マブラヴガールズガーデン ドロテア・カークランドの雪山の流儀 作:マブラマ
後日、ユーロ・タワーの一室。
窓から差し込む柔らかな陽光が、机の上に散らばった資料を淡く照らしていた。
教室というよりは、作戦会議室に近い静かな空間。
リュシーは壁に背を預け、腕を組んで指揮官を見据えていた。
「お疲れさん」指揮官は椅子に腰を下ろし、軽く息を吐く。
「ああ、昨日はありがとな」
リュシーは肩をすくめ、いつものぶっきらぼうな調子で言った。
「いいって事よ。それで『戦術機』だけどお嬢がシリウスシュガーの鳴滝に頼み込んで調査して貰ったんだ。そんで、その調査結果が」
指揮官は興味深げに眉を上げた。
「?」
リュシーは少し照れくさそうに視線を逸らし、続ける。
「あたしは東ドイツで運用していた『戦術機』だと言ったが、鳴滝によれば『貴重な発見ではありましたけれども、特別珍しい機体ではございませんでしたわ』って言われたよ」指揮官は小さく苦笑した。
「…そうか(まあ、そう簡単にオーバーテクノロジーが見つかるはずがないよな)」
リュシーは頷き、言葉を継ぐ。
「ただ、あれは間違いなく戦闘用で作られた機体だ。名前はチボラシュカでシュタージという秘密警察が運用していたらしい。ただ鳴滝は『それはあり得ませんわ』と一蹴したから…あたしの推測が間違ってたのかな…だが、この機体には電子ジャマー機能が搭載されていて、試作量産型だからかお役御免となったらそのままポイッと廃棄。――これはこの機体の末路の一つかもしれないな」
指揮官は静かに頷いた。
「なるほど……その機能が生きていたせいで、俺達の通信も妨害され続けていたのか」
リュシーが肯定する。
「そういう事だ。あの雪山にある『戦術機』が見つからなかったのは、それも原因の一つだ。恐らく搭乗者は戦闘中にこの雪山に放棄する前に、通信が繋がる地点まで移動し連絡を取っていたんだろう。その後、『戦術機』の正確な位置が分からなくなり、長年放棄された結果。チボラシュカという機体の存在は七不思議だと噂されるようになったんだと思われる。チボラシュカは当時、最新鋭と言われた機体で整備性は悪く搭乗者たちからは不満を漏らしたそうだ」
指揮官は資料を眺めながら、静かに言った。
「そうか…だが、4人が正式に昇格するのは…」
リュシーは少し声を低くした。
「……特別養成校舎の教員の一人が『お前らに正式にチーム昇格するなんぞアウト・オブ・眼中!頼まれたって昇格させたりしねえよ』と言われるだろうな」
指揮官は思わず笑った。
「それは流石に嘘だな。誇張しすぎだぞ」
リュシーはにやりと笑い、肩をすくめた。
「でもまあ、その機体の発見には、価値があったって事だな」
指揮官は穏やかに頷いた。
「ああ、確かにその通りだ。価値はあったよ。いろんな意味でな」
リュシーは少し照れくさそうに視線を逸らし、最後に言った。
「あいつらによろしくと伝えてくれ」
指揮官は静かに微笑んだ。
「ああ、ありがとな」
窓の外では、ユーロ・タワーの尖塔が青空に映えていた。
ザルトゥーム学園のシミュレータールームは、いつものように重厚な金属の扉が閉ざされ、内部から微かな振動と電子音が漏れていた。
指揮官は廊下を歩きながら、ジュリーたちの居場所をようやく突き止めた。
シミュレーション中だという情報は、すぐに耳に入った。
「(さて…と。ジュリー達にどう伝える?)」
チボラシュカの調査結果――それは確かに貴重な発見だったが、期待していたような「オーバーテクノロジー搭載の超機密戦術機」ではなかった。
ポジティブ思考で期待値が上がっていそうな分、彼女たちに告げるのは少し気引ける。「(だが、伝えないわけにはいかない)」
指揮官は扉の前に立ち、深呼吸して中へ入った。
「えっと…ジュリー達は」
その瞬間、シミュレータールームに歓声が響き渡った。
ジュリーが両手を挙げて飛び跳ねる。
「やった…やったわ!」
指揮官は思わず足を止めた。
「ん? ジュリー?」
ノエルが目を輝かせ、興奮を抑えきれない様子で言った。
「私達、勝てたんだよね? 夢じゃない?」
心香は静かに、しかし確かな笑みを浮かべて頷く。
「夢にされちゃ困るわ。これが今の私達の実力なんだから……!」
ラウラは頰を赤らめ、信じられないという表情で周囲を見回した。
「信じられない…ううん、皆、頑張ったからよね!」
指揮官はシミュレーターのモニターを眺め、内心で驚く。
「(凄い喜びようだが……シミュレーションで勝てたみたいだな。相手は……現役の正式チームか!?)」
ジュリーが指揮官に気づき、駆け寄ってきた。
「あっ、指揮官! きてたのね! 今、すごいことが起こったの!なんだと思う?」
指揮官は穏やかに微笑み、答えた。
「勝ったんだろ?」
ラウラが少し照れくさそうに補足する。
「そうなんだけど、ただの勝利じゃないのよね」
心香が静かに、しかし誇らしげに言った。
「ええ、今回は以前にも模擬戦をしてくれた現役のチーム……プレ・クラスだったら本来相手にもならない強さよ」
指揮官は感心したように頷いた。
「相手を油断をしたり手加減をしてるわけじゃなさそうだな……よくやったな。お前達」心香は優しく微笑んだ。
「ありがとう、指揮官。……なんだかんだ、雪山登山の経験が生きたわ」
指揮官が興味深げに尋ねる。
「ほう、そうなのか」
心香は頷き、静かに語り始めた。
「ええ、私は視野が広がったわ。通信だけで、相手の状況を判断して指示を出す……その技術って、今まで自覚していなかったけど、戦闘中での位置取りや指示にとても役に立つのね」
指揮官は感嘆の息を漏らした。
「ああ、そうだな……寧ろ、正式チームでそれが出来る奴の方が少ないぞ?」
心香はくすりと笑った。
「ふふ、それならよかった」
一方、その頃。ユーロ・タワーの観測室。
ドロテアはモニターに映るプレ・クラス-Aの4人が勝利を喜び合う姿を、静かに見つめていた。
彼女の唇に、ほくそ笑みが浮かぶ。
「勝利おめでとうございます……ですが、この先は数々の困難が待っていますわ。わたくし達ピクシス・マスールと戦う日を迎えることを、待っていますわ。―――行きましょう」
ハリエットが即座に応じる。
「はい、ドロテア様」
ケイトが隣で小さく微笑み、呟いた。
「…よかったね。ハリィちゃん」
ハリエットが怪訝な顔をする。
「何がです?」
ケイトが優しく続ける。
「4人が“勝利”を掴み取った事を喜んでるの?」
ハリエットが即座に否定する。
「喜んでません!」
ミリアムが目を輝かせて割り込む。
「え~? そうかな? ボクには喜んでるとしか見えないけど」
ハリエットが顔を赤らめ、声を荒げる。
「……黙れ」
ミリアムが首を傾げる。
「え?」
ハリエットが勢い込んで言う。
「ブチ転がしますよ! 糞転がしが!」
ケイトが冷静に訂正する。
「ハリィちゃん、それを言うなら『ブチ殺す』…だよ?」
ミリアムが困惑する。
「糞を転がす? 何を言ってるか分からないよ」
ハリエットは慌てて取り繕う。
「……と、とにかく喜んでいませんから!」
ミリアムがにこにこ笑う。
「楽しみだね!」
ケイトが穏やかに頷く。
「戦える日はきっと来るよ」
ハリエットは視線を逸らし、小さく呟いた。
「そうですね」
モニターの中では、プレ・クラス-Aの4人がまだ興奮冷めやらぬ様子で笑い合っていた。
ドロテアの瞳には、静かな期待の光が宿っていた。
雪山の奇跡は、彼女たちの成長の第一歩。
そして、本当の戦いは、これから始まる。
雪山での奇跡的な発見は、プレ・クラス-Aの未来に新たな光を投げかけていた。
正式チームへの道は、まだ遠い。
だが、彼女たちの絆と努力は、確実に一歩を進めていた。