『あなた』がスタレキャラと仲良く(意味深)なっちゃった!   作:ザワザワする人

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サフェル

あなたがいつも通り、工房で作業をしていたところ。

 

(はい?)

 

いつの間にかここに置いていた新作のネックレスがなくなっています。

会心の一作、そう呼んでも違いない程の名作でした。

 

「まさか………」

 

あなたはそう呟き、すぐ隣の建物へと駆け込みました。

 

「おい!セファリア!!!」

 

「うわ!」

 

あなたの両手に、すっぽりと抱えられた小さな泥棒猫。

 

「またやったな!?」

 

「え、えと~なんのこと~?」

 

どうやらこの子猫は白を切るつもりのようです。

よって、あなたはこの場にいるもう一人を頼る事にしました。

 

「………ライア」

 

「このネックレスの事ですか?」

 

あなたの幼馴染は、自らの首につけたネックレスを手で掴みながら、尋ねました。

 

「セファリアがプレゼントと言ってくれたのですが………」

 

「セファリア?」

 

「綺麗だったもん………」

 

どうやら、またこの猫ちゃんは勘違いしているようです。

 

「欲しいなら作ってやるから、ちゃんと言えって言ったろ?」

 

「でも………」

 

「でもじゃない」

 

「もういいでしょう?セファリアも反省していますし」

 

「むぅ………」

 

あなたは不安を隠しきれません。

なんたってあのネックレスは、アグライアに自分から渡そうと思っていたのですから。

 

「セファリア、もうしない?」

 

「しない!」

 

「絶対?」

 

「絶対!」

 

「ならよし」

 

ゆっくりと抱えたセファリアを下ろし、あなたはアグライアに言いました。

 

「それ、アグライアにあげるようのやつだから」

 

「そうだったのですか?」

 

「うん。綺麗な宝石が入ったから、日ごろのお礼も込めて」

 

「ありがとうございます」

 

「うん、こちらこそ」

 

しばしの静けさが、工房に戻ってきました。

夕方の光が窓から斜めに差し込み、作業台の上に散らばる工具や宝石の粒を、柔らかく照らしています。

なぜか工房に来たアグライアは、首元のネックレスに指を添えながら、小さく微笑みました。

 

「……とても、優しい輝きですね」

 

「ありがと」

 

ぶっきらぼうに返しながらも、あなたは少しだけ照れたように目を逸らします。

 

「その石は近やっと手に入ったんだ。加工が難しくて」

 

「だから、あんなに集中していたのですね」

 

「金糸で見てたな?」

 

「ふふ、少しだけ」

 

そんなやり取りの横で――

 

「……ねえ」

 

セファリアが、そっとあなたの服の裾を引きました。

見れば、さっきまでの元気はどこへやら、しょんぼりと耳を伏せています。

 

「……どうした?」

 

「ほんとに……怒ってない?」

 

あなたは一瞬だけ間を置いて、軽くため息をつく。

 

「怒ってない、って言ったら嘘になるな」

 

「うぅ……」

 

耳がぺたんと完全に寝る。

 

その様子に、思わず口元が緩んだ。

 

「でも」

 

そう言いながら、作業机の引き出しを開ける。

中から、小さな銀のパーツと、ほんのり青い石を取り出した。

 

「ちゃんと言えば、最初からセファリアの分も作った」

 

セファリアの耳が、ぴくっと動く。

 

「……ほんと?」

 

「さっき言ったろ。欲しいなら言ってって」

 

「……言ったら、くれるの?」

 

「今から作るから待て」

 

「やったぁ!」

 

さっきまでの落ち込みは一瞬で消え、セファリアはぴょんと飛び跳ねた。

その様子に、アグライアがくすくすと笑う。

 

「本当に、素直ですね」

 

「いい事」

 

あなたは椅子に座り直し、工具を手に取った。

 

「あんまり騒ぐなよ?細かい作業なんだから」

 

「はーい!」

 

元気な返事を背に受け、あなたはいつもの場所に座り込みます。

 

カン、カン……と、小さな音が工房に響く。

 

やがて、夜の気配がじわじわと近づいてくる。

 

ランプに火が灯り、柔らかな橙色の光が三人を包みます。

 

「……やっぱり」

 

少しして、アグライアが静かに口を開いた。

 

「こうしている時間は……とても好きです」

 

手を止めずに、あなたは応じる。

 

「昔と一緒」

 

「えぇ……そうですね」

「ここは……落ち着きます。それに」

 

彼女はネックレスを軽く揺らした。

 

「大切に想われていると、感じられるので」

 

「それは良かった」

 

「………まったく」

 

 

 

やがて――

 

 

 

「ほい、できた」

 

差し出されたのは、小さな首飾り。

アグライアのものより少し小ぶりで、しかし同じ系統の輝きを持つ石がはめられています。

セファリアは、それをそっと両手で受け取った。

 

「……きれい」

 

セファリアはちゃんと、大事そうに抱きしめています。

 

「つけて」

 

「自分でつけろ」

 

「むー」

 

仕方なく、あなたは腰を折って、セファリアの首にそっとそれをかけてあげます。

 

「どうかな、お姫様?」

 

「……えへへ」

 

くるりと回って見せる。

 

「にあう?」

 

「うん」

 

「やったぁ!」

 

アグライアが優しく頷く。

 

「とても似合っていますよ。セファリア」

 

「えへへ……」

 

二人の視線と、暖かな光。

 

そして、静かな工房の夜。

 

あなたは、道具を片付けながらぽつりと呟いた。

 

「……次はもっと、いいの作ろ」

 

その言葉は、小さかったけれど確かに、二人の耳には届いていました。

 

 

 

 

 

□

 

 

 

 

それから、数年、数十年、百年が経った。

 

セファリアは、知ってしまった。

 

ケファレの庇護は、無限でない。

 

有限。残りは、300年。

 

大司祭が、死の波によって呑み込まれるその直前。

 

アルティッカスに大司祭が託したその願い。

 

民達に、かくも苦しみに満ちた真実を伝える事。

 

その役を。

 

今。

 

セファリアは成し遂げる。

 

 

「私(・)が(・)英(・)雄(・)に(・)な(・)れ(・)る(・)チ(・)ャ(・)ン(・)ス(・)が(・)来(・)た(・)ん(・)だ(・)………」

 

 

 

□

 

 

 

広場は、歓声に包まれていた。

 

神殿の高台に立つアルティッカスの姿へ、民衆の視線が集まっている。

白い衣。

静かな声。

穏やかで、揺るぎなく、すべてを見通しているかのような眼差し。

 

誰も疑わなかった。

 

そこに立っているのが、アルティッカスではないことを。

 

セファリアは、アルティッカスの姿を借りていた。

詭術の神権で姿を塗り替え、声を重ね、気配すら偽っている。

民衆の前に立つのは、彼らが信じるべき導き手。

苦しい真実を告げるはずだった者。

そして今、救いを与える者。

 

セファリア自身ではない。

 

それでいい。

 

セファリアでは、英雄になれない。

小さな泥棒猫のままでは、人々は救えない。

欲しいものを欲しいと言えず、こっそり盗んでしまった子供のままでは、誰も安心させられない。

 

だから、アルティッカスになった。

 

英雄の顔で。

英雄の声で。

英雄にふさわしい嘘を告げるために。

 

「ケファレの庇護は、永遠に続きます」

 

その瞬間、広場の空気が変わった。

 

張り詰めていた恐怖がほどけていく。

誰かが泣いた。

誰かが祈った。

誰かが隣の人を抱きしめた。

 

終わりはない。

庇護は失われない。

明日は続く。

この都市は、これからもケファレに守られ続ける。

 

その言葉が、人々の中へ染み込んでいく。

 

セファリアは、アルティッカスの顔で民衆を見下ろしていた。

 

救われている。

 

みんな、救われている。

 

なら、これでいい。

 

苦しみに満ちた真実など、いらない。

聞かされても誰も幸せにならない事実なら、最初からなかったことにすればいい。

恐怖に怯えながら残りの時間を数えるより、永遠を信じて笑っていられる方が、きっとずっと優しい。

 

セファリアはそう信じた。

 

信じようとした。

 

詭術の神権が、広場へ広がっていく。

言葉が意味を持ち、意味が現実へ食い込んでいく。

嘘は、人々の認識を通して真実になろうとしていた。

 

けれど、その流れが途中で引っかかった。

 

わずかな歪み。

細く、硬く、どうしてもほどけない結び目。

 

誰かが知っている。

 

ケファレの庇護が有限であることを、ではない。

大司祭の遺した願いを、ではない。

 

もっと単純で、もっと致命的なこと。

 

今、ここで語られている言葉が嘘だということ。

 

そして、その嘘をついているのがセファリアだということ。

 

セファリアは、視線を動かした。

 

広場の端。

歓声から少し離れた場所。

石畳の影に、あ(・)な(・)た(・)が立っていた。

 

あなたは叫ばなかった。

民衆に真実を告げようともしなかった。

ただ、アルティッカスの姿をしたセファリアを見ていた。

 

その目で、十分だった。

 

知ってしまったのだ。

 

そう分かった。

 

あなたはすべてを知ったわけではないのかもしれない。

けれど、セファリアが嘘をついていることには気づいている。

 

それだけで、神権は機能しない。

 

嘘が真実になるためには、嘘であると知る者がいてはいけない。

疑う者では足りない。

勘づいた者でも危うい。

そしてあなたは、もう疑いの段階を越えていた。

 

セファリアの喉が乾いた。

 

民衆の歓声が遠くなる。

 

高台の上に立っているのに、足元が崩れていくようだった。

 

英雄になれたはずだった。

みんなを救えたはずだった。

なのに、たったひとりの視線が、それを許してくれない。

 

あなたは、やっぱりいつもそうだった。

 

盗んだネックレスを見つけた時も。

白を切るセファリアを抱え上げた時も。

欲しいなら言えと叱った時も。

 

間違っていることを、見逃してはくれなかった。

 

セファリアは踵を返し、高台をゆっくりと降りた。

 

民衆はまだ歓声を上げている。

誰も彼女の異変に気づかない。

誰も、今告げられた救いが未完成のまま震えていることを知らない。

 

神殿の奥へ続く回廊。

 

そこに、あなたはいた。

 

まるで最初から、こうなることを分かっていたかのように。

 

セファリアは最初、アルティッカスの姿のままあなたの前に立った。

白い衣。

整った声。

誰かに信じられるための顔。

 

けれど、あなたはその姿を見ていなかった。

 

その奥に隠れている、もっと小さくて、もっと情けなくて、もっと臆病なものを見ている気がした。

 

セファリアは耐えられなくなった。

 

詭術の皮が、静かに剥がれていく。

 

アルティッカスの輪郭が揺らぎ、背丈が変わり、声が戻る。

民衆の前で救いを告げた導き手は消え、そこに立っていたのはセファリアだった。

 

小さな泥棒猫。

 

昔、綺麗なネックレスを盗んだ子。

欲しいと言えずに、勝手に手を伸ばしてしまった子。

 

そして今、世界から真実を盗もうとしている子。

 

あなたは、少しだけ目を細めた。

 

驚きはなかった。

怒りもなかった。

ただ、やっぱりそうかと言うような、静かな納得だけがあった。

 

それが、セファリアにはひどく苦しかった。

 

「……知らなかったことにして」

 

声は震えていた。

 

[それだけじゃどうにもならないと、一番分かってるのはセファリアだろ?]

 

その一言だけで、セファリアの中の何かが壊れそうになった。

 

「みんな、救われたんだよ」

 

自分でも、言い訳だと分かっていた。

 

「誰も怖がらなくていい。誰も残り時間なんて数えなくていい。明日が続くって信じられる。ねえ、それの何が悪いの?」

 

あなたは答えなかった。

 

責めてほしかった。

 

間違っていると言ってほしかった。

嘘で救うなんて救いじゃないと、はっきり否定してほしかった。

 

でも、あなたは何も言わない。

 

沈黙の中で、セファリアの胸元に隠した首飾りが重く揺れた。

 

昔、あなたが作ってくれたもの。

欲しいなら言えと叱って、最後には首にかけてくれたもの。

アグライアのものより少し小ぶりで、それでも同じ光を持っていたもの。

 

何年経っても捨てられなかった。

 

捨てれる訳がなかった。

 

それが今、どうしようもなく首を絞めてくる。

 

あなたは一歩、近づいた。

 

セファリアは一歩、退いた。

 

その動きが、答えだった。

 

あなたはセファリアを止めるつもりだったのかもしれない。

あるいは、ただ話をしようとしただけかもしれない。

けれどどちらでも同じだった。

 

あなたが生きている限り、神権は完成しない。

 

セファリアの嘘は、真実にならない。

 

民衆の安堵は、いつか崩れる。

 

アグライアも、いつか知ってしまう。

 

その未来が、セファリアには耐えられなかった。

 

だから。

 

セファリアは、手を伸ばした。

 

神権ではない。

 

もっと単純で、もっと取り返しのつかない方法だった。

 

隠し持っていた短い刃を、あなたの胸へ押し込む。

 

音は、驚くほど小さかった。

 

あなたの身体がわずかに揺れる。

 

セファリアの手に、温かい感触が伝わる。

 

その瞬間、彼女の頭の中が真っ白になった。

 

本当に、やった。

 

神権で世界からほどいたわけではない。

記憶を書き換えたわけでもない。

存在を曖昧にしたわけでもない。

 

ただ、自らの手で殺した。

 

セファリアの喉から、声にならない息が漏れた。

 

あなたは倒れなかった。

 

少なくとも、すぐには。

 

セファリアの肩に手を置く。

責めるためではなく、支えるように。

まるで、崩れ落ちそうなのが自分ではなくセファリアの方だと分かっているみたいに。

 

その優しさが、いっそ残酷だった。

 

セファリアは震えた。

 

あなたの口元が、わずかに動く。

 

何かを言おうとしたのかもしれない。

でも、言葉にはならなかった。

 

それでよかった。

 

何かを言われていたら、セファリアはきっと壊れていた。

 

あなたはゆっくりと膝をつく。

 

セファリアも、引きずられるように膝をついた。

 

床に赤が広がっていく。

回廊の石畳に、夕陽より濃い色が染み込んでいく。

 

セファリアは刃から手を離せなかった。

 

離したら、すべてが現実になる気がした。

 

いや、もう現実だった。

 

取り返しがつかないほどに。

 

「……ごめ、なさい…」

 

謝罪は、あまりにも遅かった。

 

あなたはセファリアを見ていた。

 

怒っていない。

 

恨んでいない。

 

ただ、悲しそうな。

 

でも、悲しんでいるのは自らの死ではなかった。

 

それが、セファリアには分かってしまった。

 

セファリアは泣いた。

 

声を殺そうとしても、できなかった。

喉の奥から嗚咽が漏れる。

涙が落ちる。

手が震える。

 

英雄になったはずだった。

 

みんなを救ったはずだった。

 

なのに今、自分の手の中には、救いとは正反対のものしかない。

 

あなたの身体から力が抜けていく。

 

最後に、あなたの手がセファリアの頭へ伸びた。

 

触れたのか、触れる前に落ちたのか。

セファリアには分からなかった。

 

ただ、その手を追いかけるように、自分の頭を少しだけ傾けた。

 

あの日みたいに。

 

首飾りをつけてもらった時みたいに。

 

けれど、もう何も戻らない。

 

あなたは動かなくなった。

 

その瞬間、神権の詰まりがほどけた。

 

世界のどこかで、嘘が音もなく真実へ変わっていく。

 

【ケファレの庇護は、永遠に続く】

 

人々はそう信じる。

記録はそう語る。

祈りはそう捧げられる。

誰も、その言葉を嘘だとは知らない。

 

あなた以外は。

 

そして、あなたはもういない。

 

広場から改めて歓声が耳から聞こえる。

救われた民衆の声だった。

 

セファリアは、その声を聞きながら、血に濡れた手を見つめていた。

 

何もかもが上手くいった。

 

嘘は真実になった。

民は救われた。

英雄は完成した。

 

だから、笑えばいい。

 

そう思うのに。

 

顔は歪むばかりだった。

 

「……やだ」

 

小さな声が漏れた。

 

「やだ、やだ、やだ……」

 

子供のように首を振る。

 

自分で選んだのに。

自分で刃を握ったのに。

自分で殺したのに。

 

「やだやだやだ!!」

 

それでも、こんなはずじゃなかったと泣きたくなる。

 

そんな資格がないことも分かっていた。

 

だから余計に、涙が止まらなかった。

 

その時。

 

回廊の奥で、かすかな足音がした。

 

セファリアは顔を上げる。

 

アグライアが、そこに立っていた。

 

彼女は、すべてを見たわけではないのかもしれない。

けれど、十分すぎるほど見ていた。

 

血に濡れた床。

動かなくなったあなた。

その傍らで泣き崩れるセファリア。

 

アグライアの瞳が、大きく揺れた。

 

「セファリア……?」

 

名前を呼ばれた瞬間、セファリアの呼吸が止まった。

 

本当なら。

 

この瞬間に、アグライアには分かるはずだった。

 

セファリアが嘘をついていること。

民衆の前でアルティッカスの姿を借り、ケファレの庇護が永遠だと告げたこと。

 

アグライアなら、きっと気づく。

 

セファリアはそう思っていた。

 

彼女の眼差しは、いつもそうだった。

金糸のように細く、鋭く、世界の継ぎ目を見つけてしまう。

隠したものに触れてしまう。

嘘の奥にある震えを拾ってしまう。

 

だから、会えば終わりだと思っていた。

 

アグライアに会った瞬間、全部バレる。

嘘も、罪も、逃げ道も、何もかも。

 

けれど。

 

アグライアは、嘘を見抜かなかった。

 

見抜けなかった。

 

セファリアの中から溢れている感情が、あまりにも大きすぎたから。

 

罪悪感。

恐怖。

後悔。

喪失。

自分で殺しておきながら、失ったことに耐えられない幼い悲鳴。

英雄になりたいと願った子供が、自分の手を見て初めて怪物になったことを知る、その絶望。

 

それらがあまりにも濃く、あまりにも生々しく、セファリアの全身から溢れていた。

 

だからアグライアの目は、嘘の輪郭ではなく、セファリアの痛みに囚われた。

 

セファリアが何を隠しているかではなく。

 

セファリアが今、どれほど壊れかけているかを見てしまった。

 

罪が、罪を覆い隠した。

 

アグライアは一歩、近づいた。

 

その表情にあるのは、怒りだけではなかった。

困惑。

恐怖。

悲しみ。

そして、どうしても捨てきれない心配。

 

「何が……あったのですか」

 

その問いは、セファリアを責めるには優しすぎた。

 

だからこそ、耐えられなかった。

 

セファリアは、ゆっくりと首を横に振った。

 

答えられない。

 

答えれば、全部終わる。

嘘も、英雄も、民衆の救いも。

何より、アグライアの中にいるセファリアが終わる。

 

小さな泥棒猫。

首飾りをもらって笑っていた子。

アグライアの隣にいてもいいと思えていた自分。

 

それが、今の自分に上書きされる。

 

人を殺したセファリアに。

 

嘘で民を救ったセファリアに。

 

アグライアの信頼を裏切ったセファリアに。

 

「……見ないで」

 

声が震える。

 

アグライアは立ち止まった。

 

「セファリア」

 

もう一度呼ばれる。

 

その声には、まだ拒絶がなかった。

 

それが怖かった。

 

怒ってほしかった。

嫌ってほしかった。

化け物だと言ってほしかった。

 

そうすれば、逃げる理由になる。

自分は罰されたのだと納得できる。

 

でもアグライアは、まだセファリアを見捨てていない。

 

理由を聞こうとしている。

手を伸ばそうとしている。

この血まみれの回廊でさえ、セファリアを理解しようとしている。

 

それが、何より怖かった。

 

「来ないで」

 

セファリアは後ずさった。

 

足元の血を踏む。

ぬるりと滑って、身体が揺れる。

 

それでも、アグライアから離れた。

 

アグライアにバレたからではない。

 

まだ、全部はバレていない。

 

でも、いつか必ずバレる。

 

この人なら、いつか必ず辿り着く。

今日見抜けなかった嘘にも、いつか手を伸ばす。

セファリアが抱えている矛盾を、悲しみを、罪を、ひとつずつ解いてしまう。

 

そしてその時、きっとアグライアは傷つく。

 

自分を信じていた分だけ。

隣に置いてくれていた分だけ。

大切に思ってくれていた分だけ。

 

だから、逃げるしかなかった。

 

「………ごめん」

 

それは、何に対する謝罪だったのか。

 

主人公を殺したことか。

嘘をついたことか。

アグライアから逃げることか。

それとも、最後まで本当のことを言えないことか。

 

セファリア自身にも分からなかった。

 

詭術の神権が、セファリアの身体を包む。

 

姿が揺らぐ。

風景がぼやける。

そこにいたはずの少女が、誰も気づかぬ間に消えかける。

 

アグライアが手を伸ばした。

 

「っ……セファリア!」

 

その声に、セファリアの胸が裂けそうになった。

 

待てない。

 

待ったら、泣いてしまう。

泣いたら、縋ってしまう。

縋ったら、全部話してしまう。

 

そして、許されたいと思ってしまう。

 

それだけは、駄目だった。

 

自分はもう、許されたいなんて思ってはいけない。

 

セファリアは逃げた。

 

アグライアの前から。

動かなくなったあなたの傍から。

歓声に包まれた広場から。

英雄になった自分から。

 

回廊には、アグライアだけが残された。

 

彼女は血の跡を見つめ、倒れたあなたを見つめ、セファリアが消えた闇を見つめた。

 

何が起きたのかは、分かっている。

 

セファリアが、あなたを殺した。

 

それは記憶に残る。

消えない。

忘れられない。

 

けれど、その理由がどうしても分からない。

 

民衆の歓声は、まだ遠くで続いている。

ケファレの庇護が永遠に続くと信じ、救われた人々の声が。

 

アグライアは、その声を聞きながら、自分の首元に触れた。

 

そこには、古いネックレスがあった。

 

倒れている、あなたが作ってくれたもの。

 

思い出は残っている。

名前も、声も、その姿も。

 

けれど今は、そのすべてが血の匂いと混ざっていた。

 

アグライアは膝をつき、あなたの傍に手を伸ばす。

 

そして、セファリアが消えた方角を見た。

 

「……なぜ、逃げたのですか」

 

問いに答える者はいない。

 

広場では、英雄を讃える声が鳴り止まない。

 

誰も知らない。

 

その英雄が、今この瞬間、誰よりも遠くへ逃げていることを。

嘘が暴かれたからではなく。

嘘がまだ隠れてしまったからこそ。

 

もう二度と、アグライアの前に立てなくなったことを。

 

 

 

 

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