『あなた』がスタレキャラと仲良く(意味深)なっちゃった!   作:ザワザワする人

24 / 25


 

星が自分の気持ちに名前をつけるまで、三年かかった。

 

三月なのかは、入学して間もない頃には気づいていた。丹恒も何も言わないだけで、おそらく同じくらい早かった。双子の兄である穹に至っては、高校へ入るより前から知っていたのかもしれない。

 

当の星だけが、ずっと分からないふりをしていた。

 

あなたとは、幼い頃から一緒だった。朝になれば家の前で待ち合わせ、学校まで同じ道を歩く。昼休みには気づけば近くにいて、放課後になれば並んで帰った。くだらない話で笑う日もあれば、何も話さず、互いの足音だけを聞きながら歩く日もある。

 

それらはすべて、星にとって呼吸と同じくらい自然なことだった。

だから、その時間を失うかもしれない名前をつけるのが怖かった。

 

これは恋ではない。ただ昔から一緒にいたから、ほかの人より少しだけ大切に思えるだけ。

胸が苦しくなるたび、星はそう言い聞かせた。

そうして高校生活という限られた時間を、あなたの隣で一日ずつ積み重ねていった。

 

 

 

 

一年目、春

 

入学式の翌日も、校門の向こうでは桜が咲いていた。

 

星はあなたと並び、昇降口へ向かっていた。ほんの数歩前を歩いていたなのかが、突然こちらを振り返り、楽しそうにスマートフォンを構える。

 

「星、こっち向いて!」

 

呼ばれるまま顔を上げた瞬間、春風が吹いた。灰色の髪が頬へかかり、花びらが一枚、その中へ紛れ込む。

 

星が気づくより先に、隣からあなたの手が伸びた。

 

髪に絡んだ花びらを、長い指がそっと摘まみ取る。耳の近くへ触れそうな距離まで手が近づき、星は反射的に息を止めた。

 

その瞬間を、なのかのスマートフォンが切り取った。

 

「撮れた!」

 

満足そうに画面を確認したなのかは、すぐに妙な顔をした。口元を押さえ、写真と二人の姿を何度か見比べている。

 

「何」

 

「いや、その……星に送るね」

 

送られてきた写真を開き、星もなのかが言葉を濁した理由を知った。

 

桜の下に、あなたと星が並んでいる。星は正面を向いていたけれど、あなたはカメラを見ていなかった。星の髪へ触れたまま、その横顔だけを見ていた。

 

普段より少しだけ柔らかな表情で。

 

まるで、そこに星がいることを確かめるような目で。

 

星は写真を閉じた。数歩歩いて、もう一度開く。やはりあなたは星を見ていた。

 

ただ花びらを取ろうとしていただけ。それ以上の意味などない。幼い頃から、あなたは星の髪に寝癖がついていれば直したし、服に糸くずがついていれば何も言わずに払った。今さら特別に感じるようなことではなかった。

 

それでも星は画面の設定を開き、その写真を待ち受けに選んだ。

 

高校生活の最初に撮った写真だから。桜がきれいに写っているから。なのかが珍しく上手に撮れた一枚だから。

 

自分でも苦しいと思う言い訳を並べ、決定ボタンを押す。

 

「星?」

 

真横から声が落ちてきた。

いつの間にか、あなたが画面をのぞき込んでいた。肩が触れそうなほど近くに顔があり、星は反射的にスマートフォンを胸元へ隠す。

 

「今の写真、待ち受けにした?」

 

「してない」

 

「でも、見えたけど」

 

「見間違い」

 

それだけ言い残し、星は先に昇降口へ入った。顔をまともに見られなかった。

 

春の朝はまだ少し冷たい。それなのに灰色の髪から覗く耳だけは、誤魔化しようがないほど赤くなっていた。

 

 

 

 

その日の夜。

自分の部屋で課題をしていると、スマートフォンが震えた。

 

あなたからだった。

 

『今日の写真、送って~』

 

星は数秒、画面を見つめた。

 

『なのかに頼めば』

 

返信はすぐに来た。

 

『星が持ってるのと同じのがいい』

 

なのかから送られた写真なのだから、誰から受け取っても同じに決まっている。理由は分からなかった。それでも星は、自分の端末に保存していた写真を送り直した。

しばらくすると、また通知が届いた。送られてきたのは、スマートフォンの画面を撮った写真だった。

 

待ち受けには、先ほど星が送った二人の写真が設定されていた。

 

『おそろい』

 

胸の奥が大きく跳ねた。

ただ同じ写真を使っているだけ。幼馴染なら、これくらい普通なのかもしれない。

けれど、おそろいという四文字が、何度読んでも胸から離れなかった。

 

星は返信欄を開いた。文字を打って、消して、また打って。

 

結局、同じ言葉を返した。

 

『おそろい』

 

送信した直後、星はベッドへ倒れ込んだ。熱くなった顔を枕へ押しつけ、声にならない音を漏らし、足をバタバタすると布団が跳ねる。

 

隣の部屋から、穹が壁を叩いた。

 

「暴れるなら静かに暴れろ」

 

星は枕を壁へ投げつけた。

 

 

 

 

 

 

一年目、夏

 

体育祭のクラス対抗リレーで、あなたはアンカーを任されていた。

 

バトンを受け取った時点では二位。先頭との差は、決して小さくなかった。

 

星は応援席の一番前にいた。隣ではなのかが声を張り上げ、少し離れた場所では穹が腕を組んでいる。丹恒も静かに、最後の直線へ入った選手たちを目で追っていた。

 

星は何も言わなかった。

声が出なかった。

握り締めた拳へ力を込め、ただ走る姿を見つめていた。

 

少しずつ、差が縮まる。最後の直線で並び、追い越し、そのまま一着でゴールを駆け抜けた。

 

応援席が大きく揺れた。

 

なのかが星へ抱きつき、周囲の歓声が重なる。それでも星の目は、ゴールの先にいるあなただけを追っていた。

 

クラスメイトに囲まれながら、あなたがこちらを振り返る。大勢の中から星を見つけ、その顔に満面の笑みを浮かべた。

 

星へ向かって片手が上がる。

気づけば、星は応援席を飛び出していた。

 

階段を駆け下り、止めようとしたなのかの手をすり抜ける。トラックの端まで走り、その勢いのまま胸元へ飛び込んだ。

 

抱きついてから、自分が何をしたのか理解した。

 

汗の染み込んだ体操服。走り終えたばかりの荒い呼吸。胸へ耳を寄せると、激しい鼓動が聞こえる。

 

自分の心臓まで、それに追いつこうとするように速くなった。

 

離れなければ。

皆が見ている。

そう思うのに、腕が動かなかった。

 

「星」

 

耳の近くで名前を呼ばれる。

遠慮がちに背中へ回された腕が、星の身体を受け止めた。

 

「応援、聞こえてた」

 

星は胸元へ顔を伏せた。

 

「……私、何も言ってない」

 

「分かってるよ。星はそんなんだし」

 

背中へ回った腕が、ほんの少しだけ強くなる。

 

「でも、星が見てたから」

 

その先は言わなかった。

星も聞かなかった。

聞けば、何かを期待してしまいそうだった。

 

ただ、背中へ触れている腕が離れるより先に、自分から離れなければならないことだけが、どうしようもなく寂しかった。

 

 

表彰のあと、あなたは受け取った金色のメダルを、星の首へかけた。

 

「これ、星が持ってて」

 

「走ったのはあなた」

 

「でも、持っててほしい」

 

理由はそれだけだった。

 

星はメダルを両手で包む。表面には、さっきまで首へ下げていたあなたの体温が残っているような気がした。

 

それを胸元へ押し当てる。

 

「なくさないで」

 

「なくさない」

 

「本当に?」

 

星は頷いた。

あなたはそれ以上疑わず、笑ってクラスメイトのもとへ戻っていった。

少し離れたところで、なのかが両手を握り締めている。

 

「今の見た!?」

 

「見ていた」

 

丹恒は淡々と答えた。

 

「なんで星に渡したの!?クラス全員のメダルでしょ!?」

 

「星が持っていても問題はない」

 

「そういうことじゃないんだって!」

 

穹は何も言わなかった。ただ星の胸元にあるメダルを見て、深いため息をつく。

 

その日の夜、星は自室の一番よく見える場所へメダルを飾った。

 

卒業する日まで。

 

一度も別の場所へ移さなかった。

 

 

 

 

一年目、冬

 

初雪の日。

 

校舎裏には、薄く雪が積もっていた。

 

なのかは雪だるまを作ると言い出し、穹を巻き込んでいる。丹恒は図書室へ戻ろうとしたが、なのかに上着をつかまれて逃げられなかった。

 

星は少し離れた場所で、誰も踏んでいない雪へ足跡をつけていた。

背後から名前を呼ばれる。

振り返った瞬間、冷たい雪が頬へ当たった。

 

「ごめん!」

 

雪玉を投げた本人が、真っ青になって駆け寄ってくる。肩を狙ったらしい。

 

星が頬についた雪へ触れるより先に、濡れた手袋が近づいた。けれど途中で止まり、代わりに自分のマフラーを外す。

 

乾いた端が、星の頬をそっと拭った。

 

「痛かった?」

 

星は首を横に振る。

 

「冷たい?」

 

もう一度、横に振った。

 

本当は冷たかった。

 

けれど頬に当てられたマフラーには、まだぬくもりが残っている。その温かさを失うくらいなら、もう少しくらい冷たいままでよかった。

 

雪を拭い終えても、マフラーは戻されなかった。

そのまま、星の首へ巻かれる。

 

「今日は星が使って」

 

長いマフラーが、首元を何周も包んだ。

いつも隣で感じているはずの柔軟剤の香りが、今はひどく近い。まるで抱き締められているようだと思い、星は鼻先までマフラーへ埋めた。

 

「俺のだから少し長いな」

 

余った端を持ち上げ、もう一度巻き直される。

顔が近づいた。

冬の冷たい空気の中で、吐息だけが温かい。動けない星をよそに、あなたは手際よくマフラーを整えていった。

 

やがて少し離れ、星の姿を眺める。

 

「似合う」

 

その一言で、胸が簡単に乱れた。

 

顔のほとんどをマフラーへ隠す。視線を上げられない。それでも、自分だけ温まっていることが急に気になった。

 

星は長く余った端をつかんだ。

 

一歩近づき、そのままあなたの首へ巻く。

 

一本のマフラーが、二人をつないだ。

 

離れて歩けば、どちらかの首が引かれてしまう。近くにいなければならない。

 

自分でしておきながら、星は息苦しいほど緊張していた。

 

「……寒いから」

 

苦しい言い訳だった。

 

けれど、あなたは笑わなかった。

 

マフラーが緩まないよう、星の隣へ歩み寄る。肩が触れた。吐いた息が、二人の間で白く混ざった。

 

「これなら俺も温かい」

 

星は答えなかった。

ただ、一本のマフラーを最後までほどかなかった。

少し離れた場所では、なのかが雪へ両手をついていた。

 

「今日の星、強い……!」

 

「本人は既に限界だ」

 

丹恒が崩れかけた雪だるまを支えながら答える。

 

穹は無言で雪玉を作った。

 

それを、一切のためらいなくあなたの後頭部へ投げた。

 

 

 

 

二年目、春

 

クラス替えで、星とあなたは別々のクラスになった。

 

なのかは星と同じ教室。丹恒はあなたと同じ教室。穹も4人とは別の教室になった。

 

ただ教室が違うだけだった。

 

登校も下校も、今までと変わらない。昼休みになれば顔を合わせられる。

 

それなのに星は、休み時間のたびに廊下へ視線を向けてしまった。

 

扉の前を誰かが通る。一瞬だけ期待する。知らない顔だと分かり、また机へ目を落とす。

 

自分でも気づかないうちに、それを何度も繰り返していた。

 

昼休みになっても、あなたは来なかった。

 

星はなのかと向かい合い、購買のパンを開けた。一口食べる。味がしない。

 

また廊下へ目を向ける。

 

やはり、いない。

 

「見に行けば?」

 

なのかが言う。

 

「何を」

 

「誰とは言ってないけど」

 

「別に」

 

星はもう一口パンを食べた。今度は、うまく飲み込めなかった。

 

新しいクラスの友人と食べているのかもしれない。丹恒と何か用事があるのかもしれない。

あるいは、誰か別の女子と。

 

その光景を想像した瞬間、胸の奥へ嫌な痛みが落ちた。

 

そのとき、教室の扉が開いた。

 

あなたが入ってくる。

 

片手には弁当箱。もう片方には、星がよく飲んでいるジュース。

 

それを見た瞬間、胸の重さがあまりにも簡単に消えた。

 

星は立ち上がりかけた。けれど待っていたと思われたくなくて、すぐに座り直す。

 

「遅い」

 

口から出たのは文句だった。

 

「ごめん。委員決めが終わらなくて」

 

星の前の席を借り、机へ弁当を置く。ジュースは星の前へ差し出された。

 

「これ、好きだったよな」

 

星は容器を見下ろした。

覚えていた。

新しいクラスで誰と話していても。昼休みになれば、星の好きなものを持ってきた。

 

「……ありがとう」

 

あなたは小さく笑い、弁当の蓋を開ける。

 

「来年は、また同じクラスだといいな」

 

星の手が止まった。

 

「どうして」

 

「朝から星の顔を見ないと、何か忘れてる気がする」

 

それだけ言って、何でもないことのように箸を動かし始める。

 

星はジュースの蓋へ手をかけた。

力が入らない。

教室が離れたことを寂しいと思っていたのは、自分だけではなかった。

 

「開かない?」

 

星が答える前に、手元からジュースが取られる。固い蓋を簡単に回し、もう一度差し出してきた。

星は両手で受け取った。

 

「ありがとう」

 

同じ言葉を、もう一度。

隣で、なのかが弁当箱の蓋を静かに閉じた。

 

「ウチ、ちょっと丹恒のところ行ってくる」

 

教室を出ると、ちょうど丹恒がこちらへ向かっていた。なのかはその腕をつかむ。

 

「星の好きな飲み物を持ってきて、星がいないと落ち着かないって言った」

 

「そうか」

 

「そんな冷静でいられるの!?」

 

丹恒は教室の中を一度だけ見た。

 

「一年間、同じ教室だ。今から動揺していてはもたない」

 

教室の中では、星が少しずつジュースを飲んでいた。

味は、さっき食べたパンよりもずっと甘かった。

 

 

 

 

二年目、夏

 

夏祭りの日。

 

待ち合わせ場所へ現れた星は、紺色の浴衣を着ていた。

 

浴衣を着るつもりなどなかった。なのかに誘われたときも、動きやすい服のほうがいいと言い張った。

 

けれど、あなたも来ると聞いた瞬間。

ほんの少しだけ、抵抗する理由が弱くなった。

 

灰色の髪を結い上げ、なのかに選んでもらった髪飾りをつけている。待ち合わせ場所へたどり着くまでに、星は何度も帰りたくなった。

 

あなたは浴衣姿の星を見ると、しばらく何も言わなかった。

その沈黙が怖くなる。

 

「……変?」

 

勢いよく首を横に振られた。

 

「違う違う。似合ってる」

 

星は袖の中で指を握る。

 

「いつもの星と違うから、ちょっと驚いただけ」

 

嬉しい。

 

けれど、それだけでは足りないと思ってしまった自分が恥ずかしかった。

 

かわいいと言ってほしい。

自分だけを見てほしい。

 

そんな願いを隠し、星はなのかの隣へ移動した。

 

やがて祭りが始まる。

 

人が増え、歩く速度も遅くなった。慣れない下駄が足へ擦れる。それでも星は何も言わなかった。

あなたの隣から遅れたくなかった。

けれど歩き方が変わったらしい。急に名前を呼ばれ、足元へ視線が落とされた。

 

「星。足、痛い?」

 

星は首を横に振ろうとした。

その前に、人通りの少ない場所へ連れていかれる。

 

「無理しなくていい」

 

しゃがみ込み、持っていた絆創膏を取り出す。

星は浴衣の裾を握った。

 

「自分でできる」

 

「分かった」

 

絆創膏だけが差し出される。

 

無理に手当てしようとはしない。星が嫌がるなら、それ以上は踏み込まない。

その距離がが少しだけ寂しくて。

 

星は絆創膏を受け取らなかった。

 

「……お願い」

 

差し出された手が止まる。

 

それから何も言わず、星の足元へ視線が落とされた。鼻緒へ触れないよう、ゆっくりと絆創膏が貼られる。

 

祭りの喧騒が遠くなる。

 

しゃがみ込んだ肩へ、手を置きたくなった。けれど触れる勇気は出なかった。

 

手当てが終わる。

 

あなたは立ち上がらず、星へ背中を向けた。

 

「乗って」

 

「歩ける」

 

「帰れなくなるほうが困る」

 

「皆が見てる」

 

少しの沈黙。

やがてあなたは立ち上がろうとした。

 

「じゃあ、ゆっくり歩こう」

 

その背中が遠ざかる。

 

星は反射的に肩をつかんだ。

 

断りたかったわけではない。

恥ずかしかっただけだと、言葉にできなかった。

それでも動きだけで伝わったらしい。もう一度、星へ背中が向けられる。

 

おそるおそる身体を預け、首へ腕を回す。すぐに足を支えられ、身体が浮いた。

 

広い背中。

歩くたびに伝わる体温。

 

「重くない?」

 

「全然。むしろ軽い。ちゃんと食べてる?」

 

星は肩へ額を預けた。

 

花火が打ち上がる音がする。周りの人々が夜空を見上げる。

 

けれど星は、すぐ目の前にある横顔を見ていた。

 

「今日、浴衣で来てくれてよかった」

 

星の腕へ力が入る。

 

「俺に見せるためじゃないと思うけど」

 

そこで言葉が途切れた。

夜空へ、もう一つ花火が上がる。

 

星は目を閉じた。

言うなら、今しかない気がした。

 

「……あなたに、見せたかった」

 

祭りの音へ溶けるような、小さな声だった。

 

歩いていた足が、一瞬だけ止まる。

聞こえなかったことにしてほしい。

それでも、本当は聞いていてほしい。

 

矛盾した願いを抱え、星は肩へ顔を隠した。

 

長い沈黙のあと、背負い直すように足を支える腕が強くなった。

 

「そっか」

 

それだけだった。

 

けれど近くにある耳は、花火の光だけでは説明できないほど赤くなっていた。

 

少し後ろでは、なのかが丹恒の腕を激しく揺さぶっている。

 

穹は綿菓子を食べる手を止め、双子の妹から目を逸らした。

 

「星にしては頑張った」

 

「もっと褒めてあげなよ!」

 

「嫌だ。妹が幼馴染の背中で恋する顔をしてる」

 

花火は続いている。

 

星はもう空を見なかった。

 

 

 

 

 

 

二年目、冬

 

修学旅行の夜。

消灯時間を過ぎても、部屋では誰も眠っていなかった。

 

話題は自然と、好きな人の話になる。

星は布団へ入り、眠ったふりをしていた。顔をのぞき込んできたなのかが、声を潜める。

 

「星は?」

 

「眠い」

 

「好きな人」

 

「いない」

 

そう答えた瞬間。

 

胸の奥が、鋭く痛んだ。

嘘をついたからではない。

好きではないと言葉にしたことが、嫌だった。

 

なのかはすぐに追及しなかった。

 

代わりに、昼間に撮った写真を差し出す。

 

観光地を背景に並ぶ五人。強い風が吹き、星の髪が顔へかかった瞬間だった。

 

他の三人はカメラを見ている。

 

あなただけが、星へ手を伸ばしていた。

 

入学式の日と同じ。

 

大勢でいても。目の前に見知らぬ景色が広がっていても。

 

その視線は、いつも星へ向いている。

 

ただの癖かもしれない。

 

昔から星を気にかけているから、それが習慣になっているだけかもしれない。

 

それでも写真を見るたび、胸の奥へ甘い期待が生まれた。

 

「いないんだ?」

 

なのかが静かに尋ねる。

星は写真から目を離せなかった。

 

高校へ入学してから積み重なったものが、胸の中へ並んでいる。

 

桜の写真。

金色のメダル。

一本のマフラー。

別々の教室で過ごした昼休み。

浴衣を見せたかったと伝えた夜。

 

どれにも名前をつけないほうが、もう難しかった。

 

「……いる」

 

星は布団の中で呟いた。

なのかの表情が、ゆっくりと緩む。

 

「ずっと、いる」

 

認めた瞬間に、目の奥が熱くなった。

好きだった。

いつからなのかは分からない。

 

幼馴染という言葉だけでは、自分の気持ちを隠しきれなくなるほど。

 

「でも、言わない」

 

星は写真をなのかへ返した。

 

「今のままがいいから」

 

伝えて。もし、断られたら。

 

毎朝一緒に登校することも。昼休みに会いに来てくれることも。何も言わず並んで帰ることも。

 

今までと同じではいられなくなる。

 

失うくらいなら、このままでいい。

 

自分だけが苦しくても。

 

隣にいられるなら、それでよかった。

 

なのかは布団へ潜り込み、星を抱き締めた。

 

「星がそうしたいなら、ウチは何も言わない」

 

少しだけ間を置く。

 

「でも、星が思ってるより、あの子は星を見てるよ」

 

星は答えなかった。

 

その夜は、ほとんど眠れなかった。

 

 

翌朝。

 

部屋を出ると、廊下であなたが待っていた。

 

壁へ寄りかかり、片手には温かい缶を持っている。星を見つけると、まっすぐに近づいてきた。

 

「眠れなかった?」

 

星は目元へ触れる。

 

「どうして分かるの」

 

「星の顔を見れば、だいたい」

 

持っていた缶を差し出される。

 

「ほい」

 

星がいつも選ぶ飲み物だった。

両手で受け取る。

じんわりと伝わる熱より、自分のために選ばれたという事実のほうが温かかった。

 

「昨日、変な感じだった」

 

隣を歩きながら、あなたが呟く。

 

「いつも旅行に行くと、夜まで星が近くにいるから」

 

それ以上の言葉はなかった。

 

星も聞かなかった。

 

ただ温かい缶を胸元へ押し当てる。

 

言わない。

 

今のままでいい。

 

そう決めたばかりだった。

 

それなのに星の決意は、朝になっただけで簡単に揺らいでいた。

 

 




な、なんと二部構成です。
明日には続きあげますね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。