『あなた』がスタレキャラと仲良く(意味深)なっちゃった!   作:ザワザワする人

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忘れてましたが、花火と『あなた』は同じくらいの身長です。
ちっさ………。




花火

サンポ・コースキがその依頼を引き受けた理由は、単純だった。

 

報酬があまりにも高かったのだ。

 

銀色の鞄を、街の反対側にある倉庫まで運ぶ。それだけで、しばらく働かずに暮らせるほどの信用ポイントが手に入る。

 

依頼書に記された条件も、ごく簡単なものだった。

 

一つ。鞄を開けないこと。

 

二つ。途中で誰かに呼び止められても、決して立ち止まらないこと。

 

三つ。鞄が喋り始めても、相手にしないこと。

 

「……三つ目だけ、少々引っかかりますねぇ」

 

街角に立ったサンポは、手にした銀色の鞄を見下ろした。

 

見たところ、何の変哲もない。丈夫そうな留め具がついているだけで、口らしきものも見当たらなかった。

 

持ち上げても反応はない。

 

耳を近づけても、物音ひとつしない。

 

「まあ、いいでしょう。正体不明の商品に深入りしないのも、優秀な商人の心得というもの。このサンポ・コースキ。誠心誠意、運ばせていただきますとも!」

 

サンポは上機嫌で歩き始めた。

 

数歩進んだところで、鞄から声がした。

 

『この男は、盗人です』

 

サンポの足が止まる。

 

周囲を歩いていた人々も、一斉に振り返った。

 

サンポは何も聞こえなかったふりをして、再び歩き始める。

 

『繰り返します。この鞄を持っている男は、極めて悪質な盗人です』

 

「いやあ、最近の鞄はよく喋りますねぇ!」

 

サンポは額に汗を浮かべながら、周囲へ愛想よく笑いかけた。

 

「もちろん、鞄の言うことなど真に受けてはいけませんよ?品物というものは、持ち主に似ると言いますから。つまり、この鞄の本来の持ち主は、きっとひどい嘘つきなのでしょう!」

 

『この男の名前は、サンポ・コースキ』

 

「個人情報まで!」

 

『懸賞金は、信用ポイント五十万』

 

周囲がざわめいた。

 

道行く人々の目つきが変わる。

 

しばらく働かずに暮らせるほどの報酬を運んでいたはずが、いつの間にか自分自身へ、それを上回る値段がつけられていた。

 

サンポは左右を見回した。

露店の店主が棍棒を握る。

買い物途中の婦人が、勢いよく袖をまくる。

昼寝していた男まで飛び起き、サンポの進路へ立ちはだかった。

 

「皆さん、落ち着いてください!これは何かの間違いで――」

 

『生死は問いません』

 

サンポが走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いたぞ、サンポ・コースキだ!」

 

「五十万を逃がすな!」

 

「待ってください!どうして皆さん、鞄の言葉をそこまで素直に信じられるんです!?」

 

サンポは銀色の鞄を抱え、街の中央通りを駆け抜けていた。

 

その後ろを、武器を手にした大勢の市民が追いかけている。

 

どうにか路地へ逃げ込んだところで、頭上から色とりどりの紙吹雪が舞い落ちてきた。

 

「サンポちゃん!こっちこっち!」

 

建物の屋根から、花火が身を乗り出していた。

 

その隣には、あなたがいる。

 

二人とも、揃って楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

その顔を見た瞬間、サンポはすべてを察した。

 

「やはり、お二人の仕業ですか!」

 

「違うよ」

 

あなたは即座に否定した。

 

「鞄がサンポを嫌ってるだけ」

 

「先ほど初めて会った鞄から、どうしてそこまで嫌われるんです!?」

 

「第一印象じゃない?」

 

花火が屋根の上で足を揺らす。

 

「サンポちゃんって、見るからに懸賞金がかかってそうだもん」

 

「どういう外見ですか、それは!」

 

背後から追っ手たちの足音が迫ってくる。

 

サンポは二人に構っていられないと判断し、路地の奥へ駆け込んだ。

 

ところが、そこは行き止まりだった。

 

高い壁に突き当たり、サンポは立ち止まる。

 

「花火さん!袋小路ではありませんか!」

 

「だって、行き止まりのほうが面白そうだったから」

 

「面白さではなく、私の安全を優先していただけませんか!?」

 

「無理だよね?」

 

花火が隣を見る。

 

「無理だね~」

 

あなたも頷いた。

 

追っ手たちが路地へ雪崩れ込んでくる。

 

サンポが銀色の鞄を盾のように構えた、そのときだった。

 

鞄が大きく震える。

 

留め具が外れ、中から風船がひとつ飛び出した。

 

真っ赤な風船には、サンポの顔が描かれている。

 

『本物はこちらです』

 

風船が高らかに宣言した。

 

今までサンポを追いかけていた人々は、迷うことなく風船へ飛びついた。

 

「待ちなさい!どう見ても風船でしょう!?」

 

誰も聞いていない。

 

人々は我先にと風船を追い、来た道を引き返していく。赤い風船はサンポの声真似で助けを求めながら、楽しそうに街の中心へ飛んでいった。

 

あっという間に路地が静かになる。

 

サンポは深く息を吐いた。

 

「いやあ、危ういところでした。ですが、結果的には助けられたと言えなくも」

 

『懸賞金を百五十万へ増額します』

 

鞄が告げた。

 

「どうしてです!?」

 

今度は屋根の向こうから、警笛が鳴り響いた。

 

「賞金目当ての一般市民だけじゃ飽きたから~」

 

いつの間にか路地へ下りてきた花火が、悪びれもせず答える。

 

「次はちゃんとした警備隊にしてみたよ♪」

 

「何をしてるんですか!」

 

あなたはサンポから銀色の鞄を奪い、その留め具へ指をかけた。

 

「中を見れば、サンポの無実を証明できるかもしれないね」

 

「ですが、依頼書には開けるなと――」

 

「依頼書を書いたの、俺だよ」

 

サンポが黙った。

 

花火が「あはっ」と声を上げる。

 

「君、今までで一番悪い顔してる」

 

「花火に褒められた」

 

「褒めてないよ~。大絶賛してるの!」

 

「どちらでも構いませんから、早く開けてください!」

 

あなたが留め具を外す。

 

三人で鞄を覗き込む。

 

中に入っていたのは、一本のラッパだった。

 

嫌な沈黙が流れた。

 

ラッパが勝手に浮かび上がる。

 

そしてサンポの真正面で、大きく息を吸い込むように膨らんだ。

 

「お待ちをぉぉぉぉぉ!!!!」

 

ラッパが鳴った。

 

盛大な音と共に、鞄から無数の紙吹雪が噴き出す。

 

路地の壁が左右に倒れ、その向こうから仮面を被った楽団が現れた。太鼓、笛、弦楽器。楽団は陽気な曲を奏でながら、呆然とするサンポを取り囲む。

 

続いて、車輪のついた巨大な台座が走ってきた。

 

台座の上には、金色の玉座が置かれている。

 

花火とあなたは左右からサンポの腕を掴み、彼を玉座へ座らせた。

 

「本日の主役、サンポ・コースキ!」

 

「盛大な拍手を~!」

 

「待ってください、お二人とも。これは何の」

 

玉座が走り出した。

 

サンポを乗せた台座は、楽団を引き連れ、街の中央通りへ飛び出していく。

 

花火とあなたも台座へ飛び乗った。

 

警備隊がこちらに気づく。

 

賞金目当てで集まった市民たちも、サンポを指差した。

 

街中の視線が、派手な玉座に座る男へ集中する。

 

その頭上へ、大きな垂れ幕が広げられた。

 

【百五十万の男、サンポ・コースキ凱旋記念パレード】

 

「凱旋してませんよ!それに、その百五十万は根も葉もない懸賞金でしょう!」

 

サンポの抗議は、太鼓とラッパの音にかき消された。

 

街の両側には人だかりができている。

 

鞄の言葉を信じ、サンポを捕らえようと集まった者たちだ。派手な玉座の上へ本人が堂々と現れたのだから、騒ぎはさらに大きくなった。

 

「いたぞ、サンポ・コースキだ!」

 

「百五十万を逃がすな!」

 

「なぜ誰一人として疑わないんです!喋る鞄より私のほうが信用できるでしょう!」

 

「それはどうかなあ」

 

花火が玉座の背もたれへ頬杖をつく。

 

あなたも少し考えてから首を振った。

 

「俺も鞄を信じるかも」

 

「先ほどまで持ち主だった方が言わないでください!」

 

前方で警笛が鳴った。

 

武装した警備隊が、通りを塞ぐように横一列へ並ぶ。

 

けれど、彼らが掲げていた手配書に描かれているのは、サンポの顔ではなかった。

 

黒く塗り潰された顔。

 

その下には、あなたの特徴が簡潔に記されている。

 

仮面の愚者。

 

性別、年齢、出身、すべて不明。

 

捕縛の成否は問わない。

 

賞金額――五百万信用ポイント。

 

「……おや?」

 

サンポが手配書とあなたを見比べた。

 

「どうやら、私を捕まえに来たわけではないみたいです」

 

警備隊だけではない。

 

道端に集まった賞金稼ぎたちも、いつの間にかサンポからあなたへ目を向けていた。

 

屋根の上にも人影がある。

 

窓の奥では、銃口があなたの動きに合わせてゆっくりと向きを変えていた。

 

さっきまでは祭り騒ぎだった通りに、剥き出しの敵意が満ちていく。

 

花火はそれを眺め、楽しそうに目を細めた。

 

「五百万だって。君、大人気だね」

 

「サンポの三人分以上か~」

 

「そこで私を基準にしないでいただけます?」

 

「悔しい?」

 

花火が横から顔を覗き込んでくる。

 

「ちょっと。賞金に見合うことをした覚えがないから」

 

「そこなんだ」

 

花火は声を弾ませた。

 

自分たちがばら撒いた根拠のない懸賞金とは違う。あなたを狙う手配書は、騒ぎに乗じて何者かが紛れ込ませたものだった。

 

誰が、何のために。

 

それを考えるだけで、花火は抑えきれないように笑った。

 

「いいね。私たちの舞台に、勝手に上がってきた子がいるんだ」

 

「花火さん、楽しんでいる場合ではありませんよ」

 

サンポはすでに玉座から腰を浮かせていた。

 

逃げる準備だけは早い。

 

「向こうの狙いがあなたなら、ここは三人別々に逃げるのが賢明かと。花火さんと私は右へ。そちらは左へ。追っ手は五百万のほうへ向かう。いやあ、実に合理的です!!」

 

「サンポちゃん?」

 

花火がにこやかに呼びかけた。

 

「はい?」

 

「君はいくらだっけ?」

 

「百五十万ですが」

 

「じゃあ、足してあげる」

 

花火が指を鳴らした。

 

サンポの頭上に、新しい垂れ幕が広がった。

 

【あなたを捕まえた者には五百万】

 

その下から、もう一枚。

 

【サンポ・コースキを捕まえた者には、一千万】

 

通りが静まり返った。

 

警備隊も賞金稼ぎも屋根の上の狙撃手も、一斉にサンポを見る。

 

「……はい?」

 

「よかったね、サンポ」

 

あなたは彼の肩へ手を置いた。

 

「俺より人気になったよ」

 

「待ってください!その一千万は、いったいどこから出るんです!?」

 

「サンポが払うんじゃない?」

 

「私を捕まえた者へ私が一千万払うんですか!?」

 

「自分への投資だね」

 

「破産ですよ!」

 

サンポが叫んだ直後、最初の賞金稼ぎが飛び出した。

 

それを合図に、通りの両側から人々が押し寄せる。

 

狙いの多くはサンポへ移った。だが、何人かは騒ぎに流されず、まっすぐあなたを見ている。

 

一本の矢が放たれる。

 

花火はあなたの襟元を引き寄せた。

 

耳元を掠めた矢が、背後の玉座へ突き刺さる。

 

「危なかったね~」

 

「助けてくれた?」

 

「まさか。私に当たりそうだったから避けただけ」

 

そう言いながらも、花火はあなたから手を離さなかった。

 

襟を掴んだまま自分のそばへ寄せ、追っ手たちを見渡す。

 

「ねえ、君。心当たりは?」

 

「多すぎて分からない」

 

「花火も一緒に謝ってあげようか?」

 

「花火が謝ったら、余計に怒らせそうだね」

 

「じゃあ、笑ってあげる」

 

花火の目が愉しげに輝く。

 

「君を狙ったことを、死ぬほど後悔するくらいに」

 

その声だけが、妙に甘かった。

 

あなたは花火の腰へ腕を回し、崩れかけた台車の上で身体を支えた。

 

「頼もしいなあ」

 

「勘違いしないでよ。君を捕まえるなら、絶対花火が先だから」

 

「捕まえたあとは?」

 

「まだ考えてない」

 

「なら、捕まってからのお楽しみだね」

 

花火が一瞬だけあなたを見る。

 

すぐに楽しそうな笑顔へ戻ったが、襟元を掴む指には少しだけ力がこもった。

 

「お二人とも!」

 

玉座の上から、サンポの悲鳴が飛んでくる。

 

「良い雰囲気を出している場合ではありませんよ!私には一千万信用ポイント分の人間が押し寄せているんです!」

 

追っ手の大半が、玉座へ手を伸ばしていた。

 

サンポは足元へしがみつく者を振り払い、飛んできた縄を避け、何本もの捕獲網を短剣で切り裂いている。

 

「君は、どうする?」

 

花火が尋ねる。

 

あなたは台車の連結部分へ目を落とした。

 

金色の玉座だけを切り離せそうな留め具が、すぐ足元にある。

 

「サンポには悪いけど、囮になってもらおう」

 

「悪いと思ってない顔だね」

 

「花火も嬉しそうだよ」

 

「君が狙われてるんだもん。これくらいはしてもらわないと」

 

「理屈が分かりませんけど!?」

 

サンポが反論するより早く、二人は同時に留め具を蹴った。

 

金具が外れる。

 

台車の前半分だけが右の通りへ曲がり、花火とあなたを運んでいく。

 

切り離された玉座は、サンポを乗せたまま坂道へ突入した。

 

「えっ」

 

玉座が加速する。

 

その後ろを、一千万信用ポイントに目を眩ませた群衆が追いかけていく。

 

「お二人とも!せめて私にも逃走経路を教えてくださぁぁぁぁい!」

 

サンポの声が遠ざかる。

 

やがて坂の向こうから、盛大な衝突音が聞こえた。

 

続いてラッパの音。

馬のいななき。

何かが爆発する音。

 

最後に、なぜか観客たちの大きな拍手が響いた。

 

花火は腹を抱えて笑っていた。

 

「ねえ、君!聞いた?サンポちゃん、また最後に拍手を取ったよ!」

 

「すごいね。あれだけ滅茶苦茶にしても、ちゃんと演目にしてくれる」

 

「次も呼ぼうね」

 

「来てくれるかな」

 

「来るよ~。報酬を多めに書いておけば」

 

前方からも追っ手が現れた。

 

こちらに来たのは、たった三人。

 

誰もサンポのほうを見ていない。手配書を確認することもなく、真っすぐあなたへ武器を向けている。

 

花火の笑いが、わずかに静まった。

 

「やっぱり、この子たちは君が目当てみたい」

 

「みたいだね」

 

「どうする?」

 

「酒場に行きたいな」

 

「今から?」

 

「喉が渇いちゃった」

 

あなたが答えると、花火は呆れたように笑った。

 

「君って、本当に変」

 

「付き合ってくれる?」

 

花火はあなたの腕へ自分の腕を絡める。

 

すぐそこまで追っ手が迫っているというのに、散歩へ出かけるような気軽さだった。

 

「仕方ないなあ。君一人だと、酒場に着く前に誰かに捕まっちゃいそうだし」

 

「心配してる?」

 

「五百万を他の誰かに取られるのが嫌なだけ」

 

「じゃあ、花火が捕まえてよ」

 

「もう捕まえてるよ」

 

花火が絡めた腕を引く。

 

二人の身体がぶつかり、肩がぴたりと重なった。

 

花火はすぐ近くからあなたを見上げ、悪戯っぽく笑う。

 

「だから君は、私から離れちゃ駄目」

 

背後で追っ手が武器を構えた。

 

その瞬間、花火とあなたは同時に笑った。

 

街中の灯りが消える。

 

次に明かりが戻ったとき、通りに二人の姿はなかった。

 

残されていたのは、一枚の紙だけ。

 

【五百万の獲物は、花火ちゃんが予約しました~♪】

 

その下には、あなたの筆跡で一言だけ書き足されていた。

 

【本人も了承済み】

 

夜の通りに、花火の笑い声が響く。

 

それを追いかけるように、あなたの笑い声も遠ざかっていった。

 

 

 

 

 

 

 

深夜の酒場は、騒がしい一日の終わりとは思えないほど静かだった。

 

客はほとんど残っていない。

 

古い蓄音機から流れる穏やかな曲と、店主がグラスを磨く音だけが、薄暗い店内に響いている。

 

花火とあなたは、窓際の小さな席へ並んで座っていた。

 

向かい合わせではない。

 

一つの長椅子に、肩を触れ合わせて座っている。

 

窓の外では、ときおり警備隊が走り抜けていく。二人の手配書を持っている者もいたが、誰一人として酒場の中を覗こうとはしなかった。

 

「ちょっと、こっちに寄って」

 

花火が小声で言った。

 

「もう充分近くない?」

 

「君の充分と、花火の充分は違うの。ほら、早く」

 

言われるままに身体を寄せる。

 

肩だけでなく、腕までぴったりと重なった。

 

花火は窓の外へ一度だけ目を向け、それでも足りないと判断したらしい。あなたの頬を片手で掴み、そのまま自分のほうへ向けた。

 

「外を見ないの。顔を覚えられたらどうするの?」

 

「花火の顔を見てろってこと?」

 

「それなら警備隊にも見つからないでしょ」

 

「ずっと?」

 

「警備隊がいなくなるまで」

 

花火は平然と答えた。

 

二人の顔は、ごく近い位置にある。

 

吐息が触れるほどではない。それでも、互いの目に映る自分の姿まで確かめられそうな距離だった。

 

「じゃあ、しばらく見てるよ」

 

「そんなに素直に従われると、それはそれで面白くないなあ」

 

「目を逸らしたほうがいい?」

 

「駄目」

 

答えは思いのほか早かった。

 

花火自身も気づいたらしく、わずかに目を見開く。

 

けれどすぐに笑みを浮かべると、あなたの頬を指先で軽く押した。

 

「君って油断すると、すぐ余計なことするから。花火が見張っててあげる」

 

「そっか。じゃあ、俺も花火を見張るよ」

 

「花火は何もしないよ?」

 

「それは信用できないな」

 

「ひどい。こんなに親切に匿ってあげてるのに」

 

「一緒に追われてるだけでしょ」

 

「細かいことを気にする男の子は嫌われるよ?」

 

「花火に?」

 

「どうだろうね」

 

花火は答えを曖昧にしながら、頬に添えていた指をゆっくりと動かした。

 

輪郭をなぞり、耳のすぐ下で止まる。

 

触れ方はくすぐったいほど軽い。

 

けれど手を離すつもりはないらしい。

 

「今日一日で、一番いい眺め」

 

あなたが言うと、花火の指が止まった。

 

普段なら、すぐに何かを返してくる。

 

大げさに呆れてみせるか、もっと甘い言葉を要求してあなたを困らせるか。そのどちらかだと思っていた。

 

けれど花火は何も言わなかった。

 

赤い瞳があなたの顔を見つめたまま、ほんのわずかに揺れる。

 

「花火?」

 

「……安い口説き文句だなあって思ってたの」

 

「考えるの、ずいぶん長かったね」

 

「君の採点に時間がかかったの」

 

「何点?」

 

「教えてあげない」

 

花火はようやく頬から手を離した。

 

その代わりに、先ほどより深く長椅子へ腰掛け、肩へ身体の重さを預けてくる。

 

採点結果は聞けなかった。

 

ただ、離れるほど低くはなかったらしい。

 

テーブルの上には、二つのグラスが並んでいた。

花火のものは甘い果実酒。

あなたのものは、花火が色だけを見て適当に選んだ酒だ。

 

あなたが自分のグラスを取ろうとすると、花火が先にそれを奪った。

 

「これ、どんな味?」

 

「花火が選んだんでしょ」

 

「見た目で選んだから、味は知らないよ」

 

「飲んでみれば?」

 

花火はグラスをあなたへ差し出した。

 

「君が飲ませて」

 

「自分で持ってるのに?」

 

「花火は今、君の肩から動きたくないの」

 

あまりにも自然に言われ、あなたは思わず花火を見る。

 

花火も一拍遅れて、今の発言を振り返ったらしい。

 

けれど取り消す代わりに、グラスを持つ手を小さく揺らした。

 

「早く~。腕が疲れちゃう」

 

「はいはい」

 

あなたは花火の手からグラスを受け取った。

 

縁を口元へ運び、こぼさないようゆっくりと傾ける。

 

花火はあなたから目を離さないまま、一口だけ飲んだ。

 

唇がグラスから離れる。

 

「苦い」

 

「花火が選んだんだよ」

 

「君に似合うと思ったの」

 

「苦い人間だと思われてたんだ」

 

「違うよ。見た目は綺麗なのに、飲んでみるまで味が分からないところ」

 

「それ、褒めてる?」

 

「花火が興味を持ったんだから、褒め言葉に決まってるでしょ?」

 

今度は花火が自分のグラスを持ち上げる。

 

甘い果実酒をあなたの口元へ差し出し、そのまま飲むように促した。

 

言われるままに一口含む。

 

熟した果実の甘さが、舌の上へゆっくりと広がった。

 

「甘いね」

 

「嫌い?」

 

「好きかも」

 

「お酒の話?」

 

花火が楽しげに目を細めた。

 

先ほどまでとは違い、今度はどんな答えが返ってくるのか待ち構えている。

あなたは少しだけ考えるふりをしてから、花火の目を見た。

 

「花火の話」

 

花火の笑みが止まった。

グラスを持ったまま、何も言わない。

視線があなたの目から口元へ落ち、また戻ってくる。

 

やがて花火はグラスをテーブルへ置くと、顔を隠すようにあなたの肩へ額を押しつけた。

 

「むぅ~……」

 

「聞いたのは花火だよ」

 

「普通はもう少し迷うでしょ。お酒かもしれないし、花火かもしれない。どっちかなって、花火を楽しませるところじゃない?」

 

「迷わなかったから」

 

「面白くないなあ」

 

「怒った?」

 

「今、君の顔を見たら負ける気がするから見ないだけ」

 

「何に負けるの?」

 

「君には教えない」

 

花火の声は普段と変わらない。

けれど額を押しつけてくる力は、少しだけ強くなっていた。

 

扉の向こうで、複数の足音が止まった。

 

店主がグラスを磨く手を止める。

 

先ほどまで肩へ甘えるように寄りかかっていた花火が顔を上げ、一瞬で窓の外へ目を走らせた。

 

酒場の前には、警備隊の制服が三人分。

 

そのうち一人が手にしている紙には、見覚えのある二つの顔が並んでいた。

 

「まずいね」

 

花火の声から、酔いを装っていた柔らかさが消える。

 

「裏口は?」

 

「今から動いたら見つかるよ。窓も見張られてる」

 

「じゃあ、どうする?」

 

「花火に任せて」

 

花火はそう言うと、自分のグラスを持ち上げた。

 

残っていた果実酒を一息で飲み干し、空になったグラスをテーブルの端へ置く。

 

直後、酒場の扉が開いた。

 

冷たい夜気とともに、三人の警備隊員が店内へ踏み込んでくる。

 

「夜分に失礼する。男女二人組の不審者を捜している」

 

店主は磨いていたグラスを棚へ戻した。

 

「うちには、そんな客はいませんよ」

 

「確認させてもらう」

 

警備隊員たちの視線が、薄暗い店内をゆっくりと巡る。

 

眠り込んでいる客。

 

空になったテーブル。

 

そして、窓際の長椅子へ並んでいる二人。

 

手配書を持った隊員が、こちらへ一歩近づいた。

 

花火の身体が動く。

 

逃げようとしたのではない。

 

彼女は長椅子の上で向きを変えると、あなたの胸元へ身体ごと飛び込んできた。

 

肩へ腕が回る。

 

花火の髪が頬を掠め、甘い香りが一気に近づいた。

 

反射的に背中へ手を回すと、耳元で小さな声が聞こえる。

 

「恋人のふり。君、そういうの得意そうでしょ?」

 

「やったことないよ」

 

「なら、花火が教えてあげる」

 

花火はあなたの肩へ頬を寄せた。

 

窓の外から見えないようにするだけなら、そこまで近づく必要はない。

 

けれど彼女は、身体の間へ隙間を残さなかった。

 

あなたの胸元を掴んでいた指が服の生地を引き寄せる。

 

「そこの二人」

 

警備隊員の声が飛んだ。

 

あなたが振り向こうとすると、花火の腕が首元へ回された。

 

「見ちゃ駄目」

 

耳元で囁かれる。

 

「顔を見られるよ」

 

「それなら、どうする?」

 

「今から考えるの」

 

花火はそう答えながら、あなたの胸元へ顔を隠した。

 

しかし、警備隊員の足音は止まらない。

 

長椅子のそばまで近づいてくる。

 

「顔を見せてもらおう」

 

花火の肩が、僅かに揺れた。

 

怯えたわけではない。

 

何かを思いついたときに見せる、小さな笑いだった。

 

「ねえ、君」

 

「なに?」

 

「花火のこと、好き?」

 

突然の問いに、あなたは花火を見下ろした。

 

彼女は胸元へ顔を伏せたまま、警備隊員からは見えない位置で楽しそうに目を細めている。

 

「どうして今聞くの?」

 

「必要だから」

 

「何に?」

 

「演技に決まってるでしょ」

 

「だったら、好きなふりをすればいい?」

 

花火はすぐには答えなかった。

 

あなたの服を掴んでいた指が、ゆっくりと胸元を滑る。

 

やがて鎖骨のあたりで止まり、そのまま花火は顔を上げた。

 

「君が決めて」

 

赤い瞳が、間近からあなたを見つめていた。

 

警備隊員はすでにすぐそばまで来ている。

 

少しでも花火が振り向けば、手配書と顔を見比べられてしまう距離だった。

 

あなたは花火の腰へ腕を回し、その身体を抱き寄せた。

 

「これでいい?」

 

「まだ顔が見えるかも」

 

「じゃあ、もっと近く?」

 

「そうだね」

 

花火の返事は、妙に落ち着いていた。

 

けれど腰へ触れた手を止めることも、離そうとすることもない。

 

むしろ自分から膝を寄せ、あなたの身体へ深く向き直る。

 

長椅子が小さく軋んだ。

 

「おい、聞こえているのか」

 

警備隊員が苛立った声を上げる。

 

花火は肩越しにそちらを見ようともせず、あなたの頬へ片手を添えた。

 

「今、いいところなんだけど」

 

「捜査中だ。協力しろ」

 

「恋人と過ごしてるところを邪魔するのが、警備隊のお仕事なの?」

 

「顔を確認するだけだ」

 

「やだよ」

 

花火の指が、あなたの頬をするりと撫でる。

 

仕草だけを見れば、警備隊員を追い払うための演技だった。

 

けれど彼女の視線は、隊員ではなくあなたにだけ向けられている。

 

「ねえ。もっと恋人らしくしてみせてよ」

 

花火が囁く。

 

「俺に任せるんじゃなかったの?」

 

「君があんまりにも頼りないから、花火が手伝ってあげるの」

 

「具体的には?」

 

「そうだなあ」

 

花火の視線が、あなたの目からゆっくりと下りる。

 

鼻先を通り、口元へ。

 

そこで一度止まった。

 

普段なら、あなたが動揺した瞬間に笑うはずだった。

 

誤解したのかとからかい、すべて芝居だったと明かし、慌てる顔を楽しむ。

 

今の花火は笑わなかった。

 

頬へ添えられた指先が、輪郭を確かめるように動く。

 

「花火?」

 

名前を呼ぶと、花火の目があなたの目へ戻った。

 

「なに?」

 

「近くない?」

 

「近くしろって言ったのは君でしょ?」

 

「言ってないよ」

 

「花火には、そう聞こえたけど」

 

「都合のいい耳だね」

 

「君の声を聞くための耳だからね」

 

いつもの花火なら、その言葉も軽い調子で放っただろう。

 

けれど今の声は小さく、すぐそばにいるあなたにしか届かない。

 

警備隊員が呆れたように息を吐いた。

 

「もういい。次を調べるぞ」

 

足音が遠ざかっていく。

 

あなたは警備隊員の様子を確かめようとしたが、花火の手が頬を押さえたまま動かない。

 

「まだ見ちゃ駄目」

 

「でも、向こうへ行ったよ」

 

「振り返って確認されるかもしれないでしょ」

 

「花火なら音で分かるんじゃない?」

 

「今は君の声しか聞こえないから、分からないなあ」

 

花火が僅かに首を傾ける。

 

それに合わせて、二人の鼻先が触れそうなほど近づいた。

 

あなたは息を止めた。

 

花火にも、それが伝わったらしい。

 

赤い瞳に、ようやく悪戯っぽい色が戻る。

 

「緊張してる?」

 

「花火はしてないの?」

 

「どう見える?」

 

「余裕そう」

 

「なら、きっとそうなんじゃない?」

 

「手、震えてるけど」

 

花火の頬へ添えられた手を、自分の手で包む。

 

ほんの僅かだったが、その指先は確かに震えていた。

 

花火の目が丸くなる。

 

今度こそ何か言い返すと思った。

 

しかし彼女は手を引かなかった。

 

包まれた指を一度だけ動かし、自分からあなたの指へ絡める。

 

「これは演技」

 

花火が言った。

 

「警備隊はもう向こうへ行ったよ」

 

「まだ店の中にはいるでしょ」

 

「こっちは見てない」

 

「見てないように見せてるだけかも」

 

「じゃあ、いつまで続ける?」

 

「花火がもういいって言うまで」

 

警備隊員たちが店主と言葉を交わしている。

 

もう誰もこちらを見ていなかった。

 

それでも花火は離れない。

 

片手を恋人のような繋ぎ方をしながら、あなたの胸元へもう一方の手を置いている。

 

「君は?」

 

「なに?」

 

「君は、いつまで続けたい?」

 

「花火が離れるまで」

 

その答えを聞いて、花火の目元が僅かに緩んだ。

 

「それじゃ、朝になっちゃうかもよ」

 

「構わないよ」

 

「警備隊がいなくなっても?」

 

「花火が離れないなら」

 

花火は黙り込んだ。

 

警備隊へ向けていた意識さえ、どこかへ消えてしまったようだった。

赤い瞳に映っているのは、もうあなただけだった。

 

やがて、酒場の扉が開く。

 

「ここにはいない。行くぞ」

 

警備隊員たちが外へ出ていく。

 

足音は次第に遠ざかり、やがて完全に聞こえなくなった。

 

店主が再びグラスを磨き始める。

 

蓄音機から流れる静かな曲だけが、二人の間を満たした。

 

「行ったよ」

 

あなたが囁く。

 

「うん」

 

花火は認めた。

 

それでも頬へ添えた手を下ろさず、身体を離そうともしない。

 

「演技は終わり?」

 

「そうだね」

 

「じゃあ、離れる?」

 

花火はあなたを見つめたまま、少しだけ考えた。

 

それから、絡めていた指をほどく。

 

離れてしまうのかと思った瞬間、その手はあなたの反対側の頬へ添えられた。

 

両手で顔を包み込まれる。

 

逃げ道を塞ぐような格好なのに、触れ方はどこまでも優しかった。

 

「花火?」

 

「君が悪いんだよ」

 

「何が?」

 

「花火が離れるまで続けるなんて言うから」

 

「嫌だった?」

 

「逆」

 

短い答えだった。

 

花火は今度こそ視線を逸らさない。

 

「花火が離れなかったら、君もずっとここにいるんでしょ?」

 

「いるよ」

 

「明日になっても?」

 

「うん」

 

「この街を出ても?」

 

「花火が隣にいてくれるなら」

 

「そっか」

 

花火は微笑んだ。

 

いつものように誰かを惑わせるためでも、あなたの反応を楽しむためでもない。

 

ただ嬉しさを隠しきれなかったような、柔らかな笑みだった。

 

「じゃあ、もう少しだけ捕まってて」

 

花火の両手に引かれ、互いの額が触れ合う。

 

鼻先が微かに重なる。

 

吐息が唇を掠めるたび、どちらの呼吸か分からなくなった。

 

「これも演技?」

 

問いかけると、花火は目を伏せた。

 

長い睫毛が微かに震える。

 

「もう警備隊はいないよ」

 

「うん」

 

「誰も見てない」

 

「知ってる」

 

「じゃあ、どうして?」

 

花火は答えなかった。

 

代わりに両手へ僅かに力を込め、あなたの顔をさらに近くへ引き寄せる。

 

あとほんの少し動けば、触れてしまう距離。

 

花火はそこで止まり、再びあなたを見つめた。

 

からかうような笑みはない。

 

逃げ道を用意する言葉もない。

 

ただ赤い瞳の奥に、期待するような光だけが揺れていた。

 

唇が触れそうな距離で、花火が囁いた。

 

「いただきま~す♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれほど時間が経ったのか。

 

酒場の扉が、勢いよく開いた。

 

「お二人とも、ようやく見つけましたよ!」

 

全身をぼろぼろにしたサンポが立っていた。

 

服には紙吹雪がこびりつき、背中には玉座の背もたれが括りつけられている。なぜか両手には大量の花束を抱え、頭には冠まで載せていた。

 

どうやら最後に聞こえた拍手は、彼が本当にパレードの主役として迎え入れられた音だったらしい。

 

「いやあ、ひどい目に遭いました。とはいえ、結果的に戴冠式まで開かれましてね。転んでもただでは起きない。それがこのサンポ・コースキという――」

 

得意げに話していたサンポが、途中で口を閉じた。

 

肩を寄せ合って座る二人。

 

固く繋がれた手。

 

花火はあなたの肩から頭を上げようともしない。

 

サンポは目を瞬かせたあと、気まずそうに視線を逸らした。

 

「……おや。これはもしかして、私、とんでもなく間の悪いところへ?」

 

花火が片手を伸ばす。

 

テーブルの端に置かれていた赤いボタンを押した。

 

サンポの足元が開く。

 

「まったく、再会したばかりだというのに!」

 

床下へ落ちながら、サンポは慌てて花束を放り投げた。

 

色とりどりの花が宙を舞う。

 

そのうちの一輪を、あなたが空中で受け止める。

 

穴が閉じる。

 

直後、遠くからサンポの悲鳴と盛大な爆発音が聞こえた。窓の外を、玉座に乗ったサンポが流れ星のように飛んでいく。

 

あなたはサンポが投げた花を、花火の髪へ挿した。

 

花火は逃げなかった。

 

窓の外では、サンポがもう一度打ち上げられた。

 

七色の光が夜空へ広がる。

 

その明かりに照らされながら、花火は髪に挿された一輪へ触れた。

 

花火は微笑む。

 

嘘を吐くときの顔だった。

 

けれど、繋いだ手の温もりだけは消えなかった。

 

「君のこと、好きだよ」

 

「うん。俺も花火が好き」

 

今度はどちらも、嘘かどうかを尋ねなかった。

 

信じてしまえば負けなのか。

 

疑ってしまえば負けなのか。

 

そもそもこれは勝負なのか。

 

二人は笑う。

 

それ自体が、まるで答えと言うように。

 





難産も難産でした。花火むずすぎ。
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