【橘シェリー】
高校生。怪力の魔法を持つ魔法少女。
【遠野ハンナ】
高校生。浮遊の魔法を持つ魔法少女。
【ゴクチョー】
名目上はフクロウ。かつて牢屋敷の管理職を務めていた元・獄長代理。現在は魔女因子専門の対策組織に在籍。
【
ゴクチョーが人間社会に溶け込むために必要な飼い主役。
【水晶の魔女】
この事件の犯人。
【
児童養護施設・水晶の家の施設長。施設裏手より繋がる森林内にて、全身を押し潰された死体となって発見された。
【
施設の年長者。赤髪のお人好し。乾燥の魔法を持つ。施設の花壇を囲むレンガに、後頭部を打ち付けて死亡していた。
【
施設の年長者。水色髪の人見知り。ルビーとは幼馴染。液体彫刻の魔法を持つ。
【
施設の年長者。緑髪のメガネ少女。悪い噂に目がない。風力操作の魔法を持つ。
【
施設の年長者。茶髪の長身。外出が多い。土砂の魔法を持つ。
【
カガラ・クリスタルホテルのオーナー。運転が荒い。自家用車の運転席にて、右目を矢で撃ち抜かれて死亡していた。
【
前・施設長。三年前に死亡。
「シェリーさん、一つよろしいかしら?」
険悪な空気の中、ハンナが控えめに声を上げる。
「何でしょう? 一つでも二つでも三つでもいいですよ」
「加々良さんは衝突事故の後に殺された、と言いましたわね? なら、その事故が起きなかったら殺されなかったんですの?」
「そ、そうだ! まさかあたしがボウガン片手に、加々良が事故るよう祈ってたとでも言うつもりか!?」
「あー、先程の推理に抜けていた【肝心なところ】ですね」
シェリーの推理が正しければ、加々良は運転中にはまだ生きていたことになる。
当然、次の問題は【衝突事故そのもの】だ。
「もちろん事故は偶然ではありませんよ。それもまたナッツさんが仕掛けたトラップによるものです」
「トラップだと? そんな痕跡がどこかにあったとでもいうのかよ!?」
「痕跡はあったとも言えますし、無かったとも言えますね」
「どういうことですの?」
「ハンナさん、ちょっと想像してみてください。ハンナさんが車を運転していて、交通事故を起こしそうになったらどうしますか?」
「え? それはもちろん、ブレーキを踏むんじゃ……?」
「その通りです! 実際、加々良さんの足はしっかりとブレーキペダルを踏み込んでいました!」
そういえば、とハンナは車内の光景を思い出す。
だが、そうなると途端に不自然なことになる。
「加々良さんはブレーキは踏んでいますが、車は止まれなかったんです! これって不自然ですよね?」
「そんなの、スピードの出しすぎで止まる前に衝突したってだけだろ!?」
「ところが、急ブレーキにお馴染みのキキィーッて音は聞こえませんでした。道路にはブレーキ痕もなかったですしね。この不自然な状況こそ、ナッツさんの仕掛けたトラップの痕跡と言えるのではないでしょうか」
「ぐ……!」
「確かに、あたいがキッチンで聞いたのは衝突音だけだった。ブレーキ音は聞いてないよ」
「わたくしもそうですわ。シェリーさん、そのトラップというのは一体、何なんですの?」
「それについてはハンナさんが最高のヒントをくれました。【アメンボ】です!」
「は……?」
唐突な言葉の登場に、少女たちはそろって口をポカンとしたまま固まる。
──ただ一人、ナッツを除いて。
「加々良さんの走っていた道路は水はけが悪く、今でも水たまりがたくさん残っています。しかも事件当日は大雨でした。ナッツさんはそこに液体彫刻の魔法を使い、文字通りの【水増し】をしたんです。その結果、タイヤと路面の間に水が入り込み、車が浮かび上がった! 加々良さんの車はアメンボのように、水の上を滑っていたんです!」
「な、なんだいそりゃ!?」
「そんなことが起こり得るんですの!?」
「あぁ、ハイドロプレーン現象ですか……」
スマホの向こうから、ゴクチョーの声が聞こえた。
「車を運転しない皆さんには馴染みがないでしょうが、交通事故の原因としてありえない話ではありませんよ。いや、別に私も運転なんかしませんけど。モーターボートやジェットスキーが海の上をピョンピョン跳ねているのを見たことありません? それと同じです」
「どうやら裁判長には納得してもらえたようですね!」
「いえ、私はゴクチョーで──」
「どうですか、ナッツさん? 加々良さん殺しには説明はつきましたよ! ハンナさんにアリバイがある以上、車を浮かせることができるのはあなただけです!」
「わたくしの名前出す必要あるんですの!?」
「…………」
ナッツは険しい顔でシェリーを睨み続けていたが、すぐに頬をふっと緩ませた。
「それがどうしたっていうんだ? あたしが加々良を殺せたというだけで、あたしが殺したと証明されたわけじゃない。それにセーラの方はどうなんだ?」
「ナッツ……!」
「ナッツ、あんた……!」
「リシアもローネも、セーラの死に様を思い出してみろ!」
加々良の死体発見後。矢文に書かれた文面から、シェリーたちは水晶玉の様子を確認するために森の中へ向かった。
するとそこには、前日までは無かった、水晶玉と同じ直径のクレーターが作られていた。
そしてその中心には、原型も残らないほどの強い圧力で押し潰されたセーラの死体があった。
「どうやったらあの巨大な水晶玉でセーラを潰せるっていうんだ!? あたしには不可能だろ!?」
「確かに不可能ですねー」
「ほらみろ! あたしには──」
「水晶玉【は】動かせません!」
「っ!?」
シェリーが歩みを進める。
職員室の扉から部屋を横断し、閉じたカーテンの方へ。
「そもそもセーラさんが水晶玉で殺されたというのは、現場の状況を踏まえた推測に過ぎません。クレーターと同じ大きさで球状の凶器を用意すれば、水晶玉を動かさずとも犯行は可能なんです。たとえば──」
勢いよく引かれたカーテンが、窓の外を映し出す。
いつのまに用意しておいたのか、木の枝に吊るされる形で姿を現したそれは──
「【バルーン】ですね!」
「っ……!」
「そう、あなたが犯行後にホテルに隠し、私を殺そうとしたきっかけになった赤い布です。カガラ・クリスタルホテルのアドバルーン! これがセーラさんを殺した真の凶器なんです!」
「バルーン……そんなストリートアーティストがいたような気もするわね」
「リシア、今はそんなこと関係ないだろ。なぁシェリー、バルーンって言っても萎んだ布だろ? それでどうやったらセーラを潰せるんだよ?」
「ローネさんの疑問はもっともです。空気を入れて空に浮かべるのがバルーンというものですからね。そんな軽いものでは人は潰れません。ですが、中身が【別のもの】だったらどうでしょうか?」
「別の……もの……!? ま、まさかっ!」
ローネは驚愕に目を見開き、ナッツの方を向く。
「おそらく犯行が起きたのは昨晩でしょう。ナッツさんは救護室にあった睡眠薬でセーラさんを眠らせ、水晶の近くまで運びました。続いて、ホテルから持ち出したバルーンを、セーラさんの体の上に敷きます。この時点では萎んでいますから大した重さはありません。しかし、そこに液体彫刻の魔法を使えば……!」
「大量の水で風船が膨らんで……セーラが潰れるっていうのかい!?」
「直径3メートルの球の体積は14.137立方メートル。水の密度は1立方メートルにつき1000キロですから、満杯まで水を入れれば重さは14137キロになります。2トントラックを7台積み上げたのと同じくらいの重さですよ。そりゃ、あんな死体にもなりますよねー!」
「…………」
「そうやって犯行を終えた後は、バルーンに穴を開けて水を抜いたんです。この時に使われたのが、私が隠した包丁ですね。再び萎んで重さを失った凶器を、ホテルの用具置き場に隠したんです」
「そういえば、セーラの死体があったクレーターは水が溜まっていたわ。てっきり雨のせいかと思ったけど、あれがナッツの……!」
「そうですね。魔法の痕跡をごまかすことができる【大雨】こそ、二つの犯行に必要な最後のピースだったんです。いかがですか、ナッツさん?」
「…………はっ!」
吐き捨てるように、少女は言う。
「証拠は無いんだろ?」
嘲るように、少女は言う。
「それに、ルビちゃんはどうなんだ?」
──あるいは逃げるように、少女は言う。
「ルビちゃんは、あたしの一番大切な友だちなんだ。物心ついたときから隣にいて、今日の……あ、朝までずっと一緒にいた……!」
「…………」
「あたしが加々良とセーラを殺した? はっ、あんたがそういうことにしたいならしてやってもいいさ! あいつらは殺されて当然のクソどもなんだからな! だがルビちゃんは違う!」
「ナッツさん……」
「橘シェリー! お前はルビちゃんの事件の犯人も水晶の魔女だと言ったな!? そして水晶の魔女があたしだと言った! だけど……ルビちゃんはあたしの──」
「その態度で十分です」
シェリーは穏やかな口調でそう言い、ハンナの方を向く。
「ハンナさん。私が水晶の魔女──【この中にいる】と言った犯人について、どう言い表したか覚えていますか?」
「え? ええと……」
『加々良さんとセーラさんを惨たらしいやり方で【殺し】、ルビーさんの【命までも奪った】犯人』
「そうです。私はルビーさんに限って【殺した】とは言っていません。それはナッツさん、今のあなたの態度と一緒なんです」
「は……!? それが何だって……」
「ナッツさんが言ったように、私は水晶の魔女を、三つの事件の犯人として挙げました。それを否定するなら、まずは一番崩しやすいところから攻めるはずです。何も時系列を意識する必要はありません」
シェリーによる犯行方法の説明は加々良、セーラの順に行われていた。
最初に加々良の話から始めたのはシェリーだが、次にセーラの事件について説明を求めたのはナッツだ。
「ルビーさんは一番の友だちなんだから、彼女を殺した犯人は自分ではありえない。どうして一番最初にそう主張しないんですか? あなたが無実なら、私に犯人と名指しされた瞬間にそのことが心に浮かぶはずです。逆上しても不思議ではありません」
「そ、それは……っ!」
「ローネさんとリシアさんの反応に気づいていましたか? あなたが水晶の魔女だと言われて、真っ先に異を唱えたこと。あなたがルビーさんの名前を出さずに反論するのを見て、動揺を見せていたこと。それぐらい、あなたとルビーさんの関係は深く、あなたの態度はありえないものなんです」
「ち、違う! あたしは、そんなこと……!」
「怖いんですよね?」
「っ!!」
シェリーの言葉は鋭く……冷徹に、そして無慈悲に、ナッツの内面へと食い込んでいく。
「ルビーさんが【殺された】と口にするのが怖い。自分は【殺していない】と口にするのが怖い」
「違う……! あたしは、こ、殺し……たいなんて思ったことは……!」
「殺したくなくても、人が人を殺すことはあります」
「違うっ! あたしは殺してなんか──」
「ナッツさん!!」
シェリーが一際、大きな声を上げた。
わずかに生まれた静寂の最中、彼女の指がある物を示す。
「あれを見てください」
ナッツの視線がその指を追う。
ハンナ、リシア、ローネ。他の少女たちの視線もそれに続く。
(シェリーさんが指さしているのは……壁? いえ、あの方向には……)
(これが最後の選択肢です……!)
【反論】ルビーは殺された
【賛成】ルビーは殺されていない
【偽証】ルビーは生きている
(論理ではありません! 人の心に向き合って……解き明かすって! 私自身の心がそうしたいって望んでいるんです!)