中間テストが終わり、ひと段落がついた。だが、僕の戦いはまだ終わっていない。それは楓花とのデートだ。過去問をもらった時の約束を果たさなければならない。
だが、どうしたものか。僕は女の子とデートしたことがないので、どのように振舞うべきか分からない。
そういえば、うちのクラスに美男美女のカップルがいたじゃないか! そいつらに話を聞けばいいか!
そして放課後、僕は洋介のもとに行き事情を話した。
「若代君が上級生の人とデートなんてすごいね! いいよ、僕もそこまで経験があるわけじゃないけど、力になれるようにアドバイスさせてもらうよ!」
ありがとな洋介~! ただ、若代君『が』って協調するのはやめてね。
「そうだね。ベタだけど、相手の服装や身なりを褒めるのがいいんじゃないかな? 言われた方も喜ぶと思うしね」
「確かに、聞いたことあるな。他にはあるか?」
「んー、若代君はどこに行くとか、そういうのは決めてるの?」
「一応、映画とか服屋さんに行こうと思ってるんだけど」
「それなら、最初に映画に行って、そのあとに洋服屋さんに行くといいよ。先に買い物すると荷物になっちゃうからね。そういえば、何時集合とか決めてるの?」
「朝の10時に噴水前に集合だけど、何か問題でもあるか?」
「そうなると、お昼ご飯も食べなきゃいけないよね? 映画を見た後にカフェにいくのはどうかな? そこで軽食をとれるし、映画の内容も語り合うことができると思うよ」
さすがだぜ洋介! 僕には全然思いつかないデートプランだ!
「ありがとう洋介! すごく参考になった」
「それならよかった。それじゃ、応援してるよ」
そう言って、洋介は部活に向かっていった。
お前から教えてもらったんだ。うまくやってやるぜ!
◆◇◆
そうして、デート当日がやってきた。遅刻したら良くないことはさすがの僕でも分かるので、9時50分に噴水前に到着するようにした。
数分後、楓花の姿が見えたので手を振る。
「待たせたな若代。その服装、とても似合っているぞ」
今日僕が着ている服装は、黒のTシャツに黒のスラックス、その上にベージュのジャケットを着ている。色合いを考えて靴は白色のスニーカーだ。
ネットで調べ、無難な服装を選んだつもりだ。少し出費がかさんだが、初めてのデートだしバッチリとキメておきたいからな。必要経費だと思って割り切ろう。
「ありがとう! そう言ってもらうと買った甲斐があるよ。楓花もよく似合ってるぞ」
ホントは僕が先に言ってあげたかった……。洋介すまない、早速ミスをしてしまったよ。
楓花の格好は、白のTシャツに黒のスキニーパンツで白スニーカーを履き、上にデニムジャケットを羽織っている。カジュアルコーデというやつで、楓花にピッタリだ。
「そうか? 好きな服を着てきただけなんだが、気に入ってもらえたようでなによりだ」
そう言って、髪をなびかせる楓花。クールに振舞っているが僕には分かる、メチャクチャうれしいんだろうな。僕の直感がそう言ってる。
「それにしても、今日のデートコースだがすべて決めてもらって悪いな。いつもは私の行きたいところに行くが、今日くらいは別の人が行きたいところに合わせるのも一興かと思ってな」
「気にするな、僕も色々調べて勉強になったからな。とはいってもありきたりなデートコースだぞ?」
「構わん。大事なのは場所ではなく誰と行くかだ」
いいこと言うな楓花。いつか清隆に言ってやりたい。
そろそろ、映画が始まる時間に近づいてきたので、僕たちは映画館に向かう。その道中、楓花から中間テストについて質問が来た。
「中間テストはどうだった? 一応、退学者が出ずに済んだことは聞いているが」
「それがさ、僕ともう一人の生徒が赤点取っちゃってさ~。普通に焦ったね」
「君が赤点? ……もしや、平均点を下げるためにギリギリを攻めすぎたか?」
「おお、よく分かったね! テスト前日に過去問が配られて皆必死に暗記してたんだけど、もう一人の赤点取った奴が英語だけ暗記できてないって言うからさ、40点ぐらいまで落としたんだけどダメだった」
「配られた? 若代が過去問を皆に知らせたのではないのか?」
「僕は皆に教えなかったよ。言ったところで信じてもらえるか分からなかったから。ただ、過去問を使って一儲けはできたよ。40万は手に入った」
「なるほど、他クラスに情報を売ったか。君らしいといえば君らしいな。だが、赤点を取ったのに退学せずに済んだということは、点数をポイントで買ったんだろう? いくら使ったんだ?」
「30万消えたよ。ただ、好き勝手動いてなかったらこの大金は手に入らなかった。結果としては良かったと思ってるよ」
「そうだな。君がいなくなってしまっては、私も退学するしかないからな」
重すぎるよ愛が。マジで僕のどこがいいんだ? そんなに言われると好きになっちゃうぞ。
そんなことを考えていると、ちょうど映画館の前に到着する。
「着いたな。何の映画を見るんだ?」
「最近話題になった恋愛映画だ。『君の爪の垢を煎じて飲みたい』っていうタイトルだけど、知ってる?」
「ああ、聞いたことはある。内容までは知らないがな。それにしても恋愛映画か。私の気持ちがちゃんと分かっているようで嬉しいぞ」
笑顔でこちらを見てくる楓花。悪いけど単純に僕が恋愛映画好きなだけだから。他意はない。
ちなみにこの映画のあらすじは、膵臓の病で余命僅かな女の子とそれを知った主人公の青年が、彼女の死ぬまでにやりたいことに付き合ってあげながら、絆を深めていく作品だ。
タイトルのインパクトもそうだが、普通に結末がどうなるか気になる作品だ。できればハッピーエンドであってほしいな。
そして僕たちは映画館に入り、上映されるスクリーンに赴く。
僕はできる男なので、事前に席を予約している。というか予約しないと見れないと思ったからな。
案の定、多くの生徒がこの映画を気になっていたのだろう。満席状態である。
「予約して正解だったな〜。ただ、人が多いのは嫌だな」
「同感だ。周りの人間の音や仕草が気になって集中できないからな」
とはいえ、仕方ない。映画館で見るというのはそういうことだ。僕たちは予約していた席のところへ向かい、腰を下ろす。
しばらくしたら照明が消えて、スクリーンに映像が流れ始めた。
〜〜〜
約2時間の上映を見終わり、僕たちはケヤキモール内にあるカフェに移動した。
僕はチーズタルトにカフェオレ、楓花はガトーショコラにコーヒーを注文して、映画について語り合う。
「いやー、確かにあの終わり方は話題になるだろうね。見ててびっくりしたよ…」
「ああ。まさか主人公が通り魔に襲われ亡くなるとはな」
そう。結末はバッドエンドだったのである。二人の絆が深まり、これからというときに起きてしまった不運な事故。女の子が主人公に起きたことをニュースで知った時の顔ときたら、見ていて胸が痛くなる表情だった。
「だが、なんてことないと思っていた通り魔のニュースが実は伏線だったとはな。物語の構成という観点から見るとあそこのシーンは感心してしまったよ」
「客観的に見るなよ……僕は普通に悲しかったぞ。絶対二人は両思いだったし」
「そうだな。でなければ女の子の方は自分で命を絶っていなかっただろうな」
そこなんだよな~。主人公がいない世界に私が生きる意味はないと感じた女の子は、主人公が亡くなったと知った数日後、自分で命を絶ってしまったのだ。
女の子の親友なんかは退院したことを喜んでいたというのに……残された側の気持ちを考えてやってくれ。きっと主人公もそんなことは望んでいなかったはずだぞ。
ジャンルとしては一応恋愛映画なのだが、生と死という現実的なテーマを題材にした作品だったといえる。
「今ネットで調べてみたんだけど、やっぱり賛否両論だな。僕もいい作品だったとはお世辞にも言えないかな」
「そうか? 私は結構好きだったぞ。ハッピーエンドじゃつまらないからな。それにバッドエンドで終わる方が見た人に印象を強く残せると思わないか?」
「その気持ちは分かるけどさ……それなら、女の子の方は生きててほしかったけどな。主人公の分まで命を全うする、みたいなさ。もしくは主人公じゃなくて、女の子の方が通り魔に襲われて亡くなるとか? なんかそっちの方が良い映画になりそうな気がする」
「それも、若代の直感か?」
「そんなところ」
内容は個人的には受け入れがたいお話だったが、こうして誰かと感想を言い合うのは初めての経験だ。それができただけでも良しとしよう。
映画について語り合い、軽食も済ませた僕たちはカフェから退店し、今度は洋服屋さんへ赴く。
このデートをするにあたって、一番頭をひねらせたのは洋服選びだった。
というのも、僕はおしゃれとかに興味がなかったので、服のバリエーションがない。
ただ、せっかく異性と出かけることになったのだ。こういう機会じゃないと服を買うなんてことは滅多にないだろう。なので、洋服屋さんに行くことにした。
「そうだ若代。せっかくならお互いに似合うと思うものを選んで、それを買っていかないか? ポイントには困ってないだろう?」
「まぁな。けどいいのか? 僕はセンスゼロだぞ」
「構わん。また似たようなことを言うが、大事なのは誰から貰ったかだ」
かっけぇ……これもいつか清隆に言ってやろう。
「分かったよ。じゃあ早速だけど、これなんかどうだ?」
そう言って僕が渡したのは、黒のライダースジャケットだ。楓花は銀髪なので色も相まって似合うと思う。
ただ、これから夏に入って暑くなるため、本格的に着用するのはもっと後になるところがネックか。
「ほう。かっこいいじゃないか。他にはないのか?」
かなり食いついてきてくれた。僕は続けて他の服もおすすめしてみる。
「このデニムパンツとかもどう? 楓花はスタイル良いから、この細ベルトもつければもっと似合うと思うぞ」
「なかなかいいじゃないか。試着してくるから待っていてくれ」
おすすめした洋服を持って試着室に行く楓花。かなりウキウキしているようで、選んだ僕も嬉しくなる。
しばらくして、試着室のカーテンが開かれる。
「どうだ若代? 似合っているか?」
「……結構いいじゃん」
素直な感想が口から出てしまっていた。可愛いというよりはかっこいいのベクトルだが。最近流行した『ビジュイイじゃん』とはこういうことか。
「帰りはこの服装にしよう。気に入ったぞ若代。ありがとうな」
「それならよかったよ。じゃ、今度は僕の服を選んでくれよ楓花」
「ああ。任せてくれ」
そう言って、楓花が僕に選んでくれたのは白のワイドパンツだ。
「最近はこういうダボっとした服がトレンドなんだろう? 着て見せてくれないか?」
言われるがまま僕は試着室に行って服を着て、楓花に見せる。
「ほう? 随分似合っているじゃないか。若代はピチッとした服装よりもそっちの方が似合うかもな」
「そうか? それなら今後の参考にさせてもらうよ」
自分じゃ何が似合うか分からないしな。
「もう一つ、来てほしい服があるから待っていてくれ。今持ってくる」
そう言って持ってきたのは、ネイビーのテーラードジャケットだ。
「この服を着ていれば、初対面の人間からは若代の第一印象はまともに見えるだろうな」
ニヤニヤしながらそんなことを言う楓花。まともに見える? 何を言ってるんだ。僕はいつだってまともな人間さ。
だが楓花の言う通り、ネイビー(紺色)には誠実や知性を印象付ける心理効果がある。これを着て、カッコよく見えるというのなら喜んで着よう。
僕は楓花からジャケットを貰い、その場で羽織る。
「クク、やはり似合っているな。私の目に狂いはなかったぞ」
「そうか。まぁ、家族以外に選んでもらったのは楓花が初めてだから、新鮮でいいかもな。ありがとよ」
「気にするな。また服を買いたくなったら私を誘え」
そうして、お互いにおすすめした服を買って洋服屋さんを出る。楓花に関しては僕がおすすめした服を早速着ている。
これで今日のデートコースはすべて回ってしまったのだが、楓花が行きたい場所があるとのことで、そちらに向かうことになった。
「どこに行きたいんだ?」
「なに、そこまで遠くない場所だ。直に分かる」
数分歩いて到着した場所は、メガネの専門店だった。
「眼鏡屋? 目でも悪いのか?」
「いや、視力は良すぎるくらいだ。君もそうだろう?」
「それはそうだけど。じゃあ何でだ?」
「さっき買った服だが、お互い夏用の服じゃなく、春とか秋用の服だっただろう? 一つくらいは夏でも使えるものをと思ってな」
「それで眼鏡屋? まだピンとは来てないけど」
「若代の直感でも分からないか? 目当てのものはサングラスだ」
サングラスかぁ。確かに着けたことはないかもな。ただ……
「それなら、さっきのお店でもあっただろ? なんでその時に言わなかったんだ?」
「私はいつもここでサングラスを買っているからな。君にも私の好きなものをつけてほしいと思うのはダメか?」
首をかしげながら聞いてくる楓花。不覚にも乙女らしいと思ってしまった。いや、乙女なのだが。
「なるほどな。確かに、サングラスは今まで一度もつけたことないからいい機会かもな。良いものを紹介してくれよ」
「もちろんだ。私が選ぶんだからな」
店内に入り、サングラスが陳列されている場所へ向かう。楓花は迷うことなく、サングラスを手に取り僕に見せる。
「これなんかはどうだ? というより、私が前々から欲しいと思っていたものなのだがな」
「確かに、かっこいいかもな」
あまりサングラスについて詳しくはないので語れることがそこまでないのだが、カラーレンズというものなのか。楓花がおすすめしてきたのは、薄青色のレンズでボストン型のサングラスだ。
「初めてのサングラスなんだろう? 私が買ってプレゼントしよう」
「いや、いいよ。楓花も欲しいものなんだろ? 自分の分は自分で買うよ」
「そう言うな。映画代やカフェでは若代に奢ってもらったからな。ここは私に出させてくれ」
いや、価格が違うって……普通に1万超えてたけど…。
楓花は僕の分と自分の分の二つを選んで、店員のもとに行き購入する。
「ふふ、見ろ若代。私は色違いのものを買ったぞ。ペアルックというやつだな」
楓花が手にもって見せてきたサングラスは、ピンク色のカラーレンズだった。
「ありがたく頂くけど本当にポイントはいいのか? そもそも、なんで自分の分も買ってるんだよ。既に他のサングラスも持ってるんだろ?」
「今使っているサングラスには飽きてきたからな。そろそろ新しいものを買おうと思っていたところなんだ。ポイントに関しても気にするな。私は今年のDクラスみたいに金欠ではないからな」
僕以外のDクラスの生徒が聞いたら、嫌味にしか聞こえないだろうな。実際、僕も10万以上持っていなかったらぶん殴っていたところだろう。
「そうか。なら、大切に使わせてもらうよ」
「ああ、そうしてくれ」
僕は、楓花からプレゼントされたサングラスを早速身に着ける。
「どう?」
「さらにいい男になったぞ」
似合っているようでなによりだ。夏になったら毎日着用しよう。
そういえば、夏と言えば水泳の授業の時に先生が気になることを言ってたよな。聞いてみるか。
「なぁ楓花。楓花が一年のときも四月に水泳の授業ってあったのか?」
「あったぞ。さすがに四月からやることに最初は驚いたが、体を動かすことは好きだったから最終的には好き勝手やらせてもらったよ」
「ちなみに5000ポイントは?」
「キッチリ頂いたさ。若代もだろう?」
「まあな」
どうやら毎年恒例の行事のようだ。
「それじゃ、一つ聞かせてくれ。先生が『夏までには泳げるようにする』って言ってたんだけど、それって夏に泳ぐような場所に行くってことなのか?」
「なんだ、知らないのか? 夏休みに入ると、毎年一年生はバカンスに行くことになっている。青い海に囲まれた島で夢のような生活を送れるだろうなぁ」
「バカンス、ねぇ」
この学校のことだ、どうせ無人島でサバイバルとかするんだろうな。僕の直感がそう言ってる。
「まぁ、私から言えることは全力で楽しんで来い。それだけだな」
「……そうか。夏休みから本格的に始まるってことだな。実力主義のクラス競争が」
「クク、そういうことだ」
笑いながら肯定する楓花。前に楓花はこの学校に満足していると言っていた。さぞ刺激的なことが今後の学校生活で待ち受けているんだろう。
そんなことを話していたら、気づけば17時を回っていた。空は夕暮れが美しい景色になっている。
「名残惜しいが、そろそろ時間だな。今日は楽しかったぞ若代。こんな休日を送ったのは初めてかもしれない」
「大げさすぎだろ。まぁ、僕も初めてなんだけど」
「大げさではない。家族ともここまで和気あいあいとした休日は送ってきていないからな」
『そうなのか?』 そう聞こうとしたが、目の前から来たとある男のせいで僕は開けた口を閉ざす。
「よう鬼龍院。珍しいな、お前が誰かと一緒にいる姿を見るのは。誰だそいつは?」
「……はぁ。なぜ休日までお前の顔を見なくてはいけないんだ、南雲」
生徒会副会長、南雲雅が女を二人連れて現れた。
「そう言うなよ、傷つくじゃねぇか。それよりずいぶん楽しそうだな。もしかして彼氏か?」
「君には関係ないことだ。それより隣にいる女子たちを放っておいていいのか?」
「それもそうだな。お前ら、今日は帰ってもいいぞ」
「オッケー」 「またね雅君」
そう言って、二人の女子生徒は寮の方へと帰っていく。
「君も寮に帰ったらどうだ? 私は君に用はないんだ」
「俺にはあるんだよ。おい、そこのサングラスつけたお前。名前はなんだ?」
「若代直経だけど」
「クラスは?」
「1年Dクラス」
「ほう? Dクラスか。鬼龍院が一緒に行動するくらいだ。相当な実力者ってことか」
笑みを浮かべながら、僕のことを見てくる南雲。厄介な奴に目をつけられたかもな。
それに相対して分かったが、南雲もかなりの実力者と言えるだろう。特にカリスマ性はこの学校でもピカイチかもしれない。さすがは次期生徒会長か。
「そんなことはないぞ南雲とやら。僕はいたって普通の高校生だ」
「普通の高校生なら先輩に対してそれなりの敬意を示すもんだぜ、若代?」
「お前の普通ってなんだよ。お前の物差しで僕を測るな。たかが一年早く生まれただけで敬意? 示すわけないだろ」
「クク、さすがだ若代。それでこそ私の殿方だ」
「いや、殿方じゃないから。勝手に恋人関係にしないでね?」
「恥ずかしがるな。 ペアルックでサングラスを買った仲じゃないか」
南雲そっちのけで、楓花とじゃれ合う僕たち。
「おい、何勝手に盛り上がってんだ」
「ああ、悪い悪い。まだいたのか南雲、早く帰れ。お呼びじゃないんだよ」
「……お前、いい度胸してるな。こいつは面白い一年が入ってきたぜ」
……なんだろう。すごい噛ませ犬っぽいんだけど、そんなことないよな?
「若代の言う通りだ南雲。これ以上ここに居座るつもりなら、Aクラスから引きずり落とすぞ?」
「面白いこと言うじゃねぇか鬼龍院。お前にできるのか?」
「やれない理由を探す方が難しいな」
視線で静かにバチバチしあう二人。アニメなら、雷が走っていることだろう。
「ふっ、まぁいい。この場は引いてやるよ。ただ、若代直経。お前の名前と顔は覚えた。今はまだ戦うことはないだろうが、その時が来たら覚悟しておけよ」
そう言って、この場を立ち去る南雲。やはり、噛ませ犬かもしれないと僕の直感が言ってる。
「……ふぅ、すまないな若代。君を巻き込んでしまった。せっかく楽しい気分のまま今日が終わると思っていたのに、あいつのせいで台無しだ」
「いいよ別に。それに楓花から南雲の話を聞いて少し気になっていたし。どういうやつか知れて良かったよ」
「そうか。それでどうだった? 若代から見て南雲という男は?」
「誰でもそうだが、サシなら僕の相手にならないな。ただ、人海戦術を使われると厳しいかもな」
あのカリスマだけは、僕でも身に着けられないものだ。仮に南雲と勝負することになった場合は、短期決戦で仕留めるしかないだろうな。長期戦は僕が不利になる。
「それは誰でもそうだろうな。その点については私も彼を評価している」
「さっき、Aクラスから引きずり落とすって言ってたけど、できるの?」
「南雲に服従している奴の中には、あいつを蹴落とそうと考えている奴もまだいるからな。そこを利用すれば勝てなくはないな」
南雲も完全には二年生全体を掌握できていないのか。だが、それはまだ二年の春だからだろう。このまま南雲が支配し続けて三年生になればそうもいってられなくなる。
つまり、南雲の対抗馬である楓花がその気にならなければ、この体制は変わらないだろうな。
「さて、そろそろ私たちも寮に帰るか」
「そうだな、今日はありがと。僕も楽しかったよ」
「ああ、またデートしような若代」
「はいはい。都合がつけばな」
くるりと回って寮のほうへ帰ろうとすると、後ろから袖をつかまれる。
「……ひとつ、確認したいことがあるのだが聞いてみてもいいか」
「な、なんだよ改まって」
「その、名前で呼んでもいい、か?」
おそるおそる聞いてくる楓花。夕暮れのせいか、顔が赤く見える。
「そんなことか、いいぞ。というか、名前で呼んでくれた方が嬉しいしな」
「…! そうか! では、改めてこれからよろしく頼むぞ、直経」
「はいよ」
そう言って、僕たちは寮に帰るために動き出す。
今日一日で楓花の笑っている姿をたくさん見てきたが、本心からの笑顔を見せてくれたのは僕の名前を読んだときかもしれない。
何故ならそのときの彼女の笑顔は夕日よりも美しく、輝いていたのだから……。