【橘シェリー】
高校生。怪力の魔法を持つ魔法少女。
【遠野ハンナ】
高校生。浮遊の魔法を持つ魔法少女。
【ゴクチョー】
名目上はフクロウ。かつて牢屋敷の管理職を務めていた元・獄長代理。現在は魔女因子専門の対策組織に在籍。
【
ゴクチョーが人間社会に溶け込むために必要な飼い主役。
【水晶の魔女】
全身黒タイツのシルエット。蓮見レイアが演じているため、口調から正体を推理することはできない。
【
児童養護施設・水晶の家の施設長。
【
施設の年長者。赤髪のお人好し。乾燥の魔法を持つ。
【
施設の年長者。水色髪の人見知り。ルビーとは幼馴染。液体彫刻の魔法を持つ。
【
施設の年長者。緑髪のメガネ少女。悪い噂に目がない。風力操作の魔法を持つ。
【
施設の年長者。茶髪の長身。外出が多い。土砂の魔法を持つ。
【
カガラ・クリスタルホテルのオーナー。運転が荒い。
【
前・施設長。三年前に死亡。
「大変! シェリーちゃんがガラスを割っちゃったよ! 先生に見つかったら──」
「どうしよう、あの子がカーテンを破ったせいで、あたしまで……!」
「また橘だよ! 今度は壁に穴を開けたんだって!」
「あいつ頭おかしいよ! 人間じゃない!」
子どもたちの声は、心へ穿たれる金釘だ。
「どうしていつもいつも壊すんだ!? お前には学習能力ってものがないのか!?」
「頭の悪い子どもには、こういう教え方しかないんだよ。よく覚えろ!」
「あんたの命なんて最初から無いようなものなんだよ。親に捨てられて、野垂れ死んでたはずの命なんだ」
「どう使おうが拾った奴の勝手。生かしてもらえるだけありがたいと思え!」
大人たちの手足は、体へ刻まれる焼印だ。
(……どうして、でしょうか?)
少女は気づく。
人間の心の中には【自分だけが押せるスイッチ】があるということを。そして、それは絶対に押してはならないものだということを。
でも──
(どうして押してはならないのでしょうか? 誰かから【押すな】と言われたことは一度も無いというのに)
気になった。
今うけている痛みや悲しみよりも、そっちの方が気になった。
少女の手が拳を握り、スイッチへと伸びる。
そして力任せに叩いたとき──
「よくできましたね」
初めて誰かに褒められた。
「────っ!!」
シェリーが飛び起きる。
顔中が汗に塗れ、大きく息が上がっていた。
(あの時の夢、ですね。まだ私がまともだった頃の……)
シェリーにとっては悪夢に分類される夢。実際、彼女の心と体は混乱を訴えている。
だが、頭は冷静だ。
(……あの人の言葉、何か引っかかりますね。【あんなこと】を言うということは、過去に何かあったのでしょうか?)
「ううーん、朝……ですの?」
ハンナがぼんやりとした顔で目を覚ます。
彼女の手はしっかりとシェリーの手に繋がっていた。
「おはようございます、ハンナさん!」
「ふあぁ……! 朝から元気ですわねー……」
「元気じゃないですー! ハンナさんのせいで怖い夢みちゃったんですよ!」
「あら、あなたにも怖いものがあるんですの? ……ん? わたくしのせい?」
「そうですよー!」
シェリーはムッとした表情でハンナに覆いかぶさった。
「せっかくハンナさんをぎゅっとしていたのに、どうして離しちゃうんですか!?」
「ぎゃっ!? ちょっ、朝から熱苦しいですわ~~~!」
ハンナはそのまま、眠気覚ましの熱い抱擁を受ける羽目になった。
早朝6時。まだ子どもたちが眠りについている時間帯。
窓の外では相変わらず強い雨が降り注いでいる。
「まったくもう……いきなり体力を使わせないでくださいませ……」
「私は元気いっぱいですよ!」
「わたくしは疲労困憊ですわ~」
二人は朝食当番の仕事のため、キッチンへと向かっていた。
キッチンに入ろうとしたところで、同じく朝食当番のローネと出会う。
「おはようさん、二人とも時間通りで感心なことだね」
「ローネさん、おはようございます!」
「朝から元気だねぇ、外はこんな悪天候だってのに。ま、今日は外に出る予定はないから別にいいけどね」
「そういえばローネさん、昨日バイトに行く前に妙なことを言ってましたよね?」
「ん? 何か言ったっけかな?」
ローネは首を傾げる。
それだけでは本心なのか、とぼけているのか判断がつかない。
「ほら、私に耳打ちしたじゃないですかー!」
「わたしくは聞いておりませんでしたけど、確かにしていましたわね」
「……あぁ、あれか。はいはい、思い出したよ。あれは──」
ガシャン!
キッチンの中から何かが割れる音がした。
「ん? 誰か皿でも割ったのかい? 今日の食事当番は他にいないはずだけど」
「……ローネさん、この音は違います。割れたのはお皿じゃありません」
「わ、わたくしも聞き覚えがありますわ!」
ハンナがハッとした表情で言う。
シェリーは、「何のことだい」と尋ねるローネの横を通り抜け、神妙な面持ちでキッチンの扉を開けた。
すぐにローネの表情が変わる。
「な、何のイタズラだい!?」
「これは……!」
「矢ですわ!」
キッチンの窓に穴が空き、その向かい側の壁に矢が突き刺さっている。
それはシャフト部分に水晶の散りばめられた、いわゆる【水晶の矢】だった。
「また矢文がついていますね。ちょっと踏み台をお借りします」
矢の刺さった場所はシェリーでも手が届かなかったため、仕方なく部屋の隅に置かれた踏み台に乗る。
その間にハンナは、昨日も同じ矢が撃ち込まれたことをローネに説明した。
「そんなことセーラは一言も言わなかったじゃないか! 隠してたってのかい!?」
「ご、ごめんなさいですわ……」
「あ、いや……あんたたちに言っても仕方ないことだね。問題はセーラだよ。何を考えているんだい、あの女……!」
「取れました!」
シェリーが開いた紙を、ハンナとローネが覗き込む。
相変わらずの真っ赤なインクと不気味な文字。しかし、その内容は予想外のものだった。
我が聖域を脅かす愚かな罪人共 死の裁きを受けよ 水晶の魔女
「水晶の魔女だって!?」
驚いたのはローネだけだった。
シェリーとハンナは、不思議そうに目を合わせることしかできなかった。
「これって、昨日の手紙と同じですわよね?」
「ですね、一言一句きっちり同じです」
厳密に言うなら、同じなのは文面だけだ。
使われている紙や、文字の書かれた位置などは異なっている。
そもそも、昨日の紙はセーラが破り捨てている。
「わざわざ同じメッセージを用意するなんて、どういうことなんでしょうね? 別のメッセージを考えるのが面倒だったんでしょうか? だとすると拍子抜けですねー」
「セーラさんが隠したからもう一回、矢を撃ち込んできたのかしら?」
「なるほどー! 言われてみれば、ローネさんにとっては初めて目にするものですしね!」
「やっぱり隠すべきじゃなかったんですのよ! これを隠したら、またどこかの部屋が狙われることになりますわ! 最悪、人に命中してしまうかもしれませんわ!」
「でもでも、そうまでして私たちに何を伝えたいんですかね?」
「あんたらねぇ、考えるより先にまずは警察に通報だろう! 人に当てようが当てまいが、犯罪には変わりないじゃないか!」
ローネは不安と怒りの混ざった口調で、キッチンを出ようと歩き出す。
その瞬間、衝撃が起きた──!
ガシャァァァァン!!
「なっ!?」
「なんですのっ!?」
ガラスや皿とは比べ物にならないほどの大きな音が鳴り響き、建物全体がビリビリと揺れる。
「この音は外からです!」
「ちょっと、シェリーさん! お待ちなさい!」
シェリーが真っ先に一人で駆け出し、その後ろにハンナが慌てて続く。
二人が玄関に向かうと、そこには靴を手にするルビーがいた。
「あ、シェリーさん! 今、すごい音が……!」
「はい、これから向かうところです! ルビーさん、服は後で乾かしてください!」
扉を開けると雨の音がさらに強まった。
シェリーは傘もささずに、その身一つで豪雨の中へと突入していく。
「あれは……!?」
建物を取り囲む石塀。その入口のすぐ傍に黄色の自動車が衝突していた。
正面から見据えた車体は石塀に遮られ、破壊されたフロントガラスしか確認できない。
めくれあがったボンネットと、クモの巣のようにヒビ割れたガラス。
その奥ではエアバッグが膨らんでおり、運転席の様相を完全に覆い隠している。
「……交通事故でしょうか?」
運転席のドアは少しだけ開いていた。
しかし、誰も降りてくる様子がない。
耳に入ってくるのは雨風の音だけ。
運転手の声はかき消されているのだろうか。
シェリーはゆっくりと車に近づいていく。
ひときわ強い風が吹き抜け、ドアが前方へ大きく開いた。
「……っ!!」
シェリーの目に映ったのは、窓ガラスに穿たれた一つの穴。
その穴の大きさには見覚えがある。
昨日の救護室、今朝のキッチン、それと目の前の穴はよく似ていた。
──だから、車の中にあった【それ】を見ても、シェリーは驚くことはなかった。
「キャアアアアアアアアアアアアァーッ!!」
シェリーのすぐ後ろでハンナの悲鳴が上がる。
後からやってきた少女たち。ローネ、ルビー、リシア、ナッツもまた、それぞれの声を上げる。
彼女たちが目にしたもの。
それは──右目を矢で撃ち抜かれ、脱力した姿勢でシートに寄りかかる死体。
片方だけの虚ろな瞳で窓の外を見つめ続ける、加々良カチオの死体だった。
雨脚は少しずつ弱まっていた。
死体を見た四人の声が、鮮明に聞こえてくる。
「な、なんだいこりゃ……死んでるのかい!?」
「バカなこと聞かないでよ……! こんな状態で生きてるわけないでしょう!?」
「あ……あ……!」
「ルビちゃん、大丈夫……!?」
四人の前でハンナは振り向き、言った。
「いけません! みなさん、早く家に戻ってくださいませ! これ以上、見ていいものではありませんわ!」
ハンナの声にルビーが反応する。
「そ、そう……ですね! 戻らなきゃ! 子どもたちが見にきたりしたら……! それに、皆さんの服も乾かさないと! 本当に風邪を引いてしまいます!」
「でもルビちゃん! 魔法を使ってセーラに見つかりでもしたら……!」
セーラの名前を出したナッツに、リシアが言う。
「ねぇ、ナッツ。あなた最後に来たでしょ? ママは一緒じゃなかったの?」
「あいつのことをママって呼ぶな! ……いや、見なかった。いつも加々良が来たらすぐに顔を出すくせに。まだ寝てるとか?」
「寝てる? こんな大事故が起きたのに、呑気すぎないかしら?」
「リシアさん、違いますよ。これは事故ではなく殺人事件です!」
シェリーが死体を指さして言う。
その指先が示すのは、死体に刺さった矢だ。
矢は死体の右目に正面から深々と入り込んでいたが、シャフト部分の水晶は引き抜かずとも確認することができた。
「これは水晶の矢です! 加々良さんは水晶の魔女に殺されたんですよ!」
「は……? 水晶の魔女ってなに?」
「というか、あんた何やってんだい!?」
「何って……探偵が死体を見つけたら、やることは一つしかありません!」
シェリーは死体に向けてスマホをかざし、写真を撮影し始める。
それはかつて牢屋敷でよく見られた光景ではあったが、この場においては異常な行動でしかない。
ハンナは慌てて叫びだした。
「シェリーさん、まずは警察ですわ! それに現場保全! 探偵が現場を荒らしてどうするんですの!?」
「ですから、こうやって写真に残してるんですよ! とはいえ、これだけ雨でビショビショだと、もう手遅れな感じがしますけどねー!」
「ああもう! ルビーさん、警察に連絡してくださいまし! シェリーさんはわたくしが責任を持って止めてみせますわ!」
「ちょっと待ってください! 警察はまだ早いです!」
シェリーがルビーに向けてスマホの画面を向ける。
そこに映っていたのは、死体に刺さった矢をアップで撮影した写真だった。
一応、角度を調整しており、死体が映らないよう配慮はしていたらしい。
シェリーは言う。
「この矢を見てください! 矢文があります! これは犯人・水晶の魔女からのメッセージですよ!」
「た、確かにありますわね……!」
「キッチンに撃ち込まれた矢と同じってわけかい? なら、あんたたちがさっき騒いでいたみたいに、また同じ文章が書かれてるんじゃないのかい?」
「それは読んでみないとわかりません。ですが、これが死体を発見した私たちへのメッセージだとすれば、無視するのは危険だと思いませんか? もしかしたら【警察に通報したら皆殺しにする】なんて警告が書かれてるかもしれませんよ!」
口元を綻ばせたまま、恐ろしいことをさらりと言ってのけるシェリー。
こう言われてしまってはルビーたちも足を止めざるを得ない。
「さてさて、一体どんな内容なのでしょうか?」
シェリーが紙を取り外し、少しでも雨を避けるべく木陰へ移動する。
そして全員の前で紙を開いた。
我が魔法は水晶 全ての水晶を制御する魔法なり 水晶の魔女
犯人からの手紙を初めて見るリシア、ルビー、ナッツが揃って困惑する。
「水晶の魔女って、本気でそう名乗ってるの……!?」
「水晶を制御って、あの矢のこと……だよね?」
「じゃあ、加々良を撃ち殺したのも魔法で!?」
一方、シェリーは手紙の内容を不思議に思っていた。
「うーん、犯人は何を伝えたいのでしょう? 単に自分の魔法を誇示したいだけなのでしょうか? ハンナさん、どう思います?」
「わ、わたくしに言われましても……! 正直、水晶を制御なんて言われてもピンと来ませんわ」
「ですよね。本当にそういう魔法だって言うのなら……、──あっ! それです!」
「えっ?」
シェリーの声に全員が彼女の方を向く。
「【水晶の魔法】の力を知らしめるのであれば、こんな細い矢より、もっと大がかりでわかりやすいものがあるじゃないですか!」
「それって……あの水晶玉ですの!?」
「そうです! この手紙は【水晶玉との関係性をほのめかしている】! そして私たちに【確かめに来るよう】に指示しているんです! これは行くしかありません!」
シェリーはすぐに走り出す。
ハンナたちも慌てて後に続いた。
裏手にある石塀の隙間を抜け、森の中を進む。
昨日も通った道だからか、それとも水晶玉の放つ魔女因子を感じ取れているからか、シェリーは迷うことなく目的地へと走っていく。
やがて木々の狭間に水晶玉の姿を確認したところで──
コツン!
──爪先に何か硬いものが当たった。
「……包丁?」
昨日、カレーを作った時に使っていた、施設の包丁だった。
それが森の中に落ちており、泥に塗れている。
(どうしてこんなところに──)
シェリーとしては疑問を感じるのは当然だった。
ただ、その答えを紐解くよりも先に、もっと強大な疑問と出くわすこととなった。
「あ……ああ……っ!」
ハンナが青ざめた顔で【それ】を指差す。
彼女が悲鳴を上げなかったのは、【それ】の正体がすぐに理解できず、そして理解した頃には脳が恐怖で支配されていたからだろう。
「なっ!?」
【死体を見慣れている】と豪語するシェリーですら、その光景を前に言葉を失う。
水晶玉のすぐ手前の地面が大きくへこみ、クレーターのような半球の窪みとなっていた。
その窪みは、うっすらと赤みを帯びた水で満たされており、中心には1~2メートルほどの赤黒い板のような物体が沈んでいた。
(これは……!)
シェリーの脳が少しずつ理解を進めていく。
まず、薄い赤色が血痕に似ていることに気づく。
次に、赤黒い板が人間と同程度の大きさであることに。そして人間でいう手首の部分に腕時計があり、それがぺしゃんこに潰れて壊れていることに気づく。
(……あの腕時計、見覚えがあります)
『セーラさん! わたくしにできることなら、ぜひお手伝いさせてほしいですわ!』
『……ありがとう、遠野さん。そう言ってもらえると嬉しいですよ』
(そう言って【あの人】は、ちらりと腕時計を確認していました)
──最後にクレーターの大きさが、水晶玉と全く同じであることに気づく。
(それが意味することは一つ……! これは不可能犯罪です!)
シェリーの脳が理解を終え、答えを導き出す。
そこにあったのは、直径3メートルの水晶玉で押し潰され、原型も残らないほどに崩壊したセーラの死体だったのだ──!