名探偵シェリーちゃんの事件簿   作:青山風音

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【登場人物】
【橘シェリー】
 高校生。怪力の魔法を持つ魔法少女。
【遠野ハンナ】
 高校生。浮遊の魔法を持つ魔法少女。
【ゴクチョー】
 名目上はフクロウ。かつて牢屋敷の管理職を務めていた元・獄長代理。現在は魔女因子専門の対策組織に在籍。
福老(ふくろう)
 ゴクチョーが人間社会に溶け込むために必要な飼い主役。
【水晶の魔女】
 全身黒タイツのシルエット。蓮見レイアが演じているため、口調から正体を推理することはできない。
高根(たかね)セーラ】×
 児童養護施設・水晶の家の施設長。施設裏手より繋がる森林内にて、全身を押し潰された死体となって発見された。
毬山(まりやま)ルビー】
 施設の年長者。赤髪のお人好し。乾燥の魔法を持つ。
倉兼(くらがね)ナッツ】
 施設の年長者。水色髪の人見知り。ルビーとは幼馴染。液体彫刻の魔法を持つ。
天戸(あまと)リシア】
 施設の年長者。緑髪のメガネ少女。悪い噂に目がない。風力操作の魔法を持つ。
入地(いりち)ローネ】
 施設の年長者。茶髪の長身。外出が多い。土砂の魔法を持つ。
加々良(かがら)カチオ】×
 カガラ・クリスタルホテルのオーナー。運転が荒い。自家用車の運転席にて、右目を矢で撃ち抜かれて死亡していた。
霧谷(きりたに)クオレ】
 前・施設長。三年前に死亡。




事件編⑤

「この事件の犯人、水晶の魔女の正体、それは……【毬山ルビーさん】です!」

「……ふぅん」

「反応が薄いっ!?」

「なんとなくですけど、今からシェリーさんが犯人を突き止めて【解決編】……なんて流れにはならない気がしましたの」

「一言目で不正解扱いはひどいですよ! 学校のテストじゃないんですから、ちゃんと最後まで説明を聞いてください!」

「まぁ、そこまで言うなら聞いてやりますけど……」

 

 冷めた目で佇むハンナに、シェリーは猛攻を開始する。

 

「まず一つ目の根拠は【私を殺そうとしたこと】です! このままでは私に真実を暴かれると思い、それを防ごうとした! では、シェリーちゃんの隠しきれない名探偵の風格がそうさせたかというと──!」

「違いますわね」

「そう、警戒はすれど実行には移しません! 犯人が私を殺そうと思い立ったきっかけは別にあるんです! それが【ホテルを捜査されること】だったんですよ!」

「……まさか、それでルビーさんが犯人なんですの?」

「ご名答です! 私がホテルを捜査することを知っているのは、ルビーさんだけなんです!」

「はぁ……そんなこと、いくらでも説明がつきますわよ」

 

 案の定といった風に、ハンナは自称探偵の安直な推理を否定する。

 もうすぐ昼食という時間帯ともなれば、シェリーとハンナが戻らないことを不思議に思う人が出てくるだろう。

 そこでルビーが伝えれば済む話だ。【二人はホテルで捜査を続けている】と。

 

「ちょっと待ってください! まだ二つ目の根拠が残っています! それはルビーさんの持つ魔法です!」

「乾燥の魔法ですわね」

「そうです! ルビーさんなら濡れた服を乾かせます! 大雨の中、犯行を行ったことをごまかせるんですよ!」

「別に乾かさなくても、着替えればいいだけですわ。どこかに隠したり処分したりしたんじゃありませんこと? そもそも加々良さんの現場には、遠隔で撃ち殺す仕組みがあったじゃないですの。犯人が外に出たとは言い切れませんわ」

「うーん、確かにそうなんですが……」

「それともう一つ、セーラさんの方はどうなんですの? ルビーさんなら、あの水晶を動かせたって言うんですの?」

「てへっ! それについては、まだ考え中です☆」

「てへっ、じゃねーですわよ! 謎がぜんぜん解けてねーですわ~!」

 

 結局、シェリーの推理は勇み足ということで決着した。

 捜査はまだ終わりそうにはない。

 

「おや? スマホに着信です」

 

 ふと、シェリーのスマホが音をならす。

 ゴクチョーかと思ったが、通知されていたのは初めて見る番号だった。

 

「もしもーし、こちらシェリーちゃんですー!」

「あぁ、シェリーかい!?」

「ローネさん……?」

 

 電話口の向こうから聞こえてきたのは、ローネの声だった。

 

「どうしました? 私たちのお昼ご飯なら──」

「何をバカなこと言ってんだい!? こっちはそれどころじゃないんだ!」

「え……!?」

 

 シェリーの明るい口調とは対象的に、切羽詰まった声が聞こえてくる。

 

「緊急事態なんだよ! 早く戻ってきておくれ!」

「ローネさん? 一体何が……?」

「三人目の犠牲者だよ!」

「っ!?」

 

 ローネの叫び声はハンナの耳にも届いた。

 彼女の顔は驚きから一転、すぐに青ざめていく。

 

「水晶の魔女! あいつがまた──」

「わかりました! すぐに戻ります!」

 

 シェリーは乱暴にスマホの画面を押し、ハンナへ呼びかける。

 

「行きましょう、ハンナさん!」

「え、ええ!」

 

 二人は全速力でホテルを駆け出し、施設へと向かった。

 

 

 


 

 

 

 シェリーたちは加々良の車を脇目に敷地内へ入る。

 そこで繰り広げられていた異様な雰囲気に、ハンナは思わず息を呑んだ。

 子どもたちが一人、また一人と泣き出し、叫びだし、混乱の渦がゆっくりと広がっていく。

 その渦を必死に抑え込もうと、ローネが子どもたちの前に立ちふさがり、防波壁のような役割を担っていた。

 ──だが、所詮は焼け石に水でしかない。

 既に、抑え込めないほどに大きく膨れ上がった渦が一つ、死体の横で乱れ狂っていたのだから。

 

「うわああああああああぁぁぁぁぁーっ!!」

 

 慟哭の声の主はナッツ。

 その傍らで、彼女を止める術がわからずに立ち尽くしているのはリシア。

 そして、泥の上に寝転び、瞬きも忘れて虚空を見つめているのは……。

 

「ルビーさん……嘘ですわ、そんな……!」

 

 ハンナは思わず倒れ込みそうになり、とっさにシェリーの服にしがみつく。

 毬山ルビー。乾燥の魔法を持つ少女が後頭部から血を流して死亡していた──!

 

「……ルビーさんの無念を晴らさなくてはなりませんね」

 

 シェリーの瞳が死体へ向けられる。

 死体が倒れていたのは、屋外の壁際に設置された花壇の中。

 足を壁側に向けた仰向けの姿勢で、花壇を囲むレンガに後頭部を打ち付けている。

 右手には水晶の矢が握られている。矢文は無いが、一連の事件との関連性は明白だった。

 

「死体が動かされた形式はありませんね。おそらくは上から落ちたか、落とされたのだと思います。リシアさん、屋上は?」

「……屋上は柵が低くて危ないから、立入禁止になっているの。別に鍵なんて自由に開けられるけど、好き好んで屋上に行く人はいないわ」

「なるほど、では事故ではなく殺人事件で間違いありませんね」

 

 柵の越えやすさ。人目のつかない場所。突き落として殺害する条件が整っている。

 

「……本当にそう言えるのかしら?」

 

 リシアは疑わしげに、ルビーの死体を見つめる。

 

「リシアさん、どういうことですか?」

「動機よ。ルビーに殺される理由があったとは思えないの」

「その言い方だと、先のお二人は違うように聞こえますけど」

「そうね。加々良は施設を潰そうとしていたし、セーラは私たちに内緒で多額の金を溜め込んでいたのよ。私たちが金庫の番号を知っているとも知らずに。動機には十分でしょう?」

 

 二人を語るリシアの口元に、わずかに侮蔑を含んだ笑みが漏れる。

 

「──でも、ルビーは違う。あの子はすごく優しくてお人好しで、いつもみんなのことを気にかけていたわ。加々良やセーラみたいに、施設に害をなしたり自分だけ得をしようなんて考えないのよ」

「ふーむ……そうなると……」

「だから、ルビーが殺されたとは思えないの。別の可能性を考えたほうが……たとえば、そうね。ルビーはみんなを守るために、一人で全て背負おうとした。それで二人を殺して、みんなを不安がらせないために自ら幕を──」

「ふざけんなっ!!」

 

 ナッツがリシアへ掴みかかる。

 

「ルビちゃんは自殺なんかしない! 殺人なんかしない! なのに全部ルビちゃんに押し付けて、それで終わりにしようってのか!? それでみんな守れると思ってるのか!? あたしは守れないっ!!」

「痛っ……!」

「ナッツ、やめろっ!」

 

 ローネが二人を引き剥がす。

 ナッツが引っ掻いたせいで、リシアの手には血が滲んでいた。

 

「最悪……!」

 

 リシアは一言、吐き捨てると施設の中へ戻っていった。

 集まっていた子どもたちが慌てて彼女に道を開ける。

 殺伐とした空気が場を支配していた。

 シェリーもハンナも、何も言えずにナッツを見つめることしかできなかった。

 

「お前のせいだ」

 

 ナッツがシェリーを睨みつける。

 

「何で【後】なんだ? 何でもっと【前】に推理できなかったんだ!?」

「ナッツさん……」

「お前がっ! お前がもっと早く犯人を見つけていれば……こんなことにはならなかったのにっ!!」

 

 ナッツの体が崩れ落ちる。

 雨でぬかるんだ土へ頭が、拳が何度も打ち付けられていく。

 

「ずっと一緒だったんだ! ずっと友だちだったんだ! 生まれたときから今日の朝まで、ずっとずっと……この先もそうだと思っていたのにっ!」

「…………」

「もういないんだ。そこに転がっているのは、もうルビちゃんじゃない。お前が今から犯人を見つけても……罪を暴いても……、……もう、もとには、戻らない」

「…………」

「何が名探偵だ……人を救えないくせに何が名探偵だっ!!」

 

 

 

「……戻るよ、ナッツ。服を着替えなきゃ」

「うるさい。もういい」

「いいわけ……! ……手伝ってくれるかい?」

「え、えぇ……!」

 

 ローネに言われ、ハンナはそっとナッツの体を起こす。

 「一人で歩ける」と言いながら立ち尽くしたままの彼女に寄り添い、ハンナとローネはゆっくりと入口へ向かっていった。

 

(シェリーさん……)

 

 開いた扉の向こう側から、ハンナはシェリーを振り返る。

 探偵の衣服を身にまとった少女は、何も言わずに遠くを見つめていた。

 

 

 


 

 

 

 ナッツの着替えを手伝った後、ハンナはそっと玄関の扉を開ける。

 シェリーは、コンクリートのアプローチの上にただ座り込んでいた。

 

「…………」

「……あの、シェリーさん」

「私、名探偵じゃなかったみたいです」

 

 ハンナの声を遮りながら、シェリーが言う。

 ……目を合わせることなく、言う。

 

「私自身、手を抜いたわけではありません。【ルビーさんが犯人じゃない】と断言するのは早計ですし、【ルビーさんが狙われている】と推理できる手がかりはありませんでした。何度も考えてみましたが、やっぱりこの結末は防げません──」

「…………」

「──頭では、そう思っているんですけどね。ナッツさんの言葉を聞いているうちに、私の心の中はいつのまにか空っぽになっていました」

 

 そう語るシェリーの背中は、ハンナにとってあまりにも小さく感じられた。

 

「怒りなのか、虚しさなのか、わかりません。それとも、これが【悲しい】ってことなんでしょうか? 考えれば考えるほど遠ざかっていく。やっぱり私、人の心がわからない化け物なんですよ。だから真実だってわかりやしない……」

「そんなこと……」

「だから、エマさんやヒロさんが真実を暴き出す姿を、私は見ていることしかできなかったんです。彼女たちが犯人と相対して戦う、あの姿を、ただ見ていただけ。その時点で気づくべきだったんです。自分はこんなにも無力で、人殺しでしかないんだって、もっと自分のことを嫌いになるべきだったんです。そうしていれば──

 

 

 

 ──探偵をやめられたのになぁ……!

 

 ……辛気臭くなっちゃいましたね。私、ゴクチョーさんに連絡してみます。きちんと説明すれば子どもたちのこと守ってくれるかもしれませんから」

 

 シェリーはいつもの明るい口調でそう言った。

 それが偽りの表情であることはわかっていた。

 だから、ハンナは……踏み出した。

 

「立ちなさい!!」

「え……」

「立つんですのよ! しっかりなさいませ! 橘シェリー!!」

 

 ようやくシェリーが彼女の方を向く。

 そこにあったのは、お互いに初めて見る表情だった。

 

「あなたは探偵なんです! 私にとってずっと、永遠に、探偵なんです!」

「ハンナさん……?」

「あなたが無力だったのなら、わたくしこんな気持ちになっていませんわ! あなたのこと何もわからないままでしたわ! でもあなたはミステリーが好きで、突拍子もないことばかり考えて、無遠慮で強引で、力技で乗り切ろうとして……そうやって最後には手を差し伸べてくれる人なんですの! 命まで投げ出して、何度だって!」

「……っ!!」

「シェリーさんはわたくしの大切な友だちなんです! かけがえのない宝ものなんです! それがわたくしにとっての探偵なんです! だから──!!」

 

 それ以上を、言わせる必要はなかった。

 シェリーはハンナの胸の中に縋りついていた。

 

「ごめんなさい……ハンナさん。少しだけ、このままでいさせてください……!」

「……シェリーさん、えぇ」

 

 ハンナの腕が、そっとシェリーの頭を撫でる。

 

(……いつから、でしょう。私の心が【それ】を忘れたのは)

 

 涙は弱さだった。

 心にヒビが入れば、すぐに隙間から漏れ出してくる。

 漏れ出した雫の数だけ、自分も少しずつ消えていく。

 だから彼女は、封をした。

 もう二度と、一滴も零さないように。

 そして誰にも触れられないように。

 彼女はそれを暗闇の奥深くに閉じ込めた。

 それが自分を守る【正しいこと】だと信じて。

 でも今は──

 

(──今は、その涙が愛おしい……です……!)

 

 

 

「……ありがとうございます」

 

 シェリーは静かに身を離す。

 

「ハンナさんのおかげで、目が覚めました」

「そうみたいですわね」

 

 それはまだ笑顔と呼べるものではなかったけれど、ハンナを安心させてくれる表情だった。

 苦しみながらも前へ進もうと決意を固めた、そんな人間らしい表情。

 

「まだ、残っています……解けていない謎も、苦しんでいる子も。なら、向き合わなくてはいけません。それができるのが探偵なんです」

 

 シェリーは胸の前で拳を握り、誓う。

 

「この事件は私が終わらせます。私を支えてくれる大切な人と共に──!」

 

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