【橘シェリー】
高校生。怪力の魔法を持つ魔法少女。
【遠野ハンナ】
高校生。浮遊の魔法を持つ魔法少女。
【ゴクチョー】
名目上はフクロウ。かつて牢屋敷の管理職を務めていた元・獄長代理。現在は魔女因子専門の対策組織に在籍。
【
ゴクチョーが人間社会に溶け込むために必要な飼い主役。
【水晶の魔女】
全身黒タイツのシルエット。蓮見レイアが演じているため、口調から正体を推理することはできない。
【
児童養護施設・水晶の家の施設長。施設裏手より繋がる森林内にて、全身を押し潰された死体となって発見された。
【
施設の年長者。赤髪のお人好し。乾燥の魔法を持つ。
【
施設の年長者。水色髪の人見知り。ルビーとは幼馴染。液体彫刻の魔法を持つ。
【
施設の年長者。緑髪のメガネ少女。悪い噂に目がない。風力操作の魔法を持つ。
【
施設の年長者。茶髪の長身。外出が多い。土砂の魔法を持つ。
【
カガラ・クリスタルホテルのオーナー。運転が荒い。自家用車の運転席にて、右目を矢で撃ち抜かれて死亡していた。
【
前・施設長。三年前に死亡。
午前7時30分。主のいなくなった職員室にて、少女たちは沈痛な面持ちで俯いていた。
職員室なら子どもたちが立ち入ることは少ない。
これからのことを相談するにはうってつけの場所だった。
とはいえ、自分から言葉を発しようという勇気を持つ者はいなかった。
ルビー、ナッツ、リシア、ローネ。四人の少女は無言で応接用のソファに座っている。
シェリーは一人、手持ち無沙汰なのか部屋中をウロウロしながら、残りの少女の到着を待っていた。
「お待たせいたしましたわ」
入口の扉が静かに開き、ハンナが入ってくる。
それを待ち望んでいたかのように、ルビーが立ち上がった。
「ハンナさん、すみません。朝食の準備も後片付けもお任せしてしまって……」
「いいんですのよ。ルビーさんたちはしっかりと休んでくださいまし。こういうときに皆さんを支えるのが、お姉さんというものですわ」
「ありがとう……ございます。ハンナさんは強いんですね……」
「そうでもないですわよ。わたくしだって──」
ハンナの脳裏に、彼らの死に様が浮かび上がる。
かつての牢屋敷生活で、彼女は何度も人の死と向き合ってきた。
だが、あそこまで生前の面影を破壊された死体というのは初めてだった。
今だって、ふとしたきっかけで心が崩れても不思議ではない。
そんな中、場違いに明るいシェリーの声が響く。
「そうですよ! ハンナさんはとっても強いんですから! ねー?」
「……はぁ、あなたの空気の読めなさには敵いませんわ」
「こんな状況でも一人、殺人事件に真っ向から立ち向かえる人がいるんです! それってとっても気持ちが楽になりませんか?」
「それは……、……」
ハンナの言葉が詰まる。
代わりにローネが反論の声を上げた。
「あんた一人なのが問題なんだよ。肝心の警察が【来れない】んじゃ、全然楽になりゃしないさ」
ローネが言ったように、既にシェリーたちは警察に事件を知らせていた。
だが、彼らの返答は無情なものだった。
「まさか【土砂崩れで道が塞がれている】なんてね……! 加々良はついさっき自動車で来たんだよ!? そんな都合のいい偶然があるわけないじゃないか! これも水晶の魔女って奴の仕業だってのかい!?」
「うーん、どうなんでしょうねー?」
シェリーが首を傾げる。
「セーラさんの死体の周りには、特に犯人からのメッセージは残されていなかった気がします。だから私は【事件はこれで終わり】だって思ったんですけど。警察の介入を止める理由があるのでしょうか?」
その時、シェリーの持つスマホに着信が入った。
着信中の画面に表示された名前を見て、シェリーは目を丸くする。
「あれ? ゴクチョーさんから?」
「ゴクチョー?」
「あ、えっと……私たちの高校の担任のことです! 見た目が怖いからそう呼んでるんですよ! ちょっと失礼しますね! ハンナさんも来てください!」
「え、えぇ……!」
よくもとっさに舌が回るものだと感心しながら、ハンナはシェリーと共に職員室を出た。
空模様は相変わらず灰色に染まっていたが、雨は止んでいた。
二人は玄関を出て、外で通話を開始する。
すぐに陰鬱なゴクチョーの声が聞こえてきた。
「はぁ……起きちゃいましたね、殺人事件。それも二件も」
「もう知っているんですの!?」
「牢屋敷の時もそうでしたけど、耳が早いですね。どこかから見ているのでしょうか?」
「それはもちろん、魔女スポットの調査中なわけですから。私が……いや、お二人が仕事をサボっていてもいいように、常に監視の目が光っているわけです」
「そんなの聞いてねーですわよ! プライバシーの侵害ですわ!」
「まあまあ、ハンナさん。今はその話は後にしましょう。ゴクチョーさん、私たちが地元の警察に通報したこともわかっていますよね? 土砂崩れで警察が来れないことも。すぐに何とかしてくれませんか?」
「あ、それは無理です。土砂崩れなんて起きてませんので」
「……は?」
あまりにも冷ややかな返答に、二人は思わず言葉を失った。
ゴクチョーは続けて言う。
「えー、つまり【土砂崩れで行けない】というのは建前でして。実際は我々が規制をかけているんですよ」
「ど、どういうことですの……?」
「なにせ魔女スポット内部で起きた殺人事件ですから。魔女化した犯人が魔法で起こしたかもしれない事件。ただの警察官を送り込むなんて許可されていません。突入には入念な準備と、それはもう大量の承認が必要になりまして……今日一日では無理でしょうね」
「そ、そんな! 人が死んでるんですのよ!?」
「そう言われましても。魔女も魔法も不明な状況で手出しはできません」
ゴクチョーは他人事のような態度で言い捨てる。
すると、シェリーが言った。
「では、ゴクチョーさん。それがわかれば手出しはできるんですか?」
「あぁ、まさにそれです、お二人に連絡したかったことは」
一呼吸置いて、ゴクチョーが言う。
「魔女を特定してください。魔女の正体さえわかれば、魔女以外の避難措置が取れるようになります。土砂災害もすぐに復旧しますよ」
「魔女を……特定……」
ハンナの顔が青ざめていく。
彼女が牢屋敷で体験した、それでいて二度と体験したくなかったことだった。
「そ、そんなのわたくし……」
「わかりました!」
「ちょっと! シェリーさん!?」
「やりますよ、ハンナさん! 私たちで犯人を見つけるんです!」
「ううう……」
シェリーの声は闘志にみなぎっていた。
もうこうなってしまっては止められないと、ハンナもわかっている。渋々ながら頷くしかなかった。
ゴクチョーはご機嫌そうに言う。
「それは助かりました。お二人が魔女に殺された時は、家族や友人にちゃんとお知らせしますので、せいぜい頑張ってください。あと今回は加々良カチオさんが死んでくださったので不問にしますが、二度と私に弁償代を押し付けないでくださいね」
不穏な言葉を残し、通話が切れる。
二人は対照的な足取りで施設の中へと戻っていくのだった。
「というわけで、捜査開始です!」
職員室に戻ったシェリーが高らかに宣言する。
一方のルビーたちは、あまり乗り気ではない様子だった。
「あの……シェリーさん。こういうのは警察に任せたほうが……。専門でない方が首を突っ込むのは……その……」
「それは問題ありません! 私は探偵ですから!」
問題しかない答えだが、シェリーは勢いよく親指を立ててみせた。
それを見てナッツとリシアは早々に、ハンナの方へと舵を切り替える。
「ねぇ、いいの? あんたの友だちだいぶ【アレ】だけど」
「下手に犯人を刺激して危険が及んだら元も子もないわよ?」
「それに関しては、うちのシェリーさんが本当にすみません。ですが今は緊急時でして、わたくしたちに色々と指示が来ておりますの。この状況を乗り切るために、わたくしたちの言葉に従っていただきたいのは事実ですわ」
「ですですー! ぜひとも私たちに協力してください!」
「……一番年上のあんたらが大人の代わりってわけ?」
一応、シェリーの好奇心が暴走しているわけではないことは理解してもらえたようだ。
「それで? あんたは何をしようっていうの?」
「決まってるじゃないですか、ナッツさん! 誰が、どうやって、この不可能犯罪を引き起こしたのか! この名探偵シェリーちゃんが事件の謎を解き明かすんです!」
「不可能犯罪……?」
「はい!」
ナッツの言葉に、シェリーは人差し指を立てながら解説する。
「一人目の被害者である加々良カチオさん。彼は運転中に車外から矢で撃ち殺され、そのまま石塀に衝突事故を起こしました。みなさんもご存知の通り、加々良さんの運転速度は規格外。これをグサッと撃ち抜くなんて、まさに不可能犯罪です!」
「シェリーさん、あまり具体的に描写しない方が──」
「さらに二人目の被害者、高根セーラさん! こちらはもっと現実離れした方法で殺されています! あの巨大な水晶玉を凶器に使い、押し潰すなんて、まさにまさに不可能犯罪です!」
「すっかりエンジンが入ってしまっていますわ……」
シェリーが一人で盛り上がり、残りの少女たちは押し黙る。
ルビーにいたっては明らかに顔色が悪く、がたがたと震えだしていた。
「別に不可能じゃなくない?」
ナッツが苛立ったように言う。
「と、言いますと?」
「だって、水晶玉を凶器に使える奴なら一人いるじゃん」
「ええっ、そうなんですか!? それは一体、誰なんです!?」
「お前だよっ!」
「はー……?」
ナッツのツッコミに、シェリーはきょとんとした顔で答える。
「確かに私なら持てますけど、それで殺せるのはセーラさんだけですよ? 加々良さんは殺せません」
「そんなの、矢を投げればいいだけだろ! お前の怪力なら加々良の車よりも早く矢を投げられるんじゃないのか!?」
「いやいや、スピードだけならまだしも、動体視力は上がっていません。それに、素手で矢を投げるとなると、狙いをつけるのは相当難しいですよ」
「どうだか……!」
ナッツは訝しげにシェリーを睨む。
実際、水晶玉を持ち上げた実績があるのは大きい。
「あっ、思いつきましたよ! 水晶玉を手で運ぶのが無理なら他の方法を使えばいいんです! たとえば浮遊の魔法で宙に浮かせるとか! ですよね、ハンナさん!?」
「なっ!? わ、わたくしそんなことしておりませんわ~!」
「なぁ、あんたたち。せめて疑い合うのは止めにしないかい?」
ローネが呆れながら言う。
「そもそも、あたいとシェリーとハンナは一緒にいたじゃないか。ほら、加々良が事故った音をキッチンで聞いたろ?」
「そういえばそうでした! ということは、ハンナさんに殺せるのはセーラさんだけですね!」
「ちょっと待ちやがりなさい! そもそもわたくしとシェリーさんは昨晩、一緒に寝ていたじゃありませんの! 一人で抜け出してセーラさんを狙うのは無理ですわ!」
「なら、こういうのはどうかしら?」
リシアが二人を交互に見つめながら言う。
「二人はグルだった。橘さんが実行犯で、遠野さんは嘘をついているのよ」
「そ、そんなことして何の意味があるっていうんですの!?」
「その意味っていうのは【動機】よね? くすくす、それなら何となく想像がつくわよ、あなたたちが来た直後に事件が起きたことを考えればね。その正体は加々良とセーラを殺すために送り込まれたエージェントだった、とか」
「め、めちゃくちゃな言いがかりですわー!」
(目的が違うだけで、送り込まれたエージェントではありますけどねー)
シェリーは心の中でうんうんと頷いた。
「あ、あの……!」
「ルビーさん?」
それまで黙っていたルビーがおずおずと手を上げた。
「あたしは、シェリーさんとハンナさんは犯人じゃない……と思います」
「それは嬉しい意見ですが、そう言い切れる根拠が何かあるんでしょうか?」
「え、えっと……靴です。犯人なら靴が濡れていたはずですよね? でも、二人の靴は濡れていませんでした」
「なるほど、ルビーさんは玄関にいたんでしたね! ですが、ルビーさんは朝食当番ではなかったですよね? どうして玄関に?」
「な、なんとなくです。胸騒ぎがして早く目が覚めた……ダメですか?」
「ダメではありませんが、そこはかとなく怪しくは見えますねー」
「おい! ルビちゃんが犯人のわけないだろ! このヘボ探偵!!」
「だからっ! 疑い合うのは止めなって!」
怒りだしたナッツを制するように、ローネが再び声を上げる。
「犯人は水晶の魔女なんだろ!? 水晶の魔法で加々良とセーラを殺したって、そう手紙に書いてあるんだ! なら、あたいたちの知らない魔法少女がどこかに潜んでいるって、それで済む話じゃないか! どうして身内をわざわざ疑わなきゃならないんだい!?」
「──本当に水晶の魔法なのでしょうか? 実は気になっていることがあるんです」
シェリーは、自身のスマホで撮っていた写真を全員に見せながら言った。
「これは包丁です。セーラさんの死体の傍に落ちていたのを見つけました。普通に考えて、森の中に落ちているものではありません」
「……なら、それに何の意味があるっていうんだい?」
「それはまだわかりません。しかし、【水晶玉を凶器にセーラさんを殺した】というストーリーに包丁は結びつきませんよね? これってすごく怪しいですよ!」
「単にセーラが護身用に持ち歩いていただけかもしれないわ」
「確かにリシアさんの言う可能性もありますけど、やはりここは捜査してから結論を出しましょう! ちょうど雨も上がってきたところですしね!」
そう言ってシェリーは虫眼鏡をかざしながらウインクをした。
──そんな自称名探偵を見ながら一人、思考にふける者がいた。
(くっ、まさか包丁を落としてしまっていたとはね……! 【アレ】を運ぶのに必死で気づかなかったよ。だが、その程度で私のトリックが見破られるか? 大丈夫、何も問題はない。あいつが【あんな車】に乗ってきたときは焦ったが、証拠の隠滅には成功したんだ)
その者──水晶の魔女は、頷きながらシェリーの背を見つめる。
(やれるもんならやってみるがいい。シェリーくん、君にこの事件は解けないよ!)