名探偵シェリーちゃんの事件簿   作:青山風音

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【登場人物】
【橘シェリー】
 高校生。かつて怪力の魔法を持っていた元・魔法少女。
【遠野ハンナ】
 高校生。かつて浮遊の魔法を持っていた元・魔法少女。
【ゴクチョー】
 名目上はフクロウ。かつて牢屋敷の管理職を務めていた元・獄長代理。現在は魔女因子専門の対策組織に在籍。
福老(ふくろう)
 ゴクチョーが人間社会に溶け込むために必要な飼い主役。
【???】
 児童養護施設・水晶の家の施設長。
毬山(まりやま)ルビー】
 施設の年長者。赤髪のお人好し。何らかの魔法を持つ。
倉兼(くらがね)ナッツ】
 施設の年長者。水色髪の人見知り。ルビーとは幼馴染。
天戸(あまと)リシア】
 施設の年長者。緑髪のメガネ少女。悪い噂に目がない。
入地(いりち)ローネ】
 施設の年長者。茶髪の長身。外出が多い。
加々良(かがら)
 施設を訪れた裕福な中年男性。




日常編④

 シェリーとハンナは、施設内の一部屋を貸してもらい、濡れた服を着替えていた。

 ゴクチョーの言った通り、二人のスーツケースには替えの服が山程詰まっていた。

 明らかに滞在予定日を超えた量に、ハンナは戸惑いを隠しきれない。

 

「これ、まさか牢屋敷のときみたいに、焼却処分なんて言わないですわよね?」

「特に何も言われていませんし、普通に洗濯でいいんじゃないでしょうか? あ、でもでも、私の帽子は洗濯禁止みたいです。注意書きの紙が入っていました」

「……? そんな縮むような素材だったかしら?」

「もしかしたら、帽子についている【白い鳥】のせいかもしれませんね。ほら、なんだか服とは別の素材でできていますし」

「確かに、金属っぽい感じがしますわね」

「ひょっとして爆弾かも?」

「不吉なことを言わないでくださいまし!」

 

 一笑に付せないのが悩ましい。

 たとえば魔女因子の暴走のような予期しない事態に備えて、何らかの非常手段が用意されている可能性は拭いきれない。

 

「私のこと【魔女化の心配はない】なんて言っておいて、信用してなかったらひどいですけどねー」

「実際、どうなんですの?」

「まったくもって平気です! 心配してくれてたんですか?」

「べ、別にぃ、ですわ! シェリーさんの異常なストレス耐性ならよく知っていますもの。逆に【魔女化の心配がない】ほうが、人として心配になってきますわ」

「私だって人並みに怒ったり悲しんだりすることはあるんですけどねー。まぁ、最近のAIやロボットを見ていると、それだけでは人間の証明にならない気がしますが」

「さすがにシェリーさんのような行動を、ロボットが取るとは思えませんわよ」

「あれー? 悪い意味で言ってますー?」

 

 そんなことを話しながら着替え終えた二人は、職員室へと向かう。

 その道中、数人の子どもたちとすれ違い、気づく。

 

「幼い子が多いですわね。ルビーさんたち年長者の4人以外はみんな小学生にも満たないお年頃なのかしら?」

「それに全員、女の子です。ますます牢屋敷っぽい感じがしてきますねー」

「ううー……」

 

 シェリーの言葉にハンナの身が強張る。

 

「着きました、ここですね施設長さんの部屋は。失礼しまーす!」

 

 シェリーが先導する形で職員室へと入る。

 そこは子どもたちの空間とは別世界。絶妙に近寄りがたい独特の雰囲気がある部屋だった。

 ぎっしりと本で埋め尽くされた本棚に、書類と事務用品でごった返したスチールデスク。中には空席のものもあった。

 生活感は一切ないが、施設長のプライベートルームは別にあるのだろう。

 

「あぁ……どうぞ」

 

 施設長の女性が席を立つ。

 二人は簡素なパーティションで区切られた、応接用のソファとガラステーブルの元へと案内された。

 

「橘さん、遠野さん。改めまして、ようこそ水晶の家へ。私はここの施設長を務める高根(たかね)セーラと言います。お二人は、その……職場体験という形で、臨時のボランティアをしていただけるそうね?」

「はい、そうです! この服装は子どもたちの心を掴むために学校側がレンタルしてくださいました!」

(ええっ!? すごい言い訳ですわね……!)

 

 思わず不安になるハンナだったが、セーラは納得したらしい。

 

「お二人には三日間、泊まり込みで施設の手伝いをしていただきます。家事や掃除が主な仕事となりますので。それと……怪しい男が来たときは、子どもたちを遠ざけてやってください」

「怪しい男というのは、先程の……?」

 

 シェリーの質問に、セーラはうんざりとした様子で答える。

 

「えぇ、加々良(かがら)カチオ。最近、この近くに建設されたカガラ・クリスタルホテルのオーナーです。ちょうどそこの窓から見えますでしょう?」

「あ、確かにわかりやすく目印がありますね」

 

 施設からやや離れた山の上に、赤いアドバルーンが二つ浮いているのが見える。

 紐の先を辿っていくと、萎れたバルーンが何かに引っかかっていた。そこにセーラの言うホテルがあるのだろうと、シェリーは考える。

 

「建設が始まってから、あの男はしきりにここを訪れるようになりましてね。当初は自慢話ばかりでした。『西洋風の豪華絢爛な作り』だとか、『一般人には味わえない、西洋ならではの遊びやスポーツが楽しめる』だとか。今にして思えば、遠回しの嫌味だったのでしょうね」

 

 加々良の発言は、【施設の子どもたちの住む世界ではなくなった】とのアピールだった。そうセーラは語る。

 

「うう~……! さ、最っ低な奴ですわね!」

「要するに、立ち退かせようってことですよね? 先程も、ここを売り払うように持ちかけてましたし」

「えぇ、最近は段々と過激になってきましてね。施設暮らしの存在が、ホテルの景観を損ねているだの、価値を落としているだのと……」

「さ、殺意……じゃなくて怒りが湧いてきましたわ……!」

 

 話を聞いているだけで、ストレスで魔女化が進行しそうだった。

 ハンナは深呼吸を繰り返し、平静の維持に務める。

 

「ただ、口の悪さだけならまだいいのです。本当に怖いのは……とにかく自動車の運転が荒いんですよ。道の狭さも天気も悪さも関係なく、常にスピード違反を繰り返しているような感じで」

「ま、まさか……わたくしたちが水たまりの飛沫をかけられたのって……!」

「嫌がらせじゃなくて素の運転だったんですねー!」

「恐ろしすぎますわ……! そんな男が頻繁に訪れるなんて、不安ですわよね」

「まったくですよ!」

 

 ハンナの共感が嬉しかったのか、セーラの声量が上がる。

 

「何回注意したことか! 目の前に子どもが飛び出してきてからでは手遅れだというのに! あの男には学習能力というものがまるで無いんです!」

「なるほどー……?」

 

 シェリーが小首をかしげると同時に、セーラは立ち上がった。

 少し熱くなりすぎた、と息を吐き、壁にかけられた写真を見つめている。

 

「もしも子どもたちに何かあったら……クオレさんに顔向けできません」

 

 写真には修道服を来た、笑顔の老婆が映っている。

 老婆と一緒に映っているのは二人の少女だった。

 

「その写真は? 幼い頃のルビーさんとナッツさんでしょうか?」

「えぇ、そうです。そして、この方は霧谷(きりたに)クオレ。私の前の施設長でした。長い間、ここで子どもたちの世話をしていたのですが、三年前に亡くなりまして……。それからはずっと、私が彼女の代わりを務めています」

「そうでしたのね……」

 

 セーラの絞り出すような声に、ハンナは寂しさを覚えた。

 職員室を見てわかったことだが、この施設にはセーラ以外に大人がいない。

 正確には【いた】のだろう。セーラは【残された最後の一人】なのだ。

 そして、その心細さは子どもたちにとっても同じものに違いない。

 ハンナは立ち上がった。

 

「セーラさん! わたくしにできることなら、ぜひお手伝いさせてほしいですわ!」

「……ありがとう、遠野さん。そう言ってもらえると嬉しいですよ」

 

 セーラはちらりと腕時計を確認する。

 

「では早速、お仕事を頼みましょうか」

「お任せですわ! さぁ、シェリーさん! やりますわよ!」

「うーん、そうですねー……」

「なんですの? そのやる気のない返事は!?」

「いえいえ、やる気がないわけではありません。ただ、その前に一つ。セーラさんにお聞きしたいことがありまして」

 

 シェリーはびしっと人差し指を上に向けて言う。

 

「魔女因子について何かご存知でしょうか?」

 

 

 

 

 

 空気が変わった。

 セーラの目は大きく見開かれており、明らかな動揺がそこには存在した。

 

「魔女因子……えぇ、そういう噂は聞いたことがありますよ。都市伝説みたいなものでしょう?」

「都市伝説? セーラさんの中ではそういう認識なんですか?」

「いいかしら、橘さん。うちの子たちがそんな怪しい素振りを見せたことはありませんよ。もちろん私にもそんな不思議な力はない。余計な勘繰りは、子どもたちの尊厳を傷つけることに繋がります。やめてちょうだいね?」

「はー……どうやら何も聞かされてないみたいですね?」

「ちょ、ちょっとシェリーさん!? ゴホン! し、失礼しましたわね! わたくしたちはすぐお仕事に取りかかりますわ! 何をすればよろしいかしら!?」

「…………」

 

 必死に取り繕うハンナに対し、セーラは「そうね」と微笑んでみせる。

 その微笑みは、どこか冷たい偽りの表情にも思えた。

 

 

 


 

 

 

 廊下に出るなり、ハンナはシェリーへ食ってかかる。

 

「ちょっとシェリーさん! いきなり踏み込みすぎですわ! わたくしたちは【ただのボランティア】なんですのよ!」

「てっきり施設長には話が通してあるものだと思ったんですけどねー。でもでも、あの反応を見る限りだと、何か知っているのは間違いなさそうですね!」

「知っていたとしても、あんなやり方じゃ警戒されるだけですわ」

「確かに。施設側からすると、魔女スポットの存在が露呈するのは好ましくない事態ですよね。そのことを考えていませんでした」

 

 てへへ、とシェリーは照れる仕草をしてみせる。

 ゴクチョーの言う【魔女スポットの根絶】が、どれほど大掛かりなものになるかはわからないが、実際に住んでいる人にとってはろくなことにならないだろう。

 今の居場所を土足で踏みじられるか、最悪の場合はどこかへ追いやられてしまうかもしれない。

 行く宛のない子どもたちにとっては死活問題だ。

 

「そう考えると、加々良さんはゴクチョーさんと利害が一致しますね」

「そうなんですの?」

「ほら、あれを見てください」

 

 シェリーが指さしたのは、職員室からも見えた、赤いアドバルーンだった。

 

「元は四方向に浮いていたんでしょうけど、今は浮いてるのは二つだけです。一つは萎んで屋根の上に乗っかったまま。ホテルはオープン間近の一番キレイな状態なのに、あれを放置しているのはおかしくありません?」

「言われてみればそうですわね」

「ということは、あのホテルには人がいないんですよ! ゴクチョーさん、【交通規制をかけている】って言ってましたよね? 現地の人に含まれない加々良さんをはじめ、スタッフの方たちは出入り禁止になっているんだと思います! どうですか? 名探偵シェリーちゃんの名推理!」

「ま、まぁ……多少はもっともに聞こえますわね」

 

 ここで肯定すると調子づくのが目に見えているため、ハンナは曖昧な返答で茶を濁す。

 シェリーの推理が正しければ、加々良は【魔女スポットのせいでホテルがオープンできない】という由々しき事態に直面していることになる。

 施設に立ち退きを訴えるのも、間接的な【魔女スポットの排除】と見ることもできる。

 さらに言えば、彼が子どもたちのことを何とも思っていないことは、二人から見ても明らかだった。

 

「やっぱり、わたくしは加々良さんを味方だと思いたくないですわ。魔女スポットの排除は必要かもしれませんけど、子どもたちをここから追い出すなんて……!」

「それは私も思います。なんとかゴクチョーさんにお願いできませんかねー?」

 

 

 


 

 

 

「ヘックシ! ……いま、誰か私の噂をしました? おや? 私に電話ですか?」

 

 真っ暗な部屋の中で佇むゴクチョーに連絡が入る。

 休憩を邪魔されたためなのか、うんざりした様子でゴクチョーは返事をした。

 

「もしもし? えぇ、私は可愛いフクロウのゴクチョーですが? ……いいえ、私は自動車修理のことなど何もわかりませんが。サイドミラー? すみません、何のことだか……」

 

 しばらく電話を続けていたゴクチョーだったが、不意に彼の瞳にヒビが入る。

 

「ご、ひゃく……何ですって? え? 私が払うんですか??? あの、本気で言ってます? こんな可愛いフクロウに支払い能力があるわけ……」

 

 ゴクチョーの首がガクガクと震え、右に左に回りだす。

 

「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。橘シェリーさんというのは、他に選択肢が無かっただけで、私の意思で選んだわけでは……ですから私に責任があるとは……」

 

 ゴクチョーの無駄な抵抗は、それから一時間近くにまで及ぶのであった。

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