「ん……?」
憂太が足を止め、落ち着かない様子で周囲を見渡した。
「どうした憂太?」
「えーっと、ちょっと嫌な感じが……」
パンダの問いに憂太が答えるが、隣の二人は即座に切り捨てる。
「気のせいだ」
「気のせいだな」
「おかか」
「えー、ちょっとみんなー!」
「だって憂太の呪力感知、超ザルじゃん」
「まあ、里香みたいなのが常に横にいりゃ、感覚も鈍くはなるわな」
「ツナ」
同級生の容赦ない言葉に憂太が肩を落とす。だが、真希はふと隣の様子に気づき、眉をひそめた。
「ん? どうした照、顔色悪いぞ」
「そういうのは真っ先に気づくんだな……」
「うるせえ! 殺すぞパンダ!」
ボソッと呟いたパンダに真希が怒号を飛ばす横で、月詠は兄の異常を察し、鋭い声をかけた。
「……照、どうした?」
「万が一のことを考えて未来を見ようとしたけど……ノイズが酷くて、何も見えないんだ」
照は額を押さえ、苦痛に顔を歪めた。
「……っ! それって」
「五条先生と一緒……。あまりに強大で確定した『未来』が近くにいるせいで、弾かれてる……」
「照、伊達眼鏡着けろ。脳への負荷がキツいだろ」
月詠がそう促した直後、上空から巨大なペリカンの呪霊が舞い降りた。
砂埃と共に降り立ってきたのは、法衣を纏った男――夏油傑と、その一派だった。
「変わらないね、ここは」
「あいつら何?」
美々子が冷たく反応する。
「お前らこそ何者だ! 侵入者は許さんぞ、憂太さんが!」
「こんぶ!」
「殴られる前にさっさと帰んな! 憂太さんに!」
「えぇ……っ!?」
パンダたちの謎の「憂太さん」呼びに戸惑う憂太を置き去りにして、夏油は一瞬で距離を詰めた。そして、優しく憂太の手を握る。
「初めまして乙骨君。私は夏油傑」
「あっ……はじめまして……」
「君はとても素晴らしい力を持っているね。私はね、大いなる力は大いなる目的のために使うべきだと考える。今の世界に疑問はないかい?」
夏油は淡々と、だが重みのある持論を憂太にぶつけ始める。隣に立つ照は、あまりに不穏な未来の予感とノイズに意識を削られ、動くことができない。
「だからね。君にも手伝ってほしいわけだ」
「なにを……ですか?」
「非術師を皆殺しにして、呪術師だけの世界を作るのさ」
その狂気に満ちた言葉に、月詠の呪力が跳ね上がる。
「こいつ……!」
「僕の生徒に、イカれた思想を吹き込まないでもらおうか」
高専の術師たちを従え、五条先生が現れた。
「悟……久しいねえ」
夏油のその声を聞いた瞬間、月詠の視界が歪んだ。
照の「未来視」とは違い、突発的に発動する月詠の「過去視」。その範囲は、時に数十年前の情景まで遡る。
(……これは。……先生と、この男の、記憶?)
青い春の残像。笑い合う二人の少年。
あまりに眩しく、そして切ない過去の断片が月詠の脳内に流れ込む。
「まずその子たちから離れろ、傑」
五条の氷のような声が、月国の意識を引き戻した。
「今年の1年は粒ぞろいと聞いたが、なるほど。君の受け持ちか」
夏油は興味深げに一年生たちを見渡し、一人一人の「価値」を口にする。
「特級被呪者、突然変異呪骸、呪言師の末裔」
「伝説の術式を持った双子の『当たり』と『はずれ』」
その一言で空気が凍りつく。ずっと隠してきた事実をこの男は知っていたのだ。
「なんでそれを…」
「そして――禪院家の落ちこぼれ」
「てめえ……っ!」
真希が武器を構えるが、夏油の視線は酷く冷淡だった。
「発言には気を付けろ。君のような『猿』は、私の世界にはいらないのだから」
その時、憂太が静かに、だが力強く夏油の手を払った。
「ごめんなさい。夏油さんの言ってることは、まだよくわかりません」
真っ直ぐに夏油を見つめ、憂太は言い切る。
「けど。友達を侮辱する人の手伝いは、僕にはできない」
「……すまない、君を不快にさせるつもりはなかった」
夏油は微かに目を細め、興味を失ったかのように五条へと向き直る。
「じゃあ一体、どういうつもりでここにきた」
「宣戦布告さ。きたる12月24日、日没と同時に、我々は新宿・京都にて『百鬼夜行』を行う」
夏油は広げた両手で、これから起こる地獄を歓迎するように笑った。
「地獄絵図を描きたくなければ、死力を尽くして止めに来い。思う存分――呪い合おうじゃないか」
高専の敷地へ易々と侵入し、補助監督の亡骸を横目に夏油傑は校内を進む。その足取りには迷いがない。
『ミゲルは悟の足止めを頼むよ』
『ワカッタ。ダガ、オマエノ目的ハ乙骨トハ別ナンダロ?』
『さすがだね』
数日前、夏油はミゲルにそう告げた。五条悟の動向、そして高専の配置。全ては彼の手のひらの上にある。
『悟はおそらくあの双子を東京、京都に配置している。
夏油の予見通り、彼は高専で禪院真希と遭遇した。
「君がいたか」
「いて悪いかよ。何でお前がここにいる」
真希は即座に大刀を構え、警戒を露わにする。しかし、夏油の眼中に真希という個人の命などない。彼が見ているのは、もっと先にある「駒の排除」だ。
『配属が東京だろうが京都だろうが、高専に私がいるとわかったら天野照は飛んでくるだろうね。それまでに彼女を殺す』
その夏油の言葉に、ミゲルは訝しげに尋ねていた。
『アイツニソコマデノ価値ガアルノカ?』
『重要さ。刻廻呪術の使い手といえど彼の力は未来のみ。禪院真希の蘇生には莫大な呪力と過去の力がいるだろうね。加えて死者の蘇生なんて簡単にできるものではない。そこで彼は間違いなく縛りを結ぶ』
夏油は薄く笑った。
『双子を救うなら、その対価として双子の魂が必要になるだろう。無意識だろうが、彼は自身か黒羽月詠を対価とする』
夏油の推論は、呪術の深淵を抉る。
『知ってるかい? 縛りで魂を差し出した場合、それは突然死として処理される。私の呪いで死にかけた信者で試したんだ。つまりこれは双子にしかできない縛りであり、死後は呪霊が生じる。天野照が死んだ場合は黒羽月詠が自分の命と引き換えに蘇生するだろうね。どう転ぼうが禪院真希を殺せば、彼らの善意は確実に黒羽月詠の呪霊化に繋がる』
双子の「善意」を、彼ら自身の破滅へと変換する。これこそが、夏油が描く禪院真希を殺す真の目的だった。
『君には負担をかけることになる、すまないね』
『死ンダラ祟ルゾ』
過去の会話を反芻しながら、夏油は真希を見下ろす。その瞳には、真希の死がもたらすであろう「最上の絶望」への期待が宿っていた。
「……何か企んでんのか」
真希が睨む。彼女はまだ知らない。自分が殺されることで、彼女が大切に思う同級生が己の魂を削り、呪いへと墜ちていくその未来を。
夏油はただ、優雅に笑みを深めた。
「君に用はない。ただ、ここから消えてもらうだけだよ」
高専の静寂が、破滅の予兆に塗り替えられていく。
『ダガ、ナゼオマエハ片方二コダワルンダ?両方取ラナイノカ?』
『欲張りすぎない方がいいよ。先日の様子を見た感じだと未来の力は制限がある。対して過去の力は制限が緩い、加えて全てをねじ曲げる力がある。どちらが当たりでどちらがはずれか明確だろう?』
『それに未来を知って行動するのはつまらない、やり直しがきくのも同様だけど私がするのは過去の過ちの取り消しさ』
『ナルホド……』
『そう、やっとわかったみたいだね』
『私の目的は呪霊化した黒羽月詠、刻廻呪術の過去の力の全てさ』
ドブカス
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早めに出てきてほしい
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2年になったら出てきてほしい
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死滅回遊のとこだけでいい