『あなた』がスタレキャラと仲良く(意味深)なっちゃった!   作:ザワザワする人

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トパーズ

 

スターピースカンパニー、戦略投資部。

硝子のように磨かれた廊下には、いつも冷たい光が流れている。

 

利益率、回収見込み、再建計画。

数字は整然と並び、人の迷いや願いさえ、ここではいずれ資料の一行に変わる。

その中を歩くトパーズは、今日も端末を片手に、いつもの顔で仕事をしていた。

 

足元ではカブが短い足で先を行く。

白く丸い背中が揺れるたび、トパーズの指先は無意識にその毛並みを思い出す。

 

もふもふしたものが好きだった。

柔らかくて、温かくて、触れると胸の奥までほどけるようなもの。

 

だから、同じ部署にいる狐族の同僚は、彼女にとって少し困った存在だった。

 

仕事はできる。

けれど堅苦しくはない。

会議では鋭い意見を出すくせに、カブを見ると目元がゆるむ。

重い案件の途中でも、出張先で小さな獣を見つければ足を止める。

 

そして何より、その尻尾がいけなかった。

 

星明かりを含んだような毛並み。

歩くたびにふわりと揺れる、見るからに手触りのよさそうな尻尾。

 

初めて見た時、トパーズは思った。

 

――あれは、絶対に危険なもふもふだ。

 

もちろん、本人には言っていない。

 

言えるわけがなかった。

同僚の尻尾を触りたいなんて、トパーズとしてはあまりに隙がありすぎる。

 

けれど今日、その我慢はあっさり揺らいだ。

 

会議室前のロビー。

彼は別部署の女性社員と話していた。

 

資料を覗き込みながら、いつものように軽く笑っている。

その横顔は穏やかで、声も柔らかい。

 

そこまではよかった。

ただの業務相談だと、トパーズにも分かっていた。

 

けれど、その女性社員が彼の尻尾を見て、ぱっと表情を明るくした瞬間。

 

「その尻尾、すごく綺麗ですね。触ってもいいですか?」

 

トパーズの胸が、音もなく縮んだ。

 

彼は困ったように笑う。

 

「仕事の話が先な。尻尾はその後、気が向いたら」

 

気が向いたら。

 

その言葉が、妙に耳に残った。

 

別に、彼の尻尾は彼のものだ。

誰に触らせるかを、トパーズが決める権利なんてない。

 

ない、はずなのに。

 

胸の奥に、小さな棘が刺さったようだった。

細くて、見えないのに、息をするたび痛む。

 

「……カブ」

 

足元の相棒が顔を上げる。

 

「私、今ちょっと大人げないかも」

 

カブは短く鳴いた。

否定はしてくれなかった。

 

「そこは否定してほしかったな」

 

トパーズは苦笑する。

けれど笑ったところで、胸のざわめきは消えなかった。

 

彼が誰かと話すことが嫌なのではない。

いや、本当は少し嫌だった。

でも、それ以上に嫌だったのは、彼の柔らかい部分に、他の誰かが簡単に触れようとしたことだった。

 

自分はずっと我慢していたのに。

触ってみたいと、言葉にすることさえできなかったのに。

 

「トパーズ?」

 

彼がこちらに気づく。

 

トパーズはすぐに笑顔を作った。

何もなかったように。

いつも通り、涼しい顔で。

 

「お疲れ。人気者だね」

 

「人気者っていうか、尻尾が目立つだけだと思う」

 

「へえ。触らせてあげるんだ?」

 

言葉が出た瞬間、自分でも分かった。

少しだけ、声が拗ねている。

 

彼の狐耳がぴくりと動いた。

 

「もしかして、トパーズも触りたかった?」

 

「違うけど?」

 

早すぎる返事。

自分でも失敗したと思った。

 

彼は面白そうに目を細める。

 

「その速さは怪しいな」

 

「怪しくないよ。会議前に尻尾の話をするのは非効率ってだけ」

 

「でもカブは毎朝撫でてるよな」

 

「カブは業務上必要なケアだから」

 

「俺の尻尾も、業務上必要なケアになる可能性は?」

 

「ないよ」

 

「尻尾が泣いてる」

 

彼がわざとらしく尻尾を揺らす。

ふわり、と毛並みが光を含んで広がった。

 

見ないようにした。

けれど、見てしまった。

 

やっぱり、触り心地がよさそうだった。

 

 

会議は滞りなく終わった。

 

彼は今日も、重くなりかけた空気をさらりとほどいた。

鋭いことを言っているのに、言葉の端に少しだけ柔らかさがある。

 

「短期回収だけで見れば得に見えますけど、反発が膨らめば結局こっちの財布も痩せます。財布が痩せるのはよくないです。カブも悲しみます」

 

カブは関係ない。

けれど、その一言で会議室にわずかな笑いが生まれた。

 

トパーズは端末を操作しながら、横目で彼を見る。

 

彼の言葉は、いつも不思議だった。

正論をそのまま投げつけず、相手が受け取れる温度まで少しだけ冷まして差し出す。

 

そういうところが好きだと思った。

 

思ってしまった。

 

その瞬間、ロビーで見た光景が胸によみがえる。

彼の横顔。

誰かに向けた笑み。

触れてもいいかもしれない、と思わせる距離。

 

胸の棘が、また静かに痛んだ。

 

 

会議後、トパーズは外周デッキに出た。

 

防護壁の向こうには、深い宇宙が広がっている。

星々は遠く、けれど冷たくはなかった。

夜の底に散らした宝石のように、静かに光を放っている。

 

カブは少し離れた場所で丸くなり、白い毛玉のように眠たげだった。

 

「……私、ほんとに大人げない」

 

吐息に混ぜて呟いたその声は、星の静けさに吸い込まれるはずだった。

 

けれど。

 

「尻尾の件?」

 

背後から声がして、トパーズは肩を跳ねさせた。

 

振り返ると、彼が立っていた。

狐耳を少し倒し、尻尾をゆるく揺らしている。

 

「聞いてたの?」

 

「今のは聞こえた。あと、今日ずっと機嫌悪かっただろ」

 

「悪くないよ」

 

「カブを見る時は普通だった。でも俺を見る時だけ、ちょっと目が細かった」

 

「観察しすぎ」

 

「同僚だからな」

 

彼は軽く笑う。

 

その笑顔が好きだった。

好きだから、苦しかった。

 

トパーズは防護壁の向こうへ視線を逃がす。

 

「……さっきの人、尻尾触りたいって言ってたね」

 

「言ってたな」

 

「触らせるの?」

 

平気な声にしたかった。

けれど、少しだけ揺れた。

 

彼は黙ったあと、柔らかく聞く。

 

「触らせてほしくない?」

 

「そういう聞き方、ずるい」

 

「じゃあ、正直に聞く。嫌だった?」

 

トパーズは答えられなかった。

 

嫌だった。

 

その一言を認めたら、自分の中に隠していたものが全部こぼれてしまう気がした。

 

けれど、もう遅かった。

胸に刺さった棘は、名前を呼ばれるのを待っている。

 

「……嫌だったよ」

 

小さな声だった。

 

彼の尻尾が、ぴたりと止まる。

 

トパーズは息を吸った。

星の光が、防護壁に淡く滲んでいる。

 

「あなたが他の人と話してるだけなら、まだ平気なふりができた。業務相談だって分かってるし、あなたが誰と笑っても、本当は私が何か言えることじゃない。でも、尻尾を褒められて、触りたいって言われて、あなたが完全には断らなかったのを見たら……胸がぎゅってなった」

 

言葉にした途端、恥ずかしさが頬にのぼる。

それでも、止められなかった。

 

「私だって、ずっと触ってみたかった。でも言えなかった。同僚だし、変に思われたくなかったし、トパーズとしては、そんな個人的なお願いをするべきじゃないって思ってた」

 

彼は何も言わない。

ただ、静かに聞いてくれている。

 

その沈黙が優しくて、余計に胸が苦しくなった。

 

「あなたと仕事をするの、好きなんだ」

 

「会議で隣にいると安心する」

 

「軽口を叩くくせに、ちゃんと人の痛いところを見てる」

 

「カブを撫でる時の顔も、もふもふを見つけた時にちょっとだけ目が輝くところも、全部、見ていると胸が変になる」

 

トパーズは彼を見る。

 

もう、トパーズの顔ではいられなかった。

 

「最初は、いい同僚だと思ってた。信頼できて、少し変わっていて、もふもふに弱くて、でも肝心なところでは誰より頼れる人だって。でも気づいたら、それだけじゃ足りなくなってた」

 

夜の宇宙は静かだった。

その静けさの中で、自分の鼓動だけがやけに大きい。

 

「あなたが誰かと笑うと、私もその顔を見たいって思う。あなたの尻尾を誰かが褒めると、私が先に褒めたかったって思う。あなたが誰かに触れられるかもしれないって思うと、すごく嫌になる」

 

彼女は一度、唇を結んだ。

 

そして、逃げずに言った。

 

「好きだよ」

 

その一言は、星明かりよりも頼りなく、けれど彼女の中では確かな光だった。

 

「同僚としてじゃなくて、あなたのことが好き。トパーズとして隣に立つだけじゃ、もう足りない。あなたの近くにいたい。あなたにとって、少しだけ特別な人になりたい」

 

そこで、トパーズは視線を落とす。

 

「……それで、できれば」

 

彼が待っている。

 

優しく、急かさずに。

 

「あなたの尻尾を、一番に触っていい人になりたい」

 

言い終えた瞬間、顔が熱くなった。

 

「今のは忘れて」

 

「無理だな」

 

彼は笑った。

からかうための笑みではなく、嬉しさを隠しきれないような笑みだった。

 

「俺も、ただの同僚としてだけ見てたわけじゃない」

 

トパーズは息を止める。

 

「トパーズがカブを撫でてる時の顔、けっこう好きだった。普段は隙がないのに、もふもふ相手だと少しだけ柔らかくなるところも。今日みたいに嫉妬してくれるところも、正直、かなり可愛いと思った」

 

「可愛いって言わないで」

 

「嫌か?」

 

「嫌じゃないけど、心臓に悪い」

 

彼の狐耳が少し揺れた。

 

「俺も好きだよ。仕事中の強いところも、誰かを簡単に切り捨てないところも、カブを大事にするところも。あと、尻尾を触りたいのに我慢してたところも」

 

「そこは忘れて」

 

「無理だって」

 

彼は尻尾をゆっくり前へ回した。

 

星明かりを含んだ毛並みが、ふわりと揺れる。

 

「触る?」

 

トパーズの胸が跳ねた。

 

「……いいの?」

 

「一番に触っていい人になりたいんだろ?」

 

「言い方がずるい」

 

「でも違わない」

 

「違わないけど」

 

トパーズはそっと手を伸ばす。

 

指先が尻尾に触れた瞬間、胸の奥まで柔らかくほどけた。

 

温かい。

想像していたよりずっと、やさしい感触だった。

 

「……すごい」

 

思わず声が漏れる。

 

「そんなに?」

 

「これは危険なもふもふだよ。一度触ったら、たぶん戻れない」

 

「じゃあ、責任取るか」

 

「何の責任?」

 

「触られた尻尾の責任」

 

「それはあなたが取る側じゃない?」

 

二人で笑う。

 

その笑い声は小さく、けれど星の下では十分だった。

 

トパーズは尻尾に触れたまま、少しだけ視線を伏せる。

 

「……ねえ」

 

「何?」

 

「今だけ、トパーズじゃなくてもいい?」

 

彼の表情が静かになる。

 

トパーズは小さく息を吐いた。

 

「エレーナって呼んで。二人の時だけでいいから」

 

その名前は、彼女にとって鎧の内側にあるものだった。

仕事のための名前ではない。

誰かに評価されるための名前でもない。

ただ、好きな人にだけ差し出したい、柔らかな部分。

 

彼はゆっくりと呼んだ。

 

「エレーナ」

 

胸が、きゅっと甘く震えた。

 

手の中の尻尾がわずかに揺れる。

彼も照れているのだと分かって、エレーナは少し笑った。

 

「……もう一回」

 

「エレーナ」

 

「うん」

 

彼女は幸せそうに目を細める。

 

「やっぱり、その呼び方がいい」

 

彼は彼女の手を取った。

契約の握手ではない。

仕事の確認でもない。

 

ただ、好きな人と繋ぐための手。

 

「明日からも、仕事中は同僚でいようね」

 

「分かった」

 

「でも、二人の時は名前で呼んで。あと……尻尾も、たまに触らせて」

 

「たまにでいいのか?」

 

「……できれば、けっこう」

 

彼が笑う。

狐耳がぴくりと動いた。

 

エレーナはそれを見逃さない。

 

「耳、動いた」

 

「気のせいだ」

 

「動いたよ」

 

「エレーナが可愛いこと言うからだろ」

 

「またそういうこと言う」

 

顔が熱い。

けれど、嫌ではなかった。

 

遠くでカブが鳴く。

まるで、ようやく落ち着いたとでも言うように。

 

エレーナは繋いだ手に、そっと力を込めた。

 

帳簿にも、報告書にも、契約書にも載らないもの。

けれど、彼女にとって何より価値のあるもの。

 

星明かりの下、彼の尻尾の柔らかさと、手の温度と、自分の名前を呼ぶ声が、静かに胸へ降り積もっていく。

 

「好きだよ」

 

エレーナが囁く。

 

彼は優しく握り返した。

 

「俺も好きだ、エレーナ」

 

その名前を呼ばれた瞬間、胸の奥がまた甘く締めつけられる。

 

エレーナは目を伏せ、幸せそうに笑った。

 

「……うん。やっぱり危険だね」

 

「尻尾が?」

 

「尻尾も。名前も。あなたも」

 

「やめるか?」

 

エレーナは即答した。

 

「やめない」

 

二人は小さく笑い合う。

 

そしてカブに先導されながら、星々の灯るデッキをゆっくり歩き出した。

 

その夜、エレーナの指先にはまだ尻尾の温もりが残っていて、胸の奥には、好きな人に名前を呼ばれた余韻がいつまでも消えずにいた。

 

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