マブラヴガールズガーデン ドロテア・カークランドの雪山の流儀 作:マブラマ
岩陰の雪が風に舞い、静かな銀世界が広がる中、ラウラが優しく声をかけた。
「指揮官さん、ちょっといいかしら?」
指揮官は内心の動揺を押し隠し、穏やかに振り返る。
「何だ? ラウラ」
ラウラは心配げに目を細めた。
「大丈夫かなって」
突然そう聞かれ、指揮官は心臓が跳ねるのを感じながらも、彼女を不安にさせないよう努めて答えた。
「あ、ああ。大丈夫だぞ? どうしたんだ? もしかして、寒くなってきたのか?」
ラウラは首を振る。
「ううん、私は大丈夫よ。そうじゃなくって、指揮官さんのことが心配なの」
指揮官の眉がわずかに上がった。
「俺の事が心配?」
ラウラは静かに頷き、視線を落とす。
「多分だけど、私達、遭難しちゃったんだよね?」
指揮官は一瞬息を呑み、慌てて否定した。
「――いや、そんなことは」
ラウラは優しく首を振って遮る。
「ううん、そんな風に隠さなくても大丈夫。指揮官さん、はぐれてから何度も難しい顔をしていたから……」
指揮官は内心で苦笑する。
「(ラウラに見られていたのか………)」
ラウラの声が優しく続く。
「私達のことを考えて、そんな風に悩んでたんだよね?」
指揮官は観念したように息を吐き、正直に認めた。
「……すまん、そうだな。本当のことを言うと…今、俺達は遭難している」
ラウラは静かに受け止める。
「連絡は取れるって言ってたけど……通信機は壊れちゃったの?」
指揮官は無線機をそっと握りしめ、首を振る。
「いや、壊れたわけじゃないと思う。動いてはいるんだが、通信が繋がらないんだ。トランシーバーもダメだった…連絡が取れないから、リュシーたちと合流できる可能性は低い。かといって、下手に動けば更に遭難する可能性は高い」
ラウラは穏やかに頷く。
「うん」
指揮官は言葉を続ける。
「テントを張ったり、かまくらを作ったり……合流まで、時間がかかるような行為をすると不安にさせてしまう」
ラウラの瞳が優しく輝く。
「そうだね……多分、ちょっと不安になったかも。だから、不安にさせない様に悩んでたの?」
指揮官は静かに認めた。
「……俺はお前達の監督役だ。責任を持ってこの話は引き受けた。多少の危険は織り込んでここまで引率している」
ラウラは微笑み、頷く。
「うん、私達が安心してここまで来れたのも、リュシーさんと指揮官さんおかげだもんね」
指揮官の声に力がこもる。
「だから、お前達が無事帰れるかどうかは俺の仕事だ。……お前達のために、俺は――」
その先の言葉を、ラウラが優しく遮った。
彼女は突然、指揮官の頭をぎゅっと抱き締め、指揮官の目が見開かれる。
「えっ……ラウラ?」
ラウラの声が耳元で優しく響く。
「指揮官さん、落ち着いて……不安なのはわかるよ。私だってお姉さんだから…面倒を見てる子たちが、危ない目に合ったらどうしようって思っちゃうときもあったの。でもね? そこまで思い詰めないでいいの。指揮官さんに出来ることはしてるんだから。私達は守られてばかりかもしれないよ? でもね…ちょっとずつでも、成長はしていってるの」
指揮官は戸惑いながらも、彼女の温もりに包まれる。
「ラウラ……?」
以前まではメイズシフター相手に怯えていた臆病なラウラ。
だが、今はこんな状況であっても臆さず微笑んでいる。
ラウラの声が続く。
「プレ・クラス-Aだとね、私がちょっとだけお姉さんなの。今までは、ずっと頼る事ばっかりだったけどね? 体育祭の時だって、ひとりで悩んで迷惑もかけちゃった。…でも、だからこそ……今は皆の助けになりたいの」
指揮官は無言で耳を傾ける。
「………」
ラウラはさらに強く抱き締めながら、囁く。
「それは、指揮官さんも一緒。ずっと私たちを、導いて助けてくれる指揮官さんも助けたいの。だから、ひとりで悩みを抱え込んじゃうのはダメ。もっと、指揮官さんは頼ってもいいんだよ?」
指揮官の心が少し軽くなる。
「………ありがとう、ラウラ。そういってくれると助かる。だが、監督役の俺が不安にしてたら、ジュリーも他の皆も不安になる…弱い姿は見せられない」
ラウラは優しく微笑む。
「なら、私にだけ弱い姿を見せてもいいよ?」
そう言うと、ラウラはさらに強く指揮官の頭を抱き締める。
指揮官は彼女の温かさを感じ、内心で呟く。
「(温かい……安心する…)」
ラウラの声が優しく続く。
「指揮官さんが、いつだって頑張ってるのは分かってるよ。ずっと、格好良くて頼れる人だけど…でも、少しくらいは私達に弱い所を見せてもいいの。指揮官さんのそんな姿を見ても、幻滅なんてしないし……力になってあげたいから」
指揮官は静かに受け止める。
「…………」
ラウラはさらに言葉を紡ぐ。
「だから、今くらいはいいんだよ? 弱音を吐いても、誰かに甘えちゃっても……」
指揮官はようやく声を絞り出す。
「……ありがとな、ラウラ」
ラウラは照れくさそうに笑う。
「えへへ…私はこんな事くらいしかできないから。ジュリーちゃんみたいに明るくリーダーシップは取れないし…体力もなくて、怖い物も苦手で……欠点ばかり。でも…そんな私だから皆が安心できるような存在でありたいの」
指揮官は心の中で思う。
「……きっとなれるさ。ラウラなら(ラウラの存在は、きっとプレ・クラス-Aの精神的な支えになれる……それが、きっとラウラのかけがえのない個性だ)」
ラウラはふと、懐かしげに続ける。
「ふふ…なんだか指揮官さんを見てると、実家にいる弟の事を思い出しちゃうんだ」
指揮官が驚く。
「…弟に?」
ラウラは頷く。
「うん、だって男の子って辛い時ほど強がっちゃうでしょ? 弟も、指揮官さんも同じなんだなって。だから、そういう時にはギュウって抱き締めてあげて、安心させてあげたの……って、も、もしかして失礼だった!? 弟にも子供扱いするなって怒られてたから……」
指揮官は優しく微笑む。
「………いや…ありがとう、ラウラ。そうだな………俺も不安で追い込まれてたみたいだ。でも、そうだよな……俺は一人じゃないんだよな。すまない、少しだけ頼っていいか?」
ラウラの目が輝く。
「指揮官さん……! うん、頼りないかもしれないけど、私、頑張るね!」
カークランドハウスの最上階、観測室に設けられた小さなモニタールーム。
ハリエットは椅子に腰を下ろし、複数の小型画面を睨みつけていた。
画面には、ラウラが指揮官の頭を強く抱き締める場面や彼を励ます場面が映っていた。
ハリエットは顎を撫でながら、静かに呟く。
「ふん…抱擁感がありますね。ラウラさんは弟がいたんですね……」
ケイトが隣から尋ねる。
「母性がある女の子って言いたいのですか?」
ハリエットは視線を画面に固定したまま、頷く。
「まあ、それで合ってますよ……まるでファム・ティ・ランみたいです」
ケイトが首を傾げる。
「え?」
ハリエットは慌てて首を振る。
「な、何でもありません。私の独り言です! (成長を感じられますね……彼女達が諦めたら、ドロテア様の見込み違いになる。それだけは絶対に…阻止しなければ!)」
その時、遠くから足音が近づき、リュシーとノエルが指揮官たちの元へ駆け寄る姿が画面に映った。
リュシーが声を上げる。
「おい、何やってるんだ? まるでファム・ティ・ランみたいだな」
ノエルが目を輝かせて笑う。
「二人ともラブラブだね!」
ラウラが驚いて振り返る。
「あっ、リュシーさん!!? それにノエルちゃんも……!無事でよかった!」
リュシーが鋭く睨む。
「まさか、指揮官…てめぇ、ラウラに何をしたんだ!?」
指揮官が慌てて手を振る。
「何もしてないよ!!」
リュシーの声が低く響く。
「ぶっ殺す!!!!」
指揮官の悲鳴が上がる。
「待て! 話せば分かる…ぎゃああああああああああああああ!!!」
ハリエットは画面を眺め、冷ややかに呟く。
「間抜けにもほどがあります。無事生還………しましたね。指揮官」