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「へぇ……この手帳、お母さんが書いたの? 随分と丁寧だ。呪術の基礎がしっかりしてる」
五条は囲炉裏のそばで胡坐をかき、母さんの遺した手帳をパラパラと捲りながら感心したように言った
その横で僕と月詠は古い箪笥から荷物を引っ張り出している
と言っても、ほとんどの物は東京で新調してもらえるらしい
僕たちがまとめているのは母さんの形見や使い古した小道具といった最低限の私物だけだ
「……五条さん」
「あ、担任僕だから。さん付けじゃなくて先生って呼んで?」
「……五条先生。僕たちの先祖が、五条家だったっていうのは本当なんですか?」
僕の問いに五条先生は包帯をいじりながら頷いた
「本当だよ。でも、君たちの先祖は五条家を『捨てた』側。時間を操るなんて神様みたいな力が怖くてね、昔の偉い人たちがその術師を消しちゃったんだ。それ以来、君たちの家系はただの人間として隠れ住んでたはずなんだけど……」
五条先生は手帳を閉じ、僕と月詠を交互に見た
「お母さんに『呪霊操術』が発現しちゃったのが運命の分かれ道だね。本来なら非術師の家系として途絶えるはずだった呪力が、呪いを取り込むことで強制的に活性化し、眠ってた血の記憶を呼び覚ましちゃった。……でも、面白いことに本来一人で持つはずの『刻廻』の術式が、双子の君たちに分かれて発現したんだ」
「……分かれたから、弱くなってんのか?」
月詠が古い木箱を乱暴に閉めながら少し不機嫌そうに尋ねる
言葉は荒いがその瞳には五条先生の話への確かな好奇心が見えた
「ま、弱体化してると言えばしてるかな。出力や持続時間は、本来の形より落ちてるはずだよ。でも、そのおかげで君たちの体への負荷が分散されてる。……そうそう、高専には登録しないけど、別れた術式にも名前がないと不便でしょ。『刻廻呪術・
「いいんじゃね? 別に何回も叫ぶもんじゃねぇし。極端にダサくなきゃ何でもいいわ」
月詠がぶっきらぼうに答える
「照の方は未来、月詠の方は過去。そしてメインの術式は、お母さんから引き継いだ雷と氷……こっちを登録上の術式にする。いい? 君たちはあくまで『自然発生した属性術式を持って生まれた双子』。そういうことにしとくから」
僕は五条先生の言葉の裏にある慎重さを感じ取った
「……何か、隠さなきゃいけない理由があるんですか?」
「ちょっとね。上層部はいろいろあって今、呪霊操術にめちゃくちゃ敏感になってるんだ。君たちの母さんが呪霊から抽出した力を継承してるなんて知られたら、根掘り葉掘り探られて、刻廻までバレかねない。それは避けたいからさ」
五条先生は立ち上がり、伸びをしながら窓の外の雪景色を見た
「呪術師は人手不足でね。君たちの同級生は現時点だと3人しか決まってないんだ。ま、変わり者ばっかりだけど、君たちなら上手くやれるでしょ」
「……3人か、思ったより少ないな」
月詠が肩を竦める
僕たちは母さんの墓の方を一度だけ振り返った
雪に埋もれたこの村から、誰も知らない東京へ
母さんが望んだ「一人と一人」としての人生が今、予想もしなかった形で動き出そうとしていた
「よし、準備いい? ――じゃあ、行こうか」
五条先生の軽い言葉と共に、僕たちは慣れ親しんだ古い家を後にした
「……」
「頭痛え……」
東京、新宿駅
山を降りて数時間、僕たちは都会の洗礼を全身に浴びていた
僕の視界には数秒先の未来を歩く膨大な人々の残像が、月詠の視界には今しがた通り過ぎた人々の執念のような足跡が
情報の奔流が脳を焼き、平衡感覚を狂わせる
「はい、これ。慣れるまでかけてなよ」
五条先生から手渡されたのは、レンズの暗い伊達眼鏡だった
それをかけると、暴力的なまでの情報の解像度が少しだけ落ち、ようやく息がつけた
「……ありがとうございます」
「高専の中なら結界の加減で少しはマシになるから、それまで我慢してね」
案内されたのは古めかしい寺院のような建物の一室
そこには、無数のぬいぐるみ——呪骸に囲まれ、黙々と作業を続ける大柄な男が座っていた
東京都立呪術高等専門学校、学長・夜蛾正道
「……何しに来た」
地を這うような低い声
僕たちが「呪術を学びに来た」と答えると、彼は手を止め、鋭い視線を向けてきた
「今の君たちは、死んだ母親の言葉をなぞっているだけに過ぎない。呪術師は、常に死と隣り合わせだ。他人の遺言に縛られ、執着しているだけの人間に、その業を背負うことはできん」
次の瞬間、夜蛾学長の傍らにあった呪骸が跳ね起きた
獲物を狩る獣のような動きで僕たちの顔面へと肉薄する
だが、僕の目にはその「一秒後」がすでに映っていた
「——させないよ」
僕は一歩も動かず、右手の指先を弾く
放たれた青白い火花が呪骸の眉間を正確に貫き、雷の衝撃がその動きを強制停止させた
「……強く生きろとは言われました」
僕は煙を上げる指先を下ろし、真っ直ぐに学長を見据える
「でも、生き方までは強制されてない。母さんの願いをなぞるだけじゃなく、これは僕自身で選んだ道です。その先で後悔することになろうが……僕は、僕自身の意志で、この世界で生きてみたい」
隣で月詠が鼻で笑って肩を竦めた
「俺も同じだ。誰かのために死ぬ気はねぇよ。俺が俺として、不自由なく生きるための力を手に入れに来ただけだ。じゃなきゃ、わざわざこんな怪しい目隠しについて来ねえだろ?」
沈黙が部屋を支配する
やがて、夜蛾学長はふっと口角をわずかに上げた
「……悟。寮を案内してやれ。合格だ、ようこそ呪術高専へ」
学長室を出て、校舎の長い廊下を歩く
冬の冷たい空気が、少しだけ火照った頭を冷ましてくれた
「あ、そうそう。まだ12月だからね、他の新入生は入学予定の段階でここにはいないよ。当面は君たち2人だけ、それと1匹か」
そして五条先生は廊下の窓から外を見上げ、軽い調子でとんでもないことを言い出した
「早速だけどさ、君たちには明日から仕事を受けてもらうから。そうだな……4月の入学までの4ヶ月で、二級までは上げようか」
「「は?」」
本日2度目の、僕と月詠の声が重なった
14歳の冬、僕たちの「呪術師」としての生活は平穏とは程遠いスピードで幕を開けた
今後の投稿について
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