東方朧観簿   作:庶民

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其の五、金銭

 

 夢から醒めた時、私は涙の跡がある事に気付いた。

 顔に付いたそれを擦り落とし、布団の上に座り込む。

 

 紫さんに私の下手な感謝を伝えた後、彼女は幻想郷で生きる為に必要な事を教えてくれた。

 まず、私は人間の里から出ていかなくてはならないらしい。

 即座に実行する事は難しいだろうという情けで、彼女からは二日の猶予を与えられた。

 その期間中に、私は他の妖怪から襲われないようにしなければならない。

 既に考えはあった。

 何処か大きな傘下に入る。

 そもそも、私にはそれ以外に生き残る術が無いのだから。

 

 私は隣で眠る先生に目を向けた。

 視界を遮る障子等は無く、畳一枚分の距離を隔てた場所に敷いた布団の中で、先生は規則正しい寝息を立てている。

 この際、同室なのは置いておこう。単純に私が侮られているだけだ。

 とにもかくにも、この先生には世話になった。押し売り気味だったが、嫌ではなかった。

 この恩は出来れば返したいと思う。しなければならない事ではないが、それが今の私にとって一番したい事だ。

 

「ん……」

 

 一度目をきつく閉じてから、先生が目を覚ました。上体を起こし、少しだけ癖が付いた銀髪を手で梳きながら私に向き合う。

 

「ああ……、おはよう」

 

 私は正座してから、挨拶を返す。

 

「おはようございます、先生。すみません。目を覚まさせてしまいましたか」

「いや、早起き出来たんだ。別に良いさ」

 

 寝巻き姿の先生は布団から抜け出すと、それを畳み始めた。着の身着のままで寝ていた私も倣おうとしたところ、止められる。

 

「川上君はもう少し眠っていてくれても構わないぞ。朝食の用意が出来たら呼ぶから」

「客人扱いという訳にはいきません」

 

 このまま恩を積み重ねていけば返しきれなくなってしまう。布団を手際よく押し入れの中へ片付け、着替え終えた先生と一緒に朝食を食べる事にした。

 

「……本当にそれだけで良いのか?」

 

 私がご飯一杯で一汁一菜を済ませ、先生が食べ終わるまで付き合おうとすると、心配そうに言われた。

 

「私よりも食べてないだろう」

 

 皿の数が先生よりも一つ足りないだけなのだが、それでも一般的に考えた場合、私の食事量は少なかった。

 

「ええ。食べ過ぎると直ぐに戻してしまうので。体が軽いのでそんなに負担もかかりませんし」

「普段食べてないから戻すんだろう」

「生まれつきですよ。それにこれで腹七分くらいまで食べましたから、もう要りません」

「そうか? それなら良いんだが」

 

 先生が食事について強いるのはそれで終いだった。

 食べ終えて皿を洗い、時計を見る。まだ六時だ。本当に早すぎたのかもしれない。

 先生は歴史学者――実際は編纂者だそうだ――だけではなく、寺子屋の教師もしているそうだが、この時間では生徒もまだ来ないと分かりきっているのだろう。教材らしき複数の本を床で揃えては中身を確認し、授業の予習をして時間を潰している。

 私もする事が無いので、持ち物を確認していた。

 日本円が幾つか入った財布に運転免許証、油の切れたライター。携帯電話は捕捉されている気分になるので、山歩きを始めた時点で捨てていた。

 旅の途中では何かと使えたが、幻想郷を新天地として選んだ今となっては、どれも無用の長物だ。どこかで処分する必要があるだろう。

 その時、かさりと乾いた音が私の耳に届いた。

 

「先生。手紙か何か来たみたいですよ」

「なんで分かるんだ?」

「耳が良いので」

「本当か?」

 

 先生は疑いながらも玄関へ歩いていく。戻ってきた先生の手には四つ折りにされた新聞があった。『文々。新聞』とある。

 

「読むか?」

「あ、はい。是非とも」

 

 先生が新聞を差し出したので、私はそれに目を通した。

 新聞と銘打っているが、外のように犯罪や政治の話は殆ど見当たらない。紙面を彩るのは妖怪や人間による風変わりな事件が多い。隅に小さく「外来人複数死亡」という記事があるが、この扱いを見る限り、そう珍しくもない話なのだろう。

 私は新聞を畳み、最も気になった求人広告を読み返す事にした。

 どうやら、紅魔館という場所が使用人を募集しているらしい。

 

 紅魔館というのは、東洋の妖怪が多い幻想郷では珍しく、吸血鬼が支配している屋敷だそうだ。天狗や鬼といった日本由来の勢力と比べれば新参であるため、人手が不足しているのだろう。入り込むとなれば、こういった組織が容易かもしれない。

 それに、私は生来、仕える側の存在である。上手く扱える相手を探すというのも、新たな目的として悪くないだろう。

 

「先生。紅魔館の吸血鬼ってどんな方ですか?」

「あー……。我が強い」

 

 私の質問に先生は苦虫を噛んだような顔で答える。

 

「他には?」

「子供だな、かなり」

「年齢が、ですか?」

「五百年は生きてるらしいが、まあ、五百歳児だな」

「え、と。済みません。よく分かりません」

 

 年月を経れば相応の落ち着きを得るものである。私は若くして老成していると言われがちだが。

 

「見た目は子供だ。付き合いが無いからどのような性格か詳しくは知らないが、事件のようなものがある度に探偵ごっこで犯人を捏造していたりするらしい」

「あの、もしかしてその吸血鬼の事は嫌いですか?」

「遠くで見る分には良いが、積極的に関わろうとは思わないな。私とは反りが合わない」

「……そう、ですか」

 

 機嫌を損ねさせても悪いので話を早々に切り上げる。

 人間の血を啜る吸血鬼と元人間で今も人間側に属する先生とでは反りが合わない事くらい、よく考えれば言われなくても気付けた事だ。

 私が他の話題を考えていると、先生は時計を見て立ち上がった。

 

「そろそろ行くか。川上君は今日はどうする予定だ?」

「ちょっと周りを見て歩くつもりです。外の世界とは違う文化に興味がありますし、住居も探さないといけませんから」

「それなら昼はどうする? 寺子屋は午前までだが」

「適当に済ませます。夕方には帰ってくる予定ですが、もしかしたら遅くなるかもしれません」

「ん。分かった。それじゃ、行ってくる」

「はい。行ってらっしゃいませ」

「……なんだか、くすぐったいな、そういうの」

「何がでしょうか?」

「いや、気にするな。――行ってきます」

 

 先生はわざわざ敬語に言い直してから、意気揚々と出掛けていった。

 あの一瞬見せた困惑の表情。もしかすると、私の態度は丁寧過ぎたのかもしれない。反省しつつ、私も出掛ける準備をする。

 適当な刃物を借りて無精髭を剃り、鏡で確認。綺麗では無いが、まあ、良いだろう。

 靴を履き、背筋を伸ばし、私は博麗神社へ向かった。

 

 

 

 

 理由は知らないが、先生の家を出た頃から昨夜の猫が私を追ってきた。人間の里を出た頃からは、何処からか来た妖精達も私を追ってきた。

 とは言え、向こうから話し掛けてくる訳でもない。単に行き先が同じだけなのかと思い、あまり気にせず歩いていたが、博麗神社へ到着する頃には随分と大所帯になっていた。

 何はともあれ、長い階段を上がり、境内が視界に入った瞬間、あまりに酒臭くて私は噎せてしまった。臭さに驚いた猫は慌てて風上へと避難する。私も猫と同じように逃げたくなったが、我慢して玄関を叩いた。

 

「はいはい。朝っぱらから誰よ、もう……」

 

 がらりと開く。そこから現れた霊夢は私を見て、少し驚いた顔をした後、平坦な声で言った。

 

「へー、生きてたの。良かったわね。で、何の用?」

 

 喧嘩売ってんのか。

 酒気のせいで苛々するのを堪えつつ、私は言い返した。

 

「……喧嘩を買いに」

 

 鼻で笑われた。

 

「良いわよ。いくら出す?」

 

 私は財布を取り出して、その中から紙幣と硬貨を全て抜き出した。

 

「外の世界で言うと、大体合計で一万円か二万円だ。幻想郷では使えないから、外の世界へ行く奴にやるなり、焚き付けに使うなり、好きにしてくれ」

「……本気?」

「当然。どうせ物欲も無いし、外の世界に戻る気も無い。――手を出して」

 

 正気を疑われる中、私は霊夢の手にお金を載せる。

 これは外の世界との手切れ金だ。何にどう使われようと、もう私の知ったところでは無い。

 それにしても、酒臭い。

 何処からだと考えて、霊夢越しに建物の奥を見る。

 

「散らかってるな」

 

 一目瞭然とはこの事だった。

 食べ散らかし、飲み散らかし。部屋も庭も悲惨な程に食器やら何やらがごちゃごちゃしている。

 霊夢の手もよく見れば濡れていた。片付けの最中なのだろう。

 呆れ顔で霊夢がぼやいた。

 

「驚いた? 宴会を開くといつもこんな感じなのよね。楽しむだけ楽しんで片付けずに帰る奴ばっかで。異変が起きる度に何故か人数が増えてくし」

「良ければ手伝うけど」

「ほんと? それなら頼むわ」

 

 私としても酒臭いのは鬱陶しくて仕方無い。猫が可哀想だという事もある。家の中に立ち入ると、私は手当たり次第に片付け始めた。

 食器は流しに、座蒲団は押し入れに、鬼は外、……なに?

 

「霊夢。鬼が寝てる」

 

 二本の立派な角を持った幼女の小鬼が、瓢箪を片手にぐうすかと。

 霊夢の居る台所から水の音と共に声が飛んできた。

 

「ほっときなさい」

 

 だそうで、放置。

 頼んでもいないのに妖精達も片付けを手伝い、てきぱきと作業は進んだ。

 多少は臭いも和らぎ、どうにか居間で一息入れる。

 避難していた猫も平気になったのか、庭先まで戻って来ていた。掃除に飽きたらしい妖精達の遊び相手として、面倒そうにしながらも渋々付き合っている。

 その様子を微笑ましく見ていると、皿を片付け終えた霊夢が隣に来ていた。

 

「あんたさ……、何者?」

 

 何度も訊かれた質問だ。今までは答えたくなかったが、今は自信を持って答えられる。

 

「私は川上龍泉で妖怪だよ」

「ふうん。聞きたかったのはそんな事じゃないんだけどね」

 

 なんだ、違うのか。

 一人称の変化も妖怪だという事もどうでも良さそうにしながら、霊夢は庭の妖精達を指差した。

 

「あいつらの事でね。あんたが連れてきたあの妖精達。普通は片付けを手伝うどころか邪魔してくるような連中なのよ」

「私が何かしたとでも?」

「そうよ。と言うか、多いわよね。妖精に幽霊に猫とか。レミリアと幽々子とさとりを足して二で割った感じ」

「誰だよ、そいつら」

「まだ一日目だから知らなくて当たり前ね。紅魔館の吸血鬼と冥界の亡霊と地底の覚妖怪よ」

「とんでもない連中だな」

「十五割が何を言う」

 

 知らんがな。

 

「そうは言われても、全員勝手に付いてきただけで特に何もしてないんだけどね」

「本当に?」

「嘘だと思うなら聞けばいい。巫女なら幽霊とも話せるだろ?」

「……分かった。そういう事にしといてあげるわ。面倒だから」

 

 霊夢はあんまりな理由で引き下がると、眠る小鬼に近付いた。

 

「起きなさい、萃香。もう昼になってくるわよ」

「うぇ? もうそんな時間か」

 

 寝ぼけ眼を擦り、起き上がる萃香。

 彼女の手首や足首に繋がれた鎖がじゃらじゃらと騒がしい音を立てる。

 

「うんにゃ? 誰だ、そいつ?」

 

 片付いた部屋の様子を眺めた萃香の目が私を捉える。即座に傍らの霊夢が教えた。

 

「宴会でちょっと話題に上がった川上龍泉って奴よ。人間じゃなくて妖怪だったらしいわ」

「なあんだ、妖怪か。でも、成る程ねぇ……。言われてた通りの優男だ」

 

 萃香は私の近くまで歩み寄ると、右手を差し出し、自らを紹介する。

 

「私は鬼の伊吹萃香だ。宜しくな」

 

 しかし、私は萃香から発せられる酒の臭いに嫌悪感を隠し切れず、あからさまに後退ってしまった。

 悪い臭いでは無いのだが、やはり、酒は駄目だ。

 愕然とした表情で固まる萃香に、鼻から口まで手で覆った私が言う。

 

「悪い。酒の臭いがキツいから、近寄らないでくれ」

「あ、ああ、そういう事かい」

 

 納得した様子の萃香。

 突然に酒の臭いが散り、幾分マシになる。

 伊吹萃香は疎密を操る鬼だ、と私の能力が告げた。

 

「改めて宜しくな」

 

 そう言われ、私は萃香の手を軽く握る。

 包み込めそうな小さな手だ。

 それなのに、恐ろしいまでの怪力を秘めているらしい。少なくとも、私の手を容易く握り潰せる程に。

 私は平静を装いつつ、速やかに手を離した。

 どうやら、私のこの能力は自覚し続けていれば些細な事でも判別出来るらしい。何にせよ、単純な情報だけで恐れてしまうとは情けない。性格までは分からないというのに。

 

「……それにしても、人間じゃないのか。残念だねぇ。普通の人間が妖怪退治をしたと聞いて楽しみにしてたんだが」

 

 萃香が言い、霊夢がそれで思い出したかのように別の話を振った。

 

「そう言えばあんたさ。魔理沙に妖怪を食べる人間だとか言われてたけど、そこんとこどうなの? 妖怪らしいけど妖怪食べるの?」

 

 どうやら私の事は魔理沙に言い触らされていたようだ。

 萃香が有り得ないと言いたげに手を振っている。

 しかし、私は。

 

「まあ、餓死しそうになったら食べるだろうね。妖怪に限らず、食べられるものなら何でも」

 

 つまり、餓死しそうに無いなら何も食べないという訳だが、そこまでは言わない。

 そういうものかと頷く霊夢。信じられないとばかりに目を剥く萃香。

 二人の反応は見事に対称的だった。

 

「あんたも襲われたから分かってると思うけど、幻想郷で妖怪を食べるのは禁止、とかは無いわ。人間が牛や豚を食べるのと似たような理屈でね。ただ、此処って一応は妖怪全般の楽園だから。その辺は覚えておいて」

「分かってる。……でも、好き好んで食べる事は無いよ。妖怪だろうと人間だろうと」

 

 霊夢の忠告を半分聞き流すようにして受け取る。

 霊夢自身も割とどうでも良さそうだった。

 妖怪同士で潰し合えば退治の手間が省けて楽だ、とか思っているのかもしれない。

 驚いていた萃香は何とも複雑な表情になり、歯切れ悪く呟いた。

 

「まあ、そういうもんだけどさ。見掛けによらないにも程があるよ」

 

 霊夢が細目で萃香を見やる。

 

「見た目幼女の癖に鬼の四天王じゃない。優男が妖怪食べるより、そっちのほうが異常ね」

「うぐ。それを言うなら霊夢だって」

「普通でしょ。巫女やってるだけなんだから」

「むう……」

 

 あっさりと萃香は黙りこむ。単なる巫女なら鬼を言い負かせる筈が無いと思うのだが、意外と霊夢は実力者なのだろうか。どういう訳か、私の能力も霊夢自身に対してはあまり何も言ってこないので、いまいち彼女の実力が分からない。

 萃香は考えを飲み下そうとしたのか、瓢箪の栓を抜き、中身の液体を喉に流し込んだ。

 再び濃くなる酒の臭い。徐々に強まる頭痛。

 私は我慢を試みたが、やはり無理だ。どうしても顔に出てしまう。

 それに勘付いたのか、霊夢が言った。

 

「萃香。こいつは酒が苦手みたいなんだから、少しくらい我慢しなさい。それが無理なら今だけでもその瓢箪を没収するわよ」

「あ、うぅ……。やりづらいなぁ」

「時間と場所を弁えなさいよ。今まではたまたま酒好きが多かっただけなんだから」

 

 萃香は渋々瓢箪から口を離し、私に視線で駄目かと訴えかけてくる。

 彼女には悪いが、どうしても酒は無理だ。

 視線を受け流し、酒の臭いを堪えながら、私は霊夢に向かって話した。

 

「用事があるから、もう行くよ」

「そこの酔っ払いが邪魔なら追い出すけど」

「いや、本当に用事があるし」

「……そう? 悪いわね。茶の一つも出せなくて」

「良いよ、別に。気にしてないから」

「見送りだけでも」

「霊夢は片付けで疲れてるだろう。それに私は妖怪なんだから、巫女がそんなに気を使うのも変な話だ」

 

 適当に誤魔化しを入れ、私は玄関へ向かう。

 靴を履いて戸を開け、閉める時に振り返ると、なんだかんだで霊夢と萃香は出てきていた。

 霊夢はともかく、萃香は申し訳なさそうに項垂れている。

 

「……またね」

 

 別に誰かが悪い訳でもないだろう。どうしても生活習慣が噛み合わないというだけなのだから。

 しかし、まるで私が一番の悪者のような気がして、彼女達から逃げるように、急いで博麗神社を後にした。

 

 

 

 

 萃香に霊夢の鉄拳制裁が下ったのは、龍泉が見えない場所まで行ってからだった。

 丈夫な鬼の体に多少なりとも痛みを伝わらせるように霊力を籠めた拳を、霊夢は溜め息と共に解く。

 そして、転がり回る萃香へ一瞥をくれると、猫と妖精達の元に向かった。

 

「あんたら、龍泉行っちゃったけど、追わなくていいの?」

 

 何かしらの理由があって龍泉に付きまとっていたのだと霊夢は予想していた。

 しかし、妖精達は首を傾げるばかり。猫も尻尾を振って無言で不機嫌さを主張するだけ。

 特に神社へ用事があった訳でも無さそうな妖精達に、霊夢も首を傾げる。

 

「……もしかして、誰の事だか分からない、とか?」

 

 有り得ない事では無かった。

 名前を聞いていないのかもしれないし、聞いていたとしても別の事に夢中になって直ぐに忘れてしまったのかもしれない。

 妖精達は一様に呆けた後、考えを巡らし始める。

 その脇を猫がするりと抜けていく。

 

「あっ」

 

 妖精の一人が猫の移動に気が付いたが、もう遅い。

 猫は木々の合間に身を躍らせると、そのまま自然の中へ消えてしまった。

 名残惜しそうに猫が消え去った場所へ手を伸ばしていた妖精だったが、それをすとんと落とすと、背中の羽を弱々しく羽ばたかせ、何処か遠くへと飛んでいく。他の妖精達も、それに倣って散り散りに飛び去っていく。

 

「無視って、ちょっと」

 

 何がしたかったのか全く分からず、霊夢はやるせなくなった。

 

「手伝った礼にお菓子くらい出そうと思ったのに……、まあ、もういいか」

 

 片付けの疲労がどっと押し寄せ、彼女は屋内に戻った。そして、机の上へ無造作に置いた金銭に目を止めた。

 外の世界との流通が殆ど無い幻想郷では、それらは只の金属片と紙切れだ。製造に用いられている技術が注目された時期もあったが、今となっては誰も関心を持っていない。

 しかし霊夢には、幻想郷では無価値と言えど、財産を捨てた龍泉が異常に映った。

 これはきっと、汗水垂らして稼いだ金なのだろう。これを捨てたという事は今までの経験を捨てたという事。外の世界の全てを捨てたという事。

 霊夢は退魔の札を扱うのと同じように、草臥れた紙幣を指で挟んだ。

 最初は直立していた紙幣だったが、直ぐに半ばからへたりこむ。

 

「……面倒くさい」

 

 まるで龍泉の過去が紙幣の先に透けて見えそうで、霊夢は残りの硬貨と紙幣を雑に掴むと、それらを近くの戸棚の中へ放り込んだ。

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