この話で長ったらしい議論をしていますが、別に必ず読む必要はありません。
あれから数日が過ぎた。
芽亜は自分で言った通りぼくに危害を加えるつもりはないようだった。人間でない事を除けば最高の美貌を持っているわけで、(あくまで警戒は続けているが)もう随分と心を許し始めてしまっている。
質問にも結構ちゃんと答えてくれるし、人造人間だということも聞いた。他にもいろいろな事を話してくれて面白い。
「それでね、お姉ちゃんがね……」
「そうなんだ。大変だね……?」
彼女の話を聞かされ続け、いつの間にか宇宙の殺し屋の世界について相当詳しくなってしまっている。
席に着いても無限に話しかけてくるしお喋りだよな、この子。
いつの間にか席が隣になっていたし、またなにかしたのだろう。それとなく無闇に人の記憶を弄るのをやめるように言っているのだが……やはり宇宙人に人間の倫理観を適用するのは間違っているのだろうか。
そんなこんなしているうちにホームルームが始まり、転校生が紹介される。
「ナナ・アスタ・デビルークだ!」
「モモ・ベリア・デビルークです♡」
どちらもピンクの髪をした、溌剌そうな人と淑やかそうな人だ……が、しっぽが付いている。
「なあ芽亜、あれって……」
「え?うん。あの子たちも宇宙人なんじゃない?」
「そうか……」
芽亜にはないしっぽがあるし、別の星人だろうか。……ここまでまるきり人型だと、意外と人間も生物として完成している種なのかもしれない。
そして、明らかに皮膚とは違う組成のしっぽがついているのはなぜだろう。細くてすぐにちぎれてしまいそうだし、トカゲのしっぽのように切り離し可能で再生出来るのだろうか。
そう思うと結構理にかなっている気もする。組成が違うのは爪や髪のように伸びて再生するからで……いや、うねうね動いていることから神経が通っていそうだし、先端が平たくハートの形に膨らんでいる。こういう再生の仕方をするのは難しいんじゃないかと思う。進化過程で尻尾の退化が起こらず、あってもなくても問題がないから細くなることに留まったとか……これじゃ組成が違うことの説明にはならないけど、接合部どうなっているんだろう。
昼休みになり、色々気になることを聞いてみようとしたが妹さんの方にはクラスの男子がたくさん集まり入り込める余地がなさそうなので、姉の方に行くことにした。
「どうも。ナナ・アスタ・デビルークさん。久慈環です。よろしくお願いします」
「ん、あぁ!ナナでいいよ。よろしくな」
「それじゃあぼくも環でいいですよ、ナナさん。向こうを気にしているようだけど、妹さんが心配ですか?」
「いや、そうじゃねーケド……なんでいい子ぶってるあいつがモテるんだと思って……」
「たしかに、ナナさんも劣らず綺麗だと思うのに、どうしてあっちにばかり人が集まっているんだろう……」
「き、綺麗って!なんだお前!口説いてんのか!?」
「いや、そういうつもりじゃ……ごめんなさい、異星人の文化はよく知らないからできるだけ事実ベースでフラットに話そうと思って」
「はぁ、ウチの文化つっても地球ココとそんなに変わらないぞ?」
「え?そんな……国どうしでさえ大きく変わるのに惑星間で大差ないなんてことが……」
芽亜も価値観は地球とあまり変わらない気がすると言っていたし、地球の……特に日本の価値観が宇宙のスタンダードなのだろうか?さすがに無理がある。
「実際そーだしな」
「それを言われると弱いんだけど……」
たしかに可能性としては考えられる。彼女たちの見た目はほとんど人間と変わりない。つまり、その姿で生きるのに最も適した環境の惑星に生まれたということ……彼女たちの母星が地球と似た環境条件なら自然と地球に似た文化が形成されてもおかしくない。これは仮定に仮定を重ねすぎだが、無理やり解釈しようとするならこうだろう。
「っていうか、なんでアタシが宇宙人だって知ってんだ?言ってないよな?」
「それは……」
『言わないでね』
心の中に芽亜の声が響く。どこかに髪が刺さっていたのか、疑似テレパシーになっている。……はいはい、芽亜が宇宙人だってことは言わないよ。
……いま気づいたが、芽亜は自身が宇宙人だということを教えて知られるんじゃなくて、ぼくがやったみたいに自分で気づいて見つけて欲しいのだろうか?だからあえて穴を残した……
「異星人の友人がいるのと、明らかに人類とは違うしっぽが生えているから……」
「……あっ、たしかに……頭いいなーお前!」
「そんなことはないと思うけど。ところでそのしっぽってどうなってるんですか?触っていい?」
「はっ!?お前もケダモノなのか!?ダメだ!しっぽは敏感なんだぞ!」
「……そっか。ごめん……」
なんでそんなものを外に出しているんだ。というツッコミは置いておこう。
そんな話をしていると芽亜がやってきた。
「環くん?私という彼女がいながら他の女の子に唾をつけようとしてるの?それって……素敵ね!」
「はぁ?」
「はあ!?なに言ってんだ!や、やっぱり環もリトと同じでケダモノなのか!?」
ナナさんは顔を赤くしてぼくを睨みつける。
宇宙人の価値観……はこの場合関係ないな。これは芽亜自身が変な奴なだけらしい。
「……いや芽亜、そういうつもりじゃないし、冗談でもそういうこと言わない方がいいぞ……」
「え?なんでダメなの?男の子としてたくさんの女の子とえっちぃことしたいって思うのは自然なことでしょ?」
たしかにそういう発想になることは理解できるが、これは人として否定しなければならないことだろう。
「うーん。なぜダメかと言われると難しいけど……そもそも自然だから正しいは間違った理屈だと思うんだけど……まあ、視点の違いだと思う。生物の雄は自分の遺伝子を増やすために手当り次第にたくさんの雌を孕ませるようなr戦略
「r戦略って?」
そうだ、これは地球の用語だから宇宙人には通用しないんだった。なるべくそういう専門用語を使わないか、使う時は意味も同時に伝えないといけない。
「誤解を恐れず簡単に言うと、質より量を重視した生存戦略。たくさん子供を作って、そのうち何匹かが生き残ればいいっていう考え方だね。で、人類はそれとは逆のK戦略
「……なるほど」
納得してくれたようでなによりだが、まだ主張として弱い気がする。
ここからどう理屈を発展させていくかを考えていると、ナナさんが突然立ち上がり声を張り上げる。
「なるほど!そういうことか!!」
「ん。ナナさん、どうしました?」
「あぁ、悪い……あたし、テレパシーみたいに生まれつき動物の心が読めるんだけど……あ、ホントだからな?色んな動物の友達がいるんだ」
色々な研究が一気に進むブレイクスルーになるような、世の生物学者垂涎の能力だけど、普通になんて事ないように言ったな……?宇宙ではちょっと珍しいくらいでよくあることなんだろうか。
「うーんまぁ、宇宙人だしそういうこともあるか……」
「へぇー、素敵な力だね」
「それで、子供を産みまくることしか考えてないようなやつもいれば子供が三匹もいればじゅうぶんみたいなやつもいて、なんでこんなに考え方がちげーんだろって思ってたんだ。で、いまその答えが分かったってワケ」
「なるほど……ずっと疑問だったことの答えがわかると嬉しいですよね」
もっと深掘りしたい興味深い話だったが、いまはそのときではない。ナナさんが作ってくれた時間のおかげで考えがまとまってきたので議論の続きを話し始める。
「それで、さっきの話の続きで、また別の観点からの理由もある。芽亜の主張は雄一人を中心とした視点だけど、それに孕まされる雌の視点に立ってみると、単純計算雄が囲っている雌の数だけ自分が受けられる繁殖機会や資源……資産とか育児への貢献度のことだけど……が減るわけで、自分の遺伝子を残せる確率が減るからというのもある……納得できる?」
「……うん。タブー視される理由については納得。でもそれは野生動物の理屈じゃない?人間ならシングルマザーでもシャカイホショーとかで子育てできるんじゃない?結局、一人の雄としては拒む理由はないよね?」
理想論が過ぎると思うが、実行可能かどうかだけで語るならその通りではある……これをどう否定するか。宇宙人。特に芽亜に地球の価値観を語ったところで納得してもらえるとは思えないし……
「まあ……倫理的な問題を除けばそうなるのかもしれない……でも……そうだ、社会保障で子育てができるっていうのは分かるけど、それは人間の自然な繁殖の仕組みじゃなくて文明が作った補助装置だ。芽亜は自然体がいいって言ってるのに、自然じゃない制度に頼る前提で話してるのは矛盾してないかな?」
「むー……とにかくそういうことじゃなくて!環くん本人は複数の女の子を囲ってハーレムを作りたいとかは思わないの?」
どうしてそうなるのかがわからない。……ぼくの信念として人はそうあるべきではないと思うが、たしかに欲望は別だ。
……もしかしたら、わかってて言ってるのか?ぼくの体のどこかに髪が触れてたりしないよな?
「ノーコメントで」
「はっきり言わないってことはちょっとはその気があるってことだよね!」
「難しい話はよくわかんなかったケド……やっぱりお前もケダモノじゃないか!」
二人はノーコメントであることを消極的な肯定だと勘違いしているのかもしれない。これははっきり訂正しておかないといけない。
「いや、キッパリ断言出来ることでもときどきこうやってノーコメントにしておかないと、本当にノーコメントにしたい都合の悪い質問がきたときの効力がなくなるじゃないか」
「そのツゴーの悪い質問がいまのなんじゃねーの」
……本当にぼくがいま言ったことを理解してくれているのだろうか?説明不足だったようだ。
「……さあ?それを言ったらいま言った戦略の意味がなくなっちゃうから答えられないですよ」
「ふーん。じゃあ勝手に解釈しちゃうもんね!」
芽亜は妙に嬉しそうにそう言う。それはきみの解釈であって真実かどうかは確定していないはずだが……
「そっか……まァいいや。ところでお前、名前は?フツーに会話に入ってきて聞きそびれた……転入生で自己紹介したばっかだけど一応もう一回しておくとナナ・アスタ・デビルークだ」
「私は黒咲芽亜!環くんの一人目の彼女だよ!よろしくね。ナナさん」
ずいぶんと悪意ある言い方をしてくれる。
「よろしくな……一人目ってお前、なんだ?他にもいるのか?」
「いやそれは芽亜が勝手に言ってるだけです。そもそもぼくは芽亜と付き合ってるとは認めていない」
「えー!彼女にしてくれるって言ったじゃん」
それは本当に言っていない。
「それは本当に言っていない」
「……どーいう関係なんだ?お前ら」
「うまく説明できる気がしないから、普通の友人関係だと思ってくれればいいですよ。それで、話が盛大に逸れまくったけど、もともとナナさんにしたかった質問があります。宇宙人であるナナさんはなんの目的があってこの学校に転入を?」
これを聞きにきたのに、芽亜が余計な話を始めたので遅くなってしまった。
なにかが恐ろしいのはそれについて無知だからだ。理由がわかればぼくも少しは安心できるのだが……
「えーっと、そもそもお姉様と、その婚約者のリトってやつがこの学校に通ってて……普段私らは家で留守番してるけど、それも退屈だし!モモのやつに誘われたから一緒に入学したんだ!」
「……そう。なるほど、変なこと聞いてすみません」
……ナナさん自身に特に目的はなしと。この話が本当ならナナさんより、モモ・ベリア・デビルークさんとその姉の方を警戒した方がいいかもしれない。
「あ、それとちょっと疑問に思ったことがあるんですけど、ナナさんは“ケダモノ”って言葉を罵倒語として使ってますよね?」
「うん。リトみてーなやつのことだ」
そのリトさんが誰かは知らないけど……
「動物が友達なのにそれを悪口として使うのはどうかと思うんですけど」
「んーいや、でもあいつら基本的にメシかスケベなことしか考えてねーんだ。ちゃんと落ち着いて話せるのはどっちも満たされた少しの間だけ。で、リトはスケベなやつだからケダモノなんだ」
「あぁ、なるほどたしかに筋が通っている。言い得て妙ですね」
「そーそ!だからなにも問題ないっ!」
そんな感じで色々会話をしながら三人で昼食を食べ、ナナさんが惑星国家の王女様であることなど、色々な話を聞いた。二つの意味で血が青そう*1だ。
放課後、なにやら芽亜が窓の外を眺めていたからぼくもそっちを見てみると、複数の男子生徒から強姦されそうになっている金髪の女性がいた。近くに立っている二人の生徒にも助ける様子が見えない。
「っ!おい芽亜、助けにいくぞ!なんとかならないか?」
「あれ、環くん。そんな事しなくても大丈夫だよ、だって……」
「なに言ってるんだお前……あぁもう!くそっ!!」
「え?ここ三階……!」
一刻を争う事態だと判断し、窓から飛び降り近くの木に飛び乗って、女の子を拘束している男子生徒の背中にドロップキックをする。
ぼくは高所が怖いのだが、ぼくのそれのせいで階段を使うなどのやり方をしたせいで助けに行くのが遅れてしまい、彼女に消えない傷が残る可能性があることを許容できるわけがなかった。
落下の衝撃は全部相手に押し付けたのでぼくはほとんど無事だ。……着地に失敗して地面に倒れていることを除けば。
「よし、クリーンヒットだ」
素早く立ち上がり、近くに狼狽えている茶髪の男子生徒がいたので声をかける。
「あの!あなたも見てるだけじゃなくて助けるか、通報するか、大人を呼ぶとか!やれことはいくらでもあると思いますが!!さすがにこの人数にひとりで相手するんじゃ厳しいから手伝ってください!」
緊急事態ということでやや荒い物言いになって、語気も強すぎる気がするが仕方がない。こういう状況では一秒が大切だ。
「……いえ、その必要はありません」
そう言うと黒い、革製のように見える動きやすそうだが奇抜な衣装を着た金髪の少女は髪を拳の形に変形させ、強姦しようとしていた男達をボコボコにしてしまった。
「わ、わあ……また宇宙人かな……」
ここまでほいほい宇宙人に出てこられると得体の知れないものだからという理由で芽亜やデビルークの二人のことを警戒していたのがアホらしい。そんなにナチュラルに来れて、みんながこれほど強いなら、そのつもりがあれば地球なんてあっという間に侵略されていたのではないだろうか。もう少し警戒を解いてもいいかもしれない。
「ガァァァアアア!」
まだ残っていた二人の男が茶髪の男と、その近くにいたモモ・ベリア・デビルークさんに向かっていく。
「モモ!」
「リトさん危ないです。私の下に!」
彼女はそう言ってリトと呼ばれた男子生徒(ナナさんが言っていた姉の婚約者だ)を股の下に転がし、二人の男と近接格闘を始める。羞恥心とかはないのだろうか?ナナさんとはだいぶ感性が違うようだ。
「うわっ、すっごいCQC……キレッキレだ……っ!」
加勢しに助走をつけて男の一人を殴りつけるが、ほとんど効いた様子がない。片腕で吹き飛ばされ体を地面に打ち付ける。とんでもないパワーだ。受け身を失敗し、腕が折れたかもしれない。
「……痛……くそ」
着地の衝撃で頭を打ったのか、ズキズキと疼くような痛みとぼーっとした感覚を味わいつつふらつきながら立ち上がると、中心に牙がついた恐ろしい見た目の巨大な花が既に二人の男を拘束していた。
「なんだ……末のお姫様も宇宙的な能力持っていたのね……」
完全に骨折り損だった。
ズキズキと痛む腕を抑えながら金髪の少女に声をかけようとするが、その前にノックアウトされていた男の一人の喉から声が聞こえてくる。彼らの目は虚ろで、何者かに操られているのだろうか?
「やはり……誰一人息の根を止めていないか……地球で牙を抜かれたと言う情報は本当だったらしいな」
「……何者ですか」
「
金色の闇……どこかで聞いたことある気がするな。たしか芽亜の姉……殺し屋か。止めを刺していないのは殺し屋の美学とかじゃなくて甘くなったから?やっぱり警戒した方がいいのかもしれない。
それにしてもさっきから……
「甘い夢など……もう終わらせるべきだ。ターゲットはすぐ側にいるのだから……」
なにを言っているんだ?こいつ……
「……うーん。たしかにプロとして受けた依頼に答えないのはどうかと思うけど、殺戮以外に生きる価値がないっていうのは違うんじゃないかな。さっき彼女の能力を見たけど、あれとか凄いですよね。筋肉の強さは断面積の二乗に比例するって聞いたことがあるけど明らかにそれ以上のパワーを持っている。パッと思いつくだけでも工場とか、工事現場で働けば凄い有能そうじゃないかな?簡単に反例が示せちゃったけど、反論ありますか?」
「……なんだ?お前は。なにも知らないような奴が口を出していいことじゃない」
「論点をズラして有耶無耶にしようとしているだろ。この議論はきみが始めた事だけど……まぁいいや。そもそも本当のきみを知るものってなに?曖昧で意味ありげなこと言って脅かしているだけじゃないか。じっさいいまその主張が間違えているということを論証できたばかりだし。それにきみがぼくより彼女の事を知っているという確証はある?なぜぼくの事を知らないのになにも知らない人間だと断言出来るんだ?出来るなら答えられるはずだ、本当の彼女とは?」
完全に出まかせだった。相手の方が事情をよく知っているのは明らかなはずなのに一方的に断言してくる相手が気に入らなくて不利なレスバトルを始めてしまったし、なんならぼくの論理は破綻している。
「……貴様、べらべらと鬱陶しい……そんなに死にたいようなら殺してやる。私に殺される日を楽しみに待っているがいい」
「え!逃げた!レスバから逃げた!!お涙配送ぼくの勝ち!」
「うるさい!私は負けていない!決めたぞ、脅しのつもりだったが本当に殺す!なぶり殺しにしてやる!!」
……予想とは裏腹に勝ててしまったので、ちょっと調子に乗りすぎてしまったかもしれない。さすがに死ぬのは嫌だ。
「こ、口論で負けたからって暴力に頼るのはおよそ理性的じゃない、きみがぼくにやり返したいなら議論を続けるべきです。殺すって言ったことは聞かなかったことにするから、もうちょっと話し合いませんか?」
返事はなかった。
「……返事はなさそうですね」
そうですね。モモ・ベリア・デビルークさん。現実逃避の逃げ場をなくさないでください。
「……終わった、調子に乗って得体の知れない黒幕風の存在に喧嘩を売ってしまった……」
これからどうしようかと本気で悩んでいるとモモ・ベリア・デビルークさんから声をかけられた。
「……あの、たしか同じクラスの……助けていただきありがとうございます」
「いえ、立場が逆だったらあなただってぼくのことを助けてくれていたはずですし。*2……モモ・ベリア・デビルーク姫ですね?ぼくは久慈環です。……ところであれはなんだったかわかりますか?」
自分の命のため、少しでも情報が欲しいのでぼくより事情に詳しそうな彼女に訊ねる。
「いえ、わかりませんが……大丈夫ですか?なぶり殺しとか言われていましたけど……」
「それは本当に後悔していて……どうしようかと…………」
頼みの綱が一本切れた。あとは金色の彼女がなにか知っていればいいのだが……彼女は先ほどの黒幕風の人物の演説でショックを受けているのか苦しそうな顔をしている。まずはメンタルケアが必要そうだ。
「まあ、いま考えてもどうにもならなそうなその事については一旦置いておいて、金色の闇さんでしたか?あなたも大変ですね、あんな奴に襲われて……それとなにかよくわからない抽象的な批判を言われてましたが、対抗意見としてぼくの私見を言わせて貰うと……本当の自分というものは本来自分さえわからないもので、ましてや他人が語れるものじゃない。大事なのは自分がどう在りたいかだと思いますよ」
「……どうも、お気遣いありがとうございます。久慈環。それに、助けようとしてくださりありがとうございます。その怪我は……」
「あー、これはたぶん折れているけど……まあ唾つけとけば治るから大丈夫です」
「なにを言っているのかわかりません。そんなわけないでしょう。私のせいですから、添え木を作ってあげます」
体を張った渾身の強がりを華麗にスルーした彼女はぼくの腕を真っ直ぐに戻したあと、髪を巻き付けその部分を切り離した。当然激痛だったが声を出さなかったぼくを褒めて欲しい。
「あれ、この宇宙人能力、遠隔でもいけるんですか?」
「〈
「へぇー便利。髪は女性の命と言うのに、わざわざありがとうございます。あと、なにかあの人物についての情報があったら教えて欲しいんですが」
「……いえ。残念ながらなにも……あの、あなたは未知の相手から殺害宣言を受けたのですから、護衛が必要なのでは?……私がそうしましょうか?」
なにもないと言われた時は目の前が真っ暗になった感覚すらあったが、それならなんとかなるかもしれない。
「あれはほとんど自業自得だった気がしますが、それは本当に助かります!さすがに死ぬことは嫌なので……依頼料とかあります?」
「結構です。私はこれでも結構お金持ちですので」
「そういう話じゃないと思うけど……こっちとしては都合がいいので、それでお願いします」
渡りに船だ。宇宙最強と名高い(芽亜談)殺し屋に護衛して貰えるならかなり安心してもいいだろう。
「それじゃあモモ・ベリア・デビルーク姫も。お疲れ様です」
「えぇ……あ、モモで大丈夫ですよ、環さん」
このまま帰ろうとしたが、そういえばまだやらないといけないことがあった。ちょうど周囲の目がほとんどない状況だし、聞いてみるチャンスのように思える。
「わかりました。……そうだ、モモさんに聞こうとしていたことがあったんでした」
「私にですか?」
「はい。ナナさんから、モモさんに誘われてこの学校に転入したと聞いたんですが、それはなぜですか?」
一瞬、彼女の笑顔が固まったように思えた。やはりなにか裏があるのかと疑ってしまう。
「……環さんに関係はないことですので、回答は控えさせてもらいます」
あまり嬉しくない答えだ。怪しすぎる。つい先ほどヤミさんに護衛してもらえるという話になったばかりだし、大きく踏み込んでみてもいいかもしれない。
「……あなたは、相当怪しいことを言っている自覚していますか?ここは地球で地球人の場所だ。外から来た者が信頼を得るにはそれ相応の礼儀と誠意が必要だろう?答えろよ、なんのためにこの学校に?」
「……敬語がなくなっていますよ。環さん。どうしてそんなに憔悴しているんです?今日は早く帰ってお休みになられた方がいいかと」
露骨に話を逸らされる。突飛かもしれないが、最も悲観的に考えるなら地球侵略だろう。
「ま、待てよ……環だったっけ?モモはそんな悪いやつじゃないから大丈夫だよ」
「リト先輩ですね?デビルークの第一王女の婚約者、異星人と最も近い人類のいち意見として参考にさせてもらいますが……」
彼のことをよく知らないので信用することはできなかった。……これ以上続けてもなにか情報を吐いてくれる気がしなかったのでそろそろ切り上げることにしよう。
「まぁ、今日はこの辺にしておきますよ。地球の植民地計画を進めようとしている推定侵略者の三の姫様?」
「……本当に誤解ですが、おいおい解いていくとしましょう。今日はこの辺で」
「……それは、楽しみにしておきます」
ヤミさんは標的の殺害というわかりやすい目的があったらしいのでまだ理解できるが(それはそれでどうかと思うが)、モモさんは底が読めないのが怖かった。
家に帰り、親にヤミさんを紹介する。
「これから居候させてもらいます。ヤミです。よろしくお願いします」
「あらあら可愛い子!環、あんたも隅に置けないね!」
なにか勘違いしているのかもしれないが、そうさせておいた方が息子の命の危機が迫っていることを知るよりは精神健康的にいいと思うのでそのまま否定せずにおく。
「環がどこでそんな子拾ってきたか知らないけど、養うつもりならちゃんと自分でお金出してね」
「……?久慈環は収入があるのですか?」
ヤミさんは不思議そうに首を傾げる。たしかに高校生で働いている人はあまりいないかもしれない。
「いや、親と決めた“家庭内奨学金制度”のことです。高校生の間はしっかり遊んでおくべきという親の方針で、お小遣いとは別に将来返すお金を前借りしています」
「そうですか。私は殺し屋時代に稼いだお金がじゅうぶん残っているので、そこまで気にする必要はありません。なんだったら家賃も払いますよ」
「いーのよヤミちゃん!こんな可愛い子からお金なんて取らないわ!」
殺し屋発言を完全にスルーしている。我ながら凄い親だ……
ぼくの部屋へ入り、気になっていたことを訊ねる。
「トイレやお風呂ってどうすればいいですか?こんな風に護衛なんてされた経験がなくて勝手がわからないんですが……」
「そのときは髪を一本握らせますよ。緊急事態が起きたら強く引いてくれればいいです」
なるほど。便利だ〈
夜になり、晩御飯と入浴を終わらせた。
「それじゃあ寝ようと思うんですけど、ベッドはヤミさんが使ってください。どこかに寝袋があったはずだからぼくはそれで寝ます」
「……いえ、家で寝るのはまだ危険です。外に私の宇宙船を停めているのでそちらで寝ましょう」
それもそうだ。無防備な状態で現在地を固定させるのはいい作戦とは言えない。
「ほう。宇宙船。心ときめく言葉だ」
「それに、依頼主はあなたですので、ベッドはあなたが使ってください。私は立ちながらでも寝れるので……乗りますよ、こっちです」
「いや、ヤミさんが万全の状態でないことで困るのはぼくですのでしっかり休んで欲しいです」
そう反論しながら自室の窓から、空中を浮かぶ黒い船に乗り込んだ。
「そうだぜマスター、たまにはしっかり休むべきですぜ」
「うるさいですよ。ルナ」
「……?それは?」
宇宙船内部のモニターに表示された、とげとげしい見た目の顔らしきイメージから賛同意見が飛んでくる。
「よぉ、兄ちゃんはマスターの彼氏かい?オレはルナティーク号。ウチのマスターは気難しい方だがよろしくな!」
「船についてる人工知能アシスタントみたいなものかな?彼氏ではなく護衛対象ですが、よろしくお願いします」
ぼくの人工知能についての知識はマルコフ連鎖によるもので止まっているが、これはぼくの知る人工知能より圧倒的に高性能なようだ。
「おう。……それにしてもよく分かってるじゃねーか。ウチのマスターはもっとちゃんと寝るべきだぜ」
「ええと、普段から不眠なんですか?」
「まぁ……はい。殺し屋になってから、心の底から落ち着いて眠ったことがありません。目を閉じても身体を休めるだけで深い睡眠は取らないようにしています」
全く不健全なことだった。そういう生き方は後からいろいろな問題を引き起こすことになるはずだった。
「殺し屋の世界はそうなのかもしれないけれど……うーん……さっきも言ったように、ヤミさんが万全でないと困るから。時間を決めて交互に寝ませんか?ある程度ちゃんと眠れると思うんですが」
「いえ、あなたが取り入ろうとしている敵の仲間ではないということも断言できないので」
……?その理屈は上手い説明になっていない気がする。
「……ものごとに対する悲観的な見方はバイアスにかからないようにするいい方法だけど、それはおかしいと思います。もし本当にぼくがヒットマンならこの宇宙船に乗せるべきではないはずですし、なんなら護衛に名乗り出ずに見捨てればよかった。寝ることについてもあれだけ警戒しているにも関わらずぼくを宇宙船に乗せるくらい、ヤミさんはある程度ぼくのことを信用しているはず……そうですよね?」
今日会ったばかりのぼくをどうして信用してくれるのかはわからないが、それは諸々の条件から考えて相当なレベルに思える。
「それは……そうですが」
「分かりました。深い睡眠ではなくてもいいですが、せめてベッドで寝てください。ぼくは寝袋を取ってきます」
「……強情ですね。それなら二人ともベッドで寝ればいいでしょう」
合理的に考えるなら、それがベストだ。ヤミさんのことを警戒する必要はなさそうだし、問題を一気に解決出来る。……恐らく彼女の妹である芽亜に負けずとも劣らない銀河級の美貌を前にぼくが落ち着いて寝られるかという問題は新しく生じるが……
「……そうするように言ったのはぼくですが、やはり思ったより随分信用してくれていますね?」
「……そんなことありません。いいから早く寝てください」
ベッドに入り、布団を持ち上げてぼくの入るスペースを開けて待ってくれる。
普通の高校生にこれは刺激が強すぎる気がするが、理性でねじ伏せ無心になろうと努めながらベッドに入る。
「そうだぜ兄ちゃん、マスターがオレに他人を乗せたことなんて初めてだからな」
「ルナは余計なこと言わなくていいんですよ。黙っててください」
「へぃ」
そんなこんなでこれならしばらくの間、最強の殺し屋と、自我を持った(ように見える)超高性能AIとの三人で暮らすことになった。
感想・評価、無限にください
議論パートは自分で書いてて正しいのかよくわかっていないので毎回ヒヤヒヤです。
結局キャラクターがどの立場を取っているのかを明確にするために書いているだけなので、間違っていることを言っていてもこいつ適当こいてやがるなと思って流していただいて構いません。