音に強く睨まれ、清隆も何も言い返せなくなる。役立たずめ!
「いてて、つーかさ鈴音。勉強会はホントにいいのかよ。このままじゃ須藤たちは退学になるぞ」
「構わないわ。図書館でも言ったけど、今のうちに無能な生徒を排除するいい機会だわ」
「……そんな考えだからDクラスに落ちるんだ、堀北」
「何ですって?」
急に核心めいたことを言い出す清隆。当然それに対し鈴音は怒りをあらわにする。
「お前は初めから須藤たちを使えないと切り捨てている。だが、それは勉強の話だ。スポーツの分野においては須藤は活躍するだろうし、池はコミュニケーション能力がある。要は、人には得手不得手があるということだ。勉強ができないからといって切り捨てていたら、この先後悔することになるぞ。それに、退学者を出すことでペナルティがあるかもしれない」
「それは、あなたの勝手な考えでしょ? 根拠が何もないわ」
「確かにな。でもオレたちは、この学校のことを何も分かっていない。最悪の場合を想定して動くべきだ。Aクラスに上がれる条件として、退学者を一人も出していないっていう事もあるかもしれないだろ?」
「……分かったわ。確かにあなたの言う通りね」
実際には、退学者を出してもAクラスには上がれるはずだ。上級生のクラスを視察した時に、どのクラスも40人分の机はなかったしな。
だが、清隆の忠告に納得がいったのか、鈴音は考えを改めたようだ。
「そこまで言ってくれるということは、あなたも協力してくれるということでいいのよね、綾小路君?」
「え? ま、まあな」
「がんばれよ清隆。じゃ、僕は帰るよ」
「おい直経、お前も手伝ってくれよ。友達だろ?」
清隆が目をキラキラさせながらこちらを見てくる。だが……
「鈴音は清隆しかアテにしてないよな?」
「そうね。若代くんには頼っていないし、頼りたくないわ」
「なん…だと…」
「そういうわけだ清隆。おやすみ~」
僕はその場を立ち去ることにした。めんどくさいことはしたくないしな。ただ、どうしよう。過去問のことを伝えるべきか。
一応楓花からもらってはいるが、それをクラスのために使うかどうかは僕の勝手だ。
それに、僕が過去問あるよーって言っても信じてもらえるか分からない。薄々感じていたことだが、僕は嫌われているかもしれないしな。
仮に過去問のことを言っても、Dクラスのことだ。他クラスの連中に言いふらす可能性もなくはない。
……いっそのこと、他クラスに情報を売るってのもアリかもな。ポイント欲しいし。楓花とデートすることになったし、資金は大いに越したことはない。そうするか。
僕は、明日から他クラスのことについて調べようと動き出すことにした。
勉強会で櫛田が出ていった後、綾小路がついていきましたがその時に綾小路は櫛田の裏の顔を目撃しています。そして脅されます。
原作と一緒ですね。