【橘シェリー】
高校生。かつて怪力の魔法を持っていた元・魔法少女。
【遠野ハンナ】
高校生。かつて浮遊の魔法を持っていた元・魔法少女。
【ゴクチョー】
名目上はフクロウ。かつて牢屋敷の管理職を務めていた元・獄長代理。現在は魔女因子専門の対策組織に在籍。
【
ゴクチョーが人間社会に溶け込むために必要な飼い主役。
「さて、どこから話したものやら……そうですねぇ。お二人はパワースポットというものをご存知ですか?」
ゴクチョーの話は、あまりにも唐突な話題から始まった。
「パワースポット? ……って、スピリチュアルなアレですか?」
「えぇ、ものすごーく大雑把に言えば、なんか神聖なエネルギーが溢れていて、訪れた人間にご
「うえぇっ!? 魔女因子がですの!?」
「ほんっと困りますよねぇ。我々はそういった場所を【魔女スポット】と呼んでいます」
「ですが、魔女因子なら大魔女が全て回収したのでは?」
シェリーの脳裏に、あの日の牢屋敷の光景が蘇る。
裁判場の中心に集結した魔女因子が美しくも恐ろしい断罪の刃を形作り、大魔女の命を穿ち貫く。そして光の粒子となって共に消え去っていく光景が。
それに対して、ゴクチョーは肩を竦めるような仕草で言った。
「確かに大魔女様は、人間たちに与えた分は全て回収されました。ただ……どうやら回収したのは人間からのみだったようでして」
「人間以外にも与えていたということでしょうか?」
「正確に言えば【人間から移った】ということになりますかねぇ。龍脈やら超自然やら、その土地自体が持つ不思議な特性が、魔女因子を吸収・増幅して根付いてしまったのですよ。いくら大魔女様が強大な魔法をお持ちでも、さすがに地球という大きな生命体を制することはできませんしねぇ」
「ふーむ、そのあたりの理屈はよくわかりませんが、放っておくわけにはいかないですよね?」
「えぇ、もちろん。我々の目的は【魔女スポットの根絶】です。魔女因子を溜め込んでいる何かしらの【根源】を取り除かなくてはいけません。ところが、我々の持つ魔女因子の計測技術は、人間相手にしか確立されていないわけでして。根源を探す以前に、そもそもその場所が本当に魔女スポットなのかすら判別できない状態なのです。そこで我々が白羽の矢を立てたのが、元・魔法少女のお二人というわけですね」
「わたくしたちに何ができるっていうんですの? 別に魔女因子の探知なんてできやしないですわよ?」
「おや? ここまでいっても予想がつきませんか? お二人を魔女スポットの疑いがある場所に向かわせて、【また魔法が使えるようになるか】を調査しようと言っているのです」
「なっ……!?」
ゴクチョーは「やれやれ」と言った身振りで言う。
一方のハンナは唖然とした表情で、言葉を失うほかなかった。
「あ、心配は入りません。お二人の魔法は怪力と浮遊で定着していますので、新たに危険な魔法が発現することはありません。それに魔女スポットから離れれば、魔女因子は維持されずに消滅することもわかっています。お二人が再び牢屋敷に拉致されるようなことにはなりませんので」
「そ、そういう問題じゃねーですわよ!」
ハンナが机を両手で強く叩く。
「魔女因子が溢れてくるってことは、それだけ殺人衝動に駆られるかもしれないってことでしょう!? そんなの危険すぎますわ!」
「いえいえ、言うほど危険じゃありませんよ。魔女スポットとはいっても、たまたま魔女因子と波長が合ったというだけの普通の場所です。ちょっとだけ交通規制はかけていますが、現地の人たちは今も普通に生活しています。ですので、気楽なバイト感覚でチャレンジしていただけると……」
「ふん! そうやって人は闇バイトに巻き込まれていくんですわ!」
「ゴクチョーさん。一つ気になったのですがー……」
シェリーが何やら考え込みながら言う。
「どうして私たちなんです? 確かに私たちは大魔女の一件で生き残りはしましたけど、あれを解決に導いたのはエマさんとヒロさんですよ? 私は特に活躍した覚えはありませんし、ハンナさんは島を浮かせただけですよね?」
「なんですの、浮かせた【だけ】って!? すごいことだったじゃないですの!」
「エマさん……桜羽エマさんと二階堂ヒロさんですか? 確かに、あの二人の活躍には目を見張るものがありましたね。ですが、今回の魔女スポットの件においては相応しくないと判断しました。なにせ、魔法が発現したのか見た目で確認できないものでして」
「あー……」
言われてみれば納得がいった。
シェリーの怪力。ハンナの浮遊。いずれも傍から見れば、魔法を発動していることが丸わかりだ。
一方でヒロの死に戻りは現実的に確認不可能であるし、エマに至っては本人が魔法を知覚していない。
「その他の候補も考えましたが、【やらせじゃない】と証明するのに時間がかかる魔法ばかりでして。あと本人の性格やら、魔女化のリスクやら、色々と突き詰めていくうちに、お二人が最適だと結論づけたわけです」
ゴクチョーの視線が二人を順に捉えていく。
「橘シェリーさんなら魔女化の心配はまずありませんし、聞くところによると探偵の真似事ばかりしているそうじゃないですか。なら探し物は得意そうですし……」
「真似事じゃないです! 名をかけるジッチャンはいませんけど、名探偵シェリーちゃんですよ!」
「遠野ハンナさんは浮遊の魔法ですから。よほど度を超えて暴走しない限りは、そんな大したものじゃありませんし……」
「今のセリフであやうく、あなたへ殺人衝動を覚えるところでしたわ~! いえ、この場合は人じゃなくて殺鳥衝動と言うべきかしら!」
「まぁ、ともかく考えておいてください。私は定時なので帰りますが……ん? 何でしょう?」
ずっと無言で座ったままだった福老が、シェリーたちに何やら書類を差し出す。
「これは……お二人に行かせる予定の場所ですか? なぜあなたが私の知らない情報を持っているんです? これではまるであなたの方が上司みたいじゃありませんか」
「…………」
「まぁ、いいでしょう。置いておくので見ておいてください。では、私はこれで」
ゴクチョーは鳥カゴごと運ばれていき、後にはシェリーたちだけが残った。
「どうします、ハンナさん?」
「どうもこうも! 行くわけがねーですわ! こんな怪しい……、──!」
ハンナの言葉が止まったのは、彼女が残された書類に目を向けた瞬間だった。
そこには魔女スポットの疑いがある土地の住所と、その近くにある施設の名前が書かれていた。
児童養護施設【水晶の家】……と。
「いやぁ、助かりました。お二人のおかげで私の仕事が減って何よりです」
森に挟まれた舗装路を走る一台の黒い高級車。その助手席からゴクチョーの煽る声が聞こえてくる。
彼が言葉を向けた相手は、運転席にいる福老ではない。後部座席に座っている二人の少女だ。
「その児童養護施設なんですが、最近施設を出た子どもの証言から、どうも魔女スポットなのではないかと疑惑が生じましてねぇ」
「ふん、わたくし来るつもりなんてありませんでしたわ! なのに、よりによって子どもたちが暮らしている場所だなんて!」
「ハンナさんは優しいですから、放っておけませんよねー! ハンナさんを一人で行かせるわけにはいきませんし、私もご一緒します!」
「よく言いますわね。シェリーさんなら、わたくし抜きでも行そうな感じがしていましたわ」
「あ、バレちゃいました? いやー、ハンナさんも名探偵の素質がありますねー!」
両親に捨てられ、みなし子として育ったシェリー。同じく両親に置き去りにされ、年下の妹を力不足で死なせてしまった過去を持つハンナ。
二人にとって、今から向かう場所は決して他人事ではない。
むしろ、その感情を巧みに利用されたような、邪な他意すら伝わってくる。
「お二人は、職場体験で訪れた【児童保育のボランティア】という筋書きでお願いします。魔女スポットの捜査員というのは、あくまで裏の顔ということで」
「この格好のどこにボランティア要素があるんですの!?」
ハンナはゴクチョーへ喚き散らす。
彼女の服装は、緑と黒を基調とした豪華なドレスであり、所々に黄色と白のバラの飾りがついている。頭部には緑のヘッドドレスを被り、鮮やかな金色の髪を引き立てている。
──要するに、牢屋敷で彼女が来ていた魔法少女の服装である。
そしてそれは、隣で足をバタバタさせてはしゃいでいるシェリーも同じ。
青と水色が中心のジャケットにスカート。そして探偵の代名詞とも言えるシャーロックハットとインバネスコート。帽子のアクセサリーとも言える【白い鳥】も健在だ。
「それはお二人の正装です。なにせお二人には魔法を発現してもらわないと困りますから……主に私が。ですので、形から入ってもらおうというわけです。ちなみにお二人用の荷物もこちらで用意しておきましたので」
「さっきトランクに入れていたスーツケースのことですの?」
「えぇ、それと同じ衣服がこれでもかと詰め込まれています」
「嫌がらせですわ~!」
「まぁまぁ、ハンナさん! それより、こっち向いてください!」
そう言って、シェリーはハンナへとスマホを向ける。
「ビデオ撮影していらっしゃいますの?」
「はい! エマさんたちに送ろうかなーって! 私とハンナさんの旅行記です!」
「旅行記って……あんまり映えませんわよ。空模様もご機嫌ナナメですわ」
空を覆う雨雲は分厚く、遠くにはかすかに雷のような光も見える。
雨は昨晩の時点で既に降り注いだのか、タイヤが水たまりをかきわける音がしきりに聞こえてきていた。
ゴクチョーは溜め息混じりに言う。
「やれやれ……困りますねぇ、大雨は。屋外での探索が難しくなりますし。明日の昼頃には止むようですが、今晩は昨晩以上の土砂降りらしいですよ」
「ミステリーにおいては絶好の殺人日和ですよねー!」
「あまり不吉なこと言わないでくださるかしら? 本当に殺人が起きたら、エマさんたちに動画を送れなくなってしまいますわ」
「どうしてですか? むしろ私の活躍を見せるいい機会になりますよ? それにエマさんとヒロさんが私より先に事件を解決できるのか、お手並み拝見したいです!」
「あなたいつか縁を切られますわよ……」
嬉々としてスナッフフィルムを友人に送りつけようと目論むシェリーに、ハンナは盛大に頭を抱える羽目になった。
「大丈夫ですよ! たとえ本当に魔女スポットだとしても、児童養護施設であって牢屋敷じゃないんですから! 殺人事件なんてめったに起きません!」
「そうであってほしいですわね……」
……二人は知るよしもなかった。
この不穏な雨雲が、魔女の強大なる憎悪を暗示していたこと。
やがて解き放たれる魔法が、この地に膨大なる血の雨を降らせることを──
【おまけ】
「──という流れで、キミとハンナくんは養護施設に向かったわけだね?」
「はい! そこから先がレイアさんの出演シーンになります!」
「……なぁ、シェリーくん」
にこやかな笑顔で語るシェリーに対し、脚本を読んでいた少女、蓮見レイアは困ったような顔を向けた。
「私が犯人を演じることに異存はない。犯人というのは往々にして、主人公よりも主役となる必要性を求められる。実に光栄な役どころだと言えるだろう。しかしだ!」
レイアが机を強く叩く。
「この犯人像は何だ!? 【全身黒タイツのシルエット】だって!? そんな格好をしたら、誰にも私だと気づいてもらえないじゃないか!」
「それはそうですよー! ミステリーのお約束ってやつです!」
「冗談はやめたまえ! だいたい、この荒唐無稽なトリックは何だ!? こんなやり方で人が死ぬとでも言うのかい!? こんな──」
「わーわー! そんな大声で核心を喋ったらダメですよー!」
ドタドタと二人の争う音が響く。
そこに部屋の外から別の少女、城ヶ崎ノアがひょっこりと顔を覗かせた。
「あ、シェリーちゃん、レイアちゃん。のあのこと呼んだー?」
「おお、ノアさん! ちょうどいいところに! 今からレイアさんの全身を黒く塗り潰すところなんです! ぜひともご協力をお願いできますか?」
「えー? 虹色の方が可愛いと思うけど、真っ黒じゃなきゃダメ?」
「はい! レイアさんの面影を完全に消滅させないといけませんからねー!」
「んー、わかった。いいよー!」
ノアは笑顔でそう言うと、黒いペンキで満ち溢れたバケツをいくつも運んできた。
レイアは顔を悲痛に歪ませ、後ずさっていく。
「ま、待て! ノアくん、やめたまえ! そんなことをしたら私はどうなるかわからないぞ! いつかの世界のように、キミの命を奪ってしまうかもしれない!」
「じっとしててねー」
「ノアくん! やめるんだ! やめてくれ! やめろおおおおおォォォーッ!!」
ノアが筆を振るうたび、レイアの顔や体にドス黒い亀裂が走っていく。
彼女の悲鳴はしばらくの間、続いていた。
しかし、いつしかそれは消え去り、そこに立っていたのは──
「ク……クックック……! 舞台は整った……!」
産声を上げる殺人鬼……!
「私の完璧なトリックを暴ける者などいるはずもない! 橘シェリーくん、だったかな? 偶然この日にやってきたあの女が、本物の名探偵でもないかぎりはね!」
犯人役、蓮見レイア降誕──!
「ところで読者諸君! 【おまけ】と銘打っておきながら本編のヒントを盛り込むなんて、この作品はミステリーとして不公平だと思わないかな?」
!?