ToLOVEる─ラショナリズム─   作:げるみん

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初投稿です。お手柔らかにお願いします。


1:啓蒙

ぼくが幼かったころ(たしか八歳)親が借りてきたビデオで観た映画のひとつに、地球で宇宙人の存在が露見したときに現れるエージェントが出す、狙った記憶を消し、その空白の部分に都合のいい記憶を植え付ける光線を放つアイテムが登場していた。

当然そんなものはファンタジーであり創作物であり存在しないが……幼いぼくはそれを非常に恐れた。

 

人間は記憶による経験や学びを元に行動を設計する生物である以上、記憶のたしからしさは重要だ。なんとしても守る必要がある。

たしかそんなことを思ったはずで、必死に対抗手段を考えた。

 

その結果、記憶消去や偽記憶そのものを拒否することは不可能だと考え、もしそういう()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を作った。

サインをつけた記憶がないのにサインがあれば、ぼくの記憶には嘘が紛れているというわけだ。

 

問題は、どんな記憶が消されているかだ。記憶が消えていることしか分からないから、どんなに細かいことにも気を配って原因を見つける必要があり、ここ数日ずっとそのことだけを考えて……たぶん、ついにたどり着いた。

 

……このクラスの人数は四十一人だ。

 

一つのクラスの人数というのは班を作ったり、席を規則正しく並べるために四を因数に持つ合成数であることが合理的だし、事実他のクラスの人数は四十人ちょうどで揃っている。

にもかかわらず班決めで休みの人が居る以外に余りが出た記憶もない。これは明らかにおかしい。

 

ということで座席表を確認して、一人一人との入学してからあったことを考えて記憶を検分してみる。

ぼくならそんな詰めの甘い偽記憶の植え付けはしないが、四十人全員に入学してからの詳細な記憶を捏造する手間は小さくない。クラスの人数についての矛盾と同じように、どこかに瑕疵があるかもしれない……

 

座席表とにらめっこをして一人ずつ名前と顔とエピソードを結びつけていく。

 

次は黒咲芽亜……特に話したことはないけど、いつも人の集まりの一歩外にいてぼーっとしていたはずの、赤髪で目立たない地味な顔の女の子だったはず……

だいたいのイメージを頭の中で作ったあと本人を見つけて確認する。

 

……目立たない奴? たしかにこの学校は染髪自由だが、実際に染めている人はまれだ。あの赤髪で目立たないわけがない。それに顔の造形の良さ……ぼくの、おそらく一般的であろう美的感覚から見てもそうとう美人だ。なぜぼくは地味な顔だと思っていたのだろうか? 

 

……そういう疑いの目で見てみるとあの人間離れした美貌に薄ら寒さすら感じてきた。背筋を冷や汗が伝い、わずかに呼吸が乱れる。

……そうだ。いまぼくは、正体不明の技術で四十人全員……いや、もしかしたらこの学校の全員の記憶を改変した()()の存在に気が付いたのだ。

 

ぼくの視線に気がついたのか、彼女はこちらを向いて不思議そうな顔をする。

 

吸い込まれそうなほど綺麗な黒紫色の目から視線を外せない。……魔性。そんな言葉が頭を過ぎり、なにも考えられないほど彼女の美貌に心を奪われているのを感じながら、その内からの圧力に逆らえない。体が震え、息が荒くなる。そうしている間に彼女の接近を許してしまった。

 

「どうしたの?えっと……久慈くん。さっきから私のこと見てたよね? 私の顔になにか付いてる?」

 

咄嗟に言い訳を考えるがうまく思考がまとまらない。くそ…………取り繕わなければいけない……ぼくが彼女の正体に気がついたことを悟られるべきではない。自然な会話をしなければいけない。

 

「い、いや……ただ、綺麗な顔だなと思って……えーと、化粧水とかなに使ってるんですか?」

 

バカかぼくは!これのどこが自然な返事だよ! 

 

「え、えぇ~?……久慈くんってそんな感じだったっけ? なにも使ってないけど……」

 

そんなわけあるか。……いや、この返事は気安すぎる。却下。

 

「あ……そうなんだ。すみません、人の顔見つめて失礼でしたね」

「それはまあ、大丈夫だよ。……それよりなにか焦ってるみたいだけど……」

「いや……」

 

だんだん落ち着いてきたら、新しいことに気がついた。彼女の長い髪……クラゲヘアーと言うのだろうか?の三つ編みにしているクラゲの足にあたる部分が、風もなく、頭を動かしていないにもかかわらずふよふよと揺れ動いている。

 

……ほとんど確定していいだろう。ぼくの記憶を弄った犯人は特定したものの、(じゅうぶん予想できたことだが)そもそも人間じゃない。ここからどうするべきか……糾弾する? ぼくが周囲から変なやつだと思われ、その後記憶を消されて終わりだ。……記憶を消されても、また彼女の正体にたどり着けるが……また同じことを繰り返すだけだ……そもそもぼくが彼女の存在に気がついたことで殺されない保証はあるか? 

 

さまざまな案が浮かんでは消えていく。それと同時にぼくの中でふつふつと抗いがたい怒りが湧いてきているのを感じる。

 

……考えてみると、どうしてぼくがこんなやつに怯えなければいけないんだ? 勝手に人の記憶を弄び、いつの間にかクラスに溶け込んでいる化け物?クソ喰らえだ。どうしてぼくが、こんなことならなにも気がつかずのうのうと暮らせたほうがマシだってくらいに恐れなきゃいけない?こういうことは直に訊ねるのが手っ取り早い。

 

「ねぇ、本当に大丈夫?っていうか聞こえてるー?」

 

考え込んでいたぼくの顔を覗き込むようにして声をかけてくる。この距離でも毛穴が見当たらないほど滑らかな肌、大きな目と長いまつ毛、くっきりした造形の高い鼻。魚が沈み、雁が落ち、月が隠れ、花が羞じるような美が間近にあった。でも、だからと言って彼女に対する怒りが収まるわけがない。

なんにせよとりあえず、二人きりになる必要がある。

 

「聞いてなかった。ちょっと用があるからついてきてくれないかな」

「え?……うん、いいけど……どこに?」

「屋上」

 

話が聞こえたらしいクラスメイトがにわかにざわめく。おおかた告白かなにかだと勘違いしたのだろうか。

 

「えぇっ!屋上?もしかして告白とかされちゃうのかな?」

 

お前(推定人外)もかよ……

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「それで、こんなところまでついてこさせてなんの用なのかな?」

「へたくそな演技もその辺にしておけよ。だいたい予想は付いているだろう、ぼくには人外の化け物と恋愛をする趣味はないぞ」

 

彼女の目がすっと細められ、浮かべていた笑顔が消える。

 

「あれれ、バレちゃってたの……どうしてだろう?ちゃんと全員の記憶を書き換えたはずだけどな?」

「さあ?答える気はないな。……もう一度記憶を消しても無駄だ。いま見せたようにぼくは何度でもこの結論にたどり着くことができる……答えろ、なんのためにこんなことをする?」

「うーん。そうだなぁ……()()()()()、って言ったら?」

 

彼女の答えが本当かどうかは知らないが、相手は記憶に関する未知の技術を持っている。人を一人気づかれずに増やせるのだから減らしてもどうとでもなるのだろう……

 

「脅しのつもりか?いまこうして話しているということはぼくを殺す気はないんだろう?」

 

これは正しい推論ではなかったが、ぼくに殺し屋への対抗手段を持っていないのでこう言うしかなかった。護身用に買った催涙スプレーは正当な理由なく持ち歩けないので自宅に置いてあった。くそ……日本の法律め……

 

「……さっきの発言が事実なら止めたいところだが、ぼくにそうする力はない。殺される人には悪いが、見過ごすしかできない……次、お前は何者だ?」

「久慈くんばっかり質問しててずるいよ、次は私が質問する番。ねぇ、どうやって気がついたの?」

 

それを言ったらぼくはついさっききみの逆質問に答えたばかりだが、無駄に反論して逆上のリスクを負う必要はない。この質問は二回目だし、これに答えないとこちらの質問に答えてくれるつもりはないだろう。ここは誠意を見せておくべきだろうか。

 

「……記憶が消されるようなことを見たときにつけるサインをあらかじめ決めてある。そのサインがあるのにつけた記憶がなければ記憶が消えていることがわかる。このサイン自体を忘れさせるにはぼくが生まれてから十六年間の記憶をすみずみまで調査して消す必要があるから、安全性はある程度確保されている。そしていま言ったことはたんなるきっかけで、きみがその犯人だと分かったのは推理だ。詰めの甘い偽記憶だったからな」

「へぇ、凄いね!」

 

綺麗な顔に満面の笑みを浮かべ、まるで心の底から感心しているような声色でそう言い、一歩だけぼくのほうへ近づいてきた。

 

心にもないことを……。ぼくはそういうわざとらしい表情に騙されてやるつもりはない。褒められたことに対して純粋に喜び、返報性の原理に投げ飛ばされてはいけない。

そう心に言い聞かせて一歩下がり、ぼくからの質問の答えを促す。

 

「どうも……それで? ぼくの質問に答えてくれないかな……」

「私が何者か、だよね? 宇宙人」

 

……嘘、ではないのだろう。髪を自在に動かせる人間なんて聞いたこともないし、妥当そうだ。ただ、二足歩行で五本の指、髪の存在、顔のパーツの位置関係、胸部の膨らみ、肩の丸みや綺麗な柳腰などの骨格。どれをとってもただの人類の女性の特徴と一致している。これの意味がわからない。いや……確率的にありえないわけではないが、長距離惑星間飛行が可能なレベルでの技術力を持った異星人がここまで……人間離れした美貌は、倫理的な諸々の問題を考慮しなければデザインベイビーや高度な整形技術で将来的に実現可能になる予測はあるしこのさい無視したとして、宇宙的な視点でみると比較的原始的な種であろう人類とほとんど変わらない見た目なことがあるのだろうか……? 

 

確率の高そうな方から仮説を立てる(アブダクション)とすれば

①人類に気づかれないように人工皮膚で造られた着ぐるみを被っているか、高度に遠隔操作可能な人形である。

②催眠能力かそれに類するなんらかの能力も持っていて、ぼくたちがそういう見た目に見えさせられている。

③彼女は元地球人だが宇宙人によって連れ去られたのち、改造されて偵察ドローンになった哀れな被害者である。

④たまたま宇宙人も人類と似たように進化をした。

といったところだろうか。

 

「それじゃあ次は私の番ね。そのサインはなに?」

 

首を傾げて興味深そうに尋ねてくる。

それを教えてしまったらそれを忘れさせられ、記憶の消去に気が付けなくさせられるはずなので答えるわけにはいかない。

 

「言うわけがないだろ。別の質問にしろ」

「そっか……じゃあ、私の正体を突き止めてどうしたいの? 通報でもするの?」

「そんなことしたって意味がない……ぼくは、消された記憶を返して欲しい」

「残念だけどそれは無理、再現した記憶を植え付けることはできるけど元の記憶……きみがそのときどう思ったかとかまでは戻せないかな?」

 

消された記憶を取り戻すために頭を弄られるなんて本末転倒じゃないか?このさいスッパリそれを取り戻すのは諦めよう。

 

「次はぼくの質問だ。この後ぼくのことをどうする?口封じするか? 逆らえないよう改造するか?」

 

そう、これが大事だった。激情に任せて思わずここまで連れてきて人外であることを指摘してしまったが、この先どうなるかまでは予想が付いていなかった。

 

「んー、どうもしない」

「……は?」

「きみは面白そうだし、仲良くして欲しいな。あ、ただ宇宙人だって事を言いふらされると仕事に支障が出そうで困っちゃうからやめて欲しいな。この街には私の他にも何人も宇宙人がいるし最悪宇宙人だってことはバレてもいいけど、殺しの仕事は秘密ね!」

「……は?」

「……それと、私はこの〈変形(トランス)〉能力のある髪で触れた人の精神を掌握できる力……〈精神侵入(サイコダイブ)〉を持ってるから、秘密を隠そうとしても無駄だったりする。へぇ、サインはそれなんだ!」

「……はぁ!?」

「ねぇ、そろそろ授業始まっちゃうからさ、教室戻ろうよ。どうやって言い訳する? ホントに告白されたことにしちゃおっか?」

「はあっ!?」

 

驚きの連続で語彙が消えていた。諸々の情報を飲み込むのには時間が要りそうだ。

 

「それじゃあ私はこれから久慈くん……いや環くんの彼女だから、よろしくね?」

「拒否権はなさそうだ……降参」

 

両手を上げて降参のポーズをとる。この綺麗な顔に潤んだ目の上目遣いで言われてはぼくにはどうすることも出来なかった……ぼくがいま彼女の言うことを信じかけているのはハロー効果でしかないとわかっていても抗えないことがある。……この()の下にある本当の正体がどんな化け物なのか気が気で仕方がないが、受け入れるしかなかった。

 

ぼくより遥かに力があり、人を攻撃することに躊躇いのない人外の殺人鬼に腕を抱かれてガッチリと固定されてしまっては振りほどくことも出来ず、そのまま教室に入る。すると扉をくぐった途端とんでもない量の視線が突き刺さった。

 

「……告白成功してるじゃん」

「マジかよ芽亜ちゃん狙ってたのに」

「芽亜ちゃんってよく見るとカワイイな、あいつめ…」

 

主に嫉妬らしい。代われるものなら代わって欲しいぞ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

放課後

 

「環くん! 一緒に帰ろ!」

「あぁ。わかった」

 

教室の男子から嫉妬の視線が飛んでくる。学校では本を読み、放課後はすぐに帰ってゲームをするという生活のため、あまり人と話さず友達と言える人間も皆無な上、理屈っぽい話し方でうっすらと嫌われている(変える気は全くないが)ことを肌で感じていたが……恋人を得たことで更にヘイトを買うことになったらしい。

 

芽亜に殺される心配はしても無駄だろうし、ここは情報収集も兼ねて会話をし、仲良くなって絆したい……ということで下校路を歩きながら会話する。

 

「なぁ、その皮の下はどうなっているんだ? 本体はどんな見た目をしている?ぼくの予想ではショゴス(粘液生命体)なんだけど……」

「え?あはは! 面白いこと考えるね!宇宙には全く別の姿に変身する種族もいるけど、私はもとからこの姿だよ!それに、乙女にそんなこと言うなんてちょっと失礼じゃない?」

「そんな!じゃあ宇宙レベルで収斂進化したってことか?どの程度遺伝的に一致している?人類と交配可能だったりするのか?」

「……交配って!環くんって結構えっちぃんだねっ。素敵……試してみる?」

 

そういう反応になるか……対人経験が乏しく聞くことを完全に間違えた。普通下校中にする会話とはどんなものなのだろうか。ぼくには想像がつかなかったし、いまのように異常な魅力を持つ彼女に誘惑されて冷静に考え事ができるわけがない。手を強く握り、爪を立てた痛みで正気を保つ。

 

「い、いや、そういうつもりじゃない。あくまで生物学的な興味なんだ。それと、人類の美の基準と完全に一致しているように見えるけど……文化も似ているんじゃないか?」

「あはは!なにその回りくどい口説き方!やっぱり面白いね」

「いやこれは口説いている訳じゃなくて一般論として……」

「でもカワイイとは思うんでしょ?」

「それは……まあ、はい」

 

彼女の綺麗な顔が近くてどうしようもなくドギマギしてしまう。

落ち着け、彼女は人外、彼女は化け物……

 

「ねぇ、女の子をそんなふうに思うのは良くないよ!」

 

……ぼくは無言で自分に刺さっている髪を引き抜いた。




感想・評価、無限にください。
愚筆のため読みにくい部分もあるかもしれませんが、それを教えていただけると直せるので助かります。

十話までは毎日投稿予定です。

変形(トランス)について
原作では変身と書いてトランスと読まれています。
変身の意味は「他のものに姿を変えること。別の姿・ようすになること」とされていて身体全体が別のものに変わるという意味合いが強いように思いました。そのため「おもてに現われる形、形式、状態などが変わること。また、それらを変えること」である変形のほうが合っているように思えたので本作品では変形としています。
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