アキの家に住ませてもらうことになってから数日後、再び公安へとマキマから呼び出された。
何やら、悪魔を殺したことによる書類仕事の手続きを私自身がしないといけないようだ。
殺すたびにわざわざ確認などしていれば、獣にやられ次に死体になって確認リストに入るのはこちら側だとも思ったが、ここはヤーナムほど獣にあふれていない。組織としての連携を高めるためにも必要なことだと割り切る。
部屋に入るとマキマは私のことを待っていたようで、すでに椅子に座り私がこれから確認しなければならないだろう書類を机の上に置いて待っていた。
用意された椅子に座ると、お互い大した会話もなく、すぐに作業に取り掛かった。
「ここが悪魔の死体利用の確認で……これが銃の所持の許可証……入ったばっかりっていうのに書類仕事ばかりでいやだね」
「あぁ、まったくだ。こういった類のことはやってこなかったものでな。なかなかに疲れる。獣を狩っている方が楽なぐらいだ」
書類などを書いたところで、ヤーナムでそれを見るものは誰もいない。
ときおり残された書置きのようなものも、まるで人に読まれることを想定されてるとは思えないようなものばかりだった。
漏らしたとてどうにもなるわけでもないため息が、その場の空気を少しだけ重くさせる。
そんな私の様子を見たマキマは何かを思い出したのか、見るものをすべて飲み込んでしまうようなな眼でこちら向いた。
「そういえば……ご褒美を上げるといってたけど、その内容を決めてなかったね。何かしてほしいこととか、欲しいものはある?」
そういえば初めてマキマと会ったときにそんなこと言っていたのを思い出す。
とはいっても、欲しいものもしてもらいたいことも特にない。
すでに、衣食住を整えてもらい、獣を狩れる環境をある程度整えてくれている。
これ以上の願いは強欲だろう。
しかし、断る理由のも失礼な話だ。かといってご褒美の内容も何も思いつかず、私が悩んでいると
「もし悩んでるんだったらほかの人の願い事を参考にしてみる?例えば私とデンジ君がした約束は、好きな願いごとを何でも一つかなえてあげるっていうものだよ」
何でも──その甘美な響きに思わず心が揺らされた。
ふだんであればそんな言葉につられるようなことはなかったのだが、こちらを見てくるマキマの目がそれを冗談でもなんでもなく、本気で言ってきているのが伝わってきた。
私が記憶がなくなる前の私が残した。私の唯一の手掛かりである書置きに書いてあったあの言葉。
ヤーナム中を駆け巡り、獣を殺し、眷属を殺し、上位者を殺し、ついにはゲールマンを殺しても、影すらつかむことのできなかった、あれを……
「……青ざめた血が欲しい」
「青ざめた血?」
マキマのぽかんとした様子から、私は彼女が青ざめた血を知らないのだろうということに気づく。
いや冷静に考えればヤーナムの住人すら知らなかったことをマキマが知っているはずがない。
何とも馬鹿なことを聞いてしまったものだと、私は少しばかりの後悔を隠すようにかぶっていたトップハットを深くかぶりなおすと、気まずさをごまかすように言葉を絞り出した。
「いや……忘れてくれ。失言だった」
私がそう言い切ろうとしたその時。
「青ざめた血なら知ってるよ」
信じられない言葉がマキマの口から飛び出した。
「本当か!」
興奮した私が椅子を蹴飛ばすように飛び上がり、マキマの方へと近づく。自分の体格よりも大きい大男が自分の方へと詰め寄ってくるにもかかわらずマキマは眉一つも動かさい。
自分の力に絶対的な自信があるのか、それとも単純に肝が据わっているだけなのか。
今の狩人にそんなことを気にする余裕はなかった。
「うん。とはいってもさっき言ったようにこれはご褒美だからね。ご褒美を得るためには手柄を上げないといけない」
だからね、と彼女は続けると
「君には銃の悪魔を倒してほしいんだ。アキ君から聞いたかもしれないけど銃の悪魔はすべてのデビルハンターが殺したがっているぐらい強い悪魔なんだ。手柄としてピッタリでしょ?それに、狩人君は特別だからね。君ならきっと銃の悪魔を殺せると思うんだ」
銃の悪魔と言えば、アキとベランダで話していた時に殺すと約束した悪魔。
おそらくかなり上の立場であるマキマからも、同じ内容の話をされるとは……銃の悪魔というのは本当に死活問題なのだろう。それこそ、獣の病と同等に。
しかし、銃の悪魔とて所詮は獣だとアキは言っていた。そうであれば何の問題もないだろう。
私がすべきことをすれば、おのずと目標へと近づけるとは、何とも素晴らしい……。
恍惚のポーズを思わずとっていると、マキマの机の上にある電話が鳴った。
「はい。マキマです……悪魔駆除の要請ですか。銃の悪魔の肉片にも反応あり……わかりました」
マキマは受話器を元の位置に戻すと、笑顔で狩人へとこう言った。
「さっそくだけど、銃の悪魔関連の仕事が入ったよ。ご褒美のためにも頑張ってね」
マキマからのその言葉に狩人は、久方ぶりに血がわき踊る感覚を感じる。
それは、自分の目標に近づくためもあれば純粋に獣を狩ることに喜びを見出しているのだろう。
何はともかく、狩人の初任務が決まった。
狩りの時間だ。
仕事内容はこうだ。あるホテルの部屋での悪魔の目撃。
ホテル内部の生存者は不明。駆除に当たったデビルハンターは複数人が死亡ということらしい。
こうやって、獣狩りについての詳しい内容を教えてもらえるのは素晴らしいことだ。
相手の強さや規模を分かったうえで戦闘をするのと、しないととでは大違いだからな。
狩人が現場に到着するとアキやデンジたちだけでもなく見たことのないメンバーも多数いた。
大柄な男に小動物のような女。それに目に眼帯をつけた女だった。
しかし、これほどの大所帯とはなかなか体験したことはない。
仲間と共に戦うことがあっても基本は二人までだ。
人数が多いというのはなかなか慣れないものだが、特にやることは変わるわけでもない。
「このホテルの中に悪魔がどこかに潜んでいる。それもただの悪魔じゃない。銃の悪魔の肉片が吸い寄せられてる……この中に肉片を食べた悪魔がいるってことだ」
アキがネックレスのようにぶら下げている肉片が微弱ながらも磁石が引き寄せられるようにホテルの方へと引き寄せられていた。
「ふむ、銃の悪魔自体がいるという可能性は?」
「いや、それはない。本物だったらもっと強く引き寄せられるはずだからな」
「なるほど、つまり銃の悪魔に近づくためには、より多くの肉片を集めて銃の悪魔へとたどり着く必要があるというわけか」
ただやみくもに獣を狩っているだけではないいけないということか。
銃の悪魔へとたどり着くための道のりはまだまだ遠そうだ。
私がそう思っていると、デンジが私の気持ちを代弁するかのように話し始める。
「ふ~ん。じゃ、銃の悪魔を倒すにはスゲ~時間がかかるってことかよ。めんどくせぇな」
「なんじゃ!人間は怠惰じゃのう!ワシだったらそんなものなくともすぐに見つけて見せるわ!」
まだ少ししか知り合っていないのだが、デンジやパワーについて少しわかったことがある。
デンジは言動や行為自体は荒っぽいものの、本人自体は割としっかりとしている様子だ。
パワーの方は恐ろしいほどの虚言癖と他責志向が目立つ。
あと、都合が悪いことを忘れる能力も高い。生物としてはとても強いと思う。生物としては。
そんな感じで相変わらずといった様子の二人を横目にほかのメンバーの方に目を移してみると、大柄な男がなんか言いたげな様子でこちらを見ていた。
「早川先輩……これから一緒に悪魔と戦う仲間として、そいつらに背中を任せていいんですか?」
少し決まづそうな様子ではこちらの方へと視線を向けてくると、続けて言う。
「片方は魔人で……片方はチンピラ……それにもう一人は変な服装をした不審者です……自分は信用できません」
なるほど、荒井の言い分も一理ある。
私も最初はオドン協会にいた赤ローブの男への第一印象はよくなかった。
しかしあいつ自体はヤーナムでは珍しい善良な男だった。逆にまともそうに見えておかしなやつもたくさんいる。第一人称など当てにならないものだ。
だからこそ、疑ってかかるというのは決して悪いものではない。むしろその方がいい。
無条件で信じてくる奴と、疑ってくる奴であれば、頼りになるのは疑ってくる方だろう。
「私に背中を預ける必要はないさ。
「いや、お前だけじゃなくデンジとパワーにも先頭に立ってもらう。特に二人が逃げたり悪魔に寝返ったときは俺たちが殺す」
マキマから聞いた話では、パワーは半分人間半分悪魔の魔人でデンジはそれに近い存在らしい。
公安に飼われている間は悪魔として処分されないが、そうでなくなった瞬間狩りの対象となるわけだ。
「畜生みたいな扱いじゃの」
「お前らに人権はない……」
アキが低くドスの利いた声でパワーたちへと忠告をする。
しかし当の本人たちはというとどこ吹く風といった様子でこそこそ話を始めた。
「コイツむっちゃキレてんじゃ~ん、朝のアレのせいだな……」
「あのいたずらはさすがにまずかったかの」
「あれはまずいとか言う次元の話ではないと思うぞ……」
あの朝の出来事思い出してみるとアキのデンジたちへの態度も当たり前といえば当たり前だ。
脳喰らいに脳みそを吸われた方がましなレベル。
あんなことをされてこうやって会話してるだけまだましだ。
しかしそんな事情を知らない姫野は、アキの態度が少々厳しく映ったのかデンジたちを擁護するような発言をしたところ、デンジが褒美が欲しいといい始めた。
姫野は少しだけ考える様子を見せると、ポンと手をたたき、名案が思いつたとばかりに声高々に話し始めた。
「う~ん、じゃあ今回の悪魔を倒した人にはなんと!私ほっぺにキスをしてあげま~す」
「そ、そんなことはやめてください!結婚前の乙女がそんな猥らな!」
「彼の言う通り、そういうのは取っておくべきものだぞ」
私と荒井が姫野の発言に否定の意を示すと、姫野はつまらなさそうな顔をし、くるりと体を回転させるとデンジの方へと正対した。
「え~ご褒美があったほうがやる気出るでしょ。ねぇ~?」
姫野が小悪魔的な笑みを浮かべてデンジの方へと目線を送る。
デンジは女性からの視線に慣れないのか、目をそらし赤面し始めたが何かを思い出したのか、急に落ち着いた様子で話し始めた。
「俺、初めてのチューは誰にするか決めてんだ。それにエッチなことっていうのは理解しあった人間同士でやるから気持ちがいいんだ。名前も知らないあんたの唇には興味ないね!」
先ほどまでの下心丸出しな態度だったデンジが、目先の欲に流されず、目的を達成するために励もうとする姿がそこにはあった。
すべての欲望をシャットアウトしたデンジは真面目な顔をして、ホテルに向かおうとする。
そこに、ニマニマとした顔で姫野がデンジの方へと近づき、耳元に息がかかりそうなほどの距離まで近づけると
「へぇ~~~~~~~~~~~~」
すべてをひっくり返す言葉を言った。
「じゃあデンジ君が悪魔を倒したら……ベロを入れたキッスをしてあげる」
次の瞬間、デンジの顔は、過去一番のゲスイ顔をしていた。
タツキ先生。連載お疲れさまでした。