【橘シェリー】
高校生。怪力の魔法を持つ魔法少女。
【遠野ハンナ】
高校生。浮遊の魔法を持つ魔法少女。
【ゴクチョー】
名目上はフクロウ。かつて牢屋敷の管理職を務めていた元・獄長代理。現在は魔女因子専門の対策組織に在籍。
【
ゴクチョーが人間社会に溶け込むために必要な飼い主役。
【水晶の魔女】
全身黒タイツのシルエット。蓮見レイアが演じているため、口調から正体を推理することはできない。
【
児童養護施設・水晶の家の施設長。施設裏手より繋がる森林内にて、全身を押し潰された死体となって発見された。
【
施設の年長者。赤髪のお人好し。乾燥の魔法を持つ。
【
施設の年長者。水色髪の人見知り。ルビーとは幼馴染。液体彫刻の魔法を持つ。
【
施設の年長者。緑髪のメガネ少女。悪い噂に目がない。風力操作の魔法を持つ。
【
施設の年長者。茶髪の長身。外出が多い。土砂の魔法を持つ。
【
カガラ・クリスタルホテルのオーナー。運転が荒い。自家用車の運転席にて、右目を矢で撃ち抜かれて死亡していた。
【
前・施設長。三年前に死亡。
シェリーとハンナは、セーラの殺害現場である水晶玉の前まで来ていた。
「やっぱり、インパクトの大きい事件は真っ先に調べたくなりますよねー!」
「わたくしに賛同を求められても困りますわ。……はぁ、できることなら死体なんて二度と見たくありませんでしたわ」
「なんて言いながら一緒に来てくれるんですよね。ハンナさんのそういうところ私は好きですよ」
「も、もうっ! いいからさっさと捜査してくださいまし! ルビーさんにも無理を言って来てもらってるんですのよ!」
ハンナが大袈裟な仕草で後方を振り返る。
そこには一緒に連れてこられたルビーの姿があった。
そのルビーがおずおずと口を開く。
「えっと……あたしは何をすれば?」
「ルビーさんには乾燥の魔法を使っていただきたいんです! クレーターに溜まった水を取り除かないと死体が調べられませんからね!」
「死体……」
思わず口元を抑えるルビーに、ハンナが寄り添う。
「あの、ルビーさん。無理はしなくていいんですのよ」
「う、ううん。あたしなら大丈夫……です。二人が頑張っているのに、あたしだけ休んでいるわけにはいきませんから」
ルビーは死体を見ないよう必死で目を逸らしながら、震える指先を水へかざした。
潮が引くように、徐々にクレーターの水が減っていく。
そうして水底に沈んでいた死体が、その全貌を見せた。
死体が着ていた衣服は、破壊された肉体と絡み合って赤黒く染まり、地面にめり込んでいる。
やはり、とてつもなく大きな圧力で潰されたのは間違いないようだった。
「……うぐっ! ご、ごめんなさい!」
ルビーが再び口元を抑える。
なんとかギリギリで踏みとどまりはしたが、限界は近かったようだ。急ぎ足で死体から離れていく。
その背中に、ハンナは優しく手を添えた。
「よく頑張ってくださいましたわね、ルビーさん。ありがとうございます。後はわたくしたちに任せてくださいな」
「は、ハンナさん……は、平気……なんですか?」
「……いいえ、平気なわけありませんわ。わたくしも正直、逃げ出したい気持ちでいっぱいですもの。でも、言いましたでしょう? 今のわたくしはみなさんのお姉さんですから。みなさんの前では強い自分でいつづけたいんですわ」
「……そう、でしたね」
ルビーは「一人で戻れる」と言って、その場を去っていく。
後に残された二人は、小さくなっていく彼女の背中をじっと見送っていた。
「酷なことをしてしまいましたわ、こんな惨いものを見せるなんて。わたくしたちのせいでルビーさんの心に傷を残してしまったらと思うと……」
「ハンナさんの気持ちもわかりますけど、事態が事態ですから」
やり場のない気持ちに悩むハンナとは対象的に、シェリーは積極的に現場の捜査を開始した。
手持ちのスマホで死体やクレーター、その周囲の地面を撮影していく。
「足跡らしき穴が点々と残ってはいますが、大雨のせいで判別できませんね。それと、何か大きなものを引きずったような跡もあります」
「大きなものといったら水晶玉ではなくて?」
「うーん、それにしては浅すぎる気がします。もっと平べったい感じの……布みたいなものではないでしょうか? あっ! もしかしたら、犯人がセーラさんを布にくるんで運んできた証拠かもしれませんね! 子どもの手で大人を運ぶのは難しいですから!」
「……シェリーさんは、子どもたちの中に犯人がいると思っていますの?」
「それは間違いありません! 証拠だってあります!」
シェリーは得意げな表情でスマホを見せる。
映っていたのは、先程も見せた包丁だった。
「これはただの包丁ではありませんよ! 実を言いますと、昨日の夕食を作るときに私が使っていた包丁なんです!」
「そうでしたかしら? シェリーさんは包丁を使わずに握り潰していたような……」
「細かいことは気にしちゃダメですよー☆ それよりもっ! あの時、私がしていたことを思い出してください!」
「えーと……」
『マッシュポテトでも作る気ですの!? ちゃんと包丁で切ってくださいまし!』
『包丁なんて危ないですよー! そうだ! 子どもたちの手の届かない所に隠しておきましょう!』
「────あっ! シェリーさん、あなたまさか!?」
「はいっ! 実は私、【包丁を隠しておいた】んですよ! それも、手が届かないよう高い位置の戸棚の中にです!」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい! あなたそんなバカなこと……じゃなくて! それだと話が大きく変わってくるんじゃありませんの!?」
「犯人は、包丁の隠し場所を知っている人物。つまり、私が包丁を隠していたタイミングでキッチンに出入りした人ということになります! そうでなければ、ハンナさんやルビーさんが使っていた包丁を手にしたでしょうからね!」
「……!!」
いつのまにか、ハンナは言葉を失っていた。
そんな彼女の気持ちを代弁するように、シェリーは右手の指を立てて宣言する。
「条件を満たすのは四人です!」
【毬山ルビー】
「大丈夫、シェリーさんはまだ気づいていない……! 大丈夫……大丈夫だから!」
【倉兼ナッツ】
「あんなに顔色が悪いルビちゃんは初めて見る。きっと、怖がってるんだ。あたしに何かできればいいんだけど……!」
【天戸リシア】
「うふふ……私たちに内緒で、こんなに溜め込んでたなんてね。殺されて当然だと思わなかったのかしら? ねぇ、セーラ・ママ?」
【入地ローネ】
「もしもし? 悪いね、連絡できなくて。昨日の二人のことだけど、無しで大丈夫になったよ。……あぁ、もうすぐいなくなるから」
シェリーとハンナは救護室を訪れていた。
「ハンナさん、やっぱり無くなってますよ睡眠薬!」
「なら、シェリーさんの推理は正しいということですわね」
大の大人を子どもが運ぶのは骨が折れる。
少なくとも、相手が抵抗しないように何らかの策を講じる必要がある。
その手段として真っ先に頭に浮かんだのが、救護室にある睡眠薬だった。
「犯人は睡眠薬を持ち出し、セーラさんを眠らせた。そして水晶玉の所まで運んでいったということですね」
続いて、シェリーは窓の方へと向かう。
昨日、矢が撃ち込まれた窓はガムテープで穴を塞ぐ程度の簡素な補修に留まっていた。
「今にして思えば、この救護室が最初の犯行現場だったんですねー!」
「わたくしたちの命を狙ったわけではありませんわよね?」
「そうですね、矢文で予告状を届けただけですから。壁に刺さった矢は、私が背伸びして引き抜いたくらいですし、人を狙った高さでは……、……キッチンの方も確認しておきましょうか」
何か思い当たったのか、シェリーは救護室を出てキッチンへ向かう。
ハンナも後ろに続いた。
キッチンに入るなり、シェリーが口を開く。
「やっぱり! キッチンの方の矢も高い位置に刺さっていたんです! 間違って誰かに当たらないように計算されていたんですよ!」
「確かにシェリーさん、踏み台に乗って矢を引き抜いていましたわね」
「……ですが、犯人は何がしたかったんでしょう?」
「どういうことですの?」
「だって、予告状を届けるだけなら手紙で届ければいいじゃないですか。わざわざ撃ち込む高さを配慮してまで、矢文にする必要はあるんでしょうか? 変に警戒させて警察を呼ばれでもしたら台無しです。まぁ、【セーラさんが警察を呼ばない】と読み切っていただけかもしれませんけど」
「人殺しからの配慮なんて、ありがたいのかそうでないのか、わかったものじゃありませんわね」
ハンナは辟易した様子で言う。
「って、矢のことで思い出しましたわ。ローネさんはどうなんですの? あの方は今朝、わたくしたちと一緒にキッチンにいましたわ」
「なるほど、矢を撃ち込むことに関してはアリバイがあるわけですね」
「そうですわ。少なくともローネさんは犯人から除外してもいいんじゃないかしら」
「……では、その可能性をもう少し探ってみましょうか」
二人は玄関を出て、外へと出る。
矢の撃ち込まれた角度を計算しながら、犯人がキッチンを狙ったであろう場所に向かった。
すると、ハンナが思いも寄らない物を発見した。
「こ、これ……ボウガンが木にくくりつけられていますわ!」
「おおー! ハンナさん、お手柄ですね!」
そこにあったのは矢を撃ち終えたボウガンだった。
本体と引き金に糸が巻かれており、遠隔で矢を発射する仕組みだと直感する。
「朝食当番が6時に集まるのは決まっていましたからね。遠隔で撃ち込んでも不発に終わる心配はなく、【外に誰かがいる】と思わせることができます。ローネさんのアリバイは成立しませんね! 逆にアリバイがあることで怪しく見えてきました!」
「も、もしかして、そんな感じの仕掛けが他にもあったりするんですの? なんだか怖くなってきましたわ……」
糸に引っかかると矢が飛んでくる、いわゆる【ブービートラップ】を彷彿とさせる仕掛け。
ハンナは、さながら地雷原に放り出されたような気分だった。
すると、シェリーが大きく目を輝かせだす。
「そう! それです、ハンナさん!」
「ぴぃっ! な、何がですの!? 急に大きな声を出さないでくださいまし!」
「他にもこういう仕掛けがあったってことですよ! 確かに早朝のキッチンなら確実に予告状を見つけてもらえますが、事件発生直前だとドタバタして手紙を読んでもらえないかもしれません! だからあらかじめ色々な部屋に向けて、矢を撃ち込む仕掛けを作っておいたんです!」
「じゃ、じゃあ私たちを狙ったわけではなかったんですの?」
「そもそも私たちが救護室にいたのは偶然です! たまたま救護室に人が来たから作動させた、それだけなんですよ! これなら手紙の内容が同じだったのも説明がつきますよね! どの手紙が最初に読まれるかわからないわけですから!」」
それはすなわち【ブービートラップ】の存在が約束されたようなものだったが、シェリーは恐れることなく走り出していく。
「加々良さんも、そういう仕掛けで殺されたのかもしれませんね! さっそく見に行きましょう!」
「ちょ、ちょっと……! わたくしを一人にしないでくださいまし~!」
加々良の死体が乗った車から少し離れた道路脇の木に、【それ】はあった。
矢を撃ち終えたボウガン。その射線は明確に道路を向いていた。
「やっぱり、ありましたね! この付近には一つだけみたいですけど」
「これで加々良さんを撃ち殺せるんですの?」
「どうなんでしょう? キッチンの外にあったものと同じ仕組みなのが気になります。加々良さんの場合は建物と違って、高速で動いているわけですからね。もっと大がかりな仕組みじゃないと、確実に狙い撃てるとは思えません」
「そんな仕組みは見当たりませんわね……」
ハンナは周囲を見回しながら言う。
水はけの悪い道路には広範囲の水たまりができているだけで、それ以外に目に付くものはない。
「ブレーキ痕の一つもありません。全速力でこの水たまりに突っ込んで……どれだけ水が跳ねたんでしょうね? ちょっと見てみたいです」
「うう、亡くなった方を悪く言いたくはありませんけど、やっぱり腹が立ってきますわ~」
ハンナの中で、びしょ濡れにされた怒りが蘇ってきたらしい。
「うーん、水晶の魔法なら矢の軌道を制御できたのでしょうか? セーラさんの方がインパクトがありましたが、こちらも十分不可能犯罪です」
シェリーたちはその場を離れ、施設前で停車したままの車までやってきた。
開きっぱなしのドアに近づくと、加々良の死体が片目でドアの外を見つめているのが見える。
ハンナには、とてもじゃないが目を合わせる勇気は無かった。
こういう時ばかりは、ズカズカと踏み込んでいくシェリーの行動が頼もしく思える。
とはいえ、デリカシーの無さは相変わらずだ。
「矢は正面から右目にグッサリと撃ち込まれていますね。頭蓋骨を貫いてはいないようですが、この長さだと脳にまで達しています。即死だったでしょうねー」
「いちいち説明しないでいいですわよ……目の奥が痛くなってきましたわ……」
「【邪気眼】ってやつですかね?」
「ちげーですわっ!」
他愛のない言葉を返しながら、シェリーは車内の捜査を進めていく。
「血痕の付き方とかで詳しい状況がわかるかも、と思ったんですけど。雨が入り込んだせいで、びしょ濡れですねー」
「ドアを閉めておいた方が良かったかしら?」
「いえ、最初からドアは開いてましたから、閉めなくても大きな影響は無かったと思いますよ。あぁ、そういえば写真を撮ってありました」
死体発見時に撮影した写真と、今の状況を見比べる。
「やっぱり、特に変わっていませんね。死体の状況も、シートベルトもエアバッグも全部、発見時と同じでした。変わった所は、私が外した矢文と……あと一応エンジンを切っておいたくらいです」
「いつの間にそんなこと……」
「車がいきなり動き出したら危ないですから。おや、こんなところに加々良さんのスマホがありますよ」
シェリーは身をかがめ、加々良の足元に手を伸ばす。
既に死後硬直が始まっているのか、加々良の足とブレーキペダルが柱のようにくっつき、窮屈な空間を形成していた。
苦労しながらもどうにかスマホを拾い上げる。
「どうやら殺された拍子に落としたみたいですね」
「拍子って……運転中に、ですの?」
「えぇ、そうですよ? スピード違反を気にしない加々良さんなら、運転中のスマホ操作くらい普通にするんじゃないでしょうか」
「……そう聞くと、死体がシートベルトを閉めているだけでもマシに思えてきましたわ」
「もし閉めていなかったら死体は車の外にふっ飛んで、発見されなかったかもしれませんね! へこみ具合からしても、相当なスピードが出ていたのは間違いなさそうですし! あーあ、せっかくのビートルが台無しですよ……」
名残惜しげに車を見つめているシェリーだったが、ふと妙なことに気づく。
「あれ? この車、昨日のものとは違いますね。色も形も似ていますけど、サイドミラーが壊れていません」
「別の車を持ってたってことですの? 随分とまあ、お金持ちなんですのね」
「着ている服も高級そうですしねー」
改めて、大破寸前の車と、開いたドアから覗く片目だけの死体を見る。
「…………」
「シェリーさん?」
「……何か違和感があるような──」
──その時、彼女たちの後ろから近づく一人の人影があった。