ホテルに入ってからのデンジの動きは恐ろしく速いものだった。
無数にある部屋の中探索し、悪魔がいないとわかればすぐに走り出してほかの部屋への探索へと移る。
おそらくデンジの頭の中には悪魔=キスという思考で埋め尽くされているのだろう。
彼の動きは聖杯ダンジョンで最適化されたロボットのようにマラソンをする地底人の姿そっくりだった。
「単独行動は危険だ!とまれ!」
デンジの行き過ぎた単独行動を止めるべく荒井が制止しようとするもデンジはまったく聞く耳を持たない。なおも走り続けるデンジを見た荒井が己の優れたフィジカルを用いてデンジを壁に押し潰し、無理矢理にでもデンジの動きを止めた。
荒井は半年間姫野先輩に鍛えられ、世話になっていたらしく、デンジに唇を奪われるぐらいなら自分がもらう!と二人してキスをめぐって争っている様子だった。
……我々は
「アキ……これが普通の
「今回が特殊なだけだ……あの二人を止めてきてくれ」
アキはいい加減疲れたというような様子でため息をついた。
私はアキの言う通りに荒井とデンジのがもめている間に入り、二人が元の仕事に戻るように説得をしようとしたが……
「テメェが人のこと言えんのかよ!いきなり壁を殴り始めてよ~。俺はキスのためにこの野郎より先に悪魔見つける必要があるんだよ!」
「もしかしたら隠し扉があるかもしれないだろう!」
「な、何言ってるんだこいつは……」
狩人が輪に混ざったことにより、場はより混沌を極めた。
三人して、ギャーギャーと騒ぎながら余計探索が進まなくなった様子を見て、アキはもう一度、さっきよりも深い溜息を吐いた。
姫野はそんな新人たちを見ながらアキに話しかける。
「アキ君の方の新人たちはどう?」
「血の魔人は強いですが、短気でまだ裏切る可能性があります。デンジはまだ知らない要素が多すぎてわかりません。狩人はわけのわからない言動や行動が目立ちます。ただ……」
「ただ?」
「戦闘技術は高い。それに最初にあいつを見たとき、先生と同じ雰囲気がした」
アキからの思わぬ高評価に姫野から思わず感嘆の声が漏れる。
この二人にとって先生というのが誰を指すのか、それは岸部隊長のほか誰もいない。
しかし、彼の先ほどの言動からはとても、先生と同じ雰囲気。すなわち頭のネジがぶっ飛んでいるようには見えなかったのだが……
「へぇ~。アキ君にそこまで言わせるなんて、薄々感じてたけどすごいね彼」
アキたちの会話が終わる頃。ようやく、狩人たちのいざこざが終わりようやく集団での行動をとれるようになった。警戒体制へと入ると、そこからしばらく全員が黙ったまま何十分か探索を続けた。一階、二階、三階と、それぞれの階を探索し終わり、八階を見て回っていた時。全員がある一つの扉の前で足を止めた。それは今までごまんと見てきた何の変哲のない扉だったが、このホテルに入ってから一度も感じなかった生き物の気配を狩人は確かに感じ取った。
「アキ。来るぞ」
扉がゆっくりと開き、全員の意識がこれから現れる外敵へとむけられた。
どのような悪魔が出てくるのか。最大限の警戒を保ち、万全の状態で迎えうつ。
しかし、中から出てきたのは、中年男性の顔面をした一頭身ほどの大きさの悪魔だった。
まるでさまよう悪夢だ。と狩人が思った瞬間。
悪魔の体が何者かに捕まれたかのように宙に浮いた。
一瞬、アメンドーズか!?とも考えたが、アメンドーズが獣の類をつかむところなど見たことがない。
狩人が周囲に宇宙がかった神秘的な靄がかかっていないかを確認するその隙に、パワーはすでに動き始めていた。
「バトルじゃ!」
パワーは己の手首を傷をつけることにより、出血させ、その血をもとに武器を形成すると浮かび上がった悪魔に対し武器を振り下ろし真っ二つにしていた。
「悪魔め!ワシにビビって浮きおったわ!ガハハハハ!」
パワーが自慢げな様子で己の力を誇示すると、隣の姫野が不満げな様子で訂正を入れてきた。
「違う違う私の力!私のゴーストが捕まえたの!」
姫野の主張によると、彼女は『幽霊の悪魔』と契約をしたとのことだ。
自分の右目を食べさせるかわりに、ゴーストの右手を使用できる。
我々からは認知することのできない第三の手。
その一点だけでも、戦闘に置いて圧倒的優位に立てること間違いないだろう。
殺した悪魔の死骸にアキが銃の悪魔の肉片を近づけてみるが何の反応もない。
今回の目標はコイツではなかったようだ。
しかしそれも当たり前のことだ。
我々より前に来たデビルハンターたちがあのような悪魔にやられたとは到底思えない。
この悪魔よりも強い悪魔がここより上の階にいると考える方が自然だ。
一同はもう一度上の階で今回の目標である悪魔を見つける為に、探索を進めることにした。
階段を上る途中に、狩人は先ほどの『幽霊の悪魔』について姫野に質問をする。
「先ほど言っていた『幽霊の悪魔』だが……私も契約することができるのか?」
「う~ん。人によって契約内容は変わるからな~。私の場合は目だったけど、狩人君の場合も同じかはわかんないし。それに、公安にはほかにもっと強い悪魔もたくさんいるからね。焦る必要はないと思うよ。ただどうしてもっていうんだったら、この任務が終わった後に『幽霊の悪魔』に聞いてあげるよ」
「ありがとう。しかし、貴公の言う通りまずは任務を終わらせるとしよう」
姫野と会話をしながら階段を上っていると、不意に荒井が声を漏らす。
「あれ……?俺たち今8階から9階に行く階段を上りましたよね?」
「ああ、そのはずだが」
「ここも8階ですよ」
そういわれて荒井の指が指す方向へと目を向けてみると、そこには確かに8(その隣にある文字は読めないのだが、会話の流れ的に階であることは分かる)の文字が刻まれていた。
ここの階段を上る前に、確かに確認してみたはずなのだが、見間違えだったのか?
私が自分の記憶と答え合わせをしていると、デンジが私の心中を言い当てるかのように荒井に問いかける。
「見間違えか数え間違えじゃねぇの~?」
「違う。確認してくる!」
荒井が語気を強めながら、階段を
そう、彼は確かに階段を降りたはずだ。
しかし、次の瞬間には荒井は我々を上から見下ろす形で、我々のより上の位置に立っていた。
降りたのに昇っている。矛盾ともいえるような現象が目の前で起こっていることに皆、困惑を隠せていない様子だった。
「コベニちゃんそこでダブルピースでじっとしてて」
「えっえっえっえっえっえっえっ」
姫野が荒井と同じように階段を降りる。
しかし、結果は変わらない。
次の瞬間、姫野は荒井の背後に現れた。
これが、悪魔の仕業だと断定するのにそう時間はかからなかった。
▽▲
八階から出られないということが分かった我々は、適当な部屋の一室に集まるとアキを筆頭に現状の状況確認を進める。
「状況を確認する。おそらく悪魔の仕業で八階から出られなくなった。いろんな方法を試したが結局、八階からは出ることはできなかった」
窓から外に出ることはできず、天井をぶち抜いてみたが結果は変わらず8階へと戻る。
最初の方は出る方法を模索しようと全員で頑張っていたのだが、どれだけやっても8階から出ることができないという状況は、全員にストレスを与えていた。
「私たち……ここで全員死んじゃうんだ。おなかペコペコで死んじゃうんだ」
ついにこらえきれなくなったコベニから弱音が漏れ始める。
必死で元気づけようと荒井が話しかけ続けるが、対して効果はなくコベニは子供のように泣きじゃくるだけだった。
そんなコベニの様子をパワーは新しいおもちゃを手に入れた子供のように喜んでいた。
「ガハハハハ!!その顔……!ガハハハハハハハ!!」
「貴様ア~~笑うな!」
パワーがコベニを馬鹿にするような笑い方に対して荒井は激怒する。
しかし、パワーは笑うのをやめず、愉快そうな表情で腹を抑え続けていた。
「悪魔は、恐怖が大好物だからね~怖がってたら相手の思うつぼだよ?」
姫野がコベニの頭をなでながら慰める。
パワーはコベニの恐怖が少し和らいだ様子を見て、少し不満げな表情をすると何かを思い出したかのようにくるりとこちらを向いてきた。
「恐怖と言えば、ウヌからは奇妙な感じがするの~。恐れてるのか恐れてないのかわからん!」
「いやいや、私はパワーのことを恐れているとも。ウィレームが『かねてより血を恐れたまえ』と言っていたからね。血の魔人であるパワーを恐れ、敬愛するのは当たり前のことだよ」
「なんじゃ!そういうことか!ワシとウィレームは友人だったからの~ワシを敬い続けろ!」
パワーの相変わらずの虚言癖は無視する。
『かねてより血を恐れたまえ』あの時に見た記憶の中でつぶやかれていた警句。
血は我々に人を超える力と共に、また人を失わせる。
獣にならず、人であり続けるなら忘れるべきでない大切なことだ。
端の方にいるアキの方を見てみると、何やら難しい顔をしながら何か考え事をしている様子だった。
「アキ。どうかしたのか?」
「部屋の時計がどの部屋も8時18分で止まってる。この8階だけ悪魔の力で時間が止まっている可能性がある。その場合助けは来ないかもしれない」
助けが来ない。その言葉に部屋全体の空気に、困惑、絶望、恐怖の感情が占められる中、ただ二人だけまったく別の感情を持ち合わせていた。
「すげぇ、じゃあ寝放題じゃねえか!!」
デンジがベッドに潜りながら大きな声でそういう隣で狩人が、
「時間が無限か……聖杯ダンジョンいくらでも潜れるということか!」
天命を得たかのように小さな声でそう漏らしていた。
デンジがベッドで眠りにつこうとする隣で、狩人がさっそく聖杯ダンジョンへと潜ろうとランタンに戻ろうとしたその時。狩人は一つ大切なことを思い出した。
それはこの8階から出る手がかりになるかもしれないもの。それは
このホテルに入ってから、
「このホテルから出る方法を一つ思いついた」
狩人がそう漏らすと、周囲の視線が一斉に狩人の方へと集まる。
アキの発見から全員が絶望しかけていた状況だったが、ここで一筋の希望が現れたことに皆期待を隠せない様子だった。
アキは期待をするよりも先にまずはその手段を問う。
「どうやってだ?」
「それはだな……まずこれを使って……」
狩人は、すぐに手持ちの『狩人の確かな徴』を取り出そうとするが、手持ちがゼロだった。
狩人はここで、補充をするのをすっかり忘れていたことに気づく。
狩人の徴を使ってもよいのだが、血の意思を失うことになる。
それはあまりにももったいない。
なので、ここで狩人が出す答えは一つだ。
「私を殺せ」
『「は?」』
全員がわけのわからないといった顔でこちらを見てきた。
まずい、言葉が足らなかったか。
「お前、俗世からの解放とかいう意味で言ってないだろうな……」
「いや、まて。きちんと今から説明する」
私は自身の持つ能力についてゼロから細かく説明をする。全員理解はしたが、したくないという表情をしていた。
コベニに至っては逆に恐怖をしていた。中途半端に希望を見せられた分の落差を食らってしまったのかもしれない。
「自殺は得意でないのでな。スパッと殺してほしいわけだ」
「自殺が得意な奴がいてたまるか!」
アキからほぼ怒鳴り声に近いような突っ込みが飛んでくるが、言ってることは嘘ではない。
千景による自傷か、瀉血の槌による自傷で死んだことはあるが……あれはなかなかに苦しいので嫌だ。
「ということで、誰かに殺してもらいたいのだが……パワーやってもらえるか?」
「無抵抗の奴を殺すのは好きじゃ!」
これは肯定ということでとっておこう。
殺しやすいようにちょうどいい位置でしゃがむと、パワーは我慢できないといった様子でうずうずしていた。
「パワー。痛いのは嫌だから首をスパッと落としてくれ」
と私が言い切る前に、パワーが血で作った武器によって頭を思いっきり殴られた。
殴られた瞬間に、頭蓋骨が砕ける音が部屋に響きわたる。
パワーの振り下ろしたハンマーの運動エネルギーはそのまま狩人へと伝わり、狩人は地面と熱烈なキスを交わす羽目になった。
「ひ゛と゛の゛は゛な゛し゛を゛き゛け゛!」
それを最後の言葉に、狩人は死んだ。
「ギャハハハ!ワシ最強!」
全員が目の前で起きた異質すぎる殺人に驚いてると、狩人の死体が灰のように実体を持たなくなる様子を目撃した。
その灰は、地面に吸い込まれ、空中へと霧散し、結局その場に残ったのは狩人を殺した際にできた血痕だけだった。
「えっえっえっえっえっえっ」
目の前の現象に周囲の人間は理解が追い付かず、黙るもの、過呼吸になるものと様々だった。
コベニが、ゆっくりと後ろへと後ずさりをすると、どんと誰かにぶつかる。
しかしそれはおかしなことだった。なぜならコベニの視界には狩人を除いた5人が自分の視界に写っているはずなのだから。
恐る恐る、首をゆっくりと後ろに向けるとそこには死んだはずだった狩人が底のない瞳でこちらをのぞき込むのが見えた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ~~~~~~~~~~~~~~~~」
コベニはホテル中に響くような絶叫を残した後、気絶した。