「これは構造色によるものだと思うんですけど」
今日のぼくはモモさんが観葉植物として宇宙から持ってきた虹色の薔薇を設置する手伝いをしていた。……最近はこの人に都合のいい雑用として使われすぎている気がする。いや、モモさんには恩があるから別に構わないんだけど……
「いえいえ、色素によってこういう色になっていたはずですよ」
「……まあ、特有のキラキラした色のチラつきがないので、もとからぼくの予想は無理があったんですけど……じゃあいったいどういう仕組みでこんな風になっているんだ……」
何度目かすでに数え切れなくなっているスペース・ショックを受けていると、教室の扉が開き何人もの見覚えのない男子生徒が入ってくる。
「オレ達!この度モモさんのファンクラブを結成しました!ヴィーナス・モモ・クラブ!略してVMCです!」
「は?」
彼女の人気はクラス外にも届いていたようで、他学年の制服を着た生徒も多い。ぼくも一応立場的にはモモさんの
「なにか困ったことがありましたら遠慮なくお申し付けください!」
「我々一同モモさんのためなら命さえ投げ出す所存です!」
メンバーがモモさんを囲うように殺到し、ちょうど隣にいたぼくもついでに閉じ込められてしまった。
「まあ!お気持ちは嬉しいのですけど……皆さん両親から頂いた大切なお身体なのですから、どうか無理なさらないでくださいね?」
「うおおおお!!その心遣い!我が身に染みます!!」
モモさんの考えうる限り完璧な返答に一部のメンバーは感涙し、大盛り上がりしていた。
ぼくがモモさんの腹芸に感心して眺めていると、人の壁から出てきた腕に捕まえられてたくさんの男子生徒に完全に包囲されてしまった。
「えーと……一年B組十二番の久慈環で合っているな?どうやらモモさんと親しくしているようだが、お前はモモさんのなんなのか説明してもらおうか」
なるほど、崇拝している相手の隣に男がいたらいい気分ではないだろう。その気持ちはなんとなく理解出来る。……なんと答えるべきか。
「ぼくからはモモさんのことは友達だと思っているんですが、最近のぼくの扱いを鑑みると彼女からは手下というか雑用というか下僕のように思われている可能性も否定できませんね」
「なっ!モモさんの下僕だとッ!?う、羨ましすぎる!!」
敵視されないようにするために敢えて自分を卑下した言い方をしてみたのだが、そういう反応になるのか……
「って!そうじゃなくて……モモさんと友達であるのはまあいい。それはモモさんが決めることだからだ。だが!浅ましくも我らが女神を穢そうなんて考えるんじゃあないぞ。さもなくば貴様の命はないと思え……」
そういうことならぼくよりも言っておくべき相手がいるの思うのだが、大丈夫だろうか。
「ぼくに対するそれは杞憂だと思いますが……そうだ、ぼくもファンクラブに入っていいですか?」
「ふん……いい判断だな。それならモモさんの下僕でいることを許そう」
いや下僕ではないのだが。
そうやって許された後、会員証を作るための個人情報を伝えていると授業が始まる時間になってしまったので解散した。
休み時間に特にやるべきこともなくて暇だったので仕方なく立花くんと話していると、モモさんがファンクラブの人たちに介護されているのを見かけた。立花くんから逃げるためにぼくも会員だから行かないといけないという言い訳に使わせてもらおう。少なくとも
ファンクラブの事務役の人から会員証を受け取る。ナンバーは九十二だった。お、多い……結成初日にして三桁に迫る勢いだ。
「モモさん、その荷物ぼくたちがお運びいたします」
「おお!そうだ、ぜひやらせてください!」
ぼくの提案に周りのメンバーも興奮した様子で同調するが、モモさんは微妙な表情をしている。
「なぜ環さんがそっちにいるんですか……」
「会員なので」
「えぇ……環さんは友人だと思っていたのでそうなると距離を感じてしまいますね……」
唇に指をあて、目を細めて悲しそうな空気を作る。
周りのメンバーからの羨望と怒りの視線が痛い。我らの女神を悲しませるのかという声が聞こえてくる。しかたない、興味本位の悪ノリで入会してみたところがあるので退会しても構わないのだ。
「じゃあ今日限りで脱退しますね」
「あら、今日入ったのに今日抜けるんですか。……私がそう言いましたがそれはそれでどうなんですか」
「地球の格言に❝愚かな一貫性は凡庸な心に宿る小鬼である❞というものがあります。理由があれば必ずしも一貫している必要はないんですよ」
「は、はあ……」
ぼくは両手の人差し指と中指を宙に引っ掛けるように曲げたり伸ばしたりして引用符のジェスチャーをしながらそう言ったが、モモさんは「こいつはなにを言っているんだ」というような反応をしていた。ぼくのせいで変な状況になってしまったので、熟慮しないで行動するという慣れないことをするものじゃないなと思った。
学校が終わりにルナティーク先生から洗ったハンカチを返してもらうのと共に、〈
隔週土曜日と決まっている戦闘訓練の日だったので結城邸に来ていた。
「ふむ……ちょうどそろそろ得物を持たせようと考えていたころだし、翼というのも悪くない。剣では日本の法律的に無理だし、出し入れ可能というのが合理的だ。
「ありがとうございます」
ヤミからの賛同も得ていたので心配していなかったがぼくの考えてきた戦法は結構高評価だったようで、師匠からの許可を得ることができた。
「久慈環・第三形態ということですね」
あっ……ぼくが〈バーサークDX〉を呑んでハイになっているときに格好つけて言ってしまった厨二くさいセリフを弄られた。
ヤミと心の距離が近づいたはいいことだが、こういう弄り方をしてくるのは恥ずかしかった。
それを言ったときにその場にいなかったはずの、訓練の様子を見に来たモモさんも口を押えてクスクス笑っている。彼女にあの戦闘のことを事細かに話した容疑者はヤミかリト先輩。
「すでにいくつか訓練方法は考え付いた……が、まずは格闘練習からだ。武器ばかりに頼って徒手での戦闘が疎かになってはいけないからな」
あれは本当に辛いから嫌だったが「アゼンダごときに辛勝するほど弱い弟子のために訓練強度を上げる」と言っていつもより厳しい、限界を超えるほど全力を出し切る訓練の後、ようやく飛行戦闘訓練が始まった。
「そもそもララさまからどんな改造を施されているんだ?」
「えーっと、〈デビルーク鋼〉による強度・柔軟性増強、翼端鋭利化、奥の手としての使ったらしばらく反重力機能が停止するエネルギー砲、数枚の羽根型ドローン、あと、まだ試していませんが飛行機構を根本から変えたことでアクロバット飛行が可能になったらしいです……それらに加えて多言語翻訳機能や通信機能、ジャミングやブラックライト照射など……戦闘には使えそうにない機能が十数個あります」
「ふむ。意外とララさまの開発にしては控えめだな」
どうでもいい機能が多い気がするがこれでも十分の一以下に削ったあとなのだ。よくもあれほど様々な発想が出てくるものだ。……モモさんに聞いた限りでは飛行機構を弄るのは違法なはずだが、これについては深く考えないでおこう。ララさんが特別な技術者としての資格を持っていて問題はないのかもしれないし……。
「……よし、機能の活かし方はおいおい考えるとして、まずは空中での姿勢制御の練習だ。体幹トレーニングと浮遊感に慣れて強いGに耐えれるようになるための訓練も行うぞ」
ということでこの後は結局筋トレを動けなくなるまで行った。
最近は芽亜を心変わりさせるために友好的に接するようにしていたから気が付いたが、どうやら調子がおかしいように感じる。ときどき辛そうな表情をしたり焦燥した様子が見られる。
以前自宅に招待されたときは、打ちっぱなしのコンクリート壁の広く質素な部屋の窓際に、クッション一つとノートパソコン、お菓子の山だけがあるというような終わっている内装だったのも精神性が分からなくて怖かった。
なにか思いつめているようで、希望的に考えるなら人間と兵器との間で揺れている状態だということだろうか。
「……ということで物を壊せるアクティビティがあるらしいので、気晴らしに一緒に行きませんか」
「……?全然意味わかんない。なにがということでなの?」
「つまり、この誘いには意図があるってこと」
芽亜はジト目を向け、こちらを非難するような声色で反論する。
「だからその意図を聞いてるんだけど」
「それは……」
言いたくない。芽亜に元気を取り戻して欲しいからなんて言ったら、まるでぼくが敵に塩を送る馬鹿みたいじゃないか。
「環は最近調子が悪そうなあなたを元気づけようとしているんですよ」
ヤミがそんなことも分からないのかと言うような顔で代わりに説明する。
このことについて話した記憶はないが、バレていたようだった。……それなら言いたくない理由まで気づいてくれていたら嬉しかったのだが。
「ふーん。でも、いいや。私そんな気分じゃないし……そもそも元気なくないから!」
無理に笑顔を作ってそう言うが、余裕のなさが現れているのだろう。いつもより作り笑いがぎこちない。
「誰にそんな嘘言っているのか分かっているか?ぼくは一番芽亜のことを見ていて、理解している人間だよ」
常に芽亜が視界内にいるようにしてないと突然拉致される可能性があるから目が離せないし、防衛手段として心理の考察をせざるを得ないだけとも言えるが。
「へ、へぇ~……そうやってお姉ちゃんのことも落としたんだね。やっぱり環くんってケダモノ?」
ぼくは事実を言っただけなのに、どうしてそうなるかが分からない。彼女は以前からどうしてもぼくのことをプレイボーイに仕立て上げたがっているようだった。
そういう風に見られて嫌だったのか、隣でヤミが震えていて怖いしすぐに否定しよう。
「いや、ヤミとはかなり親しくなった自覚はあるけど、あくまで友達だからそういうのじゃない。……とにかく、ネメシスとかいうやつのことはひとまず忘れてみないか?ぼくはそっちのほうが芽亜の精神衛生上良いと……」
途中まで言ったところでぼくの体がピクリとも動かなくなってしまった。ヤミはこの異常に気がつけていないようだった。……まずい。
『環くんでも、私と
……本当にまずい!いますぐにでもヤミにこの状況を伝えなければいけないのに、体が全く言うことを聞いてくれない。
『そんな悪い環くんにはお仕置が必要だよね?』
「それじゃあ、環くんが私をぺろぺろしてくれたら考えてあげる」
「……分かった、それで芽亜がそうしてくれるなら」
「環!?」
「大丈夫です、ヤミ。止めないでください」
口が勝手に動き、ぼくのような喋り方で答える。
ぼくが操られていることをヤミに悟られないようにするために策を弄してくれる……というか、どうして髪が触れていないのに〈精神侵入〉できているんだ?彼女の言っていた、髪が触れた相手という対象条件が嘘だったのだろうか。
『ううん。それはホント。……どうしてだろうね?私の髪はちゃんとここにあるのに、どうして操られているんだろうね?環くんなら暴いてくれるかな?』
そうしている間にもぼくの体は芽亜に近づき、指先が臀部に伸びていく。
ヤミは未だに狼狽えているだけで、止める様子はない。心外だが、本当にぼくがこれを本心から行っていると思っているのだろうか?
「どうやらちょっとしたスキンシップくらいじゃ満足出来なかったようですね。……環、えっちなこと……ぺろぺろするのなら私にしていいですから、芽亜の誘惑に負けないでください。ですから!と、止まってください!」
そう言って手を引くだけで強引に止めてはくれない。ぼくの意志を尊重しようとしてくれるその態度は好ましいが、それはいま欲しい態度ではなかった。
すでに芽亜の制服のスカートの中に頭が入り、股間に顔を埋めさせられてしまっていた。
「帰ったらヤミのこともぺろぺろしてあげますから、いまは止めないでください」
「えっ、あっ……それは……」
途端にしどろもどろになる。ぼくの視界は芽亜の下着で埋まっているので見えないが、これまでの彼女の反応からして顔を赤くしているであろうことがわかった。
ひとりでに舌が伸び、芽亜の太ももを優しく舐めていく。ぼくの愛撫に芽亜は艶かしい声を出しながらも操ることを止めない。
こうして操られることに抵抗する手段がない以上、いまのうちにどうして髪が触れていないのに〈精神侵入〉を食らっているのかを考察しておく必要がある。……が、芽亜の体の匂いを嗅ぎながら、その健康的で滑らかな、甘さすら感じる肌を舐めている状況で思考に集中するのは難しかった。
⋯⋯いや、これは正しい理由ではない気がする。思考自体はクリアだし、芽亜に対する欲情を抑え込めていることも自覚できる。だというのに心の中には強い喜びと興奮、悲しみ、孤独、不安といった、
そんなことを考えている間にもぼくの舌は鼠径部から臍を経由して脇、首筋へと上っていく。
ヤミが「えっちぃのはダメです!」と叫んでいるが、ぼくの口が勝手に正当化してしまう。
手が芽亜のブラジャーをズラして胸部に触れる。
『ふふっ。体が勝手に動いて不思議?環くんの体はいま私の一部になっているの。しかも、ただ操るだけじゃなくて、感覚を同期しているから……
これがさっきから感じていた違和感の正体だった。ぼくがいま感じているこの場違いな感情は、そのまま彼女の心理状態なのだろう。
─ああ、わかる。いまわかった。いままでぼくがどれだけ芽亜のことを理解出来ていなかったかを。……そうだ、嬉しかったんだろう。この宇宙で、ひとりぼっちの感覚。孤独や不安でいっぱいの、暗闇の中でどこへ進めばいいのかわからないような迷子の中で、あの日ぼくに正体を暴かれて嬉しかったんだ。自分を見つけて貰えたような気がしたから。
「なっ!⋯⋯やめてっ!」
芽亜は反射的に〈精神侵入〉を切り、ぼくを突き飛ばす。考えてみれば当然だ。自分の心の中という一種の聖域に踏み込まれていい気分になるやつはいない。最初からこうすればよかったんだ。ヤミは突然のことになにが起きているか分かっていないようだったが、気にせずに続ける。
「それに、ぼくのことをどう想っているかもわかったよ。……申し訳ないけど、ぼくはその気持ちに応えることは出来ないんだけど」
芽亜が敵という括りに入っている以上当然断るしかないのだが、それとは別に、何故か彼女に対してそういう恋愛対象としての感覚を抱けなかった。
「……その話はいまはどうでもよくて、芽亜はいまはひとりぼっちじゃないじゃないか。友達だってできたし、自分を理解しようとしてくれる姉だっている!どうして兵器であることに拘るんだ!」
そうだ。これが不可解だった。足を洗って人間として暮らしていく理由は揃っているのに、どうしても揺るがない
「……私の全てを知ったつもり?たかが数十秒〈精神侵入〉で繋がっただけで?この能力において上位者である私が本当に自分の本心を垂れ流していたと思うの?」
この反論はかなり強かった。ぼくの論理の核として〈精神侵入〉から得た芽亜の心情を使っている以上、これまでの全ての主張が破壊されかねない。
「いや……それだとぼくの指摘に対して拒絶を示した理由が付けられなくなる。それに、芽亜がもしぼくに調整された感情を伝えていて、それをぼくが本心だと勘違いしていたのなら、それについて指摘する必要はない。芽亜の一貫していない行動について合理的な説明が出来ないなら、きみの主張は通らない」
“心理的リアクタンス”を活用することでぼくの考えの固定化を図ろうとしているかもしれないと考えることもできるが、そもそもそんなことをする理由がわからない。それに、
「もう一度聞くよ。どうして兵器であろうとするんだ?」
「うるさいうるさい!!そんなこと、環くんにわかるはずないし、理解されたくもない!もう私のことはいいから、放っておいてよ!!」
芽亜が厳しく非難するような顔になって突き放すように怒鳴りつけ、走って逃げ去ってしまった。
その後休み時間に再説得を試みようとしても、逃げられていてどうしても彼女を見つけることができなかったので、仕方なく帰ることとなった。
家につき、なぜ芽亜はぼくの体に乗っ取れたのかをベッドの上でぼんやりと考えていると、モモさんからSNSが届いていた。
それによるとどうやらぼくたちが帰ったあとリト先輩が芽亜の説得を試みたらしく、そのときに
詳しい話は直接するとのことで概要だけ伝えられたが、それだけでもわかる最悪の知らせだった。
ナナさんは芽亜と仲良くしていたようだったのでショックが大きかったのだろう。芽亜が〈変形〉兵器で敵対しているということを伝えないでおいたのはぼくとモモさんで合意した判断だったが、その責任の一端はぼくにある。いますぐにでも励ますことができればいいのだが……こんな夜中に行って大丈夫だろうか。
そして、この知らせが最悪であることの大部分を占めるのが、殺し屋と芽亜の戦闘だった。
あれはきっと二人が仲間割れをしたわけではなく、ヤミと同様に地球での暮らしに慣れて丸くなっていた芽亜に、兵器としての生き方を。命を懸けた戦いの感覚を思い出させるためのものだったんだと思う。今日ぼくが芽亜と話した限りでは葛藤があったように見えたが、ナナさんと決別したことから完全に兵器として生きる道を選んだということだろう。
ああ、もう。なにもうまくいかなかった。ぼくがその場にいたなら代わりに戦って芽亜のそれを止めることができたかもしれなかったのに、ぼくが朝に余計な気をまわして避けられるようになってしまったからなにもできなかった……
ぼくがそんな結果論の意味のない後悔をしていると、いつもより長いシャワーを浴びたヤミが戻ってきた。モモさんからの情報を共有し、ぼくの考えも伝える。
「そう、ですか。過ぎたことはもう仕方ありませんね。ですが、プリンセス・ナナについてはいますぐなんとかする必要があると思います。私の心を救ってくれた美柑と……いえ、美柑のように、きっといまメアを救えるのはプリンセス・ナナだけでしょう。そのためには友達でいることをみすみす諦めさせてしまうことは悪手なはずです」
一理ある。すぐにモモさんに向かうことを伝えてヤミと共に空を飛んで行く。
「こんばんは、ナナは〈電脳サファリパーク〉に……案内しますね?」
「はい、こんな夜遅くにすみません。よろしくお願いします」
出迎えてくれたモモさんにお礼を伝えながら、〈電脳サファリパーク〉なる場所へ移動する。
「明日でもよかったんですけど、こういうのは早いほどいいと思いまして」
「そうですね……リトさんも励まそうとしてくださったのですが、上手くいかなかったようで……」
……ぼくより関係が長い先輩でも歯が立たなかったのにぼくにできることはあるだろうか。いや、なんとかしないといけないんだ。
「ここが入口です。私たちはここで待っていますね」
「環ならなんとかするでしょう。早く終わらせて戻ってきてくださいね」
ナナさんの部屋にある紫のもやがかったゲートを通ると、そこには広大な大自然と何種類もの見たことのない動物たちが暮らしていた。
小一時間くらい観光したいところだったが、いまはそれどころじゃない。とりあえず、ナナさんに会わないことにはどうにもならない。
─ランド
『あいヨ、元ご主人サマの居そうなトコなら心当たりあるゼ』
かつてここに住んでいたランドに道案内をしてもらうと、白い花が一面に咲いた丘の頂上にあるパーゴラの下にナナさんを見つけた。
「やあ」
「はぁ!?環?どうしてここに……」
「そんなことはどうだっていいんです。……芽亜とのことについて、話があって来ました」
そう伝えるとナナさんの顔が曇り、ぼくを睨みつける。
「そ、そのことでお前と話すことはねーよ……モモから聞いたよ。メアの素性、知ってたんだろ?」
「はい……でもそれは……」
「でもじゃねーよ!それに!メアに命を狙われてたからヤミと一緒にいたんだろ!?そんな関係でもお前はメアと仲良くできてたのに!アタシじゃ本性を知っただけで無理だと思ったんだろ!?だから秘密にしたんだ!!」
誤解だが、ぼくの弁明を聞く気はないようで一方的にまくしたてる。
「モモもリトもそうだ!アタシのためだとか言って勝手に決めつけてそういうことをするんだ!お前らは何様なんだよ!アタシがそんなにダメなヤツだと思ってるのか!アタシのことを軽視して、なんなんだよ!」
言いたいことを言い切ったのか、ハアハアと荒い息を立ててしゃがみ込む。
芽亜とナナさんとのことについて話したかったのだが、まずはぼくについての誤解を解かないと話をできないと思った。ぼくは彼女の隣に座ってゆっくりと話し始める。
「どこからどう説明すればいいか……まず、ぼくはナナさんのことをそういう風に思っていたわけではなくて……」
「じゃあ、どうして……」
震える声だったが、一応話を聞く気はあるようだ。
「まず、確かに芽亜から命を狙われているのはそうなんですが、それは最初からそうだったわけじゃないんです。⋯⋯初めにぼくが、芽亜が宇宙人であることを見つけて、それで友達になったんです。そのときに、自分が宇宙人だということはできる限り秘密にして欲しいと言われて……その後にナナさんが転校してきました」
「じゃあ、初めて会ったときに言ってた❝異星人の友達がいる❞ってのはヤミじゃなくてメアのことだったのか……それならどうして!」
「家にお邪魔してご飯を食べさせてもらったときに指摘された間違いをそのままにしたのは、それを説明したらぼくが命を狙われていることまで説明しなきゃいけなかったからです。……あのときはぼくのことについて、誰かに心配されて、不安にさせたくはなかったから……」
チラッとナナさんの方を見るが、まだ三角座りした腕に顔を埋めていて、こっちを向いてはくれていなかった。
「その後、ザスティン師匠の訓練を受けているときに命を狙われていることは話して、ランドを譲ってもらいましたが……そのときにはまだ、同じ理由で芽亜のことについてはぼくとヤミの秘密でした」
「そこまではわかった……けど、それでもモモとリトにだけ教えたんだろ?」
「アゼンダに襲われたときですね。……ここはちょっと説明が難しいんですが……倒したアゼンダから敵の情報を引き出すために、モモさんの植物の力を借りたんです。だからモモさんもそこにいたんですが、そこでぼくが尋問の仕方を間違えて、芽亜の名前を出してしまったから……モモさんに秘密を全て話すことになったんです」
「それなら、そんときにアタシにも教えてくれればよかったじゃねーか」
「モモさんにばれてしまったこともイレギュラーだったんですよ。⋯⋯それに、その頃には芽亜を心変わりさせる目途が立っていたし……改心したときに芽亜が、ナナさんにそういう後ろ暗いことをしていたことを知られるのが嫌なのかと思って、そうなるまで二人がこのまま友達のまま、関係が変わらずにいてくれるのが一番だと思ったんです。芽亜とナナさんの関係は二人だけのものだから、芽亜から言わない限りはぼくに口を出す権利はないから……」
そこまで言うとナナさんはようやくこっちを向いてくれた。もしかしたら自分の勘違いに気が付いてきたのかもしれない。
「今日まではその改心計画は上手くいっていたんです。……ぼくが失敗するまでは。ぼくのやり方が性急すぎたせいで、彼女は殺し屋たちと戦うことになって、それで、兵器としての生き方を選ぶことになってしまった。……そこからは知っている通りです。たまたま遭遇したナナさんに、例の言葉を伝えて去ってしまった」
「そう……そうなんだよ……はっきり言われたんだぞ!?❝友達ごっこは終わり❞だって!わかるか!?そもそもアイツはアタシのことを友達だと思ってすらいなかったんだよ!アタシは……!!」
彼女は異常なほど取り乱し、嗚咽交じりに叫ぶ。まずは落ち着かせないといけない。ぼくも以前、丸薬の副作用で正気を失っていたことがあった。こういうときは、人のぬくもりを感じ、抱きしめてもらうことが一番だと経験的に知っている。
ナナさんの小さな体を引き寄せ、自分の胸の中に彼女の頭を抱く。
「落ち着いてください……話にはまだ続きがあります」
「う……ぐすっ……うん……」
「芽亜の言ったことは、一つのけじめだったと思うんです。兵器としての生き方を選ぶなら、友達が要らないから、友達だと思っていたナナさんを突き放すようなことを言って、これまでの全てを終わらせようとした……だからきっと芽亜は、ナナさんには友情を感じていたはずです。……実際、芽亜の能力で精神が繋がったとき、たしかにナナさんへの友情は感じられた」
「え……ホントか?」
ぼくの胸から顔を離し、見上げるようにして訊ねる。
「はい。……ナナさんは、もう芽亜を友達だと思えませんか?」
「そ、そんなわけないに決まってるだろ……そんな簡単に嫌いになんか、なれっこないもん……」
「それなら、芽亜も同じ気持ちのはずです。心が繋がったとき、彼女の不安と孤独感が伝わってきました。兵器と人の間で迷子になっている感覚が。芽亜の心を知って、本当の彼女も知ったナナさんなら、きっとまた友達になれるはずなんです!彼女を孤独から解放できるのはナナさんだけなんです!……だから、もう一度話してみませんか?」
彼女の顔にもう迷いはなかった。いつもの元気を取り戻し、太陽のような笑顔を浮かべて言う。
「⋯⋯おう!環、アタシ、やってみる!!」
ほっと一安心だ。ぼくに人を励ますことができるとは、意外と才能があるのかもしれない。
「なあ環」
見ると、涙で頬を紅くした彼女がぼくの顔を覗き込んでいる。
「アタシのことも、メアやヤミみたいに、ナナって呼んでくれよ。❝ナナさん❞じゃ、なんか距離があるだろ?」
「ナナさんがそれでいいなら……」
ぼくがそう言うと、彼女は可愛らしく頬を膨らませて非難してくる。
「だーかーら!」
「あ、そうさせてもらいます。ナナ」
「ホントは敬語も辞めて欲しーけどな」
「あはは……」
ナナはぼくのことも友達だと思ってくれているのだろう。その気持ちは純粋に嬉しかった。
ここから芽亜との和解まで書くと長すぎるのでいったん区切ります。
芽亜の誘惑に対して欲情しない鋼の理性を持つ環くんをどうハーレムに持っていくかが難しいのですが、それに対する答えは既に用意してあります。問題はそこまで私の体力が保つかどうか⋯⋯
モチベが下がってきたのと大学が始まるのでしばらく更新が止まります。