『あなた』がスタレキャラと仲良く(意味深)なっちゃった!   作:ザワザワする人

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爻光

とある早朝。

 

小鳥がさえずり、寝ていた兵達が眠りから覚め、夜間兵との交代を始める。

 

そんな時間に、ここ玉殿では駒を打つ音が響いていた。

 

[王手]

 

「………あら、私の負けね」

 

爻光は自分と同門であり、幼馴染の男と駒を打っていた。

 

「まったく……また腕を上げちゃって。これじゃ君に勝ち越せないじゃない」

 

爻光の愚痴を聞いても、男は黙っている。

 

「コツとかあるのかしら?もしかして師匠と秘密の特訓だったり?お聞きしても?」

 

爻光の質問で、ようやくあなたは口を開いた。

 

[そうだね~、特になにもしてないから分からないな]

 

 

 

この男、嘘である!!!

 

 

 

実は昨夜でやっと玉殿にある、ほぼすべての戦術書を読み漁った!!

 

そして作り上げた戦法をしっかり師匠にも見てもらっている!!

 

さらにちゃっかり妹弟子の符玄をぼこぼこにしている!!

 

「そう。それじゃ今日の朝ご飯は私が作るわ」

 

ぬるっと言い放つ爻光に男は少し肩を落とす。

 

なぜ男がこのような事をしているのか。

 

それは一つの単純明快な理由だった。

 

(ぐぎぎ……そこは、かっこいい!とかじゃないんかい!!)

 

(でも諦めてたまるか!)

 

(いつか絶対に、爻光に告らせてやる!!!)

 

 

 

 

□

 

 

 

「味付けは……これで大丈夫かしらね」

 

スープの味見をした後、爻光は椅子に座っていた彼に声をかけた。

 

「君は符玄を起こしてきてくれる?私は準備しておくから」

 

彼はどこか眠そうにしながら、符玄を起こしに行った。

 

爻光は鍋の前に立ち、木杓子でゆっくりとスープをかき混ぜる。

 

「……うーん」

 

少しだけ味見をする。

 

「……違う」

 

そう言って、塩をほんの少しだけ足した。

再び混ぜて、もう一口。

 

「……これなら、たぶん大丈夫ね」

 

小さく頷く。

 

別に特別な理由があるわけではない。

ただ前に彼が「こういう味好きなんだよね」と何気なく言っていたのを覚えていただけだ。

 

(…それだけだから)

 

この女、嘘である!!!

 

実は彼女、最近ずっと早起きしていた!!!

 

玉殿の書庫に通い、料理書を読み漁っていた!!!

 

さらにこっそり厨房で試作を繰り返している!!!

 

ついでに昨日は符玄に味見係を押し付けている!!!

 

しかも研究してるのは、彼の好きな料理だけ!!!

 

すべては一つの単純明快な理由だった。

 

爻光は椅子に座り、頬杖をつく。

 

(男は胃袋から……って言うものね)

 

(絶対に、告らせてやるんだから!)

 

ちなみにその後、彼がまったく来ない事を疑問に思った爻光が符玄の部屋に行くと。

 

「はぁ~~~~………まったくもう………」

 

二人で仲良く寝ていた。それに爻光がキレたのは言うまでもない。

しっかり爻光が写真を撮ったのも言うまでもない。

 

 

□

 

 

「符玄~~これ味見してくれる?」

 

「………またですか。妹弟子は、別にそんな小間使いじゃないんですけど」

 

 

 

「符玄。一局打ってくれ」

 

「………いやです。どうせ負けるんです。やる気ないです」

 

「今度、甘味処連れてく。勿論おごり」

 

「………しょうがないですね。一局だけですから」

 

符玄はそう言って、盤の前に腰を下ろした。

 

その顔には、やる気というものが一切ない。

 

ただし、机の横にはしっかりと甘味処の品書きが置かれている。

 

「符玄」

 

「なんですか、兄弟子」

 

「まだ勝負もしてないのに、何を選んでる」

 

「負ける未来が見えているので、せめて報酬を先に考えて心を守っています」

 

「そんなに嫌か」

 

「はい」

 

即答だった。

 

兄弟子は少しだけ傷ついた顔をする。

 

符玄はそれを見て、ため息をつく。

 

「嫌というより、面倒なんです」

 

「面倒?」

 

「兄弟子は最近、私と打っているようで、実際は姉弟子を見ているでしょう」

 

兄弟子の手が止まった。

 

符玄は淡々と続ける。

 

「この手なら褒められるか、とか。これを使えば驚かせられるか、とか。そういう雑念が多いです」

 

「…………」

 

「正直、盤面より顔に出ています」

 

「……符玄」

 

「なんですか」

 

「甘味は二品だ」

 

「横暴です」

 

「口が過ぎる」

 

「では黙ります。五品で」

 

「増やすな」

 

「口止め料です」

 

「恐喝だろ」

 

「交渉です」

 

符玄は平然としていた。

 

兄弟子は深く息を吐き、駒を手に取る。

 

「とにかく始めるぞ」

 

「はい」

 

盤上に駒が並ぶ。

 

静かな音が部屋に響く。

 

兄弟子はいつものように穏やかな顔をしていた。

 

眠たげで、掴みどころがなくて、何も考えていないような顔。

 

だが符玄は知っている。

 

この男、今朝も三刻前から書庫にいた!!!

 

しかも読んでいたのは戦術書だけではない!!!

 

「親しい者に自然に好意を意識させる会話術」

 

「褒められた時に余裕を見せる百の返答」

 

「幼馴染との距離を一歩進める方法」

 

完全に方向性を間違えた努力である!!!

 

符玄は駒を置きながら、ぼそりと言った。

 

「兄弟子」

 

「なんだ」

 

「書庫の本は、元の場所に戻してください」

 

「…………」

 

兄弟子の指が止まる。

 

「何の話だ」

 

「恋愛指南書です」

 

「…………」

 

「戦術書の棚に紛れ込ませるのはやめてください。探す側が困ります」

 

「読んでない」

 

「ではなぜ余(・)裕(・)の(・)あ(・)る(・)男(・)は(・)沈(・)黙(・)で(・)語(・)る(・)の頁に栞が挟まっていたんですか」

 

「…………」

 

「しかも栞に兄弟子の字で爻(・)光(・)対(・)策(・)と」

 

「符玄」

 

「はい」

 

「三品」

 

「六品」

 

「交渉になってないぞ」

 

「私の方が情報を持っています」

 

兄弟子は黙った。

 

符玄は勝った。

 

盤ではなく、交渉で。

 

 

□

 

 

「符玄~~、これ味見してくれる?」

 

符玄は厨房の入り口で、ぴたりと足を止める。

そして、ゆっくりと踵を返した。

 

「待ちな、さい!」

 

逃走は失敗した。

 

符玄は観念したように振り返る。

 

そこには、湯気の立つ皿を持った爻光がいた。

 

表情は涼しげであり、自慢げ。

 

しかし皿の上には、どう見ても三種類の料理が並んでいる。

 

「……またですか」

 

「またって何よ。今日は少ない方でしょう?」

 

「その感覚がもうおかしいんです」

 

「いいから。少しだけ」

 

「少しだけと言って、前回は八品出てきました」

 

「あれは………調子がよかったの!」

 

「調子がよかった料理人は、味見係を潰すんですね」

 

爻光は微笑み、符玄は一歩下がった。

 

「これは何ですか」

 

「朝餅よ。こっちは薬膳粥。あとこっちは甘めの蒸し菓子」

 

「……兄弟子が好きそうですね」

 

「…………」

 

爻光の動きが止まる。

 

符玄はじっと見た。

 

爻光は何でもないような顔で、皿を机に置く。

 

「別に」

 

「まだ何も言っていませんよ」

 

「別に、彼のためじゃないわ」

 

「まだ何も言っていません」

 

「たまたまよ」

 

「だから、まだ何も」

 

「た、たまたま彼が前に好きだって言っていた味を思い出しただけだから」

 

「…………」

 

もう逃げられないと悟った符玄はそっと椅子に座った。

 

「……自白が早すぎます」

 

「自白じゃないわ」

 

「では何ですか」

 

「説明よ」

 

「誰に対する?」

 

「…………」

 

爻光は黙った。

 

符玄は匙を取る。

 

一口。

 

少し考える。

 

「……美味しいです」

 

「本当?」

 

爻光の顔がわずかに明るくなる。

 

「はい。ただ、兄弟子向けなら、もう少し香りを立ててもいいと思います」

 

「やっぱりそう思う?」

 

「やっぱり?」

 

「…………」

 

また沈黙。

 

符玄は半眼になった。

 

「最初から兄弟子向けじゃないですか」

 

「違うわ」

 

「違わないです」

 

「違うの」

 

「はいはい」

 

「その返事、信じてないでしょう」

 

「信じる要素がありません」

 

爻光は不満そうに頬を膨らませた。

 

それから、皿の端に置いていた小さな紙を取り出す。

 

そこには細かく味の調整が書かれていた。

 

塩。

 

香草。

 

火加減。

 

蒸し時間。

 

そして端の方に、小さく。

 

彼は濃すぎる味より、後から香る方が好き

 

と書いてある。

 

符玄は無言でそれを見た。

 

爻光は無言でそれを隠した。

 

「……見た?」

 

「見てません」

 

「本当に?」

 

「見てません。ですが、言っておきます」

 

「なに?」

 

「もう告白した方が早いです」

 

「な、何をかしら!?」

 

爻光の声が厨房に響いた。

 

符玄は耳を押さえた。

 

「声が大きいです」

 

「こ、告白って、そんな、別に私は」

 

「はいはい」

 

「私はただ、幼馴染として、同門として、日頃の感謝を込めて」

 

「兄弟子の好物だけを研究していると」

 

「…………」

 

「言い訳はもっと練ってからお願いします」

 

爻光は耳まで赤くした。

そして、ふいっと顔を逸らす。

 

「……いいのよ。彼の方から言わせるんだから」

 

符玄は匙を置いた。

 

「姉弟子も兄弟子も、本当に面倒ですね」

 

「今、何か言った?」

 

「料理は美味しいと言いました」

 

「絶対違ったわよね?」

 

「気のせいです」

 

 

□

 

 

昼下がり。

 

玉殿の書庫は静かだった。

 

紙の匂いと、古い木棚の香りが混ざっている。

 

符玄は頼まれていた資料を探していた。

 

別に暇だったわけではない。

 

むしろ暇ではない。

 

なのに、なぜか今日も巻き込まれている。

 

「……どこに置いたんですか、兄弟子は」

 

ぶつぶつ言いながら棚を見ていく。

 

兵法。

 

星読み。

 

礼法。

 

歴史。

 

料理。

 

「……料理?」

 

符玄は首を傾げた。

 

兵法書の棚に、料理書が一冊混ざっている。

 

手に取って開く。

 

中には細かい付箋。

 

そして文字。

 

“この味は彼向き”

 

“これは少し甘すぎる”

 

“今度試す”

 

符玄は無言で本を閉じた。

 

次に、その隣の戦術書を開く。

 

今度は兄弟子の字だった。

 

“この手順なら爻光が驚く”

 

“ここで余裕を見せる”

 

“勝った後、何と言うべきか”

 

さらに別の紙が挟まっている。

 

“褒められたら、笑って『たまたまだよ』と言う”

 

符玄は天井を見上げた。

 

「…………」

 

しばらくして、ぽつりと呟く。

 

「玉殿の書庫は、いつから恋愛作戦室になったんですか」

 

その時、棚の向こうから声がした。

 

「符玄?」

 

兄弟子だった。

 

符玄は本を持ったまま固まった。

 

兄弟子も、符玄の手元を見て固まった。

 

「……それは」

 

「落ちていました」

 

「どこに」

 

「戦術書の棚に」

 

「…………」

 

「兄弟子」

 

「なんだ」

 

「隠すなら、もう少し上手くやってください」

 

「隠してない」

 

「では堂々と置いたんですか」

 

「…………」

 

兄弟子は黙った。

 

符玄は料理書も取り出した。

 

「ちなみにこちらは姉弟子のものです」

 

「…………」

 

兄弟子の視線が料理書に吸い寄せられる。

 

符玄は本を引っ込めた。

 

「見たいですか」

 

「いや」

 

「見たい顔です」

 

「見たくない」

 

「では戻します」

 

「…………」

 

「戻しますよ」

 

「…………少しだけ」

 

符玄は深くため息をついた。

 

「兄弟子」

 

「なんだ」

 

「そういうところです」

 

兄弟子は料理書を受け取った。

 

頁をめくる。

 

そして、端に書かれた文字を見つける。

 

“彼は、これなら笑うかしら”

 

兄弟子は動かなくなった。

 

符玄は横から見上げる。

 

「兄弟子」

 

「……なんだ」

 

「顔が緩んでいます」

 

「緩んでない」

 

「かなり緩んでいます」

 

「気のせいだ」

 

「では甘味処で鏡を見てください」

 

「なぜ甘味処が出てくる」

 

「口止め料です」

 

「お前、本当に強くなったな」

 

「誰のせいだと思ってるんですか」

 

 

□

 

 

夕方。

 

市場は人で賑わっていた。

 

野菜を売る声。

 

香辛料の匂い。

 

焼き菓子の甘い香り。

 

その中を、爻光は籠を持って歩いていた。

その隣に符玄。

そして少し後ろに兄弟子。

 

なぜこの三人で市場に来ているのか。

 

理由は簡単である。

 

爻光が食材を買いに行くと言い。

 

兄弟子が「荷物持ちなら行く」と言い。

 

符玄が「私は関係ありません」と言ったのに、気づけば同行していたからである。

 

符玄、完全に巻き込まれ体質である!!!

 

「これ、どう思う?」

 

爻光が香草を手に取る。

 

兄弟子は少し考えた。

 

「香りはいいけど、少し強いな」

 

「そうね。彼……じゃなくて、一般的にはもう少し柔らかい方がいいかしら」

 

符玄は黙って横を向いた。

 

兄弟子は気づいた。

 

爻光は気づいていない。

 

「こっちは?」

 

「そっちの方が好きだな」

 

「……そう」

 

爻光は何でもないように籠へ入れる。

 

だが、その口元はわずかに上がっていた。

 

兄弟子もそれに気づいて、少しだけ嬉しそうにする。

 

符玄はそれも見ている。

 

「……二人で来ればよかったのでは?」

 

「え?」

 

「何か言ったか?」

 

「何も言ってません」

 

符玄は前を向いた。

 

その時、露店の老婆が笑いながら声をかけてきた。

 

「あらあら、若い夫婦で買い物かい?」

 

空気が止まった。

 

爻光が硬直した。

 

兄弟子も硬直した。

 

符玄は一歩下がった。

 

巻き込まれない距離を取った。

 

「ふ、夫婦じゃありません!」

 

「違います」

 

二人の声が重なった。

 

老婆はにこにこしている。

 

「そうかいそうかい。まだ、ってやつだね」

 

「まだでもありません!」

 

「違います」

 

また重なった。

 

符玄は小さく呟いた。

 

「息は合っていますね」

 

「符玄?」

 

「符玄」

 

二人から同時に呼ばれた。

 

符玄は真顔で返す。

 

「何も言ってません」

 

老婆は楽しそうに笑い、香草を一束おまけしてくれた。

 

「仲良しさんにはサービスだよ」

 

爻光は真っ赤になりながら受け取った。

 

兄弟子は少し目を逸らした。

 

だが、その耳は赤い。

 

符玄は思った。

 

(この二人、いつまでこれを続けるつもりなんでしょう)

 

 

□

 

 

その帰り道。

 

兄弟子は荷物を持っていた。

 

両手に袋。

 

腕にも袋。

 

背中にも一つ。

 

爻光は申し訳なさそうに見ている。

 

「重くない?」

 

「大丈夫」

 

「本当に?」

 

「鍛えてるからな」

 

「そう」

 

爻光は少し黙ったあと、小さく笑った。

 

「頼もしいわね」

 

兄弟子の足が一瞬止まった。

 

「……そうか?」

 

「ええ」

 

「…………」

 

兄弟子は前を向いた。

 

顔は見えない。

 

だが符玄には分かる。

 

この男、今ので三日は生きられる!!!

 

爻光も爻光で、言った後に少し照れている。

 

しかしすぐに取り繕う。

 

「ま、まあ、男性なんだから当然だけどね」

 

「……ああ」

 

「昔は私の方が背も高かったのに」

 

「それはだいぶ昔だろ」

 

「ふふ、そうね」

 

二人の間に、柔らかい空気が流れる。

 

符玄はその後ろを歩きながら、手元の小袋を見る。

 

中には、さっきこっそり買った菓子が入っている。

 

兄弟子が何も言わず買ってくれたものだ。

 

文句はある。

 

山ほどある。

 

だが、こういうところは優しい。

 

符玄は菓子を一つ口に入れた。

 

「……まあ、たまには付き合ってあげてもいいですけど」

 

「符玄、何か言った?」

 

「何でもありません」

 

 

□

 

 

夜。

 

厨房に灯りが残っていた。

 

爻光は一人、鍋の前に立っていた。

 

昼に買った香草を刻み、火加減を見ながら、丁寧に混ぜていく。

 

「……少し強いかしら」

 

味を見る。

 

首を傾げる。

 

また少し足す。

 

「こっちの方が、たぶん」

 

その声は小さい。

 

誰に聞かせるつもりもない。

 

「……頼もしい、なんて言ったくらいで固まっちゃって」

 

ふふ、と笑う。

 

だがすぐに、自分の顔が熱くなっていることに気づいて咳払いした。

 

「別に、褒めたかったわけじゃないし」

 

この女、嘘である!!!

 

昼間、荷物を持つ彼の背中を見て。

 

少し逞しくなったな、とか。

 

昔はもっと頼りなかったのに、とか。

 

隣にいると安心するな、とか。

 

そんなことを思っていた!!!

 

完全に褒めたかったのである!!!

 

その時、厨房の入り口から声がした。

 

「まだ起きてたのか」

 

爻光はびくっと肩を揺らした。

 

振り返ると、兄弟子が立っていた。

 

「君こそ」

 

「喉が渇いて」

 

「そう」

 

「何作ってるんだ?」

 

「……試作」

 

「また?」

 

「悪い?」

 

「いや」

 

兄弟子は少し笑った。

 

「楽しそうだなと思って」

 

「…………」

 

爻光は目を逸らす。

 

「楽しいわけじゃないわ」

 

「そうか」

 

「ただ、上手くできると少し嬉しいだけ」

 

「うん」

 

「それだけよ」

 

「うん」

 

兄弟子は頷いた。

 

それから、鍋の方を見る。

 

「味見していいか?」

 

爻光は一瞬迷った。

 

そして、木杓子を取る。

 

小皿に少し注いで渡した。

 

兄弟子は一口飲む。

 

静かな時間。

 

爻光は無意識に手を握った。

 

「……どう?」

 

兄弟子は少し考えた。

 

「美味い」

 

「本当?」

 

「うん」

 

「どの辺が?」

 

「香りがいい。昼に買ったやつだろ」

 

「分かるの?」

 

「分かるよ」

 

「……そう」

 

爻光は少しだけ嬉しそうにした。

 

兄弟子はそれを見て、ふっと笑う。

 

「爻光」

 

「なに?」

 

「俺、この味好きだ」

 

「っ」

 

爻光の頬が赤くなる。

 

「そ、そう」

 

「うん」

 

「なら、また作ってあげてもいいわ」

 

「本当か?」

 

「気が向いたらね」

 

「じゃあ、気が向くように祈ってる」

 

「何よそれ」

 

二人は小さく笑った。

 

ほんの少しだけ、距離が近い。

 

厨房の灯りが、二人の影を壁に揺らしていた。

 

その外。

 

廊下の曲がり角で、符玄は立ち止まっていた。

 

水を飲みに来ただけだった。

 

本当にそれだけだった。

 

だが、聞いてしまった。

 

見てしまった。

 

符玄は無言で踵を返す。

 

「……私は何も見ていませんから」

 

そう呟いて、自室へ戻っていった。

 

翌日、その件で二人をからかわなかった符玄は、かなり優しかったと言える。

 

 

 

 

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