『あなた』がスタレキャラと仲良く(意味深)なっちゃった!   作:ザワザワする人

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星②

三年目、春

 

最終学年。

 

星とあなたは、再び同じクラスになった。

 

クラス一覧に並ぶ二人の名前を見つけたとき、星より先に隣から声が上がった。

 

「同じだ」

 

その横顔は、隠しきれないほど嬉しそうだった。

 

「今年はずっと一緒だな」

 

星は頷いた。

それだけで精いっぱいだった。

家へ帰ってから、何度もその言葉を思い出した。

 

ずっと。

 

けれど高校生活は、あと一年しかない。

 

 

□

 

 

放課後。

 

星は進路希望調査票を前に、何も書けずにいた。

 

行きたい大学は決まっている。

それでも第一志望の欄が埋まらない。

隣では、あなたが既に用紙を書き終えていた。学校名が見えないよう、裏返して置いている。

 

卒業後。

 

別々の場所を選んでいたら。

毎朝会えなくなったら。

今まで星の隣にあった場所へ、知らない誰かが立つようになったら。

 

考えるだけで、指先が少し冷たくなった。

 

「決まらない?」

 

星は頷いた。

しばらくして、裏返していた用紙が星の前へ差し出された。

第一志望には、星が考えていた大学と同じ名前が書かれている。

 

「ここなの?」

 

「うん」

 

「どうして」

 

「学びたいことがあるから」

 

理由は簡潔だった。

 

少しだけ、何かが落ちる。

 

それで当然なのに。

 

自分との未来を期待したことが、急に恥ずかしくなった。

 

けれどあなたは、少し間を置いて続けた。

 

「星も、ここを考えてただろ」

 

星は顔を上げる。

 

「前に資料を見てたから」

 

たった一度見ていただけの大学名を、覚えていた。

 

「同じところなら、卒業してからも何かと楽だと思って」

 

何かと。

 

曖昧な言葉だった。

 

星と一緒にいたいからとは言わない。

そもそも、そんな気持ちがあるのかも分からない。

それでも、二人の未来が同じ場所へ続いていることが嬉しかった。

 

「星は、星の行きたいところを選べばいい」

 

それ以上は、何も言わなかった。

 

星はペンを持ち、第一志望の欄へ同じ大学名を書く。

二枚の調査票に、同じ未来が並んだ。

 

「一緒に受かろう」

 

小指を差し出される。

幼い頃と同じ指切り。

昔なら何も考えずに絡められた。今は、触れた瞬間から離すときのことを考えてしまう。

それでも星は、小指を絡めた。

 

「受かったら」

 

喉まで言葉が出かかった。

 

受かったら、伝えたい。

 

幼馴染ではなく、もっと近くにいたいと。

 

けれど、最後までは言えなかった。

 

「何?」

 

「……そのとき考える」

 

絡めた指へ、少しだけ力を込める。

 

あなたも同じように握り返した。

 

それだけで、卒業という言葉が少しだけ怖くなくなった。

 

 

□

 

 

三年目、秋

 

文化祭で、星のクラスは喫茶店を開いた。

 

星は厨房係。

あなたは接客係だった。

 

本当は同じ担当を希望したかった。けれどその一言が言えず、星は空いていた係へ名前を書いた。

 

壁一枚を隔てた向こうから、接客する声が聞こえる。

 

来客を席へ案内する声。注文を聞く声。誰かの話に、楽しそうに笑う声。

 

教室へ戻れば、いつでも顔を見ることができた。

 

それなのに星は、必要以上に厨房へ残り続けた。

 

見たくなかった。

 

正確には、誰にでも同じように笑いかけるところを見たくなかった。

 

「星、混ぜすぎ」

 

なのかに声をかけられ、ようやく我に返る。

手元のクリームは、必要以上に固くなっていた。

 

「まだ柔らかい」

 

「もう十分。それ以上やったら、別の何かになっちゃうから!」

 

なのかにボウルを取り上げられる。

 

星は小窓から教室をのぞいた。

 

あなたが、女子生徒の席へ飲み物を運んでいる。相手が何かを言う。教室が騒がしいせいか、少し屈んで聞き返していた。

 

それだけ。

本当に、それだけだった。

 

けれど星は、小窓から静かに離れた。

 

胸の奥へ、小さな棘が落ちる。

あなたは誰にでも優しい。困っている人がいれば声をかける。相手が誰でも、楽しそうに話せば笑う。

星へ向けられてきた優しさも、本当は特別ではないのかもしれない。

 

朝、髪についた糸くずを取ってくれたこと。浴衣を似合っていると言ってくれたこと。同じ大学へ行けたら何かと楽だと話したこと。

 

どれにも特別な意味などないのに。

 

星だけが大切に抱え込み、自分の欲しい答えを探していたのかもしれない。

 

「交代まで休んでくる」

 

エプロンを外す。

なのかに呼び止められる前に、厨房の裏口から廊下へ出た。

 

□

 

校舎裏の階段。

 

文化祭の飾りも、来客の声も、ここまでは届かない。

 

星は階段の途中へ座った。

 

嫉妬する資格などない。自分達はただの幼馴染だ。

 

それ以上ではない。

 

毎朝一緒に登校し、昼休みを一緒に過ごし、放課後には並んで帰る。

 

それだけでも十分に近い。

 

それなのに、もっと欲しくなっている。

 

自分だけを見てほしい。

自分にだけ笑ってほしい。

そんなことを願っている自分が、ひどく狭くて、ずるい人間に思えた。

 

文化祭の終了を告げる放送が、遠くから聞こえる。

顔を上げられずにいると、校舎裏の扉が開いた。

足音が階段の手前で止まる。

 

誰なのか、確かめなくてなんとなく分かった。

 

三年間、何度も隣で聞いてきた足音だった。

 

あなたは何も尋ねなかった。

 

星の一段下へ腰を下ろす。

 

隣ではない。

 

肩が触れない程度の距離を空けて。

 

近くに来られたら、それはそれで困る。けれど離れて座られると、今度はその間にあるわずかな隙間が寂しかった。

 

「店、終わったの」

 

「終わった」

 

「片づけは」

 

「これから」

 

会話が途切れる。

 

どうしてここにいるのか。

なぜ星がここにいると分かったのか。

聞くまで、あなたは何も説明しなかった。

 

「どうして来たの」

 

少しの沈黙。

 

片手に持っていた紙皿が差し出された。

 

小さなケーキ。

 

飾りの苺が、少し傾いている。

 

「厨房に置いてあった」

 

「売れ残り?」

 

「たぶん」

 

星はケーキを見下ろした。

この種類は、昼過ぎには売り切れていた。厨房にいたから知っている。

誰かが事前に取り置いていなければ、残っているはずがない。

 

「いつから残ってたの」

 

「知~らない」

 

「誰が取っておいたの」

 

「さあ」

 

顔を逸らした耳が、わずかに赤い。

 

夕日のせいかもしれない。

 

接客を続けて暑かったのかもしれない。

 

星に問い詰められ、困っているだけかもしれない。

 

答えは分からなかった。

 

「いらないなら?」

 

皿が引かれそうになる。

星はすぐに受け取った。

 

「食べる」

 

フォークを刺す。

一口食べる。

温くなったクリームは、作ったばかりのものより柔らかかった。

 

それでも、その日食べたどんなものより甘かった。

隣を見る。

頬に、細い赤い線がついている。

 

「顔」

 

あなたは自分の頬へ触れた。

 

場所が違う。

 

星は少し迷ってから、手を伸ばした。

 

指先で赤い跡へ触れる。

 

触れた瞬間。

 

あなたの身体が止まった。

 

星も動けなくなった。

 

今まで、触れられることは何度もあった。

 

けれど星から触れたことは、ほとんどない。

 

指先の下にある頬は、想像していたより温かかった。

 

「……痛い?」

 

「いや」

 

「じゃあ、何」

 

答えはなかった。

 

視線だけが、星の指先へ落ちている。

 

急に怖くなった。

 

このまま触れていたら、恋心まで指先から伝わってしまいそうだった。

 

星は手を引こうとする。

 

その直前。

 

手首へ、指が触れた。

 

つかむほど強くない。

 

引き止めるほど明確でもない。

 

ほんの一瞬、確かめるように触れただけだった。

 

星が動きを止めると、指はすぐに離れていった。

 

「クリーム」

 

示された指先には、白いクリームがついていた。

 

ケーキを食べるときに触れたのだろう。

 

紙ナプキンを差し出される。

 

星は黙って指を拭った。

 

二人の間へ、先ほどと同じ距離が戻る。

 

もう少しだけ、触れていたかった。

 

あの指が、もっと強く手首をつかんでくれたらよかった。

 

星の胸には、そんな身勝手な願いだけが残った。

 

「戻らないの」

 

「星が食べ終わったら」

 

「先に戻ればいい」

 

「一人で戻るの、気まずいだろ」

 

「私は平気」

 

「俺が気まずい」

 

それ以上は説明しなかった。

一人で片づけへ戻りにくいだけかもしれない。

幼馴染を一人で残したくないだけかもしれない。

 

あるいは、ほんの少しだけ、星とここにいたいのかもしれない。

 

分からないまま、星は残りのケーキを食べた。

 

あなたは隣で待っていた。

 

触れそうで触れない距離のまま。

 

食べ終わった星が立ち上がると、同じように立ち上がる。二人で階段を上がった。

 

歩く途中、制服の袖が星の手へ触れた。

 

偶然だった。

 

どちらも何も言わない。

 

星は歩調を少しだけ合わせた。

 

もう一度、袖同士が触れる。

 

 

□

 

 

教室の前では、なのかと丹恒が待っていた。

 

なのかは星の持っている空の皿を見る。その隣にいるあなたを見る。最後に、触れそうな距離へある二人の手を見る。

 

何かを察したように口元を緩めたが、今日は何も言わなかった。

 

丹恒が扉を開ける。

 

「片づけが残っている」

 

「ごめん」

 

あなたが先に教室へ入る。

星も続こうとすると、なのかに袖を引かれた。

 

「ケーキ、おいしかった?」

 

あのケーキが偶然残っていたのか。

誰かが星のために取っておいたのか。

結局、答えは聞けなかった。

 

「……甘かった」

 

なのかは少しだけ笑った。

 

教室へ戻ると、星の分の軍手が机に置かれていた。

 

戻ってくると分かっていたように。

 

それでも、そのことには誰も触れなかった。

 

 

□

 

 

三年目、冬

 

合格発表の日。

 

星は自分の受験番号を探すより先に、あなたの番号を探した。

 

あった。

 

何度確認しても、同じ場所にある。

 

安堵と同時に、後ろから身体を抱き締められた。

 

周囲には受験生も保護者もいる。なのかも、丹恒も、穹もいる。

 

それでも背中に回った腕は離れなかった。

 

「星、あった」

 

耳元の声が震えている。

自分の番号ではない。

星の番号も、既に見つけていた。

 

「一緒に行ける」

 

星は目を閉じた。

 

春からも、隣にいられる。

 

これで終わりではない。

 

卒業しても会える。

 

その安心が広がるほど、同時に逃げ道がなくなっていく。

 

受かったら。

 

あの日、自分で決めた。

 

今度こそ伝える。

 

星は振り返り、あなたの背中へ腕を回した。

 

周囲には、合格を喜んで抱き合ったように見えただろう。

 

それでよかった。

 

「星?」

 

呼ばれても、顔を上げられなかった。

 

背中へ回した腕へ、ほんの少しだけ力を込める。

 

卒業式の日。

必ず言う。

今度こそ、逃げない。

 

そう、心の中で改めて誓った。

 

 

□

 

 

卒業式

 

卒業式を終えた校内には、まだ別れを惜しむ声が満ちていた。

 

三月なのかは式の途中から泣き続け、丹恒に借りたハンカチまで濡らしていた。穹は泣いていない。ただ、卒業証書の筒を握る手には、普段より少しだけ力が入っている。

 

星はそんな三人から離れ、友人たちに囲まれているあなたを見つめていた。

 

笑っている。

 

三年間で何度も見た、見慣れた横顔だった。

 

けれど、胸元に残っている第二ボタンを見た瞬間、星の心臓は大きく鳴った。

 

まだ、誰にも渡していない。

 

そのことに安堵してしまった自分が、ひどく身勝手に思えた。

 

卒業しても、同じ大学へ通う。明日から会えなくなるわけではない。今日でなくても、伝える機会はいくらでもある。

 

大学の入学式でもいい。

新しい生活に慣れてからでもいい。

いつか、もっと勇気が出てからでも。

 

そんな言い訳が、星の足を床へ縫いつける。

 

今までだって、そうだった。

 

桜の下で二人の写真を待ち受けにしたときも。体育祭でもらったメダルを、自分の部屋へ大切に飾ったときも。一本のマフラーを二人で巻いた雪の日も。

 

言おうと思えば、いつだって言えたのだろう。

 

夏祭りの夜には、あなたに見せたかったと、そこまで言えた。それでも好きだとは続けられなかった。

修学旅行の夜、なのかには認められたのに、あなたには言えなかった。

文化祭の日、なくなったはずのケーキを渡されても、その理由さえ聞けなかった。

 

そうやって今日まで来た。

 

今日も逃げたら。

 

きっと星は、大学へ進んでも同じことを繰り返す。

 

あなたが誰かと笑うたびに胸を痛め、誰かがあなたの隣へ立つたびに、何も言えないまま見つめることになる。

 

それだけは、きっと星は嫌だった。

 

「行かないの?」

 

隣から、なのかの声が聞こえた。

 

涙で目元を赤くしながら、それでも優しく笑っている。

丹恒は何も言わなかった。ただ、星の背中を押すように小さく頷く。

穹はあなたのほうを見ようともせず、卒業証書の筒で星の肩を軽く叩いた。

 

「遅い」

 

短い言葉だった。

それだけで、星の中に残っていた迷いが切れた。

 

卒業証書をなのかへ預ける。

 

星は歩き出した。

 

最初は一歩ずつ。

 

けれど、あなたとの距離が縮まるほど、足は速くなった。

 

気づけば走っていた。

 

友人たちの間を抜け、あなたの制服の袖をつかむ。

 

勢いのまま引いたせいで、あなたの身体がわずかに傾いた。

 

こちらを振り返った顔が驚きに染まり、それからすぐ、星の知っている柔らかな表情へ変わっていく。

 

「星?」

 

名前を呼ばれただけだった。

 

それなのに胸の奥へ、三年間が一度に押し寄せた。

 

朝、家の前で待っていてくれたこと。

昼休みになるたび、星のところへ来てくれたこと。

何も話さない帰り道さえ、当たり前のように隣を歩いてくれたこと。

 

嬉しい日も。寂しい日も。楽しい日も。ちょっと辛かった日も。

 

振り返れば、いつもそこにいた。

 

やっぱり好きだと思った。

 

この声も。

自分を見る目も。

何も言えない自分を、急かさず待ってくれるところも。

 

全部、好きだった。

 

「来て」

 

星はあなたの袖を引いた。

 

それ以上は何も言えなかった。

 

言えば、今ここですべてがこぼれてしまいそうだった。

 

あなたは友人たちへ短く断り、星についてくる。理由を尋ねることも、袖をつかんだ手を外すこともしなかった。

 

星はそのまま、校舎裏を目指した。

 

 

□

 

 

文化祭の日にも座った階段。

 

あのときと違い、桜の木には固い蕾がついていた。春はもうすぐそこにあるのに、まだ咲いてはいない。

 

遠くから聞こえる笑い声も、写真を撮るシャッター音も、ここまで来ると別の世界の音のようだった。

 

星はあなたと向かい合った。

 

呼び出したのは自分なのに、言葉が出てこない。

 

心臓がうるさい。

 

指先が震えている。

 

息を吸っても、胸の奥へ引っかかり、うまく吐き出せなかった。

 

それでもあなたは、何も言わなかった。

 

理由を聞かない。急かさない。

 

ただ、星が口を開くのを待っている。

 

その優しさに、星はずっと甘えてきた。

 

言えないなら、言わなくていい。近くにいるだけでいい。

 

あなたはそうして、いつまでも待ってくれる。

 

だから今度は、星が進まなければならなかった。

 

俯いた視界に、制服の胸元が映る。

 

第二ボタンは、まだそこにある。

 

星は震える手を伸ばした。

 

指先がボタンへ触れた瞬間、あなたの呼吸が止まる。

 

その小さな変化に気づいてしまい、星の手まで止まりかけた。

 

けれど、引かなかった。

 

「これ……」

 

声がかすれた。

一度唇を結び、震える息を飲み込む。

 

「私が、もらってもいい?」

 

返事はすぐには来なかった。

 

数秒の沈黙が、耐えられないほど長く感じられる。

 

もしかしたら、渡したい相手がほかにいるのかもしれない。

 

星が知らないだけで、既に約束した誰かがいるのかもしれない。

 

そう思った途端、怖くなった。

 

胸が苦しい。

 

それでも、指を離すことだけはできなかった。

 

星が恐る恐る顔を上げる。

 

その直前、ボタンへ触れていた手に、あなたの手が重なった。

 

温かい。

 

けれど、その指も星と同じように震えていた。

 

あなたは重なった手をそっと外し、自分で第二ボタンへ指をかけた。

 

糸が引かれる。

 

ぷつりと、小さな音がした。

 

三年間、あなたの制服についていた第二ボタンが、星の手のひらへ落ちる。

 

小さくて。軽くて。

それなのに、両手で大切に包まなければ落としてしまいそうだった。

 

あなたの指が、その上から星の手を包む。

 

「星に渡せてよかった」

 

胸の奥で、張りつめていたものが大きく揺れた。

ひどく嬉しかった。

けれど、その言葉だけではまだ分からない。

 

幼馴染だから。一番長く隣にいたから。

 

卒業の記念に持っていてほしかっただけかもしれない。

 

期待して、違っていたら。

 

星はきっと、今度こそ立っていられなくなる。

 

「俺も、星に話したいことがある」

 

あなたが口を開く。

 

何を言われるのだろう。

 

もしかしたら、星が聞きたかった言葉かもしれない。

 

けれど星は、首を横に振った。

 

「待って」

 

自分でも驚くほど、強い声が出た。

 

あなたの言葉を聞いてからでは、駄目だった。

 

先に答えを知ってしまったら、これは勇気ではなくなる。

 

星は包まれていた手を引き、第二ボタンごと胸元へ抱えた。

 

逃げないように。今までと同じ場所へ戻らないように。

 

指が痛くなるほど、強く握り締める。

 

「私から、言う」

 

あなたは何も言わなかった。

 

ただ、真っ直ぐ星を見ている。

 

写真の中で、いつも星へ向けられていた目だった。

 

今はカメラも。

なのかも。

丹恒も、穹もいない。

 

その瞳には、本当に星しか映っていなかった。

 

「ずっと……言えなかった」

 

声が震えた。

 

目の奥が熱くなる。

 

この言葉を口にしたら、もう戻れない。

 

明日から、今までと同じ顔で隣を歩くことはできない。

 

それでもいい。

 

変わらないために黙り続けるのではなく、変わってでも、あなたの隣を選びたかった。

 

「あなたと一緒にいるのが、私には当たり前だった」

 

桜の下で、並んで歩いた。

雪の中では、一マフラーを二人で巻いた。

別々の教室になっただけで、昼休みがひどく長く感じられた。

夏祭りでは、あなたに見てほしくて浴衣を着た。

修学旅行の夜には、自分の気持ちを初めて認めた。

文化祭では、あなたがほかの誰かへ笑いかけるだけで苦しくなった。

 

その一つひとつが、喉の奥へ込み上げてくる。

 

「朝になったら迎えに来てくれて、学校では気づいたら近くにいて、帰るときも隣にいて……。そんな毎日がずっと続くと思ってた」

 

声が少しずつ掠れていく。

 

今にも涙がこぼれそうだった。

 

悲しいわけではない。

 

胸の中へしまい続けた三年分の想いが、ようやく外へ出ようとしている。

 

「でも、いつからか……それだけじゃ、足りなくなって……」

 

あなたの表情が、わずかに揺れた。

 

星はもう目を逸らさなかった。

 

「ほかの人と話してるだけで嫌だった。私の知らないところで笑ってるのも、卒業したら誰かが私より近くにいるようになるのも……全部、嫌だった」

 

こんな自分を知られたくなかった。

 

面倒だと思われるかもしれない。

 

身勝手だと、呆れられるかもしれない。

 

それでも隠さなかった。

 

きれいな気持ちだけではない。

 

寂しさも、嫉妬も、欲張りな願いも。

 

星は隠したくはなかった。

 

「私だけを見てほしいって思った。あなたの隣は、ずっと私の場所であってほしいって……何度も思った」

 

握り締めた第二ボタンが、手のひらへ食い込む。

 

あと少し。

 

たった一言。

 

けれど、その一言が三年間で一番遠かった。

 

星は一度だけ目を閉じた。

 

桜の写真に映ったあなたの横顔を思い出す。

 

もう、迷う理由など残っていなかった。

 

星は目を開く。

 

一歩、あなたへ近づいた。

 

二人の間にあった、最後のわずかな距離がなくなる。

 

それでも足りなかった。

 

星は自分から、あなたの手を取った。

 

震える指を一本ずつ絡める。

 

離さないと伝えるように、強く握る。

 

「幼馴染のままなら、ずっと隣にいられると思ってた」

 

言葉が途切れる。

 

涙が一粒だけ頬を伝った。

 

「だから……好きだって知られるのが怖かった」

 

それでも星は笑った。

 

逃げずに伝えられることが、どうしようもなく嬉しかった。

 

「でも、もう幼馴染のままじゃ嫌」

 

握った手を、胸元へ引き寄せる。

 

あなたの指先へ、星の激しい鼓動が伝わるほど近く。

 

「これからは、あなたの恋人として隣にいたい。春も、夏も、秋も、冬も、その先も……ずっと私が一番近くにいたい」

 

最後の言葉だけは、震えなかった。

 

三年間、胸の奥で育て続けた想いを、ようやくあなたへ渡す。

 

 

 

「ずっと前から、あなたのことが大好きです」

 

 

 

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