【橘シェリー】
高校生。かつて怪力の魔法を持っていた元・魔法少女。
【遠野ハンナ】
高校生。かつて浮遊の魔法を持っていた元・魔法少女。
【ゴクチョー】
名目上はフクロウ。かつて牢屋敷の管理職を務めていた元・獄長代理。現在は魔女因子専門の対策組織に在籍。
【
ゴクチョーが人間社会に溶け込むために必要な飼い主役。
【
児童養護施設・水晶の家の施設長。
【
施設の年長者。赤髪のお人好し。何らかの魔法を持つ。
【
施設の年長者。水色髪の人見知り。ルビーとは幼馴染。
【
施設の年長者。緑髪のメガネ少女。悪い噂に目がない。
【
施設の年長者。茶髪の長身。外出が多い。
【
カガラ・クリスタルホテルのオーナー。運転が荒い。
【
前・施設長。三年前に死亡。
養護施設での仕事として、まず命じられたのは、子どもたちの書いた絵を壁に貼ることだった。
ハンナはハシゴに登り、子どもたちの絵を一つ一つ、画鋲で壁に止めていく。
「って、これはハシゴじゃなくてキャタツですわー!!」
「どう違うんですか? 高い所に登る物なのは一緒です。もっと本質を見ましょうよ、ハンナさん!」
「うう……納得いかねーですわ~」
ハンナは、ハシゴ改めキャタツに足をかけながらぼやきだす。
子どもたちが誤って破らないように、高い位置に絵を貼るよう指示されていた。身長が低い部類のハンナにとっては、なかなかの重労働だ。
こういうときばかりは、かつて自分が持っていた浮遊の魔法が恋しくなってくる。
尤も、魔法を使ったところでシェリーの方がまだ身長が高いのだが。
「それなのに、なんでわたくしが貼る係なんですの!?」
「私は別のお仕事で忙しいですから! とりゃ~っ!」
シェリーが陽気な掛け声と共に、腕をバタンと倒す。
彼女がやっているのは腕相撲だ。
「これで全抜きです! 私に勝てる子はいないんですかねー? まだまだ全然余裕ですし、怪力も使ってないんですけどねー! わっはっはぁ~っ!」
「大人気ねーですわよ……」
シェリーに煽られて塞ぎ込む子どもたちの、悲しそうな姿が目に入る。
続いて、ハンナはホウキを手に、廊下の掃き掃除をしていた。
(ホウキといえば……あの時を思い出しますわね)
牢屋敷の記憶が蘇る。
友だちとピクニックに行った時、唐突にシェリーがホウキを差し出してきたのだ。
それからシェリーと共にホウキに乗り、浮遊の魔法で低空飛行を行った。
傍から見れば、ふざけて遊んでいるような光景だった。
「…………」
ハンナは記憶を振り払うように、首をぶんぶんと横に降った。
自分がシェリーに、初めて本音を明かすことになった大切な思い出。
そして同時に、二度と体験したくない辛い思い出でもある。
なぜなら、自分の本音に対するシェリーの返答は、決して本音ではなかったのだから。
(わたくし、どうしてシェリーさんにあんなことを……)
ホウキを持つ手が止まる。
【殺してほしい】と自分は願った。
その願いをシェリーは受け入れた。
そうして生まれた【殺人事件】は、未だに心の中で渦巻いている。
「ハンナさん!」
「えっ?」
シェリーの声がした。
──バコン!
頭に衝撃が走って、視界が揺れる。
「あちゃー! 当たっちゃいましたかー!」
「…………何を、やってるんですの」
「子どもたちとサッカーを」
どうやら、ゴムボールを思い切り蹴り飛ばしたようだった。
「シェリーさん……!?」
「てへっ☆」
「てへっじゃねーですわっ!! 人が仕事してるのに室内でサッカーなんて、このクソ女! ブッ殺……いや、お殺しに……うがあああふざけんなですわーーーっ!!」
「ごめんなさい~~~!」
昼過ぎ。子どもたちはお昼寝の時間になり、二人には一時の休息が訪れていた。
「はぁ……はぁ……! ようやく落ち着きましたわね……!」
「お疲れ様です、ハンナさん!」
「あなたが一番、手のかかる子どもでしたわ~!」
「いやー、ついはしゃいじゃいましたねー! でもでも、私だって遊んでばっかりじゃないんですよ! 子どもたちから色んなお話を聞こうと頑張ってたんです!」
「本当かしら? 疑わしいですわね……」
「本当ですよー!」
「なら、どんなお話が聞けましたの?」
「…………」
「何も聞けなかったんじゃねーですの!」
微笑んでごまかすシェリーに、ハンナはがくりと崩れ落ちる。
どうやらシェリーは、子どもたちを打ち負かすことに熱中していたようだ。
「まぁ、シェリーさんにやられて悔しがっていた様子を見る限り、魔法を使える子はいなさそうですわね。あなたにあれだけ勝ち誇られたら、我慢できずに魔法でやり返してしまいそうですもの」
「ですよね! 私もそれを調べたかったんです!」
「後出しで計算ずくアピールしてもわたくしは騙されませんわよ?」
「でも、そうなると魔法を使えるのは、今のところルビーさんだけということになりますねー。……おや?」
シェリーの目が窓の外を捉える。
噂のルビーが外を歩いているのが見えた。
天気はつかの間の曇り空で、いつ雨天が再開してもおかしくない。
そんな状況で外出する用事があるとは思えなかった。
「ルビーさん、何をしてらっしゃるのかしら?」
「気になりますね! 尾行してみましょう!」
言うが早いか、シェリーが玄関へと走り出す。
ハンナも「ちょっとお待ちなさい」と後に続いた。
玄関で靴を履き、外へと出る。
幸いにもルビーの足跡が地面にくっきりと残っており、後を追うのは簡単だった。
その先は施設の裏手に続いていく。
「ハンナさん、見てください!」」
施設を囲む石塀にポッカリと隙間が開いていた。
その隙間は大きな木の陰に位置しており、石塀の劣化というよりも作為的に隠されているような印象を受ける。
「もしかして秘密の抜け道じゃないですか!?」
「あなたわくわくしてません? 一応、探検じゃなくて尾行なんですのよ?」
徐々に声が大きくなっていくシェリーをたしなめる。
二人が隙間を通ると、その先は鬱蒼と茂った森へと続いていた。
けもの道にも近い森の中を、足元に注意しながら進んでいく。
「……なんだか、不思議な感じがしますね」
「シェリーさんもですの?」
奥へ進むに連れて、二人は奇妙な感覚を覚えていった。
初めて来る場所なのに、迷うかもしれないとは思わなかった。
まるで何かに導かれているような感覚だった。
──やがて、道が開けた。
「わぁ……!」
シェリーは感嘆の声を漏らしていた。
そこだけ木々の映えていない、開けた空間の中に【それ】はあった。
直径3メートルはあろうかという大きさの【それ】は、夜空に浮かぶ満月がそのまま大地に鎮座しているかのような、完全な球体の水晶玉だった。
透き通った空間の中に、雲とも雪とも言える白い筋が複雑な模様を描いている。
水晶へ近づくたびに、内部で乱反射した光が虹色の帯となり、別の姿を映し出す。
あまりに現実離れした光景に、二人は言葉を失うほかなかった。
「これが……そうなんでしょうか?」
シェリーがそっと呟き、水晶玉へと触れる。
魔女スポットという特殊な環境を生み出す【根源】。この水晶玉がそれだと言われれば、確かに納得するしかない。
「だ、大丈夫なんですの? 魔女因子がそこから溢れ出ているって話じゃなかったかしら? 不用意に触ったりしたら──、した……ら……!」
ハンナがあんぐりと口を開けた。
それもそのはず、シェリーがとんでもないことをしていたからだ。
「す、すごいすごーい! 見てください、ハンナさん! 【持てました】よ!」
彼女は片手で巨大な水晶玉を持ち上げていた。
「あ、あぶ、あぶ、危ねーですわ!」
「えー、余裕ですよ? どうやら私、怪力の魔法を取り戻しちゃったみたいです!」
「いいからさっさとそれを起きやがれですわ~!」
「はーい」
シェリーが水晶玉を置くと、ズシーンと地響きが鳴った。
ハンナは冷や汗をかきながら言う。
「ま、間違いないですわね。この水晶玉こそが、ゴクチョーさんが求めていた物証ですわ」
「一応、ハンナさんも確かめてみませんか? 二人揃って魔法が使えるようにならないと、ゴクチョーさんは納得しないかもしれません」
「うう……気は進みませんけど、そう言われると仕方ないですわね」
言われるがままに、ハンナも水晶玉に触れてみる。
そして、すぐに効果は表れた。
「おおーっ! ハンナさんが浮いています! 足元から10センチ、歩くよりもゆっくりなスピード! これは確かにハンナさんの魔法ですよ!」
「う、うるせーですわね! いちいち解説しないでくださる!?」
頬を赤らめながらハンナは魔法を解除し、着地する。
──ちょうど足元に木の枝があった。
パキッ! パキッ!
枝の折れる音が重なる。
思わず二人は振り返った。
そこにいたのはルビーだった。
「い、今のって……! シェリーさん、ハンナさん……!?」
「ルビーさん!? もしかしなくても……見ていたんですの?」
「なら、話は早いですね! 私たちも持っているんですよ! ちょっと不思議なだけで、あまり驚くことでもない【魔法】です!」
「そ、そうだったん……ですね。シェリーさんのは全然ちょっとじゃないですけど」
ルビーは、ほっとしたように後ろへ声をかける。
「ナッちゃん、もう隠れてなくても大丈夫だよ」
「…………」
木の陰からナッツが現れる。
どうやらシェリーたちの動向を見張っていたようだった。
ルビーは言う。
「お察しの通りです。私とナッちゃん、それとリシアちゃんとローネちゃんも。年長の四人は、シェリーさんの言う魔法を持っています。もっと正確に言えば、この水晶玉の存在を知っている四人ですね」
「昔、あたしたちがもっと子どもだった頃にママが教えてくれたんだ」
「ママというと、セーラさんですか?」
シェリーの言葉に、ナッツは首を横に振る。
「違う、前のママ。霧谷クオレ・ママ」
「あぁ、あの写真に映っていた……」
「あたしにとってのママはクオレ・ママだけだ。リシアは媚びへつらってセーラのことママなんて呼んでるけど」
「ナッちゃん、そんな言い方はダメだよ!」
「とにかく、クオレ・ママは言ってたんだ。昔からこの付近では、水晶玉を巡って争いが絶えなかったんだって。だから施設を作って、水晶玉を近くで見守ってきたんだって。それが自分の役割なんだって」
「その時は、あたしたちには意味がわかりませんでした。でも、三年前にクオレ・ママがいなくなってから、不思議なことが起きるようになって……」
そう言うと、ルビーは腰をかがめて、足元のぬかるんだ地面に触れる。
──途端に、土が明るい色へと変貌し、表面が皮のようにめくれあがった。
「あたしの場合は、水分を一瞬で蒸発させられるようになりました。【乾燥】の魔法とでも呼べばいいのでしょうか」
「おおー! 私とハンナさんの服を乾かしたのもそれですね?」
「はい。そのあと、ナッちゃんが二人に水をかけたのはあたしのせいです。魔法のことを秘密にしようと言い出したのはあたしなのに……」
「そうだったんですねー! それなら納得です!」
水たまりを跳ねられたはずの、シェリーたちの服が乾いている。その不自然さを解消するために、ナッツは水をかけたとのことだった。
「ナッツさんの魔法は何ですか?」
「……大したことないけど、ほら」
ナッツの右手から水が溢れ出し、空中で自在に動き回る。
やがて作り出されたのは、等身大のルビーを象ったオブジェだった。
「すごいすごーい! これは芸術ですよ!」
「見た目は水なのに、ルビーさんにそっくりですわね」
「あ、危ない! 二人とも離れて!」
「え──」
バシャンと、水のオブジェが流れ落ちる。
近くで見ていたせいで二人の体はずぶ濡れになってしまった。
「言ったじゃん、大したことないって。あたしの魔法は【液体彫刻】。水の作り出す一瞬の形を切り取って作品を作るんだけど、せいぜい二秒しか持たない」
「ごめんなさい、シェリーさん。最初に言っておいたほうが良かったですね」
ルビーの魔法で、濡れた衣服が一瞬で乾く。
ルビーとナッツ。正反対でありながら、お互いを補い合うような魔法だった。
「それで、次は私の番ってわけかしら?」
「あっ、リシアちゃん!」
木陰からリシアが現れる。
「まったく、どこで油を売っているのかと思ったら、こんなところにいたのね。そろそろ子どもたちが起きる頃よ?」
「そういえば……! す、すみません! あたしお先に失礼します!」
「私たちも戻った方がいいわ。これだけの人数が施設を離れていたら、怪しまれるわよ?」
「そうですね! ですが、その前にリシアさんの魔法を教えていただいてよろしいでしょうか!?」
シェリーの興味津々といった口調に、リシアは小さく微笑んだ。
「あまり見せびらかすものでもないけど、いいわ。その身で味わいなさい」
リシアが手をかざす。
──ぶわっと風が吹き荒れ、シェリーとハンナのスカートがめくれあがった。
「ぴぃっ!? な、な、何しやがりますの!?」
「くすっ、ごめんなさい。ちょうどいい的が目の前にあったものだから。私の魔法は風の向きや速さをコントロールできるの。【風力操作】ってところかしら?」
「だからってなんでスカートめくりなんですの!? 飛ばすものなら周りにいっぱいあるってのに! シェリーさんも何とか言ったらどうなんですの!?」
「私は別に気にしませんよ? ハンナさんのパンツくらい見慣れてますから」
「あら、そういう関係なの?」
「ち、違いますわよ! 昔は一緒に服を洗濯して干していたってだけですわ! シェリーさん、誤解を招く発言はやめてくださいまし!」
「……あんたら、さっさと戻るって話じゃなかった?」
ナッツに急かされ、ハンナは渋々、矛を収めることになった。
その帰り際、玄関に入ろうとしたところでローネと鉢合わせる。
「あぁ、あんたたちか。ルビーから話は聞いたよ。新しく入ってくる子じゃなかったんだってね」
「はい、ただのボランティアです!」
「あっはっはっ! 【ただの】ボランティアじゃないってことは、もう聞いたよ」
ローネは声量を下げ、シェリーたちに近づくよう促す。
そして、手のひらを地面に向けると……べシャリと土の山が積み重なった。
「あたいの魔法は【土砂】だよ。何か質問はあるかい?」
「土砂って言っても色々とありますよね?」
「まぁね。砂金でも取れればお金もちになれるんだろうけど、あいにく触ったことのある土しか出せないんだ。あたいにゃ地道に稼ぐのがお似合いさ」
そう言って、ローネは自虐気味に笑った。
「これで自己紹介は終わりだね。あたいとあんたたちはお仲間ってわけだ。言うまでもないだろうけど、これは当事者だけの秘密だよ?」
「私とハンナさん、そしてローネさんたち年長者を合わせた六人の秘密ですね?」
「わたくしたちなら心配無用ですわ。ですが、セーラさんにはバレていませんの?」
「……セーラか」
その名前を口にすると同時に、ローネの顔から表情が消える。
「あの女は親じゃないからね。子どものことなんか何も見えちゃいない」
「え……」
積み重ねられた土が乱暴に蹴り払われる。
「あたいたちの親はクオレ・ママだけだ。問題ないよ、どうせバレやしないさ」
ローネは不敵に笑うと、施設の中へと消えていく。
シェリーたちはその背中を静かに見送っていた。