翌日。シェリーとハンナは、ゴクチョーら機関の管理下にある医療施設を訪れていた。
正確には訪れているのではなく、連れてこられているのだが、二人の中にはそういう認識はなかった。
事件の中で魔女化したシェリーからすれば、魔女スポットを離れたことで魔女因子の影響が消えるかは重要なことであったし、ハンナにいたっては翌日と言わずにすぐにでもという様子だった。
というのも、シェリーが水の弾丸をその身に浴びていたことが明らかになったからなのだが……。
「お待たせしました、ハンナさん! 特に問題ありませんでしたよ!」
「みたいですわね……」
待合室に一人で座るハンナの所に、シェリーは笑顔で親指を立てながら戻ってきた。
どうやら魔女化の影響で自然治癒力が高まっていたらしい。
「はぁ、本当に良かったですわ。もうあんな無茶はこりごりですわよ」
「えー? 無茶なんかしてませんよ。魔女化すればナッツさんの攻撃くらいへっちゃらだって計算したうえでの行動でしたし」
「魔女化の時点で無茶しすぎですのよ! わたくし本当に──」
ハンナはそこで言葉に詰まる。
シェリーのことを心配するようなことを言って、本当に辛い現実から目を背けている自分がいる。
それがあまりにもずるくて、罪悪感に押しつぶされそうになる。
「──同じですわね、私もナッツさんと。心配よりも先に、あなたに謝らなきゃならないことがあるって……ずっとわかっていましたのに」
「ハンナさん?」
ハンナは華奢な両手で、友人の右手をそっと覆う。
今にも泣き出しそうな瞳を懸命に震わせて、ハンナは自身の唇を強く噛んだ。
『【友だちを殺したこと】はあるんですよ』
──違う。【殺させた】のは自分だ。
何度、後悔したかもわからない。
いつか謝らなければと思いながらも、その度に胸の奥にしまい込んできた。
そうして、ついに【言わせてしまった】。
(シェリーさんは今でも、自分の意思で魔女化できてしまうんですのね……)
それはつまり、シェリーの心に【あの時の出来事】が刻み込まれていることを示していた。それも、いつだって鮮明に思い出せるほどに、深く深く。
二度と消えない絶望を、シェリーはその心に抱えたまま生きている。
「謝って済む問題じゃないのはわかっていますわ! でも、わたくし……わたくしのせいで、シェリーさんは……!」
「ハンナさんのせいじゃありません」
「だって、わたくしの命なんですのよ!? 嫌だったのも辛かったのも逃げ出したかったのも、全部わたくしのことなのに! どうしてシェリーさんを巻き込む必要があるんですの!? わたくしが……最初からわたくしが自分で終わらせていれば、こんな──!」
「めっ! それ以上はダメですよ☆」
シェリーの空いた人差し指が、ハンナの唇をそっと制した。
そのまま彼女は、子供をあやすような笑顔で言う。
「私、前々から思っていたことがあるんです。ハンナさんがあの時、私にああいった【お願い】をしたのは、真犯人である大魔女のトリックなのではないかと」
「トリック……?」
「はい、大魔女は魔女因子というトリックを用いて無差別的に殺人事件を扇動したんです。ハンナさんはそのうちの一つに利用されただけなんですよ」
「そうかしら……? わたくし、魔女因子が引き起こす殺人衝動というものを、身を持って体験していますのよ。エマさんとレイアさんを……もちろん魔女因子のせいだと思ったことは一度もないですけど、こ、殺してしまった……! ですからわたくしには断言できますわ! シェリーさんを巻き込んだのは殺人衝動とは関係ない、わたくしの弱さのせいなんですの!」
「いえいえ、そういうことを言いたいんじゃないんです」
魔女因子の特性。人間に殺人衝動をもたらし、化け物、やがてなれはてへと変貌させる。
ただ、はたしてそれだけなのだろうか、とシェリーは言う。
「そもそも魔女因子は、人間を惨たらしく絶滅させるための手段に過ぎないんです。そして大魔女の考える惨たらしさとは、人間同士の殺し合い。つまり【人間が人間に殺される】というシチュエーションに他なりません。となると、そのシチュエーションを後押しするような、隠された効力があっても不思議ではありませんよね!」
「そ、それって……?」
「魔女になるまで自殺を避けようとする傾向、【自殺嫌悪】とでも呼びましょうか」
「……!」
「たとえばヒロさんは、自分から死に戻りの魔法を発動させることに強い嫌悪感を抱いていました。アリサさんは、他人を手にかけるくらいなら自分を……みたいに言っていましたが、それを実際に試みたのは、魔女化が進んで死ねなくなった後のことです。自分の炎では自分を燃やせないとも言っていましたね」
それらは二人が実際に見聞きしたことばかりというわけではないが、牢屋敷で過ごしてきた魔法少女たちの記憶という形で共有されている。
「それと同じことがハンナさんにも起きていたんですよ! 誰かに頼らなければ命を断てなかったんです! だからハンナさんは悪くありません!」
「……よく、頭が回りますわね」
「えっへん! だって私は名探偵シェリーちゃんですから! って、もう名探偵じゃありませんでしたね」
「いいえ、名探偵ですわ」
「へ……?」
思いがけず飛び込んできたハンナの言葉に、シェリーは目を丸くする。
「で、でも私……牢屋敷では後れを取っていましたよ? エマさんやヒロさんの前では私なんて無力でしたし……」
「そうだったかしら? わたくしのもとに真っ先に駆けつけてきたのは他の誰でもないあなただったと記憶していますけど?」
「それは……私が体力バカだっただけです。足が速いから最初に駆けつけられただけで、結局ハンナさんが死ぬのを止められたわけではありません。今回の事件だってそうです。私にはルビーさんを救えなかった。こんな……人を救えない探偵が名探偵を名乗っていいのでしょうか?」
「確かに人の命は、あなたの手から零れ落ちてしまったかもしれませんわ。でも……それでも、あなたは名探偵ですのよ。だって【魔女は】救えていますもの」
シェリーの手を覆う温もりが、わずかに強まる。
「【魔女だった命】は今もこうやって、あなたの手の中にあるじゃありませんの」
「…………今は手の外ですけどね」
シェリーは恥ずかしそうに、そっと呟いた。
「水晶の魔女だって、そうですわ」
「ナッツさんですか?」
「えぇ、あなたが検査している間、ゴクチョーさんから色々と聞いていましたの」
加々良とセーラを【殺し】、ルビーを【死なせてしまった】、少女の処遇。
魔法を使った殺人など、法律で取り扱っているわけもない。
それ以前に魔女スポットから離れた元・魔法少女に、魔女の嫌疑をかける者もいない。
──もう、そんな時代ではないのだから。
「ナッツさんの気持ちはどうであれ、世間に認められる罪は、ルビーさんの一件だけになりそうですの。それも殺人ではなく事故として、ですわ。加々良さんとセーラさんの悪行も明るみに出るみたいですし、ナッツさんが悪人として糾弾される事態にはならないみたいですの」
ゴクチョーによれば、魔女スポットである水晶玉の力が予想以上に強いこともあり、念のために魔女候補である施設関係者の追跡調査が決定したとのことだった。
その調査の過程で、施設の子どもたちを利用した加々良たちの【違法な商売】にもメスが入るようだ。
さらには周辺一帯の土壌調査も行われることになり、そのついでではあるが、加々良が山中に遺棄したと思われるクオレの捜索も行われるらしい。
「ナッツさんの証言によれば、かつて加々良さんはクオレさんを車で撥ねてしまったそうですわ。それで偶然いあわせたセーラさんと協力することになったとか……」
(あー、そういえばセーラさんは言ってましたね)
『目の前に子どもが飛び出してきてからでは手遅れだというのに! あの男には学習能力というものがまるで無いんです!』
(【学習能力が無い】なんて【過去に同じ失敗をした】ときじゃないと使いませんからね。私たちの知らない事故がまだあるんだろうなって思ったんですよねー)
「それと、施設の方も丸く収まりそうですわ」
水晶の家は、魔女スポットと共に取り壊しが決定した。
しかし、子どもたちの移転先については既にローネが手を回して探し出していたのだった。
彼女曰く「シェリーとハンナが新しい入居者だと思った時は本当に焦ったよ。急に二人も人数が増えたとなれば、移転が延期になるかもしれないからね」とのことだった。
(ローネさんが見せた不穏な言い回しは、【私とハンナさんの移転は保証できない】という通告でしたか。色々と勘繰っちゃいましたねー)
「ちょっと、シェリーさん。聞いていますの?」
「え? はい、もちろんです! ナッツさんに帰る場所があるってことですよね!」
「えぇ、もしナッツさんが魔女化したままなら、こういう結末にはなっていないはずですわ。ナッツさんの魔女化は遅かれ早かれ進んでいたと思いますし、シェリーさんが事件を解決したからこそ、ナッツさんは魔女から解放されたんですのよ」
「…………私がナッツさんを救えたのなら、私は名探偵でいいのでしょうか?」
「もちろんですわよ、魔女を救うなんて普通の探偵にはできないことですもの」
「それなら、嬉しいです!」
シェリーの表情に、太陽のような眩しい笑顔が戻る。
「帰りましょうか、ハンナさん!」
「えぇ、そうですわね」
「これからもよろしくお願いしますね、名探偵シェリーちゃんの相棒として!」
「こちらこそ、ですわ!」
「そうと決まれば! さっそく次の事件を探しに行きますよ!」
「え? いや、さすがにこんな危ない目に合うのはもう──」
「出発でーす!」
「ちょっ! 引っ張るな! は、話を聞けえええですわーーーっ!」
そんな二人がさらなる事件に巻き込まれるのは、また別の話──
水晶魔法殺人事件 完