誰も死なないまのさば   作:arcanine

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ハンナとシェリーの怪異譚➀

 暗色のカーテンが引かれ、薄暗くなった牢獄は得も知れぬ不気味さを醸し出す。

 部屋の四隅とテーブルにはロウソクが置かれていて、小さな炎が揺蕩っている。

 まるで何かの儀式が始まるかのような、妖しげな雰囲気を纏った部屋の中で。

 来なければよかったと、私は心からそう思った。

 

 しかし、時すでに遅し。テーブルに肘を立て、手指を交差させて組みながら妖艶に微笑む少女―――宝生マーゴが静かに口を開く。

 

「さて、そろそろ始めましょうか」

 

 近くにいた少女がごくりと生唾を飲む気配がした。

 今から始まるのは、マーゴさんによる怪談噺。

 彼女は普段図書室で魔女語の解読および情報収集を務めているが、その中で過去の囚人が書き残したと思われる情報が見つかることもあるという。それで、情報共有も兼ねて私たちに面白おかしく聞かせてくれるのだ。ただの情報のひとかけらをエンターテインメントにまで昇華させる手腕は、流石マーゴさんと言ったところか。

 

 今日この部屋に集まったのは、エマさん、ヒロさん、メルルさん、シェリーさん、そして私の5人。

 その中で、私はあまり乗り気になれず、げんなりとした表情を隠せずにいた。だって仕方がない。他の4人がどうかは知らないけれど、少なくとも私は怪談噺を楽しみにしてやってきたわけではないのだし。いや、むしろ内容が分かっていたなら断っていた。今日はアトリエでせっせと裁縫に勤しんでいたというのに、シェリーさんが『今からマーゴさんの部屋で楽しい催し物があるみたいです!』なんて言って無理やり私を連行したのだ。全部あの怪力ゴリラのせい。今夜私が恐怖で眠れなくなったらどう責任を取ってくれる。

 

 私が腹の内にシェリーさんへの不満を募らせていると、マーゴさんが室内の照明を落とした。光源は頼りないロウソクの炎のみとなり、部屋の雰囲気がより一層ホラーテイストに近づく。

 

「これは、今から数年前。この牢屋敷に捕らわれていた囚人が実際に体験したお話よ」

 

 ついに始まった。マーゴさんの視線が舐めるように聴衆である私たちを見回す。

 怪談噺であることを意識してか、声のトーンも普段より落としているようだった。

 

「その少女は元々ホラー話や都市伝説を集めるのが好きだったようでね。そしてその性格と共鳴するかのように、『自分の体を切り離して動かす』魔法が使えたんですって。それで同じ囚人たちをびっくりさせて遊んでたみたい。ふふ、可愛らしい子よね」

 

「ある日、その少女が中庭を散策していると、ふと誰かの声を聞いたの。好奇心に駆られた少女は声のした方向へ向かった。その声は、中庭に植えられている、正面から右回りに数えて4つ目の植え込みから聞こえたそうよ」

 

「見た目は何の変哲もない、普通の植え込みだった。それでも確かに声を聞いた少女はその茂みの中に手を突っ込み、中を調べたの。がさがさ、がさがさ。すると、その中から明らかに葉っぱや枝とは違う別の感触を掴み取った」

 

 マーゴさんの語り口調は、素人の私からしても巧いと思わされるほどのものだった。声の抑揚、緩急の付け方、間の取り方。それら全てが絶妙なうえに、時々入る擬音も『モノマネ』の魔法によって完璧に再現されるから、臨場感や没入感がハンパない。まるで私がその少女になって実際にその状況を追体験しているかのような錯覚に陥る。最初は乗り気じゃなかったはずなのに、気づけば私は身を乗り出してマーゴさんの話に聞き入っていた。

 

「少女が手に取ったもの、それは……人骨だったの。少女は驚き叫んだ。そして慌てて牢屋敷に戻ろうとしたところで、ふと違和感に気付く。中庭の中央にあるはずの噴水が、消えている。さっきまでそこにあったはずの植え込みもない。昼間だったはずなのに、周囲が暗い。まるで、別の空間に飛ばされたかのように世界が豹変していたのよ」

 

 いよいよ物語が佳境に入って来た。どこからか「ひぃ……っ!」と怯えるような声が漏れ聞こえる。多分メルルさんだろう。

 

「理解不能な現象に、少女は戸惑った。それでも帰ろうと、今まで歩いてきた方向とは逆に走った。そうすればいつか牢屋敷に戻れるはずと信じて。けれど、その足はすぐ止まってしまう。まるで見えない壁に阻まれたかのように。ならば別の方向へ走ろうと少女が振り返ったその時―――」

 

「『イヤアアアアァァァァアアアアァァァッッッ!!!!!』」

 

「うわあああっっ!!」

「ひいいぃぃぃっ!!」

「ぴっ!!!??」

 

 少しだけ言葉を止めて焦らした直後、マーゴさん渾身の悲鳴が地下監房内の空気を震わせた。

 エマさんが耳を塞いで叫ぶ。メルルさんが大きく肩を跳ねさせる。私はもはや意味のある言葉を発することすらできず、ただただ固まっていた。でも、仕方がないと思う。今のは誰だってこうなる。あのヒロさんですら、声にこそ出さないものの体を後ろに仰け反らせていたくらいだから。

 

 意地悪なマーゴさんはそんな私たちの反応を一通り愉しんだ後、にやりと口角を吊り上げて話を続ける。

 

「……少女が振り返ると、そこには“バケモノ”がいた。体長は3メートルくらいで……そうね、ムカデが一番近い表現かしら。明らかに人ではない細長の体躯。頭部と思われる部位には一つだけ眼がついていて、胴体には無数の触腕が蠢いていたんですって。ずり……ずり……と近づいてくるソレは、明らかに少女への殺意を剥き出しにしていた」

 

 いきなり真っ暗な場所に飛ばされたと思ったら脱出することも叶わず、挙句の果てにはバケモノに追い詰められる。

 マーゴさんの巧みな話術が私たちにその絶望的な光景を容易く想起させるせいで、その少女の抱いた絶望感も手に取るように感じる。感じ取れてしまう。それはもう胸の内を急速冷凍されたような心地だった。心胆寒からしめるという言葉の意味を、この年になって初めて体で理解した。

 

「本能的な恐怖を感じ取った少女は走った。走って、走って、走り続けた。ずり、ずり。背後にバケモノが追ってくる気配を感じながら……。その後彼女がどういう結末を迎えたのかは、私にも分からないわ。ただ一つ言えることは、中庭の茂みから声が聞こえたとしても、絶対に調べてはいけないということね」

 

 ご清聴ありがとう。マーゴさんはそう言って恭しく一礼をし、部屋の照明を点す。パッと部屋に明るさが戻るが、わたくしは未だに放心状態から戻れずにいた。

 ヒロさん達が思い思いに感想をつぶやく。

 

「……いやはや、ここまで物語に惹き込まれるとは思わなかった。マーゴ、君は占い師や詐欺師よりも講談師の方が向いているんじゃないか」

「う、うん。ボクも、すっごく怖かった……何度も心臓が止まりかけてた……」

「わ、私もです……うう、夢に出てこないといいんですけど……」

「ふふ、お褒めに与かり光栄ね。でも私としてはちょっぴり悔しかったわ。シェリーちゃんだけは最後まで怖がらせることができなかったんだもの」

「いえいえ、私も話自体は怖いなーと思っていましたよ。ただ、皆がビックリしていたのは主にジャンプスケアによるもの。ああいうのは、タイミングを予期していれば驚かないものですから。マーゴさんの間の取り方は、巧すぎるが故にいつ仕掛けるかが逆に分かりやすかったです」

「なるほどね。次はもっと怖がらせられるように腕を磨いておかなくちゃ」

「いやいやいやっ!これ以上怖くなったら、次こそボクの心臓止まっちゃうよ!」

「うふふ、安心して。その時は私が責任を持って心臓マッサージを施してあげるから。熱く、滾るような人工呼吸を交わしてあげる……♡」

「ひいいぃっ!?」

「この女やべーことしか考えてませんわ!?」

 

 そうして私たちは蜘蛛の子を散らすようにマーゴさんの部屋から撤退した。

 怖かった……けど、いい体験になったとも思う。あれほどのクオリティを誇る怪談噺を聞けることは、生涯を通じてそう何度も訪れないだろう。

 

「いやー、楽しかったですねー!私友達と怪談話をすることはなかったので、とても新鮮でした!」

「…………」

 

 さて、この後は何をしようかしら。

 怪力ゴリラに無理やり連れだされて中断していた裁縫の続きをするか、軽く冷や汗をかいてしまったから一度シャワーを浴びて流すか。偶然ナノカさんを見つけられたなら、お菓子作りに誘ってみるのも悪くない。

 

「それにしても、あの話の終わり方は気になりますね~。少女は結局どうなってしまったのでしょう」

「…………」

 

 なんか後ろから変なのが付いてきている気がするが、恐らく偶然進行ルートが被っているだけだろう。そのうちふらっと離れるはずだと考え、可能な限りそいつの存在を意識から疎外しながら歩く。

 最初はラウンジへと向かった。そいつもラウンジに入ってきた。

 次に2階へ上がり、娯楽室に入った。そいつも娯楽室に入った。

 なるほど、こいつの目的地はここだったのか。そう判断した私は踵を返して1階に降りる。そいつも一緒に以下略。

 

「……いやどこまで付いてくるんですの!?」

 

 流石に無視するのも限界だった。バッと振り返り、思いのままに叫ぶ。

 私を堂々と尾けていたそいつ……もといシェリーさんは、特に悪びれる様子もなくにへらと笑って見せる。

 

「なんと!このシェリーちゃんの尾行に気付くとは、ハンナさんやりますね!」

「標的の50センチ後ろを歩く行為を尾行とは言わねーですわ」

「それはそうと、ハンナさんはこの後予定とか無い感じですか?」

 

 予定。この後の予定か。

 正直に答えるのなら、無い。

 でもそう答えると物凄く面倒な流れに巻き込まれそうな気がしたから、私は適当にはぐらかすことにした。

 

「……ありますわ。今からレイアさんと舞台衣装の打ち合わせに行きますの」

「おっと、嘘はよくありませんね~。レイアさんは今日ココさんとの配信に参加すると聞きました。打ち合わせをする時間なんてないはずですよ?」

「うぐっ……というかなんであなた他の方の予定まで把握してますのよ!」

「こまめなリサーチと情報収集は探偵の基本です!まぁ仮にレイアさんの予定を知らなかったとしても、今のが嘘であることはバレバレでしたが」

「そ、そうでしたの?」

「ハンナさんは顔に出ますからね。嘘をつくなら胸を張って堂々と。あとは嘘の中にちょっとだけ真実も織り交ぜると、より効果的ですよ!」

 

 全くもって不本意なのだけど、なぜか嘘のレクチャーまで受けてしまった。

 嘘を看破されてしまった以上、予定が無いと主張することも難しい。となると、私は今からシェリーさんに付き合わされることになる。こいつと関わると碌なことが起きないってのに。私は溜め息をつきながらシェリーさんに尋ねた。

 

「……まぁ、特に予定はありませんわ。で?だったらどうするって言うんですの」

「それなら、是非私と一緒にワクワクドキドキの探検に出かけませんか?」

 

 ぴかーっと両目を輝かせながら言う。彼女はいつもこうだ。こんな過酷な環境に連れてこられてなお、飄々とした態度を崩さない。一体どんな思考回路をしていたら常に前向きでいられるのだろう。まるで理解に苦しむ。

 

「なんでいつも私ですのよ。たまには他の人も誘いなさいな」

「ん-、なんでって聞かれても説明は難しいですね。まぁでも、誰かを誘いたいなーって思った時、私はハンナさんが一番最初に思い浮かんじゃうんですよ」

「…………ふ、ふぅん?」

 

 シェリーさんは事も無げに、まるで今日の天気について話すくらいの感覚で、さらりと言ってのけた。少し顔が熱くなった気がして、思わず顔を背けてしまう。ホントに、調子の狂う方ですわ。そんな、甘酸っぱい台詞を面と向かって言われたら。

 ……断り切れないじゃありませんの。

 

「もう、仕方がありませんわね。少しだけですわよ?」

「やったー!それじゃあ早速行きましょー!!」

「あ、ちょ、そんな急に腕を引っ張らな痛だだだだっ!捥げる!腕が捥げる!!」

 

 そうして私は彼女に引っ張られる形で中庭に連れていかれた。

 え、待って。

 

 ……………………中庭!!?!?

 

「ちょ、ちょっとお待ちなさい!あなた、ここで何をするおつもりですの!?」

「決まってるじゃないですか。さっき聞いた怪談が本当かどうか、検証するんです!」

 

 シェリーさんは事も無げに、まるで今日の天気について話すくらいの感覚で、さらりと言ってのけた。のけやがった。

 

「馬ッッッ鹿じゃねーですの!?意味が分かりませんわ!!何のためにそんなことをするんですの!?」

「もちろん、あのお話が本当かどうかを確かめるためです。それに、私憧れてたんですよ。異界ってやつ!」

「そんな、簡単に言いますけどそれでホントに異界へ飛ばされちゃったらどうしますのよ!」

「その時はマーゴさんのお話が真実だったと証明されるので、願ったり叶ったりですね☆」

 

 そう言いながらシェリーは中庭の4番目の植え込みへと猛進していく。

 私は彼女を止めようと必死に腕を引っ張るのだけど……如何せんコイツの力が強すぎてビクともしない。

 

 こうなったらコイツの首を絞めて意識を落としてやろうかと半ば本気で考え始めていた、その時だった。

 

『繝……上、繝翫…繧ァ繝ェ……繝シ』

 

「おや」

「…………え?」

 

 明らかに、私でもシェリーさんでもない“何者か”の声が聞こえた。件の植え込みに近づいた途端に、だ。

 私の背筋に怖気が走る。顔が青褪めていくのを自覚した。彼女の服の裾を引っ張り、弱弱しい声で告げる。

 

「ね、ねぇシェリーさん。絶対にヤバイですわ。今すぐにここを離れましょう?」

 

 流石のシェリーさんでも、デッドラインは弁えているはず。いくらなんでもこの状況で危機を省みず突っ込むような愚かな真似はしないだろう。

 

 ―――そう信じていた私が、愚かだった。

 

「これはますます信憑性が上がってきましたねー!どれどれ、この茂みの中に……」

「シェリーさん!?あなた、ホント、馬鹿じゃねーですの!?マジでやめなさいって……ああもう、力が強すぎて止められませんわー!!」

 

 私の警告なんて聞きやしないシェリーさんはがさがさ、がさがさと茂みの中で手を動かし続け。

 そしてついに、見つけてしまう。

 

「おっ、何かが指に当たりました!」

「え」

 

 私の中でイヤな予感が急激に加速する。

 シェリーさん、お願いだから絶対にそれを拾わないで。私がそう頼むより早く。

 シェリーさんが茂みの中にあったそれを引っ張り出した。サイズは小さい。小指くらいの細長さで真っ白なそれは、よほど長い時間放置されていたからかところどころが風化している。

 誰がどう見ても、人間の骨だった。

 

「ひっ―――!」

「ふーむ。これは胸骨……いや、どっちかというと尺骨でしょうか」

「お、おバカ!分析してる場合じゃないでしょう、早くそこに捨て」

 

『縺セ縺ョ縺輔?縺ヲ縺?※縺』

 

 また不気味な声が聞こえたと同時、世界に急激な変化が訪れる。

 中庭の風景が歪む。周囲の環境音が遠くなっていく。不安定な足場に立たされてるかのような浮遊感すら覚える。

 

「え、え!?何……何なのよこれ!?」

 

 そして私の混乱すら置き去りにして、視界が暗転した。

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