誰も死なないまのさば   作:arcanine

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火精の間放火事件 解決編

「さてさて、それじゃあまずは現場の概要から確認しましょうか。今回火災が発生したのは火精の間。ゴクチョーから通知が来たのは12:30でしたが、アリサさんの見立てだと実際に発火したのはその10~15分前とのことです。また、現場の扉は施錠されていなかったので、誰でも立ち入ることは可能でした」

「……いや、つーかさ。もうダラダラ続ける必要なくない?」

「と、言いますと?」

「火元不明の火事なんていうけど、そんなのたった一言で説明できんじゃん。犯人はそこのヤンキーだろ!『発火』の魔法を使えば火種なんていらねーんだから。んで、ナノカに見つかったから睡眠薬を飲ませて黙らせた。ヤンキーは元々メルルに睡眠薬タカってるし」

 

 ココがびしっとアリサを指さす。

 

「……ウチはやってねぇよ」

 

 対するアリサは不愉快そうに眉間に皺を作るが、強くは反論できずにいた。客観的に見て自分が最も疑わしい人物だと自覚していたのだろう。

 そこで待ったの声を上げたのは、ヒロだった。

 

「確かにアリサなら痕跡を残さず放火できたかもしれないが、それだけで犯人と決めつけるのは早計だろう」

「睡眠薬にしても、厳重に管理されているわけではないので誰でも取っていくことは可能でしょうしね」

「むむ……まぁ、そこまで言うなら議論を続けるけど。で、何話すん?」

「じゃあ、まずはナノカちゃんの書き残したメッセージから調べてみるのはどうかな」

「賛成だ。わざわざ気絶する間際に残したあれが、今回の事件と無関係であるはずがない。まずはそこから洗うとしよう」

 

 ヒロは自身のスマホを取り出し、先ほど撮影したメッセージの写真を表示させて皆に見せる。

 

「さて、まずは皆の見解を聞きたい。皆はダイイングメッセージと聞いて何を思い浮かべる?」

「ドラマや小説だと、やっぱり犯人の名前を示しているのが一般的ですわね」

「最も、現実的ではありませんがね。犯人に見つかったら消されちゃいますし」

「……けど、黒部は執念深い性格だからな。消されるかもしれないと思いつつも僅かな望みに賭けて書き残したんじゃねーのか」

「ああ。ひとまずこれは”犯人の名前を指し示しているもの”として考えたい。それで、肝心の文字なんだが」

「んぁー……何コレ、ヨレヨレできったねー字。木……いやホ?どっちだ??」

「ナノカさんは、睡眠薬を盛られたんですわよね。意識が朦朧としている中で書いたのなら、不明瞭な文字になってしまうのも仕方無いと思いますわ」

「せめて二文字目があれば判断材料を増やすこともできたんだが、無いものは仕方ない。ここはホと木の可能性、両方を検討したいと思う。まずはホの場合を調べよう」

 

 ヒロは自分の持つメモ帳につらつらと全員の名前を書く。

 サクラバエマ、ニカイドウヒロ、シトウアリサ、タチバナシェリー、トオノハンナ、サワタリココ。

 

「…………名前にホが含まれる人なんて、いませんわ!?」

「そうだね。では次は木であった場合を考える」

 

 ヒロはカタカナで書いていた苗字部分を消し、漢字に修正した。

 桜羽エマ、二階堂ヒロ、紫藤アリサ、橘シェリー、遠野ハンナ、沢渡ココ。

 

「ん~?やっぱり木から始まる人もいないじゃん。ヒロっちの推理外れたん?」

「木単体ではそうかもしれない。でも、あのメッセージが”書きかけ”だったとしたら?」

「……あっ!」

「木が名前に含まれるやつならいるな。……桜羽と、橘だ」

「おお~。だそうですよ、エマさん!私たちで殴り合いましょうか!生き残った方が無罪ということで!」

「ええっ!?む、無理だよ、ボク絶対負けちゃうよ!」

「殺し合いなら後でやれ」

「いやそもそも殺しちゃダメですわ!?」

「……こほん。アリサの話だと、炎が発生したと思われるのは12:30の10~15分前、とのことだったな。なら、その時間帯に二人が何をしていたのかを聞かせてもらおうか」

 

 ヒロの提案を受け、エマとシェリーは各々の行動を語り始めた。

 

「えっと、まずはボクから話すね。ボクは12:00になってから誰かいないかなって思ってラウンジに向かったんだ。けどラウンジには誰もいなくて、2階に上がろうとしたところでココちゃんの配信が始まったの。それからボクはラウンジに残ってずっと配信を見ていたよ」

「あ。それならあてぃしも証言できるよ。エマっちが配信を見てくれていたのは『千里眼』で確認しているからね。エマっちは、確かにラウンジにいた」

「じゃあ次は私ですね!私は、10:00~12:15までは事件現場の隣の水精の間にいました。正確には、その下の地下室ですね!そこで色々調査した後、お腹が空いたので食堂へ向かいました。そうしたら12:30過ぎにハンナさんが消火器を持って大急ぎで走る姿が見えたので、面白そうだなーと思って付いていったわけです!」

「……10:00から?その時間は外出禁止時間で、私たちは皆自室にいなければならないはずだが」

「これはもう皆さんに知れ渡っている話ですが、看守さんの見回りはそこまで厳重じゃないのでその気になれば誰でも抜け出すことが可能です。実際、私と同室のアリサさんも部屋には戻っていませんでしたしね!」

「……ああ。ウチは午前中ずっと湖方面で過ごしてた」

「まぁいいだろう。それで、シェリーのアリバイを証明できる者は?」

「地下室ではずっと一人で行動していましたので、いませんね」

「な、ならきっとコイツが犯人ですわ!コイツなら面白半分で火を放つくらいのことをしでかしそうですわ~!」

「ではハンナさん、私がどうやってあの現場に火を点けたのか、説明できますか?」

「そ、それはっ……うう、言えません、けれど……」

「ならもうヤンキーがやったってことで良くね?」

「だからウチじゃねーっつってんだろ!」

 

 現段階で容疑者候補と思われる人物は、アリサ、エマ、シェリーの3人。

 

 ただしアリサが犯人の場合、ナノカのメッセージに説明がつかない。

 逆にメッセージに沿って考える場合、エマにはアリバイがあるため犯行不能。

 シェリーにはアリバイがないため現段階において最も疑わしい容疑者となるが、それでも炎を発生させた方法を解明できない限り告発することは難しい。

 

 思考が雁字搦めに絡まり、一同が黙りこくる。

 ヒロは顎に手を当て熟考。ハンナ、アリサは視線を火精の間のあちこちに向けながら必死に考えを巡らせており、ココはもう諦めたかのように思考を投げ出していた。シェリーはそんな皆の様子を楽しむかのようにニコニコ微笑んでいる。

 そんな中で重苦しい沈黙を最初に破ったのは、エマだった。

 

「……ボク、犯人が分かったかもしれない」

「なに?」

「マジ!?」

「おおっ、聞かせてください!」

 

 一同の期待がエマに集まる。エマは一度深く息を吸い、決意と信念のこもった瞳で高らかに宣告した。

 

「犯人は―――ユキちゃんだったんだ!」

「え?」

「え?」

 

 え?

 

「きっと、ユキちゃんが一瞬だけここに現れてたんだ。ユキちゃんは大魔女だから、当然炎を出す魔法も使える。そして、火を点けた後また姿を消したんだよ!」

 

 エマ。私は13人の魔女が揃わなければ顕現できないのですよ?

 

「いや、そこはなんかこう、気合を入れて『えいっ』てやれば一瞬くらい現れることも」

 

 できません。

 

「秒で否定されちゃった……」

「桜羽、おめえ頭大丈夫かよ」

「この暑さでやられてしまってるのかもしれませんね。メルルさん呼んできましょうか」

「頭の心配までされちゃった……!」

 

 唯一の突破口になるかと思われたエマの最後の推理も空振りに終わり、いよいよこれ以上の進展は絶望的かと思われたその時。

 それまでずっと俯いて熟考していたヒロが口を開いた。

 

「……一度現れてから、消える……そうか、それなら……!」

「ヒロちゃん?」

「お前まで犯人は大魔女だったなんて頓狂なこと言い出すんじゃねーだろうな」

「無論だ。あんな戯言を真に受けるほど私は馬鹿じゃない」

「ざ、戯言……」

「ただ、エマの言葉は良いヒントになった」

 

 エマは今にも泣きだしそうな目でヒロを見つめていたが、ヒロは無視して話を続ける。

 

「やはり火精の間に発火させるための道具はあったんだ。そして犯人は消火した後で直接現場に入り、自分の手でそれを回収した。現場から火種が見つからなかったことを合理的に説明するなら、これしかない」

「直接回収……待てよ、そうなると橘は」

「そうだ。あの時シェリーにはナノカを医務室に運ばせていた。よって現場から離れていたシェリーは犯人になりえない。火精の間に入った人物は私、エマ、ハンナ、アリサの4人。私の考えが正しいのなら、犯人はこの4人の中にいる」

「おお~、お見事です!その通り、実はシェリーちゃんは犯人ではなかったのでしたー☆」

「けどよ、それなら火を点けた方法は結局何だったんだよ。テーブルを調べたのはウチと二階堂だ。当然それらしいものは何も無かったし、誰かがテーブルから道具を回収するような素振りもなかったろ」

「そもそも、テーブルが燃えていたからそこに何かが仕掛けられていると思い込むのが間違いだったんだ。こう考えればいい。犯人は、遠隔で炎を発生させたとね」

「え、遠隔?壁や天井に火炎放射器でも設置していたのかな……?」

「いいや。そんな仰々しいものでなくても、簡単に火は点けられる。―――そこの窓を使えば」

 

 そう言ってヒロが窓に視線を向ける。

 他の皆もそれに倣って窓の方向を向いた。換気のために開け放たれた窓からは、今もギラギラと強い日差しが降り注いでいる。

 ”犯人は、窓から火を点けた”。大半の少女がその言葉の意味を正しく理解できずにいる中、シェリーがぽんと膝をうつ。

 

「なるほど、収斂現象ですか」

「シューレン……?なにそれ?」

「……沢渡、お前配信とかやってねえで真面目に勉強した方がいいんじゃねえのか。収斂現象ってのは太陽光が屈折、反射することで光が一点に集まる現象のことだ」

「小学校のときにやりましたよね、虫眼鏡で新聞紙を焦がす実験!」

「あ、あぁ~……言われてみれば、確かに……?」

「ともかく、私は今回の犯人もそれを利用したと考えている。収斂火災に必要な条件は日光、可燃物、反射物の3つだ。そのうち日光は窓から、可燃物は木製テーブルを利用すればいいから、あとは光を反射させるための道具をひとつ用意するだけで簡単に火を発生させることができる」

「光を反射させられるものと言えばペットボトル、鏡、ガラスのビン……パッと思いつくだけでもこんなにありますね。どれも調達は簡単ですし、犯行の後でこっそり回収することも難しくなさそうです!」

 

 ヒロはこくりと頷きながら話を続ける。

 

「問題は、その方法を使った場合に必要となる時間だ。収斂現象は日光を照射した瞬間火が点くわけではないからね。とは言え私も炎のメカニズムには明るくない。ここは炎の専門家に伺うとしよう。アリサ、収斂現象によって木製のテーブルを発火させるには、どのくらいの時間がかかるだろうか」

「……アルコールや紙片があったなら数分で発火できるはずだが、今回はそれらが無いんだよな?今日の気象条件や日射角度も考慮すると……おそらく、1時間以上かかっただろう」

「そうか、ありがとう。それなら、火災の通知時間から諸々を逆算して、火精の間に反射物が設置されたのは11:20より前ということになる」

「ということは、さらに犯人が絞り込めますね。エマさん、ヒロさん、ハンナさん、アリサさんのうち、10:00~12:00に部屋の外にいた人物が犯人です!」

「それなら、ボクとヒロちゃんは容疑者から外れるよ。ボクたちは同室だから、その時間ずっと部屋にいたってお互いに証言できる」

「じゃあ……やっぱりヤンキーじゃんか!こいつは初めから外にいたって自白してた。ヤンキーが11:20頃に一度だけ湖から離れてその道具を仕掛けに行ったんだろ!」

「だから、ウチは本当に……ああクソっ、何か説明する方法はねえのか……!」

 

 苛立った様子のアリサが頭を力任せに掻き毟る。

 しかし感情的なアリサと対照的に、ヒロはアリサの姿を冷静に眺め回していた。そうして頭から足先までじっくり確認したのち、静かに口を開く。

 

「……いいや。アリサだけは、ありえないね。アリサはずっと、湖方面から動いていないんだ」

「おいおいヒロっち、庇うのは自由だけどさ。それを誰が証明できるってんだよ」

「その証人は他でもない―――君なんだ、ココ」

「へ?あてぃし!?」

「ココは配信中、アリサからのコメントに対し、こう言っていたね。『てめえそこの湖に沈めてやろうか』と」

「あ~アレね。確かに言った。『千里眼』でその時ヤンキーが湖方面にいたのは見えてたから。けど、だから何?それは12:00以降に湖にいたことの証明であって、10:00~12:00にも湖にいた証明にはならないじゃん」

「普通ならばそうだ。ところでココ。君が『千里眼』でアリサを見た時、彼女の服は”汚れていたか”?」

「は、はぁ……?質問の意味がわかんねーけど……でも、別に汚れてはいなかった。今と同じ恰好をしてたよ」

「ならばやはり、アリサに犯行は不可能だ。なにせ、今日の湖には特別な事情があったからね」

「だあぁ、いちいち回りくどいんだよ!スパッと言え!」

「まぁ、説明するには実際に見せた方が早いか。……あまり気は進まないが」

 

 小さく嘆息しながらヒロは胸の前で組んでいた両腕を離し、皆に見えるよう両腕を真横に広げた。

 それによってこれまで腕に覆われ隠されていた衣服が露になり、その有様を見て一同が唖然とする。ヒロの衣服は、至るところが緑、赤、黄色の色鮮やかなペイントで汚れていたからだ。

 

「えっ……な、なんですの、それは?」

「おいおいヒロっち、バルーンの真似事か~?」

「ヒロさんも、意外とわんぱくなところがあったんですねー!」

「……こういう反応が予想できたから、見せたくなかったんだ」

 

 思わぬ誤解にヒロは頭を抱えるが、こほんと咳払いをして切り替える。

 

「これはノアの悪戯によるものだ。今日の午前中、湖方面へ向かう道中は彼女の魔法で描かれた植物によって埋め尽くされていた。12:00過ぎに私が掃除したんだ」

「……あっ!」

「エマは気づいたようだね。そう、魔法の花畑はそれまでずっと残っていたんだ。よって、アリサが10:00~12:00に湖から移動しようとしたなら……」

「アリサさんの服や靴裏にもそのペイントが付着したはず、ということですね!」

「その通り。よって12:00以降に汚れ一つないアリサを湖方面で確認できた時点で、アリサはずっと湖にいたということが証明できるんだ」

「ま、マジか……え、待って。それじゃ、もう残ってるのは」

「ああ。消去法で一人ずつ可能性を潰していった結果―――どうやら犯行が可能だったのは君以外にいないみたいだよ。遠野ハンナ」

「うぅっ……!?」

 

 ヒロが鋭い視線を投げかけ、ハンナが怯む。

 その顔は蒼白で、明らかに動揺を隠せていない。好機とばかりにヒロが畳みかける。

 

「さてハンナ。君は12:00~12:30にはアリバイを持っていたようだが、10:00~12:00の行動は不明確だ。その時間、君はどこで何をしていたのかな」

「わ、わたくしは……ええと……」

「ココちゃんはどう?ハンナちゃんが部屋にいたかどうか、覚えてる?」

「そ、それが……あてぃし、実はその辺りの時間の記憶が曖昧なんだよねー……お嬢にお菓子をもらって、それを食べたことまでは覚えてんだけど……あ、いや誤魔化そうとしてるとかじゃなくって!マジで思い出せないってゆーか」

「配信中、ハンナはこう口走っていたな。『寝起きのあなたと違って私は疲れていますの』と。その言葉通りに考えるなら、ココは10:00~12:00の間、眠っていたんじゃないか?」

「確かにそれなら遠野は同室者に見られることなく部屋を抜け出せるかもしれねえな。……けどよ、遠野が犯行に向かおうとしたとき偶然同室者が寝ていたなんて、そんな都合のいい偶然あるか?」

「ならば偶発的に眠ったのではなく、計画的に眠らせたと考えればいいんです!これまでの推理だと、犯人は睡眠薬を所持していたはず。よって、ハンナさんがココさんに睡眠薬を使用し、本人の意思とは無関係に眠らせたとしたら、ココさんの記憶が曖昧なことにも説明がつきます」

「いやいやっ、睡眠薬ってあの水色の怪しい液体だろ!?流石にそんなもん絶対口にしてないって!」

「ハンナが作ったというそのお菓子に混ぜられていたとしたら?」

「えっ」

「有り得なくはないですね。睡眠薬は甘い匂いがしますが、お菓子ならそれをカモフラージュできます。気づかせずに服薬させることは充分可能でしょう」

「そ、それなら確かに……でも、なんでお嬢が睡眠薬入りのお菓子なんかを……?」

「さてね。しかし今重要なのはハンナが部屋にいたかどうかだ」

「そしてココちゃんがハッキリ証言できないなら、ハンナちゃんは10:00~12:00に外へ出ることが可能だったことになるね」

「う、ぐぅっ……!」

 

 拳をきつく握りしめたハンナが縋るように部屋の周囲を見回す。

 やがてその視線はある一点で留まった。ヒロの出していたスマホだ。そこには、まだナノカの書き残したメッセージの写真が表示されている。ハッと息をのんだハンナがスマホを指さし、いつにない剣幕で叫んだ。

 

「お、お待ちになって!確かにわたくしは犯行が可能だったかもしれませんが、でもまだ説明できてないことがあるんじゃなくて?そのメッセージはどうですの!わたくしの名前には、”ホ”も”木”も入っていませんわ!」

「む……それは、……」

 

 珍しくヒロが言い淀む。

 束の間ハンナの表情に余裕が戻るが、それもほんの一瞬に過ぎなかった。

 

「ああ、それなんですが。私分かっちゃいました」

「なっ……シェリーさん!?」

「マジか!おい早く教えろよ探偵!」

「ふふーん、皆さんがそこまで言うなら教えて差し上げましょう。そもそも私、最初から木だとは思ってなかったんですよね。だって変じゃありません?桜羽と書くにしろ橘と書くにしろ、画数が多すぎます」

「……確かに。意識を失う間際、一文字でも多くの情報を残したい状況で漢字を選ぶのは悠長だ。情報伝達効率的に考えて、正しくない」

「だから、やはりナノカさんはカタカナを書いたはずだと考えました。しかし、ホが付く人物はいなかった。じゃあもう八方塞がり?もはやここまで?いいえ違います。こういう時こそ、柔軟に発想を組み変えるのが名探偵!私は3つ目の可能性に行き着きました。あれは、改ざんされた文字なのではないかと」

「改ざん……じゃあ、元々書いてあった文字は別だったってこと?」

「ええ。仮に、”ト”か”ハ”が書かれていたとしたらどうでしょう」

「トであればトオノ、ハであればハンナを指す……ダイイングメッセージとして、成立するな」

「そうです。それで特定を恐れた犯人は、慌てて線を付け足した。結果、あのようなヘンテコな字になってたというわけですね!どうです?ナノカさんの書き残したメッセージを綺麗に説明してみせましたよ!どやぁ!」

「……今回は君に花を持たせるとしよう。探偵の名は伊達ではないね、シェリー」

「ぐっ……普段はあんぽんたんのくせに、どうしてこういう時だけ鋭いんですのよぉ……!」

「さぁハンナ。いよいよ追い詰められたようだが、まだ反論はあるかな?」

「そ、それは……いや、しかしこれまでの話は全て憶測によるものですわ!わたくしがやったという明確な”証拠”なんて、どこにもないですもの!」

 

 『証拠』。その言葉を待っていたと言わんばかりにヒロが口角を持ち上げる。

 

「ああそうだ。ここまでの話は、”犯人は収斂現象を利用した”という仮定の上で成り立っている。そして、その考えの中で犯人は唯一の証拠品である反射物を回収したはず。つまり、犯人は今もそれを隠し持っていることになる」

「……っ!」

「だからここはひとつ、服の中身を確認させてくれないだろうか。なに、難しいことはないだろう。服のポケットを裏返すだけで潔白を主張できるんだ。君が犯人でないならね」

「うぐぅ……!」

「まぁしかし、君があれだけ自分は犯人ではないと力説するんだ。きっと私の思い過ごしで、ポケットの中には何も入っていないんだろう。状況証拠がこれだけ揃っているが、きっと出来の悪い偶然なのだろう。ああ、私は謝る準備をしないといけないな。『疑ってすまなかった』と」

「うぐっ、うぐぐぐっ!!!」

 

 ヒロがどこか芝居じみた大仰な仕草でいけしゃあしゃあと語る。

 ハッキリ言って、ハンナが犯人であることは彼女自身の反応からしてすでに明白だった。この場にいる誰もがそう認識している。にも拘わらず、ヒロは追撃の手を緩めない。脅し、宥め、煽り、抉る。ヒロはどうすれば相手を精神的に追い詰められるかを熟知していた。

 エマを含め、ここにいる全員がヒロの恐ろしさを再認識する。ヒロの背中には、悪魔の翼と尻尾が生えているようにさえ見えた。

 

 そして、いよいよヒロの精神攻撃に耐えきれなくなったハンナが白状する。

 

「うぅぅ……なんであれだけの情報から本当に分かっちゃうんですのよ……この屋敷、バケモノしかいねーですわ……」

 

 力なく項垂れたハンナが服のポケットに手を入れ、中に入っていたものを取り出す。

 その手には、プロジェクターから取り外したと思われるレンズが握られていた。

 

「そんな……ハンナちゃんが、火を点けたなんて……」

「まぁ私は比較的早い段階で気づいてましたがね。ぶっちゃけ、ハンナさんには疑わしい言動がいくつも見られましたし」

「ああ。例えば消化した直後、私たちが火精の間の調査に入ったとき……」

 

 

『けほ、けほっ!酷い煙ですわね、わたくし窓を開けて換気扇をつけますわ』

 

 

「真っ先に窓に近づいたのが、ハンナだった」

「窓に仕掛けたレンズを回収しつつ、他の奴が窓際に来ないよう牽制してたわけか……」

「そう言えば、ボクも一つ引っかかってた。現場から離れるように指示されてシェリーちゃんが虫眼鏡を振り回した時……」

 

 

『ええっ!?探偵が調査に加われないなんて、そんな話あります!?私も一緒に調査したいですう!』

『ちょ、危ねーですわ!そんなものしまいなさい!』

 

 

「なんか、やけに大袈裟に反応するなぁって思ったんだ。きっと犯行でレンズを使った直後だったから、レンズに対して過敏になってたんだろうね」

「そして、私がハンナさん犯人説を確信したのは議論の冒頭部分でのやり取りです」

 

 

『な、ならきっとコイツが犯人ですわ!コイツなら面白半分で火を放つくらいのことをしでかしそうですわ~!』

『ではハンナさん、私がどうやってあの現場に火を点けたのか、説明できますか?』

『そ、それはっ……うう、言えません、けれど……』

 

 

「あの時ハンナさんは『分からない』『説明できない』ではなく、『言えない』と言いました。つまり、情報の少なかったあの段階で既に犯行方法を突き止めていたということです。なのに、その有益な情報を明かさない。それはもう、自身が犯人だからとしか説明がつきません」

「うう……気づきませんでしたわ。わたくし、そんなにボロを出していましたのね……」

「あはは、まぁいいんじゃないでしょうか。騙すのが下手ってことは、それだけ真っ直ぐな人間であるという証拠ですから!」

「この状況でフォローされても嬉しくありませんわ」

「さて。気が重いかもしれないが、そろそろ説明してもらおうか。なぜナノカを昏倒させ、火精の間に火を放ったのか」

「……分かっていますわ。もう逃げも隠れもできませんもの。包み隠さず全部お話ししますわ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 なぜ、今回わたくしが放火したのか。

 それを説明するには、まずわたくしが火精の間で何をしていたのかからお話ししなければなりません。

 

 今日の配信でココさんに勝手にバラされてしまったんですが、わたくし最近お菓子作りを始めていたんですの。ただそれは、普通のお菓子ではありません。ちょっとだけ睡眠薬を混ぜることで、睡眠サプリのようなものを作りたかったんです。

 ほら、この牢屋敷に入れられてからというもの、皆さん毎日少なからぬ不安に駆り立てておられるでしょう?無論、わたくしも同じですわ。寝付けない夜だって少なくありません。しかし、そんな不安と恐怖に苛まれる中でエマさんとヒロさんは皆の中心に立ち、わたくしたちが日々穏やかに過ごせるよう導いてくださっています。

 彼女たちの強いお姿にわたくしは感銘を受けました。わたくしも力になりたい、何か出来ることはないだろうかと考えました。それで考え付いたのが、件のお菓子作りだったんです。毎日おいしいお菓子を食べて、夜はぐっすりと寝付くことができる。そんな日々が実現したらどんなに素晴らしいだろうって、そう思いましたの。

 

 けど、とどのつまりわたくしがやろうとしているのは皆を騙して睡眠薬を飲ませようとしているだけ。とても褒められた行為ではありません。だからわたくしは誰にも打ち明けることなく、ゲストハウスに籠もってこっそりと練習するしかありませんでしたの。

 お菓子の材料となる小麦粉や砂糖、薄力粉は普段ナノカさんが拠点にしている倉庫から拝借していました。無断で取っていくことに後ろめたさはありましたが、時が来ればちゃんと説明するつもりでいました。

 

 さて、これでわたくしがお菓子作りに励んでいた理由は納得していただけたかと思います。それで、肝心の火を点けた理由なのですが……うう、これを話すのは流石に勇気がいりますわね……本当に、物凄くしょうもなくて馬鹿げた理由ですの。……絶対に、笑うんじゃありませんことよ?

 ……すぅ……はぁ……では、お話しします。今日の10:00~12:00に、わたくしはココさんに試作品を渡し、眠らせてから火精の間に向かいました。外出禁止時間なら、誰かに見つかる可能性も低いですから、隠れて練習するのに打ってつけですの。それで、いつも通り小麦粉や砂糖を取り出そうと手を伸ばしたところで……手が滑って、ひっくり返してしまったんです。それはもう、豪快にぶち撒けられましたわ。中身が。全部。床に。ビシャーって。あっおい怪力ゴリラ!笑ってんじゃねーですわ!!

 

 ……コホン。わたくし、すぐ掃除しないとって思いましたわ。それでホウキを取りに行こうとして、ふと思い留まります。小麦粉のような細やかな粉は、はたき落とすことが難しいですから、使った後にホウキが白くなってしまいます。もしかしたら、それを機に怪しむ人が出てくるかもしれない。お菓子作りを内密に行っているわたくしとしては、目立つ行動は避けたかったんですの。それで、時間はかかりますが雑巾で地道にふき取ることにしました。……でもそれが、よくなかった。

 濡れた雑巾で床を拭いた結果、水を吸った小麦粉が粘り気を帯び、かえって床にこびりついてしまったんです。どんなに擦っても逆効果で、ますます白い汚れは広がってしまいました。どうしよう。早く消さなきゃ。でもどうすれば。わたくしのパニックは最高潮に達していました。

 

 流石にもう、ホウキを使用するほかないという状況でした。けれど、わたくしは思いついてしまったのです。いっそ堂々と皆の前で使ってしまえばいいのではないかと。その方法が、火精の間で小火を起こすことでした。

 火災が発生すれば、ゴクチョーの通達により人が集まってしまうでしょう。しかし、火を止める際は消火器を使用しますわ。部屋中が白く染まります。これなら皆の前で”合理的”にホウキを使うことが出来ますし、消火器の粉末と合わせて小麦粉や砂糖も処理できる。錯乱していたわたくしは、もうこの方法しかないと思い込み、実行に移すことにしたのです。

 

 火を点ける方法については、ヒロさんが推理された通りですわ。わたくしはそのための道具を調達するため、一旦火精の間から出ました。するとそこで―――ナノカさんと、鉢合わせたのです。わたくし、血の気が引く思いでしたわ。もう怖くて怖くて仕方がありませんでした。だってナノカさんって普段何を考えておられるのかよく分からないし、なんか背中に銃携えてるし、纏う雰囲気が暗殺者のソレだし。

 今にして思えば、あの時のナノカさんは火精の間で火災が発生する未来を『幻視』して、それを阻止するために現れたのでしょう。けれど、当時のわたくしにそんな可能性を思いつく余裕があるはずもなく。わたくしの頭は、ひたすら『部屋の中に入られてはマズイ』という考えで埋め尽くされていました。

 そこで睡眠薬のビンを所持していることを思い出したわたくしは、その中に指を入れます。そうして液体で湿らせた指を、素早くナノカさんの口に突っ込みました。わたくしの不意打ちを避けきれなかったナノカさんは、抵抗こそしていたもののすぐに覚束ない足取りになり、やがて地面に倒れました。ナノカさんからすれば、理不尽の極みだったでしょうね。わたくしは何度もごめんなさいと謝ってから、自分の目的を果たすために一旦現場を立ち去りました。

 

 牢屋敷に戻ったわたくしは、すぐさま娯楽室に向かってプロジェクターの分解に取り掛かりました。慣れない作業で時間はかかりましたが、外出禁止時間だったお陰で誰にも見られることはありませんでしたわ。そうして凸レンズを入手したわたくしは再び火精の間へ向かい、木製テーブルに向けて光が照射される角度で窓際に設置しました。あとは時間差で発火するから、消火した後でこっそり回収すればいい。

 ひとまずの工作を終え、そろそろ自室に戻ろうかと考えたところで、わたくしはナノカさんの体勢が僅かに変わっていたことに気付きます。怪訝に思って彼女の近くに歩み寄ると、そこの地面には”ト”と書かれていました。とっくに昏睡状態に陥っていたものと思っていましたが、僅かな時間だけ意識を取り戻し、一文字だけ書き残したようです。恐ろしい執念ですわ。

 この牢屋敷において、トから始まる名前はわたくししかいません。これが見つかれば、わたくしが犯人であると一瞬でバレてしまう。かと言って、消したらそこだけ地面を擦った痕跡が残る。だから、不自然にならない程度に2本だけ線を付け足し、木に見せかけるよう改ざんしたんですわ。

 

 ……これが、今回の事件のあらましです。すべては、正直に打ち明けることができなかったわたくしの弱さが招いた事件ですの。御迷惑をおかけして、本当に申し訳ございませんでしたわ……。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ハンナが重々しい口調で語り終える。彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでおり、反省の念が深々と表れていると分かる。

 エマは彼女を気遣うように優しく声をかけた。

 

「え、ええと、今回は怪我人も出てないんだしさ、ハンナちゃんも二度と危ないことはしないだろうから、あまり厳しく言ってあげる必要はないんじゃないかな……」

「いや。たとえ小火であったとしても、放火はれっきとした犯罪行為だ。ハンナには、然るべき罰を受けてもらう」

「そんな、ヒロちゃん!」

「……いいんですのエマさん。ヒロさんの言う通りですもの。わたくし、どんな懲罰でも受けますわ。さぁ、早く処分を与えてくださいまし」

「生憎だが、それを決めるのは私じゃない」

「え?それじゃあ、一体誰が」

「今までの会話は全て聞いていたんだろう、ナノカ」

 

 ヒロが火精の間の入口に向かって言い放ち、一同がそこへ振り返る。いつの間にか、そこの玄関扉は半開きになっていた。真横には人影が伸びているのが見える。

 それまでずっと外壁に寄りかかって会話を立ち聞きしていたらしいナノカが、部屋に入室してきた。

 

「……気づいていたのね、二階堂ヒロ」

「最初からね。さて、聞いての通りだ。ハンナは自分の犯行を認めた。あとはナノカ、君が彼女への処遇を決めてくれ」

「そうね……」

 

 ナノカがハンナを一瞥する。先ほどまで如何なる罰も受けると覚悟を決めていたハンナだったが、それとナノカ本人への苦手意識はまた別物らしい。額には無数の冷や汗が浮かんでいた。体も小刻みに震えている。

 たっぷり数十秒考え込んだナノカが、小さく息を吸う。それに合わせてハンナの丸まっていた背がびしっと伸びた。

 

「遠野ハンナ。あなたに罰を与えるわ」

「は、はひっ!!!」

「これからは、私と一緒にお菓子作りをすること」

「分かりましたわっ!!誠心誠意お菓子作りに励みま…………えっ?」

 

 ハンナの顔に、まるで理解できないといったハテナマークが浮かぶ。

 ナノカは意に介さない様子で話を続けた。

 

「あなたの皆の力になりたいという気持ちは、立派だと思う。けど、その温かい気持ちさえあれば、睡眠薬に頼らずとも皆に安らぎを提供することができるはずよ」

「…………ぁ」

「それでなんだけど、私もお菓子作りが得意なの。だから、あなたが本気で取り組むというのなら色々と教えてあげられる。……いえ、違うわね。こう言うべきかしら。―――私は、あなたと一緒にお菓子を作りたい」

「な、ナノカさん……っ!」

 

 ナノカは表情こそ変わらないものの、その声音はいつになく優しかった。

 ハンナの目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。

 エマには、その涙は先ほどまで浮かべていたものとは違う種類のものに思えた。

 

「だから、これがあなたへの罰。上達するまで、あるいは私から教えられることがなくなったとしても、一緒に作って、皆に正しい安らぎを提供すること」

「そ、それは……わたくしも、そうしたいですわ。しかし……ヒロさんはいいんですの?もっと厳しい罰を与えるべきって思っているんじゃ」

「いいや。私は最初から、この事件の結末はナノカに一任するつもりでいた。彼女が納得するなら、私から言うことはない。それに……君たちが共同で製作するお菓子には、私も幾分か興味がある」

「ボクもボクも!ハンナちゃんナノカちゃん、完成したら絶対食べさせてね!」

「なんだか楽しそうですね!私もそのお菓子作りに参加してみたいです!」

「お菓子作り教室……なんだか撮れ高ありそう!あてぃしも参加したーい!」

「……ま、応援はしてる。……ウチの分も、ちゃんと作っとけよな」

「皆さん……!そうと決まれば、善は急げですわっ!ナノカさん、今から早速」

「ごめんなさい。まだ起きたばかりで体が怠いの。今すぐは無理」

「ズコーッ!!急にハシゴ外すんじゃねーですわ!!」

 

 こうして、火精の間放火事件は幕を閉じた。

 きっとこの先どんなトラブルに見舞われたとしても、少女たちは団結して乗り越え、そして強固な絆を結ぶ。この世界線の彼女たちならきっと、この先も平穏な日々を送っていけるのだろう。

 

 めでたし、めでたし。

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