ToLOVEる─ラショナリズム─   作:げるみん

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内容と全く関係のない話ですが、「プリンセス・モモ」と「ピーチ姫」って言語的に対偶ですよね。(私がToLOVEるエアプなだけでクリシェの可能性がある)


7:ラストエリクサー症候群

「おっはよ~ヤミヤミ♡」

 

校内を歩いているとウェーブのかかった茶髪の女子生徒がヤミさんの胸を後ろから揉んできた。殺し屋相手どうしてそんなことができるのだろうか。

 

「挨拶代わりに胸を触るのやめてくれませんか……行きますよ、久慈環」

「いいじゃん減るモンじゃないしィー……って、だれ!?まさか我らがヤミヤミに彼氏が!?」

「そういうのではありません。ただの同級生ですよ」

「ふーん、そう?ヤミヤミが男の子と一緒に行動するなんて珍しいし~?これはなにかがあると勘ぐってしまいますな……って、おっノーブラだね?」

「……邪魔ですから」

 

一緒に行動している理由をまじめに答えると面倒だし、この先輩のことを知らないのでヤミさんに対応を任せてぼくは空気に徹していた。

 

「あれ、結城とルンルンだ。絡みに行こっ?」

「いえ、今日は結構です……そんな気分ではないので」

 

騒がしくしているところと反対に歩いていき教室へ向かう。

 

「ヤミさん?……いつもぼくに張り付いてもらっているし、今日はヤミさんが行きたいところに行きませんか?」

 

明らかに元気がないようだったのでなにか気分転換にならないかと提案してみる。

 

「……そうですね。でしたら美柑に会いに行きたいです」

「うん。じゃあ放課後に行こう」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

彩南第一小学校につくとちょうど美柑さんが下校するところだった。

 

「あれ?ヤミさんと環さん!どうしたんですかこんなところで!」

「ぼくはただの付き添いなので、いないものと思ってもらっていいですよ」

「そ、そうですか?て、ゆーかヤミさんの制服姿!初めて見たよカッコいー!」

 

ぼくはここにいるべきではないような気がしてちょっと気まずい。

 

「美柑……たいやきでも食べに行きませんか」

「うん!」

 

会話しながら歩いている二人に後ろからついていく。これでは不審者みたいで周りからの視線が妙に気になってしまう。

たいやき屋につき、ヤミさんにはいつものお礼として、美柑さんには以前泊めてもらったことのお礼としてたいやきと飲み物を奢らせてもらい、二人がたいやきのキーホルダーをお揃いにしているのを横目で見ながらベンチに座って空を眺める。ぼくは不審者ではないし、オレンジ色の空が美しかった。

空の色が移り変わる様子に感動しているとビルの上に変な恰好をした人らしきものが立っているのが見えた。遠すぎてよく見えてはいないが、ランドのおかげで上がった視力を凝らして見る限りそうとう変な服を着ている。あれに比べれば客観的に見てぼくはまったく不審者ではないので少し嬉しかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

夜も更けたので美柑さんに別れを告げ帰路につく。

 

「リフレッシュになった?」

「ええ。……久慈環も元気がなかったことに気づいていたんですね」

「ずっと一緒にいたからぼくは変化に気づきやすかっただけだよ。美柑さんはあんなにすぐに気づいてすごいですよね……」

「そうですね…………美柑に会うと暖かい気持ちになります。学校のみんなともそうです。でも……心のどこかではそれではダメだと拒んでいる私もいる」

「なるほど……?」

「私は……幸せになってはいけない。そんなのは私には似合わない。そう思えて……」

 

悲しいことだった。生まれがそうだっただけで、心は普通の女の子だというのに罪の意識で自罰的になってしまっている。下手なことは言えないが、せっかくぼくに心のうちを開いてくれたのだから、ぼくなりの考えを伝える必要があった。

 

「ぼくにはこれまでヤミさんがどんなことをしてきたのか知ることはできないから、どんな言葉を尽くしても真の意味で心を救うことはできないかもしれない。それでもぼくは、ヤミさんがそんなに思いつめる必要はないと断言できるよ。罪の意識で自分を縛ってしまっているけど、そうする必要はない。ヤミさんは生まれのせいで綺麗な生き方を選ぶことができなかった被害者なんだ。ぼくはヤミさんが、ぼくが殺されそうなときに助けようとしてくれたような心優しい女の子だと知っているし、そういうことができる人なんだと知っている。ちょっと暴論を言わせてもらうけど、どうしても自分が許せないなら殺した人の倍の人を救おう。ぼくはヤミさんに救われた人の一人として幸せになってもらえるよう勝手に頑張らせてもらうよ」

「……そう、ですか……少し、楽になりました」

「それはよかった」

 

ヤミさんもうっすらと笑みを浮かべているし、我ながらパーフェクトコミュニケーションだったと思う。

 

しばらく無言の時間を過ごしたあと、ヤミさんが口を開く。

 

「……久慈環は、どうしてそんな……」

「あれっヤミと環?」

 

後ろから声がかかり、振り向くとリト先輩だった。

 

「……どうしてこんなところに?」

「ああ、オヤジに画材の買い出し頼まれてさ。その帰りだよ。お前らは?」

「私は……美柑と会っていました」

「ぼくはその付き添い」

「いろいろおしゃべりして……楽しかったです」

「そっか、そりゃよかった!ありがとな」

「?なぜあなたがお礼を?」

「美柑の相手してくれたからな。しっかりしているようで根は寂しがりだからなーあいつ……ヤミのことをお姉ちゃんみたいに思ってるのかもな」

 

姉という単語が芽亜のことを思い出させてしまったのだろうか、ヤミさんが渋い顔になってしまった。

 

『タマキ!あぶねェ!!』

 

次の瞬間ヤミの目つきが変わり、ぼくとリト先輩の襟をつかんで後ろに飛ぶ。

さっきまでぼくたちがいたところに自転車や交通標識が飛んできてスクラップになっていた。

 

「くくく、腑抜けてもこの程度の攻撃は喰らわないか。金色の闇」

「あなたは……〈暴虐のアゼンダ〉……」

 

妙に露出の多い恰好をした褐色の女性が近くの家の屋根に立ち、手に持った鞭をバチバチと鳴らしていた。この変な服から察するに、ぼくがさっき見つけた不審者だった。あのときからぼくたちのことを監視していたのだろう。

……彼女は暴虐のアゼンダと言うのか……芽亜から聞いた殺し屋情報にいた気がするがどんな人物だったかよく覚えていない。

 

「ほう……嬉しいね、よく覚えてくれていた。これで心おきなく報復できるってもんだ!」

「ヤミ……あいつは!?」

「以前倒した殺し屋です。高速の鞭と念動波(サイコキネシス)の使い手……」

 

倒した商売敵を生かしている?以前、地球で腑抜けたせいで操られて襲ってきた人たちを殺さなかったと言われていたが、ターゲットでなければ殺さないという点で一貫していただけなのでは?やはり芽亜の言う(マスター)は金色の闇エアプだったのでは……思わぬところでレスバから逃げた理由がわかってしまった。

 

()()()()()()()()()()って認識で大丈夫ですか?」

「はい。しかし村雨静ほど強力じゃない……あくまで鞭の攻撃が彼女の戦法でした。〈変形(トランス)〉能力の相手ではありません」

 

それは嬉しい情報だが、報復と言っている以上対策を講じているはずなので安心することはできない。

 

「くくく、そう思うかい?確かに人体を壊すほどの出力はないが、精度が高いのが自慢でねェ……」

 

なにやら語ってくれているので気持ちよく喋らせ、万が一のために後ろ手でモモさんに位置情報を添付したメールを送る。彼女ならこれだけで察してくれるだろう。

これから始まるであろう戦闘に備え、動きやすさのために上着を脱ぎ捨て、ワイシャツの一番上のボタンを外す。

 

「意識のない地球人相手なら操り人形(マリオネット)にするのは簡単だ……手伝ってもらおうじゃないか。大事な()()()()()に……金色の闇の凌辱タイムをねェ!」

「ヤミさん……」

「わかっています。いきますよ」

 

以前ギプスに変形するために切った髪をただ捨てるのはもったいなかったので、腕輪として持っていたものを武器に変形してもらい戦闘態勢をとる。

元は刃物にする取り決めだったが、念力で奪われてしまう可能性を考えてか握り込めるメリケンサックになった。瞬時にこの応用を効かせられるのは戦闘経験によるものだろう。

 

『オレは体の強化に集中するゼ。死ぬなヨ?』

─もちろん

 

戦いが始まり、ぼくはたいして強くないので受けの姿勢をとっていたが、アゼンダはヤミさんに夢中なようでぼくとリト先輩は放置されていた。

ヤミさんは美柑さんを傷つけることができずに攻めあぐねているようで、むしろ不利なように見えた。ぼくがなんとかしないといけないかもしれない。ヤミさんと一瞬アイコンタクトを交わし同時にアゼンダへ攻撃をするが、先にぼくを鞭で払いのけ、同時に美柑さんを肉壁とすることでヤミさんの攻撃を遅らせ隙を作り反撃をしてきた。

服が破け、美柑さんからもらったたいやきのキーホルダーを落としてしまい、反射的に拾おうとしてしまった致命的な隙を見逃さずさらに追撃を食らってしまう。胸元が破けてしまったので目に毒だったが、この緊迫した状況で気にしている暇はなかったし、これはさらなる隙を生ませるためにやったアゼンダの戦略だろう。やはり歴戦の殺し屋、戦いがうまい。一手一手にいくつもの意味がある。

 

状況を整理しよう。相手は念力で美柑さんだけを操り、ぼくたちを操ろうとはしていない……たしかにアゼンダは意識のない人しか無理と言っていたがそれを信じるわけにはいかない。が、ここは意識がない相手しか操れないと勝手に結論付けよう……というよりそうされたらどうしようもないから考えるだけ無駄だ。

相手へけん制を放ちながら次の手を考えているとリト先輩が行動を起こす。

 

「ヤミ!オレが美柑を抑えるからいまのうちにそいつを!」

 

そう言って美柑さんを捕まえる。腋の下に手を入れ抱くようにし、体重差を利用して押し倒す。

 

……ありえない。それはリト先輩にとって一番最悪の選択肢のはずだ。ぼくが取りたくても取れなかった行動だ。なぜそんなことを?気づいていないのか?彼女が言っていたことを真に受けて、念力に人体を壊す程の出力は出ないと思ってしまっているのか?殺し屋という立場にいながら強みである念力を鍛えないはずがないのに……拘束している相手(いまの美柑さん)が普通の、筋肉によってのみ動く相手だと勘違いしているのではないだろうか?もしそういう相手だったらリト先輩の拘束の仕方は正しい選択だろう。ただ、敵は、アゼンダは美柑さんの()()のことなんて全く気にしないだろう。

 

「ダメだ!いますぐ拘束を解け!」

 

アゼンダがぐにゃりと顔を歪め、残虐な笑みを浮かべる。

これだ。アゼンタが()()と呼ばれた理由はこのためだ。アゼンダは待っていたのだ。誰かが美柑さんを、人質を捕まえる瞬間を。相手を最も苦しめられる瞬間を。

 

バキボキと、木の枝を折るときのような、軟骨を噛み砕いたときのような、ものが破壊される音が聞こえ、美柑さんの腕が関節と逆に曲がってリト先輩を投げ飛ばした。

 

いまや状況は一変した。もとより劣勢だったというのに、アゼンダは念力の出力を抑える必要がなくなった。それに一刻も早く美柑さんを病院へ送らないと、取り返しのつかない後遺症を残すかもしれない。少なくとも、いますぐにでも以前ぼくが骨折したときにヤミさんがしてくれたような応急手当てをする必要がある。

 

これの状況はぼくの責任だ。自分の予想を共有せず他の人に同じ思考を求めてしまったぼくが悪い。ぼくがもっとうまく行動すれば防げた状況だ。ぼくが馬鹿だから無駄な犠牲が生まれてしまった……出し惜しみ?ラストエリクサー?そんな舐めたことを言っているどうしようもない愚図は、初めから無能なりに打てる手を全力で打ち続けるべきだった。……反省終了。……とにかく圧倒的に相手が有利ないま、打開の種は、ぼくだけが握っている。こういうときこそ冷静になれ。師匠に言われた通り、上手く使う必要がある。

……相手は歴戦の殺し屋で、念力を以ってあらゆる距離で物を動かすことができる。バカ正直に正体不明の怪しいアイテムなんか取り出しても、一瞬で取り上げられておしまいだ。策を弄する必要がある……

ぼくはあえてにやりと笑い、相手を侮るような態度で手をポケットに入れる。

 

「はははっ」

「……なんだ?お前は、雑魚のくせになにがおかしい?他の関節も折られたくなければポケットから手を出して両手を上に上げろ」

「いやぁ……さっきからずっと思っていたんだが、やってることが小物すぎて……笑いが堪えきれなかったから……ホントごめん!……ぷぷっ!」

 

あえて軽薄そうな口調で苛立たせ、少しでも時間を稼ぐためにゆっくり喋りながら右手に触れる丸薬のラップを慎重に剥がしていく。

リト先輩が泣きながらなにかを喚いているがいまは無視だ……演技と指先に集中しろ。

 

「……わかった、依頼主からは貴様は生け捕りとしか言われていないからな……多少痛めつけたところで大差あるまい!爪を抜いて生皮を剥いでやろう」

「そういうところが小物だつってんだよ……からこうして、いまだ!」

 

叫びながら左手で明後日の空を指差すと、苦し紛れということは分かっているだろうが、これまでの殺し屋としての経験から、生き延びてきた知恵から、そちらを見ざるを得ない。……念力は、()()()()()()()()()()()()()()。一瞬生まれた隙に丸薬を一気に飲み込む。

 

「……こうして、簡単な罠にかかる。第二形態だ」

 

短期間に呑みすぎると体を壊すと言われたためなかなか訓練で試すことはできなかったが……これは凄い効果だぞ。

鼓動が次第に大きくなり、血液の脈動が速く、強くなる。体表は僅かに赤く染まり、異常な発熱を起こす。汗が出たそばから蒸発し、薄く湯気が立ち上っていた。圧倒的な全能感と興奮に包まれる。

 

()()!美柑を視界の外へ!」

「っ!?はい!」

 

ぼくの突然の変化に対して、相手が様子見をしようとしている隙に速攻でケリをつける!

上がった身体能力をフル稼働して踏み込むと、その衝撃で地面がえぐれるほどの猛烈な勢いで肉薄し、鞭を持った腕を撃ち落とす。念力によって身体の動きが阻害されるのを感じながら、それを無視して強引に腹に打ち込み、姿勢が崩れたところで耳を掴んで引っ張り膝蹴りを顔面に叩き込む。念力で操られた小石が礫となって飛んできて痛いが無理やり無視する。千切った外耳を投げ捨て、前に倒れ込む相手の腕を掴んで逆方向に背負い投げたあと、マウントの形を取って正中線目掛けて殴り続ける。眉間、人中、顎、喉、鳩尾。思いつく限りのすべての弱点に全力で叩き込んだあと一瞬呼吸を置くと、アゼンダがひどい顔で悶絶していることに気がついた。まだ終わりじゃない……犯した罪は精算しなくてはならない。ぼくは立ち上がり、アゼンダの膝の半月板目掛けて全体重をかけて踏み抜いた。

関節が逆方向に曲がり、これでしばらくは立つこともできないだろう。

よし、これでじゅうぶん無力化できただろう。ここからゆっくりなぶり殺……

 

「環!もう決着は着いています!あなたがそれ以上やる必要はありません」

 

気がつくと全身に金糸の髪が巻き付き、ぼくを拘束していた。

これまで感じたことのない全能感によるトリップから戻り、世界が精彩を取り戻す。

 

「……っは!あ、あれ……ヤミさん……ぼく……」

「えぇ……もう大丈夫です。美柑ももう操られていません……あなたのおかげです。ありがとうございます……」

 

ゆっくりと下ろされ拘束も解かれる。ヤミさんの小さく、柔らかい温かさに包まれると、次第に自分がなにをしていて、これからなにをしようとしていたのかを思い出し、背筋に冷えた感覚を味わう。

 

「あ……う、はい。あの……ぼく……あの丸薬を飲んで……それで……」

「はい」

「すごい力が湧いてきて……なんでもできそうで……」

「はい」

「自分が、自分じゃないみたいで……!」

「はい」

「こんなことまで、するつもりじゃ……」

「わかっていますよ。あなたはそんなことをするような人じゃありません」

 

抱擁され心が落ち着いてくると、ヤミさんのフローラルな甘さのある官能的で温かみのある香りを感じる。

腕の中で顔を動かし、ヤミさんの方を向くと、心なしか僅かに朱に染まっていて、慈愛に満ちた、聖母のような微笑を浮かべていた。ぼくはその美しさと、優しさを感じて泣き出しそうになってしまった。涙を隠すように再び胸に顔を埋める。

 

「……ごめんなさい 」

「いえ、謝るのは私の方です。あなたを守る立場でありながら、守られてしまいました。あなたがいなければ本当に取り返しのつかない事になる所でした」

「それでも、ごめんなさい……ありがとう」

「ええ。こちらこそありがとうございます…………私は、なんでも一人でやろうとしすぎていたのかもしれませんね。……困っているとき頼りになるのは自分ではなく友達だということがよく、わかりました」

 

……前までヤミさんと距離を感じていたけど、もしかしたら彼女は外に出すのが下手なだけで意外と友情を感じてくれていたのかもしれない。ぼくとしても前からもっと仲良くしたいと思っていたので友達と言ってくれて嬉しい。

……いままでほとんど友達と言える相手がいなかったのでこそばゆさを感じているちょうどそのとき、モモさんが到着した。

 

「えっと……環さんから連絡を受けて来たんですけど……どういう状況ですか?」

「そこに倒れている女……アゼンダとかいう殺し屋に美柑さんが操られてヤミさんピンチに。ぼくが〈バーサーカーDX〉を呑んで解決しました」

 

早口かつ棒読みで短く状況を説明することであまり触れて欲しくないことを暗にアピールする。

 

「それでどうして抱き合って……」

「それは……」

どうやらぼくのアピールは通用しなかったらしい。あまり説明したくないぞ。

 

「あ、そういえば……」

「どうしました?」

「さっき、私のことをヤミと呼びましたよね」

「え……あ、あのときは必死で……不快だったらごめんなさい……」

「いえ、その……これからも、ヤミと呼び捨てて欲しいです。……環」

「……わかった。ヤミ」

 

天然なのか、気を利かせてくれたのか、ヤミが無理やり話題を変えたことで答える必要がなくなったので助かった。モモさんがなんとも言えない凄い表情をしてこちらを凝視しているが無視しよう。

 

……激闘のあと、丸薬の副作用の倦怠感のなか、信頼できる相手の腕の中で暖かさに包まれ、強い眠気に誘われる。

 

……まだだ、まだやるべきことが残っている。

 

「ありがとう。ヤミ、これを着てください」

 

お礼を述べてからよろよろと立ち上がり、破けてしまった服の代わりにぼくの上着を差し出す。

 

「あと、美柑さんを病院へ……学校はもう閉まっているはずなので、御門先生の家へ連れて行ってください。ぼくの護衛よりそっちを優先して欲しいです。ぼくは、まだやることが残っているので……それが終わったら御門邸に向かいます」

「……わかりました」

 

短くためらうような顔をしたあと、ヤミは美柑さんを抱き抱え飛んで行った。リト先輩も妹が心配なようでヤミを追って走っていった。

 

おぼつかない足どりで先程ぼくが殺しかけてしまった相手の方へ向かうと、彼女はとどめを刺されると思ったのか、短い悲鳴を上げたあと動かない足をじたばたさせ逃げようともがき始める。

 

「慌てる必要はありません。さっきは勢いで殺しかけましたが、いまのぼくに貴方を殺すつもりはありません。それより少し聞きたいことがあります」

「な、なによ!どうせ聞くだけ聞いて用済みになったら殺すでしょう!?」

「そんなことありませんが……」

 

証明のしようがない。

それに未知の情報を吐かせようというわけでもなく、ただいくつかのほとんど確信している事項の確認をしたいだけだが……それはこんな調子の彼女には関係ないだろう。

ぼくがどうしようかと悩んでいるとモモさんが提案してくる。

 

「あの、環さん。なにを尋問するつもりかは知りませんが、お役に立てるかもしれません」

「ありがとうございます。それで、どのように?」

「私の植物のコレクションの中に自白剤のような作用があるものがあります。それを使えば……」

「いい案ですね。試してみましょう」

 

彼女はデダイヤルから植物のタネをひとつ取り出した。

 

「……種ですか?ぼくは催眠成分をもった植物の粉末や液を予想していたのですが……それを飲むことで人体に不可逆的な影響が残ることはありますか?」

「環さんが危惧しているようなことはありませんよ。この植物は種を食べた動物に移動してもらい離れた場所に吐き出してもらうように、一種の催眠能力を種の間だけ持っているんです」

 

……確かにそのほうが合理的な理由だ。ぼくは人の栄養を奪いながら成長して腹を突き破って成るような凶悪な植物を想像したが、凶暴になるという丸薬の副作用がまだ残っているのかもしれない。そもそもそういう仕様なら尋問には使えないし、眠気で思考能力も落ちているようだ。

 

「じゃあ、それを使いましょう」

 

普通にしても怪しい種を呑み込まないはずなので、種と一緒に水を口に注ぎ、鼻と口を塞ぐことで強制的に嚥下させる。しばらく待つと効果が出始めたのだろう、トロンとした目に変化する。

 

「それじゃあ質問……というか確認なんだけど、貴方に依頼を出したのは黒咲芽亜か少なくとも彼女の関係者で合ってるかな?」

 

ぼくの質問内容に後ろでモモさんがぴくりと反応する。

そういえば彼女にも、ぼくを殺そうとしている存在が芽亜とその主であることを伝えていなかった。

 

「苗字は知らないけど……そうよ。宇宙船を出迎えたのも、依頼を伝えてきたのもメアと名乗る女だったわ」

「その主についてなにか情報を持っている?」

「名前は、ネメシス……」

 

それに続く言葉はなかった。情報は期待していなかったが、正体不明の存在から名前のわかる相手になったことは大きな前進だと思う。

ぼくからはもう質問することがなかったので目線でモモさんに訊きたいことはないかとパスする。

 

「……環さんとヤミさん以外に標的はいましたか?」

「いない。結城リトと結城美柑の情報は貰ったが、使うように言われたわけではない」

「ヤミが攻撃を躊躇う相手としての美柑さんの情報があるのに、デビルークの姫たちや師匠についての情報はない……もしかして、倒されるために送られてきた?」

「その可能性はじゅうぶんありますね。私たちが軽く見られているという可能性も否定できませんが、少なくともザスティンのことを伝えない理由はないので……となると、目的は……」

「ヤミの殺し屋としての闘争本能を呼び覚ますため」

「学校で、猿山さんの口を借りて言っていた内容とも一致しますね」

 

……あのときの憐れな被害者の方は猿山さんと言うのか。

いやそんなことはどうでもよくて、それが真の目的だというなら、戦う前提の存在としてぼくを護衛して貰っているのは相手の術中なのでは……

 

「それはダメです。彼女は環さんも標的と言っていましたし、殺そうとしているのは本気なのでしょう」

「ぼく、口に出していたかな」

「いえ。ですが、考えていることはわかります」

 

ぼくはそんなに簡単に読まれるほど単純なヤツだっただろうか。結構恥ずかしい。

 

「これだけ情報が揃っていれば、貴方のことを少しでも知っている人ならみんな同じ予想がつくと思いますよ」

「また読まれた……」

 

かなりのショックだ。顔に出やすいのかもしれない、こんどの週末にでもポーカーフェイスの練習をしてみてもいいかもしれない。

 

「……とにかく、彼女はもう用済みですので警察にでも引き渡しますか」

「既にザスティンに連絡しているので、銀河警察に引き渡す手続きが進んでいるはずです」

 

次の手も読まれた。ぼくはもう彼女に勝てる気がしない。……彼女の計画に参謀なんて要るのだろうか?自信をなくしてしまう。

 

「……それでは、御門先生の自宅まで歩きながら環さんが知っていることを話してもらいましょうか?それとも貴方も()を呑みますか?」

 

……そういうことか。あてつけるようにぼくの先読みをした理由は、情報を隠していたぼくに怒っていたのだ。……観念して全てを吐くしかないだろう。歩きながら話し始める。

 

「実際、美柑さんに被害が出てしまった以上これはぼくとヤミだけの問題ではなくなってしまったので、もとより話そうと思っていましたが……すみません。それまで伝える必要がないと思っていたぼくの責任です」

「過ぎたことはもういいんです。大事なのは次どうするかですよ。一緒に考えさせてください」

「そう言っていただけるとありがたいです……それでは、起きたことを時系列順に主観を交えずに話すと……」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……というわけです」

「なるほど。纏めるとヤミさんとメアさんが姉妹で、兵器として作られたクローン兵……メアさんは主人であるネメシスと共にヤミさんを闇の住人に戻そうとしているということですね」

「はい、それと隙があればぼくを拉致しようとしている。も追加で」

「それはあなたが悪いでしょう」

「それはまあ……そうなんですが……」

「強く生きてください。っと、そろそろ着きますね、あの家です……私は正直、あまりあの家に入りたくありませんが……」

 

そこはエキゾチックな色をした奇々怪々な植物が無法に生え、何匹ものカラスが辺りを飛び回る暗いアンティーク調(建築学に詳しくないので具体的にどの年代のものかは分からないが)の洋館だった。雰囲気が怖いのでたしかにモモさんに苦手意識があるのは頷けることだった。

……それにしても大きい。恐るべき医療技術を持った銀河有数の闇医者にお金がないわけがないが……この巨大な洋館は明らかに一人で住むようなサイズではない。

門は半開きになっていたので勝手に通させてもらい、扉をノックするとヤミが出てきた。

 

「ドクター・ミカドが、勝手に入っていいと」

「お邪魔します」

「失礼します」

 

ヤミの案内で屋敷内の一室に着くと紫色のネグリジェの上に白衣を着た御門先生が眠そうな目で待っていた。

先生が肘を立てている木製の机は濃いピンクの一枚板で出来ていて……たぶんあれは、ピンクアイボリーだ。とんでもない高級銘木だぞ……あれはいったいどれだけの値段が……そうか。さっきは勘違いしてしまっていたが、モモさんはなにかに怖がり怯えるようなタイプではなさそうな感じがするし、この家が苦手な理由はきっとこっちだろう。惑星国家のお姫様なのだ、ぼくよりはるかに物の価値が分かる人だろう。たまたまぼくが気づいた机よりももっと価値が高いものがこの家には溢れているのだろう。

 

「……それで、美柑さんの容態はどうですか?」

 

ぼくが放心している間にモモさんが話を進める。

 

「もう処置は終わったし、あの程度ならあと数時間も回復ポッドに浸かっていれば後遺症もなく治るわ。安心して大丈夫よ」

 

彼女はつくづく凄腕だった。

 

「それは良かったです……ところでリト先輩はどこに……」

「美柑ちゃんのところにいるわよ」

 

……メアとネメシスについての話をリト先輩にも共有して対策を考えようと思っていたが、いまは美柑さんと一緒にいさせておいた方がいいかもしれない。モモさんも同じことを考えたようでアイコンタクトを交わし同意を得る。

 

「えっと、それじゃあ……ヤミ、勝手にモモさんに芽亜とのこれまでのことを話しちゃったんだけど……」

「……環が話すべきだと思ったならそれで構いません。私からも知っていることを話しておきましょうか。……まず、私とメアはとある闇の組織に造られた変形能力者です」

 

これは以前芽亜本人も言っていたので知っている。

 

「彼女は第二世代の、私の妹にあたる存在で……メアは昔の私と同じ……()()として闇の世界に生きる道はないと信じているんです。私は……できれば彼女にも、私がこの星で得たことを知って欲しいと思っています……そうすればきっとあの子も……」

「……なるほど……それを芽亜に伝えてあげないんですか?前に芽亜と仲良くしていた頃、ヤミのことを楽しそうに話してましたよ。自慢の姉だとか仲良くしたいとか言って……ちゃんと伝えてあげたらきっかけになるかも……」

「それは……そういえば言ってませんでしたね。そうしてみます」

「ヤミさんが妹さんのことをどう思っているかはわかりましたけど……私はあくまで彼女を危険人物とみなしますよ。リトさんも巻き込まれて襲われましたし……」

「それはそれで構いませんよ。あなたは裏であれこれ考えるタイプのようなので仲良くなれるかはわかりませんが、頼りにしようとは思います」

「……あまり嬉しくない言い方なんですけど……」

「それじゃあ、情報交換はこんな感じで……リト先輩にはあとでモモさんから伝えておいてください」

「ええ……環さんも疲れているでしょうし、今日はこの辺りにしておきましょうか。そうだ、御門先生も聞いていましたよね?もしなにかわかることがあったらどんな情報でも教えて欲しいです」

「そうね……私も闇医者ネットワークで調べてみるけど……あまり期待しないでね?」

「ありがとうございます」

「それじゃあ行きましょうか、環……眠いのはわかりますけどルナを近くに呼んでいるので、そこまでは歩いてください」

 

限界まで運動したあと眠気が限界ギリギリのなか頭を使っていたのでもうほとんど眠っていた。うん……もう少し歩かなくては……




ヤミが急にデレたように見えますが、いちおうどこでどう好感度を稼いでどんなことを思ったかはある程度考えてあります。この作品は環くんの一人称でしか語られないため他のキャラクターの心情はそのキャラクターの口から話されることでしか知れません。タイミングがあれば語らせようと思いますがいつになるかはわかりません。
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