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しんしんと降り積もる雪は、音を奪い、色彩を奪い、そして僕たちの「普通」を奪い去っていった
東北の山奥、地図の端に辛うじて記されたような小さな村
築百年は超えていそうな古い農家の居間で、僕——天野
隣では、髪の色は違うが僕と瓜二つの顔をした子供、黒羽
僕たちの母親は半年前、まだ僕たちが5歳のときに死んだ
布団の中で小さくなっていく母さんが最期に僕たちの手を握って遺したのが、この手帳だった
『……私は、呪術師というものでした。』
達筆な文字で綴られたその告白は、僕の頭の片隅にある「おぼろげな記憶」を呼び覚ます
僕はこの世界を知っている
前世というものがあるのなら、そこではこれは「物語」だったはずだ
呪い、術式、命を懸けた戦い
けれど、どれほど思い出そうとしても肝心の内容は吹雪の向こう側にあるように霞んで見えない
ただ一つ分かっているのはここがひどく残酷な世界だということだけだった
『一卵性双生児は、呪術の世界では一人として扱われます。けれど、私はあなたたちに、それぞれ別の個性を持って、一人の人間として生きてほしかった。だから、あえて名字を分けました。照、月詠。あなたたちは、二人で一つではなく、一人と一人なのです。どうか強く生きてください。』
母さんは、自分の「呪霊を操る」という異能の果てに、僕たちに力を遺した
僕には、天を裂くような鋭い「雷」の力を
月詠には、全てを凍てつかせる「氷」の力を
母さんは強い術師だったらしい
僕たちの力の元になった呪霊はずっと強いものから分離した一部であったが、呪術界では準一級に分類されるものだった
そして、それとは別に僕たちの中に眠る、もっと根源的な「違和感」
僕が目を凝らせば、ほんの数秒先の「これから起こる光景」が陽炎のように揺れて見える
月詠が意識を沈めれば、そこにあるはずのない「かつての足跡」が鮮明に浮かび上がる
母さんの知り合いだという「窓」を名乗る男は、時折村にやってきては、僕たちに呪術のイロハを教えてくれた
けれど、その人も僕たちが7歳のとき、あっけなく交通事故で死んだ
守ってくれる大人は、もう誰もいない。
それからあっという間に7年が過ぎ、僕たちは14歳になった
戸籍上は中学生だが、学校には行っていない
この雪深い村で、母さんが遺した畑を耕し、罠を仕掛け、二人だけで生きてきた
「……来るぞ、照」
月詠が低く呟いた
薪を割っていた僕の手が止まる
月詠の視線は、森の境界線——そこにある「数分前の獣の殺気」を捉えている
僕もまた、視界を少しだけ「先」へ飛ばした
10秒後、雪を蹴散らし、黒い塊が飛び出してくる
それは普通の熊ではなかった
体中に醜い瘤があり、口からはどす黒い怨念のようなものが漏れ出していた
「でかいな」
「そうだね。でも、冬眠の邪魔をされたくないのは僕らも同じだ」
僕は斧を置き、右手を前へ突き出した
一瞬。僕の視界の中で、熊が僕の喉笛に食らいつこうとする「確定した未来」が再生される
僕はその「未来の座標」に向けて、全神経を集中させた
今、この場所には何もない
けれど、数秒後のそこには間違いなく奴の心臓がある
「——堕ちろ」
僕の指先から、青白い火花が爆ぜた
次の瞬間、空を割るような轟音とともに、何もない空間から巨大な雷光が降り注ぐ
それと同時に、月詠が地面を蹴った
「逃がすかよ」
月詠の手から放たれたのは、猛烈な吹雪と、氷の礫
それは逃げようとする熊の背後——「つい先ほどまで熊がいた場所」を凍てつかせる
過去を凍らされた熊は、因果に縛られたかのようにその場に縫い止められた
雷に打たれ、氷に貫かれ、異形は声もなく崩れ落ちた
黒い霧となって消えていく死骸を見届け、僕はふう、と息を吐く
「……誰か見てる」
月詠が、森の奥を睨みつけながら言った
僕もそちらを見る
僕の「未来」には、一人の人間が驚愕の表情で立ち尽くしている光景が映っていた
それは、村の人間じゃない
黒い詰襟のような服を着た、明らかに「こちら側」の人間
「……あーあ。静かに暮らしたかったんだけどな」
僕は苦笑いしながら、空から降ってくる雪を仰いだ
僕たちが「天野照」と「黒羽月詠」という二人として生きるための時間は、どうやらここで平穏を終えるらしい
――これは、後に呪術界に波乱をもたらす二人の物語
今後の投稿について
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