ToLOVEる─ラショナリズム─   作:げるみん

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いちいちルビを振るのは面倒なので、これからはその話ごとに出てきたルビを振る必要がある単語に一回ずつ振ることにします。以降はそれで読んでください。


4:ラグランジュ・ポイント

「ヤミさんヤミさん」

「はい。なんでしょう、久慈環?」

「さっき気づいたんだけど、護衛って学校ではどうするんですか?さすがに教室まで着いてくるのは無理じゃないかな」

 

校内の生徒を自由に操れる者が相手なのだ。そこは最も危険な場所とも言えるはずだった。そこを守れないと意味がない。

 

「いえ、問題ないです。私に考えがあります」

「ほう」

「ついてきてください」

 

ヤミさんは彩南高校の制服を着て校長室へ向かう。

ここが校長室……入るのは初めてだ。

 

「あれ!ヤミちゃん!?どうしてここに!?」

 

入室すると校長先生から嬉しそうな反応が返ってくる。生徒のぼくですら認知されている自信がないのに、部外者であるはずのヤミさんはなぜか知られていた。

 

彼はなんというか、独特な見た目をしている。頭の側面にだけ髪が生えていて、それが上にとんがっている。逆モヒカンと名付けよう。

 

 

「転入します」

「う、うひょ~!ヤミちゃんまで我が校に転入!?これでいつでもぺろぺろし放題……!」

 

嬉しそうな顔でヤミさんに舌を伸ばしながら近づいた校長先生は、次の瞬間〈変形(トランス)〉能力で形成した拳に叩き潰されていた。

入学してから全く関わりがなかったので、校長先生のパーソナリティについて知らなかったが、これでだいたいわかった。尊敬はしない方がいい人だ。

 

「……あれ、そういえば同い年だったんだ」

「違いますよ。地球換算だと……十四歳ですね。まあ、プリンセス・モモもそのくらいだったはずなので問題ないでしょう」

 

……そうだったんだ。となると双子のナナさんも同い年だろうし、なんなら芽亜はもっと下になるはずだ。中学の年齢で高校の勉強についてくるのだから凄い。これで成績が負けていたら自信をなくしてしまう。勉強のやる気が高まった。

とにかくそうして一瞬で転入の手続きが終わってしまい、校長室から帰りながらこんなに簡単に転入できるなら、芽亜がわざわざ回りくどいやり方で入学したのか謎だなぁなどと考えていると、ちょうど反対から芽亜が歩いてきた。

 

「こんにちは、ヤミお姉ちゃん」

「!?……お姉ちゃん?」

 

ヤミさんは芽亜の発言に驚き、困惑している。

 

「うん。(マスター)から聞いてるよ。あなたは私のたった一人の家族なんだって……」

「……あ、やっぱり姉妹だったんですね?この間ヤミさんが襲われているところを芽亜が助けようとしてなかったからなにか確執があるのかと思って言わないでおいたんだけど……」

「ありがとう環くん。……それでね、家族として、結城リト先輩の抹殺のお仕事が上手くいくように私が応援してあげようと思うの!家族なら当然だよね?……素敵♡」

 

そう言って芽亜は見せつけるように髪を〈変形〉させ、鋭い爪のようになったそれを向けてくる。

 

「私が手伝うから、頑張って結城リト先輩を抹殺しよ♡そして宇宙へ帰ろうよ!そうすれば主も喜ぶよ!」

「芽亜?お前、なんかいつもより変じゃないか?目も虚ろだし……前にヤミさんたちが襲われたときの洗脳に似ている気もする……」

 

彼女はいつも変ではあるが、今日は特に様子がおかしかった。

 

「ううん。洗脳なんてされてないよ?これが私の本心。お姉ちゃんに殺戮兵器としての本能を取り戻してもらって、宇宙で一緒に暮らすの!」

 

爛々と輝く目で嬉しそうにそう言い、まるでヤミさんがそうなることが素晴らしいことだというような言い方だった。

 

「……う、ううむ……?特殊な形ではあるけど、家族愛……では、あるのか……?でもそれならその前にヤミさんに確認が必要じゃないか?ヤミさんはリト先輩を殺したいと思う?」

「……私は…………嫌……です。自分がどう在りたいかについての答えはまだ出ていませんが、どう在りたくないかはわかります……!私は、殺戮のための兵器じゃない!」

 

ぼくの伝えた考え方を実践してくれていたようだ。ヤミさんは声を張り上げてそう否定する。

 

「ふーん。お姉ちゃんがどう思おうが勝手だけど、きっと本性を抑えられなくなるよ。私にはわかるもん。妹だから!」

 

そう言いながら教室の方へ戻ろうとする芽亜。

……格好よくセリフを決めて去ろうとしているところ申し訳ないが、その前に確認しておくことがある。

 

「あ、ごめんちょっと待って、もしかして芽亜の言う主って、ぼくを殺そうとしている人だったりする?ヤミさんにリト先輩を殺させようとしている目的が一致しているし……」

「……ぴんぽーん!正解」

 

面白くないような顔をしてそう言う芽亜。

つまり彼女の目的は、ぼくを殺すことでもあるということだ。

 

「それで芽亜はその手先、と。なぜまだぼくは殺されていない?」

「んー、主は殺させろ!って言ってるけど、私的には環くんのことは結構気に入ってるから死なせたくないなーって思ってるよ?」

 

的を射ていない、はぐらかすような回答だった。……聞いてみただけだから理由はわかりきっているし、そのことを芽亜は気づいていそうだというのに、なんのために隠したのだろうか。

 

「……質問に答えてないな?おおかたヤミさんがいるから手を出せていないだけなんじゃないか?」

「……ふふっ、環くんはやっぱり面白いなあ……素敵っ。どうして〈精神侵入(サイコダイブ)〉がないのに相手の心がわかるの?……主の要望は生け捕りだから、お姉ちゃんが付きっきりでいたらさすがに厳しいよ」

 

つくづくヤミさんに護衛してもらって助かった。あの日ヤミさんからの申し出がなければぼくは今頃生きていなかっただろう。

 

「……芽亜は優しいな。これで芽亜はぼくに手を出せない口実ができたわけだ……」

 

彼女と出会ってからこれまで仲良くさせてもらったがぼくは結構友情を感じていたというのに、主というやつのせいで(元はと言えばぼくが余計なことを喋ったせいだけど、ここは責任転嫁させてもらう)それが失われてしまって結構ショックなんだ。きっと芽亜も友情と命令で板挟みになっているのかもしれない。なっていてくれると嬉しいという希望的観測がほとんどだが。

 

「……ち、ちがうから!脅しだから!いつも近くから命を狙われているっていう恐怖で苦しめるためだから!」

「……そっか。そういうことにしておくよ」

「本当だからねー!!」

 

そう言うと芽亜は小走りで教室へ戻って行ってしまった。

 

「……俄然離れるわけにいかなくなりましたね。本気で捕まえて痛めつけるつもりでしょう。闇の世界の住人なら、少し気分を害されただけでもそういうことをする人はよくいますし」

 

芽亜にそのつもりはなくても主はまったくその通りだと思う。いつ均衡が崩れるか分からない以上、ぼくの命と尊厳はヤミさんにかかっている。

 

「いやもう本当。ヤミさんに守ってもらえて助かっています……」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ヤミです。よろしくお願いします」

「女の子だ!」

「カワイイ!!」

「たまに学校で見かける子だ……生徒じゃなかったんだ」

 

ホームルームにてヤミさんが紹介されると、連日の転入生にクラスがざわつき始める。

周りの会話を聞く限りそうとう印象がよさそうだ……というかどうして部外者が生徒に認知されるほど学校に入り浸っていたのだろうか。そしてどうしてぼくはつい最近まで気づかなかったのだろうか?初対面のときにも着ていた戦闘衣装(バトルスーツ)はあんなに目立つ見た目をしていたのに……

先生に席を指定されるが、そこには向かわずぼくの方に歩いて耳打ちをする。

 

「席を代わってください、久慈環。安全のためにメアから離れるべきです」

 

もっともだと思い、荷物をまとめてヤミさんが座るはずだった席へ向かうと、ヤミさんの近くになれると期待していた男子生徒たちに恨み言を言われる。

 

「久慈……あの子と知り合いだったのか?」

「どういう関係だ……」

「芽亜ちゃんだけじゃ飽き足らずヤミちゃんまで奪おうってのか……」

「たまたま最近知り合っただけで……芽亜の近くに座りたかったらしいですよ」

 

嘘は言っていないのでこれについてまったく問題はないが、護衛のために学校内でも一緒に行動することになるだろうから、また勘ぐられることになるだろう。いまのうちにうまくはぐらかす方法を考えておくべきかもしれない。宇宙人に殺されそうなことを明かして変なやつだと思われたくはないし、さもなければ付き合っている(実際、仕事の()()()()であるので事実)という理由しか思いつかなくなり、当然ものすごく面倒なことになるだろう。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

昼休みになりぼくはヤミさんとベンチに腰掛け本を読んでいた。

 

「あ、ヤミと環だ!なー、芽亜のやつ見なかったか?さっきから姿が見えなくて……」

「いや、それは知りませんが……」

 

虫の知らせか直感か、なんとなく不穏な空気を感じる。隣にはヤミさんがいるのでぼくは安全なはずだ。…………()()()

 

「……そうだ、ナナさんはリト先輩がいまどこにいるか知っていますか?」

「んー?知らねーケド……」

 

ナナさんがちゃんと探そうとするなら当然動物も使うだろう。それでも見つからないというのは尋常なことではない。ぼくとヤミがここにいるということは標的はぼくらではないので、もし危険が迫っているならあの日あの場にいた他の誰か。リト先輩かモモさんが狙われていると考えるのが妥当だろう。モモさんは自衛できるだろうし、いま最も危ないのはリト先輩だという推論ができる。

 

「ヤミさん」

「わかっています」

 

実戦経験からか、危機に対して直感的に察知したようで、思考の手順こそ違うものの同じ結論に至ったのだろう。彼女はぼくを担ぎ、高速で動きはじめる。

 

「リト先輩が居そうなところ……ナナさんが見つけられないような……襲うなら一人になるときだろうし……屋上で昼寝でもしているんじゃないかな?」

「ナイスアイディアです。久慈環」

 

地面を強く蹴り、屋上まで飛び上がるとちょうど芽亜が、眠っているリト先輩に髪を触れさせて〈精神侵入〉を行っているところだった。

止めさせるべくヤミさんも髪を〈変形〉させ芽亜を攻撃する。

 

「わっ!ヤミお姉ちゃん!危ないなぁ」

「メア……私は確かに、結城リトを殺す気はないと答えたつもりですが?」

 

ヤミがハイライトの消えた殺し屋の目で凄むが、芽亜はむしろ喜ぶだけのようで効果はない。

 

「……素敵な目っ♡……大丈夫だよ、私はリト先輩を殺さない。彼を殺すのはあくまでお姉ちゃん自身だから……!」

「むちゃくちゃなこと言って……ぜんぜん人の話聞かないのな」

「ふふっ、それじゃ!」

 

そう言って芽亜は扉へ消えてしまったが、なにをしていたのだろうか。

 

「……私達も行きましょうか」

「リト先輩はこのままでいいんですか?」

 

ヤミさんはなにかを思案するような顔で立ち去ろうとするので、いちおう聞いてみる。

 

「彼なら放っておいても大丈夫でしょう」

「雑だね……それで、これからどうすします?ヤミさんでもぼくとリト先輩の両方を守るのは難しいんじゃないかと思うんですが……」

「……先程の彼女の発言を信じるなら、私が結城リトを殺そうとしない限り彼は安全でしょう。……さっきなにかしていたのは気になりますが、彼のことはプリンセス・モモに任せて、私は久慈環の護衛に専念します」

 

芽亜の発言をそのまま信用することは難しかったが、たしかに実現可能性を鑑みればそれがベストなはずだった。

 

「そうか。それで……芽亜が宇宙人で、ヤミにリトを殺させようとしていて、ついでにぼくも殺そうとしていることをリト先輩たちに教えてあげた方がいいかな?ぼくの考えとしては、ヤミさん自身にリト先輩を殺す気は全くないから彼の安全は保証されているし、ぼくが殺されそうなのはぼくの問題だから……無闇に伝えて脅かすようなことをする必要はないと思います。彼らはこれらの問題に直接的には関わっていない……」

「そうですね。メアのことは……主と呼ぶ存在のことも気になりますし、もう少し泳がせて様子を見ましょうか」

「なるほど、それじゃあそういう方針で」

 

これがぼくたちのいまのところの安定する位置関係だと思う。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

うぐぐぐぐ、い、いたたまれない。どうしてこうなったんだ?

 

現在昼休み、ぼくを挟んでヤミさんと芽亜が、表面上は平穏を保ちながらバチバチと火花を散らしている。昨日の屋上での一幕があって穏やかな仲じゃないのはわかるけどぼくを挟まないでくれないかな……

 

「紹介するよ姉上!……つっても環の方は家で会ったことあるけど……こっちは黒崎芽亜ってんだ」

「はじめましてー」

「初めまして!よろしくね!」

 

何故か同席している知らない先輩二人のうち、青髪の人の方は芽亜と会ったことがあるらしく、そのときのことについて話している。

もう一人の黒髪の先輩は二人の会話からリト先輩と芽亜が知り合いだと思ったようで、芽亜に忠告をしている。

 

「気をつけた方がいいわよ、あの人ハレンチだから」

「そうそう!ケダモノだからな!」

 

ナナさんも便乗しはじめた。黒髪の先輩の主張はもっともだし、ナナさんもちゃんと嫌がっているようだ。……リト先輩はいったいなにをしたんだろうか?彼も同席しているというのに否定する様子はない。どういうつもりなのだろうか。

 

「ハレンチって?」

「エロいことしてくるんだよ!」

「それは……それってなにがだめなの?生物として自然な欲求じゃない?そうだ!ねぇ環くん?前の話とは違って、これは否定できないんじゃない?」

 

どうやら芽亜は以前の議論の続きがしたいようだった。

 

「前の話って?」

「あぁ、こないだメアと環と三人で話したとき……ハーレムはありかなしかみたいな話になったんだ。芽亜は賛成派、環は反対派で……たぶん環が勝ってたから、それのリベンジってことじゃねーか?」

「学校でなんて話してるのよあなたたち……ハレンチ、よ……?」

 

歯切れが悪い。反対派が勝ったからハレンチ判定が揺れてるのかな。

議論を求められたら内容の正しさに関わらず、少なくともちゃんと理屈立てて答えたいので、数秒目を瞑り頭の中で論理を組み立ててから話し始める。

 

「たしかにそういう行為は、性欲の観点からすれば自然な行動だっていう点には同意できる。……でも、ぼくたちは獣とは違う。理性を持っている。高度な戸籍の管理や、一夫一妻制という法律の壁があるから、誰が誰の子か分からなくなるようなことは避けるべきだし、孕ませたら責任を取って結婚する必要がある以上軽率にそういうことをするべきじゃない。さらに言えば複数の人にそういう事をするのも合理的じゃない」

「でもそれって、リト先輩には関係ないんじゃない?いまの技術なら遺伝子検査で誰の子かはわかるし、王になる予定のデビルーク星は一夫多妻制だから法律の問題もないじゃない」

「それは……うーん」

 

前回との違いは、そういう行為をしたいと思う()()()に対する議論だということだ。これは明確に生物としての正しい欲求で、それを否定するのは難しかった。

 

「ガンバレ!環、負けるな!」

「……あなたたち、なにか勘違いしてないかしら?その、結城くんがしてくるハレンチなことっていうのは……その、たぶん性行為を想定してるんだと思うんだけど、そうじゃなくて……スカートの中に顔を突っ込んだりとか、胸を揉んできたりとか……そういうこと……」

 

黒髪の人は自分で言ってて顔が赤くなっている。

……そりゃそうか、さすがにリト先輩もそこまで堕ちていない……いや、これはぼくがもともと想像していたハレンチな行為というものが極端すぎたせいでコントラストの原理によっていま例に出たセクハラ行為が軽く見えているだけだろう。それらはどう考えてもやはり人としてはよくない行為だ。

 

「そうですか。ありがとうございます、えっと……」

「そういえば自己紹介をしていなかったわね。古手川唯です。よろしく、久慈くん」

「はい、ありがとうございます古手川先輩」

 

先輩にお礼をし、少し考えてから芽亜の方に向き直る。

 

「じゃあ、いまの定義で議論を再開すると、彼女たちがそういう行為を不快に思っているという問題が挙げられます。功利主義的に考えれば一人の大きな幸福より、多数の不快を除くべきという考え方ができるから、リト先輩の行為は倫理的に肯定されるべきではない」

「その倫理っていうのは人が勝手に決めたことでしょ?それは本質じゃないと思うな。私の主張は、『それが生物として自然な欲求だから』で理性の話は最初からしてないから、環くんのその主張は反論能力がないと思う」

「……いや、この場合それは関係ない。リト先輩は人間だから、人間の倫理に当てはめて考えるべきだ……先に反論の余地を潰しておくと倫理規範は文化によるものだから、宇宙人も含めた議論をするときに使うのはナンセンスかもしれない。それでも、そういった本能は理性で抑えるべきという倫理が浸透している地球の価値観で生きる古手川先輩やそこの青髪の……」

「あ、西連寺春菜です」

「西連寺先輩にそういう行為をすることが非難の対象であるという説明には了承すべきだと思う」

 

現在明確にリト先輩のセクハラ行為を非難しているのは古手川先輩とナナさんだけだが、その話をしているときに西連寺先輩も恥ずかしそうな顔をしていたので被害者の一人なのだろう。

 

「まあ、それについては異論はないかな」

「じゃあ次の説明……生物学的な観点から言えば、基本的に女性への性器や性感帯に触れる愛撫のような行為は……いちおう社会的なコミュニケーションの一環として愛撫を行う生物もいるけど、人間の自然な性行動っていうのは、単に触れればいいっていうものじゃなくて相手の反応を確かめながら段階的に進む形になっている……とぼくは思っている。生物学的に見ても雌が交配相手を選ぶ種では、雄がすぐ接触しようとする行動と、それを拒否する行動の両方が普通に見られるし、拒否は相手の適性を確かめる一種の選別行動とも考えられている。つまり本能的に拒否するのは自然だってことだ。それでも雄の力が強ければ雌は拒否しきれずそういう子ばかりが増えてしまう。……人間の優秀な雄というのはただ力が強いだけじゃなくて、賢かったり、経済能力が高かったりする。だから人間はそういう接触を簡単には受け入れない傾向があって、その結果としてセクハラ行為がタブー視されるようになったとも考えられる。確かにリト先輩の行為は生物的に自然かもしれないが、同時にそれを非難し嫌悪する戦略も生物的に自然だ」

 

この理屈じゃ、地球人の古手川先輩と西連寺先輩にしか適用できず、理論をナナさんを含むまで拡張する必要があるのだが……それが難しかった。

 

「じゃあ、好き同士ならハレンチなことしてもいいってこと?」

「……そりゃ、それを見て不快になる人がいるかもしれないから……周囲に見ている人がいなくて、同意の上ならいいんじゃないか?」

「そうなんだ……じゃあ、環くんは私にいつでもえっちぃことしていいよ♡」

 

なんの反論にもなっていない……おおかた、最初からそれが言いたかったから議論を始めたのだろう。おちょくりやがって……というか、ぼくを舐めすぎだ。

 

「な、な、なに言ってんだメアー!」

「は、ハレンチだわ!あなた!!」

「久慈環、あなたは……そういうえっちぃことをしたいのですか?」

 

ヤミさんがチラリとこちらに目線を向けるがもちろんわかっている。芽亜への過度な接近は死を招くので、性欲より生存欲の方が上。お断りだ。

 

「いや、いまのところ芽亜にそういうことをするつもりはないよ」

「そうですか。油断していないようで安心しました」

「いまのところっていうのが気になるけど……まぁ紳士的じゃない、結城くんも見習いなさい?」

「え、えぇ~……俺ぇ?」 

 

もともと先輩についての話だ。なにをぼーっと聞き流してるんだろうか。

 

「……あれ?それで、結局議論はどっちの勝ちなんだ?」

「ディベートの勝敗は当事者が決めるべきじゃないから……みんなが勝ちだと思う方が勝ちだと思っていいですよ」

「……聞いていた感じ、引き分けじゃないかしら?どちらも相手の意見を否定できないけど、自分の意見の正しさは証明できたから……」

「それだ!春菜の言う通りだな、これでアタシがリトをケダモノって呼ぶ権利は守られた……」

 

というか、そもそも芽亜のことをララ先輩に紹介するための集まりだったのに随分脱線してしまった。

議論をしていたら結構いい時間になってしまったので解散することになった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

放課後、毎度のように遊びに誘う男子生徒たちを振り切ったモモさんが話しかけてくる。

 

「環さん。少しお時間いいですか?」

「モモさん?はい、ぼくは構わないですよ。どうしました?」

「その、先程ナナが言っていたハーレムについての議論について、どんなものだったのか教えてくれませんか?」

 

なるほど、モモさんは例の計画のことがあるから気になるのだろう。

 

「……たしか、ぼくは基本的に女性側の視点で反論していて、人間は子を多く産むより少ない数を確実に育てることで種を守る生存戦略を取っているから、父親が面倒を見れないせいで母ひとりでは子供を守ることが難しくなるため多妻制を本能的に忌避しているんじゃないか、また単純に一人あたり獲得できるリソースが減るから、という理屈を話したはずです」

「……女性側に立って反論したのは、男性として反論することができないからですか?」

「……よくお分かりで……」

 

見透かすような目で、痛いところを突いてくる。

 

「それに、環さんは今日していた議論のはじめに、人は理性で本能を制御すべきという論理を展開していましたよね?一貫した立場を保って考えるなら、例えばその人が権力のある人間で、人を雇って子供を安全に育てることができるなら女性側が理性を持って認めていればハーレムに問題はないように……むしろ、血を残す必要から推奨するべきだと思えます。環さんの理屈は、男性が子の世話をするという考えに囚われています。もちろん男性も世話をする必要はあると思いますが、基本的に子育ての主軸は女性で、ハーレムならば女性同士の協力でよりうまく子育てが可能だという反論ができます。さらに言えば囲うメンバーの人数にもよりますが、多すぎなければ十分全員が子を作れるはずです」

「…………それは全員に平等に愛を注げることを前提にしているので、現実に即していません。事実で言えば、古代中国の後宮制度では皇帝のお気に入りになれない下級妃のなかには一度もお手つきになれない者もいたそうです」

 

これは苦しい言い訳だった。正しい例示ではないためすぐに反論できてしまうが、少なくとも考える時間は作れる。

 

「ですからそれは人数が多すぎたせいです。少なくとも十人以下であれば、お気に入りの女性がいたとしてもその人が妊娠している間はその人と行為ができないから、他の人にも順番が回ってきます。宇宙人でも出産までは基本的に十ヶ月程度かかりますので、その間に全員と子供を作ることができるはずです」

「……でも、そういう婚姻関係は愛情という信頼の上に成り立つはずで、これは宇宙人も同じだと思います。ハーレムはそれだけで愛情を破壊する構造をしている欠陥品だから、認めることはできない。あるだけで人の尊厳を奪う構造を認められるほどぼくの心は広くない」

「だからこそ理性で制御するんです。愛によって尊厳と倫理を超越することができるはずです」

「それこそ認められない。ハーレムは愛を壊す構造なんです。人間は思考の中でのみ存在する理想的に振る舞う駒じゃない。愛を分配可能な量として捉えることも問題ですが……とにかくそれを平等に注ぎ、かつ分割されたそれが全員を満足させる量であるという条件を満たすことは不可能なはずだから必ずどこかで崩壊する!」

「いいえ、それは違います。ハーレムが必ず崩壊するなら、歴史上長期に安定したハーレム制度は存在しないはずです。ですが実際には数百年続いた社会が存在します。永久不滅なものは存在しないという共通認識はありますよね?でしたら数百年も続くものがあるなら『必ず崩壊する』という主張は成立しないと言って構いませんし、そういう条件なら一夫一妻制でも同じですよね。結婚だって破綻することはあるけど、それだけで制度が成立しないとは言わないはずです。つまりハーレムも難しいだけで、欠陥制度とまでは言えないんじゃないでしょうか」

 

さっきぼくが使った後宮制度のことだったが、だからこそ簡単に否定できる。

 

「……その反論は制度と関係を混同しています。ぼくたちが言っているのはリト先輩の〈楽園(ハーレム)〉計画の可否について。つまり……制度としてのハーレムが滅びるという意味の崩壊ではなくて、愛の関係としてのハーレムは必ず崩れるという意味です。歴史上のハーレムが何百年続いたとしても、それは権力や慣習で維持された制度にすぎません。愛情が均衡して安定した関係が長期間維持された証拠にはなりませんし、一夫一妻制との比較も成立しません。……一夫一妻は少なくとも愛情の相互性を前提にできる構造ですが、ハーレムは最初から非対称です。一人の人間が複数人を同じだけ愛し、しかもその全員が満足する状態を維持する必要がある……。つまり一夫一妻は()()()()()()()()()()()ですが、ハーレムは()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんです。愛情の構造として安定例が存在しない限り、ハーレムは必ず崩壊すると言えるはずです」

「……分かりました……では、複数の女性が一人の男性のものになるというような理解をしていると思いますが、考え方を変えましょう。複数の女性で一人の男性を共有するという視点ではどうでしょうか?相互の愛のやり取りを捨て、一人が愛されているだけです」

「その一人が財産と捉えられることは倫理的問題を含みますが……それに目を瞑るなら、もし女性たちがそういう理想的な振る舞いができるなら可能だと思います……ですが……」

「ですが?」

 

……これは……まずい。こうなるとぼくが問題にしていた愛の非対称性は最初から存在しない前提になってしまう。論理の上では、反論の足場がなくなってしまった。

 

「……く、くそ……ヤミさんなんか否定材料ある?」

「知りません。えっちぃのは嫌いなので」

 

前から気になってたが、性についての話が苦手なのだろう。裏の世界の人間だし、()()()()()()があったのかもしれない。これはすこしバッドコミュニケーションだった。以後気をつけよう。

 

「ふふっ、やはり〈楽園〉計画は正しかったようですね!」

「〈楽園〉計画ですか?なんですかそれは」

「……あぁ、モモさんはリト先輩にデビルークの王女様全員を娶らせようとしてるんだ」

「そういうことです!……私たちの他にもメンバーが増えても構いませんけどね……?ヤミさん♡」

「私には関係ありません」

 

ヤミさんのこともハーレムに入れようとしているのだろうか?……たしかに大きい戦力だし、国のことを考えるなら手に入れておきたいのかもしれないけど……彼女の精神的健康と、せめてぼくの安全が保証されてからにして欲しい。

 

「……結論、実現は非常に難しいものの、完全に否定できることじゃない。ということで……」

「私の勝ち、ですよね?」

「まぁ……ここまで条件を詰められると、それが不可能とは言えなくなりますね。嫉妬も不均衡も残るけど、それは破綻条件ではないから……少なくとも……()()()()()()()()()()()()ということになります」

 

……ぼくは負け惜しみを言うのが得意だった。

 

「ふふっ、あ、そうだ。腕が治ってからになりますが、環さんに戦闘の指南の日程決めなどがあるので、連絡先を交換しておきませんか?」

 

モモさんは嬉しそうに笑いながらありがたい申し出をしてくれる。

 

「どうも。助かります」

「……そして、訓練をつける代わりとして頼みがあるのですが……環さんには〈楽園〉計画に協力してもらいたいのです」

「もちろん構いませんが……どうしてぼくが?役に立てそうなことはなにも……」

 

正直なことを言えば協力したくなかったが、それについての議論でついさっき負けたばかりだし、ぼくのほうから先にモモさんに協力を求めているので断ることが難しかった。

 

「お泊まりに来た日、私の計画の問題点を指摘されましたよね。私一人で考えられることには限界がありますし、第三者として、そして地球人の立場で俯瞰して見れる方の()()()()()が欲しいんです」

「あぁ、そういうことですか。ぼくはいちおうハーレム反対派ですので、実際にそうなるよう行動するよりは計画にケチつけるだけの方が気が楽でよさそうです」

「……私に反論できなかったのにまだ反対しているんですか?」

 

モモさんはぼくを非難するようない訝しむ目をする。

 

「ナナさん曰く“地球の文化とそんなに変わんねー”らしいですが、普通に考えて環境や文化が根本から違う宇宙人相手に地球人の倫理を説くことが原理的に無理だからそれを使った強い反論はしなかっただけで、ぼくの倫理は地球の日本基準だから受け入れられません……その制限内でハーレムを肯定できるなら全面的に支援しますよ」

「……なるほど、それができるように頑張って考えてみますね」

 

一拍おいて別の話題を始める。

 

「それとその腕。まだギプスではなくヤミさんの髪で固定しているようですけど、病院には行かれていないんですか?」

「……行った方がいいですかね?これでじゅうぶんかと思って」

 

というか、最近はいろんなことがありすぎてそこまで頭が回っていなかったという方が正しい。

 

「あなたが地球人でないなら、そうやって応急的に固定しているだけで治るかもしれませんが……ふつうなら雑にやると変にくっついちゃいますよ?」

「……それもそうですね、この後病院行きます」

「あ……すみません久慈環、自分基準で考えていました……プリンセス・モモも忠告ありがとうございます」

「いえいえ~」

 

ぼくは悲観的に考える訓練が足りなかったようだ。モモさんがいてくれてよかった。

 

「これから病院に行くつもりならおすすめの良い医者を知っているのでお教えしますよ?」

「なにからなにまで助かります……すみません」

「?どうして謝るんですか。このくらい当然ですよ!」

「いえ……初めて会ったとき、宇宙人だからといって敵対的な態度だったぼくにここまでしてくれることが申し訳なくなってきて……いま考えるとあれは完全にヘイトスピーチでした。改めて謝罪を伝えます」

「過去のことですし、そのことはもう大丈夫ですよ。それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

……ふつう初対面があそこまで最悪だった相手にここまでするのだろうか?……影響力の武器を積極的に用い、誰にもいい顔をしていて、いま見せたような打算的なことをして目的のために裏で計画を立てて動く……完全に根っからの合理主義者という感じだ。

……難しい相手だが、取り入っておいて損はないだろう。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「えっと……保健室?ですか?」

「そうです。来たことありませんか?」

「まあ。普通にしていたら学校で怪我することありませんので……」

「ドクター・ミカドですか」

「そうです。彼女は宇宙でも有数の凄腕闇医者なんですよ?」

「それは……」

 

一度宇宙人に遭遇してからよく遭うようになった……さすがに頻度錯誤だと説明するのは無理がある。まるで怪異だ。*1

もう宇宙人だからといって無闇に疑ったりするつもりはないが、闇医者というのが引っかかる。本当に大丈夫なんだろうか……モモさんを信用するしかない。

モモさんが保健室の扉をノックすると中から声が聞こえてくる。

 

「はーい。どうぞ」

「失礼します」

「あらモモちゃんにヤミちゃん……きみは?」

 

中にいたのは胸元を大きく開いたシャツと、短いタイトスカートの上に白衣を着た若い女性だった。

彼女が御門先生なのだろうが、子供が通う場の職員としては相応しくない格好だった。

 

「どうも。久慈環です。モモさんから腕の評判を聞いて来ました」

「あらあら、嬉しいわね。それで今日は……その腕かしら」

 

ぼくの金糸で巻かれた腕を指差してそう言う。

 

「はい。最近折れたやつです」

「じゃ、よく見せてね」

 

先生の言うことに従い固定を解き腕を露出させる。

 

「うーん。ただの骨折だし、このくらいなら二、三日で治せるわ」

 

凄腕とは聞いていたが、これはもう特殊能力の域じゃないのか?

 

「素晴らしい腕ですね……これ治療費取られたりします?」

「あなたは生徒で私は養護教諭よ?生徒からお金を取るわけないじゃない」

「……これほどのものを無料で……助かります」

 

……なぜ?その技術があるのにここで金を稼ぐ気はない。ほかの利益を取りに行こうとしているのか?この学校特有の利益……彼女がいつから赴任しているかは知らないが……たぶんデビルークのプリンセス達だろう。モモさんからよく信頼されているようだし、彼女のこの態度はそういうコネ作りのための活動なのかもしれない。……まあ、ぼくに不利益があるわけではないので存分にする活用させてもらおう。

 

夜になり、ヤミさんの隣で横になって考える。ぼくと、ヤミさんと、芽亜との殺し殺されの関係。ぼくと、モモさんと、リト先輩との例の計画についての関係。

いま、さまざまな問題に直面していて誰にどういう距離感で、どういう態度でいればいいのか……いままでこういう人間関係の機微を深く考えたことがなかった……というよりそういうことから逃げてきたぼくには……いや、状況が特殊すぎてぼく以外の誰にとってもそうかもしれないが、すごく難しい。

ぼくはこれからそれぞれの関係が上手くいくようなちょうどいい距離感を見つけて行かなければならない。それが、既に知り合ってしまった、人間関係を作ってしまった相手に対する誠意であり正しい向き合い方なのだろう。

*1
『物語シリーズ』にて、怪異は一度遭うと再び遭いやすくなるという設定がある。




これ以降やかましい議論はないです。

ナナがリトを探そうとしたら、屋上なんて鳥を使えば真っ先に確認できるので論理的な整合性が取れていませんが、わざわざそこを原作から変えるほどではないのでそのままにしています。

頻度錯誤という言葉は日本語のwikipediaがありません。英語版にはなりますが、Baader-Meinhof phenomenonまたはFrequency illusionで出てきます。

ヤミ、メアの年齢について
ティアーユのピクシブ百科事典には原作時点で二十七歳。また、「十四歳で名門アスフォード大学を卒業、その後研究室へ入った」とあり、研究所に入った年にヤミを作ったとしても、その日付と誕生日を調整しても最大で十四歳です。初年度に研究の要職に就くのは無理があると思いますが、それができるくらいの天才だったということにしておいてください。じゃないとメアの年齢が大変なことになるので・・・
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