『あなた』がスタレキャラと仲良く(意味深)なっちゃった! 作:ザワザワする人
黄金の刻は、いつだって眩しすぎた。
空には終わらない花火。街路には笑い声。ホテルのロビーでは誰かが夢を語り、誰かがそれを拍手で祝っている。ピノコニーは眠らない。眠らなくても疲れない。ここでは誰もが幸福を演じられるし、幸福に騙されることもできる。
けれど、あなたはその明るさが少し苦手だった。
眩しいものを見ると、思い出す。
燃えていた空を。
砕けた装甲を。
味方の死体を。
呼吸よりも先に命令が来る戦場を。
誰かの名前より先に、識別番号で呼ばれていた日々を。
グラモス。
もう存在しないはずの故郷。
それでも、あなたの始まりはそこにあった。
夢境の広場で、あなたは人混みから少し離れて立っていた。頭上では紙吹雪が降っている。色とりどりの光が、夢でできた空に溶けていく。
その中に、自分と同じ見慣れた薄緑の髪が揺れた。
ホタルだった。
彼女は店先で売られている小さな菓子を見つめていた。
ショーケースの中には、星の形をした砂糖菓子や、焼きたてみたいな香りのするパイが並んでいる。
夢境の食べ物にどこまで意味があるのかは分からない。けれど、ホタルはそれを本当に楽しそうに見ていた。
あなたが近づくと、ホタルはすぐに気づいた。
「あ、来てくれたんだ」
ただそれだけの言葉なのに、胸の奥が少し温かくなる。
彼女はあなたの前で、片手に持った小さな箱を掲げた。
「これ、買ってみたの。ピノコニー限定なんだって」
箱の中には、淡い青色の砂糖菓子が二つ入っていた。星の形をしている。
ひとつひとつに細かな銀色の粒がまぶされていて、まるで遠い星雲を閉じ込めたみたいだった。
「一緒に食べようと思って」
ホタルは少しだけ照れたように言った。
「君はこういうの自分から買わなさそうだから」
図星だった。
あなたが苦笑すると、ホタルは得意げに胸を張る。
「やっぱり。だから私が買っておいたんだよ」
そう言って、彼女は箱をあなたに差し出した。
あなたが一つ受け取ると、指先が少し触れた。
ただそれだけ。
それだけなのに、ホタルのまつげがほんの少し揺れた。
あなたも、すぐには指を引っ込められなかった。
ピノコニーの喧騒が、遠くなる。
花火の音も、笑い声も、客引きの声も、すべて薄い膜の向こう側へ沈んでいく。
残ったのは、ホタルの手の温度だけだった。
□
二人で広場の端にあるベンチへ座った。
正面には大きな噴水がある。水は重力を忘れたみたいに空へ昇り、金色の光をまとってゆっくり弾けていた。現実ならありえない景色。けれど、夢なら当たり前のように許される景色。
ホタルは砂糖菓子を口に入れて、目を丸くした。
「甘い」
あなたも食べる。
たしかに甘い。
舌の上でほろりと崩れて、星屑みたいな香りだけが残った。
ホタルはあなたの反応をじっと見ていた。
「どう?」
悪くない。
あなたがそう答えると、ホタルは少し不満そうに頬を膨らませた。
「もう。悪くない、じゃなくて。おいしいかどうか聞いてるの」
あなたは少し考えてから、おいしい、と言い直した。
するとホタルは満足そうに笑った。
「うん。よろしい」
その笑顔を見ていると、もう一つくらい甘いものを食べたような気分になる。
ホタルは箱を膝の上に置いて、噴水を見つめた。
「変だよね。私たち、こんなところで普通にお菓子を食べてる」
あなたは答えなかった。
変だと思ったことは、何度もある。
ピノコニーの街を歩くたびに。
誰かの笑顔を見るたびに。
手に敵ではなく、紙袋や飲み物を掴むたびに。
自分が何かを間違えているような気がした。
戦うために生まれた。
壊れるまで使われるために存在した。
そんな自分が、夢の街で誰かと並んで甘いものを食べている。
それはあまりにも不自然で、あまりにも穏やかだった。
ホタルはあなたの横顔を見た。
「でもね、私は……変でもいいと思う」
彼女の声は、花火よりも静かだった。
「だって、グラモスにいた頃の私たちは、こういう時間を知らなかったから」
グラモス。
その名が出た瞬間、あなたの胸の奥で何かが軋んだ。
ホタルは自分の指先を見つめていた。
細い手。
今は砂糖菓子の箱を持っている手。
けれど、その手が戦いのために何度も動いたことを、あなたは知っている。
彼女もまた、あなたの手が何をしてきたのか知っている。
「ねえ」
ホタルが言った。
「君は、覚えてる?あの時の空」
あなたは小さく頷いた。
忘れられるはずがなかった。
赤く焼けた空。
黒い煙。
通信越しに途切れていく声。
同じ顔。同じ装甲。同じ名前のない兵士たち。
誰かが倒れても、戦線は止まらなかった。誰かが泣いても、命令は変わらなかった。明日を願う暇なんてなかった。次に目を開けられるかどうかさえ、分からなかった。
ホタルは静かに息を吐いた。
「私、時々思うの。あの場所で終わっていたはずの私が、どうして今ここにいるんだろうって」
あなたは彼女を見る。
ホタルは笑っていた。
でも、その笑顔は少しだけ寂しかった。
「それでね、あなたを見ると……安心するの」
あなたは瞬きをした。
ホタルは続けた。
「同じものを見て、それでもここまで来た人がいる。私だけじゃないんだって思える。だから、あなたが隣にいると、私……ちゃんと今を生きてる気がする」
胸が締めつけられた。
甘いだけの言葉ではなかった。
けれど、だからこそ温かかった。
あなたは何も言えず、ただ彼女の手に触れた。
ホタルは一瞬だけ驚いて、それから、自分から指を絡めてきた。
夢境の灯りよりも、ずっと確かな温度だった。
□
「ずっと、こうしてみたかったんだ」
ホタルが小さく言った。
何を、と視線で尋ねると、彼女は少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「手を繋いで、街を歩くこと」
その願いは、あまりにも普通だった。
ホタルは続ける。
「任務とか、敵の位置とか、そういうのを考えないで。ただ、隣にいる人と同じものを見て、あれ綺麗だねって言って、疲れたら休んで、甘いものを食べて……そういうの」
あなたは繋いだ手を見下ろした。
戦場で生まれた手。
命令を受けるための手。
拳を握るための手。
でも今は、ホタルの手を握っている。
それだけで、この手にも別の意味があるのだと思えた。
あなたは立ち上がり、繋いだ手を軽く引いた。
ホタルはきょとんとした顔をする。
「え?」
歩こう。
そう言うと、ホタルの表情がゆっくり明るくなった。
「……うん!」
彼女はベンチから立ち上がり、あなたの隣に並んだ。
ピノコニーの街は相変わらず賑やかだった。巨大な看板が瞬き、夢の住人たちが歌い、どこかでグラスの触れ合う音がする。
そのすべての中を、二人は手を繋いで歩いた。
ホタルは時々、子どもみたいに足を止めた。
「あれ見て。猫みたいな看板」
あなたが頷くと、彼女は嬉しそうに笑う。
「あっちのお店、飲み物が光ってる。飲んだら本当に光るのかな」
危ないかもしれない。
あなたがそう言うと、ホタルはくすっと笑った。
「君って、そういうところ真面目だよね」
そう言いながらも、彼女は手を離さなかった。
むしろ、人混みが近づくたびに少しだけ握る力を強くした。
迷子にならないため、ではない。
ここにいると確かめるため。
あなたもそのたびに握り返した。
ホタルはそれだけで、何度も嬉しそうに笑った。
□
しばらく歩いたあと、二人はホテルの近くにある静かなテラスへ出た。
そこは黄金の刻の中心から少し離れていて、喧騒も柔らかく薄まっていた。空には大きな夢の月が浮かび、その周りを金色の魚のような光が泳いでいる。
ホタルは手すりにもたれて、夜景を見下ろした。
「綺麗だね」
彼女は言った。
あなたは夜景ではなく、ホタルを見ていた。
彼女がこちらを振り向く。
「……今、街じゃなくて私を見てた?」
否定しようとして、できなかった。
ホタルの頬が赤くなる。
でも、彼女は目を逸らさなかった。
「そっか」
小さな声。
その一言に、隠しきれない喜びが滲んでいた。
ホタルはあなたの隣へ来て、肩が触れる距離に立った。
「ねえ。私も、見ていい?」
何を、とは聞かなかった。
ホタルはあなたの顔をじっと見つめた。
まるで、戦場の記録には残らなかったものを確かめるみたいに。
あなたの目元。
頬。
呼吸。
夢境の光に照らされた、今ここにいるあなた。
「……不思議」
ホタルは微笑んだ。
「グラモスにいた頃は、あなたの顔をこんなふうに見る日が来るなんて思わなかった」
あなたも同じだった。
あの頃は、言葉はすべて、戦うために使われていた。
好きだとか。
一緒にいたいとか。
明日も会いたいとか。
そんな言葉が存在する場所ではなかった。
ホタルは手すりから手を離し、あなたの胸元にそっと額を寄せた。
「少しだけ、このままでいて」
あなたは彼女の背に手を添えた。
ホタルの体は小さく震えていた。
寒いわけではない。
怖いわけでもない。
たぶん、嬉しさに慣れていないだけだった。
あなたも同じだった。
抱きしめる腕に力を入れすぎないように気をつける。壊れものみたいに扱いたいわけじゃない。彼女は強い。誰よりも強い。
でも、その強さごと大事にしたかった。
ホタルが胸元で小さく笑った。
「君、すごく緊張してる」
ばれていた。
あなたが視線を逸らすと、ホタルは顔を上げた。
「ふふ。大丈夫だよ。私もだから」
そう言って、彼女はあなたの服の端をそっと掴んだ。
「でも、嫌じゃない。こういう緊張なら、少し好きかも」
甘すぎる言葉だった。
砂糖菓子より、ずっと。
□
夢境の空で、遠く花火が上がった。
ホタルはその音に少しだけ目を細めた。
一瞬、彼女の表情が戦場の方へ引き戻されそうになる。
あなたは何も言わず、彼女の手を握った。
ホタルはすぐに気づいて、ゆっくり息を吐く。
「……ありがとう」
あなたは首を横に振った。
礼を言われるようなことじゃない。
そう伝えるように。
ホタルは繋いだ手を見つめた。
「ねえ」
彼女の声は、少し震えていた。
「私たちは、たくさん失くしたよね」
あなたは頷く。
「名前も、居場所も、普通に生きるはずだった時間も。きっと、戻らないものばかり」
それでも。
ホタルは顔を上げた。
「それでも私、あなたとなら、新しいものを増やしていきたい」
夢の街の光が、彼女の瞳に映っていた。
「今日食べた甘いお菓子の味とか。手を繋いで歩いた道とか。あなたが私を見て照れた顔とか」
最後の言葉に、あなたは思わず視線を逸らした。
ホタルは嬉しそうに笑う。
「ほら、また照れた」
からかう声は柔らかい。
けれど、すぐにその声はもっと真剣なものになる。
「そういう小さなことを、いっぱい覚えていきたい。グラモスの記憶だけじゃなくて、あなたと生きた記憶で、私の中を満たしていきたい」
あなたは、ホタルの手を強く握った。
同じだった。
あなたも、そうしたかった。
過去を消すことはできない。
燃えた空も、失った仲間も、命令だけで動いていた日々も、全部なかったことにはできない。
でも、その上に重ねられるものがあるなら。
ホタルの笑顔。
柔らかな声。
繋いだ手。
あっという間に溶けた砂糖菓子。
それらを一つずつ積み上げて、いつか胸の中に、戦場よりも大きな場所を作れるかもしれない。
あなたは、ホタルの名前を呼んだ。
彼女は瞬きをする。
「なあに?」
一緒に生きよう。
言葉は短かった。
けれど、それ以上はいらなかった。
ホタルの瞳が大きく揺れる。
それから彼女は、泣きそうな顔で笑った。
「……うん」
小さく頷く。
「うん。私も。あなたと、一緒に生きたい」
彼女はあなたの手を両手で包んだ。
まるで、二度と冷えないように。
「明日も、その次の日も。夢から覚めても。戦わなきゃいけない日が来ても。怖くなっても、迷っても……それでも、あなたの隣に戻ってきたい」
あなたは頷いた。
戻ってきてほしい。
必ず。
そして、自分も戻る。
彼女のいる場所へ。
ホタルはそっと額をあなたの肩に預けた。
「約束だよ」
約束。
グラモスでは、そんな言葉はあまり意味を持たなかった。
明日が保証されない場所で、未来を結ぶ言葉は脆すぎた。
でも今は違う。
脆くてもいい。
守りたいと思えるなら、それだけで未来になる。
あなたは彼女を抱きしめた。
ホタルも、ゆっくり腕を回してくる。
夢境のテラスで、二人はしばらくそうしていた。
花火が上がる。
街が笑う。
幸福を売り物にした星の片隅で、けれど確かに、売り物ではない温もりがあった。
ホタルが小さく呟いた。
「ねえ」
あなたは彼女を見る。
「明日、また甘いもの食べに行こうね」
もちろん。
そう答えるより先に、ホタルは楽しそうに続けた。
「それで、今度は君が選んで。変なの選んでも怒らないから」
たぶん変なのは選ばない。
「どうかな。君は意外と真面目すぎて変なもの選びそう」
彼女は笑った。
あなたも笑った。
その笑い声は、夢境の喧騒にすぐ紛れてしまうくらい小さかった。
けれど、二人にとっては十分だった。
グラモスの空は、もう遠い。
消えない傷はある。
忘れられない夜もある。
それでも今、ホタルはあなたの隣で笑っている。
あなたも、その手を握っている。
それだけで、この夢はただの夢ではなくなる。
いつか目が覚めても持っていける、二人だけの記憶になる。
ホタルは繋いだ手を少し持ち上げて、嬉しそうに揺らした。
「帰ろっか。……手、離さないでね」
あなたは握り返した。
離さない。
黄金の刻の灯りの中、二人は並んで歩き出す。
戦うために生まれた二人が、今はただ、明日の甘い約束のために歩いている。
それはきっと、世界で一番ささやかな反逆だった。
そろそろ曇らせでも書こっかな~……。キャラどうしよっかな~……。