【橘シェリー】
高校生。怪力の魔法を持つ魔法少女。
【遠野ハンナ】
高校生。浮遊の魔法を持つ魔法少女。
【ゴクチョー】
名目上はフクロウ。かつて牢屋敷の管理職を務めていた元・獄長代理。現在は魔女因子専門の対策組織に在籍。
【
ゴクチョーが人間社会に溶け込むために必要な飼い主役。
【水晶の魔女】
この事件の犯人。
【
児童養護施設・水晶の家の施設長。施設裏手より繋がる森林内にて、全身を押し潰された死体となって発見された。
【
施設の年長者。赤髪のお人好し。乾燥の魔法を持つ。施設の花壇を囲むレンガに、後頭部を打ち付けて死亡していた。
【
施設の年長者。水色髪の人見知り。ルビーとは幼馴染。液体彫刻の魔法を持つ。
【
施設の年長者。緑髪のメガネ少女。悪い噂に目がない。風力操作の魔法を持つ。
【
施設の年長者。茶髪の長身。外出が多い。土砂の魔法を持つ。
【
カガラ・クリスタルホテルのオーナー。運転が荒い。自家用車の運転席にて、右目を矢で撃ち抜かれて死亡していた。
【
前・施設長。三年前に死亡。
その水晶玉がいつから存在しているのか。それを知るものは誰もいない。
長き年月をこの地で過ごした一人の老婆にとっても、それは同じ。
後世に語り継ぐほどのこともない、些末な情報だったのだろうか。
少なくとも、その水晶玉が持つ【魔力】の方が人類にとっては重要だった。
「これが初めてではないのですよ……立ち退きを命じられたのはね」
老婆は水晶玉を見つめながら言う。
「遊園地にゴルフ場、あとはゴミ処理施設の話もありました。多くの人々が、この土地に開発の手を入れようとして……その度に不幸が起きた」
不幸。それが何を表すのかは不明だが、ともかく開発計画は頓挫された。
「彼らを引き寄せたのは土地ではなかった。全てはこの水晶玉が有する魔力によるものだったと……私はそう考えています。これを巡って血みどろの争いが繰り広げられた歴史も、一つや二つではありません。魔女が水晶玉にチカラを与えた、なんて言い伝えも残っているのですよ」
「魔女……って、あの?」
老婆の後ろには四人の少女がいた。
そのうちの一人が発した言葉に、老婆は背を向けたまま答える。
「ふふ、あるいは利用されたのは魔女の方かもしれませんね。ただ一つ言えるのは、この水晶玉には魔力があるということです。人々に不幸をもたらす魔力が……ね」
「じゃあ、ママはそれを人から遠ざけるために……?」
「いいえ、私が本当に守りたいのはあなたたちの未来ですよ」
老婆は四人の少女へと振り向き、優しく微笑む。
「これは私と、あなたたちだけの秘密です」
「セーラさんは?」
「あの子は、まだ人生の目標を探している最中です。いつかはこの施設を出て別の道を進むでしょう。彼女自身が心の中でそう望んでいます」
「そうなんだ……」
「えぇ、この水晶玉を封じ込めていくのは、まだまだ私の役目ですね」
そう言い切った老婆──霧谷クオレが失踪したのは、それからわずか三日後のことだった。
クオレの失踪は少女たちにとって大きな転機となった。
四人の少女はいつしか不思議なチカラが使えるようになっていたが、それは四人だけの秘密とした。
それよりも、クオレの守りたかった世界を守ることの方が重要だった。
(みんな成長してるんだな……)
その日、少女の一人、倉兼ナッツは寝付けなかった。
(ルビちゃん、リシア、ローネ。みんなが大人になっていく。子どもたちの世話もちゃんとやっていて……。あたしはまだルビちゃんの後ろから離れられないのに)
そんな焦燥感に苛まれながら、深夜の廊下を歩いていた時だった。
「もういいでしょ? あれから警察は来てないんだし」
この時間にしては珍しく、セーラの部屋に明かりがついていた。
セーラは誰かと電話をしているようだった。
「今さらクオレの件で蒸し返されやしないって。ちゃんと埋めたんだしさ」
(……!?)
「はぁー? そんなビビってんなら、ちっとは安全運転しろって。今日だって一人轢きかけたじゃん。次は隠しきれないからね、オーナーさん」
(何の……話……!?)
セーラと加々良が電話をしている。
その事実に、ナッツの中で何かが崩れだす。
「それより私はいつになったら解放されるわけ? 権利書はそっちにあるんだし、ホテルだってもうすぐオープンなんでしょ? あのね、金ってのは使えなきゃ意味がないわけ。あんたがどれだけ私に大金払ったところで、今の私は金庫開けて眺めてるだけしかできないの。いいかげんウンザリなわけ!」
ナッツの脳裏に、何度も見てきた光景が蘇る。
金をチラつかせる加々良と、それを拒絶するセーラ。
その光景が灰となって掻き消えていく。
セーラは既に施設を売り払っていたのだ。
「ガキィ? まだまだ全然、大量に残ってるよ! クオレの奴が後先考えずに拾いまくるせいでもうパンッパン。何が慈愛よ、こんなの人間の暮らしじゃないって」
施設の立ち退きを巡る状況は停滞していたわけではなかった。
彼らが事を慎重に進めていただけで──
「え、マジ? 金になるの!? いいよいいよ、安くても! 溜め込んだクソが数万円にでもなるんなら、元は取れるじゃん! えっとね、一番上だとルビーが……いくつだったかな。13か14か、それくらい」
──既に最悪の結末へと突き進んでいた。
「じゃあ、そういうことで。うん、少しずつ数を減らしていこう。よろしく」
(子どもたちが……まさか売られる? ルビちゃん……!!)
かつてクオレから聞いた言葉を思い出す。
(誰かがこの土地を開発しようとして不幸が起きる!)
不幸が何を表すのかも、誰にとってのものなのかも、クオレは言わなかった。
(……今度はあたしたちの番だ! 不幸が──)
──いや、違う。
少女の中に巣食った何かがそう告げる。
(違う……! 今度はあたしがみんなを守る番なんだ! ルビちゃんから離れて、成長して、大人になっていく番!)
魔法少女は一線を超え、魔女の世界へと踏み出していく。
(不幸は……あたしが起こす。加々良……セーラ……不幸が起きるというのなら、それはお前たちの方だ!!)
そうして水晶の魔女は、全てを終わらせた。
──終わらせた、はずだった。
「ナッちゃん……」
屋上にやってきたナッツを迎えるルビーの手には矢が握られていた。
彼女の顔は悲しげで、だからこそナッツにはその真意がすぐに汲み取れた。
(ルビちゃんは優しくて面倒見が良くて、いつも子どもたちみんなのことを気にかけているよね……)
だから、気づいたのだろう。
『靴です。犯人なら靴が濡れていたはずですよね? でも、二人の靴は濡れていませんでした』
ルビーは【シェリーとハンナの靴は濡れていなかった】と言った。
……それなら、誰の靴が濡れていたのだろうか?
(ルビちゃんは、あたしの幼馴染で、あたしの一番の友だちだ。それはルビちゃんにとってのあたしも同じで……)
だから、ナッツにだけは本音が言える。
取り繕った優しさではない。怒りも悲しみも遠慮なくぶつけられる。
「どうして二人を殺したの……!? ナッちゃんはそんなことしないって、あたし信じてたのにっ!」
「ルビちゃん……」
「人殺しなんて絶対に間違ってるよっ!!」
激昂するルビーに胸ぐらを掴まれて、ナッツはようやく自分の考えが浅はかだったことを知る。
セーラを殺した。加々良を殺した。それで目的は達成した。
だから何だというのだろうか?
終わったと思っているのは、犯人だけ。
その他の大勢からしてみれば、殺人に【終わり】などないのだ。
「シェリーさんは言ってたよ。ワイヤーを使って、ボウガンを撃ち込むトラップが色々な所に仕掛けられているって。あたし自身、半信半疑だったけど……こうして見つかった! あたしの部屋の外に! あたしを狙って仕掛けられたものだった!」
「っ! ち、違う! それは……」
「あたしも殺そうとしたっていうの!? あたしだけじゃない、他の子どもたちも! クオレ・ママが守りたかったものを壊そうとしたっていうの!?」
「違う! ルビちゃん! 違うの!」
「どうしてなのよ!? ナッちゃん!! ねぇ、ナッ──」
「違うのおおおおおおおおおおっ!!」
咄嗟に振り払った腕は思いのほか勢いがあって、何か重いものを強く突き飛ばした感覚がした。
屋上には誰の姿も無く、それを疑問に思うよりも先に、下の方から鈍い音がした。
(あたしは、ナニを、シタンダ……?)
その後、ルビーの死体が発見された。
それはつまりどういうことなのか。
何度、予想をしてみたところで、ナッツが答えにたどり着くことは無かった。
(その答えは私ではなく……ナッツさん、あなた自身の手で見つけないといけないんです! そうじゃないと、この事件は終わりません!)
シェリーの指が示したのは、壁にかけられた写真。
修道服を来た笑顔の老婆と、二人の少女の思い出を切り取った光景。
「あそこにクオレさんとルビーさんがいます……二人は今も生きています!」
「え……!?」
「二人は今、あなたの隣で、あなたを笑顔で見守っているんです!」
「や、やめろ! やめろっ!」
「答えてください、ナッツさん!」
【偽証】ルビーは生きている
「あなたはルビーさんを殺しましたか?」
ビシュッ!!
「……っ!」
「シェリーさん!?」
ハンナが悲鳴を上げる。
目に見えない小さな何かが空気を引き裂き、シェリーに飛びかかったように見えた。
「大丈夫です、当たっていません」
シェリーはナッツから目を離すことなく、言う。
そのナッツの右手は人差し指だけを前方に向けた、まるで銃のようなポーズになっていた。
「指先から細い水をウォータージェットのように撃ってきました。液体彫刻の魔法がパワーアップしたということでしょうね」
「ぱ、パワーアップって……大変ですわ! 魔法が強くなるってことは──」
「なんで──だ……!?」
いつのまにかビシビシと氷の割れるような音が、繰り返し鳴っている。
ナッツの人差し指が異形な形に変貌し、爪が急激に伸び始めている。
彼女の顔の皮膚が、まるで汚れのように剥がれ落ちていき、その奥から真っ黒な染みが広がっていく。
「なんで、あたしの絶望的な気持ちがわかるんだぁっ!!」
「やっぱり魔女化していますわ! シェリーさん、このままじゃ危険ですわよ!」
「ナッツさん、私だけじゃないんです。ハンナさんもわかっていましたよ、あなたが犯人だということは」
シェリーは慌てるハンナを手で制し、ゆっくりとナッツへと近づいていく。
「確信を得たのは、あなたがリシアさんに怒って爪で引っ掻いた時です。その時、私はあなたが魔女化していることに気づきました。同時に思ったんです。このまま単に真実を暴くだけでは、あなたは魔女のままなのだって……」
「なんで、わかる……!?」
「あなたは自分の
「お前なんかにあたしの何がっ!」
ナッツの敵意が水の弾丸に変わる。
何度も何度も放たれ……そのうちのいくつかがシェリーの胴体を貫いたように見えて、ハンナは悲鳴を上げそうになった。
それでも止まらないシェリーの歩みが、ハンナの動揺を押さえつける。
そして対照的に、ナッツの心は大きく揺さぶられていく。
「あたしがルビちゃんを殺さなきゃ、お前は
「そうですね、私のこと【名探偵じゃない】って。ナッツさんのあの言葉、響きましたよ」
「なのに! なんであたしのことは分かるんだ!? なんであたしの絶望だけはわかるんだぁっ!!」
「私にも覚えがあるんです」
シェリーの足が、ようやく止まる。
そっと伸ばした彼女の手が、ナッツの頬を撫でた。
「確かに私には大切な幼馴染も、大好きな育ての親もいません。もちろん、その親を殺されたこともありませんし、自分が人生を懸けて頑張ったことが友だちに否定されたことも、それが無意味になってしまったこともありません。
──でも
【友だちを殺したこと】はあるんですよ」
そう告げた少女の手は、鋭利な爪と黒い皮膚に覆われていて。見つめる瞳は黒く濁り、その瞳孔は十字架のように歪な形状に変わっていた。
その異形な姿を前に、彼女の言葉を疑うことなどできなかった。
「私はナッツさんではありませんけど、今のナッツさんのことはわかります」
「…………っ!」
「ごめんなさい、ナッツさん。辛かったですよね……苦しかったですよね……!」
「う……うう……」
「駆けつけるのが遅れてしまって、本当にごめんなさい……!」
「うあああああああああぁぁぁぁぁ…………!!」
探偵は優しく、犯人を抱きしめる。
もう魔女はどこにもいない。
そこにいたのは人間と、また人間だった。
「これでようやく終わりのようですね、やれやれ……」
スマホの通話口から聞こえた声に、犯人の友人たちもようやく気を緩める。
そんな中でただ一人、探偵の友人だけは──
「遠野さん……?」
「よしなよ、リシア」
一人、部屋の外へ向かった。
(わたくしはみなさんのお姉さんですから……みなさんの前では……!)
空を覆う曇り空から、一筋の光が差すのが見える。
「シェリーさん……わたくしの方こそ、う……うううっ!」
こうして、水晶の家を巡る魔女の凶行は終わりを迎えた。
少女たちの大粒の涙と共に──