名探偵シェリーちゃんの事件簿   作:青山風音

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【登場人物】
【橘シェリー】
 高校生。怪力の魔法を持つ魔法少女。
【遠野ハンナ】
 高校生。浮遊の魔法を持つ魔法少女。
【ゴクチョー】
 名目上はフクロウ。かつて牢屋敷の管理職を務めていた元・獄長代理。現在は魔女因子専門の対策組織に在籍。
福老(ふくろう)
 ゴクチョーが人間社会に溶け込むために必要な飼い主役。
高根(たかね)セーラ】
 児童養護施設・水晶の家の施設長。
毬山(まりやま)ルビー】
 施設の年長者。赤髪のお人好し。乾燥の魔法を持つ。
倉兼(くらがね)ナッツ】
 施設の年長者。水色髪の人見知り。ルビーとは幼馴染。液体彫刻の魔法を持つ。
天戸(あまと)リシア】
 施設の年長者。緑髪のメガネ少女。悪い噂に目がない。風力操作の魔法を持つ。
入地(いりち)ローネ】
 施設の年長者。茶髪の長身。外出が多い。土砂の魔法を持つ。
加々良(かがら)カチオ】
 カガラ・クリスタルホテルのオーナー。運転が荒い。
霧谷(きりたに)クオレ】
 前・施設長。三年前に死亡。




日常編⑥

 夕刻。施設のキッチンには、夕食作りに取り掛かる三人の姿があった。

 シェリー、ハンナ、ルビーが今日の献立であるカレーを作っていたのだが……。

 

「シェリーさん、包丁を使ってくださらないかしら?」

「え? どうしてですか?」

 

 シェリーはきょとんとした顔で、手に力を込める。

 ──ジャガイモが握り潰された。

 

「マッシュポテトでも作る気ですの!? ちゃんと包丁で切ってくださいまし!」

「包丁なんて危ないですよー! そうだ! 子どもたちの手の届かない所に隠しておきましょう!」

「あはは、大丈夫ですよシェリーさん。ここの子どもたちは刃物で遊んだりしませんから」

 

 ルビーは笑いながら、慣れた手つきで野菜をカットしていく。

 ハンナもそれに続くと、いよいよシェリーは手持ち無沙汰になるのだった。

 次第に、キッチン内にいい香りが漂ってくる。

 香りに引き寄せられたのかナッツ、リシア、ローネが次々と顔を出しに来た。

 

「ルビちゃん、カレーは甘口でよろしく」

「私は中辛がいいわ」

「何を言ってんだい? カレーは辛口が美味いんだよ!」

「ああ、もう! 辛いのが好きな人は各自で調整して!」

 

 みんな考えていることはバラバラだ。

 

「でも、みんないい子なんです」

 

 そう口にするルビーの表情は、母親のような温もりがあった。

 

「違う子同士でも支え合って、生きていける。みんなクオレ・ママを見て育ってきたから、そういう優しさを受け継いでいるのかもしれません。いつクオレ・ママに見られても恥ずかしくないように、みんな……」

「……あの、三年前なんですけど──」

「うわああああん!!」

 

 ルビーたちの過去に踏み込もうとしたシェリーだったが、キッチンに飛び込んできた少女の泣き声に阻まれた。

 ルビーは慌てて声を掛ける。

 

「どうしたの!?」

「お風呂でスケートしてたら転んだああああ!」

「お、お風呂で!? スケート!?」

「うわあああああああん!!」

 

 少女の頭にはコブができていて、少し血も滲んでいた。

 

「シェリーさん、ハンナさん! すみませんが、手当をお願いできますか!? こちらはちょうど手が離せなくて……」

「えぇ、わかりましたわ! 確か救護室がありましたわよね?」

「はい! 私の記憶によればここを出て左の方です!」

 

 シェリーは泣き喚く少女を小脇に抱えて、ハンナと共に走り出していった。

 

 

 

 救護室で手当を終えると、少女はすぐに元気を取り戻した。

 そして、そのままあっという間に部屋を出ていってしまった。

 

「こ、こら! ちゃんと安静にしないとダメですわよ!」

「いやーヤンチャですねー!」

「まったくもう……」

 

 ハンナは呆れながら、開けっ放しの救急箱を片付ける。

 それを戸棚にしまおうとしたとき、あることに気づいた。

 

「この瓶、見覚えがありますわね」

「あっ! それって睡眠薬じゃないですか!」

 

 シェリーが言う。

 かつて二人が牢屋敷にいたときに見たことがある、蓋に蝶の模様が描かれた睡眠薬そのものだった。

 

「懐かしいですねー! ちょっとペロッとしただけで頭がボーッとしちゃったのを思い出します! ハンナさん、舐めちゃダメですよ?」

「舐めませんわよ! 落ちている薬を勝手に舐めるなんて、はしたないどころじゃありませんわ! 正気を疑いましてよ!」

「そんな言い方は酷いですよー! ノアさんだって舐めてますし、ヒロさんにいたってはグイッと一本全部いったんですから!」

「ヒロさんの方は偽証だったって話ですわよ……」

 

 ハンナは戸棚を閉じると、一つ息を吐いてシェリーに向き直る。

 牢屋敷の話題になったこともあり、ちょうどいいタイミングだった。

 

「シェリーさん。ここの魔女スポットですけれど、どうするおつもりですの?」

「それはゴクチョーさんに【ありのままを伝えるかどうか】というお話ですか?」

 

 ハンナは心苦しそうに頷く。

 それを見てシェリーは「うーん」と顎に手を当てて言った。

 

「私としては、やはり伝えるしかないと思います。たとえこの真実が子どもたちを離れ離れにするとしても、真実を隠し続ければ【最悪の事態】を迎える可能性があるわけですし」

「……そうでしたわね。わかりきったことでしたわ」

「わかりきったことでも、立ち止まって悩んでみるのは自然なことだと思いますよ」

 

 魔女因子がもたらす悲劇を二人は知っている。

 おそらくそれが常に悲劇で終わるであろうことも。

 なぜなら魔女因子は、人間に悲劇をもたらすために撒かれたものだから。

 二人の中で結論は固まった。

 その時だった──!

 

 

 

 

 

 ガシャン!

 

「っ!?」

 

 救護室の窓ガラスが勢いよく割れた。

 外から飛び込んできた何かが宙を裂き、戸棚へと突き立って静止する。

 それはボウガンの矢だった。

 

「だ、誰ですのっ!? こんな──!」

「ハンナさん! この矢、手紙がついています! 矢文ってやつですよ!」

 

 シェリーは背を伸ばして矢を引き抜くと、撒かれた紙を器用に取り外していく。

 開かれた紙には、真っ赤なインクで不気味な文字が書き連ねられていた。

 

我が聖域を脅かす愚かな罪人共 死の裁きを受けよ 水晶の魔女

 

「水晶の──」

「──魔女!?」

 

 二人の声が交錯する。

 

「こ、これは……脅迫状ですの!?」

「どちらかといえば予告状ですね。この矢は、さしずめ【水晶の矢】と言ったところでしょうか」

 

 矢の胴体(シャフト)部分には水晶が散りばめられており、手の込んだ特注品という印象を受ける。

 シェリーは矢を観察し終えると、続いて窓際へと向かった。

 

「シェリーさん!? 危ないですわよ!」

「心配無用です。犯人は矢を撃った時点で逃げ去っているでしょうし、この場で殺すつもりなら手紙をよこしたりしません」

 

 外は暗く、既に雨は降り始めている。

 犯人の姿はもちろん、痕跡を捉えることも不可能だった。

 

「わざわざ探偵に狙いを定めるなんて……燃えてきちゃいますよねー!」

「燃えてきちゃいますよねー、じゃねーですわ! わかってるんですの!? 命を狙われてるんですのよ!?」

「だってだって、犯人からの予告状ですよ!? 予告状とダイイングメッセージは、探偵にとってラブレターにも等しいものじゃないですか!」

「バカなの!? これっぽっちも共感できませんわー!」

 

 大きな声でまくしたてるハンナに対し、シェリーは落ち着いた口調で言う。

 

「そもそもハンナさんは【命を狙われてる】って言いましたけど、私にはそうは思えないんですよね。手紙にある聖域が魔女スポットを指しているなら、確かに私たちは【聖域を脅かす】存在ではありますけど、【愚かな罪人】という表現は正しいのでしょうか? この手紙が殺意を向けている相手は、他にいるのでは?」

「そんなの、犯人が自分に仇なす人を全員、罪人とみなしているだけでしょう!」

「うーん、そう言われるとそこまでなんですけど……」

 

 その時、部屋の外から足音が近づいてくるのが聞こえてきた。

 救護室の扉が開き、現れたのはセーラだった。

 

「何の騒ぎなの!?」

「あっ、セーラさん! ちょうどいいところに!」

 

 シェリーが手紙をセーラへと見せる。

 

「──っ!? こ、これは……何のイタズラですか!?」 

「いいえ、おそらくイタズラではありません」

「そうですわ! すぐに警察をお呼びになりませんと!」

「警察……!?」

 

 その言葉を口にした瞬間、セーラの眉間に皺が寄った。

 

「バカバカしい! どうせ加々良の嫌がらせでしょう!?」

「ちょっ……」

 

 シェリーの手から紙が奪われる。そのまま、セーラは紙をビリビリと引き裂いてしまった。

 ハンナが大きな声で問い詰める。

 

「な、何をしてるんですの!?」

「こんな意味不明なイタズラを真に受ける必要なんてありません! 二人は早く割れたガラスを掃除しなさい! 子どもたちが踏むと危ないですから!」

「でしたら──!」

 

 子どもたちの安全を考えるなら、なおのこと警察を呼ぶべきだ。

 ハンナのその主張よりも先に、シェリーが口を挟む。

 

「心当たりあるんですか?」

「っ!?」

 

 セーラの体がビクリと震えた。

 だが瞬きを終える頃には、射抜くような視線で二人を睨みつけていた。

 ハンナは恐怖を覚え、思わずシェリーの背中にすがりつく。

 一方のシェリーは、全く動じることなく話を続けていく。

 

「手紙に書かれた【罪人】ですよ。セーラさんに心当たりがあるなら、警察の介入を避けようとするのも当然かなーと思いまして」

「……何が言いたいのかしら?」

「え? 言いたいことはもう言ってますよ? ……心当たり、あるんですか?」

「…………」

 

 割れたガラスの外からは、雨音が絶えず鳴り続けている。

 

「警察というのはね……橘さん、そこにいるだけで人を悪人たらしめる存在なんですよ。私たちと警察が近づけば良くない噂が立つ。加々良が私たちを追い出すきっかけになってしまのです。だから警察の介入を避けた。これでいいかしら?」

「なるほど。セーラさんは、警察と一緒にいる人を見て【加害者なんだ】と思うタイプなんですね」

「橘さん。あなたが選んだ職場体験は養護施設のスタッフでしょう? 探偵ごっこをしたいのなら、もっと適した職場があるんじゃないかしら?」

「あー、そういえばそうでしたねー!」

「早くガラスを片付けるように」

 

 セーラは冷たく言い放ち、去っていった。

 

 

 


 

 

 

 夕食を終え、細々とした仕事をこなしているうちに時刻は午後9時を回っていた。

 子どもたちが眠りについた後、シェリーたちは入浴を済ませ、スタッフ用の宿泊室に来ていた。

 簡素な二段ベッドは、奇しくも牢屋敷の日々を想起させる作りだった。

 

「ハンナさん、どっちがいいです?」

「別にどっちでも……」

 

 ハンナは上の空といった状態だった。

 結局、警察は呼ばれることなく、イタズラの度を超えた予告状は黙殺された。

 何か良からぬことが起きるのではないかと、不安でいっぱいだった。

 

「はい、準備できましたよ!」

 

 シェリーの声に振り向く。

 

「……?」

 

 シェリーは下のベッドに寝転び、ハンナの方を見つめていた。

 彼女の位置は不自然なほどに奥の方で、開けた手前側のシーツをぽんぽんと手で叩いている。

 その行動の意味がわからず、ハンナはしばらくきょとんとしていた。

 

「どうかしました? あ、それともハンナさんが奥で寝る方がいいですか?」

「……なっ!??」

 

 ようやくシェリーの意図を理解し、ハンナは上ずった声を上げた。

 

「ど、どど、どうしてそうなるんですの!? お、おおお同じベッドで……!」

「だって、せっかくのお泊まり会なんですよー! 一緒に寝ましょうよー!」

「そんな恥ずかしいマネできるわけないでしょう!?」

 

 真っ赤な顔で叫ぶハンナだったが……。

 

 ガタガタガタッ!

 

「ぴゃわわぁっ!?」

 

 強風が窓を揺らす。

 途端に、上書きされかけていた不安が蘇ってきた。

 

「……ま、まぁ別に? 一人で寝るのが怖いとか、そんな子どもっぽい理由じゃなくて、シェリーさんが寂しいっていうなら? ……て、手を繋いで寝てあげるくらいはしてあげても……」

「ありがとうございまーす!」

「ぎゃあっ!」

 

 手を掴まれ、布団の中へと引きずり込まれる。

 

「ちょっ! 抱きついていいとは言ってませんわ! 離れなさい~~~!」

「私、ハンナさんと一緒じゃないと、寂しくて一人じゃ寝られないですー!」

「わたくしはこんな状況じゃ寝られませんわ~!」

「グーグー……」

「早っ! 寝るの早っ!」

 

 眠りに落ちたシェリーは脱力したらしく、ハンナは何とか体勢を整える。

 

「まったくもう……せめて電気は消さないと。電気代がもったいないですわー」

 

 ブツブツと小声で呟きながら、入口付近にあるスイッチを押す。

 部屋が暗闇に包まれたことで再び不安が脳裏を過ってきた。

 ハンナは急いでシェリーの隣に潜り込む。

 

(…………ひ、一人でも、ね、寝られますし!)

 

 ハンナはそっと彼女の手を握り、目を閉じた。

 

 

 

 

 

(……眠ったようだね。よく効く薬だ)

 

 部屋の外で聞き耳を立てる一つの人影があった。

 人影の手に握られているのは、睡眠薬の瓶だった。

 

(ふふふっ……せいぜい夢見心地に浸っているといい。それが永遠の眠りになるとも知らずに)

 

 音もなく扉が開かれる。

 

(さぁ、命を持って償うがいい! これが水晶の魔女の怒りだ──!!)

 

 

 


 

 

 

 雨風の強さは深夜に最盛期を迎え、朝になってもなお続いていた。

 繋がった水たまりが浸水の様相を見せ始めた道路を、一台の黄色い車が駆け抜けていく。

 車体を叩く雨風が存在せずとも、安全運転とは程遠いスピード。おまけに運転手はスマホを手にしている。

 カガラ・クリスタルホテルのオーナー、加々良カチオだった。

 

「あぁ、緊急のアポイントメントだ。人目につく時間帯が嫌だと、クライアントがそう言っているものでな。だから今日の朝会はキャンセルと周知しておいてくれ」

 

 車のワイパーは忙しなく往復し、タイヤは大きな波を引き起こす。

 

「……察しがいいじゃないか。そうだ、魔女因子とやらを生み出す原因の情報を売ってもらえることになった。そいつが確かなら例の機関にも動いてもらえる。私の手柄ということで謝礼も払ってもらおう。あのバカ女に壊された修理代だけじゃ不十分だからな。あぁ、とにかくそっちは頼んだ。やっとホテルがオープンできるんだ、これから忙しくなるぞぉ!」

 

 加々良は、通話を切ったスマホを手にもったまま言う。

 

「ククク……ガキというのは実に便利だな。端金(はしたがね)と口約束だけで簡単になびく。おまけに裏切りとスパイ行為に抵抗感はゼロ」

 

 酷薄な笑みが加々良の顔を満たしていく。

 だが──

 

「ん? なんだ? 何か……」

 

 ──もう彼が笑うことはない。

 

「うっ……うわああああああああああああああっ!!」

 

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