マルス王国玉座の間
玉座の間に響くのは、ひとりの少女の声だった。
黄金の髪を揺らし、青空のような瞳で国王を見据える少女――
マルス王国第三王女、クローディア・フォン・マルス。
「陛下。どうか……私をダンジョンへ派遣してください。アリアを、私の友を救いたいのです」
国王は静かに首を振る。
「ならぬ。そなたには“北部戦線”という重大な使命がある。……クローディアよ、友を想う気持ちは理解している。だが王族は、個人の情より人類の存亡を優先せねばならん」
「……一日だけでも構いません。私に時間を……!」
「その一日で、どれほどの人が死ぬか考えよ」
クローディアの唇が震えた。彼女は戦場の過酷さを知っている。
王都を襲った“風の竜”の咆哮を、アリアの剣が切り裂いた瞬間を、誰よりも近くで見ていた。
――あの時、アリアがいなければ自分は死んでいた。
国王は娘を抱き寄せ、静かに告げる。
「……迷宮都市の建設と並行して、冒険者ギルドに『絶剣』捜索を許可した。そなたは北へ向かえ。」
「…………分かりました」
「……準備を進めなさい。お前が赴くのはダンジョン以上の死地だ。……無事に帰ってくることを願っているぞ」
「もちろんです。……必ず生きて戻ります……お父様」
クローディアも国王を抱きしめ、退室するのであった。
少女は深く頭を下げ、玉座の間を後にした。
その背に宿るのは、雷霆の英雄としての覚悟と――友を救えなかった悔恨だった。
マルス王国が誇る五大都市の一つミルス。この都市は新しく発見されたダンジョンを開拓するための人材、資材が大量に集められ、かつてない賑わいを見せていた。
迷宮都市の建設。それがマルス王国国王より正式に発令された王命である。
ダンジョン周辺の整地、資材の運搬、工事のための拠点作製、作業員を守る護衛などやることは多い。
当然、冒険者ギルドにも迷宮都市関連の依頼が多く持ち込まれる。
そして冒険者ギルドに密かに持ち込まれた『絶剣』救出のためのダンジョン侵入許可。
これを見た時のラザニアの心境は複雑だった。
なんで今更……という思いと、他の五大都市から流れてきた上級冒険者たちを救出部隊に組み込めるチャンス。
「……アリア達の生存は絶望的だろう……。だが、何もせずにはいられないな。至急Cランク以上の冒険者チームを招集しろ!」
自分の秘書に冒険者招集の指示を出して、救出に必要な物資の確保の申請書、ダンジョン調査部隊の報告から纏めたダンジョンの情報を準備する。
「ダンジョンの情報は機密事項だが構うまい。私の首一つで済むだろう…………もし生きているならもう少しだけ耐えてくれ……アリア」
ラザニアは自分の娘のように思っていたアリアの無事を神に祈りながら、救出部隊の準備を進める。
ダンジョンから1時間離れた場所にある村リーシャ。特に裕福でも貧しくもない普通の村。
ここにも迷宮都市建設の影響はあった。
今までは森の境目にある辺境の村として、特に重要視はされていなかった。
しかし、近くにダンジョンが発生したことでこの村の価値は上がった。
特に薬草園があるのが評価された。ダンジョン探索にポーションは欠かせない。この村が生産するポーションはミルスの冒険者たちの生命線になっていて、実績があったのも大きかった。
そういった理由からこの村にも拡大のための開拓資金が投じられ、村から街へと変わりつつあった。
これにはリーシャ村の住民も喜んだ。
三人の若い男が行方不明になり、救出に向かった自警団6人も帰らなかった。
悪いことが続いたリーシャ村にとって久しぶりの良い出来事だったのだ。
金の匂いを嗅ぎつけた商人がやってきた。
開拓のための作業者や護衛の冒険者がやってきた。
領主から派遣された治安維持の兵士達がやってきた。
リーシャ村は再生し、より大きく生まれ変わろうとしている。
ただ、前に進むことが出来なくなった者もいた。レオンの妻であり、レックスの母でもあるレイナだ。彼女は夫と息子を失ったショックで、日に日にやつれていった。…………彼女には生きる希望がなかったのだ。
息子の部屋でボーっとして、夫と寝ていた布団で一人寂しく眠りにつく。誰もいない家で目覚める度に彼女の心はひび割れていった。
だが、冒険者たちを目にしたことでレイナは思い至る。
「…………私も……冒険者になればいい……そしたら……あの人も……レックスも取り戻せる…………」
感情とは人間の原動力だ。正の感情だろうが、負の感情だろうが人を動かす力がある。
心が壊れていた彼女は狂気じみた激情に飲まれた。
肉を食べ、剣を振るい、冒険者に挑み、魔物を斬った。
亡き夫と、息子が残した剣を深夜も振るい続ける。
最初は痛ましげに見守っていた村人たちだが、日に日に深くなる彼女の狂気。
村人たちの目に恐怖の光が宿るのは当然のことだった。
ダンジョンの周辺では迷宮都市建設が始まった。
ダンジョンの入口周辺は囲い込まれ、許可のあるものしかダンジョンに入れなくなった。
都市の入口に倉庫街が作られ、資材が搬入されている。
まずはダンジョンの入口と、都市の入口を繋ぐ道路を整備し、ダンジョンからの富を効率よく都市外に運搬するインフラ整備が始まった。
インフラが整えば、都市の建設を進めつつ、騎士団がダンジョンの調査を始める。
冒険者が入れるのは騎士団がダンジョンの中を調査し、国の管轄と冒険者ギルドの管轄が明確になってからの予定だ。
だが、何事も例外がある。
クローディア姫の願いを聞き入れ、王が冒険者ギルドに『絶剣』救援のためのダンジョン侵入許可を与えた。
その許可を受けてミルス冒険者ギルド長ラザニアが招集したCランクパーティーが続々と迷宮都市に集まっていた。
クローディアが向かった”北部戦線”にはマルス王国の精鋭騎士と、マルス王国唯一のAランク冒険者パーティー『暁の焔』を筆頭に、ほとんどのBランク冒険者パーティーも駆り出されている。
この場に集まっているのは現在のマルス王国内では最精鋭のメンバーである。
5組のCランク冒険者パーティー、総勢26名がダンジョン突入の準備をしていた。
迷宮都市建設予定地の外縁。
仮設の柵と監視塔に囲まれたダンジョン入口の前で、Cランク冒険者たちが集結していた。
ラザニアが手に持った書類を閉じ、冒険者たちを見渡す。
「――以上が、冒険者ギルドが把握しているダンジョンの情報だ。諸君らが行く『絶剣』が向かった右側のルートに関しては罠、魔物の情報は一切不明だ。そして……最重要事項として、『絶剣』の生存は極めて低いと判断している」
その言葉に、場の空気が重く沈む。
「……『絶剣』が、そんな簡単に死ぬわけねぇだろ」
大盾を背負った男が、悔しげに拳を握る。
「『絶剣』の連中が全滅したんだぞ? 俺たちみたいなただのCランクで何ができるってんだ……」
別の冒険者が弱気な声を漏らす。
「バカ言え。だからこそ行くんだろ。死んでるなら遺体を持ち帰る。生きてるなら救い出す。それが冒険者だ」
女戦士が仲間の肩を叩き、気合を入れる。
「……正直に言う。今回の突入は“救出”ではなく“確認”だ。だが――私は、アリアたちがまだ生きていると信じている」
ラザニアの声は震えていた。
「だから頼む。どうか……どうか、彼女たちを見つけてくれ」
「任せとけよ、ギルド長。俺たちはCランクだが、腕は確かだ」
「『絶剣』には世話になった。恩返しぐらいさせてくれ」
「アリアさん、優しかったからな……絶対に見捨てねぇ」
それぞれが武器を握り直し、覚悟を固めていく。
「よし、全員聞け!」
リーダー格の冒険者が声を張る。
「ダンジョンは未知だ。絶対に単独行動はするな。罠の可能性がある場所は必ず魔法使いと盗賊が確認。前衛は二列、後衛は背後も警戒。死にたくなければ、基本を徹底しろ!」
「了解!」
「了解だ!」
ダンジョン入口からは、冷たい風が吹き出していた。
まるで内部から何かが呼んでいるように。
「……『絶剣』。アリア。どうか、生きていてくれよ」
誰かが小さく呟いた。
「全員――突入準備!」
武器が抜かれ、魔力が練られ、足音が揃う。
「行くぞッ!!」
26名の冒険者たちは、闇の口を開けるダンジョンへと踏み込んだ。
精鋭の冒険者たちは事前の情報通りに休憩部屋を確認。そのまま『絶剣』の消えた右ルートを進む。
「行くぞ!ここからは盗賊が先行。魔法使いは魔力の流れを確認。罠を見逃すなよ!前衛は後列に回って背後を警戒!盗賊も一人は後列に回れ」
リーダー格に選ばれたCランク冒険者、エドワードの指示に従い、冒険者たちは慎重に通路を進む。
そしてーー彼等は迷宮に君臨する”王”を目撃する。
なにもない部屋を通り過ぎ、さらに奥へと進んだ彼等は魔物の気配がする部屋に辿り着く。部屋の中を確認した瞬間、冒険者たちは息を呑んだ。
そこにいたのは、明らかに“出来立てのダンジョン”に出現しない魔物達。
ゴブリンロイヤルナイトに従うように整列したゴブリンジェネラル、魔力を練るゴブリンセージ、呪術を唱えるゴブリンプリースト。
そして、その最奥に――王冠を戴くゴブリンキング。
冒険者たちの背筋に冷たいものが走る。
リーダーのエドワードが思わず愚痴を吐き捨てる。
「ゴブリンキングだと!?数十年に一度発生する伝説の魔物じゃねーか……。それに、ゴブリンの上位希少種もこんなにーーまずい!?魔法攻撃が来る!全員突入しろ!!!」
ゴブリンセージ達の”火槍”、”土槍”が通路に向かって射出された。狭い通路では回避できないと判断したエドワードは突入を指示する。
「【シールド・バッシュ】!」
「【ツイン・スラッシュ】!」
大盾を構えたアレックスと、双剣を構えた女戦士、カレラが魔法を迎撃。
次の魔法攻撃が来る前に冒険者たちは戦闘部屋Bになだれ込んだ。
エドワードが即座に指示を飛ばす。
「前衛、二列で壁を作れ! 後衛は魔法で援護! セージとプリーストを優先して潰すぞ!」
ここに集まった冒険者たちは全員が精鋭だ。判断は早い。
盾役が前に出て、槍と剣がその隙間から突き出される。
後衛の魔法使いが詠唱を開始し、弓兵が狙いを定める。
ゴブリンの物量は彼らには通用しない。
冒険者たちは、訓練された集団戦術で迎え撃つ。
だが――ゴブリン側も、ただの群れではなかった。
「ギャァッ!!」
キングの【統率】が籠められた咆哮が響いた瞬間、軍勢が一斉に動く。
・ジェネラルが前に出て盾を構え、冒険者の突撃を受け止める
・セージが後方から”火球”と”土槍”を連射
・プリーストが回復魔法でジェネラルを回復
・ロイヤルナイトが側面から回り込み、冒険者の陣形を崩しにかかる
完全に“軍隊”の動きだった。
冒険者たちの顔色が変わる。
「なんだこいつら……! ゴブリンの動きじゃねぇ!」
前衛同士が激突し、金属音が部屋に響く。
「押し返せぇぇ!!」
「ギャアアア!!」
冒険者の剣がジェネラルの盾を弾き、ジェネラルの槍が冒険者の肩を掠める。
後衛では魔法が飛び交い、火と土と氷が交錯する。
セージの”火球”が冒険者の盾を焼き、冒険者の氷魔法がゴブリンの足を凍らせる。
互角。
完全に互角だった。
26名の冒険者と、たった9体のゴブリン軍団が――互いに一歩も引かない。
戦況が膠着したその瞬間。”王”が動く。
「――ギィアアアアアアアアア!!」
ゴブリンキングが咆哮し【王の威圧】が発動した。
冒険者たちの身体が一瞬硬直する。
「くっ……身体が……重い……!」
「精神攻撃か!? 耐えろ!!」
その隙を逃さず、キングが前に出る。
床を削りながら大剣で斬り上げ、盾役の男を含む三人を吹き飛ばした。
「ぐあああああ!!」
「マズ……があああ!」
「やめ、ーーッ!!」
壁に叩きつけられた男たちが血を吐く。
キングは続けざまに剣を地面に突き刺し大地に魔力を込める。
地面から”石槍”が突き出し、冒険者の足元を貫いた。
「「ぎゃああああ!!」」
冒険者たちが一気に押し込まれた。
「グォォオオオオ!!!」
冒険者たちが怯んでいる瞬間にキングは渾身の一撃を振るう。
大地に突き刺した大剣を掴み、【闘気】を纏わせて横なぎに斬り払う。
かつてアリアの『絶剣』を迎撃しようとしたキングの一撃。その一撃は絶大だった。
前衛の冒険者たち5人を両断し、”冒険者だったもの”を後衛にまで弾き飛ばした。
さらに、王が崩した陣形の穴を広げるようにロイヤルナイト達が攻勢に出る。
「ダメだ……無理だ……!」
「後退しろ! 全員、退け!!」
エドワードの叫びと同時に、冒険者たちは後方へと走り出す。
ジェネラルたちが追撃しようとするが、キングが手を上げて制止した。
「……ギィ」
その瞳には“追う必要はない”という冷静な判断が宿っていた。
ゴブリンキングは、怪我をして動けない女冒険者の二人に目を向ける。
男は全員殺したが、女は死なない程度に攻撃していた。
王たるダンジョンマスターへの贄か。それともーー優秀な母体を求めてのことか。
ゴブリン達はゆっくりと女冒険者たちに迫る。
「お、おねがい……来ないで!」
「なんでもするから!殺さないで!」
怪我をして動けない彼女たちは懇願して許しを請うしかない。
一人は泣きながら床を這い、一人は近づいてくるゴブリンに胸を見せる。
やがて、彼女たちとゴブリンたちの影が重なり、戦闘部屋Bでは宴が始まる。
冒険者たちは命からがら部屋を脱出し、右ルートの異常な戦力に戦慄する。
ダンジョンから脱出できたのは半分の13名。ゴブリンへの恐怖と仲間を失った怒りを燃やしながらゆっくりとラザニアの所まで移動する。
そして――震える声でラザニアに報告する。
「……あれは……ダンジョンじゃねぇ……地獄だ……」
「右ルートは……絶対に……攻略できない……!」
「『絶剣』の死亡は……確定した……!」
報告を受けたラザニアは顔を青ざめさせて口を開く。
「……あなた方の健闘に深く感謝を。王国には私から報告をします。……危険度の見積もりが甘かった。皆様を死地に送り出したこと……冒険者ギルドを代表して謝罪いたします」
頭を下げるラザニアにエドワードは声を掛ける。
「……やめてくれよラザニアさん。俺達は冒険者だ。みんな死ぬ覚悟は出来てた。……情報がないのを承知でダンジョンに入ったんだ。あんたが謝ることじゃねえ」
「……今回は国からの依頼です。遺族への補償は手厚く行うように私から嘆願いたします」
翌日、ミルス冒険者ギルド長ラザニアから王国に『絶剣』救出部隊の成果報告書が提出された。
この報告が、
“ダンジョン合体説” を決定的なものにし、
『絶剣』がゴブリン軍団に敗北したという誤解を生むことになる。