「ねー七海ーおもろいのみつけたー」
高専の資料室。静寂を切り裂くような軽い声と共に一束の報告書が宙を舞い、デスクで作業をしていた七海建人の目の前に着弾した
声をかけた男——五条悟はその目に巻いた白い包帯の奥で、子供みたいに愉快そうな気配を漂わせながら壁に寄りかかっている
「なんですか、私は今忙しいのですが」
「いやね、最近暇だったし今日来た仕事もいつもと比べたら小さなものだったけど、それが結構面白い内容でさー」
七海は苛立ちを隠そうともせず、手元の書類から目を上げた
視線の先にある報告書には、東北の山奥で観測された『未登録の術師』に関する記述があった
「未登録の術師が2人……子供、ですか。祓った呪霊が準一級相当……五条さん、これ捏造してませんよね」
「僕がそんなことするわけないだろ。調査に出てた術師は攻撃に巻き込まれて軽傷。その術師に付着してた残穢を僕が直接見てみたら、なんと呪力が4種類」
七海の眉がピクリと動く
呪術師一人につき、術式は一つ。それがこの世界の理だ
「それぞれに術式が2つ、ということですか。過去にない事例ですが、誤解の可能性は?」
「ないね。……で、本題だけどさ、そのことよりもその術式のうち2つの術式がとんでもないものだったんだよね」
「もったいぶらずに言ってください。先程も言いましたが、私は忙しいので」
五条は包帯越しに七海を覗き込むようにしてその唇の端を吊り上げた
「あーごめんごめん。その術式がね、五条家にかつて1人だけ存在した、強力なものだったんだよ」
空気が一瞬で凍りついた
五条が言葉を続ける
「何百年も前だから記録はほとんど残ってなかったけど、五条家の資料の全く目立たないところに書いてあったんだ。『
「時間を?」
七海の声に困惑の色が混じる
「そう。ちゃんと術師をしてたんだけど上層部がそれを恐れてね、暗殺されちゃったんだ。もちろん、呪霊を用いてね」
「なぜですか。それほどまでの異能、戦力として重用すべきでしょう」
「術式が術式だからだよ、七海。過去と未来が操れるなら、呪力量が少ない場合、どこから持ってくると思う?」
七海は思考を巡らせ、戦慄と共に答えを導き出した
「……過去や未来で、使わない呪力」
「正解。休めば呪力は回復する、それを過去や未来から持ってくれば実質無尽蔵、それに加えて過去改変。——そりゃ消されるよ。」
五条は壁から背を離し、窓の外の空を見上げた
「そんな術式がなぜ今……」
「相伝ではないと思われていたその術式は、彼の生前の隠し子の子孫から出てきた。僕はそう感じている。結婚はしなかったが隠し子がいる可能性があるということは書かれていたしね」
「……そのような術式を持った子供を高専で引き取るつもりですか。上層部が黙っていないでしょう」
「まあね。内緒にして部分的に力を使わせれば処分されることもない。問題は今回の相手が2人だということ」
「あなたに何か問題でも?」
五条の表情から一瞬だけ冗談めかした色が消えた
「残穢の感じだと、たぶん双子。術式が『過去』と『未来』に、綺麗に分離している」
「……術式自体は、弱体化していますね。本来1つであるべきものが2つに割れているのなら」
「それでも準一級呪霊を秒殺できる実力がある。もしこれが、1人だったとしたら——」
五条は絶対的な自信に満ちた声で言い放った
「僕より強い術師が誕生していたかもしれない」
「……本気ですか」
「マジ。まあともかく、その才能を無駄にしたくないからさ、
2人をなんとかして高専に連れてくるよ。どっかで指導頼むかもしれないけど、そんときはよろしく〜!」
嵐のような言葉を残し、五条はひらひらと手を振って部屋を去っていく
残されたのは、沈黙と、山積みの仕事と、あまりに厄介すぎる『未来』の予感だけだ
「はあ……」
七海は深い、深い溜息をついた
その溜息はこれから始まる呪術界の激震を予見しているかのようだった
熊の呪霊を倒した翌日
雪は止んでいたが空気は昨日よりも張り詰めていた
僕は薪を割りながら視界の端に映り込む『不吉な未来』を何度も瞬きして追い払う
……おかしい
さっきからずっと先の未来が白く塗り潰されて、何も見えない
「照、手を止めろ」
月詠の声が鋭く響く
彼が睨みつける森の入口。そこから、1人の男が場違いなほど軽やかな足取りで歩いてきた
黒い服、目に巻かれた白い包帯
一見して不審者だが、僕の『感覚』が警鐘を鳴らし続けている
この男の周囲だけ、空間が、いや『時間』さえも歪んでいるような。そんな得体の知れない圧力を感じる
「へぇ、本当に2人いるんだ。お、やっぱり正解らしいね、呪力の質がそっくりだ」
突然現れて何かを確信する男
「1人は僕の
男は僕たちの数メートル前で足を止めた
包帯で目は見えないはずなのに、僕たちの術式の本質を一瞬で見抜かれた
「何者だよ」
月詠が氷の呪力を練りながら、低く問い詰める
僕も右手に雷を宿し、いつでも撃てるよう構えた
けれど、男は怯えるどころか、にこりと口角を上げた
「五条悟。東京都立呪術高等専門学校の教員だよ。で、君たちの親戚のお兄さん」
「……親戚?」
聞き慣れない言葉に僕と月詠は顔を見合わせた
母さんの手帳には親戚なんて一言も書いていなかった
でも、この男から感じる『異常さ』は、僕たちの血に流れるあの『違和感』と同質のものだ
男——五条悟は僕たちの警戒を無視して、ひょいと首を傾げた
「君たち、何歳?」
「……14」
僕が答えると、五条は「あー、やっぱりね」と一人で納得したように頷く
「早生まれ?」
「……ああ」
月詠が怪訝そうに肯定する
すると五条はパンと景気よく手を叩いた
「よし決まり。じゃあ4月から高専生ね」
「ん?」「は?」
僕と月詠の声が重なった
昨日までの平穏な雪景色がこの男のたった一言で、音を立てて崩れていった
よくも悪くもぼんやりと僕の目に映る未来は穏やかなものではなくなったのだった
今後の投稿について
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